フブキたち生活安全局がD.U.地区のイベントに駆りだされている頃
公安局副局長コノカは捜査局長を尋ねるが振られてしまった
ひまわりが見守る真夏のイベント、その裏でヘルメット団が影を作っていた。

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第1話

「捜査局のハンコを貰う♪ハンコを書類に押す♪公的な書類になる♪局長のハンコ~♪」

「あっ、捜査局長なら席を外していますよ。コノカ副局長。」

 

軽快に歌い上げながら、ヴァルキューレの捜査局に顔を出した

公安局副局長コノカは早々に出鼻を挫かれ、思わずつんのめる。

全ての職員がそうでは無いが、公安局と捜査局は管轄の境界線が近くキヴォトスの鉛と火薬が

多重奏の様に流れる日常では捜査局が担当してた案件が公安預かりになることも珍しくはない。

故に、在中している職員の一部は彼女に白い目線を向けていた。

 

「いやぁ…相変わらず歓迎されてねぇなぁ。」

「まさか、そんなことありませんよ。」

 

チラリと周囲を一瞥するコノカに、職員は食い気味に柔らかく否定した。

へらへらと軽い笑みを浮かべながらも、コノカの瞳は真っ直ぐに目の前の局員を刺している。

 

「ふぅん……捜査局長が不在なのも?」

「いつものサボりかもしれませんよ。」

 

これ以上言う必要は無い……というより、わかっているでしょ?と

言いたげな態度で毅然と対応を続ける。

コノカもそれに対し不審に思うことも眉を顰めることも無くもう一つ尋ねた。

 

「生活安全局がD.U.のイベント警備に駆り出されるのもすか。」

「…どうでしょうね。」

 

初めて2人の視線が交差した。お互いこれ以上の詮索は不要と……その目が相槌を打つ。

 

「そちらの書類は私から局長に取り次いでおきます。」

「おっ、わるいね?じゃ、お願いしまぁーす。」

 

コノカは書類を職員に渡し、背中に白い視線を受けながらも悠々と捜査局から出ていった。

 

「あの人…今度は何してるんすかねぇ。」

 

 

 

 

炎天下の中、D.U.地区で行われているモモフレンズのイベントにて

ヴァルキューレ警察学校の生活安全局の面々は警備としてイベント会場に駆り出されていた。

会場の外周を巡回しているフブキは共に業務にあたっているキリノにふと語りかける。

 

「なんで生活安全局が担当することになったんだろう…」

「ヴァルキューレという後ろ盾は犯罪者の畏怖に繋がるからでは無いでしょうか?」

「そうじゃなくてさ、モモフレンズなんてキヴォトス中に展開してるある種流行ブランドだよ?

 自前で契約してる警備会社もあるんじゃないかなって。」

「確かに……でもフブキ、市民が頼りにしてくださったのを疑うのはいただけませんよ。」

 

フブキを諫めるキリノだが、彼女の表情は未だに納得していない……が、

仕事を疎かにすると隣の相方がうるさい

意識を巡回に戻そうとすると、キリノがあっ。と何かを思いついたように声を漏らした。

 

「そういえば…最近、捜査局が強盗グループを検挙したという話を聞いたことがあります。」

 

もしかして…とフブキが続きを促す前に、目の前から近づいてきたイベントスタッフが

2人に話しかけた。

 

「あの、すみません……」

「どうしました?まさか、不審な人物でも!?」

「いえ…実は、この暑さでグリーティングスタッフが倒れてしまって……

 その、急で申し訳ありませんが手伝ってもらえませんか!」

 

人手が足りなくなってしまい助けを求めてきたスタッフのお願いを快諾するキリノに、

フブキは見るからに肩を落とした。

スタッフに案内され意気揚々としているキリノの後ろを不服そうにフブキはついていく

暑さに項垂れるなか、彼女は花壇に群れ為す向日葵を見ていつかの暑さに思いを馳せる。

太陽目指すその後ろ姿の向こう、ヘルメットの集団が通り過ぎていったのには

ついぞ気づかずに……

 

 

 

 

イベント会場からわずか1kmも無い大通りから外れた建設途中のビルの陰……

人目を憚るように集まったヘルメットを被った少女達のうち、

外から何人かが慌てた様子でその集団に合流した。

 

「どうだった?」

「駄目!ヴァルキューレが警備に付いてる!」

「聞いてた話と違うじゃん!」

 

