「さっさと行って来い。本来必要のない試合をさせるんだ。この期に及んで調整をさせる時間など与えんからな」
「まああたって砕けてくると良いよ一夏君。相手の方が格上なんだから、胸を借りるつもりで頑張りなさい」
ハイパーセンサーがなければ分からない程度の、しかし内心で心配している千冬。勝とうが負けようが気にしないが、緊張を和らげようとするレヴィア。
二人の言葉に背中を押され、織斑一夏はアリーナへと足を踏み入れる。
二人の態度はある意味で似通いある意味で正反対だが、しかし共通している隠されたことがある。
二人が一夏を大事に思っていてくれるということだ。
だから、頑張る。
だから、一機の青いISを睨みつけた。
「待たせたな、セシリア・オルコット」
「本当に待ちましたわ。てっきり逃げたのかと思いました」
腰に手を当てる余裕のポーズを取りながら、セシリアはこちらを舐めた目線で見てくる。
セシリア・オルコットの専用機のデータは、レヴィアの力によって既にある程度は判明している。
イギリス製第三世代IS、ブルー・ティアーズ
試験で教官を倒した唯一の生徒ということもあり、その姿には余裕と自負があふれていた。
「最後のチャンスをあげますわ」
銃口を向けることなく、セシリアは一夏を指差す。
チャンスとは名ばかりのとんでもないことを言いだすの予想できた。
「なんだよ一体。言ってみろよ」
「わたくしが一方的に勝利を得るのは自明の理。ですから、みじめに敗北する姿を衆目にさらさぬよう、今ここで謝罪なさい。そうすれば、許してあげなくもなくってよ」
本人としては本当にチャンスのつもりなのだろうが、どう考えてもろくでもない内容だった。
そして、それは自分が負けることなどひとかけらも考えてないことの証明である。
ゆえに・・・。
「そんなの飲むわけないだろ。寝言は寝て言えよ」
一夏は切って捨てる。
そして勝機も確信した。
戦闘に置いて、最悪の結果を想像することのできない物はその時点で隙ができる。
戦いというのは、最悪の事態から逃れることが一番大事なのであり、それを考慮しない物は考慮するものにとって弱点を見せているのと同じことだ。
幾度となく巻き込まれた悪魔としての戦いで、一夏はそれを知っている。
「むしろ俺から教えてやるよ。調子ぶっこいて敗北することのみじめさをな!!」
「ほほう? あなたはISの戦いというワルツではなく、一方的な蹂躙というレクイエムをお望みですのね?」
セシリアから怒気があふれてくるが、一夏は意にも介さない。
この程度か。
この程度の気しか放てないものが、俺の敵か。
「・・・なめるなよ、セシリア・オルコット」
織斑一夏にとって、こんなものは脅威でも何でもない。
悪魔となったことで命がけの戦いに巻き込まれたことは何度かあった。
そのほとんどはレヴィアが一人で片付けたが、いずれを見越して戦闘の空気は肌で感じたものだ。
その敵は、こんな生暖かいものじゃなかった。
だから、負けない。
あの世界大会で無様をさらしてから、織斑一夏は己を見つめ直してきた。
勝利のための切り札を見つけ、それに特化して鍛え上げてきた。
一から剣を鍛え直したこともある。そうでもしなければ、いつか致命的な隙を作り出しそうで怖かったからだ。
「織斑一夏は、一つ心に決めたことがある」
初期武装である近接戦闘用ブレードを構え、一夏は静かに睨みつける。
「一度戦うと決めた相手に、無様に頭を下げることだけはしない」
あの時の背中に追いつくために。
「たとえ勝てなくて逃げることになっても、その瞬間に勝つための努力を始める。そしてそれを身にするために絶対に死なないと」
あの涙を二度と見ないために。
「たとえ叩き潰されて死ぬことになっても、心だけは屈しないと」
あの覚悟に答えるために。
「たかが試合で頭を下げるわけがないだろう? 何やっても死なないんだぞ」
そして、今ここにいない彼女の想いにちゃんと返事をするために。
「見せてやるよ。俺の意地を」
「良いでしょう。ならば証明してみなさい!」
ブルー・ティアーズのライフル、スターライトmkⅢの銃口から、光があふれた。
「男風情に、なにができるというのか!!」
強大な敵を粉砕するためのエネルギーの奔流が一夏に襲いかかり―
