ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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天使 Part3

 王馬を放っておける理由なんて、どこにもなかった。

 

 昼休みの廊下で見た、あの一瞬の顔。

 笑っているのに、笑えていない目。

 軽口で誤魔化しているのに、肩だけはわずかに震えていた姿。

 あいつは嘘つきだ。

 それは今さら疑うことでもない。

 けれど、嘘には種類がある。

 人をからかうための嘘。

 場を引っかき回すための嘘。

 自分を大きく見せるための嘘。

 そして、自分が壊れないようにするための嘘。

 

 今日の王馬の嘘は、最後のそれに近かった。

 

「……どこ行ったんだよ、あいつ」

 

 俺は人通りの少ない廊下を歩きながら、小さく呟いた。

 王馬が消えた方向を追って、旧校舎側の渡り廊下まで来ていた。

 昼間なのに、このあたりは妙に静かだ。

 窓の外から差し込む光はあるのに、空気だけがどこか冷えている。

 誰も使っていない教室の扉が並び、足音だけがやけに響く。

 

 その先で、微かな声が聞こえた。

 

「……しつこいなぁ」

 

 王馬の声だった。

 ただし、誰かに向けた軽口の声じゃない。

 もっと小さくて、押し殺したような声。

 俺は足音を抑えて進む。

 角を曲がった先、非常階段へ続く扉の前に、王馬がいた。

 

 壁に背を預け、片手で額を押さえている。

 いつもの制服姿。

 いつもの小柄な背中。

 でも、そこにある空気はまるで違った。

 誰かに見られている時の王馬小吉ではない。

 一人になった瞬間だけ、仮面の隙間から本当の疲れが落ちたみたいだった。

 

「王馬」

 

 呼ぶと、王馬の肩がびくりと跳ねた。

 それから、ほんの一拍遅れて振り向く。

 

「……わぁ、万津ちゃん」

 王馬はすぐに笑みを作った。

「まさか本当に追ってくるなんて。

 これ、もしかしてストーカー案件? オレ、被害届出した方がいい?」

 

「出せる元気があるなら出せよ」

 

「にしし、冷たいなぁ」

 王馬は壁から背を離して、いつもの調子を取り戻したように肩を竦める。

「せっかくオレが怖がってあげてるのにさ」

 

「怖がってるようには見えないな」

 

「じゃあ見る目ないね」

 

「いや」

 俺は少しだけ間を置いて、王馬を見た。

「怖がってるようにしか見えない」

 

 王馬の笑みが、薄く止まった。

 

 まただ。

 ほんの一瞬。

 でも、確かに刺さった。

 王馬はすぐに口元を吊り上げて、わざとらしく両手を広げる。

 

「やだなぁ。オレが怖がるわけないじゃん」

「だって悪の総統だよ?

 悪の総統が悪夢くらいでビビるわけ――」

 

 そこまで言って、王馬の声が途切れた。

 

 廊下の奥から、また聞こえた。

 

 拍手。

 

 乾いた、薄っぺらい、舞台の観客が手だけを動かしているような音。

 俺にも聞こえた。

 気のせいじゃない。

 それはこの現実の廊下に混ざっているのに、どこか夢の向こう側から滲んでくる音だった。

 

 王馬の顔色が変わる。

 それでも、笑みだけは残そうとしていた。

 

「……聞こえたな」

 

「何が?」

 

「今の拍手だ」

 

「さあ?」

 王馬は軽く首を傾げる。

「万津ちゃん、疲れてるんじゃない?

 昨日あんなに派手に戦ってたしさ。幻聴くらい聞こえてもおかしくないよ」

 

「お前がそれを言うのか」

 

「ひどいなぁ。オレ、親切で言ってるのに」

 

「親切に聞こえないんだよ」

 

「それは君の受け取り方の問題でーす」

 

 いつもの会話に見える。

 でも、違う。

 王馬の視線は何度も俺の後ろへ逃げる。

 誰もいない廊下の端。

 非常階段の扉。

 窓に映る自分の影。

 そのどれかに、王馬には何かが見えている。

 

「王馬」

 

「何?」

 

「ソムニウムに行く」

 

 今度こそ、王馬の笑みが完全に止まった。

 

「……は?」

 

「お前の夢の中を見る」

 俺ははっきり言った。

「ナイトメアがいるなら、そこに入らないと何も分からない」

 

 王馬は数秒、何も言わなかった。

 それから、いつもより少し低い声で笑う。

 

「にしし……なにそれ」

「勝手すぎない?

