「・・・ってことで説明は終わりでいいかしら?」
ISスーツを身につけたまま、鈴はそういうとジュースを口に運んだ。
今現在、鈴たちは四朗が所有する大型のクルーザーに移動している。
外見はただの大きいメガヨットでしかないが、レヴィアが一目しただけで顔をしかめたことから考えて、明らかに異形の力によって強化されているのだろう。
そのサンルームで一休みしながら、鈴が皆に基本的な知識を教えていた。
神や天使、悪魔に堕天使などは確かに存在すること。
それ以外の神話体系も存在し、複雑な勢力図ができ上がっているということ。
そして一夏が人間から悪魔へと変化した存在であることだ。
「英国の人間として神の教えは信じておりましたが、まさか本当に悪魔と会うことになるとは思いませんでしたわ」
茫然と、つぶやいたセシリアの言葉は皆の総意といっても過言ではないだろう。
聖書の教えに存在する悪魔の存在を現実に見ていたとは思ってもみなかった。
簪も、お茶を飲みながら同意する。
レヴィアが只者ではいことは知っていたが、まさか人間ですらないとは思わなかった。
加えていえば一夏も人間でないとは驚きである。いや、人間で『あった』という事実にこそ意識が向く。
絶滅を危惧するほどにまで数を減らした悪魔。それに対応するために自分たち以外の種族を自分たちへと作り変える技術を生み出すなど、どういった思想を持ってすれば可能なのだろうか。
しかし、そうだとするならば自分も同じように悪魔に転生することが可能ということになる。
それはつまりレヴィアのものとして一緒に―
「・・・山田先生。簪ちゃんが遠くに行っちゃいそうなんですけどどうしましょう?」
「え、え、えっと・・・。せ、先生も今はちょっと人のことを気にしている余裕がないというか・・・」
姉が暴走しそうなのでとりあえずその思考は停止させることにする。
なんとうか、完璧を体現しているはずの姉がいろいろとダメになっている。
伯父がとんでもない立場の人間で、しかも自分の教え子がそんな伯父と殺し合う立場であるなどと知っている状態の人に相談をしている場合ではないだろう。
などと考えている間に、小さなため息が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・」
織斑千冬が、無言で目を閉じていた。
それはそうだろう。
実の弟が人でなくなっているなどと言う事実は、相応にショックがあるはずだ。
だから誰も何も言えず、そして彼女自身何も言わなかった。
「まあ、それはそれとしてね」
それが分かっているからか、鈴もなにも言わず、その視線を別の方向に向ける。
「あんた達、ちょっと色々と考えた方がいいからね?」
その視線の先には、セシリアとラウラがいた。
「どういう事だ?」
「決まってるでしょ? 一夏との今後のことよ」
ラウラにはっきりと返答し、真剣な目を向ける。
「悪魔っていうのは人間なんか目じゃないぐらい長生きするの。・・・あいつの性格から考えても、一緒にいるならレヴィアに頭下げてでも悪魔に転生させてもらうでしょうね」
まあ、将来的に駒をもらったらそくトレードするでしょうけど、とおどけてから、鈴は小さく息をついた。
「つまり、一緒にいるなら人間やめるってことよ」
悪魔に転生するとは、つまりそういうことだと彼女は言ったのだ。
それがそこまで大きなことなのだろうか。
確かに人でなくなることはショックを与えるだろうが、しかし大事な人と共にあるのなら、耐えられるのではないだろうか。
だからそう言おうとして、しかし鈴の言葉が続く方が早かった。
「人間としての全て、捨てる気はあるの?」
「「「・・・え?」」」
その言葉が二人と同時に口を衝いて出てきたのは、当然だろう。
そして、鈴の言うことをようやく真の意味で理解する。
「悪魔になるってことは人の世界から逸脱することで、人の世界で培ってきた栄光とか役職とかを捨てることにもなりかねないわ。少なくとも、代表候補生だなんて立場を維持したまますごすことなんてできないわよ」
代表候補生とは注目される立場だ。
一万年ともいえる寿命を得るということは、必然的に老化からも解放されるということ。