「・・・なめるな」
・・・一夏のブレードがセシリアを掠めた。
「「「「「えぇええええ!?」」」」」
観客の一部から驚愕の声が上がる。
彼女たちの目には、一夏がレーザーに貫かれながら、無視して接近して切った風にしか見えなかった。
だが、その光景は見てみれば単純。
「・・・まさかここまで思い切りがいいとはな」
「すごいですね~織斑君」
ピットの映像で見ていた千冬と麻耶が関心する。
一夏はレーザーに貫かれたわけではない。
レーザーは、一夏の脇を通った。より正確に言うなら、一夏が弾道をみ切って脇を広げることで射撃を回避したのである。
それと同時に一気に加速して接近。セシリアが驚いた隙にブレードで切り裂いたというのが真相である。
「・・・PMCを雇って対銃戦闘を叩きこんだかいがありました」
その光景を見て、レヴィアは満足げに頷いた。
銃には明確な回避方法がある。
射手の視線と銃口で当たる部位をみ切り、指先の動きで発射のタイミングをつかむ。
タイミングを合わせて当たる部位から体をずらせば、散弾でもない限り攻撃は当たらない。
言えば簡単だがやるのは難しい。それを一夏はちゃんと切り抜けた。
ああ、そうでなければ困る。
できれば負けてほしいのは負けてほしいのだが、一夏の感情も理解できなくはない。
別に男尊女卑をうたうわけではないが、男の矜持を大事にする一夏を、それなりに評価している。
今の時代、男は完全に女から下に見られている。
反面、悪魔の社会はそんなことはない。
魔王にも女はいるが、男にだって強いものはいくらでもいる。
そんな社会に生きている物として、今の世の流れに違和感を感じていた。
それに負けずに立ち向かおうとし、そして今その希望の光を手にした者。
応援したいと思うのは、我がままだろうか。
そう思いながら、一夏とセシリアの戦いを見届ける
二人の戦いはこう着状態に陥っていた。
極めて高い軌道性能を持つ不知火に対して、セシリアは小刻みに動くことで対処を行い、油断せず速射で対応する。
もとより、ISによる軌道に置いてセシリアは一夏に勝る。
これは経験の差もあるが、一夏が悪魔であることも大きい。
悪魔は翼を使って空を飛ぶことができるが、それはISとは違った飛び方だ。すなわち感覚というものが大きく違う。
その差が違和感となって一夏の機動にアラを生む。結局その違和感を是正することができなかった以上、最高速度で上回ることはあっても小回りでは隙ができるのだ。
相性で言うのならば一夏が上。されど、ISの性能を発揮できるのかでいえばセシリアの方が上であるという事実が、この場に置いて均衡状態を生んでいた。
そして、互角であるということはセシリアのプライドを非常に刺激した。
ゆえに、切り札を使用した。
「良いでしょう。私にこの武器を使わせたことを光栄に思いなさい」
ブルー・ティアーズの形状の特徴ともいえる、四つのフィンが外れる。
そのまま落ちると思われたそれらは、しかし宙に浮かぶと独立して飛行した。
「いきなさい、ブルー・ティアーズ!!」
「ロボットアニメじゃないんだぞぉおお!?」
驚愕する一夏に襲いかかるビットの群れ。
これこそがブルー・ティアーズの真の姿。
思考で操作されるビットを利用した、単独での多対一を形成するIS。それがイギリスの作り上げたISの進化系であり―
「―でもどうした!!」
―この程度ならば一夏は対処できる。
(運が悪かったな、セシリア・オルコット)
レヴィアは勝利を確信する。
織斑一夏は転生悪魔である。
転生悪魔は下僕の剣として戦うことが前提となっており、公式にレーティングゲームという戦闘を行っている。
そして悪魔は空中戦を行い、レーティングゲームは集団戦。
三次元における一対多の訓練など、転生してから何度も受けさせている。
「この程度なら怖くもなんともねえ! っていうかお前、ビットと本体の同時操縦はできないみたいだな! 隙だらけだ!!」
だから相手の隙を見つける余裕もある。
「・・・いっくぜぇえええええ!!」
戦闘とは、極論を言えば隙をつくかつかれるかの争いである。
ゆえに相手の致命的な隙を見逃すようなまねはさせない。そんなものを飲み込んで戦えるような実力は一夏に無いのだから、させるわけがない。
