私立征嶺学園高等部には二大美姫がいるが、男子の中にも人気がある生徒がいる。彼女たちと比べて顔立ちがモデルのように整っているわけではないが、生徒からの人気はそれなりに高い。
男女共に人気があるのは彼の性格が大きく影響している。彼の性格は優しく、人からの頼み事を決して断らない。中等部の頃から周りの悩みを解決していたこともあって、彼への信頼はそれなりに高い。でも、本人はただ解決しているだけで人気があるとは思っていない。
そんな優しくて、それなりに顔立ちが整っていることもあって告白されることは多い。それは男女共に。でも、彼がその告白に首を縦に振ることなかったらしい。
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「あの…周防さん、そろそろ止めてくれませんか?」
「なにをですか?」
「このクラスに来ることです」
「なぜですか?」
「周防さんは自分の人気を自覚するべきです。周防さんが来るだけでクラスの視線が全てこちらに向いて、昼寝をすることも困難な状況に陥っているんです」
「いいではないですか。寝るのが嫌なら私と少しお話しませんか?」
「周防さんにはとても申し訳ないですが、そのお誘いはお断りさせてもらいます」
僕は周りの視線を無視し、耳にイヤホンを付けてから昼寝をすることにした。
元々、周防さんとそこまで関わりがあったわけではない。彼女とは中等部三年間で一度も話したことはなかったと思うし、こんなことを言うと勘違いされてしまうかもしれないけど彼女と関わる気はなかった。
それはアリサ・ミハイロヴナ・九条さんにも言えることで、有名な方と関わるとろくなことにならない。これは経験上、分かっていること。
それなのに周防さんと知り合ってしまったのは……2週間前の放課後だった。
放課後の教室で一人、スマホを見ていた。
「帰りにグッズを買って帰ればいいかな」
周りには隠しているが、僕はオタクだ。それも筋金入りと言ってしまってもいいぐらいに。なので、アニメグッズを集めたりするのはもちろんしている。
「それとも明日に先伸ばした方が……今日って何か言ってたかな」
昨日の夕食でお父様とお母様から何か言われたような気もするけど、記憶に残っていないということは大したことではないと信じている。
「あら…また残っている方がいらしたんですね」
声のした方向に視線を向けるとそこには黒髪の美少女がいた。彼女の名は周防有希。学園内でも人気が高く、この学園に通っている生徒で彼女のことを知らない生徒はいない。
「すいません。そろそろ帰るので」
「いえ別に下校時間までに帰って頂ければ私は構いません」
「そうですか」
そして視線を周防さんからスマホへと移して続きを読むことにした。
「神楽坂くんもそういうのお読みになるんですね」
その声がしたことで自分の近くに人がいることに初めて気付いた。
「…周防さん、まだいらしたんですね」
「私がいてはダメですか?」
「別にそんなことはないですが…」
「それよりも続きを見ないのですか?」
「…いや、そろそろ帰ろうかな」
さすがにここで続きを読むような度胸はない。一体いつから周防さんが僕のスマホを見ていたのかは分からないけど、今ならまだ取り返しがつくかもしれない。
「そうですか。それは残念です」
周防さんの性格までは分からないが、彼女が人の趣味を言いふらす可能性もある。まず、彼女が僕の読んでいた電子書籍をライトノベルと認識しているのかも分からない。でも、念には念を入れておくべき。
「僕がこういう本を読んでいた事は秘密して頂けると有難いんですが」
「わかりました。私は口が固い方なので安心してください」
「ありがとうございます」
そしてその日はそれで別れた。
帰りにアニメグッズを買ってから帰ったら、門限を過ぎてしまい怒られた。それとどうやら今日はお見合いの相手を誰にするかという話し合いが持たれる予定だったらしい。そして僕はその予定をすっぽかしたようで、それに関しても怒られた。
その日から周防さんはなぜか僕に構うようになった。
その原因はやっぱりあのライトノベル。僕のことをからかうために周防さんが来ているのは分かっているつもりだけど、僕にかまうんだったら他の人にかまった方が良い時間を過ごせると思うんだけどな。
いずれ、周防さんも僕への興味を失ってどこかに行ってくれるだろうという期待を胸に日々を過ごしていく。それにあれから僕は放課後に残ることをなるべくしないようにした。あんな風に放課後でも誰かの目に付く可能性は全然あるわけで、それならもっと人目に付かないようなところを探すことにしたから。
自ずと周防さんと関わることもなくなっていくと…そう思っていたのに。
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次の日曜日。