はたして、そんな人とは違う変化を維持したまま、そして人の世から外れたまま、人の世の栄光をつかみ続けることができるのだろうか。
人から悪魔になるという意味を本当の意味で理解して、その心に冷たいものがはしる。
「・・・ま、あたしも人のことは言えないんだけどね」
前はあっさり捨てれたけれどと肩をすくめ、鈴はその右手にもったジュースを飲み干す。
彼女の右腕は結局発見されなかった。
おそらく戦闘の余波で跡形もなく吹き飛んでいるだろうし、どちらにしても今頃魚の餌になっているだろう。
それなのに右手でジュースを持てているのは、ひとえに王龍のおかげである。
彼女の力となるために進化を遂げた王龍は、その待機形態も彼女のために変化した。
肉体にほぼ癒着した状態の義手。それが今の王龍の待機形態だ。
そこまで自分に尽くしてくれた相棒も、しかし本格的に悪魔になれば手放さなければならないだろう。
それに抵抗を感じるから、鈴は一夏についていくという判断にためらいを感じていた。
「あんたたちもその辺ちゃんと、しっかり考えておきなさい。決断する時は必ず来るんだから」
最後の言葉を簪にも向けながら、鈴はその右手をじっと見つめた。
「確かにいろいろと考えさせられるISではあるな」
扉を開け、四朗がヒルデを伴ってサンルームへと入室してくる。
礼服をまとったその姿は威風堂々として威厳に満ち溢れる。
その姿に皆が気圧されるが、千冬が立ち上がると四朗と向き合った。
「遅かったな。織斑たちはどうした?」
「非公式とはいえ教会幹部と魔王血族の会談だ。相応の準備と言うものがあるのだよ」
そういうと、開いていたソファーに座り、従者からコーヒーを受け取って一口飲む。
そして、軽く息をついた。
「異形に合わせたISの進化は想定内だったが、現物を見ると驚くことが多いな」
その視線は義手と化した王龍へと注がれる。
「所有者の破損した肉体の一部を取り込んだことで、一種の生体組織を構成に組み込んでいるぞ、そのISは」
「あらあら、正真正銘鈴ちゃん専用になるために進化したのね」
楯無の扇子が開き、「人機一体」の四文字が見える。
確かにその通りだろう。
待機形態では文字通り主の右腕となり、その生活をサポートする。そしてISとしては正しい意味で主の体の延長線上になってその力をサポートする。さらには異形の力を使う主のために、それを最大限に生かせる機体ポテンシャルを発揮する。
今目の前にいるのは間違いなく奇跡の塊だった。
「あ、あの・・・山田先生の伯父さん?」
山田が二人もいる状態でどういえばいいのかわからずに、しかし簪はどうしても聞きたいことがあって声をかけた。
「呼びにくいなら室長と呼んでくれ。どうかしたのかね?」
その態度は柔らかで、麻耶と血がつながっているのを感じさせた。
だが、この質問自体ではそれも変わるかもしれない。
「レヴィアと戦うかもしれないんですか?」
普通に考えればそうなのだろう。
長い間三つ巴の戦いを続けてきた陣営同士で、しかもレヴィアも四朗も相応の立場だというではないか。
そんな二人が非公式で会談をすれば、決裂したらその場で殺し合いが始まるかもしれない。
「・・・こちらから戦闘をするつもりはない。それだけは約束しよう」
四朗は、真剣な表情をして簪に答えた。
「最重要禁則事項に触れるからあまり答えられないのだが、三大勢力の戦争はその大本がほぼなくなっている状態になっている。ローマ教皇がタカ派なのが問題だが、私は戦争に意味はないとすら思っているよ」
沈痛な表情を浮かべながら、しかし穏やかに四朗はそう説明した。
そして、それに応える声があった。
「・・・こちらも同意見だ。悪魔は抑圧されすぎる人間の欲をかなえ、聖書の教えは欲望の暴走を抑える手本となる。双極に位置するが我々は共存できるはずだからね」
扉が開き、僅かに湿り気を残した赤い髪が輝いた。
それは、今までにないほどに気品を感じさせる姿だった。
貴族を思わせる豪奢なドレスに身を包み、レヴィアは眷属を先導して前を歩く。
その後ろに続く一夏たちも、騎士のごとき意匠が施された礼服に身を包み、その後ろを鋭い顔で追随する。
まさに王族とその従者たちの行進を見せ、レヴィア・聖羅は四朗へと向き直った。
