怪異憑きの幼馴染を救う方法は、美少女になった彼とキスし続けることでした   作:化け猫 いろは

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第3話 「開かずの扉、天逆文庫」ー1

しん、と静まり返った地下室。

裸電球の頼りないオレンジ色の光が、俺、識静馬(しき しずま)の足元に長い影を落としている。ひやりとした黴(かび)と古紙の匂いが混じった空気が、まるで時間の澱(おり)のようにこの場所に満ちていた。

俺はあの巨大な鉄の扉───禁書庫『天逆文庫(あまのさかぶんこ)』の前に一人で立ち、その重厚な沈黙とただひたすらに向き合っていた。

 

あれから数時間が経った。

祖母、識珠江(しき たまえ)が「門出を整えてやろう」と宣言し、儀式の時刻を告げてから。

『月が一番高く上り、この世とあの世の境が、最も曖昧になる時刻』。

そのいかにもなオカルト案件に相応しい時間が、刻一刻と近づいている。

俺は先にこの場所で精神を集中させ、覚悟を固めるために一人で地下に下りてきていた。ハルキは心配そうに「俺も行く」と言い張ったが、「少し、一人で考えたい」と俺が言うと、何かを察したように黙って引き下がってくれた。あいつなりに、俺がこれから挑むことの重大さを理解してくれているのだろう。

 

目の前の扉は、ただの鉄の塊ではなかった。

それは俺の過去そのものだ。

十年前、この場所で父は死んだ。

神の力に喰われ、人の形を失い、それでも息子を案じて絶叫したあの光景。俺の心に決して癒えることのない傷として刻み込まれた、絶望の記憶。

その象徴が、今、目の前に鎮座している。

 

───怖いか?

自問自答する。

答えは決まっていた。

怖い。

心の芯が子供のように震えているのが分かる。またあの時と同じように、大切なものを失うんじゃないか。今度は俺自身が、この扉の向こうにある〝何か〟に喰われてしまうんじゃないか。

その恐怖は十年という時を経ても少しも薄れることなく、俺の魂にこびりついている。

 

だが。

俺はポケットから一枚の写真を取り出した。スマホのカメラで撮った、何の変哲もない写真だ。

そこに写っているのは、俺が貸したぶかぶかのパーカーを着て、少し照れくさそうに、しかし満面の笑みでピースサインをする絶世の美少女。

───日野陽輝(ひの はるき)。

俺のたった一人の親友。そして俺が、この忌まわしい宿命と向き合うと決めた唯一の理由。

 

『……俺、本当に、人間に、戻れんのかな』

 

縁側で見せたあいつの涙。

その魂からの叫びを、俺はもう聞いてしまったのだ。

聞いて、そして、「戻してやる」と誓ってしまったのだ。

ならばもう、俺に引き返す道などどこにも残されてはいなかった。

 

俺は写真をそっとポケットにしまうと、改めて鉄の扉と向き合った。

これは絶望の象徴なんかじゃない。

未来を切り開くための、唯一の希望の扉だ。

俺がそう覚悟を決め直した、その時だった。

 

背後で、ぎしりと石の階段が軋む音がした。

振り返ると、そこには祖母に付き添われるようにしてハルキが立っていた。その美しい顔は、この地下室の異様な霊的圧力に当てられて青ざめてはいるが、その瞳には俺を案じる強い光が宿っていた。

 

「……シズマ」

「時間か、ばあちゃん」

 

俺の問いに、祖母は静かに頷いた。

「ああ。まもなくだ。……覚悟はできたかい?」

その、識家の当主としての重い問い。

俺はもう、迷わなかった。

 

「とっくに、な」

 

俺のその短い返事を聞いて、祖母は満足げに頷いた。

彼女はゆっくりと俺の隣までやってくると、懐から一枚の古びた和紙と、白鞘(しらさや)の小さな短刀を取り出した。和紙には朱墨で複雑な紋様が描かれている。

 

