自分を傲慢悪役貴族だと思い込んでいる一般平民、努力してない天才を演じるため死ぬほど努力する   作:評価を…評価をクレメンス

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第5話

「マジで、なんなんだよアイツ……」

 

 ウースウーラ家当主、ガラン=ウースウーラは困っていた。執務机へ肘をつきながら、学園から届いた報告書を何度読み返しても内容は変わらない。養子であるウルスラグナ=ウースウーラ、学園総合序列一位。魔術、白兵戦、実技評価の全てにおいて極めて優秀――と、そんなことが書かれている。

 

 ガランがラグナを拾ったのは、もう十年近く前になる。別に崇高な志があって盗賊団を討伐したわけではない。当時、めちゃくちゃ有能な暗殺者であるアズラエルとかいう不細工な老人が、何を気に入ったのか勝手に配下へ収まったので、その性能試験も兼ねて近隣の盗賊団を一つ潰しに行っただけだ。

 

 ガランは、自分を善人だとは思っていない。むしろかなりクズ寄りだという自覚がある。面倒事は嫌いだし、金は好きだし、働かずに済むならできる限り働きたくない。

 

 そんな盗賊団の根城で、一人のガキを拾った。痩せ細り、傷だらけで、どう見てもまともな扱いを受けていない。聞けば母親から二束三文で売られ、その後は盗賊どものサンドバッグ代わりにされていたらしい。

 

 引き取り手を探してみたが、当然ながら簡単には見つからなかった。このまま放り出せば十中八九死ぬ。だから仕方なく屋敷へ連れ帰り、そのまま気まぐれで養子にした。

 

 すると、異常なほど懐かれた。

 

 何かしてやるたびに泣く。普通の飯を食わせれば泣き、布団を与えれば泣き、服を買えば泣く。頭を撫でただけで数秒固まったあと、何か信じられないものを見るような顔でこちらを見上げてくる。

 

(いや重い重い重い。俺そこまで大したことしてねえぞ)

 

 とは思ったが、口には出さなかった。さすがに、そこまで空気が読めない男ではない。

 

 自己肯定感も壊滅していた。自分には価値がない、迷惑をかける、汚れている、いつか家族を不幸にする。そんなことばかり言うので、面倒になったガランはある日適当に「実はお前は俺の実子だ」と嘘をついた。

 

 ついでにウースウーラ家がどれほど由緒正しく、偉大で、高貴で、優秀な血統なのかを、かなり脚色して聞かせた。半分どころか八割くらいその場の思いつきだったが、ラグナには劇的に効いた。効きすぎた。

 

 それ以来、あのガキはウースウーラという名前そのものを信仰し始めた。特にガランを見る時の目が酷い。尊敬する父を見る息子の目ではなく、どう贔屓目に見ても狂信者が崇拝する神を見る目だった。

 

 何か言えば食い入るように聞く。適当にもっともらしいことを口にしただけでも、目を輝かせながら一言一句記憶しようとする。ガランが冗談半分で口にした話まで、数年後に「父上の教え」として真顔で引用された時には、さすがに背筋が寒くなった。

 

(俺だぞ? お前が今見てるの俺だぞ? もうちょっとちゃんと見ろよ)

 

 いくらそう思っても、ラグナの信仰は揺るがない。むしろ年齢を重ねるにつれ悪化している気さえした。

 

 ガランにも、多少は原因に心当たりがある。ラグナが夜中に過去の夢を見て魘されていた時、一週間ほどまともに寝ずに付き添ったこと。盗賊団の残党に逆恨みされ襲われた際、庇って生死の境を彷徨ったこと。治療や教育のためにかなりの私財を投じたこともある。

 

 そこまで考えたところで、ガランは首を傾げた。

 

「いや、どれも命の恩を感じ続けるほどのことじゃねえな」

 

 本人としては本気でそう思っていた。息子が魘されていたら傍にいるし、襲われたら庇う。必要なら金も出す。その程度は親なら普通にやるものだという認識である。

 

 もっと言えば、ウースウーラ家という一族は、ラグナが思っているほど大した血筋ではない。容姿だけなら妙に恵まれているが、知略に優れるわけでも、武勇に秀でているわけでも、魔術の名門というわけでもない。代々、なんとなく顔が良く、なんとなくそれっぽい雰囲気を出しながら生き残ってきただけの家系だ。

 

(怒らないでくださいね。一族揃って面が良いだけって、冷静に考えたら相当馬鹿みたいじゃないですか)

 

 ガラン自身もその例外ではない。黙って腕を組んでいれば威厳ある大貴族に見えるらしいが、本人の自己評価は「面が渋くて有能そうに見えるだけの無能」である。政治に強いわけでも、剣が強いわけでも、魔術に秀でているわけでもない。

 

 ところがラグナの中では違う。ガランは慈悲深く、強く、賢く、弱者を救う理想の貴族であり、ウースウーラ家は比類なき高貴な一族ということになっている。それを語る時のラグナの顔は真剣そのもので、茶化そうものなら本気で怒りかねない。

 

「偉大なるウースウーラの末席に位置する者として、必ず血に恥じぬ働きをいたします」

 

 昔、そんなことを言われた時の顔をガランは今でも覚えている。目をこれでもかというほど輝かせ、こちらを見上げるその表情には、一片の疑いもなかった。あの目を向けられるたびに、ガランは自分が何かとんでもない宗教の御神体にでもなったような居心地の悪さを覚える。