「おあいにくさま、ブルー・ティアーズの数を増やせばどうなりますか!!」
そしてそれを座して受け入れるほどセシリアも愚かではない。
これまで秘密にしていた最後の手段。ミサイル型のブルー・ティアーズを発射する。
相手の突撃に合わせたカウンター。一夏も虚をつかれたのか一瞬の隙ができる。
勝てる。この一撃で流れを取り戻し、相手が立ち直るより早く全砲門による集中攻撃を叩きこむ。
そうだ、所詮は男なのだから、これで勝てるに決まっている。
そう思うセシリアの希望に答えるように、一夏にミサイルが直撃して爆発する。
「終わりですわ!!」
セシリアは勝ちを確信したが。しかし、それはおごりでもあった。
たとえ男であろうとも、絶対の差であったISがない一夏を相手に、男を理由に油断することなどあってはならなかった。
いな、一夏を相手に攻撃を当てたから勝てるなど考えてはならなかったのだ。
「舐めるなよ」
爆発によるダメージは確かにあった。
だが、それは衝撃で一夏を逆に冷静にさせた。
どうせシールドエネルギーはこれでゼロになることはない。ならば俺はまだ負けてない。
そうだ、そもそも生身で当たったところで・・・。
「・・・戦車《ルーク》がこの程度で倒れるかぁああああ!!」
織斑一夏には効きはしない!
「え―」
ミサイルの直撃に一切ひるまなかった一夏に、逆にセシリアは驚愕し―。
「俺の・・・」
ゆえにその連撃をかわすことなどできず・・・。
「・・・勝ちだ!」
逆に、一気にたたみかけられた。
『―試合終了。勝者、織斑一夏』
「・・・よし」
大歓声が響き渡る中、一夏は確かな手ごたえを感じていた。
本当なら、負けた方がいいのかもしれない。
織斑一夏という悪魔がISという現代の中心で目立てば、いろいろなところから突き上げが来るはずだ。正体がばれたときに学園最強とかになっていた場合、大惨事を生むことになるのかもしれない。
だが、弱いままでいるわけにはいかなかった。
織斑一夏は、レヴィア・聖羅に返しきれない恩がある。
レヴィア・聖羅は、織斑一夏に大きな借りがある。
これは多分一生返せないとお互いに思っているし、多分お互いに気にするなと言いたいことなのだろう。
だからこそ、せめてお互いがお互いにとって自慢であるべきだと思っていた。
だから、わざと負けることは決してできない。
そして、無様に負けることも出来なかった。
それが織斑一夏が生涯かけてつらぬくときめた戦いだ。
だから・・・。
「立てるか、セシリア」
「え、あ、はい」
茫然としていたセシリアに、一夏は手を差し伸べた。
先ほどまでいがみ合って戦っていた相手に対してとは思ない態度に、セシリアは首をかしげた。
「え、えっと・・・」
「なにを驚いてんだよ。俺たちは確かに喧嘩したけど、それももう終わっただろ?」
戦いの結果に遺恨を残せば、それは長きにわたって問題になる。
悪魔の歴史と現状をレヴィアに教えてもらって、一夏はそう思っていた。
だから、自分が勝った喧嘩はこれでおしまいだ。
「―リベンジマッチはいつでも受ける。だからまあ、これから仲良くなっていこうぜ」
友達は無理でも、好敵手ぐらいにはなっていいだろう。
そんな思いが込められた表情をみて、セシリアの心に温かいものが宿った。
こんな男を、私は見たことがなかった。
女性にかしずくのではなく、女を守り、そして共にあろうとする男の姿。
ああ、私は、こんな人を待っていたのかもしれない。
そう思ってしまうと、もう自分のプライドなどどうでもよくなってしまいそうになり・・・。
「仕方がありませんね。・・・よろしくして差し上げますわ。・・・今度は負けませんわよ」
それは彼にはふさわしくないと思い、精一杯強がることにした。
一夏、初勝利。
原作と違い戦闘を経験していることや、機体性能の変化もあり何とか勝てました。
ちなみに不知火の武装構成も白式と同じ近接戦闘オンリーですが、これはレヴィアが一夏の戦闘スタイルに変な影響を与えないようにするため。
どちらに転んでも三年後にはISから離れているので、ISのための戦闘術を仕込ませて生身での戦闘に影響を出るのを避けたためです。
つまり一夏は近接戦闘タイプということです。