婚約者を殺され、復讐に燃える1人の鬼の物語である。

──────────
初投稿故、至らぬ点がございますが、評価を頂きたく存じ上げます

1 / 1
初めて作った小説です、お手柔らかにお願いします。


復讐の果て

ーーー鈴鳴りの殲滅鬼

 

 森の奥深く――。

 ひとたび足を踏み入れれば、昼なお暗く、妖気が濃く淀む土地。

 そこに、場違いなほど澄んだ音色が響き渡った。

 

 ――チリン……チリン……。

 

 鈴の音。

 しかしそれは、安らぎをもたらすものではない。

 悪しき妖にとっては、死の報せ。決して逃れられぬ破滅の鐘であった。

 

 木々の影を裂き、ゆっくりと歩み出る一人の男がいた。

 黒の和服を纏い、足元には一本歯の高下駄。

 腰には人間離れした長さの大太刀。

 髪は夜を溶かしたように漆黒、瞳は冷たく光る黒曜石。

 そして額からは、天を衝くように二本の角が伸びていた。

 

 姿は二十代の若者に見える。

 だが彼の纏う妖力は天地を震わせ、獣を怯えさせ、妖すらも息を潜める。

 人々は畏怖とともに彼をこう呼んだ。

 

 ――鈴鳴りの殲滅鬼。

 

 その名の通り、鈴の音が響くとき、妖は必ず滅ぶ。

 

---

 

 彼の目的はただひとつ。

 かつて愛した少女を殺した“大妖”を討つこと。

 

 その大妖の正体は、皮肉にも彼の血を分けた存在だった。

 双子の兄――極悪鬼。

 

 同じ鬼神として生を受けた二人。

 しかし兄は人を憎み、己が力に酔い、闇に堕ちた。

 弟の恋仲を嘲るように奪い去り、少女の命を喰らい、村ごとを焼き滅ぼした。

 

 ――あの日、すべてが終わった。

 

 弟は誓った。

 血に濡れた少女の亡骸を抱きながら、声を枯らして誓った。

 

 「必ず……おまえをこの手で斬る」と。

 

 少女が最後に残した小さな鈴。

 それだけを形見に、彼は幾百年にもわたって妖を狩り続けた。

 