「まずは、クラスメイトや先生の安全確保に協力してくれたことと、ジーコン討伐の助力に感謝したい。冥界の者達の利となろうと、無辜の民を守るそのあり方は敬意を表する」
「気にすることはない。我々としてもISが馬鹿な悪魔の手に渡ることは絶対に阻止しなければならないからな。貴殿にISを独占する意思がないのならば、共に利をとる決断もありということだ」
軽くジャブとなる挑発がかわされるが、二人の表情に険は見えない。
これが敵対する者同士の会談であることを理解しての、あくまで形だけの牽制なのだろう。
「身を清める時間と設備を貸してくれて助かったよ。あんな汚れた状態で会談をするというのはさすがにこの身でやると騒がしくなりそうだからね」
「こちらも相応の立場にかかる責任というのは理解しているからな。ではまず聞きたいが・・・」
四朗の視線が一夏に注がれる。
「織斑一夏を悪魔にしたのは、ISに深くかかわるための作戦か何かか?」
「違う」
はっきりと、レヴィアは断言した。
「一夏君と蘭ちゃんを眷属にしたのは何年も前のことだ。入学の一件は、一夏君が英語と漢字の区別ができなかったというとてもアホなことが原因で起こったことで、僕はもちろん四大魔王を含めた冥界政府関係者の意思は介在しない」
レヴィアの後ろで一夏が視線をそらすが、レヴィアは意にも介さない。
僅かにすすけたような感じになる一夏の肩を、蘭がいたわるように軽くたたくが、アストルフォはそれを隠すように動いたりと忙しい。
「・・・ならばいい。そちらもいろいろと複雑な立場なのだろうし、悪魔であることを秘密にしたのは騒動を起こさぬための政治的判断だとして了承しよう」
そういうと、四朗はソファーの一つに腰を落とす。
そこには小さなテーブルがあり、さらに向かい側にもソファーが一つ。
応じるようにそのソファーにレヴィアが座り、一夏たちはその後ろに回り込む。
そこに下女が紅茶をおき、二人は一口口をつけてから、再び視線を交わし合う。
「では本番に移ろうか。・・・魔王はちゃんと呼び出したのだろうな」
「ああもちろん。・・・アストルフォ」
レヴィアが指を鳴らすと、アストルフォが彼女の横に魔法陣が書かれた紙をおく。
その魔法陣から光が放たれ、薄く透ける一人の男の姿を見せた。
分かりやすい赤のレヴィアを超えた、見るものすべてを引き付けるような鮮やかな
その在り方は優しげだが、しかし全員が理解する。
この男は、この場にいるものすべてを相手にしたとして返り討ちにする可能性があるほどの存在だと。
『お初にお目にかかる、山田四朗殿。私が、現魔王の一人であるサーゼクス・ルシファーだ』
強大さを感じさせぬ。しかし人を惹きつける声が口から洩れる。
その声を耳にしながら、四朗は苦笑を僅かに漏らした。
「その立ち振る舞いですぐにわかる。今の教会にあなたと真の意味で相手いできる者などそうはいないだろうな」
明らかな格上の姿に苦笑しながら、そして四朗も一枚の紙を見せつけた。
そこに書かれているのはこちらも魔法陣。
だが、それを見て何人かの視線が鋭く、そして違和感を明確に見せた。
「・・・北欧式の、魔法陣?」
小さくつぶやくアストルフォの声が答えだった。
それは教会の方式ではなく、北欧神話体系アースガルズの仕様なのだ。
見せつける四朗の後ろにヒルデが回り込み、その紙を受け取って術式を展開する。
「最初に断っておく。我々教会合同技術研究室は、独断でアースガルズと協力体制にある」
その言葉に、サーゼクスは僅かにそのオーラを警戒の色に変質させた。
『北欧の神話を創作の世界へと貶めた教会が、なにゆえ彼らと協力体制を行う? しかも上にも知らせていないとはどういうことだ?』
「それも全てこれから話そう。だがその前に、ちゃんと紹介するべきだろう」
光はサーゼクスの時と同じく1人の人物の形をとる。
ローブに身を包んだひげを生やした老人。
だが、その質はサーゼクスに勝るとも劣らない。いな、年期なら間違いなく超越しているであろう神そのもの。
『ほっほっほ。別嬪さんが多くてこの老いぼれも興奮するわい。・・・わしがアースガルズの指導者をやっとるオーディンじゃ』
今ここに、異なる神話という条件こそあれど、神話の双極の頂点が対面した。
オーディン登場。
次の話は、この話における独自設定の中でもかなり重要な部分の話になっております。