ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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想う Part7

信号が変わる。

 

ピピン、と乾いた電子音が鳴り、青い人型のランプが点灯した。俺は反射的に半歩遅れてから横断歩道へ足を踏み出す。

 

(右側の死角、なし。頭上の遮蔽物、なし。背後の足音、三人分。どれも民間人)

 

……やめろ、俺。

 

頭の中で勝手に動き出した状況確認プロセスを、手で後頭部をかく動作で誤魔化す。すれ違うサラリーマンが怪訝な顔で俺を見たが気にしない。戦いが終わって数日経つというのに、身体に染み付いた警戒回路はまだ現役らしい。

 

(平和だなぁ、ホント)

 

街の空気はあの悪夢の夜の前と何も変わらない。信号待ちの学生の他愛ない会話。自転車に乗った老人のチェーンの音。どこかの店から流れるJ-POP。

 

全部が、日常だ。

 

俺は大きく息を吸い込んで、わざと肩の力を抜いた。腹の底から溜まった空気を吐き出す。ふう、と白い息が漏れる。

 

さて。

 

約束の時間まであと十分。

 

場所は駅前の雑居ビル三階。期間限定のリアル脱出ゲーム会場だ。伊達のあのニヤけた顔が脳裏をよぎる。

 

『謎解きデートだ』

 

『デートじゃないです』

 

あの会話から数日。結局俺は、日菜さんと約束を果たすためにここに来た。脱出ゲーム。デートじゃない。謎解きだ。そう、謎解き。

 

ビルの前に到着する。自動ドアのガラス越しに三階への階段が見えた。指定された集合場所はエントランス前だ。時計を見る。五分前。俺は早すぎるくらいだ。

 

「あっ! 万津くーん!」

 

甲高い声が、ビルの陰から飛んできた。

 

俺は身体が勝手に構えを取る前に、声の主を探した。戦いの癖だ。音源は前方、距離五メートル。敵意なし。

 

……いや、敵意ならあるかもしれない。

 

そこに立っていたのは、淡いピンクのカーディガンに白いロングスカート。長い金髪を緩く結び上げ、ターコイズブルーのゴーグルも、黒いボディースーツも身につけていない。

 

「……え?」

 

俺の口から間抜けな声が漏れた。

 

目の前の人物は、キラキラした笑顔で俺の手を取った。

 

「お待ちしてましたっす! 万津くん、時間ぴったりっすね! いやー、私三十分前から来てたっすよ! ワクワクが止まらなくて!」

 

「……日菜さん?」

 

「はいっ! 月夜野日菜っす!」

 

「いや、名前は知ってるけど……あの、その格好は?」

 

「私服っすよ! たまにはこういう日もあるっす! ……変、かな?」

 

日菜は少しだけ上目遣いで俺を見た。その表情は、ゴーグルの奥から覗く冷静な技術者の時とは全く違う。年相応の、少し不安げな少女の顔だった。

 

「いや、変じゃないっすけど……あ、いや、変じゃないです」

 

「本当っすか? よかったぁ! 実は私、私服選びって苦手で……朔来ちゃんに合わせてもらったんすよ」

 

「朝陽咲さんに?」

 

「そうっす! 『これが一番無難だよ』って言われて! どうっすか? 似合うっすか?」

 

「……ああ、まあ、うん。似合ってるっすよ」

 

「やったぁ! ……って、万津くん、なんで私の真似してるんすか」

 

「いや、つい」

 

(いつの間に日菜さんの口調がうつったんだ俺)

 

俺は咳払いをして誤魔化した。日菜はクスクス笑うと、突然俺の腕を掴んで歩き出した。

 

「ささ、行くっすよ万津くん! 今回のテーマは『閉ざされた研究室からの脱出』っす! ボリュームたっぷりのハード系で、制限時間は六十分! ヒントは三回まで! でもヒントなしでクリアしたら特典ステッカーがもらえるんすよ! もちろんヒントなしで行くっすよね?」

 

「え、六十分? ヒントなしって……」

 