幸せな日々

これはまだ彼がただの弟だった話

 朝靄に包まれた村の小道を、彼はいつものように歩いていた。

 肩に薪を背負い、目立たぬように下を向いて歩く。鬼である自分が、人に気づかれぬよう、慎ましく暮らすのが常だった。

 「おはよう!」

 澄んだ声が背後から響く。

 振り返ると、麦色の髪を揺らしながら駆けてくる少女がいた。

 その手には野花が一輪。彼に差し出しながら、無邪気に笑う。

 「はい、今日の分。似合わないかもしれないけど……」

 「……そんなことはない」

 彼は照れくさそうに受け取り、腰帯に差し込む。

 少女は嬉しそうに目を細めた。

 ――この日常が、ずっと続けばいい。

 そう思えるほど、彼にとって彼女の笑顔は何よりの救いだった。

 昼下がり。

 二人は川辺に腰を下ろし、並んで水面を眺めていた。

 「ねぇ、どうしていつも一人なの?」

 「……」

 「寂しくない?」

 彼は言葉を探し、うまく答えられずに口を閉ざした。

 本当は“鬼”であることを告げるべきなのかもしれない。

 けれど、その一言でこの温かな日々が壊れるのが怖かった。

 「……寂しくはない。おまえがいるから」

 少女は一瞬きょとんとした後、頬をほんのり赤くして笑った。

 「じゃあ、これからも一緒にいてあげる」

 その言葉は、彼の胸に深く刻まれた。

 祭りの日。

 村人たちの賑わいの中で、彼は人の群れに慣れず落ち着かないでいた。

 そんな彼の手を、少女が迷いなく取る。

 「大丈夫。わたしがいるよ」

 その手の温かさに、心が解けていく。

 屋台を見て回り、笑い声をあげ、子供のようにはしゃぐ少女を見守る時間は、まるで夢のようだった。

 「ねぇ、これ買って!」

 彼女が指差したのは、小さな銀の鈴。

 安っぽい護符に過ぎなかったが、彼女は目を輝かせていた。

 「これね、鳴らすと厄が逃げるんだって。ほら、君にぴったり」

 少女は無邪気に笑い、その鈴を彼の手に握らせた。

 ――チリン。

 初めて耳にした音色は、彼の胸を熱く満たした。

 「だから、ずっと持ってて。わたしのお守りだから」

 その日、彼は生まれて初めて“守りたいもの”を手に入れた。

 彼女の笑顔と、掌に収まる小さな鈴。

 それは彼の世界を彩る唯一の光だった。

 

夏の夕暮れ。

 橙色の陽が村を染め、木々の隙間から流れ込む風が心地よい。

 彼と少女は、村外れの草原で並んで寝転んでいた。

 「今日は雲が面白いね。ほら、あれ、狐みたい」

 「……ああ」

 少女は無邪気に笑い、両手を広げて雲をなぞる。

 彼は目を細め、その姿をただ静かに眺めていた。

 ――この時間が、ずっと続けばいい。

 そう願う心が、ふとした油断を生んだ。

 風が強く吹き、彼の髪が揺れる。

 普段は隠していた前髪の隙間から、硬質な光沢を放つ“角”が覗いた。

 少女の視線がそこに吸い寄せられる。

 その瞳が一瞬、大きく揺れた。

 「あ……」

 声が漏れた瞬間、彼の心臓が跳ねた。

 全身が強張り、咄嗟に髪を押さえる。

 「……見たな」

 「……」

 沈黙が、痛いほど重い。

 今まで築いてきた日々が、音を立てて崩れ落ちていくような感覚。

 村人に知られれば、即座に討たれるだろう。

 彼は立ち上がり、少女に背を向けた。

 「忘れろ。今のは……ただの幻だ」

 必死に言葉を紡ぎながら、一歩、二歩と距離を取る。

 だが、その背に――。

 「待って!」

 少女の手が伸び、彼の衣を掴んだ。

 振り返ると、怯えるどころか涙を溜めた瞳がそこにあった。

 「どうして隠すの? 角があるくらいで、君は君でしょ」

 「……俺は、人ではない。おまえたちの敵でしかない」

 「違うよ!」

 少女は首を振り、彼の胸に飛び込んだ。

 「だって、君はずっと優しいもの。わたしを守ってくれるもの」

 抱きしめられた体温が、彼の心を縛る恐怖を溶かしていく。

 「わたしね……君が鬼でも、人でも、どっちでもいい」

 「……っ」

 「君が君でいてくれるなら、それでいいの」

 夕焼けに染まる草原で、彼は初めて涙をこぼした。

 鬼である自分を、拒まずに受け入れてくれた存在。

 彼女は紛れもなく、彼の救いだった。

 

 

 月明かりが村を照らす夜。

 小川のせせらぎが静かに響き、蛍が舞う草原で、彼と彼女は並んで腰を下ろしていた。

 

 「ねぇ」

 彼女が小さく口を開く。

 「村の長老に、話してきたの。私たちのこと」

 

 その言葉に、彼は息を呑んだ。

 鬼である自分の正体を知られるのは、死を意味する。

 しかし彼女は続けた。

 

 「大丈夫。……ちゃんと、許してもらえた」

 「……許し?」

 「うん。再来月、婚姻の儀を挙げることになったの」

 

 そう言って、彼女は少し照れくさそうに笑った。

 頬が月明かりに赤く染まり、潤んだ瞳が彼を真っ直ぐに見上げる。

 

 「だから……これからは、恋人じゃなくて、夫婦になるんだよ」

 

 彼は言葉を失った。

 自分が“人”として受け入れられる日が来るなど、夢にも思わなかった。

 胸の奥で、ずっと縛られていた孤独が音を立てて崩れ落ちる。

 