 人の頭の中に無断で入るとか、悪の総統でもちょっと引くよ?」

 

「じゃあ許可しろ」

 

「やだ」

 

 即答だった。

 王馬は笑っている。

 けれど、その拒絶だけは、冗談じゃなかった。

 

「オレの中なんて見ても、面白くないよ」

「嘘ばっかだし、矛盾ばっかだし、たぶん君が期待してるような感動的な本音なんてないし」

「だからやめときなよ」

 

「期待なんかしてない」

 

「じゃあなおさらやめた方がいいじゃん」

 

「違う」

 俺は一歩近づく。

「期待してるんじゃない。放っておけないだけだ」

 

 王馬の表情が、また少しだけ揺れた。

 

「……そういうの、ほんと似合わないよ」

 王馬は視線を逸らす。

「万津ちゃんってさ、もっとこう、勝手に突っ込んで勝手に傷ついて勝手に立ち上がるタイプでしょ?

 オレみたいな嘘つきに構ってる暇ないんじゃない?」

 

「構う暇くらいある」

 

「ないよ」

 王馬の声が、少しだけ鋭くなった。

「オレを助けるってことは、オレの嘘を信じるってことだよ?

 嘘つきの夢なんか信用しない方がいいよ」

 

「信用するかどうかは、見てから決める」

 

「見たら後悔するよ」

 

「なら後悔してやる」

 

 自分でも雑な返しだと思った。

 でも、それ以外に言いようがなかった。

 王馬は真正面から助けてと言える奴じゃない。

 だったら、こっちも真正面から言い続けるしかない。

 

 その時、王馬の背後の空間が、ゆらりと歪んだ。

 

 紙吹雪。

 王座。

 仮面の観客。

 一瞬だけ、廊下の向こうにあり得ない景色が重なった。

 王馬も見たらしい。

 呼吸が詰まり、顔から血の気が引く。

 

 そして声がした。

 

「にしし……王様、逃げるの?」

 

 俺は反射的にゼッツエクスドリームドライバーを掴んだ。

 

「王馬、下がれ」

 

「……だから言ったじゃん」

 王馬は笑おうとして失敗した顔で、かすかに呟く。

「面白いものじゃないって」

 

「知るか」

 

 俺はドライバーを腰へ当てる。

 装着音が鳴り、エクスドリームライズカプセムが手の中で緑色に脈打った。

 現実で使った時とは違う。

 今から向かうのは、夢の中だ。

 ゼッツエクスドリームが本来の力を発揮する場所。

 現実と夢の境界を、俺自身の意志で越える場所。

 

「万津ちゃん」

 

 王馬が、珍しく俺の名前を茶化さずに呼びかけた。

 

「本当に行くの?」

 

「行く」

 

「オレが拒んでも?」

 

「拒んでるのがお前なのか、ナイトメアなのか分からないからな」

 

「……ずるい言い方するね」

 

「お前ほどじゃない」

 

 王馬は小さく笑った。

 疲れたような、諦めたような、けれどほんの少しだけ安心したような笑いだった。

 

「じゃあ、せいぜい騙されないようにね」

 

「ああ」

 

 俺はドライバーを操作する。

 カプセムが回転し、金と緑の光が廊下を満たしていく。

 空気が変わる。

 現実の廊下の輪郭が、夢の熱で滲み始めた。

 

『フルライズ!』

 

 音声が響く。

 同時に、足元へ円形のゲートが展開した。

 それは昨日の現実戦闘の時よりも、ずっと深く、ずっと柔らかい光だった。

 夢へ潜るための入口。

 王馬小吉の内側へ続く扉。

 

