「遺産があるっていうのは本当なの?」
車で移動する空崎ヒナは隣に座る天雨アコにそう問う。
「はい、先日の夜中にある写真がこの学園に送られました」
「それがこの写真……」
写真には白いコンクリートで出来た窓のある家屋が一つ写っているのみ。
そんな写真を疑惑の目で睨みながら、空崎ヒナは写真を裏返した。
「裏面には『遺産はここにある』……まるで来いと言っているような文章、残党の待ち伏せの可能性もある」
丁寧な文字で書かれた『遺産はここにある』という文字のみが書かれた裏面を見た空崎ヒナは懐に写真を仕舞い、窓の外を覗いた。
「一、二年生には?」
「温泉開発部が作った兵器を押収する為に……と言っています」
「ならあまり長くはいられないわね」
「現地の学園『ニーダ立憲学園』の秩序維持委員会にも協力を要請しています」
「マコトは来ていないの?」
「『見つかったら連絡しろ』との事です」
「……はあ」
こんな時も足並みが揃わないのか、とため息を吐く空崎ヒナ。
窓の外には水路と水門が映える景色。
立春を感じる冷たい風が吹く中、空崎ヒナは憂いていた。
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ニーダ立憲学園。
ゲヘナの近くにある小さな学園で干拓によって領土を増やしている学園だ。
とは言っても田舎である事には変わりなく、大きな規模も影響力も無い至って普通の学園。
そんな学園にあの雷帝の遺産があるというのだから現実というのはイマイチよく分からない。
「本当にのどかだな……」
「ゲヘナは常に銃声が聞こえますからね」
「……」
それに何が一番気に入らないかって私が風紀委員の服を着て風紀委員の活動をしているという事だ。
風紀委員の二人と共にパトロールに出ている私はこの状況にウンザリしていた。
……早く場所を特定して抜け出したいなあ。
「そういえばあんた、あんまり見ないヤツだな」
褐色肌の生徒が私の方を見てそう聞くと、私は帽子を深々と被って目を見られないようにする。
「最近まで病気で休んでいたので」
「具合が悪くなったらすぐに言ってください、現地の医療部に連絡するので」
「ありがとうございます」
赤茶髪のメガネを掛けた生徒が心配するも、私はただ一言言うだけ。
ベラベラ喋って声を覚えられたら面倒だからな。
「建物の捜索って……この写真にある建物に兵器があるのかな?」
「恐らくそうなんじゃないでしょうか……ですがこの辺りは水門や古い石造りの家屋しかありませんね」
「この辺りに写真にあるコンクリートで出来た建物なんか無いしな……」
「……取り壊されているんじゃないんですかね」
「確かに取り壊されているなら……ですが、もしもそうなら兵器は何処に……?」
「跡地に残っている可能性もあるし、或いは自動的に移動する事も有り得ますよ」
怪しまれない程度に雑談をしようと思い、少しだけ会話をしようとすると思わず勝手に口走った。
「もしも自動で動いている場合でも何かしらの痕跡は間違いなくあるでしょうし、まず跡地を見つけ出して……」
気づいた頃にはもう遅く、風紀委員の二人は不思議そうな目で私の事を見つめていた……
「あんた、すごいな……」
「あ、えーっと、そんな事を空崎委員長が言ってたような気がするなーって……」
自分でも苦しすぎる言い訳な気がする……が、風紀委員の二人は納得したような表情を見せて笑った。
「なんだ、委員長が言っていたのか」
「流石委員長ですね」
「あはは、空崎委員長は観察力がすごいですよねー」
(……多分嘘だよな……)
(どうして取り壊されている事に確信を持っているんでしょうか……)
━━━━━
結局、あれから一時間半ほど歩いても遺産があるらしき場所は見つからなかった。
既に夕陽が煌めき始めている中、水の流れる音とスズメが鳴く声が聞こえるだけ。
「綺麗なところだけど、流石に見飽きたな……」
「干拓で領地を広げた学園なので水門や水路が多いですね」
ニーダはそれほど大きな学園ではない。
恐らくゲヘナ風紀委員の連中は郊外だけでなく学園中をくまなく探しているだろう。
しかし、これほど探して見つからないという事は────
「なあ、これ本当にこの学園に兵器があるのか?」
「ここまで探して見つからないとなると、他の学園に移動している可能性がありますね……」