合流した少女が持ち込んだ報告に待機していた少女達が、狼狽えるように騒ぎ出すのを

赤いヘルメットの少女が一喝する。

 

「落ち着けお前ら。ヴァルキューレが張り込んでるのも、

 先日別グループがパクられたからだろう。イベントの様子はどうだった?」

「かなり盛況でした…」

 

その言葉を聞き、リーダー格の赤いヘルメットの少女はスマホを取り出して何かを調べだした。

この場にいるものが固唾を飲んで見守る中、合点がいったという様に彼女は頷いた。

 

「やはり、モモフレンズ公式もこの盛況ぶりには対応しきれてないみたいだな。

 グッズのぬいぐるみを追加で用意することをSNSで呟いてる。」

「じゃあ、そのグッズを運んでくるトラックを襲えば…!」

「その通り、イベント会場を襲撃しなくても安全にかつ素早く仕事を達成できる。」

 

依頼主にも確認を入れた。トラックのルートの情報もそのうち来る。と冷静に事を進める彼女に、集団の中から1人…おどおどとしながらも意見を述べた。

 

「あ、あの……襲撃するのはいいとして、大通りを通るトラックを襲うのは目立つと…思います。

 だ、だから…路地から銃撃して狭い道にトラックを、誘導した方が……確実かなって

 思うのですが……」

 

尻すぼみになりゆく言葉に食いつくように、リーダー格の少女は緑色のワンポイントが入った

ヘルメットの少女にずんずんと近づくと肩を震わせた少女の手を強く掴んだ。

 

「相変わらずサンキューな!短い付き合いだがお前の慧眼にはいつも助けられてるよ。」

 

ぶんぶんと掴んだ手を振りながらリーダー格の少女は、彼女よりも小さいヘルメットの

少女にお礼を言う。みんなも異論無いな!という掛け声に全員が同調した。

手を掴まれた少女は、突然の勢いに体を縮こまらせながらも、あはは…と愛想よく笑みを返した。

 

彼女達、ヘルメット団は学園からのあぶれ者だ。

後ろ盾も何も無く似た者同士達が身を寄せ合う共同体

いつしか手が汚れていることに気を回すことも無くなっていく…いや、気づかなくなる者も多い。

そんな彼女達にとって、明日を掴むためにはこのような仕事をするのは当たり前で些細な事。

怪しまれないように堂々と、かつ時間を置いて建設途中の工事現場からヘルメット団は

それぞれの持ち場に散っていった。

 

 

 

 

陽射しがD.U.に住む人々を平等に照らす中、街頭のテレビに写るキャスターが

キヴォトス最高気温を観測、熱中症に注意してください。と呼びかける中

特段涼しいともいえないビルとビルの隙間の下、5人のヘルメット団が

日陰に紛れて歩を進めていた。

 

「よし、あとはモモフレンズのトラックが来るまで待機だ。」

「向こうで待機してる奴らに連絡いれます。」

 

大通りを伺える路地にて、担いだ銃を構えなおし今か今かと緊張と汗が背中を伝う。

日陰にいるとはいえ体を撫でるのは室外機から排気される生温い風……

思わずヘルメットのバイザーを上げてしまうほどの湿度の中

それを誤魔化すかのように1人が口を開いた。

 

「しっかし、パクられたスケバンも残念だったな。あと一歩ってとこだったらしいけど…」

「そのせいでこっちが大変なんだから話にならないけどね。ま、これを成功させたら…」

「大口のスポンサーと仲介の信頼……そして報酬は私達の物って訳だ。」

 

 

「なるほど…」

 

 

ヘルメット団の誰かから呟かれた一言は、連絡役の動揺にかき消された。

 

「はっ!?ヴァルキューレに追われてる?なんで!?」

『知らないよ!近くの奴らはイベントに配備されてるんじゃなかったのか!?あっ……!』

 

スマホの向こう側から聴こえる荒い息遣いと小刻みに地面を踏みつける足音は

不意に口からこぼれた声を最後にブツリと切れた。

路地に入り込む光の向こうには幾つもの車が過ぎ去るが

いま、この場は途切れた切断音だけがヘルメット団の耳に響いていた。

 

「ほ、他の奴らにも連絡してみます…」

 

