気づけば鈴は、真っ白な空間にいた。
これはアレだろうか、臨死体験の類だろうか。
そうぼんやり考えながら思い出すのは、自分の迂闊な失敗である。
旧魔王血族に真正面から攻撃を叩きこんだのは、やはり慌てすぎだったろう。
レヴィアは彼らを自ら輝きを捨てた宝石と言ったが、それでも宝石であることには変わりはない。ダイヤモンドは原石でも最高の硬度を持っているのだ。磨き上げても元が石ころである自分では、ぶつかり合っては勝ち目がないだろう。
腐っても長く続く上級悪魔を相手に、さすがに気が急いていたと思う。
自分は確かにISを殴り倒せるだけの戦闘能力を持っているが、だからと言って戦闘のプロというわけでもないのだ。無謀な真似をしすぎていた。
だが、鈴の中に後悔はなかった。
これで二度と一夏に会えないかもしれない。レヴィアはきっと自分が出遅れたことを悔やむかもしれない。蘭や弾も悲しむだろう。付き合いが短いとはいえ、セシリアやクラスメイトたちにもショックを与えるかもしれない。
だが、あの場で自分が逃げ出すのは嫌だった。
何もしないでいるのは嫌だった。
思い出すのは、レヴィアが悪魔だと知ってからある程度たった夏の出来事だ。
下僕や友達に甘い側面があるレヴィアに頼み込んで、冥界に連れて行ってもらったことがある。
あの時の出来事はまるで宝石箱だ。信じられないほど豪華なお城に止まったし、そこで食べた食事も高級品。
何より一夏と一緒に旅行に行ったのである。蘭や弾もいたがそこは乙女の修正力でどうとでもなる。
だが、そこでけっこうショックな出来事もあった。
ありていにいえばレヴィア狙いのテロに巻き込まれたのである。
レヴィアは旧魔王血族で在りながら現魔王政権に下った存在である。その存在そのものを使うことで現魔王側でも根強い旧魔王に対する信仰を集めるのが彼女の役目。それによって不安を解消し、現政権を盤石にすることが、彼女が選んだ道であった。
ゆえに、それに反感を抱く者もいる。
旧魔王の血族からすれば裏切り者以外の何物でもない。さらに現魔王側にしても、切り捨てた旧魔王血族におもねることに反感を抱く者も少ないながらも存在する。
その時襲ってきたのは後者だった。
レヴィアが自分達と一緒に冥界の山にハイキングに行った時を見計らって、襲撃を行ったのだ。
相当の実力者を以って行われた襲撃は、しかし圧倒的有利でありながら失敗した。
当時から桁違いの防御力を持っているレヴィアが耐えきり、そしてアストルフォが陽動に引き離されながらも、敵を各個撃破して壊滅させたのだ。
この事件によって表面化した過激派は現魔王によって断罪され、これが膿出しとなったことでレヴィアの安全は真の意味で確立された。
レヴィア自身、その後の特訓によって当時ですら高レベルであった防御を冥界中に轟かせるレベルにまで上昇させたこともあり、積極的に仕掛けても得をしないと認識させるほどになったのだ。
だが、それは当時のレヴィアがそこまで到達していなかったことを意味する。
あの戦いで、レヴィアは自分達をかばって傷を負った。
自分達を守るために当時から使えていた遠隔障壁を張って安全を確保し、そして自分は技と目立つように移動しながら距離をとって、刺客の目から自分達を遠ざけたのだ。
当時のレヴィアの能力でははなれたところの障壁と自分の障壁を両立することはできず、肉体の耐久力も今のような破格な物ではなかった。
アストルフォが治癒の秘薬であるフェニックスの涙を温存していなければ、傷跡が残っていただろう。
自分が役に立たなかったのが原因でそんなことになり、そして今回もろくに役に立てなかった。
だが、それでも逃げなかった。
自分はへたれていたが臆病ではなかった。あの襲撃のときのように、怖くて震えていたわけではなかった。
だから後悔はしていない。ただ深く未熟を受け入れるだけだ。
ただ心残りなのは、足止めもろくにできず友人達をジーコンの前に残したことだ。
