「最初に言っておく。この内容は全て最重要軍事機密だ。情報漏えいが起きれば査問委員会による裁判と二年以上の監視が付く。覚悟がないなら今すぐにこの部屋を出ろ」
突貫工事で旅館に設営された簡易司令部で、千冬はそう言って切り出した。
その中央には、大型空中投影ディスプレイが浮かんでいる。
この突然の事態に対して、しかしここまでの用意を行う。そして先ほどの警告。
全てに置いて尋常ではない非常事態が起こっていることの証明だった。
「今から二時間前、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル共同開発の試作第三世代IS、
その言葉に、全員の緊張感が一層高まる。
さらにその性能に一同はさらに警戒心を強める。
競技用ではなく広域殲滅を目的とした軍用のIS。
多方向にエネルギーを射撃するスラスターウイングを装備した第三世代IS。
それが暴走しているという前代未聞のこの事件。対IS兵器やVTシステムも大概ではあったが、それに匹敵するほどの非常事態であった。
「衛星による追跡の結果、福音は約50分後に、ここから二キロほど離れた空域を通過することが分かった」
その言葉に、自分達がしなければならないことを全員が理解する。
「既に二か国及び自衛隊が対応準備をとっているがほぼ間に合わん。ゆえに、ここにいる我々で対応するようにIS委員会から要請が来た」
苦虫をかみつぶしたような顔で、千冬が全員の推測を裏付ける。
ISに対抗できるのはISだけ。
代表対抗戦で同じ土俵に立てる兵器の開発は可能になったが、それでも限度が存在する。そもそも、突如現れた兵器に対して全世界は出遅れており、おそらく実戦に使用できるレベルで準備できている国家はまだないだろう。
ゆえに、自分達に白羽の矢が立ったのだ。
「教員は訓練機を使用して空域及び海域の封鎖をおこなう。つまり迎撃は君たちに担当してもらうことになるが、現在銀の福音は時速2450を超えている、アプローチは一瞬しか不可能だ」
その言葉に、その場にいた全員が視線を向けるのがいた。
短時間で最も銀の福音を撃破できる可能性があるのは、スペック―データ的に付け入る隙がある近接戦闘で最強の攻撃力を持つ必要がある。
現時点でそれが可能なのは鎌居達が最有力。すなわち・・・。
「俺が行くのが一番か」
一夏は最初から覚悟をしていた。
今回の戦闘は明らかに命がけだ。
暴走している状態のISでは、戦闘不能になった相手に攻撃を加える可能性も非常に高い。それを考えればこれは正真正銘の殺し合いだ。
必然的に命がけの戦いになれている者が行くべきで、該当するとすれば自分を除けば軍人のラウラぐらいだろう。
だからそれに否は無かったが、しかしそれでも不安は残る。
「単騎での戦闘はリスクが大きすぎますわ。幸いブルー・ティアーズには高機動パッケージ、ストライクガンナーがありますから、それで支援を行いますわ」
「自分も高機動パッケージがあるデス。援護ぐらいはできるデス」
単独で危険なことには巻き込めないと、セシリアとヒルデが名乗りを上げる。
確かに、この作戦に置いては高機動の機体が必須だろう。
ただでさえ超高速で飛行しているISなので、うかつに接近に気付かれれば必然的に逃げられる。
となれば高速で飛行することで迎撃するのが必然。不知火は設計思想的に機動性能も極めて高いのでバランスも含めて最有力候補。次点を上げるなら高機動パッケージを装備している二機だった。
しかし、この次点には一つの欠陥が存在する。
「パッケージの量子変換《インストール》はすんでいるのか? 時間はないぞ」
いまだその新武装の使用態勢を整えていない機体で、果たしてどこまで運用ができるのかという点に尽きる。
それに対する反応は二つに分かれた。
セシリアは、まさに痛いところをつかれた反応を示して動きを止めるが、ヒルデは若干得意げな反応を示す。