「あ、大丈夫っす! 万津くんなら絶対分かるっす! 私の解析でも難易度は中の上くらいで、論理的思考力があれば十分クリア可能な範囲っす! ただし第一部屋の暗号はシーザー暗号の変形型で、鍵になる数字は壁のシミの数から推測するタイプで、たぶん三通りの解釈ができるけどそのうち二つはダミーで……」

 

「日菜さん、まだ入ってないすよ」

 

「あ」

 

日菜は足を止めた。エントランスの自動ドアの前で、俺たちは二人して立ち止まる。

 

「ふふっ、つい興奮しちゃって」

 

「ついじゃないすよ……もう三分くらい喋ってたすよ」

 

「えっ、そうなんすか? 私、時間の感覚がなくなるんすよ……」

 

日菜は舌をぺろりと出して笑った。その無防備な笑顔に、俺は少し毒気を抜かれる。

 

(……これが、あのABISの天才技術者かよ)

 

ゴーグルもボディースーツも端末もない。ただの金髪の女の子。でも、その目の輝きだけは変わらない。謎を解くことが大好きで、好きすぎて止まらなくなっちゃう、純粋な好奇心の塊。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「はいっ! ガチガチ楽しいっす!!」

 

日菜は拳を握りしめ、意気込んだ。

 

俺たちは自動ドアをくぐり、脱出ゲーム会場へと足を踏み入れた。

 

(……平和、だな)

 

背後でドアが閉まる音がした。

 

「スタートっす!」

 

開始のブザーが鳴るか鳴らないかの瞬間、日菜が動いた。

 

正確には、ブザーの音が空気を震わせる前に、彼女の身体は既に最初の謎が仕掛けられている本棚へと飛び込んでいた。ピンクのカーディガンが翻り、白いスカートが床を掠める。

 

「えっ、ちょっ、日菜さん!?」

 

俺の声は虚しく空を切る。日菜は本棚の背表紙を指先で弾くようにスライドさせ、特定の一冊を引き抜いた。

 

「本棚の背表紙の色の推移がフィボナッチ数列になってるっす! これを抜くと隣の壁のパネルが浮くっすよ!」

 

「え、待って、まだ何も見てないんすけど!」

 

「見る必要ないっす! ささ次っす万津くん! このパネルの裏には――」

 

パカッ。

 

日菜がパネルを外すと、そこには数字の書かれたプレートが並んでいた。俺が内容を理解しようと視線を走らせるより早く、彼女はプレートを三枚並べ替える。

 

「西暦の下二桁を足して十二になる組み合わせは三通り。でも本棚の本が十二巻だったから、ここの答えは一九一二の十二番目の月を示してるっす! 十二月! つまり開くのは十二月のプレートっす!」

 

カチリ。

 

壁の隠し扉が開いた。

 

「……」

 

俺は口を半開きにして立ち尽くしていた。入って三分。俺はまだ部屋の中央から一歩も動いていない。

 

「ガチガチ楽しいっす!!」

 

日菜が小さくガッツポーズをした。その瞳は、待ってましたとばかりに輝いている。そう、彼女は私服のままだったが、待てよ。

 

「あ、そうだ万津くん、これつけるっす!」

 

日菜はバッグから何かを取り出した。あのターコイズブルーのゴーグルだ。私服の上からゴーグルを装着するという前代未聞のスタイルで、彼女はニカッと笑った。

 

「やっぱり謎解きにはゴーグルがなきゃね! 視界の補正が効くっす!」

 

(補正って何だよ、デートでゴーグルって何だよ)

 

心のツッコミは空回りする。日菜はもう次の部屋へ駆け出していた。

 

「次の部屋は化学実験室を模してるっすね! 壁の元素記号の配列がおかしいっす! H He Li Be B C N O F Ne……Naの次がMgじゃなくてAlになってる! つまり周期表の十三番目がキーっす! アルミニウム! アルミニウムの質量数は……」

 

「日菜さん、俺にも考えさせてくれ!」

 

