ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
拍手の音が、降り続けていた。
ぱちぱち、ぱちぱち。
仮面をつけた観客人形たちは、顔も口もないくせに、まるで俺を歓迎しているみたいに手だけを動かしている。
その音は明るいはずなのに、聞いているだけで胸の奥がざらつく。
遊園地の音楽みたいな軽快なメロディも、サーカステントの派手なネオンも、舞台の上へ降り積もる色とりどりの紙吹雪も、全部が王馬小吉を笑いものにするためだけに用意された悪趣味な装飾に見えた。
俺はゼッツエクスドリームの装甲を纏ったまま、円形ステージの中央に立っていた。
正面には、金色の王座。
その背後には、王冠とピエロ帽が混ざったみたいな巨大な看板。
看板には赤い文字で、こう書かれている。
**超高校級の総統ショー。**
その下に、紫色の文字が踊る。
**嘘つき王様の公開裁判。**
「……趣味が悪すぎる」
思わず漏れた声に、客席の人形たちが一斉に首を傾けた。
ぎぎ、と木材が軋むような音が鳴る。
その動きが揃いすぎていて、逆に気持ち悪い。
人間じゃない。
それでも、人間の真似だけはできる。
だからこそ、この世界はひどく王馬に似ていて、同時に王馬を嘲笑っている。
「にしし……いらっしゃい、ゼッツ」
声が響いた。
王馬に似ている。
でも違う。
王馬の軽さを、薄く引き延ばして、そこへ悪意だけを混ぜたみたいな声だった。
「ここは総統様の夢の国だよ。
もっとも、王様が本物かどうかは別だけどね」
「出てこい」
俺がそう言うと、王座の背後の影が揺れた。
そこに確かに誰かがいる。
ピエロの輪郭。
王冠の影。
裂けた笑顔。
けれど次の瞬間、影は煙みたいにほどけて、姿そのものは見えなくなった。
「やだなぁ、いきなり乱暴だね。
ここはショーの会場なんだから、まずは観客に挨拶しないと」
声の主がそう言った瞬間、客席の仮面人形たちがまた拍手を始める。
ぱちぱち、ぱちぱち。
祝福というより、処刑前の合図みたいな拍手だった。
俺は周囲を見回す。
この世界のどこかに、王馬の意識の断片がいるはずだ。
ナイトメアに苦しめられている本人が、完全に姿を消しているとは思えない。
でも、見えるのは舞台装置と観客人形ばかりで、肝心の王馬はどこにもいない。
その時、舞台の奥から、カラカラと車輪の音がした。
赤い幕が左右へ開く。
そこから現れたのは、台車に乗せられた小さな玉座だった。
その玉座に、王馬小吉が座っていた。
「……王馬!」
呼びかけると、王馬は面倒くさそうに片手を上げた。
いつもの顔だ。
いつもの笑みだ。
けれど、その首元には細い糸が何本も絡みついている。
両手首にも、足首にも、見えない操り糸みたいなものが繋がっていた。
王馬自身はそれを隠すつもりなのか、玉座の肘掛けに片肘をついて、いかにも退屈そうに笑ってみせる。
「にしし、ようこそオレの夢の国へ。
入場料は君の信用でいいよ。どうせすぐなくなるし」
「こんなところでもそれかよ」
「当たり前じゃん。
夢の中だからって、急に素直になるとか気持ち悪いでしょ?」
「その糸は何だ」
俺が指摘すると、王馬の笑みが一瞬だけ固まった。
それから、わざとらしく自分の手首を見て、軽く肩をすくめる。
「えー、見えちゃうんだ。
やだなぁ、万津ちゃんって夢の中でもデリカシーないよね」
「隠せてないぞ」
「隠してないだけかもしれないじゃん」
「じゃあ外せ」
「やだ」
即答だった。
王馬は笑っている。
けれど、その拒絶には明らかに余裕がなかった。
自分で外さないんじゃない。
外せないんだ。
そう見えた。
俺が一歩進もうとすると、王馬の周囲に立っていたピエロ兵たちが一斉に槍を構えた。
顔は仮面。
胴体はトランプの札みたいに薄い。
なのに、その槍の先だけは妙に鋭く、夢の中の飾り物では済まない危険を感じさせた。
「王馬、こいつらは何だ」
「オレの部下だよ」
王馬はいつもの調子で言う。
「オレって構成員一万人以上の悪の秘密結社の総統だからさ。
これくらいの護衛、当然じゃない?」
その瞬間、舞台の床が鳴った。
ばらばらとトランプ兵が増えていく。
一体、二体、十体、百体。
