【書籍化】男女比1:30の貞操逆転世界で身を挺して女の子たちを守ったら愛が重くなりすぎた 作:一森 一輝
チャミーが目覚めた時、すでに夕方になっていた。
船を付けた海岸近くの、高台に俺たちは並んでいた。そこに、赤々とした夕焼けが差している。チャミーが起きたのを確認して、俺は「おう、おはよう」と呼びかけた。
「……なぁ、テクト。私は負けたよな」
「ああ、俺の圧勝」
「私は、お前を殺す勢いで攻撃した」
「そうだな」
「……何で私は殺されてないんだ?」
「友達だから」
「そうか……友達だからか……」
チャミーが、呆然と呟く。視線をやると、やはり大きく腫れた左頬が何とも笑えて、まぁこれで許してやろう、という気持ちになった。
「とりあえず、宝玉、返せよ」
「ああ……そら」
懐から鍵を取り出したチャミーは、そのまま俺に渡してくる。
「宝玉だけでいいって」
「いや、全部やる。命の代わりだ」
「そうか。なら受け取っとく」
俺は懐にしまう。……ん? これ、アレか? 実質マレデウスが俺の物になったのか?
静かな動揺と共にチャミーを見ると、目から青い光は消えていた。一旦は抑えられたのか。分からない。分からないが、まぁ今のところもう大人しいし良しとする。
すると、チャミーが俺に聞いてきた。
「なぁ、テクト。カノンたちは、どうしてる?」
チャミーに問われ、俺は答える。
「みんな無事だよ。ウィズの魔力回復薬でセラフィを回復して、セラフィの聖魔法でみんな全快だ。お前とカノンだけ罰として傷を治してないが」
なので、アレだけの戦いを繰り広げながら、死人ゼロ、ケガ二人となった。快挙だ。
「ははっ、優しいことだ。では、みんなは」
「カノンを囲って、みんなでコンコンと説教中だ。婚約者の様子がおかしかったら、責任をもって止めるのが女の務めだろって、全員から叱られてる」
敗北した以上抵抗はしない、とカノンが言い出したところで、みんなで寄ってたかって説教三昧である。途中から自発的に正座してたもんなカノン。良い薬だ。
「あとメイは指輪になってるのと、もう一人、何かくっついてるのが居てな」
「ん? どういうことだ」
「こういうこと」
俺が背中を向けると、俺の陰に隠れていたアイギスの姿が現れる。
「フーッ フーッ 」
アイギスは俺の背中に密着して、うにょうにょ腰のあたりを動かしながら、やたら激しく呼吸していた。呼びかけても何しても離れないので、仕方なく放置している。
そんな様子にギョッとするのはチャミーだ。
「っ!? それは、……『要塞』次席殿、か……?」
「ああ、そうだよアイギスだ。あの後、俺の怪我の心配したりとか、何か色々思う所があったとかでくっついてきて、それ以来ずっとこんな感じでさ」
思えばグリフォンから助けた直後のメイもこんな感じだったなぁ、と思い出す。
「ま、懐き過ぎた子コアラってとこだな。可愛いもんだよ」
「いや、それどころではなくないか……? 欲望と理性の瀬戸際という感じではないか……?」
「欲望? 何が?」
「い、いや、分からないならいい……。テクト側の女たちも大変そうだな……」
「? ……ああ、今回の騒動のな。確かにみんなには迷惑かけちゃったよなぁ」
得心いって、首を傾げていた俺はしきりに頷く。反省点はたくさんだ。
「いや、そういう意味ではないが……そうか、終わってみれば、本当にケンカで終わったな」
「最初からケンカっつってたろ。お前が」
「そうだな。私が、言ったんだな」
あまりに適切な表現だったと思う。ケンカ。やったことは派手だが、本質的には河原の土手で殴り合う不良二人でしかない辺り。
「……私とテクトはケンカだからいいとして、他の面々は、巻き込んでしまったな。特にカノンと激闘を繰り広げた、『要塞』次席殿には、迷惑をかけた。すまなかったな」
「フーッ、フーッ 」
「おい、アイギス。チャミーが謝ってるぞ。……ダメだ。聞こえてないなこれ」
「いや、まぁ、何だ。私が謝りたいから謝っただけだし、放っておいてやってくれ……。何かあっても、私では止められないのでな……」
「何で顔青くしてんだ? あ、チャミー、アイギスの事が怖いのか。やーいビビリ!」
「それもなくはないが、それより暴発の方が怖い……。地獄絵図になる……他の女たちが総出で争い、先ほどよりひどいことになる……」
顔を青くしてふるふると震えるチャミーに、俺は笑う。こいつ頭が回るけど、臆病だよな。
「それに……以前の爆発工作の時もそうだ。思えば、その時から巻き込んでしまっていた」
「ああ……いや、俺は無人島自体はまぁまぁ楽しかったからいいんだけどさ」
そういえばその時点から、裏で手を回して色々やってたんだよなこいつ。
「けど、そうだな。シアには謝っとけよ。あいつ、爆発事故の所為で死にかけたんだから」
「ああ、その通りだ。申し訳ない事をした。いくらジェノーヴァ正妃を排するためでも」
チャミーはそこまで言って、黙り込んだ。元から思う所はあったのだろう。今回の件でむしろ、表立って謝るきっかけができたというところか。
