怪異憑きの幼馴染を救う方法は、美少女になった彼とキスし続けることでした   作:化け猫 いろは

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第1話 「秩序の執行者、橘桔梗」ー6

トンネルを抜けても、そこに待っていたのは夜の闇だけだった。

古びたバイクのエンジン音が、静まり返った山道に虚しく響き渡る。俺、識静馬(しき しずま)は、アスファルトのひび割れさえ拾うヘッドライトの頼りない光だけを頼りに、ひたすらアクセルを捻り続けていた。

背後からは、しがみつくように俺の腰に回された腕の、か細い感触だけが伝わってくる。あれほど騒がしかった日野陽輝(ひの はるき)は、トンネルを出てから一言も発していなかった。

 

(……クソッ)

 

俺は、ヘルメットの中で悪態をついた。

脳が、まだ焼けるように痛む。《見鬼の眼》を最大解放した反動は、俺の魂そのものを削り取る。全身の倦怠感は鉛のようで、意識を保っているのがやっとだった。

だが、肉体的な消耗など、どうでもよかった。

問題は、ハルキだ。

あのトンネルの中で、彼は自らの意志で、その身に宿した怪異の力の一部を、こじ開けた。それは、ただ守られるだけの人形であることをやめ、俺の隣で戦う相棒になるという、彼の覚悟の証明だった。

だが、その代償は、まだ未知数だ。

シロウトが、神の力を、それも荒ぶる神の力を、何の備えもなく使って、ただで済むはずがない。

 

「おい、ハルキ。大丈夫か」

「……ん……」

 

背後から聞こえてきたのは、声とも呻きともつかない、か細い吐息だけだった。腰に回された腕の力が、心なしか弱まっているような気がする。

焦りが、俺の心を黒く塗りつ潰していく。

もっと速く。

一秒でも、早く。

あの忌々しい監視者の目も、神祇庁の介入も、今はどうでもいい。ただ、この腕の中にいる、どうしようもなく手が掛かる親友を、安全な場所へ。

 

古書店『天逆堂』の、くたびれた看板が見えた時、俺は心の底から安堵のため息を漏らした。

裏口にバイクを滑り込ませ、乱暴にスタンドを立てる。エンジンが、最後の咳き込みのような音を立てて止まると、世界は再び、静寂に支配された。

 

「着いたぞ、ハルキ。降りろ」

 

俺は、肩越しに声をかける。

だが、返事はない。

代わりに、ずしり、と。背中に、すべての体重が預けられる感覚。腰に回されていた腕が、だらりと力なく垂れ下がった。

 

「おい、ハルキッ!?」

 

俺は、血の気が引くのを感じながら、慌ててバイクから飛び降り、後部座席にぐったりと凭れ掛かっているハルキの身体を抱きかかえた。

ヘルメットを脱がすと、月明かりの下に、その絶世の美貌が晒される。だが、その顔に、血の気はなかった。陶器のように白い肌は、今は病的なまでに青白く、唇は紫色に変色している。閉じられた瞼が、ぴく、ぴくと小さく痙攣していた。

 

「……っ!」

 

触れた身体が、異常なほどに、熱い。

Tシャツ越しに伝わってくる熱は、尋常なものではなかった。まるで、燃え盛る炭火を抱いているかのようだ。だというのに、彼の身体は、カタカタと、小刻みに震え続けている。

高熱。そして、激しい悪寒。

 

「……ハルキ! しっかりしろ!」

 

俺は、その華奢な身体を横抱きに抱え上げた。驚くほどに、軽い。まるで、中身の詰まっていない、鳥の雛(ひな)のようだ。

店の裏口の鍵を開け、居住スペースへと続く薄暗い廊下を、俺は、もつれる足で駆けた。

そして、居間の襖を蹴破るように開けた、その瞬間。

 

「……う……あ……」

 

腕の中で、ハルキが、苦しげな呻き声を上げた。

そして、その身体は、まるで糸の切れた操り人形のように、俺の腕の中から、畳の上へと崩れ落ちた。

 

「ハルキッ!」

 

俺は、その場に膝をつき、倒れ込んだハルキの肩を揺さぶる。

「おい! 目を覚ませ! ハルキ!」

だが、呼びかけに、応えはない。

彼の呼吸は、浅く、そして速い。ぜえ、ぜえ、と、まるで溺れた魚のように、苦しげな呼吸音だけが、静まり返った部屋に響き渡る。

 

───クソッ、なんだこれは! いつもの霊力切れとは、明らかに違う!

