その声と同時に感知したそれに、鈴は状況がそれどころではないことを理解した。
「そう、ここからが本番だ。我々にとっても、そちらにとっても」
鈴の視界の中で、千冬が珍しく動揺しているのがわかる。
まあ当然だろう。
ISもつけず、宙に浮かぶ人がいれば、普通は混乱する。
そして、その人はなにも飛ぶ手段を持っていないわけではない。ただその手段が明らかに常人の想像をはるかに上回る為、それが思考を停止させていた。
そのものは、黒い蝙蝠のような翼を12も生やしていた。
その翼の数に、鈴は彼らの正体を一瞬で把握した。
悪魔、それも上級クラスの強大な悪魔にが目の前に存在する。
「貴様ら、何者だ?」
福音をかばうように身を傾け、ブレードを突きつけながら千冬が問う。
その姿を嘲笑しながら、12の翼をもつ男が、優雅に一礼した。
「ジーコン・アスモデウスというものだ。冥土の土産に覚えておきたまえ」
ジーコンは嘲笑を浮かべたまま、その手を自分達へと向ける。
「目的はIS狩りとでも言っておこう。ブリュンヒルデからISを奪ったとなれば、相応の戦果になりそうだ」
ジーコンはその全身から殺意をみなぎらせ、そう余裕に満ちた発言をする。
鈴はその言葉が嘘でも油断でもないことを心底理解している。
だから―
「皆逃げて!!」
自分が動いた。
「鈴さん!? なにを―」
「さがれ凰! 得体が知れな―」
後ろでセシリアと千冬が叫ぶが意識を向けない。
ISでは勝てないから両腕を除装し、その左腕を叩きつける。
もちろん仙術は使用する。
仙術による打撃とは、すなわち気を相手の内側に打ち込むこと。
ゆえに相手の防御力を無視することが可能といってもよく、それゆえに決まればこの状況を打破することが可能である。
「・・・仙術か、甘いな」
ゆえに、直撃する前に障壁で防がれれば意味をなさない。
だが、その程度は呼んでいた。
そしてそれは、喰らえばダメージが入るということの証明でもある。
「なら、これはどう?」
右腕に全力を込めると同時、出せるすべての身体強化魔法を一気に加える。
自分の体の限界を超えた強化魔法に腕が裂けて血が流れるが、それは今は意に介さない。
そもそもこの現状を打破しなければそんなことを考えることもできないのだ。
下手な上級悪魔をはるかに上回る全力を超越した一撃。
それは障壁を確かに砕き―
『Divid!』
―その肌でやすやす止められた。
見れば、ジーコンの背には白く、そして光を放つ翼が新たに生えていた。
以前レヴィアから見せてもらった映像で知っている。
アレは―
「10秒ごとに相手の力を半減して己の物とする
・・・この世界には、
複数の能力を持ち、それら一つ一つが桁違いの効果を発揮し、そして一つの次期に一つしか存在しない、文字通り神すら殺せる人類究極の力。
その一つを、目の前の悪魔が手にしていた。
その力は人間の血が無ければ手に入れることができない力。それを悪魔が手にするということは人間から奪い取ったということであり、ゆえにその時点で相応の実力を持つことの証明でもある。
・・・勝ち目がない。鈴はその身を以って今の現状を改めて理解した。
「とはいえ、王に手を出した報いはちゃんと受けてもらう」
ジーコンの体から、魔力が一つの形を作り上げる。
それは巨大なサソリの尾。もはや毒ではなくその力を以って敵を叩き潰す凶器がそこにあった。
無論かわすために後退しようとするが、いつの間にかその腕をジーコンはつかんでいた。
回避不能。その四文字が頭に浮かぶのと同時に、衝撃が襲いかかった。
その光景を見て、千冬はようやく我に返った。
半透明の光の尾などという現実離れした光景を見せられて、柄にもなく茫然自失状態になっていたようだ。
鈴が叩きつけられた海面は大きくへこんで津波と間違うような波を起こしており、まるで隕石が落ちたかのような動きを見せている。
・・・絶対防御すら貫通しかねない威力だと、馬鹿でもわかった。
そして自分の視界に移るジーコンとかいう悪魔は、その手に鈴の腕をまだ持っていた。
当然、それは本体とは繋がっていない。
肘から先の部分が、打撃の勢いについていくことができず引きちぎられていた。
華奢な腕だと、千冬は思う。
身体能力は高かったが、それに合うような筋肉を持っていなかった。体格的にも小柄だし、どう見ても小さな子供のような腕だろう。思えばそれでよくあれだけの身体能力を発揮していたのだろうか疑問に思う。
そんな腕の持ち主に何度も危険な目を合わせた。挙句の果てにこの非常時に真っ先に行動させた。とどめにその腕を失わせた。
しかも腕が引きちぎれるほどの打撃で海面に叩きつけられた。普通に考えれば即死だろう。
ああ、なるほど、死んだのか。