その通り、あの写真の送り主の真意が分からない限り……兵器の在処も正体も掴めない。
さらに全体の事情を知らない一、二年生の風紀委員の士気は低下しつつあった。
というか私もいい加減この格好で歩き回るのも疲れたし、空崎ヒナと遭遇する前に抜け出さなければ。
「一旦捜査本部に戻って休憩する?」
「そうですね、このまま探していても埒が明かないですし……」
「そうだな、えーっと……あんた、名前なんだっけ?」
「清澄アキラです……」
「アキラはどうする?」
「私は─────「こんなところにいましたか、アキラさん」
物陰から先程のメガネを掛けた風紀委員……雷帝の残党が現れる。
「…………」
私の友人のように振る舞う彼女を睨むも、彼女はものともしない表情だ。
「少し手伝って欲しい事があるので来てください、人手が足りないんです」
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午後6時 ネーデ立憲学園 郊外
ホラン通り 路地裏
連れてこられたのは家屋が立ち並ぶ薄暗い路地裏。
夕焼けの空が沈み始めて、暗闇が路地を覆い、そしてメガネを掛けた生徒は言った。
「貴方が
その一言に私は笑った。
「はは、オマエそんな勘違いをしていたのか」
「勘違い?貴方は『嵐』にも属していなければゲヘナの風紀委員にも所属していない、それどころかゲヘナの生徒ですらない生徒だった」
「……貴方は何者なんですか?」
彼女がツラツラと話す中、私は彼女に背中を向けながら風紀委員の帽子を水路に脱ぎ捨て───振り向いて再び笑う。
「やっと震えた?」
「!」
「人間、正体の分からないものを見れば解き明かしたくなるもの、自分の手に負えなくなれば自分は不明に呑まれると思い込んで不明に近づく」
太陽は沈み、そして暗闇が路地を支配した。
「近づけば近づく程、物影に怯える子供が成長するように
最早一寸先も見えなくなっているかって?
それは違うな、私には見えている。
「貴方の瞳孔が開いているのはここが暗いから?それとも私に怯えているから?」
そのまま彼女に歩み寄り、そいつの黒い目を嘲笑う。
「質問に答えてください」
「なら答えを示そうか」
懐から一枚の写真を見せると、彼女は落胆したような、さらに怯えたような表情をする。
「写真……?」
「此方の方が上手だったわね、同業者よ」
まったくユカイでならない。
勝手に勘違いをして期待して、恐怖して……そして期待通りの結果ではなく余計に真相から遠のいた者の表情は。
「じゃあ貴方は何者なんですかッ!?」
「ゲヘナの人間でもない、そして遺産を知る者なんて─────」
笑いながら、私は彼女の怒りを沈めようとした。
「けけっ……そんな不満そうな顔しないで、暗くても私にはちゃんと見えている」
「答えないのなら実力行使で聞くまでッ!」
「出来るの?」
リボルバーは彼女のこめかみに既に向けられていた。
私はもう彼女の正面ではなく、すぐそばに居たのだ。
「…………」
私は見えているが、貴方には見えていない。
私は怯えていないが、貴方は怯えている。
「真の賢者とは不明に深入りしない者のこと、そして忠告を聞く者のこと」
メガネを掛けた生徒は銃を握っていたが、私に向ける事は無かった。
「…………じゃあどうして、建物が見つからない……?」
「建物はとっくに取り壊されているのよ、一年前にね」
━━━━━
「建物は見つかった?」
「はい!先程D班が写真と同じ建物を見つけたとの報告がありました!」
二年生の現状報告を聞いて、空崎ヒナはホッとした。
「分かった、それじゃあ私も今から向かうわ」
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メガネの生徒は悔しそうな表情をしてそのままどこかへ消えた。
あんな素人は少し脅かせばチョロいものだ。
しかし、困ったものだ。
あれから色々と探し回ったものの写真にある建物は何処にも無いし、跡地も無かった。
風紀委員を名乗って現地の連中に何度も聞いたが『そんな建物を見た事無い』と口を揃えて言う。
跡地に新しく何かが建てられたとしても、痕跡や何かがあるはずだ。
今思えば違和感しかない。
ある日、机の上に置かれた一枚の写真とメッセージ。
ゲマトリアの誰も知らない、いつの間にかそこにあった写真の正体。
どうして疑惑を感じなかった?