「あ、ごめんっす! でも制限時間は待ってくれないっすよ! 次の暗号は手書きの文字が左右反転してて鏡で見るタイプっすね! さっきの部屋に鏡があったから戻るのはロスっす! ここは窓ガラスの反射を利用して……」

 

日菜は窓際に駆け寄り、ガラスに背中を向けて暗号の書かれた紙を掲げた。ガラス越しに映る文字を斜め読みし、瞬時にキーパッドに打ち込む。

 

ピピピピッ。

 

「開いたっす! さあ次っす!」

 

(早い。速すぎる。ついていけない)

 

俺は戦場で培った観察眼をフル稼働させた。部屋の不自然な影、床の擦り痕、壁の隙間。戦闘中なら敵の潛伏場所を見抜くレベルの集中力で部屋全体をスキャンする。

 

(あった。右側の壁、床から一メートル五十の位置。擦り痕が直線的に走ってる。スライド式の隠し扉だ!)

 

「日菜さん、右の壁に隠し扉が――」

 

「あ、それさっきの部屋でメモに書いてあったやつっすね! 私はもう三つ先の部屋の答えまで計算終わってるっすよ! そこの扉の先は配管室で、バルブを三回回してから五秒待つと次の鍵が落ちてくるっす!」

 

「……え」

 

俺が発見した隠し扉は、日菜にとっては「さっきの部屋のメモに書いてあった」程度の雑魚謎だったらしい。俺の索敵能力、完全に無駄。むしろ、戦場で命を救ってくれた観察眼が、脱出ゲームでは日菜の足元にも及ばないという屈辱。

 

「ガチガチ楽しいっす!! 次の部屋はロック! 数字の羅列を素因数分解して……」

 

日菜は部屋中を駆け回り、謎を解き、扉を開け、次の部屋へ飛び込む。その動きはまさに嵐だ。俺はその後ろを必死に追いかけるだけの荷物。

 

「いや、ちょっと待ってくれ、俺たち二人で解く謎じゃないんすかこれ」

 

「え? あ、万津くん何か分かったっすか?」

 

「いや、何も分かってないっす。お前が速すぎて何も見えてないっす」

 

「ふふっ、すみませんっす! つい癖で! じゃあ次の謎は万津くんに任せるっすよ! ほら、この絵画の隠されたメッセージ!」

 

「お、おう、任せろ!」

 

俺は絵画の前に立った。戦場で暗号を読んできた俺だ。芸術の暗号くらい……。

 

「……えーと、右上の隅の色が薄いな。もしかして、この絵の構図が何かを示唆してるのか?」

 

「そうっす! 構図はダビデ像のポーズを模してるっす! で、背景の雲の数が七個だから、ダビデ像の製作者はミケランジェロで、ミケランジェロが制作を始めたのは一五〇一年! つまり鍵となる数字は一五〇一を逆から読んで一〇五一! で、それをこのダイヤルに……」

 

カチリ。

 

「開いたっす! 次っす!」

 

「俺に任せるとか言ったじゃねぇか!」

 

「ごめんなさいっす! つい答えが浮かんじゃって!」

 

日菜は本当に申し訳なさそうな顔をしているが、そのゴーグル越しの瞳は心底楽しんでいて、謎を解く喜びに満ち溢れていた。俺はため息をつきながらも、その無邪気な笑顔に少し毒気を抜かれる。

 

(まあ、楽しそうだしな……)

 

数十分後。

 

「残り四十一分っす! ここが最終部屋っすよ万津くん!」

 

息一つ切らさず、日菜は最後の部屋に飛び込んだ。

 

そこは狭い密室だった。中央に一台の古いタイプライターがあり、壁一面に謎の文字が書かれている。出口の扉には、複雑なキーパッドが設置されていた。

 

「ガチガチ……楽しい……っす……」

 

日菜の声が、少し小さくなった。

 

俺はふと、日菜の様子がおかしいことに気づいた。ここまで部屋中を駆け回り、機関銃のように解説を喚いていた彼女が、ぴたりと足を止めたのだ。

 

「日菜さん?」

 