「いいかい静馬。よくお聞き」

祖母の声のトーンが変わった。それは孫を諭す老婆の声ではなく、弟子に奥義を伝える師の声だった。

「この『天逆文庫』はただの書庫じゃない。それ自体が一つの巨大な生命体のようなものさ。我ら識家の血に流れる霊力を糧として、神代の時代から生き続けている知識の集合体。……そしてこの書庫は、自ら主を選ぶ」

「……主を?」

「そうさね。書庫は中に入る者の魂を試し、その『覚悟』が書庫に眠る知識の重みに見合うものかどうかを常に値踏みしている。資格なき者が己の器以上の知識に触れようとすれば、書庫はその魂を容赦なく喰らうだろう。……お前さんの父親が、そうだったようにね」

 

その、あまりにも残酷な真実。

父は、何者かに殺されたわけではない。この書庫そのものに拒絶されたのだ。

 

「今から行う儀式は、鍵を開けるためのものじゃない。あくまでお前さんという存在を書庫に『紹介』し、その門を叩く許可を得るための、ただの挨拶状さ。扉を開くかどうか、そしてその先でお前さんをどう扱うかを決めるのは、あくまで書庫自身だということを、ゆめゆめ忘れるんじゃない」

「……ああ、分かってる」

「よろしい」

 

祖母は、その和紙を俺の左手にきつく巻き付けた。そして短刀の抜き身の刃を、俺の人差し指の先にためらいなく押し当てる。

ちくりとした鋭い痛み。

指先から、ぷくりと赤い血の玉が浮かび上がった。

 

「さあ、おやり」

祖母が静かに促す。

「お前さんの血で、お前さんの覚悟で、その門を叩くんだ」

 

俺はごくりと唾を飲み込んだ。

そしてゆっくりと、血の滲む指先を目の前の巨大な鉄の扉の中央に刻まれた、複雑怪奇な紋様へと伸ばしていく。

指先が氷のように冷たい鉄に触れる。

瞬間。

じゅっ、と。

まるで熱した鉄板に水を垂らしたかのような激しい音を立てて、俺の血が紋様に吸い込まれていった。

紋様が血を吸い、まるで生きているかのように一瞬だけ、禍々しい赤い光を放つ。

 

そして。

世界から音が消えた。

 

ごごごごごごごごごごごごご……。

 

耳に聞こえる音ではない。

魂に直接響くような、地殻変動にも似た重い、重い振動。

俺たちが立っているこの地下室全体が激しく揺れている。

目の前の、何百年、いや何千年も動かなかったであろう巨大な鉄の扉が。

ゆっくりと、本当にゆっくりと、その重い、重い口を内側に向かって開き始めたのだ。

 

扉の隙間から光が漏れ出してくる。

それは裸電球のオレンジ色の光ではない。

もっと青白く、どこまでも深く、そして星々の煌めきのような無数の知識の光が凝縮された、神聖で、同時に恐ろしいほどの知性の光だった。

その光に、俺の魂が引かれ、吸い込まれそうになる。

 

「シズマ!」

背後からハルキの悲痛な叫びが聞こえた。

「……行くな!」

その声に、俺は一度だけ振り返った。

階段の下で、必死の形相でこちらに手を伸ばそうとしている親友の姿。その美しい顔は恐怖と不安、そしてどうしようもない寂しさに歪んでいた。

そのあまりにも痛々しい表情に、俺はふっと笑ってしまった。

これから一人で地獄の釜の中に足を踏み入れようとしている男が、浮かべるにはあまりにも不釣り合いな、穏やかな笑みだった。

 

「……大丈夫だ」

俺は自分に言い聞かせるように、そう繰り返した。

 

「すぐに、戻るから」

 

それは約束だった。

相棒に、そして俺自身に固く、固く誓った約束。

今度こそ絶対に守り抜かなければならない、魂の契約。

 

俺はもう、振り返らなかった。

ただまっすぐに、目の前の光の奔流が渦巻く、禁断の知識の海へと。

その第一歩を踏み出した。

 