至極冷静に指を震わせながら、通話アプリのグループトークを開くも

先ほどの通話を皮切りに配置に付いたであろうヘルメット団たちは

ヴァルキューレが巡回している、職質された、思わず撃っちゃった……

そんな文言がトーク画面を彩っていく

リーダー格の彼女は連絡役のスマホを思わず奪うと、トークを遡るように

この場にいないヘルメット団に電話をかけ始める。が、

ひとつひとつ塗りつぶされるように親指が赤い受話器をタップする以外で

コール音が途切れることは無かった。

最後の1人からコールが返ってくるのを見守る中、彼女達の背後から見知らぬ声が聞こえてくる。

 

「君達、こんなとこでなにをしてる?」

 

彼女達が振り返ると、白い制服のヴァルキューレ生が怪しむ目線を隠さず声をかけてきた。

バイザー越しに、どうするか…と目配せを行い、ひとまず赤いヘルメットの

リーダーが対応を買って出た。

 

「あ…あぁ、何でもないよ。知り合いと連絡が取れなくてさ…」

「そうですか、それで何故こんな路地に?」

「そりゃ暑いからだよ。お巡りさんは私達に熱中症にでもなれっていうのか。」

 

路地の外を親指で指しながら、早くどこかにいってくれ。と彼女は心の中で祈る。

 

「そうですね、熱中症になってしまったら困りますね。

 では、すいません手短に…近くでヘルメット団と思しき

 複数のグループを一時拘束したと入りまして

 君達も必要ないのに銃を構えているみたいですし、詳しくお話を伺っても?」

 

ヴァルキューレ生が尋ね終わった瞬間、

弾けるようにヘルメット団の一人が路地の外に逃げ出した。

咄嗟に起きてしまった想定外の事態に他のヘルメット団も

少し遅れて飛び出した彼女を追いかける。2車線を車が交差する道路を

エンジンとクラクションを背景に危険もいとわず横一直線に駆け抜けた

待て!と叫びながらヴァルキューレ生も彼女達を追いかけるが、

タイミング悪く目の前を横切った車に阻まれ見失ってしまう。

 

 

 

 

向かいの路地に入り、訳も分からぬまま入り組んだ道を何度も何度も曲がる。

自分たちの居場所を見失ったすえ、息も絶え絶えになった最初に走り出した彼女を

ヘルメット団はようやく捕まえた。

 

「お、お前……ハァ、に…逃げる、なよ……」

「ゴホっ、ハァ…ハァ……ごめ…どうすれば、いいか…分かんなくて」

「ハァ…まぁ、ハァ……サツ撃つよりはマシだけどさ、ハァ……」

「あ、あれ……?コホっ、スゥーー…ふぅ…あいつは?」

 

息を整えていく内に、周囲を見れるようになった彼女達は1人足りないことに気づく

この作戦の立案者と言える緑色のワンポイントが入ったヘルメットを被った

小さく気の弱そうな少女がいない事に…逸れたか捕まったか、それとも道路を横切った時に……

最悪の想像が全員の頭を過ぎった瞬間、彼女達の進行方向から1つの足音が歩いてきた。

 

「お前達、疲れてるところ悪いが同行願おう……」

 

ヘルメット団の目の前には、紫の腕章が付いたジャケットに袖を通し緑色のサングラスをした

背の高い人物、その腕章にヴァルキューレの校章が見える事から

彼女もまた警察だという事は一目瞭然だがそれよりもヘルメット団の視線は、

その手に持った緑色のワンポイントが入ったヘルメットにのみ向けられていた。

 

「あんた、そのヘルメット…」

「おい!あいつになんかしやがったか!」

 

敵意をむき出しにして仲間の安否を叫ぶヘルメット団に、

彼女は軽くため息をつくと持っていたヘルメットを自分の顔の前に掲げる。

 

「あ、あの…ご同行、してもらえませんか……」

 

「は?」

 

ヘルメット団にとって聞き間違える事の無い…気が弱くいつもおどおどしていた彼女の声

それが全く正反対の印象を与える目の前の人物から発せられていた。

ヘルメットを下げてヴァルキューレ生は名乗った。

 

「ヴァルキューレ捜査局、局長……八花カチだ。

 お前達には以前に発生した強盗事件への関与が疑われている、改めて同行願おうか。」

「そ、捜査局!?いや、そ…それより、どうやって?だって背も声も見た目だって…」

 

情報が精査できない。と狼狽えるリーダーの少女に淡々とカチは答えた。

 