 「……俺で、いいのか」

 「君じゃなきゃ、嫌」

 

 彼女はそう言って彼の手を取り、小さな掌を重ねた。

 その温もりが、確かに未来へと繋がっていると教えてくれる。

 

 「私ね、ずっと君と一緒に笑っていたいの」

 「……ああ」

 「君が眠るときも、君が怒るときも、泣くときも。全部そばにいたい」

 「……俺もだ」

 

 彼は彼女を強く抱き寄せた。

 鬼であることも、血の宿命も、すべてを忘れさせてくれるほどの安らぎがそこにあった。

 

 ――チリン……。

 

 懐の小鈴が鳴る。

 それは、二人の未来を祝福するような澄んだ音色だった。

 

崩壊の夜

 

 婚姻の儀を控えたある日。

 彼はひとり、村から少し離れた里へと向かっていた。

 

 「これを……あの子に着せたい」

 

 選んだのは、淡い紅桜色の振袖だった。

 華やかすぎず、しかし彼女の柔らかな笑顔を引き立てるに違いない。

 彼は滅多に見せぬ笑みを浮かべ、胸の奥に灯る期待を噛み締めた。

 

 ――チリン。

 

 懐の鈴が微かに鳴り、彼の決意を祝福するかのように響いた。

 

---

 

 だが、帰り道。

 村が近づくにつれて、風が異様な臭気を運んできた。

 

 「……焦げ臭い?」

 

 立ち止まった瞬間、胸の奥にざわりと嫌な予感が走る。

 鼻を刺す煙の匂い。

 それはただの囲炉裏の煙ではない――焼け焦げた木、そして……血の匂い。

 

 「……まさか」

 

 彼は荷を抱えたまま、駆け足で村へと向かう。

 心臓が荒れ狂うように打ち、足が地を蹴るたび、鈴が不吉に鳴り響いた。

 

---

 

 木立を抜けた先。

 

 ――村は、炎に包まれていた。

 

 家々は崩れ落ち、黒煙が夜空を覆う。

 泣き叫ぶ声も、逃げ惑う足音も、やがて悲鳴にかき消されていく。

 人影を襲い喰らう、無数の妖の群れ。

 

 「な……ぜだ……!」

 

 彼の瞳に映ったのは、地獄そのもの。

 そして、その中心に――。

 

 漆黒の髪、同じ二本の角を戴いた影。

 己と同じ姿をした“存在”が、血に濡れた口元を歪めて笑っていた。

 

 「……兄……っ」

 

 極悪鬼。

 

 その目に宿るのは、ただ愉悦と嘲り。

 弟の愛するものすべてを壊すためだけに生きる鬼神。

 

---

 

 「――彼女は、どこだ」

 

 声が震える。

 答えは返らない。

 だが、炎の向こう、瓦礫に伏す小さな影が視界に映った。

 

 紅桜の振袖を着るはずだった少女。

 その身体は血に染まり、動かない。

 

 「……あ……」

 

 世界が音を失った。

 手から着物が落ち、灰にまみれて燃え移る。

 

 懐の鈴が、ひときわ甲高く鳴った。

 

 ――チリン……

 

絶望の誓い

 

 「くく……哀れだな、弟よ」

 

 炎の中、極悪鬼は振り返りもしない。

 血に濡れた牙を覗かせ、不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと闇へと消えていった。

 その背に響くのは、村人たちの断末魔と、燃え崩れる木々の轟音。

 

 残されたのは、地獄の残骸と――愛した者の影。

 

---

 

 「……っ!」

 

 彼は駆け寄る。

 足元の炎も、迫る妖の群れも目に入らなかった。

 ただ一つ、瓦礫に伏す少女の姿だけを追い続けた。

 

 「……っ、はぁ、はぁ……!」

 

 膝をつき、その小さな身体を抱き上げる。

 頬を撫でる。

 その肌は――あまりにも冷たい。

 

 「……だめだ……起きろ……!」

 

 声が震え、必死に揺さぶる。

 返事はない。

 閉じられた瞳は二度と開かず、彼の腕の中で静かに眠り続けていた。

 