扉が完全に開かれる。

俺の身体は、その抗いがたいほどの知性の光に、まるで吸い込まれるかのように引き寄せられていった。

意識が遠のいていく。

最後に俺の耳に届いたのは。

「シズマの馬鹿野郎───っ!」という、相棒の涙声の悪態だけだった。

 

◇◆◇

 

光。

光、光、光。

意識が、思考が、俺という個体の輪郭が、暴力的なまでの純粋な知性の光に呑み込まれ、融解していく。

ハルキの悲痛な叫びが聞こえたような気がした。

あるいはそれは、十年前に父が残した最後の絶叫だったのかもしれない。

もう何も分からない。

俺はただ、巨大な奔流に身を任せるちっぽけな塵芥(ちりあくた)に過ぎなかった。

 

───ああ、クソ。やっぱ、こうなるのかよ。

───親父の二の舞、ねえ。忠告、感謝するぜ、ばあちゃん。……だが、忠告通りに事が運んだ試しが俺の人生には一度だってねえんだよな。

 

そんな諦念にも似た最後の悪態を、魂の片隅で吐き捨てた、その時だった。

 

「…………ん」

 

掠れた呻きが自分の喉から漏れたことに気づき、俺、識静馬(しき しずま)は、ゆっくりと瞼(まぶた)を開いた。

そして目の前に広がる光景に、完全に思考を奪われた。

 

「…………は?」

 

声にならない声が乾いた唇から漏れる。

そこは俺が知るどんな場所とも違っていた。

地下室の、あのコンクリート打ちっぱなしの無機質な風景ではない。古書店『天逆堂』の、あの埃と古紙の匂いが満ちた懐かしい空間でもない。

俺は〝宇宙〟の真ん中に立っていた。

 

いや、違う。

よく見ろ、俺。

俺の頭上、足元、前後左右、ありとあらゆる方向に広がっているのは、無限の闇とそこに瞬く無数の星々。

だがその星々は、ガスと塵でできた天体ではなかった。

 

「……本……?」

 

そうだ。

星のように瞬き、あるいは銀河のように渦を巻いているその光の一つ一つが。

すべて、だったのだ。

 

革で装丁された重厚な古書。

和紙で綴じられた繊細な巻物。

粘土板に楔形文字が刻まれた古代の石版。

羊皮紙に美しい装飾文字で描かれた中世の写本。

それらが物理法則を完全に無視して、この巨大な空間をゆっくりと、あるいは流星のような速度で飛び交っている。

 

俺が立っているのは、宙に浮いたガラスのような透明な床の上だった。

見上げれば本の天の川。

見下ろせば本の星雲。

ここはドーム状の巨大な図書館。

いや、図書館というにはあまりにも規格外すぎる。

まるで巨大な天球儀の、その内側の中心に、俺はただ一人ぽつんと取り残されている。

 

───なんだ、ここ。マジかよ。おい、マジかよ。

───これが、『天逆文庫』……? 親父の書斎にあったどんな奇書よりもファンタジーじゃねえか。っていうか、物理法則はどうなってんだ! 無重力か!? いや、足はちゃんと床についてる。重力はある。けど、あの本どもは明らかに好き勝手に泳ぎ回ってやがる!

 

俺の貧弱な科学知識では、到底理解の及ばない光景。

だが、それだけではなかった。

 

ざわ……。

 

耳に聞こえる音ではない。

魂に直接響くような無数の囁き声。

それはこの空間に満ちる、数えきれないほどの書物が発する声なき声だった。

ページがひとりでに捲れる音。インクが紙に染み込む音。物語が紡がれる音。知識が生まれる音。忘れ去られた神々の嘆きの声。歴史の闇に葬られた真実の叫び。

それらすべてが一つの巨大なハーモニーとなって、この『天逆文庫』という空間の沈黙を満たしていた。

ここに在るだけで、魂が膨大な情報量に当てられて酩酊しそうになる。

 

「……すげえ……」

 

思わず感嘆の声が漏れた。

恐怖よりも畏怖が。

困惑よりも純粋な好奇心が、俺の心を占めていた。

これだ。これこそが識家が代々、その命に代えても守り続けてきた禁断の知識の聖域。

父がその魂を捧げてまで触れようとした、叡智の深淵。

 

俺はまるで初めて玩具を与えられた子供のように、しばしその幻想的な光景に見入っていた。

あの一冊にはどんな物語が?