 

俺は、最後の気力を振り絞り、その《眼》に意識を集中させた。

《見鬼の眼》、限定解放。

脳を灼く激痛に耐えながら、ハルキの魂の状態を、視る。

 

「…………なっ……!」

 

視えた光景に、俺は絶句した。

ハルキの魂は、嵐の海そのものだった。

俺が分け与えた黄金の霊力と、彼の中に巣食う《啼哭の花嫁》の紫黒の神気が、もはや制御不能な奔流となって、彼の魂の中で激しく衝突し、荒れ狂っている。

彼が自らの意志で力の蓋をこじ開けたことで、二つの異なるエネルギーの均衡が、完全に崩壊してしまったのだ。

このままでは、彼の魂は、内側から、自らの力の暴走によって、焼き尽くされ、引き裂かれてしまう。

 

これが、代償。

力を、使ったことの、あまりにも、大きすぎる代償。

 

「……しず……ま……」

 

畳の上で、ハルキが、か細い声で俺の名を呼んだ。

その、うっすらと開かれた瞳は、熱に浮かされ、潤み、焦点が合っていない。

彼は、まるで灼熱の砂漠で水を求める旅人のように、その震える手を、俺に向かって伸ばしてきた。

 

「……あつ……い……さむ……い……」

「ハルキ……」

「……からだ……の、なか……が……こわれ……る……」

 

その手は、俺に届くことなく、力なく畳の上に落ちた。

だが、彼の、潤んだ瞳は、確かに、俺を捉えていた。

その瞳の奥に宿っていたのは、もはや理性ではない。

ただ、純粋な、生き物としての生存本能

渇き。飢え。そして、絶対的なまでの、渇望。

 

彼は、本能で、理解しているのだ。

この、魂を焼き尽くす灼熱地獄を、鎮めることができるものが、この世に、ただ一つだけ、存在することを。

 

「……しずま……」

ハルキの、紫に変色した唇が、震えながら、言葉を紡いだ。

それは、懇願でも、要求でもなかった。

ただ、生命そのものが発する、どうしようもない、魂の叫びだった。

 

「……はやく……」

「……キス、して……」

 

その、あまりにも直接的で、あまりにも切実な響きを持った言葉が、俺の脳天を、巨大な槌で殴りつけた。

 

───キス、だと……?

───いや、分かっていた。こうなることは、分かっていたはずだ! 俺の霊力だけが、この暴走を鎮めることができる鎮静剤であり、聖水なのだ!

───だが、しかし! この状況でか!? 畳の上で、熱に浮かされ、獣のように喘ぐ親友(ただし絶世の美少女)に、跨るような形で、キスを!?

───どんな背徳的な官能小説の導入だ、これは! 俺は、そんな性癖は持ち合わせていない! 断じてだ!

 

脳内で、俺の中の倫理観と、緊急事態を前にした冷静な判断力が、壮絶な殴り合いを始める。

だが、そんな俺の葛藤を、現実は、待ってはくれない。

ハルキの呼吸が、さらに、苦しげになっていく。その身体が、時折、びくん、と大きく痙攣する。魂の崩壊が、もう、始まっている。

 

「……シズマ……お願い……だ……」

「…………っ!」

 

その、涙に濡れた懇願が、俺の、最後の躊躇を、粉砕した。

そうだ。

俺は、もう、覚悟を決めたはずじゃなかったのか。

こいつを助けるためなら、どんな面倒な宿命も、背負い込むと。

ならば、今更、何をためらう必要がある。

 