---

 

 「なぜ……なぜだ……!」

 

 胸が裂けるほど叫んだ。

 何百年生きてきても、二度と得られぬと思っていた安らぎ。

 ようやく掴んだ幸せ。

 それを、兄は踏みにじった。

 

 炎の中、懐の小鈴が鳴る。

 少女が贈ってくれた、永遠の約束。

 

 ――チリン。

 

 その音が、彼の心を突き刺す。

 涙で視界が滲んでも、彼は強くその亡骸を抱きしめた。

 

 「……必ず……」

 

 声が掠れる。

 だが、その言葉は鋼のように固かった。

 

 「必ず……おまえを、この手で斬る……!」

 

 炎が彼を包み込む。

 だが、燃え尽きたのは迷いだけだった。

 

殲滅鬼の誕生

 

 ――炎に包まれた村は、夜明けと共に灰となった。

 守るべきものをすべて失い、彼の心にはひとつの願いしか残されていなかった。

 

 復讐。

 極悪鬼を斬る、その瞬間のためだけに生きる。

 

---

 

 少女が遺した小鈴を懐に忍ばせ、彼は歩き出した。

 足元の一本歯下駄が、夜の大地を叩くたび、澄んだ鈴の音が響く。

 

 ――チリン。

 それは哀しみの音であり、同時に滅びの予兆だった。

 

 最初に討ったのは、村を襲っていた獣型の妖。

 狂気に染まったその咆哮も、大太刀の一閃の前では虚しく消え去った。

 妖の首が地に落ちると同時に、鈴がひときわ強く鳴り響いた。

 

 「……これで一つ」

 

 血に濡れた刃を払うと、彼は静かに歩みを続けた。

 その背に残るのは、妖の亡骸と、消えゆく妖気だけ。

 

---

 

 時は流れる。

 

 ――その夜、京の空は不気味に沈んでいた。

 月も星も隠れ、ただ妖火が灯る。

 通りを埋め尽くすは異形の群れ。牛頭馬頭、百目、鬼女、怨霊、魍魎――。

 それらが太鼓を打ち鳴らし、笛を吹き鳴らし、狂乱の行進を繰り広げていた。

 

 「ひぃっ……!」

 民は戸を閉ざし、息を殺す。

 誰もが知っている。百鬼夜行に出会えば、人はただ死ぬしかない。

 

 だが、その闇に――。

 

 ――チリン……。

 

 鈴の音が一つ。

 まるで浄めるような清音が、妖の喧噪に紛れ響いた。

 次の瞬間、先頭を歩いていた牛鬼の首が宙を舞い、血の雨が通りを濡らす。

 

 「な、なにっ……!」

 「馬鹿な、斬られたのか!?」

 

 現れたのは一本下駄を履く黒衣の鬼。

 腰に負ったのは人の丈を超える大太刀。

 その黒曜の瞳には一片の迷いもなく、ただ斬るべきものを見据えていた。

 

 「……鈴鳴りの殲滅鬼……!」

 群れの中から怨霊じみた声が漏れる。

 その名を口にした途端、妖たちは戦慄した。

 

 斬撃は嵐のようだった。

 大太刀が横薙ぎに振るわれるたび、十数体の妖がまとめて斬り伏せられ、灰となって消えてゆく。

 槍を構えた骸武者が群れを組み襲いかかる。

 だが、殲滅鬼の踏み込みは雷。一本下駄が石畳を叩き、次の瞬間には骸武者たちの胴がばらばらに砕けていた。

 

 「ひるむな! 数で圧せ!」

 背に何百もの妖が怒涛のごとく押し寄せる。

 鬼女の髪が無数の刃となり襲いかかり、百目が目玉を放った。

 

 ――チリン。

 

 澄んだ鈴音が響いた瞬間、髪の刃は弾かれ、目玉は逸れる。

 鈴鳴りの音色こそが妖を祓い、殲滅鬼の刃がすべてを現実へと引き戻す。

 