あの巻物にはどんな神の名が?

俺がこれまで古書のページ越しにしか知ることのなかった世界の真実が、すべてここに剥き出しのまま存在している。

 

だが、そんな俺の無邪気な感傷を打ち砕くように。

それは唐突にやってきた。

 

『───汝』

 

声ではなかった。

それはこの空間そのものが意思を持って、俺の魂に直接語りかけてくるような、絶対的なまでの問いかけだった。

地殻が動くような重い、重い霊的な圧力が、俺の全身を内側から圧し潰さんばかりに襲いかかる。

 

───来たか……!

ばあちゃんが言っていた書庫の意思。

資格なき者を拒む知識の門番。

俺はごくりと唾を飲み込んだ。全身の産毛がぶわりと逆立つ。

これは試されている。

俺の魂が、その覚悟が、値踏みされているのだ。

 

『───汝、何を求め、ここへ来た?』

 

その問いはシンプルだった。

だがシンプルであるがゆえに、一切の嘘も誤魔化しも通用しない。

俺の魂の、その一番奥の奥の底にある本質を抉り出すような、冷徹な響きを持っていた。

 

「……っ……!」

 

俺は言葉に詰まった。

何を求める?

決まっている。

ハルキを助けるためだ。

そのために俺はここに来た。

だが、そのあまりにも個人的で、あまりにもちっぽけな願いを、この神々の墓標が並ぶ神聖な場所で口にしていいものなのか?

 

───世界の真理の探求。

───神々の理の解明。

───そういう、もっと高尚な目的でなければ、この場所は門を開いてはくれないんじゃないのか?

 

俺の脳裏をそんな不安がよぎる。

たった一人の親友を救いたいという願い。それはこの宇宙的スケールの書庫の前では、あまりに矮小で俗なものに思えた。

そのコンマ数秒の魂の揺らぎ。

書庫はそれを見逃さなかった。

 

『───迷い、か』

『───その願い、あまりに俗』

『───ここは、汝のような者が、足を踏み入れて良い場所ではない』

 

ぞわりと。

全身の血が急速に凍てついていくような感覚。

先ほどまでただ静かに俺を値踏みしていた空間の意思が、明確な〝拒絶〟の波動を俺に叩きつけてきた。

俺が立っていたガラスのような透明な床に、ぴしりと蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

周囲を飛び交っていた美しい本の星々がその動きを止め、まるで巨大な肉食魚の群れが獲物を見つけたかのように、その背表紙を一斉に俺へと向けた。

無数の声なき声が俺を責め立てる。

 

『帰れ』

『来るな』

『俗なる者』

『資格なき者』

『ここは聖域』

『汝の欲望で、穢すでないわ』

 

「ぐ……あああああっ!」

 

俺はその魂を直接削り取るような精神攻撃に、思わずその場に膝をついた。

これが書庫の防衛機構。

これが父を喰らった力。

あまりにも強大すぎる。俺のちっぽけな覚悟など、この絶対的な知性の前では風の前の塵に同じ。

 

───ダメだ。

───やっぱり俺の願いは、この場所には相応しくないんだ。

───もっと清廉で高尚な覚悟を持った人間でなければ、この門は開かない。

───俺なんかじゃ無理だ。

 

諦めの黒い感情が俺の心を塗りつぶそうとした、その瞬間だった。

俺の心の一番ひねくれた部分で。

ぷつりと何かが切れる音がした。

 

───は?

───俗? 資格がない?

───……ああ?

 

ふざけるな。

なんで俺が顔も名前も知らねえ、この書庫だか何だか知らねえもんに、そんな説教じみたことを言われなきゃならねえんだ。

 

───帰れって言われて素直に帰るような、いい子ちゃんだと思ってんのか?