「イチイバルのパッケージはバックパックに限定してるデス。それにパッケージの接続後はコンピュータ制御で数秒で行うので、理論上は戦闘中の交換も可能デス」
その言葉に全員の視線が一機に集まる。
パッケージの調整という手間のかかる作業を瞬時に終えるシステムの構築に、状況を忘れかけるほどの刺激が発生した。
千冬はそれを咳払い一つで済まし、すぐに冷静に思考する。
二対一で戦うなら十分な勝算はある。
だが、可能な限り戦力は多い方がいい。連携も上手くできないような戦力では危険である以上、共に行動したことがないヒルデと一夏だけでは逆に足を引っ張る可能性がある。
とはいえもう時間もない。セシリアの調整を待っている余裕はない。もし調整に時間がかかれば福音はそのまま通り過ぎる。その結果、日本の都市に甚大な被害が発生する可能性も十分にあった。
ゆえに、千冬は対応できそうな人物に相談することを決める。
「・・・束、意見を言え」
鋭い声が響き、それに観念したのか障子が開いて束が姿を現す。
「ちーちゃんって相変わらずチートだね。・・・まああまり気乗りしないけど、もうひと押しはあるよ」
「短く言え」
「第四世代ISのコンセプトは『展開装甲による全領域完全対応』。理論上展開装甲はISの自己進化機能と合わせて無限に近い可能性があるし、私が調整すれば七分ぐらいで紅椿は高速戦闘対応可能だよ。・・・できれば最終手段にしたいけど」
その言葉に、千冬は意外な物を見たと感じた。
「お前なら、これで篠ノ之を大活躍させれるとか言いそうだったがな」
「ゴメンちーちゃんホントやめて。あの頃の私はマジ黒歴史だから」
ものすごい恥ずかしそうな顔で束はそっぽを向くが、既にその両手には空間展開型のキーボードが展開されていた。
最後のひと押しがあればやるということの証明だ。
そして、その最後の証明である箒は―
「やれといわれるのであれば、寄って切るまでです」
この中で最も動揺することなく、平静なままに言いきった。
超高速で飛行する三機のIS。
高速戦闘パッケージ、フェンリルダッシュを装備したイチイバル。
展開装甲による全領域対応をその身で証明した紅椿。
そして二機にけん引される形で二機との速度のわずかな差を是正する不知火。
三機のISが福音に攻撃を叩きこむため高速で飛行する中、一夏はどうしても気になることがあってプライベートチャネルを開いた。
「なあ箒。大丈夫なのか?」
「それを聞くこと自体が野暮だ。こういうのはやるかやらないかだろう」
投げかけられた一夏の言葉に、箒はなんてことも無いようにあっさりと返す。
その声には恐怖など一切映っておらず、まるで今日食べた食事の内容を語っているかのような気やすさがあった。
あまりに平然とし過ぎている様子に、一夏だけでなくヒルデも違和感を覚えてその顔色をうかがってしまう。
「さすがに緊張感がないデス。命がけだってわかってるデス?」
「別に生きるか死ぬかなぞ日常でも当然のことだろう? 人は階段で足を踏み外しただけで下手をすれば死ぬぞ」
「いや、そりゃそうだけどさぁ」
「戦場だろうとスポーツだろうと工事現場だろうとただの学園生活だろうと一歩間違えれば死ぬ。それがわかっていればこの状況も日常生活の一つでしかないさ」
大したことではない。軍用ISとの戦いをそう言い切る箒の瞳は、真実それをそうだと信じ切っていた。
いくら刀という物の意味を知っているとはいえ、つい数か月前まで兵器すら触ったことがない物とは思えないその姿に、一夏はもちろんヒルデも恐ろしい物を見たような気がした。
しかし、次の瞬間にはその感想も消し飛ばさざるをえなかった。
ハイパーセンサーによって全方位を移す視界に、ついに銀の福音を確認する。
一瞬で縮まる銀の福音との距離。福音も敵の姿をとらえ、その動きに一瞬の鈍りが生じる。
次の瞬間、ヒルデと箒が同時に腕を動かして一夏をなげ、一夏は鎌居達を展開すると同時に瞬時加速を発動する。
