怪異憑きの幼馴染を救う方法は、美少女になった彼とキスし続けることでした   作:化け猫 いろは

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往年の王道ラノベ展開×親友TSモノって、あまりないですよね。
そもTS系って他者を変転させるものって珍しいですし。
圧倒的供給不足!誰か書いて!流行らせて!

って言ったら「お前が書けよ」って言われたので書きました。
みなさんは好きですか?


第1章 幼馴染は怪異になった
第1話 「退屈な店番と遠い宿命」ー1


ちりん、と店の扉に付けられた真鍮のベルが、乾いた音を立てた。

ほとんど客の来ないこの古書店『天逆堂(あまのさかどう)』において、その音は一日のうちで数えるほどしか鳴らない時報のようなものだ。俺、識静馬(しき しずま)は、カウンターの奥、指定席である使い古された木製の椅子に深く腰掛けたまま、顔も上げずに気のない声を発する。

 

「いらっしゃいませ」

 

視線の先にあるのは、埃をかぶった専門書の背表紙。ページをめくるでもなく、ただぼんやりとそれを眺めているだけ。どうせ、客なんて近所の年寄りか、たまに迷い込んでくる観光客くらいなものだ。大抵は店内の異様なまでの静けさと、黴と古紙の入り混じった独特の匂いに気圧されて、すぐにまたあのベルを鳴らして出ていく。

 

変化のない毎日。停滞した時間。

それが、俺の望むすべてだった。

 

西に傾いた陽が、磨りガラスの窓を通して店内に射し込み、埃を金色にきらめかせながら床に長い光の帯を描いている。空気中を舞う無数の塵は、まるでこの場所に流れる時間の遅さを可視化しているかのようだ。しんと静まり返った空間に満ちているのは、インクの匂い、古い紙の匂い、そして、忘れ去られた物語たちの声なき囁き。俺にとっては、生まれたときから嗅ぎ慣れた、世界の匂いそのものだった。

 

「……また、同じ一日が始まる」

 

いや、正確には「終わる」か。

口の中で誰に聞かせるともなく呟き、俺はゆっくりと立ち上がった。ぎしり、と床板が悲鳴を上げる。客は案の定、目当ての本があったわけでもないらしい。ただ、天井まで届く本棚の迷宮に圧倒されているだけだ。その姿を視界の端に捉えながら、俺は本棚の列の間をゆっくりと歩き始めた。

 

指先で、ずらりと並んだ古書の背をなぞる。ざらりとした感触が、指紋を吸い取っていくようだ。歴史、民俗学、宗教学、果ては黒魔術やオカルトの専門書まで、この店の品揃えは統一感というものがない。それは、祖父の代からの趣味であり、そして、この識家がただの古書店ではないことの、ささやかな証明でもあった。

 

(本当の家業、ね……)

 

考えるだけで、胸の奥が小さく軋む。

俺は、それから逃げるために、この退屈な日常に安住している。

面倒なことは、ごめんだ。誰かの期待に応えるのも、何かを背負って生きるのも。そんなものは、才能のある奴らがやればいい。例えば、十年前に死んだ、あの人のように。

 

「勝手にしろよ」

 

それが、俺の口癖だった。

他人と深く関わると、その人のことが心配でたまらなくなり、結果、自分が疲弊してしまうことを、俺は知っている。だから、予防線を張る。期待するな、関わるな、俺に何も求めるな、と。そうやって、自分の心の平穏を必死に守っている。

 

──いや、誰もお前に何も期待してねぇよ。自意識過剰か。ただの店番だろうが、今は。ほら、仕事しろ仕事。あの客、もう出口探してるぞ。迷宮からの脱出を手助けしてやれよ、親切な店員さん。

 

そんな冷静なツッコミが不意に頭をよぎる。いつからか、こうして自分自身に茶々を入れるのが癖になっていた。

 

結局、客は何も買わずにベルを鳴らして去っていった。店には再び、完璧な静寂が戻ってくる。俺はカウンターに戻り、再び椅子に身を沈めた。

 

変化は、ろくなことをもたらさない。

失うことの痛みを知っているからこそ、俺はもう、何も欲しくなかった。新しい友人も、刺激的な事件も、未来への希望さえも。この古書の森の中で、埃と共に静かに朽ちていけるのなら、それが一番いい。