散会して逃げれば十分逃げ切れる可能性はあるし、レヴィアのことだから時間さえ稼げれば来るだろう。
アストルフォもなんだかんだでやってくるだろうし、あの二人の全力ならジーコンを倒すことも十分可能だ。
今の自分にできることなど、それが上手くいくことを願うことだけだ。
そう諦めようとした時、視界の隅に泣いている少女の姿が見えた。
ここがいわゆる三途の川的なあれだとするならば、あれは子供の死者か何かだろうか。
だとすると放っておくのも寝覚めが悪いので、慰めようと思って近付いた。
「ねえアンタ、大丈夫?」
「ごめんなさい」
いきなり謝られた。
なにか謝られることをされた記憶がなくて、鈴は途方に暮れてしまった。
「役に立てなくてごめんなさい。・・・いつも肝心な時に力になれなくてごめんなさい」
そもそもあったことあっただろうか。
そんな風にしか思えなくて心底困ってしまったが、その言葉に思い出したことがある。
そういえばあたし、甲龍を本気で頼ったこと無いわね。
無人IS戦の時は仙術を使った。ラウラの時は身体強化魔法も使って、むしろISをダメにした。ジーコンのときもISの機動力でかく乱など考えなかった。
そう思うと、ものすごく脂汗が流れそうになる。
アレ、これってすごくダメじゃない?
ISと上級クラスの異形の存在との戦いは、IS側にとって機動性能が肝になる。すでにその試算はできており、その辺は自分もレヴィアから聞かされている。
なのに自分は機動力を全く生かさず、ただ突っ込むだけだった。
「・・・なんかあたし、ものすごくダメじゃない?」
思わず口から言葉になって漏れるぐらいダメダメだ。
そもそも自分はそんなことができるほど真剣に魔術に取り組んだだろうか?
一夏と蘭は立場もあってかなり真剣だ。将来的にそれを使って食べることもあるし、真剣にも程がある。
弾も非常に真剣だった。あの時自分が足を引っ張ったことを痛感したのは彼もいっしょだ。ゆえに足を引っ張らないように努力した。
彼の隠密と転移術はその修業期間でできる限界まで鍛えられている。今度同じことがあったとしても、余裕を以って離脱することができるだろう。
だが、自分はどうだろうか。
あの頃から両親が不仲になったこともあったが、一夏たちほど真剣には取り組んでなかったような気がする。
それなりに真剣に勉強はした。だが、勉強したことを結果として、実力を求めることを怠っていなかっただろうか。
既に仙術で同レベルに到達しているのが証拠だろう。興味深い世界に触れて真剣になり、あっという間に魔術に追いついている。
加えて言えば、自分は代表候補生としての自覚も足りないのではないか。
確かに代表候補生になるほどISには取り組んだ。スカウトを受けて勉強し、同じように努力したものを蹴落としてその場に立っている。
だが、仙術ほど真剣に取り組んだだろうか?
両親の離婚から目をそらすための言い訳として使い、その後に知った仙術ばかりに意識を向けすぎてはいなかったろうか。
専用機をもらったのにもかかわらず、自分はその自覚が足りてないような気がしてきた。これはレヴィアに怒られそうだ。
あのタッグトーナメントで、レヴィアは選ばれたのだから自負と責任を果たせと言っていたが、それは思いっきり自分に当てはまる。
いくらそれだけでは勝てないとはいえ、ISをほぼ無視して異形の力だけに頼ったのは、甲龍に対してあまりにも不義理だ。
「・・・役に立てないどころか、そもそも役立たせようとしてないじゃない。バカだあたし」
そう思うと後悔してきた。
あの場で最も状況に対応できたのは、その状況を理解できている自分にもかかわらず、その手段を有効利用せずにあっさりとやられてしまった。
手段として頼られずにいては、甲龍も泣くだろう。それはダメだ。
そう思い、そして泣いている少女を見直して、鈴はなんとなく気付いた。
この子はきっと、そんな自分の失態を気にせず自分がダメだからそんなことになったと思っているのだ。
その正体にうすうす感づき、情けなくなりながらもそっと抱き寄せた。