日菜は最終謎の前に立ったまま動かない。ゴーグル越しの瞳が、壁一面の文字を睨みつけていた。だが、その瞳の輝きが、さっきまでの純粋な興奮の色とは少し違っていた。

 

「どうしたんすか、日菜さん」

 

俺は問いかけた。最終部屋に入ってから日菜はずっと同じ場所に立ったままだ。中央にある古い木箱とその横に置かれた真鍮の鍵を見つめたまま指先一つ動かさない。

 

ここまで来るまでの彼女なら既に鍵の構造を解析し開錠コードを導き出し俺が口を開く暇もなく扉を開けていたはずだ。だが今の日菜さんは違う。ピンクのカーディガンの袖口をぎゅっと握りしめゴーグルの位置を何度も直している。いつもの自信満々な様子はどこへやらだ。もじもじと床のタイル目を数えるような視線の動かし方。

 

「あの…その…」

 

日菜さんは上目遣いで俺をちらりと見た。その顔はさっきまでの興奮で赤くなっていたが今は別の理由で赤いように見えた。

 

「万津くんに…最後は解いてほしいっす」

 

「え?」

 

「だって私ばっかり解いてたら万津くんがただついてくるだけになっちゃうっすよね? それってデートっていうか…仕事の視察みたいじゃないっすか」

 

日菜さんは早口でまくし立てる。ゴーグル越しの瞳が泳いでいる。

 

「だから…その…最後くらいは花を持たせたいっす。万津くんが解いた方が達成感あるっすよね? ね?」

 

(あえて手を抜いてくれたのかよ)

 

俺は心の中で苦笑した。いつもなら私が全部やりますとばかりに突き進む彼女がわざわざ俺に譲ってくれている。その不器用な優しさがなんだかとても日菜さんらしくて胸の奥がじんわりと温かくなった。

 

「分かったっす。じゃあ俺がやる」

 

俺は木箱の前に歩み寄った。戦場で鍵を開ける時とは訳が違う。だがやることは同じだ。観察し思考し正解を導き出す。

 

箱の表面には小さな窪みが四つあった。そこへ鍵についている四つのダイヤルを合わせるのだろう。ダイヤルにはそれぞれアルファベットが刻まれている。

 

「A…C…G…T…」

 

俺は呟いた。四つの文字。生物の授業で見たことがある。

 

(DNAの塩基配列か?)

 

俺は壁一面の文字を見上げた。そこにはランダムに見える文字列がびっしりと書かれている。だがその中に規則性があるはずだ。

 

「日菜さんヒントある?」

 

「えっあその…壁の左上から三行目を見てみるっす」

 

日菜さんが小さな声で言った。俺は言われた通りに目を凝らす。

 

「ATCG…TACG…GCAT…」

 

規則性がある。置換暗号だ。AとT CとGがペアになっている。

 

(これを元に戻せば…)

 

俺はダイヤルに手を伸ばした。

 

「T…A…C…G」

 

カチリカチリカチリカチリ。

 

四つのダイヤルを回す。

 

パカッ。

 

木箱が開いた。中には金貨型のメダルと脱出成功を告げるカードが入っていた。

 

「やったぁ!!」

 

「できたっす!!」

 

二人の声が重なった。俺たちは顔を見合わせそして同時に吹き出した。

 

「やっぱり万津くんすごいっす!」

 

日菜さんが無邪気に笑う。その笑顔はゴーグル越しでも眩しいほどに輝いていた。

 

「日菜さんのヒントのおかげだよ」

 

「ふふっ二人なら絶対クリアできるって信じてたっす!」

 

俺たちはメダルを握りしめ出口へと向かった。扉を開けるとスタッフの拍手が出迎えてくれた。平和で優しい音色だった。

 

会場を出ると、空が橙色に染まっていた。

 

「あー楽しかったっす!!」

 

日菜さんが両腕を天に伸ばして伸びをする。ゴーグルは額に上げられ、夕日がそのターコイズブルーの縁を琥珀色に照らしていた。私服のピンクのカーディガンが風に揺れる。あの黒いボディースーツの時とはまるで違う。柔らかくて、どこかふにふにした空気を纏っている。