「……チッ」

俺は、短く舌打ちをすると、覚悟を決めた。

これは、医療行為だ。そうだ、人工呼吸と同じ。いや、それ以上に、神聖で、切実な、魂の救命措置だ。

そこに、邪念など、一切、挟む余地はない。

 

……ない、はず、なのだが。

 

「……分かった」

俺は、低い声で、そう答えた。

そして、畳の上で苦しむハルキの、その華奢な身体に、ゆっくりと、覆いかぶさっていく。

鼻先が触れ合うほどの距離。

彼の、灼熱の吐息が、俺の頬を焼く。シャンプーの甘い香りに混じって、死の匂いが、微かに、鼻腔をくすぐった。

 

(……ああ、クソ)

 

俺は、心の中で、最後の悪態をついた。

 

(……本当に、どこまでも、面倒くさい奴……)

 

俺は、強く、強く、瞼を閉じた。

そして、熱に浮かされ、わずかに開かれた、彼の唇に。

これまでで、最も深く、そして、切実に。

自らのそれを、重ね合わせた。

 

◇◆◇【ハルキ】◇◆◇

 

意識が、灼熱と極寒の海を、漂っている。

熱い。身体の内側から、魂が、焼き尽くされていくような、耐えがたい熱。

寒い。骨の芯まで凍りつくような、存在そのものが霧散していく、絶対的な寒気。

矛盾した二つの感覚が、俺の意識を、めちゃくちゃに引き裂いていく。

痛い。苦しい。怖い。

俺は、もう、俺でなくなってしまうのかもしれない。

このまま、得体の知れない力の奔流に呑み込まれて、消えてしまうのかもしれない。

 

(……しずま……)

 

朦朧とする意識の中、ただ、一つの名前だけを、必死に、呼び続けていた。

助けてくれ。

お前しかいないんだ。

俺を、この地獄から、救い出せるのは。

 

その、祈りが、通じたのか。

ふと、唇に、柔らかく、そして、温かいものが、触れた。

瞬間。

灼熱と極寒の地獄に、一筋の、黄金の光が、差し込んできた。

 

それは、シズマの光だった。

優しくて、不器用で、そして、どこまでも、温かい、魂の輝き。

その光は、聖なる川の流れのように、俺の乾ききった魂の隅々へと、染み渡っていく。

荒れ狂っていた、紫黒の奔流が、その温かい光に触れた途端、まるで嵐が凪ぐかのように、少しずつ、その勢いを、鎮めていった。

 

(……ああ……)

 

気持ち、いい。

そんな、陳腐な言葉では、足りない。

魂そのものが、満たされていく感覚。 枯渇しきっていた生命の泉に、再び、聖なる水が、注ぎ込まれていくような、絶対的な、安堵感。 俺は、その感覚に、ただ、ひたすらに、身を委ねていた。 シズマの、すべてを、受け入れるように。

 

だが、そのあまりにも甘美な霊力は、俺という存在の境界線を、曖昧に融かしていく毒でもあった。

シズマの温かい何かが、俺の中に流れ込んでくるたび、俺の中から、硬くて、角張っていた何かが、さらさらと、砂のように崩れていく。

それが、『日野陽輝』という男だった頃の〝当たり前〟だったのだと、俺は、ただ、感覚として、理解していた。

腕を振る感覚。地面を蹴る強さ。大声で笑う時の、喉の震え。

それらが、もっと、しなやかで、柔らかい何かに、生まれ変わっていく。

身体の芯が、融けて、組み替えられていくような、抗いがたい変容。

恐怖よりも先に、どうしようもない心地よさが、俺の全身を支配していた。

 

シズマの唇を通して、彼の魂の味がする。

少し不器用で、ぶっきらぼうで、だけど、どうしようもなく優しい、シズマの味。

その味に、俺の魂が、歓喜しているのが、分かった。

もっと。もっと、欲しい。

このまま、一つに融け合ってしまいたい。

生きるために、お前が必要なんだ、という本能の叫びは、いつしか、ただ、お前が欲しい、という、切実な願いへと変わっていた。

 