『メツァメロ!メツァメロ!』

 

 光の輪が回転する。

 廊下の壁が、ネオンのような紫へ一瞬だけ染まる。

 遠くで笑い声が増える。

 拍手が大きくなる。

 仮面の観客が、こちらを見ている気配がした。

 

『メツァメロ!メツァメロォ!!』

 

「……うるさい夢だな」

 

 俺が呟くと、王馬はかすかに肩を竦めた。

 

「オレらしいでしょ?」

 

「そういうところだけな」

 

『アブソリュート! ライダー!』

 

 ドライバーの中心から光が伸び、俺の身体を包む。

 今回はキーボの装甲化ではない。

 ソムニウム世界へ入るための、夢側の変身。

 ゼッツエクスドリームの装甲が、金と緑の輝きとして輪郭を作り、俺の身体へ重なる。

 背中に、七色の翼の影が一瞬だけ広がった。

 

『ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!ゼーッツ!』

 

 視界が反転する。

 上と下が入れ替わる。

 廊下がステージの幕みたいに裂け、その奥からカラフルで悪趣味な光が溢れ出す。

 

『エクスドリーム!』

 

 変身音が終わった瞬間、俺の足元が消えた。

 

 落ちる。

 

 落ちているはずなのに、身体はふわりと軽い。

 周囲を紙吹雪が舞っている。

 紫と赤のネオン。

 笑い声。

 拍手。

 遠くで回る観覧車。

 巨大なサーカステント。

 王冠とピエロ帽が合体したような看板。

 そこには大きく、悪趣味な文字が踊っていた。

 

 **超高校級の総統ショー**

 

 その下には、別の文字。

 

 **嘘つき王様の公開裁判**

 

「……趣味悪すぎるだろ」

 

 俺は着地する。

 足元は舞台だった。

 円形のステージ。

 周囲には仮面をつけた観客人形がぎっしり並んでいる。

 顔はない。

 口もない。

 なのに拍手だけはやけに大きい。

 笑い声も聞こえる。

 楽しそうなのに、どこか責めているような声だった。

 

 空には紙吹雪が降り続けている。

 色とりどりなのに、妙に冷たい。

 正面には王座があった。

 豪華で、金色で、空っぽで、ひどく寂しい王座。

 そこへ続く赤い絨毯の左右に、ピエロの仮面を被った兵隊人形が並んでいる。

 

「ここが、王馬のソムニウム……」

 

 声に出した瞬間、ステージの照明が一斉に俺を照らした。

 

 眩しい。

 そして、聞こえた。

 

「にしし……いらっしゃい、ゼッツ」

 

 王馬に似た声。

 でも、王馬じゃない。

 もっと歪んでいて、もっと悪意がある。

 

「ここは総統様の夢の国だよ」

「もっとも、王様が本物かどうかは別だけどね」

 

 観客人形たちが、一斉に拍手した。

 ぱちぱち、ぱちぱち。

 薄っぺらい音が、夢の天井に反響する。

 

 俺は拳を握る。

 ゼッツエクスドリームの装甲が、夢の中でいつも以上に深く脈打った。

 分かる。

 ここでは、現実とは違う。

 夢と現実の境界が、近い。

 壊せる。

 再定義できる。

 何を嘘とし、何を現実とするか。

 その裁定権が、この姿にはある。

 

「本物かどうかは、俺が見る」

 

 俺は王座を睨み、低く言った。

 

「王馬を追い詰めてるのが何なのかも、ここで確かめる」

 

 その返答を待っていたみたいに、王座の背後で赤い影が揺れた。

 ピエロのような輪郭。

 王冠のような影。

 裂けた笑顔だけが、暗がりの中で浮かぶ。

 

 王馬小吉の悪夢。

 クラウンナイトメア。

 

 まだ姿の全貌は見えない。

 けれど、もう間違いなかった。

 こいつが、王馬を笑わせながら追い詰めている元凶だ。

 

 拍手が、さらに大きくなる。

 舞台の幕が、ゆっくりと上がった。

 

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