 大太刀が唸りを上げる。

 首が飛び、腕が散り、血煙が夜空を赤く染めた。

 百鬼夜行――その誇りと恐怖の象徴は、ただ一人の鬼によって刻一刻と削がれていく。

 

 やがて残るは主格の大妖――

 百鬼を束ねる黒き“夜行の首領”。

 その眼光は憎悪と畏怖に満ちていた。

 

 「貴様……我らが千年の宴を、ただひとりで踏み潰すか!」

 

 殲滅鬼は答えない。

 ただ歩み寄り、鈴を鳴らし、大太刀を振り下ろした。

 

 ――刹那。

 

 首領の身は縦に裂け、轟音と共に崩れ落ちる。

 残る妖どもは叫びながら逃げ散ったが、追撃の刃が閃くたびに灰へと変わっていった。

 

 気がつけば夜明け。

 通りには妖の残滓ひとつ残らず、静寂が戻っていた。

 

 人々は震えながらも戸を開き、目にした。

 ――ただ一人、背を向け歩み去る黒衣の鬼と、微かに響く鈴の音を。

 

 それから京の町には伝承が広まった。

 「鈴の音が響けば、百鬼すら一夜で滅ぶ」と。

 

 

――西の荒野。

 赤い砂塵が空を覆い、血の臭いが風に混じる。

 そこには「血荒鬼〈ちこうき〉」と呼ばれる怪鬼が巣食い、村々を喰い荒らしていた。

 

 その体躯は三丈を超え、牙は太刀よりも長く、腕は巨木のように太い。

 一噛みで人を三人、丸呑みで十人を葬る。

 兵も武者も悉く喰われ、誰ひとり戻らなかった。

 人々にとって、血荒鬼は“災厄そのもの”だった。

 

 だが、その災厄の前に――。

 

 ――チリン……。

 

 鈴音と共に現れたのは黒衣の鬼。

 一本歯の下駄で砂を踏みしめ、その背には人の丈を超える大太刀。

 血荒鬼が放つ殺気を受けても、微動だにせず歩み寄る姿は、もはや人の理解を超えていた。

 

 「ほぅ……同じ鬼よな? ならば理解できよう!

  食らい、貪り、殺し尽くす――それが鬼の悦びよ!」

 

 血荒鬼の咆哮は雷鳴のごとく、砂丘を崩した。

 巨腕が振り下ろされ、大地が割れ、砂塵が爆ぜる。

 

 だが。

 

 ――チリン。

 

 殲滅鬼の刃は、音と共にその腕を切り裂いていた。

 あまりに速すぎて、血荒鬼は自らの腕を失ったことすら気づけなかった。

 

 「な……っ、ば、馬鹿な……!」

 

 恐怖。

 荒野を支配してきた巨鬼の眼に、初めて怯えが宿った。

 その刹那にはもう、勝敗は決していた。

 

 殲滅鬼は一歩、また一歩と歩を進める。

 圧倒的な威圧は、血荒鬼の巨体をも萎縮させる。

 その姿はまるで、鬼を裁く鬼神。

 

 「ぬうぉおおおお!」

 血荒鬼は最後の力を振り絞り、突進した。

 だが、大太刀が弧を描いた瞬間――。

 

 巨鬼の首は宙を舞い、砂に転がった。

 血潮が荒野を染め、やがて風に散った。

 

 残ったのは灰と、澄んだ鈴の音だけ。

 

 ――北の大地

 

 

 北の果て、白に閉ざされた大地。

 村々はすでに凍りつき、人も獣も氷像と化していた。

 そこに蠢くは、千年を生きる雪女一族。

 

 殲滅鬼は吹雪を踏みしめ進む。

 ――チリン……。

 鈴の音が、凍てつく空気に淡く響く。

 

 「鬼よ……お前もまた氷像となれ」

 幾十もの雪女が現れ、冷気の鎖で四肢を絡め取る。

 足は氷に沈み、腕は霜で固まり、大太刀すら凍りついた。

 