唇が触れ合う、この、ほんの僅かな一点から、俺の世界が、作り変えられていく。

新しい身体の、重心の位置。

吐息の、か細い響き。

指先を、僅かに動かすだけで、空気が、艶めかしく震える感覚。

知らないはずの、〝女の子〟としての感覚が、まるで、最初から俺のものだったかのように、内側から、花開いていく。

 

怖い。

〝俺〟が、消えてしまう。

なのに、どうしてだろう。

この、どうしようもない高揚感は。

シズマに、もっと、〝女の子〟として、触れて欲しいと、願ってしまっている、この、心は。

 

ああ、ダメだ。

俺は、もう。

〝俺〟では、いられなくなる。

シズマの、その、あまりにも強すぎる優しさに、俺という、個は、完全に、融解させられてしまう。

それは、恐怖であるはずなのに。

なぜか、心のどこかで、それを、受け入れてしまっている、自分がいた。

このまま、シズマの一部に、なってしまえたら、と。

 

そんな、甘美で、冒涜的な、微睡(まどろ)みの中で。

俺の意識は、再び、深く、深く、沈んでいった。

 

◇◆◇【シズマ】◇◆◇

 

唇が、離れる。

ちゅ、と、自分でも聞きたくなかった、生々しい水音が、静かな部屋に響いた。

俺は、弾かれたように、勢いよく顔を上げた。

「はっ……! はあっ……! ぜぇ……ッ!」

肩で息をしながら、俺は目の前のハルキを見下ろす。

もう、立っているのがやっとなほどの、凄まじい疲労感。全身の霊力を、根こそぎ持っていかれたかのような、絶対的な虚脱感。

だが、そんな俺の消耗など、どうでもよかった。

 

俺の目の前で。

ハルキの身体を苛んでいた、灼熱の気配と、悪寒の震えは、嘘のように、綺麗に消え去っていた。

その顔には、穏やかな血の気が戻り、呼吸も、すう、すう、と、安らかな寝息へと変わっている。

その、眠れる少女の寝顔は、まるで、神が創りたもうた芸術品のように、完璧で、神々しいほどの美しさを、湛えていた。

 

(……助け、られた……のか)

 

安堵のため息が、俺の口から、白い煙となって漏れ出た。

よかった。

間に合った。

俺は、今度こそ、守れたのだと。

そう、俺が、その場にへたり込もうとした、その瞬間だった。

 

「…………ん」

 

目の前で眠っていたはずのハルキの、その、人形のように長い睫毛が、ぴくり、と震えた。

そして、その瞼が、ゆっくりと、持ち上げられていく。

現れたのは、潤んだ、大きな黒い瞳だった。

だが、その瞳に宿っていた光は、俺が知る、いつものハルキのものでは、なかった。

 

熱に浮かされたように、とろり、と蕩けていて。

焦点が合っているのか、いないのか、判然としない、どこか夢見るような、眼差し。

その瞳が、俺の姿を捉えた瞬間、ふにゃり、と、警戒心のかけらもない、子猫のような笑みを、浮かべたのだ。

 

「……しずま……」

掠れた、甘い声が、俺の名を呼ぶ。

その蕩けた瞳が、俺の姿を捉え、そして、ゆっくりと、細められる。まるで、この世で最も愛しいものを見つけたかのように。

古書の匂いが満ちる静かな部屋で、彼の、いや、〝彼女〟の吐息だけが、やけに大きく聞こえた。

 

ハルキは、その、華奢な腕を、ゆっくりと、持ち上げた。

そして、ごく、自然な、流れるような動きで。

その腕を、俺の首に、するり、と回してきたのだ。

柔らかく、そして、まだ微かに熱を帯びた、か細い腕。

その、あまりにも、無防備な感触に、俺の心臓が、警鐘のように、けたたましく鳴り響いた。

 

