アヤメを家に来てから、数日が経過した。
生活必需品の買い出しや街施設の案内の為に二人で歩き回ったものの厄介事に巻き込まれる事はなく、穏やかに時は過ぎている。
「んーよし。宿題はこんなもんでいいか」
今日は休日で、姉さんは用事があるとかで家には居ない。
本来なら僕もショップ行って、安めのカード集めやフリープレイに勤しんでいる筈なのだがアヤメを放置する訳にもいかないので家にいる。
まぁこれはこれでショップに行くより勉強時間は作れるので悪くはない。LIFEにかまけて学業をおろそかにすると姉さんに怒られるから相応に真面目にやらないといけないしね。
「ふーん……」
そして、アヤメの方は暇そうな顔で僕が集めたカードのバインダーを見ていた。ちなみに君が寝っ転がっているその場所は僕のベッドだからな? 分かってる? その代償として僕は寝袋生活なんだよ?
「それ、楽しい?」
「さてね。でも、見てて興味深いとは思うわ。あんたが書いて、集めてるそれも含めてね」
アヤメの視線が本棚へと向く。
其処には教科書や参考書も収められているが、大半は僕が書いたノートだ。
「僕の対戦記録とか今まで知ったカードの効果とか書いてあるだけだよ」
「普通はそんなことしないでしょ。それも何十冊も」
「基準が分からないけど、まぁそうかもね」
ノートは僕がLIFEを始めてから書いてきた物になるが、内容は概ね3つに分けられる。
一つはフリープレイ、大会も含めた対戦記録。二つ目がテーマ、汎用を区分別に纏めたカード効果集。三つ目が僕が作りたいデッキの構築に関して書かれている。
記録も効果も全てが正しい訳ではなく、実際には間違っている箇所もあるだろう。どうしても僕一人で纏めている以上、抜けはある。
カードの効果に関しては正しく認識しないといけないもんだから、ちょくちょく店に行って手続き踏んで、効果確認の申請をしているが気になっているカード全てを知るというのは難しい。
「でもさ、LIFEやって其処にお金を掛けるならやれる事はやっといた方がいいんじゃないかなって。だってちゃんとしたデッキ作ろうとしたら大人の娯楽かよって位に金掛かるし。それにボードなんかも折角ならあった方が色々良いからね」
LIFEは世界に普及している最も有り触れた娯楽であるが、そのハードルは僕達が思っている以上に高い。
まずカードが高すぎる。
カードの素材がなんか特殊っぽいから作るのに金掛かりますと言われれば納得はするんだよ。でもさ、レアカードで数万~数十万以上行くのはないって。コモン、アンコモンでも効果強いと5桁飛び越えてる時もある。
ボードも正規品だとやはり数万以上行くし、その他機能追加、カスタマイズ、素材良くしたいなら青天井。非正規、改造品はボードに細工されてルール処理のチェック外されたり、そもそもエラー吐いて対戦で使えないとかよくあるらしいから論外っていうのは聞いている。
「LIFEをやるメリットは娯楽以外にも結構多い。何かで揉めた時にファイトで決着!とかもある。LIFEが上手いと何かと優遇されやすいし、その道のプロもかなり多い。だから、みんなLIFEをするんだ」
「けど、強くなるのはそう容易な事じゃない」
「うん……難しい。僕はどうにもカードに選ばれなかったから、余計にね」
カード集めという障害を乗り越えても強くなる為のテクニック、ルール理解は個人毎の環境、対人関係によって習熟度が変わってきてしまう。
一般的なルールはファイターの誰もが教えてくれるだろう。だが、其処からの発展はその道に精通した人間でないといけない。都市伝説の一つである“共鳴率”の存在もこれに大きく関わってくる。
ショップの人達によれば人によってパックの排出にも偏りがある。
僕が色んな人にあれこれ聞いて、分かったのは“共鳴”する、相性の良いデッキ程にカードが集まり易い傾向にあるという事。
パックではない、シングル買いはお金が掛かり過ぎる。だから殆どのファイターは相性の良いテーマをそのまま回すのが最適解となる。
其処から自身が持ち得るカードでどのようなデッキを作ればいいか。共鳴も踏まえて、純テーマでどのようにデッキを整えていくのか。強みは何で、弱みは何か。考えて、構築する。
個人でそれらが難しければ、学生なら部活動で先輩に色々聞いたり。お金があるなら自身の適性にあった講師ファイターの元で学習に励んだり、門外不出の流派に弟子入りを頼んだり、色々ある。
