チェスの王者   作:困るンノス

10 / 10


HappyHalloween!






サイアイ×ト×サイカイ

 

 

 

 

 

 

 

何もない。

風もない。音も、重力もない。

ただ、白。

無限に広がる白の空間が、己の存在すら疑わせるほどの“静”を支配していた。

 

そこで、メルエムは目を覚ました。

 

肉体の輪郭は曖昧で、呼吸という概念も希薄。

だが“思考”だけは、かつてよりも鮮明だった。

 

――ここはどこだ。

 

問いは無意味だった。

生も死も区別できない場所。

だが、彼の目の前にはたしかに「盤」があった。

 

白と黒の格子が並ぶ盤。

そして、その向こうに――ひとりの老人。

 

あの顔。

あの目。

 

『……』

 

いや、違う。

ここは“生”の続きではない。

老人はもう、息などしていない。

だが確かに、そこに“在る”。

 

老人はゆるやかに微笑んだ。

『ようやく来られましたね、王。 ――続きを指しましょうか。』

 

メルエムはその呼称に、微かに笑った。

「王ではない。 もはや、そう名乗る意味はない。」

 

老人は頷き、盤を整える。

二人の間に、音もなく空気が満ちていく。

 

駒を握る感触は、かつてのまま。

だが、違う。

その一手一手に、血の匂いも征服の欲も宿していない。

 

あるのは、理解への希求。

 

「始めるぞ。」

メルエムの指が駒を押し出す。

 

コツン。

 

音が響いた瞬間、白い世界に波紋が広がった。

それは鼓動にも似て、確かに“生”を感じさせた。

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

数手が過ぎる。

老人の指は静かに、迷いなく動く。

それに呼応するように、メルエムもまた駒を進める。

 

決着をつけるための対局であり、互いが理解に近づくための道でもある。

 

老人の言葉が、空気のように落ちた。

「以前の貴方なら有り得ない程穏やかな気配。何があったのです?」

 

「……あの頃の余は、勝つことしか知らなかった。」

メルエムの瞳が淡く光る。

「“負ければ死ぬ”と信じ、“生きる”を支配と同義にしていた。」

 

老人は黙って頷く。

 

「だがそれもお前との出会いで揺らぎ……」

 

「そして、ある女に出会った。」

 

その声は、空間全体をわずかに震わせた。

 

「名はコムギ。

 そやつは、弱く、脆く、愚かだった。

 だが、盤上で余に"喜び"を教えた。

 そしてその敗北は……何よりも甘美だった。」

 

老人の目が穏やかに細められる。

 

「なるほど――あなたは“理解”を得られたのですね。」

 

メルエムは笑った。

その笑みは、かつての冷笑ではない。

ただの“人”の笑み。

 

「理解か。……そうかもしれん。

 あの女の手を握ったとき、初めて心臓というものを感じた。」

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

対局は進む。

駒が減るたびに、白の世界が色づいていく。

影。風。音。

少しずつ“現実”の欠片が戻ってくる。

 

――思考は鮮明。

――感情は静謐。

 

それでも、確実に鼓動があった。

 

老人の手がほんの一瞬止まる。

その眼差しに、微かな焦りが宿る。

メルエムは気づいた。

 

(……この流れ、勝てる。)

 

だが、それは“征服”の歓喜ではなかった。

胸に去来するのは、穏やかな“祈り”だった。

 

駒を進める。

老いた手が追い、止まる。

 

光が盤を包む。

駒の列が崩れ、そして――

 

「チェックメイト。」

 

老人は静かに息を吐き、笑った。

「……ようやく、勝たれましたな。」

 

メルエムは首を振る。

「違う。余は勝ってはいない。

 其方がいたから、余は成長した。

 そして……学べた。」

 

老人はその言葉を聞きながら、目を閉じた。

 

「ならば、あなたはもう王ではない。

 “ひとりの者”として、完成されたのです。」

 

「……余の名は『メルエム』。そう呼ぶことを許す。」

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

光が満ちていく。

背景が溶け、盤が崩れ、世界が消えていく。

 

「行かれるのですね。」

 

「ああ。コムギを待たせている。」

 

メルエムは振り返らずに歩き出した。

その背に、老人は静かな微笑みを残す。

 

「お待ちください。」

 

立ち止まる王。光の奔流の中、振り返ることなく耳を傾ける。

老人は淡く滲む輪郭の中で、最後の言葉を紡ぐように唇を動かした。

 

「私の名は───────」

 

光がすべてを呑み込み、声が消えた。

ただ静寂だけが、永遠の余韻として残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またな。」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

トリックは推理されたけど、ターゲットを全員殺すまで止まりませんよ?(作者:Distance)(原作:名探偵コナン)

春日井明夫は自殺した婚約者、雨ヶ谷小夜を自殺に追い込んだ元同僚達を殺害する為に彼らの旅行先であるツアーに参加する。▼しかしそこには世間が認める名探偵が居て。▼2025年7月27日。▼日間ランキング1位に載りました。▼読者の皆様ありがとうございます!


総合評価:23713/評価:8.63/完結:9話/更新日時:2026年04月19日(日) 16:00 小説情報

頭痛がひどいデビルハンターの話(作者:kanesa)(原作:チェンソーマン)

「痛み」ってのは生物なら避けるべきものであり、最も根源的恐怖に近いものである。▼痛みがあるから生物は死を忌避し▼痛みがあるから危険を恐れる▼故に「痛みの悪魔」と契約した俺は生物とって天敵なのだ!オラッ!!<痛覚3000倍>!!!▼え?痛覚3000倍でも気にせず動く奴?▼勝てるわけ無いだろ!▼追記:オリ主のイメージ絵を追加しました▼【挿絵表示】▼


総合評価:4678/評価:8.66/連載:17話/更新日時:2026年04月18日(土) 19:15 小説情報

【本編一旦完結】たすてけ勇者一行がくぁwせdrftgyふじこlp【原作更新待ち】(作者:丹羽にわか)(原作:葬送のフリーレン)

フリーレン世界の魔族にTS転生した。してしまった。人類種の天敵──相互理解なんて不可能な、ヒトを喰らう狡猾な獣に。ヒトのココロを持って。▼(完璧に隠蔽して引きこもってる筈なのになんで勇者一行がくるんだぁぁぁぁ!! 嫌だァァァ!! 死にたくないぃぃぃ!!)▼(他の魔族が絶滅して存在が忘れられてから外に出ようと悠長に構えてたのが悪かったのか!? でも仕方ないじゃ…


総合評価:70920/評価:8.98/完結:46話/更新日時:2025年12月05日(金) 20:44 小説情報

9×9=(作者:龍川芥/タツガワアクタ)(原作:呪術廻戦)

なあ宿儺、九九って知ってるか?▼・本編完結、≡(モジュロ)編開始▼24/2/9更新▼ガルダ 様よりオリ主の挿絵を頂きました。▼【挿絵表示】▼


総合評価:24804/評価:9.07/連載:60話/更新日時:2026年04月20日(月) 21:00 小説情報

俺が死んだと思っている仲間と会うのが気まずい(作者:guruukulu)(原作:葬送のフリーレン)

何で死んだのが分身って誰も気付かないの・・・


総合評価:5687/評価:8.07/連載:6話/更新日時:2026年04月01日(水) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>