「ふぅ、まったく……」
一息入れて、俺も口を閉ざす。無言でいると、波の打ち付ける音が聞こえてくる。夏休みはあと少し。思えば、このジェノーヴァでひと夏丸々過ごしてしまうんだな、なんて思う。
「テクト」
そこで、チャミーが声をかけてくる。
「何だよ」
「私は、知っての通り傲慢だ。自分のことを頭脳明晰だと思っているし、実際学園での成績は優秀。今回の件でも知略を巡らせ、お前との戦い以外はほぼ思い描いた通りに運んだ」
「急に何の話してんだ?」
「だが、テクト、お前はそんな私を正面から相手取り、カノン含めて打ち破った。こんなことができる男は、きっとお前以外に居まい」
「何で急に俺をよいしょしだした?」
俺が訝しんでチャミーに向くと、チャミーは俺に、いつもの蠱惑的な笑みを向けた。
「テクト、お前、王にならないか?」
「……は?」
「第一王子はダメだ。だから私の知る限り、最も優秀な男である私が、奴を排して王になるつもりだった。だが正直なところ、私は王に向いていない。人の心が分からないからな」
だが、とチャミーは続ける。
「テクト、お前には人徳と能力の両輪が揃っている。お前が王になるなら、私がそれを補佐しよう。大切な友人のためだ。そのくらい任せてくれていい」
どうだ? と聞いてくる。それに俺は―――
「……遠慮します」
「……」
「……」
チャミーが立ち上がる。俺は警戒に立ち上がろうとするが、アイギスが重石になって立てない。ケツを引きずって抵抗の構えだけを取る。
「何故だ。王になれば諸問題が解決するぞ。お前のハーレムは上級貴族が多いだろう。今の身分では釣り合わないが、王になれば問題ない」
「いや『そうなの? じゃあ俺王になる!』とはいかんだろ。俺は別に、そんな野望ないし」
「王になれば女もより取り見取りだぞ。婚活に困ることはなくなる。そこに今なら、私の補助付きだ」
「本当にいい。要らない。やめとく。マジ、近づくな。それ以上近づくな!」
そんな問答をしていると、指輪になっていたメイが、人間の姿になってチャミーに並ぶ。
「チャミー、分かる奴。その通り、ご主人は王となるべき」
「メイ!? 何でここで裏切るんだ!? どういうこと!?」
「メイはご主人を王に導く聖剣。これは絶好の機。ご主人は王になる」
「ならん! ちょっ、囲ってくるな! 逃げ道をなくそうとするな!」
何故か俺は、チャミーとメイに囲まれ、じりじりと距離を詰められる。
何? 本当にどういうこと? 何で俺が王になるのを望む奴がこんなにいるんだ?
そこで、俺の背後から、ポツリと声が聞こえた。
「……テクト、王になるの……?」
「っ? あ、アイギス……?」
振り返る。するといやにじとっとした目で、アイギスが俺に密着しながら、充血した目で俺を密着姿勢で見上げている。
アレ、何か、何だろう。怖い。二人とは違って冗談っぽい雰囲気がまったくない。
「それ、良い。良いわ。すっごくいい。正直理性が限界なこと、最近多くて、それなら吹っ切れて色々できるし。王になれば身分差なんて関係なくなるし」
「アイギス? 何言ってる? 何で俺が王になるのを推すんだ? 俺はあくまで『女の子を守れる男になる』っていう目標が達成できれば、あとは身の丈に合った慎ましい生活を」
「なるの。いいから。テクトは王に、なるの」
「ひ……」
アイギスからかつて感じたことのない圧を受けて、俺は思わず護身術をフル活用して、アイギスの拘束からぬるりと脱出する。
「何で逃げるの……?」
「い、いや、何かおかしい。みんなおかしいぞ! みんなこんな風じゃなかった!」
気分はゾンビパニックの序盤のそれである。俺は三人に視線を巡らせ、息を飲む。
「っ、テクトが逃げた!」
みんなの隙を突いて俺は包囲網を突破し、そのままダッシュで砂浜へと走り出す。
「待てテクト! 何が不満だ! 第二王子の私が、お前を擁立してやるというのに!」
「そう! ご主人はこれを機に王を目指すべき! 王選の聖剣がこれを導く!」
「テクト! これ以上のチャンスはないのよ! 王に、王になるの! テクトは王になる!」
「こんな軽はずみで王なんて目指して堪るかぁぁあああああ!」
俺は必死に逃げ出した。そんな俺を、みんなが全力で追い回すのだった。
さて、そんなテクトたちの様子を、遠くで眺める、真っ黒で真っ白なシルエットが、一つ。
「へぇ、随分派手で面白い戦いをしてるなぁって眺めてたけど、王になるのかい? テクト」
真っ白で真っ黒な魔女は、クスクスと笑う。
「なら、放ってはおけないね。王は魔女が選ぶものだ。見極めてあげようじゃないか」
そして、ふい、と跡形もなく消えるのだ。
「このボク、『着飾った魔女』ブランがね」
島には、ただ潮騒の音と、走り回る若い男女の声ばかりが残される。
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