自分を傲慢悪役貴族だと思い込んでいる一般平民、努力してない天才を演じるため死ぬほど努力する 作:評価を…評価をクレメンス
ウルスラグナ=ウースウーラという男は、いかにして「努力をしない天才」「生まれついての圧倒的実力者」を演じるかに命を懸けている。なぜそこまでやるのか。理由は恐ろしく単純だった。
必死に努力して圧倒的強者になった奴より、一切の努力をせず圧倒的強者になった奴のほうが、なんか凄そうだからである。ラグナは根本的に頭が悪いため、努力して成果を得るより、何もせず成果だけ出すほうが格好いいと本気で考えていた。
ゆえにこの男は、人前では絶対に努力を見せない。成果だけを見せつけ、あたかも全てが生まれ持った才能の結果であるかのように振る舞い、周囲へ圧倒的実力者ムーブを見せつけることで悦に入る。そのために人目のないところでは、こそこそこそこそ、必死になって鍛錬し、修行し、勉学に励んでいた。
見つかりそうになれば隠す。誰かが来れば即座に訓練をやめる。夜中に一人で剣を振り、誰も来ない資料室で勉強し、休日にはわざわざ遠出して修行する。努力そのものよりも、努力しているところを他人に見られることを恥じる、非常に面倒臭い男だった。
そうした狂気じみた積み重ねの結果、ラグナの実力は確かに卓越した域へ達している。だが、他の上位生徒たちと比較して、次元が違うほど抜けているわけではない。それでも本人は学年一位程度では満足せず、「学園という枠に収まりきらない怪物」を演じたがる。
そして今、そのツケを盛大に支払っていた。先ほどまで汗一つ流さずルクセリアを圧倒していた青年は、死にかけの金魚のような顔で便所の床へ転がっている。制服は汗でぐっしょり濡れ、手足は小刻みに震え、呼吸するたび胸の奥から嫌な音がした。
「おのれ……模擬戦があるにもかかわらず、あそこで魔力を使い切ったのがまずかったか……」
魔力操作技術の一つに、大量の魔力を余分に注ぎ込むことで魔術の出力を無理やり引き上げる【過剰魔術《オーバードーズ》】というものがある。魔力を十倍注ぎ込んでも、威力はせいぜい二倍程度。消費に対して効果があまりにも悪いため、基本的に習得する人間のいない産廃技能である。
だが、「実際の実力以上に派手に見せたい」というラグナの習性とは恐ろしいほど相性が良かった。本日の魔術試験でも大活躍しており、【雷撃】と【火球】の二発へ通常の十倍近い魔力を注ぎ込み、出力を無理やり倍近くまで引き上げている。その結果、たった二発撃っただけで総魔力の七割近くが消し飛んだ。
それでも三割ほどは残っていた。直後に模擬戦が控えている以上、そこで打ち止めにする予定だったのだ。その程度の理性は、さすがのラグナにも存在していた。
ところが、授業終了のチャイムが間もなく鳴ることに気づいた瞬間、この馬鹿は余計なことを思いついた。今から使えもしない五節魔術の詠唱を始め、魔力操作で見た目だけ派手な巨大火球を作る。そしてチャイムが鳴った瞬間に中断すれば、まるで「本気を出せばとんでもない魔術を撃てたが、授業が終わったから仕方なく止めた」ように見える。
これは使える。間違いなく使える。大量のAP――圧倒的実力者ポイントを稼げるに違いない。少なくともラグナの頭の中では、そういう完璧な計画だった。
結果、思い描いた通りの圧倒的強者ムーブを決め、「我がウースウーラの火炎を世界が恐れたらしい」という台詞まで綺麗に言えた。本人は大いに悦に入ったものの、その代償として残っていた魔力もほぼ綺麗さっぱり消滅する。直後の模擬戦では、学園屈指の剣士を相手に魔術抜きの白兵戦を強いられる羽目になった。
つまり、先ほどラグナが魔術を使わなかったのではない。使えなかったのである。ルクセリアから発動体を差し出された時など、内心では「今更それを寄越されても魔力がねえんだよ」と半泣きだった。