だが、僕にはそれが選べなかった。僕にはしっかりとした“共鳴”がない。
どんなデッキでも事故は起こる。
望んだカードが来る、そういう時も偶にあるけれど基本的にはランダム。入れたカードが多ければ引きやすく、入れたカードが少なければ引きづらい。かと思えば3枚入れたカードが一向に引けず、何処にあるのかと思えば山札の下に固まっていたり、終盤には要らないけど序盤には欲しいカードが最終盤で3枚連続で引けたり。
確率に沿いつつ、偏りもある、不安定な運任せ。テーマをどれだけ混ぜても或いは一つだけのデッキを作ろうとも、どんなデッキでもそうだった。
パックから出るカードもまぁそんな感じで、出てくるカードは疎ら。ただ、ある幾つかのレアカードだけ引ける時はあった。
その一部が【
「僕には強く“共鳴”するデッキはない。カードも、プレイングもそれが確かにある人達を参考にはし切れない。だから、それを書いた」
一通りのルール、テクニックを覚えた上でこれ以上強くなる為にはどうすればいいかと考えた。
学生であり、金銭面をお小遣いに依存している。カードを集め始めた当初はパックから出るカードだけでデッキは作れなかったし、一つ二つと当てられたレアカードを売って資金を作る気にもなれなかった。
排出されたコモン、アンコモンだけでデッキを作ろうにも僕には致命的に知識がない。とはいえ、記憶喪失の身で頼れそうなコネクションもないから 一人でやっていくのが心情的にも楽で、最善。
そういう現状がありつつ、やれる事はやり続けた。
シナジーがありそうなカードを組み合わせてデッキを作って、対戦して、記録して、改善する。
尖って歪んだ石を丸く研磨するように、不格好なデッキを徐々に慣らしていく。
対戦に負けた。何故対戦に負けたのか、どうすれば何があれば勝てたのか、敗北に繋がった選択は本当に間違っていたのか。
対戦に勝てた。どのようにして対戦に勝ったのか、何処を間違ったら負けに繋がったのか、勝因となった判断は本当に正しかったのか。
そんな思考は浮かんでは、消える。
全ては覚えきれないから、只管にノートにありったけの思考を殴り書いて、後からそれを修正して内容を嚙み砕いて消化していく。
プレイング・判断を洗練させる為に、デッキをより良くする為に、多くのカード・テーマを覚える為に、僕でも勝ちを目指せるデッキを作る為に。
「あんたって、やっぱ変わってるね。やらなきゃならない事でもないのに其処まで徹底してやるの、嫌にならない?」
「やりたいからやってるだけだけど、偶に嫌になったり面倒になったりはする。それでも何だかんだ続けていけてるから単純に向いてるんじゃない?」
「ふーん……」
そんな生活の結果、学業とLIFEにしかほぼ時間は使えずに友達なんかは出来ちゃいない。クラスメイトと特別仲が悪いという訳ではないが、学校では帰宅部の影の薄い奴にしかみられてないだろう。
僕自身はそれでいいと思っている。今の僕にこの過ごし方は合っているから。
「で、此処までの……数日間。僕の事は話した訳だけど少しでも信用して貰えたかな?」
「まぁ、ね。端からあんたの事を疑ったり、信じてない訳じゃないけど」
「なら君の事もそろそろ聞きたいな。じゃないと此処からどうするか、僕に判断つかないし」
何処か無機質なアヤメの瞳に視線を合わせる。
この数日間、アヤメから話はあまり聞けていない。
忙しかったのもあるが、其処までの信用が得られているのかと思ったが故に問い掛けも出来ていなかった。
だがもうそろそろ、どうするかを決めなければならない。彼女が抱えている問題は僕だけで対処できるとは思えない。
「正直、あたしも何も知らないのよね。追ってきた奴らが何なのか、あたしが一体何なのか」
「でもあそこで追い詰められてたって事は何かがあって、其処から逃げて来てたんでしょ? その過程をまずは纏めてみようよ」
気色の悪いカードを掲げて、何かをしようとしていた大柄な男。
特殊部隊のような重武装、さらにサイレンサーも付けて容赦なく銃撃をかましてきた追手達。
両方とも、そう有り触れて良い存在じゃない。
半グレ、ヤクザ、ギャング擬きが住み着くスラム街は付近にあるが、それでも銃声を聞いたのはごく僅か。
なら、よりアングラな存在が関わっているとみて間違いない。例えばマフィアとかテロリスト、後はそういう秘密結社だったり?