まるで盲目になるように仕向けられた、目的を見つめるがあまり経緯から…………?
…………違うな。
写真から目を離し、前を向くと私は納得した。
「……ああ、そういう事か」
そうか、私達は誘き寄せられていたのだ。
存在するかしないかは重要では無い、本当に重要なのは────
「実態も正体も無い、ただそこにある『不明』か……」
取り壊されたはずの建物。
いや、違う……存在しないはずのものだ。
こうなったら取り壊されただとか、跡地とかそういったものは関係ない。
「真の賢者は不明に深入りしない者の事」
「…………でも、私は賢者ではなく不明を解き明かす者だから」
写真を破り捨てて、私は扉が開いている建物の中へと…………
「……いや、やめた」
違う。
それは自分の行動を正当化する為の幻聴に過ぎない。
認識阻害、思考の盲目化。
如何にも
狡猾で薄汚く、手段を選ばない。
(恐らく、何かしらの影響で中にある遺産が作動……そして私達は誘われた)
遺産の正体は遺産に関心のある者を集める…………いや、情報が足りないな。
中に入れば遺産の正体も理解出来るかもしれないし、何の為に私達を集めたのかも分かるかもしれない。
しかし、相手はこのキヴォトスで唯一敵わない人間のうちの一人。
「この件に関しては私は賢者側よ」
そんなセリフを建物に向かって吐き捨て、立ち去ろうとした時。
月明かりに照らされて人影が映る。
「こんばんは」
「どうも、こんばんは」
背後から誰かが挨拶をしてきた。
振り向く事なく、私は挨拶をしてそのまま立ち去ろうとする。
「この建物について、何か知らない?」
「いえ」
「そう、でもさっき入ろうとしてたわよね?」
「興味が湧いただけです、でもすぐにやめました」
「何の変哲もない家なのに?」
私はため息を吐いて、かしこまった口調をやめた。
「……貴方が家の中に入るのを止めはしないけれど、やめた方がいい」
「理由は?」
「この建物はある一種のトラップ、とだけ伝えておく」
「貴方が入らなかったのもそれを察知したから……貴方は何者?」
「私はただの研究者に過ぎず、同時に賢者だ」
私はそのまま
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その後、私はニーダ学園から離れた。
その後空崎ヒナが中に入ったのかは知らない。
しかし現在も彼女が健在なところを見るに、入らなかったと推測するのが正しいだろう。
嵐の残党は…………分からない、そもそも建物を見つける事すら出来なかったんじゃないだろうか。
最後に、遺産について。
あの遺産のようなものが一体何をしたかったのかは分からない。
トラップか、それとも歓迎か。
何故写真が私に送られたのか、どうして雷帝の遺産が発動したのか。
そもそもあの建物にあったのが雷帝の遺産だったのかさえ分からない。
分かるのは、正体不明の何かが私を誘っていたという事だけだ。
しかし、私の手にはまだ残っている。
"良い写真だね"
「うん、少し前に撮った写真」
唯一の証拠だった写真は建物ではなく空を示していた。
━━━メガネの生徒
雷帝の残党組織『嵐』に所属している姫カットの黒髪でメガネを掛けている生徒。
ゲヘナ風紀委員に潜入して遺産を手に入れようとしたらなんかゲヘナと全く関わりのない不気味な奴と出会ってビビり散らかしている。
おまけに写真を送ってきた主ではないと判明し余計に訳が分からない、お前は誰なんですか状態。
その後、建物を見つける事なく帰還した。
━━━空崎ヒナ
ゲヘナ風紀委員長、二徹目。
結局建物に入る事は諦めて万魔殿と共に爆破解体処理を施した。
レイナの声を覚えている。
━━━西条レイナ
ゲマトリアに所属する生徒。
コレクター的な感覚で雷帝の遺産を集めている、何してんの?
結局遺産は手に入らなかったけどメガネの女ビビらせたし色々と面白かったなーって感じで満足。
━━━清澄アキラ
今回の事件にまったく関係ない、一般七囚人生徒。
━━━不明
ニーダ学園の建物。
何故レイナ達を集めたのか、何が目的なのか、雷霆の遺産なのかさえ不明。
建物の中へ入るように思考を促す音波を発していたが結局誰一人入る事は無かった。
その後ゲヘナ風紀委員と万魔殿の共同処理で解体され、今は空き地と化している。
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