超音速飛行と同時に放たれる瞬時加速。それは神速となって福音に迫る。
しかしそれを、福音は一瞬で後退することで完全にかわして見せた。さらに次の瞬間にはそのエネルギー兵装、
一時しかなかった好機をしかし逆転され、されど一夏は焦らなかった。
確かにショックはあるし失態だが、それでもその高速飛行を止めることはできたのだ。それはすなわち一瞬での戦いではなくなったことを意味する。
そして、そうなれば数の差が自分達に有利に働く。
ビームとレーザーの嵐が福音を狙い、福音は射撃体勢を解除して素早く回避。その後再び体制を立て直して今度こそ光弾を発射する。
三色の機体が銀の天使を包囲し攻撃する。拙いながらも何とか連携の形になったそれを、しかし福音はものともしない。
福音は暴走状態になったと聞いている。それはすなわち、操縦者の意思を介在していない、ISコアによる機動だということ。
その状況下にも関わらず、福音は三機を相手に攻撃をかわし続ける。
いくら連携が拙いとはいえ、新世代機と超特化使用と軍需産業のテストパイロットの組み合わせ。当然その戦闘能力は強大で隙がない。しかも実戦での連携どころか三人での連携など始めてにもかかわらず、三機は連携の形をとることができていた。
それでもなお、届かない。
三機の連携を広域に放射する光の弾幕によって迎撃する。
三機の攻撃をその翼を巧みに操り回避する。
その広域攻撃は散弾と化し、三機に少しずつだが確実に攻撃を与え続ける。
反面三機の攻撃はしかし当たらない。
「これは不味いデス! あれ本当に暴走状態なのかデス!?」
操縦時間の長さゆえに一番損傷の少ないヒルデが、しかし一番に弱音を上げる。
その弱音はしかし事実皆の感想であり、箒もそれがわかっているからか歯を食いしばる。
そんななか、しかし一夏は吠えた。
「だからって負けるわけにはいかないだろ!!」
そう、負けるわけにはいかない。
あのISは暴走状態だという。それはすなわち、乗っている操縦者も制御できないということだ。
このまま銀の福音を逃すことがあれば、銀の福音によって甚大な被害が出るかもしれない。
銀の鐘は光の豪雨。こんな雨を町中に振らせていいわけがない。
「援護するデス! 一夏君は突っ込むデス!!」
イチイバルの会長領域から、シールドが転送されるとテレキアムで一夏へと投げ渡される。
同時にショットガンを転送し、一夏から離れつつ乱射する。
弾丸の嵐を迎撃するように、銀の福音が光の豪雨を浴びせるが、しかしそれゆえに隙が生じた。
その瞬間を尽くために瞬時加速を発動。一機に距離を詰め、振り上げの一撃を叩きこむ。
福音はその一撃を回避できずに、大きく吹き飛ぶ。反撃のために銀の鐘を向けるが、その動きは精細を書いていて隙だらけだった。
これならかわせる。そして防げる。
ほとんどの攻撃を最小限の機動でかわし、ある程度はシールドで受ける。
そしてカウンターで叩きこもうとした砲撃も、僅かな軌道でその射線から逃れ―
「・・・っ!?」
ハイパーセンサーで全方位に展開された視界に、一隻の船が映った。
「漁船!? 海域封鎖が間にあわなかったデス!?」
「・・・場所から見て密漁船か」
ヒルデが驚愕し、箒が冷静に判断する。
密漁戦であるが故に海域封鎖の情報が遅れたのだろう。
いくらISが高性能でも、広い範囲の監視には不向きといわざるを得ない。それゆえに抜けがあった。
そして一夏は気付いてしまった。
この最大の好機を受け入れれば、銀の鐘があの密漁船を襲うことに。
「く・・・そぉおおおおお!?」
最大のチャンスと密漁船を天秤にかけ、一夏はしかし一瞬で判断した。
瞬時加速を使い銀の鐘へと体当たりする。
次の瞬間、エネルギーの嵐を全てくらい弾き飛ばされた。
「一夏君!?」
「一夏!? ・・・この愚か者!!」
そのまま墜落するのを抱きとめられたのを感じて、一夏は意識を手放した。