 

窓の外では、茜色の空がゆっくりと夜の闇に飲み込まれていく。

また一日、何事もなく終わった。

その事実に、俺は心の底から安堵のため息をついた。

 

 

◇◆◇

 

 

店のシャッターをガラガラと下ろし、裏口から居住スペースへと繋がる廊下を進む。昼間の古書店とは打って変わって、生活の匂いがする空間だ。味噌汁の香りが鼻をくすぐり、俺の腹が小さく返事をした。

 

居間のちゃぶ台には、すでに質素な夕食が並べられていた。焼き魚に、ほうれん草のおひたし、豆腐とわかめの味噌汁、そして白米。祖母の作る食事は、いつも決まってこんな感じだ。

すでに席についていた祖母は、俺の顔を見るなり、細い目をさらに細めて言った。

 

「静馬や。お前ももう十九だろう。いつまで、あんな『ただの本屋』の真似事を続けるんだい?」

 

始まった。

これが、我が家の三日に一度の恒例行事。説教という名の確認作業だ。

 

「……別に。ばあちゃんがやれって言うから、店番やってるだけだ」

俺は箸を取りながら、わざとぶっきらぼうに答える。

 

──嘘つけ。本当は、この場所にいるのが一番落ち着くこと、自分でも分かってるくせに。言い訳がましく反抗するな、思春期の中学生か、お前は。

 

そんな本心を見透かしたように、祖母がぴしゃりと言った。

「口答えはいいからお聞き」

皺だらけの小さな体躯に、しかし、決して揺らぐことのない芯の強さが宿っている。この人は、審神者一族の先代当主。その力はほとんど失われているというが、魂の格とでもいうべきものは、未だに健在だった。

 

「お前が継ぐべきは、あの古書の山じゃない。識家が代々受け継いできた、本当の家業だということは、お前が一番よく分かっているはずだよ」

 

本当の家業──【審神者(さにわ)】。

忘れられた神々の名を裁定し、その本質を見抜くことで、荒ぶる神を鎮め、あるいは祓う。それが、この血筋に課せられた宿命。

考えるだけで、指先が冷たくなる感覚があった。

 

「……興味ない。それに、俺には才能なんてないから」

「才能がない、か。十年前に、お前の父親が死んでから、ずっとそればかりだねぇ」

 

祖母の言葉に、俺の箸がぴたりと止まった。

『親父』──その単語は、俺にとって呪いと同じ意味を持っていた。

 

「……あの人と、俺を一緒にするなよ。あの人は、特別だった。天才だったんだ。俺みたいな凡人とは違う」

 

そうだ。父、識剣征(しき けんせい)は、百年、いや、この一族の歴史の中でも随一と言われた天才審神者だった。どんなに強力な荒神も、彼の前ではその真名を暴かれ、鎮められていったと聞く。俺が物心ついた頃には、すでに父は一族の希望そのものだった。

──そして、その天才は、禁断の奥義に手を出し、神の力に喰われて死んだ。

 

目の前で。

まだ九歳だった、俺の目の前で。

 

『──来るな!静馬!』

 

耳の奥で、父の最後の絶叫が蘇る。神の力に肉体を喰われ、人の形を失いながら、それでも息子を案じていた声。あの光景が、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。

 

「……親父みたいには、なれない。なりたくも、ない」

俺は、絞り出すようにそう言うのが精一杯だった。

祖母は、それ以上何も言わなかった。ただ、深い、深い哀しみを湛えた瞳で、俺を見つめているだけだった。その視線が、針のように俺の胸を刺す。

 

父の死は、俺に強烈なトラウマを植え付けた。

審神者の力は、大切なものを守るどころか、己自身をも破滅させる、危険なだけの代物だ、と。

父を救えなかった無力感。力の暴走への恐怖。

それら全てから目を逸らすため、俺はこの無気力な日常に逃げ込んだ。変化のない、何も失わなくて済む、停滞した時間に。

 

気まずい沈黙の中、ただ味噌汁をすする音だけが響く。

魚の味なんて、まったくしなかった。

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