客席の隙間からも、舞台袖からも、サーカステントの天井からも、仮面をつけた兵士人形たちが湧き出してくる。
王馬の言葉を、そのまま悪夢が材料にして増殖している。
ただし、そいつらは王馬を守るようには見えなかった。
むしろ、玉座ごと王馬を中央へ押し出し、観客に見せつけるように並んでいく。
「ほらねぇ」
クラウンナイトメアの声が、上から降ってきた。
「一万人の部下だって。
すごいね、総統様。
でも、その部下たちって、本当に君の味方なの?」
王馬の顔から、ほんの少しだけ血の気が引いた。
「……うるさいなぁ」
「王馬、命令しろ。
こいつらが部下なら、止められるだろ」
俺がそう言うと、王馬は一瞬だけ俺を睨んだ。
まるで「余計なことを言うな」と言いたげな目だった。
それでも、王馬はすぐに笑みを作り、玉座の上から手を振った。
「はいはい、じゃあ命令してあげるよ。
全員、その場で止まれ」
その言葉が終わった瞬間、兵士人形たちは一斉に加速した。
王馬へ向かって。
「っ!」
俺は反射的に駆け出し、ブレイカムゼッツァーを呼び出す。
金と緑の光が刃に走り、迫る兵士人形たちを横薙ぎに斬り払った。
人形の身体は紙みたいに裂ける。
だが、裂けた破片は床に落ちる前に紙吹雪へ変わり、また別の兵士人形として立ち上がった。
「マジかよ……!」
「にしし、すごいでしょ」
王馬が笑う。
その声は震えていた。
「オレの組織、しつこいんだよね」
「お前の組織じゃないだろ、これは!」
俺はもう一度切り払う。
今度はプラズマブラスターでまとめて撃ち抜く。
それでも駄目だ。
倒しても、観客の拍手と笑い声が大きくなるたびに、仮面兵たちはまた形を取り戻す。
この世界では、王馬の嘘が悪夢の材料になっている。
嘘を言えば言うほど、その嘘は王馬を守るんじゃなく、王馬を縛る舞台装置として増える。
「王馬、もう喋るな!」
「やだなぁ、無茶言うね」
王馬は笑う。
「オレから嘘とおしゃべり取ったら、何が残ると思ってるの?」
その言葉に、またクラウンナイトメアが笑った。
「そうだよねぇ。
嘘つきから嘘を取ったら、何が残るんだろうね?」
次の瞬間、王馬の顔へ白い仮面が貼りついた。
笑顔の仮面だった。
王馬は反射的にそれを剥がそうとする。
けれど、指が触れる前に、今度は泣き顔の仮面が横から重なる。
さらに怒りの仮面。
驚きの仮面。
いくつもの表情が、王馬の顔へ無理やり貼りつけられていく。
「っ、やめろ……!」
王馬の声が初めて乱れた。
「嘘をつくたび、仮面が増える。
仮面を増やすたび、本当の顔は見えなくなる。
ねぇ、総統様。
今の君は、どの顔が本物なの?」
「黙れ!」
王馬が叫ぶ。
しかし、その叫びに反応して、仮面兵たちはさらに王馬へ近づいた。
命令が反転している。
王馬が総統として強く言えば言うほど、その言葉は悪夢に奪われ、逆向きに使われる。
俺は王馬の前へ飛び込んだ。
ブレイカムゼッツァーを地面へ突き立て、広がる衝撃波で仮面兵たちを押し返す。
その一瞬、王馬の顔に貼りついた仮面の一枚が剥がれかけた。
そこから覗いたのは、いつもの笑顔じゃない。
怒りと恐怖と、見られたくないものを見られた時の、子供みたいな顔だった。
「……見るなよ」
王馬が小さく言った。
「見ないと助けられないだろ」
「助けてなんて言ってない」
「言えないだけだろ」
言った瞬間、王馬の目が鋭くなった。
その反応はいつもの挑発とは違う。
本当に痛いところへ触れられた時の目だった。
「万津ちゃんさぁ」
王馬は仮面を押さえたまま、無理やり笑う。
「そうやって、分かったようなこと言うのやめた方がいいよ。
オレの嘘なんて、君が思ってるよりずっとしょうもないし、ずっと空っぽなんだから」
「空っぽかどうかは、お前が決めることじゃない」
「じゃあ誰が決めるの?」
王馬の問いに、俺は答えられなかった。
その沈黙を、クラウンナイトメアが見逃すはずもない。
「答えられないんだ」
声が、王座の上から響く。
今度は、影が少しだけ形を持っていた。
長い手足。
ピエロの衣装。
歪んだ王冠。
顔には裂けた笑顔の仮面。
クラウンナイトメアはまだ完全な姿を見せてはいない。
けれど、そこにいることだけははっきり分かった。