しかも、ルクセリア戦も傍目には完全に圧倒していたように見えたが、実情は薄氷の上の勝利だった。ラグナの剣術は、王国内で広く使われている主要流派への初見殺しに極端に特化している。相手の型を徹底的に研究し、頻出する攻撃、足運び、重心移動、フェイントの癖まで頭へ叩き込み、先回りして潰す戦い方だ。
初戦だけなら異様に強い。だが、同じ強者と何度も戦えば手札を覚えられ、急速にメッキが剥がれてくる。今回も対アルゼイド流として準備していた手札の半分以上を、たった一戦で晒してしまった。
次に同じ条件で戦えば、かなり危うい。さらに何度も戦えば、ラグナが負ける可能性は一気に高くなる。それほどまでに、純粋な剣の才能と積み重ねではルクセリアのほうが上だった。
おまけに、技術だけではどうにもならない身体能力差を埋めるため、ラグナは【限界突破】まで使用している。脳が身体へかけている安全装置を強制的に外し、一時的に筋力、反射、瞬発力を引き上げる技能だ。当然ながら、その代償は使用者自身の肉体が負う。
筋肉は裂け、関節は悲鳴を上げ、内臓にも負荷がかかる。発動時間が伸びれば伸びるほど、自分の身体を自分で壊していく。【過剰魔術】と同様、能力の上がり幅に対して代償がまるで釣り合わないため、まともな人間なら積極的に覚えようとはしない。
しかしラグナにとっては違う。「格上の剣士を相手に、魔術師である自分が涼しい顔をしたまま短剣一本で圧倒できる」。その一点だけで、命を削って習得するだけの価値があった。
貼りつけたポーカーフェイスのおかげで、試合中は終始余裕そうに見えていた。実際には全身へ絶え間なく激痛が走り、蹴りを一発放つたび脚から腰まで軋み、何度も意識が飛びかけている。それでも「圧倒的実力者は痛そうな顔などしない」という謎の信念だけで耐え抜いた。
短剣をルクセリアの喉元へ突きつけながら血統自慢をしていた時など、内心では激痛で絶叫していた。それでも汗一つ見せず、息一つ乱さず、最後まで余裕の笑みを貼りつける。そして誰にも見られない場所まで来た瞬間、糸が切れたように地面へ崩れ落ちた。
そこから先は、死にかけのゴキブリのような有様だった。立つことすらできないので、誰にも見つからないよう物陰を選びながら匍匐前進し、腕だけで必死に身体を引きずる。そうしてようやく便所まで辿り着いたのが、現在である。
「ふぅ……ふぅ……! ふうぅぅ……っ」
便器の脇で仰向けになり、震える腕で胸を押さえる。魔力は空。筋肉は悲鳴を上げ、関節は熱を持ち、内臓もなんとなく嫌な感じがする。普通ならここで今後の戦い方を反省するところだが、ラグナの頭に浮かんでいたのは別のことだった。
ウースウーラの血族ともあろう者が、たかが模擬戦でこの醜態。なんと情けないことか。そう己を戒めながらも、先ほどの周囲の反応を思い出すと、口元が勝手ににちゃりと緩んでいく。
「ハァ……フヒ……フウ……クククッ。だが、あの圧倒的実力者ムーブは悪くなかった……」
死にかけながら、気持ち悪い笑みを浮かべる。こいつがなぜ、ここまで圧倒的実力者というものに執着するのか。単純に重度の中二病だから、というのも間違いではない。
だが、それだけではなかった。ラグナが強さへ執着する最大の理由。それは、自分が強ければ強いほどウースウーラ家の名声も高まり、愛する家族へ恩を返せると本気で信じているからだった。
◆
ウルスラグナが、なぜこれほどまでに自らの血統へ執着するのか。それを語るには、彼の出生まで遡る必要がある。
彼の実の両親は、スラム街に暮らす平民だった。そして、最悪の部類に入る人間でもあった。五歳のラグナを鉱山で働かせ、気に入らなければ殴り、奴隷同然に扱った末、最後には金欲しさに奴隷商へ売り払った。
売られた先は盗賊団だった。そこもまた、人間の悪意を煮詰めたような場所である。理由もなく気絶するまで殴られ、風邪を引けば「根性が足りない」と、眼球が飛び出しそうになるまでさらに殴られた。