 「ここで凍り、忘れられるがいい」

 雪女たちの声は呪いのように重なり、彼の意識を蝕む。

 膝を折り、力が抜け、大太刀が雪に沈みかけた――その時。

 

 ――チリン……。

 

 鈴の音が、氷を震わせた。

 同時に、胸の奥からあの記憶が蘇る。

 

 ――焚き火の赤に照らされ、隣で笑う彼女。

 ――眠る前に囁かれた、温もりを帯びた言葉。

 ――共に過ごした短いが確かな、幸福の日々。

 

 その笑顔のぬくもりが、凍りついた心を溶かす。

 氷の鎖がひび割れ、足を縛る氷床が砕け散った。

 

 「……!」

 殲滅鬼は息を吐き、大太刀を握り直した。

 氷妃――雪女一族の母体が、吹雪の中で睨み据える。

 「ぬくもりなど、ここでは無力……すべては凍て果てる」

 

 「いいや」

 殲滅鬼は低く言い放つ。

 「俺が振るう刃には、あの記憶の熱が宿る。鈴の音と共に……永遠に消えぬ幸せが」

 

 吹雪が轟き、氷妃の冷気が荒れ狂う。

 だが、大太刀の一閃はその嵐を裂き、氷妃の胸元へ届いた。

 

 氷が砕けるような悲鳴。

 氷妃の体は白い霧と散り、凍土を覆った吹雪は止んだ。

 静寂の中に、光が差し込む。

 

 ――チリン……。

 鈴の音だけが余韻のように残り、殲滅鬼の心に彼女の笑顔が再び灯る。

 

 

---

幾千の悪しき妖を斬り続け、

 

その名は瞬く間に広がり、人々は彼をこう呼んだ。

 

 ――鈴鳴りの殲滅鬼。

 

 鈴の音が響くとき、必ず妖が消える。

 その伝承は恐怖と畏怖を混ぜ、民草の間で囁かれ続けた。

 

---

 

 だが、彼にとって名声も畏怖もどうでもよかった。

 すべては一人の少女のため。

 あの日の誓いを果たすため。

 

 「……極悪鬼……」

 

 夜空を見上げ、呟く。

 その黒曜石の瞳には、未だ燃え続ける憎悪の炎が宿っていた。

 

 ――再び相まみえるその日まで。

 鈴鳴りの殲滅鬼は、ただひたすらに斬り続ける。

 

 

激突 ― 鈴鳴りと四腕鬼

 

 四本の腕を持つ大妖が咆哮する。

 黒炎が吹き荒れ、森が業火に包まれる。

 

 「ぬぅんッ!」

 巨腕が振り下ろされ、大地が裂けた。亀裂が走り、根こそぎ木々が薙ぎ倒れる。

 

 殲滅鬼は横薙ぎに大太刀を振る。

 轟音と共に妖の一腕を斬り裂いた。

 だが、残る三本の腕が猛然と襲いかかる。

 

 「くっ……!」

 

 刃と拳がぶつかり合い、爆ぜるような衝撃が周囲を吹き飛ばした。

 彼の身体は弾き飛ばされ、背後の巨木を叩き割って止まる。血が喉を焼いた。

 

---

 

 

鈴の導き

 

 ――チリン……。

 

 懐の小鈴が鳴る。

 少女の面影が胸に浮かぶ。

 

 「……まだだ。倒れるわけにはいかぬ!」

 

 気迫と共に立ち上がる。

 黒曜石の瞳が妖を捉えた。

 

 

 四本腕の妖が怒号を上げ、残る三本を広げる。

 「死ねぇぇぇぇぇ!」

 

 その一撃を受け止めれば、骨も肉も砕け散る。

 だが、殲滅鬼は一歩も退かない。

 

 「……消えろ!」

 

 大太刀に全霊の妖力を込める。刃が白く輝き、空気すら震えた。

 

 ――チリン。

 

 鈴の音が、死を告げる鐘のように響く。

 

 次の瞬間。

 