「総統なんて、ただのごっこ遊び。
組織なんて、ただの嘘。
命令すれば反転して、嘘をつけば自分に刺さる。
ねぇ王馬小吉、君って本当に王様なの?」
王馬は黙った。
黙ったことで、逆に分かった。
普段ならここで何か言い返す。
笑って、嘘を重ねて、相手の言葉を台無しにする。
でも今は、それができない。
仮面兵たちが王馬の玉座を引きずる。
王座の後ろにあった巨大な赤い絨毯が、いつの間にか鎖へ変わっていた。
王馬の座る小さな玉座は、舞台中央の巨大な王座へ向かって運ばれていく。
あそこへ座らされたら、何かまずい。
理屈じゃなく、そう分かった。
俺は地面を蹴り、玉座へ向かう。
しかし、足元に現れたスポットライトが俺の動きを縛った。
光なのに、重い。
まるで舞台のルールに足首を掴まれたみたいに、身体が一瞬止まる。
「ゼッツも舞台に上がったなら、ちゃんと役を守らないとね」
クラウンナイトメアの声が笑う。
「ここは嘘つき王様の公開裁判。
助ける役の君にも、ちゃんと証明してもらわないと」
「証明?」
「そう」
舞台の天井から、巨大な天秤が降りてきた。
片方には王馬の仮面。
もう片方には、黒く塗り潰された心臓のような宝石。
その周囲に、文字が浮かぶ。
**嘘は現実になれるのか。**
その文字を見た瞬間、ゼッツエクスドリームの装甲がわずかに脈打った。
胸の奥で、何かが反応する。
現実と夢の境界。
何を嘘とし、何を現実とするか。
この世界のルールそのものが、俺に問いを投げている。
「助けるの?
嘘しか持ってない子を?」
クラウンナイトメアが続ける。
「じゃあゼッツ、証明してよ。
嘘は現実になれるのかって」
俺は歯を食いしばる。
普通に斬っても駄目だ。
撃っても駄目だ。
この世界では、王馬の嘘そのものが悪夢の材料になっている。
だったら倒すだけじゃ足りない。
嘘を壊すんじゃなく、嘘の意味そのものを変えないと、この舞台は終わらない。
けれど、まだその方法が分からない。
「……万津ちゃん」
王馬の声が聞こえた。
仮面越しで、少しこもっている。
それでも、その声だけははっきり届いた。
「だから言ったじゃん。
オレの中なんて、見るもんじゃないって」
俺は王馬を見る。
仮面に覆われて、玉座へ運ばれていく王馬を。
それでもまだ、笑おうとしている王馬を。
「まだ決めつけるな」
「何を?」
「お前の嘘が、全部空っぽかどうかだ」
そう言った瞬間、周囲の仮面兵の一部が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
紙吹雪みたいに崩れかけ、すぐにまた元へ戻る。
でも、確かに揺らいだ。
俺はそれを見逃さなかった。
この力は届く。
ゼッツエクスドリームの本来の力は、この夢のルールに干渉できる。
まだ完全には使えない。
でも、ただ殴るだけじゃない方法がある。
「……今の」
王馬も見ていたらしい。
仮面の奥で、目がわずかに揺れる。
クラウンナイトメアの笑い声が、少しだけ低くなった。
「へぇ。
今、ちょっとだけ舞台が揺れたね」
その声は、楽しそうで、少しだけ警戒していた。
「でも、まだ足りないよ。
王馬小吉の嘘を本物にするなんて、そんな夢みたいなこと、君にできるの?」
舞台の幕が、ゆっくりと下り始める。
王馬を乗せた玉座は巨大な王座へ近づき、仮面の観客たちは拍手をさらに強めていく。
俺は拳を握り直した。
嘘は現実になれるのか。
クラウンナイトメアの問いは、王馬だけじゃなく、俺自身にも突き刺さっている。
ゼッツエクスドリームは、夢と現実の境界を壊し、再定義する力を持っている。
なら、ここで問われているのは、俺が何を現実として選ぶかだ。
王馬の嘘を、ただの虚構として切り捨てるのか。
それとも、その奥にある何かを、現実として拾い上げるのか。
「……証明してやるよ」
俺は舞台の中央で、クラウンナイトメアの影を睨んだ。
「お前が嘘だって笑ったものの中に、何が残ってるのかをな」
拍手が鳴り続ける。
王座が近づく。
クラウンナイトメアは、裂けた笑顔のまま俺を見下ろしていた。
次に必要なのは、戦う力だけじゃない。
王馬小吉の嘘の奥へ、踏み込む覚悟だった。