ろくに食事を与えられず、土まで口にしなければ生きられない日もあった。真冬には全裸で外へ放り出され、その上から水を浴びせられる。首を吊って死のうとした時には強制的に蘇生され、二度と自殺を試みようと思えなくなるまで拷問された。
盗賊の頭に、酔った勢いで内臓が傷つくまで蹴られたこともある。唯一の心の支えとして可愛がっていたネズミは、目の前で八つ裂きにされた挙げ句、その肉を無理やり食わされた。何かを大切にすれば、それを見つけて壊される。彼の幼少期とは、そういう時間だった。
奪われ、殴られ、蹴られ、虐げられ、尊厳を踏みにじられる。何かを望めば奪われ、抵抗すればより酷い目に遭う。やがてラグナは誇りも希望も、生きようとする気力すら失っていった。
だが、その地獄は始まった時と同じように唐突に終わった。地方視察のため近隣を訪れていた大貴族、ウースウーラ家が盗賊団の存在を知り、義憤に駆られて討伐へ乗り出したのである。盗賊団はほぼ壊滅し、その根城の奥から瀕死の少年が救出された。
治療を担当した医師は、少年の身体に残る無数の傷を見てしばらく何も言えなかった。古い火傷、裂傷、骨折の痕、治りきらない傷。その全てを確認したあと、怒りを噛み殺すような表情でようやく口を開いた。
「これは……人間のやることじゃないね」
そのあまりの境遇を哀れんだウースウーラ家に、ラグナが養子として迎えられたのは六年前のことだった。そこで彼は、生まれて初めて人間として扱われることになる。食事を与えられ、暖かい寝床を用意され、傷つけば心配され、何かできれば褒められた。
過剰と言っていいほど甘やかされ、幸福を願われ、愛された。それらは誇りも希望も生きる気力も失っていた少年にとって、劇薬に近かった。自分の幸せを願う人間が存在するということ自体、それまで一度も想像したことがなかったのだ。
この人たちのようになりたい。自分も、こうあるべきなのだ。そして、この人たちには誰よりも幸せになってほしい。そう思うようになるまで、ほとんど時間はかからなかった。
ラグナは、自分の全てを使ってウースウーラ家へ恩を返すと誓った。そんな彼が心の底から敬愛したウースウーラ家には、たった一つの家訓がある。【弱者を守る盾となれ】――盗賊団を討ち、自分を地獄から救い上げた当主の姿は、まさしくその言葉を体現しているように見えた。
貴族とは、こうあるべきなのだ。強い者とは、弱い者を守るためにその力を振るうべきなのだ。そして自分も、いつかこの人のようになりたい。幼いラグナにとって、ウースウーラ当主は父親になるより先に、信仰の対象に近い存在となっていた。
しかし、養子になってわずか一か月後。ラグナは自殺を図ることになる。
その日の朝、どこから嗅ぎつけたのか、彼を売り払った実の両親が屋敷の前へ現れた。貼りつけたような笑顔を浮かべ、ラグナを見つけるや涙まで流して駆け寄り、勝手に抱きついてくる。そして当主の姿を見つけると、今度は聞くに堪えない大声で要求を並べ始めた。
子供には実の親が必要だ。母親の愛情が必要だ。これからは親子で失われた時間を取り戻さなければならない。だから自分たちも、この立派な屋敷で一緒に暮らすべきなのだと騒ぎ立てた。
もっとも、人間語に翻訳すれば言っていることは一つしかない。【自分たちも貴族の仲間に入れろ】――それだけだった。結果だけ言えば、二人はウースウーラ当主と長女にぶん殴られ、そのまま屋敷から叩き出された。
だが、ラグナにとって問題はそこではない。あの二人と、自分の中に同じ血が流れている。その事実だけで、ようやく芽生え始めていた希望が根元から腐っていった。
その日のうちに自殺を図り、当主と長女、庭師によって辛うじて救助された。意識を取り戻したラグナは三人を前にし、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。何度も謝りながら、それでも最後には胸の奥に溜まっていたものを吐き出した。