「あたしは……拘束された上で、液体に漬けられていた。培養槽って、いうのかしらね。其処で目を覚まして、息苦しかったから無我夢中でそれを破壊した」
「思ったよりコッテコテの秘密結社っぽいな……それで?」
「槽から飛び出して、あの銃を持った奴らが直ぐに出てきたから撃たれたり殴り飛ばしたりしながら建物の外に逃げたわ」
「最初の建物の外の風景は? ぼんやりで良いよ」
「……上り坂を駆けて、そう広くはないけど森林が見えた。其処を下り続けて、あの工場街へと到着。其処に逃げ込んで、後はあんたの知る通りよ」
「成程」
乱立された工場の先には左程大きくはないが山が存在している。
其処に何があるかは一般公開されてはいないが、メガ・バベルが私有地にしているという噂がある。
彼女が嘘を言っているようにも見えない以上、其処に居たと信じる他はない。
「経緯は分かった。その上で幾つか気になる事がある。質問を続けても?」
「あたしに答えられるなら」
「君は記憶喪失だと言っていた。でも知識も言語も問題なく、LIFEについても知っている素振りだったね。それについてどう思う?」
「さて、ね。知っていた、以上の事は分からないわ。その点で言えばあんたも同じだったのでしょう?」
「それ言われると弱いんだよなぁ……まぁ、知らないならしょうがない。じゃ、次。警察を頼れないと言ってたけど、その真意を聞きたい」
「……少し待って」
言葉を止め、アヤメは唇に指を当てて黙り込んだ。
その動作に僕は覚えがある。僕が何かを思い出そうと、考え込む時と雰囲気が一緒だ。
言葉は当然のように使え、知識も一般相応にあるだろう。
なのに、自らの記憶だけが穴が開いたように思い出せない。
記憶喪失となった後の事は鮮明に浮かぶのに、それ以前の全ての事象に手が届かない。それはまるで自分が此処に本当に存在しているのかと、疑念を抱いてしまうような嫌な感覚だ。
「何故、そういったかは分からない。きっと失った記憶に起因する、筈」
「メガ・バベル、姉さんとの会話でその単語が出た時も君は嫌そうな顔をしていた。それも一緒?」
「ええ、恐らく……ハッキリとした回答は出せないけれど」
「ま、其処は仕方ない。僕も境遇は似てるし、思い出そうとして明確なイメージに辿り着けない感覚は分かってるつもりだよ。ただ、其処から仮説は立てられるかな」
「仮説?」
「的外れの可能性はあるけど……君はメガ・バベルの実験体とかで、実験の結果として記憶を失ったとかね。メガ・バベルへの忌避、君の身体能力についてもそれなら説明つく」
アヤメの身体能力は明確に異常だ。
銃撃を受けて、肌に傷一つ付かない耐久性。大柄な筋肉質な男を蹴り飛ばし、壁に罅を入れながら昏倒させる怪力。壁蹴りも行いながら、狭い路地を縦横無尽に駆け巡った俊敏性。
いずれも人間の範疇を超えている。拳サイズのコンクリートなんかも握力で砕けるし。見た時は流石にぞっとしたね。
「メガ・バベルが関わってるんじゃ警察も迂闊に手は出せない。それにメガ・バベルに実験されてたんです、匿ってくださいと言ってもまともに取り合ってくれるかは怪しい」
「……ある程度、納得は出来るけど、八方塞がりなのは変わらないわ」
「其処なんだよねぇ~~~」
元居た場所が分かった所で戻る訳にもいかないし、タレコミ先もなし。警察じゃなくて教会とかならワンチャンあるんだろうか? 伝手無いから無理だけれど。
それに此処に匿い続けるのにもリスクがある。家を襲撃されて姉さんが巻き込まれるのだけは避けたい。
「解決策……う~~~ん」
「……やはり、此処に居るべきじゃないんじゃ?」
「後は本当に駄目元で警察に行くしかないかな? 経緯伏せて、記憶喪失で行き場もない女の子だったら何とかなる可能性はあるけど……」
「そう、まぁ、そうよね。あたしも少し考えてみるわ。色々と、本当にありがとう。返せる物なんて何もないのに」
「んっ、気にしないで。お礼なら姉さんに言ってよ」
アヤメはそう口にして、考え込むように窓を眺め始めた。
僕も、会話を区切ってデッキに手を伸ばす。
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ、シャカ。