「髪型を変える、底の浅い靴を履く、服のサイズを1段上げる、体格が近い集団に身を隠す……

 体型を誤魔化す手段というのは幾らでもある…さすがに手を取られた時は肝を冷やしたがな。」

「お前も、これ以上…身を滅ぼしたくないのなら、止めておけ。」

 

無駄な抵抗はするな。と語りかけるカチにヘルメット団はたじろいだ。

睨み合いという名の話し合いが緊張を紡いだ……そして、彼女達の答えは

キヴォトスにおいて最もシンプルな形を取った。

 

「何が止めておけだ!」

「こんな路地に1人で来るのを止めておくべきだったな!」

 

啖呵を切った瞬間、構えられた4つのアサルトライフルが口火を切る。

カチは射線から外れるように体を捻らせ、持っていたヘルメットを投擲した。

飛んでいったヘルメットは、見事にヘルメット団の内の1人の頭に直撃し仰け反った…

手が離せないまま反動で上へ上へ推移していく銃口に残りの団員が気を取られている内に、

カチは肩にかけていたライフルを構え照準を合わせた。

 

「いたッ!!」

「カハっ!?」

 

カスタムされた銃から7.62mm弾が3点射され、ヘルメット団の姿勢を崩す。

銃弾が止んだ隙を逃さず、カチは足に力を込めて距離を詰めた。

 

「この!」

 

接近してきたカチを追い返す如く思い切り踏み込んで、ライフルをバットの様に振り下ろす。

カチは冷静に銃を短く構えなおしセレクターを単射に切り替え、

振りかぶってきたヘルメット団の足を撃って動きを止める。

痛みで態勢が前のめりになった体を台代わりに、カチは銃を置きその背後の団員を撃ち仕留める。

赤いヘルメットの少女が照準を向けたのが見えたカチは、台代わりにしていたヘルメット団を

銃ごと引き寄せその勢いを利用して羽交い絞めにした。

 

「ぐあっ!?」

「あっ!てめぇ!!」

 

同士討ちさせられたヘルメット団をリーダー格の少女に向け、足で押し出す。

強く押し出された団員を受け止めるが、カチの銃撃がその背中を押し出し2人を地に伏せさす。

ヘルメットを当てられた団員が起き上がるが、バイザーの先……

目の前にはカチのライフルが既に眉間を捉えていた。

 

赤いヘルメットの少女は、自身の上に覆い被さっている気絶した仲間を払い除け立ち上がるが

もう既に彼女を除いた3人のヘルメット団員は全員ヘイローが消えていた。

これまでいくつかの鉄火場の経験から多少は力があると自負していた彼女だが、

4人がかりで挑んだのにあっさりと一蹴されたことに狼狽し銃口が下がる。

 

「ふざけんなよ!同じヴァルキューレの癖にっ…!」

「やはり仲介してきたのは、ヴァルキューレか。」

「しまっ!?」

 

カチは大きくため息をつくと、これから対処しなければいけない数多の事柄が

脳裏を駆け巡り空を仰いだ。接敵中に視線を外す、それも目の前で……

赤いヘルメットの奥底で、最後に油断したな!とほくそ笑む。

銃口が上がりカチに狙いをつける…だが、まるで見計らっていたかのように

長い足が回り銃身を振り抜いた。

 

銃が手元から弾き飛ばされたのを認識した瞬間に襲いかかる痛みを思わず堪える

痛みに眩む視界の向こうには、片手に構えられたカチのライフルが彼女の今後を見据えていた。

 

 

「"仇花"の意味を知ってるか?」

 

 

誰も知らない路地に、銃声が2発……木霊した。

 

 

 

 

路地の外に集まったヴァルキューレのパトカー、その1台に体を預けているカチは、

イベント会場から近い場所なのか…ここ。と

胸の内でボヤいているとこに、部下のヴァルキューレ生が近づいてきた。

 

「局長、調べていた通り以前のスケバンの時と同じと見て間違いないみたいです。」

「そうか……仲介役については?」

「なにも……残りは署で聞くことになります。」

 

事件の顛末を報告していると、イベント会場の方面から歓声が聞こえてくる。

微かに見える特設されたと思しきステージ上ではマスコットと

2人のヴァルキューレ生が寸劇の様に戯れている。

 

「生活安全局を配備させておいて良かったですね。」

「元々あちら側からの正式な依頼でもあるからな。」

 

イベント会場を眺めながら業務に関する報告をこなすカチと部下…

カチの視線はステージ上の1人、自分の事を「お姉さん」と呼び慕う普段から怠けた姿勢の後輩

その姿が、今日みたいな鬱陶しい程暑い…いつかの日を幻視させた。

 