 

(…いや、ふにふにって何だよ)

 

心の中で自分にツッコミを入れる。でも確かにそうとしか言えなかった。戦場でPsync装置を操作する冷徹な技術者とも、謎解きで暴走する解析マニアとも違う。ただの、年相応の女の子。それが今そこにいる。

 

「次は来月にあるっすよ! 『閉ざされた宇宙ステーションからの脱出』ってテーマで! SF系だから私の専門分野っす! zero-G環境のシミュレーションもあるらしくて! あとその次は…」

 

日菜さんが指折り数え始めた。右手の指が折れていき左手に移り、左手も足りなくなると今度は俺の腕を掴んで指を一本ずつ折り始めた。

 

「え、ちょっと、俺の指まで使わないでくれ」

 

「だって予定が多すぎて指が足りないっす! 三月には『沈没船からの脱出』があって四月には『古代遺跡の地下迷宮』があって五月には…」

 

「日菜さん、来年のことまで計画してないか?」

 

「早めに予約しないと sold out になるっすよ! 特に人気シリーズは一ヶ月前には埋まるっす!」

 

彼女の語り口は相変わらず早い。だが、不思議と心地よかった。あのソムニウムの中で時雨が語っていた「孤独な現実」とは対極にある声。誰かと共有する時間を楽しむためだけの言葉。

 

(また、連れてってくれよ)

 

口をついて出たのは、俺自身が一番驚いた。

 

「…はい?」

 

日菜さんが足を止めた。指折り数える動作もぴたりと止まる。ゴーグルの奥の青緑色の瞳がまん丸に見開かれていた。

 

「だから、また。次も一緒に行こうってことっす」

 

俺は視線を逸らした。夕日が照らすアスファルトを見つめる。自分の口から出た言葉が何だか妙に照れくさくて、耳の先が熱くなる。

 

「…万津くん」

 

「ん?」

 

「本当に?」

 

日菜さんの声が、少しだけ小さくなった。いつもの爆発的な勢いが消えて、代わりに何かを確かめるような、慎重な響きがあった。

 

俺は顔を上げた。

 

日菜さんが立っていた。夕日を背にして、長い金髪が風に揺れている。ゴーグルの奥の瞳が潤んでいるように見えたのは夕日のせいだけじゃないだろう。口元が微かに震え、それからゆっくりと、花が開くように笑顔が広がっていった。

 

「もちろんっす!」

 

その笑顔を見た瞬間、俺の胸の中で何かがふっと軽くなった。

 

(ああ、悪くない)

 

戦いの後の平和。悪夢の後の日常。派手な変身も必殺技もない、ただの夕暮れの帰り道。でもこの何でもない時間が今の俺には何よりも確かな手応えとして掌に残っていた。

 

「じゃあ三月の『沈没船』は絶対予約するっすね! 万津くんの分もまとめて二枠確保っす! あ四月のも! 五月のも!」

 

「全部かよ」

 

「全部っす! 万津くんは私の謎解きパートナーっすから! …あ、パートナーって言っても仕事じゃないっすよ? あくまで趣味の範囲っすけど…」

 

「分かってるって」

 

二人の影が夕日に伸びて、アスファルトの上で並んで揺れていた。

 

信号の交差点に着いた頃には、日菜さんは既に来年の脱出ゲームスケジュールを三分割で語り終えていた。

 

「じゃあ私はこっちっす」

 

日菜さんが右の道を指差す。駅の方角だ。

 

「うん、またな」

 

「はいっ! またっす! …万津くん」

 

「ん?」

 

「今日はありがとうっす。楽しかったっす」

 

日菜さんが小さく頭を下げて、それから弾かれたように顔を上げて駆け出した。ピンクのカーディガンが夕暮れの街に溶けていく。数歩走ってから振り返り、大きく手を振る。

 

「次の謎解き、待っててねぇ!!」

 