 

(いや、俺はお前の足元にも及ばねえんだよ)

 

 だが、その一言を口にする勇気はなかった。下手に否定すれば「これほどの御方でありながら己を驕らぬとは」と都合よく解釈し、さらに信仰を深めるに決まっている。実際、似たような事故を何度か起こしている。

 

 しかもラグナは、最初から天才だったわけではない。拾った直後に【鑑定】をかけた時には、魔術も剣術も頭脳も、特筆すべき才能などほとんど見当たらなかった。項目によっては平均以下であり、ガランも当初は、戦いとは無縁の道でのんびり生きればいいと思っていたほどだ。

 

 ところがラグナは、そんなものを一切気にしなかった。朝から晩まで何かを覚え、鍛え、失敗すればまた試し、身体を壊して寝込んだ翌日にも平然と続きを始める。血を吐くほど無茶をして叱りつけたことも、一度や二度ではない。

 

 何度やめろと言っても、少し休めと言っても、ラグナは「承知しました」と素直に頭を下げる。そしてガランの目が届かなくなったところで、また何かを始める。そういうガキだった。

 

 その狂ったような研鑽の中で、当初は何もなかった才能も少しずつ芽を出した。特に成長期へ入ってからの伸びは大きく、それまで身につけてきた莫大な技術や知識と噛み合うように、魔術も戦闘能力も一気に花開いていった。

 

 だから、ラグナが強くなったこと自体はガランも不思議には思っていない。誰より長く努力していたことも、途中から才能まで開花したことも知っている。学園の上位に入ったと聞いた時も、驚きより先に「まあ、あれだけやればな」と納得したくらいだった。

 

 それでも、序列一位まで行くとは思っていなかった。

 

「いや、それにしたって一位まで行くか普通……」

 

 報告書を机へ置き、ガランは額を押さえた。ラグナが人一倍どころか、人十倍くらい頑張っているのは昔から見ている。それでも時々、成長の速度と結果がガランの想像を飛び越えていく。

 

 おそらく、人目のないところでも相当な鍛錬を続けている。それくらいは分かる。ラグナが努力していることを必死に隠したがるのも、家族にはとうの昔にバレていた。

 

 ただし、ガランが想像している「相当」は、せいぜい寝る時間を削って訓練するとか、吐くまで走るとか、多少危険な修行法へ手を出すとか、その程度だった。魔力を使い切ったあと自分の肉体を燃料に魔術を発動し、死を懇願するほどの苦痛を五年間毎日味わっているなどとは、夢にも思っていない。

 

 身体を壊す【限界突破】を実戦訓練の延長のような感覚で使い、効率が悪すぎて誰も覚えない【過剰魔術】まで習得し、人体改造と契約を重ねて自分自身を少しずつ作り替えていることも知らない。もし全容を知れば、威厳ある父親の擬態など一秒で投げ捨て、屋敷総出でラグナを拘束する程度には止めるだろう。

 

 ガランにも責任はあると思っている。最初に一族の話を盛りすぎた。高貴だの優秀だの、血筋がどうだのと、死にかけの子供を元気づけるため適当なことを吹き込みすぎた。

 

 その結果、元は大した才能もなかった平民のガキが、自分は偉大なる一族の血を引く者なのだから優秀でなければならないと思い込み、血を吐いてでも努力するようになった。そして途中で本当に才能まで開花させ、とうとう学園一位まで登ってしまった。

 

(……やっぱ俺のせいじゃねえか?)

 

 そう思うと、胃が少し痛くなった。

 

 クズで、無能で、大して立派でもない自分なんかより、あいつのほうがよほどまともな人間に育った。弱い人間を守ろうとし、家族へ恩を返そうとし、貴族として恥ずかしくない人間であろうと、本気で自分を追い込み続けている。

 

 だからこそ、ガランは困っている。ラグナは自分たちを過大評価しすぎているし、自分自身を過小評価しすぎている。血を吐くまで努力してなお、自分を怠惰な落ちこぼれだと思っている節すらあった。

 

 気まぐれで拾ったガキだった。本当に、それだけだった。

 

 それでも十年近く一緒に暮らしていれば、もうそんな言葉では片づけられない。自分を見るたび狂信者そのものの目をするのは勘弁してほしいが、それでも可愛い息子であることに変わりはなかった。

 

 机の端には、帰宅途中に買ってきた箱が置いてある。王都でも一日に三十個しか売られない限定品で、ラグナが昔から好んでいるケーキだった。朝になったら、さも使用人が適当に買ってきたような顔をして出してやるつもりでいる。

 

 ガランは椅子から立ち上がると、鏡の前で表情を整えた。眉間へ皺を寄せ、顎を少し引く。それだけで、本人曰く「中身空っぽでもそれっぽく見える威厳ある大貴族」が完成する。

 

 ラグナの前では、偉大な父親でいなければならない。今さら「実はあの辺の話、だいぶ盛った」と言える空気ではないし、あいつがそれを必要としている間くらいは騙し通してやろうと思っている。

 

 ただ、それとは別に一つだけ、本心から願っていることがあった。

 

 強くならなくてもいい。ウースウーラの名を高めなくてもいい。恩など返さなくていい。

 

 拾った時にはもう、十分すぎるほど酷い目に遭っていた。

 

 だからこれからくらいは、普通に幸せになってほしい。

 

 ガラン=ウースウーラが養子へ望んでいることなど、本当はそれだけだった。

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