お見合い相手として紹介されたのは…周防有希さんだった。
「な、なんで周防さんが…?」
「なんでと言われましても。神楽坂くんが選んだのでは」
「いや、僕は何も関与してないんです。父と母が勝手に決めたみたいですし」
「そうですか。それは残念ですね」
「なにがですか?」
「神楽坂くんが選んでくださったと少し嬉しかったんですよ」
話している時の周防さんは少し笑みを浮かべていて、僕のことをからかっているのはすぐにわかる。学園でもTOPクラスに人気のある彼女とお見合いというのは人によってはとても幸せなものかもしれない。
でも、今の僕にとってはもっとも最悪なお見合い相手と言ってもいい。折角、学園では距離を置いているのに。
「それに最近の神楽坂くんは私のことを避けているようで、少し寂しかったんですよ」
この人はからかうことが生きがいなのだろうか。それとなく友人に周防有希の印象を尋ねて見た感じだと、眉目秀麗でお嬢様という感じだと言っていた。僕の目の前に座っている彼女は確かに美しいし、所作を含めてお嬢様と言われても信じられる。でも、性格はお嬢様というよりいたずらっ子って感じだ。
「そういう気持ちにさせたのはとても申し訳ないですが、僕と関わっても周防さんにとって良いことはありません」
「それは関わって見たいと分からないと思いますよ。私と神楽坂くんはまだお話するようになって1ヵ月も経っていないわけですし」
「それはそうかもしれないですが……」
「私は神楽坂くんに興味があります。あなたは私に興味を抱いてくれていますか?」
「興味というのは難しいですね。僕は興味が湧くほど周防有希さんという女性を知りませんので」
このお見合いはあくまで試しだ。僕としても周防さんと本当の婚約者になる気はない。それは周防さん側も同じだと思う。お互いにまだ高校生という立場だ。まぁ…いずれは僕も周防さんも政略結婚になる可能性は極めて高い。
この場はその試し。
「それは残念です。私はあの時から神楽坂くんに興味があるんですよ」
さっきから何度か、周防さんから『残念』という言葉を聞いている。周防さんは僕に何の期待をしているのか分からないけど、ここでもっと残念を引き出すことが出来れば、周防さんの僕への興味も消えるんじゃないんだろうか。
「神楽坂くんがライトノベルに興味があるとは思ってもいませんでした」
周防さんはいつもと同じ口調、淡々とした感じで言うので僕はすぐに返すことができなかった。まさか周防さんから『ライトノベル』という単語が出て来るとは思っていなかったし、まさかバレていたとも思ってもいなかった。
「…きづいていたんですか…?」
「もちろん、気付いていましたよ」
「そうですか…」
「なんで神楽坂くんはライトノベルを読むようになったのかお聞きしてもいいですか?」
「別に構いませんが…」
ここまでバレているなら隠したところで意味がないだろうし。
「周防さんもお嬢様として育ったのであれば色々と気苦労も多かったと思います」
「そうですね」
「僕も一応、『神楽坂家』の跡取りとして育ってきているので苦労もかなりありました。そんな時、参考書を買いに行った本屋で雷ノベルや漫画を見ました。今まで参考書も自分で買いに行くことはなくて、使用人が買ってくれていたんです。いつもやってもらうのは悪いと感じてその時だけは自分で本屋に行ったんです」
「それが最初だったのですね」
「はい、そしてライトノベルや漫画を読むと…とっても面白かったんです。今まで自分が読んでいた書物とは少し違って。それからはアニメを見たり、グッズを買ったりと沼にどんどんハマっていきましたね」
両親は黙認してくれている。一度バレた時に父から「どんな趣味でも構わん」と言われた。父は優しい人なので、僕がストレスの反動でこういうのを読むようになったんだと察して何も言わずにいてくれるんだと思う。
「そうなんですね」
「周防さんとは趣味が合わないとは思いますが、僕はこの趣味を結構気に入っているんです。なので、将来政略結婚する相手にもなるべくであれば理解を示して欲しいと思っているんです。絶対条件という程ではないので、妻になる方が嫌だと言うんであれば控えますが…」
さすがに父や母にこの趣味を理解してくれる人と言うわけにもいかないので、そればかりは運の問題になってくる。寛容な方か、同じ趣味を持っている方でもないと難しいとは思いますけど。
「そうなんですね。では、私もその対象になりますか?」
「からかうのは止めてくださいね」
それから周防さんと色々話したが、彼女は僕のことをずっとからかってきた。そしてお見合いがひとまずお開きになるタイミングで周防さんは「それではまたお話しましょう」と言って去っていった。
その『また』という言葉が妙に引っかかった。
最悪な形でまた話すことになるのをこの時はまだ分かっていなかった。