自分を傲慢悪役貴族だと思い込んでいる一般平民、努力してない天才を演じるため死ぬほど努力する   作:評価を…評価をクレメンス

2 / 6
第2話

 

 おかしい。ラグナが圧倒的な魔術を見せつけた試験、その次の授業である模擬戦の最中、栗色の髪を持つ美青年――ルクセリア・オースティンは、何度目になるかも分からない疑問を頭の中で繰り返していた。

 

 彼の名はルクセリア・オースティン。学園総合序列六位に名を連ねる【戦士】クラスの生徒であり、紛うことなき天才だった。七歳の頃にはすでに並の成人戦士を上回る剣腕を誇り、王立学園二年生にして正規騎士団から破格の待遇で勧誘を受けている。努力を怠ったこともなく、周囲から将来を嘱望される、まさしく学園を代表する俊英の一人だ。

 

 そんな彼が、Aクラスの目玉である模擬戦において対峙することになった相手。それが学園戦闘力序列一位、ウルスラグナ=ウースウーラだった。クラスのほぼ全員から嫌われている男だが、ルクセリアは珍しくラグナに嫌悪感を抱いていなかった。それどころか、自分がいつか越えるべき壁として、割合好意的に見ていたほどだ。もっとも、それも今日までの話である。

 

 闘技場へ上がってきたラグナは、いつも通り傲慢極まりない笑みを浮かべていた。ルクセリアは彼の強大な魔術にどう対抗するか、そればかりを考えていたのだが、そこで違和感に気づく。ラグナは杖も指輪も、魔術を行使するための発動体を何一つ身につけていなかった。

 

 この世界において、発動体なしでまともに魔術を扱うことは難しい。ラグナほどの天才ならば行使そのものは可能なのかもしれないが、威力が落ちることまでは避けられないだろう。自らの前に立ちはだかる壁とはいえ、全力を出せない相手に勝ったところで意味はない。そう考えたルクセリアは、自分が予備として持っていた発動体を差し出した。

 

「ラグナ君。魔術を使わなくていいのかい? これを使ってくれ。全身全霊の君と正々堂々戦って、僕の剣がどこまで通用するのか試したいんだ」

 

 好敵手と認めた男へ、ルクセリアは真っ直ぐそう告げた。返ってきたのは礼でも了承でもなく、耳を疑うほど尊大な笑い声だった。ラグナは差し出された発動体へ一瞥すらくれず、短剣を片手に持ったまま顎を上げる。

 

「クハハ。魔術など、これほど戦力差がある戦いではいらん。来い、戦士。遊んでやる」

 

 勝って当然。負ける可能性など最初から勘定に入っていない。そんな表情を真正面から向けられ、比較的温厚なルクセリアの胸にもさすがに熱いものが込み上げた。「……分かった。後悔しないでくれ」剣を構え直し、開始の合図と同時に地面を蹴る。

 

 戦闘が始まってすぐ、ルクセリアの頭を占めたのは疑問だった。おかしい。どう考えても、おかしい。「あああああ!」裂帛の気合とともに放った斬撃を、ラグナは半歩だけ身体をずらして避ける。

 

「なるほど、アルゼイド流の太刀筋か。悪くない」

 

 彼のクラスは【魔術師】のはずだった。少なくとも、ルクセリアはそう聞いている。それなのに剣がまるで届かない。霞を薙いでいるかのように斬撃を躱され、大上段から振り下ろした岩すら砕く一撃は、何の変哲もない短剣の一振りで軌道を逸らされた。

 

 王国軍の正騎士すら翻弄したフェイントも、最初から知っていたかのように見透かされる。遊ばれている。そう理解した瞬間には、強烈な蹴りが脇腹へ突き刺さっていた。肺から空気を絞り出され、ルクセリアの身体が数歩分横へ流される。

 

「だが、まだ未熟だ。剣の握りは? 視線でフェイントをかける技術はまだ覚えていないのか? 重心が後ろに寄っているが、本当にその姿勢でいいのか? もっと必死になれ。貴様も貴族の端くれなのだろう?」

 

 目つきの悪い相貌に嘲るような笑みを浮かべ、ウルスラグナは教師のように欠点を並べ立ててくる。ルクセリアは歯を食いしばりながら体勢を立て直した。この世には、信じられないほどの才能を持つ者がいる。きっと彼もそうなのだろう。それだけなら、まだいい。

 

 だが、自分は剣士だ。七歳から剣を振り続け、今日まで一度だって修練を怠った覚えはない。上級生を相手にしても剣の腕だけなら引けを取らないと自負してきた。それなのに今、魔術師を相手に手も足も出ていない。

 

 渾身の一撃はいなされ、フェイントは大して力も込めていない掌底ではたき落とされる。剣術に絡めた体術を繰り出そうとしても、ラグナは最初からそれを使えない間合いに立っている。そのくせ向こうの拳や蹴りだけは、面白いほど正確にこちらへ突き刺さった。

 

 自らの才に溺れたことなどない。才能があると言われても、それに甘えることなく血の滲むような努力を重ねてきた。その積み重ねの果てに、学園総合序列六位まで登った。それなのに、目の前の男は退屈そうな顔で、その全部を何でもないことのように受け流している。

 

 気づいたときには、短剣の切っ先が喉元へ突きつけられていた。あと数センチ踏み込まれれば、それだけで勝負は終わる。ルクセリアは剣を握ったまま動けず、荒い呼吸の合間からラグナを睨み上げた。

 

「貴様も間違いなく優れた貴族なのだろう。しかし俺と貴様らでは、根本的に生物としての格が違う。俺に流れる高貴な血は、貴族の中の貴族たる血統だ」

 

 汗一つ垂らさず、息一つ乱さず、ラグナは心底当然のことを教えるように言い放った。その姿を見て、ルクセリアの中で何かが切れる。彼は一切努力している様子がない。それなのに、自分たちが必死に積み上げてきたものの遥か上に立っている。

 

「なんなんだよ……」

 

 喉から漏れたのは、それだけだった。悔しかった。才能に溺れることなく努力してきたつもりだった。それでも届かないという事実が、何より惨めだった。

 

 歯を食いしばっても涙は止まらず、俯いたルクセリアへ周囲から同情的な視線が集まる。見ていた生徒たちもまた、同じことを考えていた。いつかあの男には、努力をしなかったことで痛い目を見てほしい。才能だけではどうにもならない壁にぶつかり、今まで自分が踏みつけてきた者たちの気持ちを思い知ってほしい。

 

 もしこの世界が物語ならば、ウルスラグナ=ウースウーラという男に与えられる役割は決まっている。才に溺れ、主人公の前に立ちはだかり、最後には積み重ねてきた努力の差によって無様に打ち倒される男。言うなれば――【悪役貴族】という役割だ。

 

 ◆

 

「ゼーッ……ヒーッ……ゼー……ヒー……オエッ……!」

 

 シュヴァルツァー王立冒険者学園、その男子用便所。便器へ顔を突っ込まんばかりに上体を折り、息も絶え絶えになっている青年が一人いた。白髪に長身、目つきの悪い整った顔立ち。つい先ほどまで汗一つかかず、圧倒的な実力差でルクセリアを弄んでいたウルスラグナ=ウースウーラ、その人である。

 

「ヒーッ……ヒー……。フーッ……フー……う、オエッ……」

 

 肩を大きく上下させ、ラグナは便器にしがみついたまま、しばらく動けなかった。なぜ、あれほどの圧倒的な実力者が、誰もいない便所でここまで死にかけているのか。答えは簡単だった。ラグナが馬鹿だからである。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。もしよければアンケートに答えていただけると嬉しいです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。