右手から左手に、上のカードをスライドするようにカードをシャッフル。
そして、二つに分けられたカードの束を交互に重なり合うように入れ込んで、混ぜた。
今後どうするのかと、そんな思考が頭で飽和しながらただそうしていた。
同日、夜刻。
スーツ姿の男が高層ビル屋上よりある方向を眺めていた。
「推定されるアジトは森林の奥底、地下研究所か」
工場街を見下ろし、先に存在する森林を見透かして、地下にある自らの標的を想起する。
禁忌たる人体実験、それを繰り広げる者の名を。
「指令、奴の居場所が割れました。地理的に見ても、あの場所以外を隠れ蓑にするのは難しい」
『メガ・バベルの私有地とは思い切ったな。奴の研究をメガ・バベルも欲した、という事か』
「恐らくは」
無線端末越しにくぐもった声が漏れた。
男は続くように応答する。
「フウキはアジトへ接近し、侵入経路の確認を。スイキは他所属メンバーの捜査を行っています」
『メガ・バベル……後は最近確認されている闇の組織の残党連中。何処まで関わっている?』
「メガ・バベル側は場所貸しと物資提供程度でしょう。それ以上はリスキーですし、蜥蜴の尻尾切りも行えない。残党連中に関しては分かりませんね。繋がっていてもおかしくはないでしょうが」
『了解した。メガ・バベルに関しては介入しても日本支部崩壊の件がある。事が起こっても、揉み消しか完全に見捨てる方向で動くだろうが……そうなれば問題は“解剖者”のみに絞られるか』
「十数年前の
『当の本人は負けた後に死んだ筈なんだが……どういう訳か、再出現してこの様だ』
「対処は?」
『
「では研究所の破壊、他所属メンバーの抹殺を第一目標。“解剖者”の打倒は努力目標?」
『ま、施設破壊さえできれば時間は稼げる。奴も何処までも逃げれる訳じゃない。確実に、芽を潰していこうじゃないか』
「委細承知致しました。作戦を開始する際にまたご連絡します」
『……お前、またアドリブで作戦変更するのやめろよ?』
「努力致します。しかし、状況によって最適は変わりますので」
『はぁ……ま、宜しく頼む』
「ええ」
何処か呆れた声色を発した後に、端末より音声は止まった。
「我々の存在は恐らく感づかれている。作戦開始は早めにしたい所だが……それとは別に気になるとすれば、あの少年」
調査の一環として訪れた、あるカードショップ。
その大会にて邂逅した、佐藤 ミノルと名乗った少年。
中性的な容姿、真っ白な髪、虹色に輝くアースアイ、共鳴率に依存しないファイトスタイル。
特徴的な要素は多かったが、男が目を引いたのは外見ではなく内面だった。
「彼は何故あのような魂の色をしているのでしょうね」
男はミノルを一目見た時、困惑した。
数々の闇に触れ、多くの死闘を戦い抜いた男は特殊な超感覚を得ていた。
それは魂の色を視る力であり、人の在り方を見抜く。
清廉に生きてきた人であれば白く輝き、小さな善悪を積み重ねてきた一般人なら淡い灰色に。
闇に触れ、多くの罪を重ねたのであれば魂はヘドロのような淀んだ黒に映る。
男が視たミノルの魂は瞳と同様の虹色。
人が持つ色は本来一つ、それが複数ともなれば多重人格か自我が破綻しているか。
少なくとも、尋常な精神状態ではない。
「持ち得た色は細分化すれば7つを優に超えている。幾多の魂が混ざり合いながら、彼の魂は歪んだ調和を保っている。天然でそうなる訳もなく、間違いなく人造物。そんな物を作れるのは“解剖者”しかいない」
隠しきれない嫌悪と憤怒を表情に浮かべながら、男はビルを跡にする。
その手にある仰々しい、鬼の仮面を強く握り締めながら。
「彼を追うのも手だが……まぁ、やる事に変わりはない。応報は必ずや訪れる。【鬼面衆】の役目を此処で果たさん」
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コスト3/クリーチャー/1/4
【到達】
召喚時、相手クリーチャー1体にX点のダメージを与える
Xの値は自身の場に居る植物・武者クリーチャーの数である
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「お前達の罪は消えない。この矢は差別されてきた果実達の応報だ!」