「……おい、ハルキ……?」

 

俺の、戸惑いの声など、彼の耳には届いていないようだった。

首に回された腕に、きゅっ、と、力が込められる。

俺の顔が、彼の顔へと、ぐい、と引き寄せられていく。

鼻先が触れ合うほどの、ゼロ距離。

そして、彼は、その、蕩けるような瞳で俺を見つめながら、子猫がミルクをねだるように、こう、囁いた。

 

「……もっかい、して……?」

 

その、あまりにも、無垢で、あまりにも、雄を誘うような仕草と、言葉。

その、破壊力は、計り知れなかった。

俺の脳内で、これまで懸命に築き上げてきた、「こいつは男の親友だ」という、理性の城壁が、轟音と共に、木っ端微塵に、崩れ落ちていく。

今まで見てきた、泥だらけのサッカー少年だったハルキの記憶。馬鹿みたいに大口を開けて笑う、ガキ大将だったハルキの姿。そのすべてが、目の前の、妖艶な光景によって、猛烈な勢いで上書きされていく。

 

だが、その引き金を引いた張本人───ハルキ自身が、唐突に我に返った。

 

「………………え?」

 

ハルキの、蕩けていた瞳が、カッ、と、大きく見開かれた。

そして、自分が、俺の首に腕を回し、とんでもないことをねだっている、という現実を、ようやく、認識したらしい。

彼の、陶器のように青白かった顔に、ぶわっと血が上る。まるで、白い和紙に紅を落としたかのように、その赤みは一瞬で耳まで広がった。

 

「………………はっ!? な、なな、な、何、俺は……!?」

 

悲鳴に近い、素っ頓狂な声。

ハルキは、まるで高圧電流にでも触れたかのように、俺の首に回していた腕を、勢いよく引っ込めた。

そして、信じられない、というように、自分の両手を見つめている。

「……ちが……! おれ、いま……なんで……!? 身体が、勝手に……!」

羞恥だけじゃない。

自分の意志を裏切って動いた身体への、もっと根源的な恐怖と混乱。

それらが、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、彼の表情を、仕草を、しどろもどろの言葉を、構成している。

 

その、何もかもが、だ。

 

(……ああ、クソ)

 

俺の目に、俺の、脳に。

どうしようもなく、可愛い、女の子にしか、見えなかったのだ。

 

「………………」

「………………」

 

居間に、再び、宇宙規模の、気まずい沈黙が、落ちる。

後に残されたのは、自分の行動にパニックを起こして、畳の上で体育座りのまま固まっている、絶世の美少女と。

その、あまりにも致命的なギャップ萌えという名の不意打ちを喰らい、完全に思考停止に陥った、一人の、哀れな古本屋の店番だけだった。

 

「……あ、あの……シズマ……さん?」

 

沈黙を破ったのは、ハルキの方だった。

その声は、蚊の鳴くように、か細く、そして、完全に、よそ行きの声色になっていた。俺とハルキの間に、今まで存在したことのなかった、分厚い壁が、突然、出現したかのようだった。

 

「……なんだ」

俺は、なんとか、それだけを、絞り出した。

「その……すまん……。俺、なんか、変なこと……」

「……気にするな」

気にするな、と言える俺の精神力を、誰か褒めてほしい。

「お前は、混乱してただけだ。力の暴走で、熱も出てたしな」

俺は、努めて、冷静に、事務的に、そう告げた。

そうでもしないと、こっちの理性が、どうにかなってしまいそうだったからだ。

「……とりあえず、もう大丈夫だ。ゆっくり休め」

俺は、よろめきながら、立ち上がった。

そして、押し入れから、予備の布団を引っ張り出す。

その、ぎこちない俺の動きを、ハルキは、不安そうな、潤んだ瞳で、じっと、見つめていた。

その視線が、痛い。

 

俺たちの、新しい日常は。

どうやら、俺が想像していた以上に、遥かに、心臓に悪いものに、なりそうだった。

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