「悪いのはあたしだわ。・・・ゴメンね」
「・・・え?」
「自分から使うことを選んだのに、使うわずに叩きのめされてちゃダメよね。本当にゴメン」
ああ、やり直せるのならやり直した。
今から取り戻せるのなら取り戻した。
今度はあんな無様はさらさない。少なくとも、ちゃんと自分が選んだことを自覚してやりとおして見せる。
そうすれば、自分はあのエロいのが致命的な友人や、愛する男に胸を張れるのだから。
ただ守られるだけでなく、守り返せるような少女でいられるのだから。
「だいじょうぶ」
そっと、少女の手が触れた。
「だいじょうぶだよ。今なら、あたしも頑張れる」
視線を向けると、少女はにっこりとほほ笑んでいた。
「あたしを使ってくれるなら、あたしもちゃんと役に立つよ。だから―」
そっと、手が延ばされる。
「行こう?」
「・・・そうね」
その手を、しっかりと握りしめた。
手放したりはしない。ちゃんと掴んで、そして使ってやるのだ。
これは自分が望んで手に入れた力だ。だからちゃんと力として振るってやるのが礼儀だろう。
生身で頑張っても追いつけなかった。自分の力でも役に立てなかった。
だけど、一人ではなく二人なら―
「「今度は、負けない!!」」
―胸を張って、その姿を見せつけれる。
激戦を繰り広げながらも、しかし戦況はこう着していた。
暴走状態のジーコンは、人型を生みだしてこちらの注意を引きながらも、桁違いの攻撃力の砲撃を放ちながらその腕を振るってこちらを叩きつぶそうとする。
しかもその外殻は頑丈で、楯無の清水なら傷を負わせることもできるが、それでもすぐに修復されてしまう。
明らかに攻撃力が足りない。
「・・・アストルフォ呼んでもどうにもならなそうだなぁ」
あれはどちらかというと技で勝負するタイプだ。
攻撃力で言うのなら一夏と蘭なのだが、たぶんそれでも一撃では倒せそうにない。
なんというか―
「ちょっと増援が欲しくなってきたね」
思わず気弱な一言が漏れたその時、後ろから砲撃が連続してやってきた。
それらは異形の群れに叩きこまれ、その数を一気に減らしていく。
その砲撃には覚えがある。
八門の砲口を持ち、様々な種類の砲撃を放つ神器、
そしてそれを持つのはレヴィアの戦車の片割れ―
「蘭ちゃんか!!」
「お待たせしました!!」
砲撃を続けつつ高速で接近する蘭の四肢には、巨大な装備が施されていた。
両足には脚力強化型神器、
両腕には腕力強化型神器、
そして、その背からはそれらを維持するために腕のような意匠が施された、八面の龍の禁手、
史上類を見ない後天的神器使いの、それも複数を禁手化させたイレギュラー。
レヴィアの眷属の中でもひときわ異彩を放つワイルドカードが、後ろから急行していた。
そして、それは一つの意味を示している。
再生能力強化型神器、
それがこちらに来るということは、少なくとも一夏の意識は回復している
そしてもし一夏が意識を取り戻していたのであれば、あの男は必ずすることがある。
それはもちろん―
「・・・行くぜ、カレドヴルッフ!!」
こちらの救援だ。
莫大なオーラを放つカレドヴルッフがジーコンに叩きこまれ、清水に次ぐ損傷をジーコンに与える。
すかさず強化された脚力による蘭の蹴りがそれを支援するためにカレドヴルッフを叩き、さらに深い傷を負わせた。
「一夏さん!」
「一夏!!」
その姿に、セシリアとラウラが歓喜の声を上げる。
重傷を負ったと知ってひときわショックを受けていたのはこの二人だろう。
治療する方法を知っていた自分や鈴は怒りのほうが先に立っていた。ゆえにショックではさすがに劣る。
「織斑くん、もう大丈夫なんですか!?」
「早いデス!? え、フェニックスの涙でも使ったんデス!?」
あまりの速さに麻耶とヒルデも驚愕した。
「・・・なるほど。彼は眷属悪魔だということか」
「あらあら、ついに教会にばれちゃったわね」
教会から大物が来ていることを忘れていた。