───てめえの決めたルールに、俺が従うとでも?

 

それは怒りだった。

この俺の魂を上から目線で値踏みしてくる、書庫そのものへのどうしようもない反発心。

俺の天邪鬼で、面倒くさがりで、偽悪者ぶってる根本的な性根の部分が、この神聖な空間の〝正論〟に真っ向から喧嘩を売り始めたのだ。

 

「……うるせえな」

 

俺は吐き捨てた。

床についた拳にぎりりと力が籠る。

その声は震えていた。だが、その響きにはもう一切の迷いはなかった。

 

「俺が何を求めるか、だと?」

 

俺は顔を上げた。

亀裂の走る床に両手をつき、震える膝に最後の気力を込めて立ち上がる。

無数の書物から放たれる拒絶の波動を、その身に真正面から受け止めながら。

 

「ああ、そうだよ! 俺の願いは、俗だ!」

 

俺は叫んだ。

それは罪を認める告白じゃない。

俺という人間の在り方を高らかに宣言する、開き直りの咆哮だった。

 

「親友が苦しんでんだよ! 訳のわかんねえもんに身体乗っ取られて、泣いてんだよ! それを助けてえって思うのが、そんなに穢れたことか!?」

「世界の真理だの、神々の叡智だの、そんなもんはそういうのが好きな奴らにくれてやる! 俺にはそんな高尚なもんは必要ねえんだよ!」

 

そうだ。

俺は聖人君子なんかじゃない。

いつだって自分の手の届く範囲の、守りたいものを守るために動いてきただけだ。

それが俺の世界の全てだ。

 

「俺はな、俺が助けたいと思ったたった一人の馬鹿を助けるためだけに、ここに来たんだよ!」

「その俺の覚悟を、てめえの物差しで測ってんじゃねえぞ、このクソやかましい書庫がッ!!」

 

俺のその、敬意もへったくれもない魂からの罵倒に。

しん、と。

あれほど俺を責め立てていた無数の声が、嘘のように静まり返った。

俺の足元で砕け散る寸前だったガラスの床の亀裂が、まるで時間が巻き戻るかのようにすうっと消えていく。

俺に敵意を剥き出しにしていた無数の書物たちも、何事もなかったかのように再び元の静かな軌道へと戻っていく。

そして。

俺を圧し潰さんばかりだった、あの重い、重い霊的な圧力が、ふっと霧が晴れるように消え失せた。

 

『…………』

 

書庫は何も言わなかった。

だが俺には分かった。

俺のその、あまりに人間臭く不遜で、しかし一切の揺るぎない〝我儘〟が。

この気難しい知識の門番に、認められたのだと。

 

その証拠に。

俺の目の前。

何もないはずの透明な床の上に。

一本の光の道がすうっと現れたのだ。

それはこの無限に広がる書物の宇宙を貫くように、まっすぐにこの空間のさらに奥深くへと続いていた。

 

「……行って、いいってことかよ」

 

俺は乾いた唇をぺろりと舐めた。

その光の道を一歩踏み出す。

足元はもう揺らがなかった。

書庫は俺を主として認めたわけではないだろう。

だが少なくとも、その門を叩き中庭まで足を踏み入れることだけは許してくれたらしい。

ずいぶんと上から目線の、気難しい家主様だ。

 

俺はもう振り返らなかった。

ただまっすぐに、目の前に伸びる光の道を見据える。

その先にある本当の試練と、そしてハルキを救うための唯一の答えを求めて。

 

───待ってろよ、ハルキ。

───絶対に、てめえを助けるための〝武器〟を、このクソ面倒くさい場所から盗み出してきてやるからな。

 

俺は心の中でそう悪態をついた。

それはこれから始まる本当の戦いを前にした、俺なりの気合の入れ方だった。

光の道の先は、闇よりも深い知識の深淵へと静かに、そしてどこまでも続いていた。

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