「……あとは任せていいか、先に戻る。」

「そういってまっすぐ戻ったことありました?」

「信用してくれない部下はうんざりする……」

「でしたら、局長らしく現場に出ず書類に判子でも押しててください。」

 

嫌味もとい正論を受け止めながら、カチは事後処理を部下に任せD.U.の街並みに混ざっていった。

 

 

 

 

「捜査局のハンコを貰う♪捜査局局長を探す♪……いや、なんでいつもいないんすか。」

 

捜査局に書類の確認を頼みに行ったコノカは本人の不在という再びの結果に肩を落としていた。

書類を預かってもらうという選択肢もあったが、彼女の個人的興味から

今回は本人に直接渡そうと出向いたが捜査局の職員から帰ってきてすぐ生活安全局に向かった。

という情報を聞き生活安全局へと足を運んだ。

 

「ちーっす、捜査局の局長がこっちに…って、なんじゃこりゃ?」

 

生活安全局の室内には、職員ひとりひとりのデスクに

マスタードーナッツのロゴが入った紙箱が置かれておりまだ開封されていないのに、

どことなく小麦粉と砂糖の甘い匂いが漂ってきていた。

外に出払っている職員が大半の中、待機していた職員と目が合うと目の前の状況の説明を求めた。

 

「どしたの、このドーナッツ?」

「それがありがたい事に、先ほど捜査局の局長が外仕事のご褒美にと持ってきてくださって…」

「ん?て、ことは……」

「入れ違いになってしまいましたね。」

「えー、あの人どこでサボってるんすか。」

 

あえなく振られてしまったコノカは、たたらを踏む気力も無く再度肩を落とすと

外仕事を終えた生活安全局の職員が室内に入ってくる

やりとりを聞いていたキリノにコノカは事の経緯を説明していると、

ドーナッツに気づいた職員達が一斉に色めき立った。

キリノが業務を終えてからと制止するなか、まぁまぁと宥めすかされ

皆自由にドーナッツを頬張りだす。

ひとまず用件は置いておいて、つられてコノカもドーナッツにありついた。

砂糖の誘惑はとても甘い。

 

 

 

 

組織的犯行、強盗の目的、内部犯……一連の事件のキーワードを頭の中で反芻しながら

カチは駅構内のアーケードを歩いていた。

ヴァルキューレも一枚岩ではないが、積み重なる書類と犯罪は職員を平等に嘲る…

それでも犯罪抑止に奔走する警察組織。

銃弾が飛び交い、どこかで爆発が起きる…カチにとってうんざりする日常だが、

ヴァルキューレにとって今日の出来事は彼女達にしか出来ない特別でもあった。

 

サングラスを折り畳みながら歩いていたカチの足が止まる

その目には最近オープンしたテナント店舗

クロスター・クリーム・ドーナッツが、ただいま揚げたての呼び声とショーケースに入れられた

艶びやかなドーナッツが彼女を…道行く人を誘惑していた。

思い切り術中に嵌ったカチは、仕事後の一服も必要だろう。と、誰に言うでも聞くでもなく

心の中で言い訳しながら畳んだサングラスを襟元に差しカウンターの前へ…

 

「オリジナル2つとアイスコーヒー」

「オリジナルとアイスコーヒーですね。お支払いは?」

「現金……」

 

答えたと同時に開いた財布の中には、生活安全局に差し入れしたドーナッツのレシートと

362円の小銭…いや、お釣りと言うのが正しいだろうか

ドーナッツは1つ220円…どれか一つは買えるが、後ろに人が並んできた以上躊躇する暇は無かった。

 

「すいません、アイスコーヒーのみで…」

「はい、アイスコーヒーですね。320円になります。」

 

小銭を渡し対価として、結露するほど冷たい透明なプラカップを受け取る。

チャプンと軽く水面を打つ黒いコーヒーは、ドーナッツを選ばなかったことへの

後悔にも見える………気がした。

 

「ふぅ……まぁ、こんな日だったというだけか…」

 

爽やかな苦みとスッキリとした香ばしさが喉を潤すのを感じながら、

カチはうんざりする日常へと溶けていった。




こちらの小説は、C107にて頒布予定の作品の一部となっております。
前作ドーナッツインヘリアンサス含め、よろしくお願いします。
https://syosetu.org/novel/352597/

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