「僕の血は、穢れてるんです」
あいつらはクズだ。そして自分にも、そのクズの血が流れている。今はまだまともでも、いつか必ずあの血が目覚めて、この家の人たちへ迷惑をかける。初めて自分を人間として扱ってくれた人たちを傷つけるくらいなら、その前に死んでしまいたい。
人から優しくされたのも初めてだった。だからせめて、自分は彼らに迷惑をかける前に消えたい。嗚咽混じりにそう訴える少年を、当主は長い間黙って見つめていた。
そして、何を思ったのか、とんでもなく真剣な表情で口を開いた。
「いや……すまん。実はお前、私が不倫していた時に作った隠し子なのだ」
もちろん嘘である。当主はその場で、ラグナと自分は血のつながった実の親子なのだと言い張った。さらにウースウーラ家の血統がいかに高貴で、優秀で、誇り高く、素晴らしいものであるかを、思いつく限り盛りに盛って語り始めた。
その瞬間、ラグナは失神した。あまりにも嬉しすぎて、幼い脳が処理できなかったのである。
尊敬してやまない当主と、慕っている姉。その二人と自分が本当に血のつながった家族である。そう思っただけで、麻薬のような快感が脳を駆け巡った。
血のつながった家族になれればと、どれほど切望したことか。目の前にいるのは、自分を地獄から救い出し、食事を与え、名前を呼び、笑いかけ、幸せを願ってくれた人々だった。熱烈に信仰していた神から、突然「実はお前も私の一族だ」と告げられたようなものだった。
それからラグナは、自分に流れる高貴な血を絶対に穢してはならないと考えるようになった。ウースウーラの名に恥じないよう、誇り高く生きる。圧倒的な実力を示し、家の名声をさらに高めることで、受けた恩を返す。それが彼なりに見つけた生き方だった。
なお、ラグナが自身に流れていると思い込んでいる「高貴なるウースウーラの血」だが、実際に流れているのはクズ平民とクズ平民の血である。サラブレッドと言えば聞こえはいいが、紛うことなきクズ平民のサラブレッドだった。
当然、ウースウーラの血統に由来する特別な才能など何一つない。頭脳、魔術、聖術、剣術、盗術。何をやらせても適性は低く、本物の天才たちと比較すれば明確に見劣りした。
だが、ラグナはそれを自覚しても諦めなかった。偉大なるウースウーラの血を引いている自分が無能を晒すなど許されない。ウースウーラの名を穢してはいけない。自分のせいで、あの家の名を貶めるなど絶対にあってはならない。
そのために文字通り、ありとあらゆる手を使った。人目を避けて狂ったように努力し、莫大な小遣いを人体改造へ注ぎ込み、【過剰魔術】や【限界突破】のような正気なら手を出さない技能まで修得する。果てには悪魔と契約し、自分の身体に何をされようが、強くなる可能性があるなら片っ端から試した。
自分より才能のある連中だって努力している。なら、自分が普通に努力したところで差は縮まらない。追いつきたければ、人の二倍や三倍では足りない。生まれ持った才能の差は、狂気で埋めるしかなかった。
そうして狂気の道を歩き続けた結果、ラグナは本来の才能からは到底考えられない場所まで這い上がった。余裕などない。生まれ持った天才でもない。何もしなくても強いどころか、少しでも手を抜けば周囲の本物の天才たちに即座に抜き去られる。
それでも、かろうじて、ぎりぎりのところで学園総合序列一位の座を実力でもぎ取った。そして今日も、人前では努力の痕跡を徹底的に隠し、「この程度、できて当然だ」と傲慢に嗤っている。
要するに、自分を名門貴族の血統だと心の底から信じ込み、その看板に恥じまいと命を削りながら、なぜか努力していることだけは死んでも知られたくない平民の青年。
それが、ウルスラグナ=ウースウーラという男だった。
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