そこまで理解して、感情が現実に追いついた。
「―――殺す」
瞬時加速。それと同時の振り下ろしが、ジーコンを正面から打撃する。
そう、それは悪魔で打撃であり斬撃にはならない。
「無駄だ。表の最高であるISと我ら裏の高位との戦いは一つの形に集約される」
その言葉と共に尾が振るわれるが、千冬は神速の見切りを以ってして全てを回避する。
もちろんその間も攻撃は忘れない。
だが、それらすべてはジーコンの皮膚を打撃するにとどまっていた。
「すなわち、こちらが無限に等しい攻撃を喰らって、その耐久力を超えるまでに一撃を叩きこむか。かすり傷にも満たない攻撃を致命傷にまで重ね合わせるまでに、一切の攻撃を喰らわないかだ」
見えない波動がジーコンから放たれ、その身を弾き飛ばされる。
直後、光の豪雨が目の前に現れた。
その数は福音と比較すれば大きく劣る。しかしその質は福音を比較にするのも馬鹿らしいほどはるかに強大。
直撃どころかかすめただけでシールドエネルギー全てを持って行きかねない猛攻を、千冬は高速で回避した。
「だが私は裏の高位ではなく裏の至高だ。そこに勝負は存在しないのだよ」
圧倒的という言葉を体現し、勝者の余裕すら漂わせるジーコンだが、それによって一瞬の隙が生じる。
その瞬間を逃さず、千冬は豪雨を突っ切り接近した。
狙うのは眼球を目指した刺突。
それはかわされることなく叩きこまれ―
『Divid!』
その勢いを殺されて封じられた。
「無駄だよ、人類の真の至高と、真なる魔王の血が組み合わさった私を倒すのに、ISでは無理だ。おもちゃのナイフで鋼は切れない」
子供を諭すように、ジーコンは笑いかけた。
「・・・だから、諦めて死にたまえ」
「・・・その油断が、命取りだ」
直後、その背中に現状存在するありとあらゆる攻撃が直撃した。
・・・織斑千冬という最強戦力を囮にした、集中砲火による不意打ち。
あの猛攻をしのぎながら、しかしそれによって頭が冷えた千冬はプライベートチャネルで指示を出していた。
いくら化け物としか思えない力を持っているとはいえ、この攻撃ならばいくらかダメージは通ると思う。
シールドエネルギーにだって上限はある。絶対防御にだって限界はある。
ならば、この化け物がどんな方法で力を手にしていたとしても、サイズの限界は確かに存在するはずで―
「残念だ。まさかこの程度で倒せると思うだなんてね」
―その限界は、はるか上に存在していた。
「まさか、ここまで化け物だとはな」
「そうへこまない。君も十分強者だ。すくなくとも現代の英雄を名乗るにふさわしい力を持っている」
打撃が加わった場所に触れ、ジーコンは心底真面目に千冬を評価した。
確かに、彼女の戦闘能力はIS同士での戦いなら現状でも最強格であろう。
ブリュンヒルデの名にふさわしいその力を、彼女は圧倒的な強敵を前に確かに示して見せた。
しかし、それでも届かない。
「・・・麻耶! 生徒達を連れて急いで逃げろ!!」
だから決断する。
この命全て捧げてでも、この場を切り抜けることを迷わない。
「織斑先生!?」
「良いから急げ、撤退すると同時に全生徒を避難させろ、急げ!!」
「いえ、下がるのは織斑先生のほうデス」
「極めて同意見だね。緊急通信を入れてくれて助かったよ」
瞬間、頭上から声が聞こえた。
それはこの場にいるわけがない声だった。
確かに、彼女の行方が急に消えたと聞いて、今回の件との関係を考えたのは事実だ。だがそれは、情報を知ろうとして何らかの行動をとっている物だとばかり思っていた。
「・・・福音に報復するためにいろいろと準備をしてきたと思ったら、まさかこんな状況になっているとは思わなかった」
ため息交じりの声が聞こえ、そしてその姿が頭上から舞い降りる。
「報告感謝するよヒルデちゃん。アースガルズ・コーポレーションと聞いた時から予想してたけど、まさか裏の存在を表業界に入れているとは思わなかった」
「あいにく適性がSランクだったものでデス。あ、自分完璧サポートタイプなので戦力としては入れないでデス。・・・時間かかるデス」
ジーコンからの攻撃の気配も消えている。
完全に、その敵意は彼女に収束されていた。
「・・・来たか、偽りの魔王に
「来たさ。分不相応の言葉を体現することしかできない、驕りしか持たない鍍金の魔王」
敵意をお互いに向けながら、レヴィア・聖羅が戦場に降り立った。
本作におけるISと異形との戦闘はジーコンが言ったとおりです。
当たらなければどうということはないを地で行けるISにも勝算はありますが、どうしても攻撃力が足りません。ゆえに千冬でも相手にならなかったというわけです。
ただしこれは逆にいえば、攻撃力さえ何とか出来れば千冬クラスならかなり勝算があるというわけで・・・