苦笑する楯無は、扇子に「窮地到来」などと書かれている。
「これも簪ちゃんに突き纏った罰ね。うん」
いつも間にやら「天罰到来」と書かれていた。
シスコンに狙われると大変な気がしてきた。
だが、今は一夏だ。
怪我の回復はされているが、あれの回復速度はそこまで高速ではなかったはずだ。
おそらく移動中も回復に費やしたのだろうが、それでも限度はある。
それを悟っているのだろう。千冬の表情は僅かに暗い。
「いけるのか、一夏?」
「ああ、いけるさ千冬姉」
そして、一夏の表情はしっかりしていた。
その視線はジーコンを睨みつけ、そして決して外れない。
そして呼吸と共に一夏の意識は固まった。
加速を補助するために悪魔の翼は展開していた。
ゆえに正体はもう隠せない。
ならせめて堂々と行こう。
これまでこそこそと隠し通してきたのだ。隠さなくてよくなったことを喜んで、ためらうことなく名を名乗ろう。
ふと視界に、一歩分前に出た蘭の姿が映る。
その表情は少し笑顔で、いま心がつながったと理解した。
だからレヴィアの方を一瞬見て、そして彼女が頷いたのをきっかけの声を張り上げる。
「セーラ・レヴィアタンことレヴィア・聖羅眷属、
「同じく戦車、五大頂、五反田蘭!!」
非公式のレーティングゲームではない。はぐれ悪魔の討伐などというレヴィアだけで事足りる流れ作業でもない。
正真正銘の戦いの場で堂々と名乗りを上げる。
「「主の敵を打ち滅ぼすため、いざ参る!!」」
それに応えるように、ジーコンが突撃した。
「あたしを忘れてもらっちゃ困るわよ!!」
そして、真下から殴り飛ばされた。
「・・・・・・え?」
レヴィアの口から漏れ出た声は、その場にいた物すべての感想だっただろう。
あまりの展開に異形もその動きを一瞬止めていた。
そして、その担い手は海水を落としてその姿を新たに表す。
それは見慣れた人物の、しかし見慣れない姿だった。
「とりあえず、今ので一発叩きのめされた借りは返したわよ」
左右の非固定部位はそのままに、しかしその形状は小さくまとまっていた。
そして脚部の装甲はより人の足に近くなり、両腕の装甲は肘から先どころか二の腕すら包み込む。
まったく新しくなった甲龍を纏い、凰鈴音は復活した。
「
四朗がその現象を理解して声を上げる。
まるでアニメのような展開だろう。
死んだかと思った仲間が、反撃のタイミングでパワーアップして参戦など、できすぎた物語でしかない。
だが、それは確かに現実で起きた物だ。
「さっきは悪かったわね。アンタみたいなやつを相手にするのに、持てる力を全力で使わなかったのは失礼だったわ」
首を鳴らしながら、鈴は好戦的な笑顔をジーコンへと向ける。
「・・・だから次からは、マジで行くわよ?」
その姿に、鈴を脅威を判断したのかジーコンはさらにオーラを強くする。
そして、向かい合う鈴に並ぶ影があった。
「大丈夫かよ鈴。海に沈んでたってことは、結構やられてたんだろ?」
カレドヴルッフを構えながら、一夏は鈴を気遣う。
それに対して、鈴は微笑で返した。
「福音にボコられてた一夏が言えたセリフ? あたしはこれからしっかりやり返すけど、アンタはどうするのよ?」
その返答に一夏は一瞬つまり、しかし首を振って意識を切り替えるとカレドヴルッフを持ち直した。
「決まってるだろ? 俺の仲間と主に手を出す奴は、俺が倒さなきゃ我慢がならねぇ」
その言葉に、鈴は笑みを深くする。
自分が惚れた男はこういう男なのだと理解して、そして自分も決意する。
ただ守られるだけの女なんてまっぴらごめんだ。
だから、並び立つ。
「行くぜ、カレドヴルッフ」
一夏が己の主武装に声をかけるのに倣おう。
所詮使い捨ての武装に声をかける男の伴侶を目指すのだ。ちゃんと使いきる相棒に声をかけない道理がない。
「行くわよ、
全ての拳を振り上げて襲いかかるジーコンに、むしろこちらから叩きのめさんと二人は加速した。
初の二次移行は鈴ちゃんでした。
甲龍の二次移行である王龍の詳細説明は次の話で