 閃光が奔った。

 大太刀が三本の腕を一気に切り落とす。

 妖の断末魔が森に轟き渡る。

 

 「ぐぉぉぉ!」

 

 その巨体が揺らいだ瞬間、殲滅鬼は跳躍した。

 夜空を切り裂き、頭上から振り下ろされる一閃。

 

 「――斬ッ!!」

 

 大太刀が妖の首を捕らえた。

 骨が砕け、肉を断ち、黒炎が飛び散る。

 

 ごうん、と重い音を立てて、首が地に転がった。

 妖の瞳から光が消え、巨体は崩れ落ちて黒い灰と化した。

 

---

 

静寂

 

 鈴の音が凛と響いた。

 闇を裂くように、その音色だけが森に残る。

 

 殲滅鬼は荒く息を吐き、折れかけた大太刀を地に突き立てて身体を支えた。

 「……辛うじて、か」

 

 血に濡れた唇から、乾いた笑みが零れた。

 だが黒曜石の瞳には、まだ消えぬ炎が宿っている。

 

 「兄上……必ず、この手で……」

 

 鈴がまた、ひとつ鳴った。

 

 

刀匠との再会

 

 里に入った瞬間、ざわめきが走った。

 人々は彼の姿を見て怯え、子どもは泣き、大人たちは家の戸を固く閉ざした。

 

 漆黒の髪、黒曜石の瞳、額の二本の角。

 ――鬼。

 

 恐怖の対象である彼に近寄る者はいなかった。

 だが、ただ一人。

 

 里の奥、古びた工房から白髪の刀匠が姿を現した。

 「……その姿。幾度目かの修羅をくぐったな」

 

 殲滅鬼は折れかけの大太刀を差し出す。

 「この刃を、もう一度……立ち上がれる姿にしてほしい」

 

 刀匠は沈黙ののち、その刃を手に取った。

 「……この刃もまた、お前と同じだ。折れそうになっても、なお生きている」

 

 工房に火が灯る。

 鍛冶槌の音が夜を貫き、火花が散る。

 鈴の音と鍛冶の響きが重なり、やがて新たな刃が鍛え上げられていった。

 

---

 

迫り来る妖

 

 その時だった。

 山の向こうから、不気味な咆哮が轟いた。

 

 「な、なんだ……!?」

 「妖だ、妖が来るぞ!!」

 

 人々の悲鳴が里を駆け抜ける。

 数十を超える妖が一斉に押し寄せ、炎のような妖気が村を包み込んだ。

 

 殲滅鬼は工房の戸を開け放つ。

 新たに鍛えられた大太刀を手にする。

 

 光を宿す漆黒の刀身。

 かつての刃よりもなお鋭く、なお強靭に。

 

 「……良き刃だ」

 

 黒曜石の瞳が細められる。

 鈴がひとつ、澄んだ音を立てた。

 

---

 

 

 ――チリン。

 

 妖が吠え、群れをなして襲いかかる。

 だが、次の瞬間。

 

 殲滅鬼の大太刀が弧を描いた。

 漆黒の夜を裂く一閃。

 数体の妖が同時に両断され、灰と化して舞い散った。

 

 「こ、これが……鈴鳴りの……」

 村人が呟く。

 

 戦いは苛烈を極めた。

 妖の爪が肉を裂き、炎が大地を焼く。

 だが彼は退かない。

 振るうたびに鈴が鳴り、そのたび妖が滅ぶ。

 

 やがて最後の一体が斬り伏せられたとき、村には静寂が戻った。

 

 「……助かった……」

 「鈴の鬼が、我らを……」

 

 恐怖の眼差しはやがて感謝へと変わっていく。

 

---

 

刃と鈴

 

 血に濡れた大太刀を払いつつ、殲滅鬼は村の人々に背を向けた。

 「礼は要らぬ。ただ……斬らねばならぬだけだ」

 

 懐の小鈴が微かに鳴る。

 愛する少女の面影と、復讐の誓い。

 

 ――鈴鳴りの殲滅鬼は、再び歩き出した。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。