自分を傲慢悪役貴族だと思い込んでいる一般平民、努力してない天才を演じるため死ぬほど努力する 作:評価を…評価をクレメンス
【追え】【迸れ】【雷よ】
その三語とともに、青白い雷撃が空を駆けた。轟音を引き連れた雷光は二十メートル先の標的へ吸い込まれ、中心を黒く焼き焦がす。
シュヴァルツァー王立冒険者学園の演習ルーム。最上位である二年Aクラスの生徒たちは、揃って一人の男子生徒を凝然と見つめていた。その名はウルスラグナ=ウースウーラ。Aクラスの中でも、一際異彩を放つ生徒である。
彼は周囲の視線など意にも介さず、ゆっくりと右手を上げた。二十メートル先にある次の的へ掌を向け、気怠げな声で新たな言葉を紡ぐ。
【拡大せよ】【黎く】【火球】
三節魔術。基本となる詠唱に二語の追加詠唱を重ねたそれに呼応し、ウルスラグナの掌前へ直径三メートル近い火球が顕現する。炎とは思えぬほど黒く、中心部では赤黒い光が脈打っていた。
次の瞬間、火球が射出された。目で追うのがやっとという速度で演習場を突っ切り、標的へ着弾すると同時に爆発的に膨れ上がる。隣のレーンに設置されていた的まで呑み込み、渦巻く黒炎がまとめて焼き尽くした。
距離を隔ててなお熱風が吹き荒れ、生徒たちの制服が激しくはためく。魔術防護の施された演習ルームでなければ、近くに立っているだけでも危険だっただろう。静まり返っていた室内に、やがて堰を切ったようなざわめきが広がった。
「三節魔術……正規騎士団の魔術師クラスじゃねえか!」「相変わらずイカれた火力だ……三年でも一メートルの火球を撃てりゃ相当優秀な部類だぞ」「なんなんだよ、アイツ……」「クソが。必死で魔術に取り組んでる俺たちを差し置いて、なんもしてねえ奴が学園トップかよ……」「クソ野郎が……」
羨望よりも先に滲んだのは、露骨な苛立ちだった。それを向けられている本人は眉一つ動かさず、焼け落ちた標的を眺めながら口元だけを吊り上げる。
「何を驚いている。この程度の魔術、撃てて当然のものだろう。少なくとも我が家系に、この程度の小技すら放てぬ者など一人もいない」
傲慢極まりない言葉が、怠惰極まりない声音で吐き出された。見下すような、嘲るような、ぞっとするほど冷たい目が周囲を一瞥する。そこには褒められた喜びも、力を誇示した興奮もない。ただ、できて当然のことをしただけだという退屈そうな色しか浮かんでいなかった。
百八十センチ近い長身。整ってはいるが、冷徹さと酷薄さを隠そうともしない顔立ち。黒を基調とした学園の制服とは対照的な白髪と、その口元に絶えず浮かぶ不敵な笑みが、人を寄せつけない印象をさらに強くしている。
それが、ウルスラグナ=ウースウーラだった。生まれ持った才能において、この学園で彼の右に出る者はいない。
「……ふむ。どうせ的が壊れてしまうのなら、手加減をする必要もないだろう」
焼け焦げた標的を眺めたラグナは、芝居がかった仕草で両腕を広げる。口元の笑みがわずかに深くなり、再び詠唱が始まった。
「【拡大せよ】【破裂せよ】」
空気が震えた。先ほどの火球など比較にもならない巨大な炎塊が、彼の頭上へゆっくりと形を成していく。黒炎が蠢くたびに周囲の温度が跳ね上がり、今度こそ生徒たちの顔から余裕が消えた。
「【黎く】【盡く】【火――】」
五節魔術。
宮廷魔術師であっても、そう易々と扱えるものではない。教師すら思わず身構れ、生徒たちは声を失った。あれが放たれれば、的どころか演習設備そのものが無事で済むのか怪しい。
獄炎が放たれる。ラグナ本人を除く、その場の誰もがそう確信した瞬間、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。ほとんど同時に、彼の頭上に浮かんでいた巨大な火球が煙のように消失する。
「クハハ。我がウースウーラの火炎を、世界そのものが恐れたらしいな」
そこまで言うと、ラグナは先ほどまでの魔術に対する興味を完全に失った。次の授業が行われる模擬戦場へ向かい、何事もなかったかのように歩き始める。あれほどの魔術を立て続けに行使したにもかかわらず、その足取りには魔力の欠乏も身体の消耗も見て取れない。
演習ルームを出ていく背中へ、いくつもの視線が突き刺さった。妬み、憎しみ、羨望、そして半ば諦めにも似た感情。それらすべてを向けられながら、ラグナは一度たりとも振り返らなかった。
ウルスラグナ=ウースウーラは、才能にはこれ以上なく恵まれている。だが、その才能を得るための努力など何一つしていないクズである。それが、この学園における彼の共通認識だった。
実際、生徒も教師も、ラグナが努力らしい努力をしている姿を見たことがない。自主練習をしているところも、授業後に質問へ向かうところも、書物を抱えて勉強しているところも見た者はいなかった。それでも試験では首位を取り、魔術では教師すら舌を巻き、模擬戦では上級生まで容易く叩き伏せる。
優れた者が嫉妬されること自体は珍しくない。それでも、血の滲むような努力を積み重ねて強くなった者ならば、その過程を知る者から敬意を向けられることもある。支払った労力の対価として結果を手にしたのだと分かれば、羨みながらも納得できる人間は多い。
だがラグナには、その納得の材料が何一つなかった。何もせず、苦しまず、ただ生まれ持ったものだけで、自分たちが必死に登っている階段の遥か上に立っている。努力を尊ぶ者が多い二年Aクラスにとって、それは殊更に鼻についた。
だからこそ、模擬戦でラグナを打ち倒そうと挑む者もいた。努力を重ねた自分なら、才能に胡坐をかく男へ一矢報いられるのではないかと考えた者もいる。だが、その期待は毎回、どうしようもない実力差によって叩き潰された。
努力をせず、他人を見下し、それでも誰よりも強い。妬みも憎しみも真正面から浴びながら、本人はそれすら退屈そうに嗤っている。
それが、ウルスラグナ=ウースウーラという貴族だった。
人名が固有名詞として使われすぎてるのは
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気になった
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気になったが許容範囲
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気にならなかった