その声が街の喧騒に混じって響いた。

 

俺は手を振り返した。日菜さんの背中が人混みに消えていく。最後にゴーグルが夕日を反射して一瞬だけキラリと光った。

 

(…楽しかったな)

 

俺はポケットに手を突っ込み、反対方向へ歩き出した。

 

信号が変わる。青い人型のランプが点灯する。俺は今度は何も警戒せず、ただ前を向いて歩いた。

 

街の音が心地よい。

 

風が心地よい。

 

明日もまた、この日常が続く。

 

「んっ、あれはUFO」「んっ、あぁ!万津君が、UFOに攫われたっす!?」

 

どうやら、まだ、俺の不幸は終わらないようだ。




あとがき

長い旅だった。

万津という男と共に、夢と現実の境界を駆け抜けた物語も、ここでひとまずの区切りを迎えることとなった。一年間、毎月この物語を届けることができたのは、ひとえに読者の皆様の応援のおかげだ。本当にありがとうござった。

この物語を書き始めた時、俺は一つだけ約束をした。それは「夢と悪夢は似ている」ということを描き抜くことだった。

希望と絶望は表裏一体。それは教祖が語った冷徹な真理であり、万津がその身で証明した答えでもある。だが、その答えに至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。

才囚学園のコロシアイ。終天教団の暗躍。NAIXの狂気。ソムニウムの深層で出会った時雨兎紀子の孤独。そしてミコトルとヒメルの最期。

万津はその全てを「不幸」という才能で生き抜いた。彼は最強の戦士ではなかった。仲間に助けられ、敵の痛みを知り、何度も折れかけながら、それでも立ち上がり続けただけの男だ。

仮面ライダーゼッツ。その名が意味するのは「絶つ」こと。絶望を断つ。悪夢を断つ。そして、自分自身の弱さを断つこと。

だが最終的に万津が選んだのは「断つ」ことではなく「背負う」ことだった。絶望も希望も、夢も悪夢も、全部ひっくるめて生きていく。それが彼の答えであり、この物語の結論でもある。

一月の連載の中で、多くのキャラクターが登場し、それぞれの物語を生きた。才囚学園の生徒たち、終天教団の幹部たち、ABISの面々、そして希望ヶ峰学園の苗木学園長。彼ら一人ひとりが万津の物語を形作ってくれた。感謝してもしきれない。

特に、最終決戦で苗木学園長が白昼夢を利用して死者たちを蘇らせた場面は、俺自身が一番書いていて震えた。希望ヶ峰学園七十八期生の幻影たちが戦場に立つあの光景は、ダンガンロンパという物語が紡いできた歴史の重みを、仮面ライダーという形で表現できる最後の機会だった。

そして日菜さんとの後日談。

あれは、万津にとっての「報い」だ。戦い続けた者だけが辿り着ける、平和な日常。脱出ゲームで早口解説を聞かされ続けるという罰ゲームに近い報いだが(笑)、それでも彼にとっては何物にも代えがたい時間だったはずだ。

最後に。

この物語を読み終えた皆様に、一つだけ問いかけたい。

あなたにとっての「現実」とは何ですか。

教祖は「終末を見守ること」を使命とした。時雨は「現実の外側へ脱出する」ことを夢見た。万津は「絶望も希望も全部背負って生きる」ことを選んだ。

答えは一つではない。だが、どの答えを選ぶにせよ、その選択を自分のものとして生き抜くことだけは忘れないでほしい。

夢を見続ける限り、悪夢もまた隣にいる。だがそれでいい。悪夢の深さを知るからこそ、目覚めた時の朝日は眩しい。

一年間、本当にありがとうございました。

それでは、またどこかの夢の中で。

  *  *  *

最後に、この物語を支えてくれた全ての皆様へ。

編集担当の方、キャラクターの原作元であるスパイク・チュンソフト様、そして何よりも毎月この物語を待ってくれた読者の皆様。一年間、万津の不幸に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。

皆様のおかげで、この物語は最後まで「夢」であり続けることができました。

感謝を込めて。
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