出撃!庶務騎士団   作:nocomimi

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出張先の睡眠環境は自力で整えるべし

ってなわけで、やっとのことで俺、ラファエロはあの巨大石像を倒したわけだ。

 

マジであの時は死ぬかと思ったよ。

 

何しろ身体強化魔法の副作用で全身が筋断裂を起こしたらしく、奴に止めを刺したときには筋肉という筋肉が激痛を起こしていたからな。

 

で、気が付いたときにはルクレティア嬢が俺の顔を覗き込んでいた。

 

彼女の治療のお陰で俺はすぐに痛みから解放された。

 

そして礼を言おうとした瞬間、ルクレティア嬢が今度は「石像を破壊したことによる法的リスク」がどうとか言い出したので俺は黙り込んだ。

 

俺は思い出した。社会人にはスルー能力が必要なのだ。

 

そうしてルクレティア嬢の話をスルーしていると、やがてジョバンニが言い出した。

 

「あたしは出口の鉄格子開錠したらもう帰るわ。今日の仕事はこれでお仕舞い。明日はオフよ。もういっそのこと三日間くらい有給取っちゃおうかしら」

 

「待て、ジョバンニ。行方不明者の捜索を........」

 

俺が体を起こして言おうとすると、ジュゼッペがボソっと呟いた。

 

「この兜...オークのものではないです」

 

彼は床に身を屈めて、そこに落ちていた兜やベルトといった装備品を手に取って調べていた。

 

俺たちはすぐに彼の傍らに集まった。

 

確かに彼の言う通りだった。そこには何人分かの比較的新しい兜、鎧の部品、装備ポーチなどが乱雑に散らばっていた。

 

集めてみると丁度五人分だ。

 

それを見たルクレティア嬢はそこにひざまずくと、死んだ者たちの魂の平安と遺族への慰めを祈り始めた。その傍らでジュゼッペも床に膝をついて目を閉じていた。

 

ジョバンニはバツの悪そうな顔で頭を掻いていたが、やがて言った。

 

「可哀そうな話ね。でもあたしたちも一歩間違えてたらああなってたかも知れないわ」

 

「全くその通りだ」

 

俺も答えた。そして、散らばっていた装備品を幾つか拾い上げた。村長に渡せば、いずれ遺族の手に渡る機会が来るかもしれないからだ。

 

そうして俺たちは来た道を辿って洞窟から外に出た。

 

外はすっかり日が暮れている。

 

一時間かけて村へ歩く間、一同の口数は少なかった。

 

ようやく村に辿り着き、村長の家で夕食を頂く。

 

そして二つの部屋をあてがわれた俺たちは、男三人とルクレティア嬢に分かれて就寝した。

 

だが、そこで思いもよらない試練が俺を襲った。

 

ジュゼッペのいびきだ。

 

彼が寝息を立て始めると、まるであの洞窟でオークの群れが押し寄せてきたときと同じような地響きがした。

 

俺は横になりながらしばらく我慢していた。

 

だがやがて耐え切れなくなり、ジュゼッペを揺り起こそうとした。

 

だがどれほど揺さぶっても起きない。

 

途方に暮れた俺は、ふとジュゼッペの向こう側で寝ていたジョバンニの顔を見た。

 

驚くべきことに、彼は王のベッドの上に広げられた絹のシーツのような安らかな寝顔で眠っているのだ。

 

これはどう考えてもおかしい。

 

俺は身を起こすとジョバンニのほうに近づいた。

 

そして彼の顔の近くに手を伸ばしてみた。

 

するとどうだろう、俺の手は目に見えない壁のようなものに突き当たったのだ。

 

魔法結界だ。

 

俺はしばらく考えていたが、結論は明らかだ。

 

ジョバンニは遮音型魔法結界を張っていたのだ。

 

....そんなに便利なものがあるなら共有してくれりゃあいいのに.....

 

だがこれではジョバンニを起こすこともできない。

 

俺は諦めて自分の床についた。

 

俺はジュゼッペのいびきを聞きながらもどうにか眠ろうとした。

 

「ぐおおおおお.....ですのですのです.....ぐおおおおおお......」

 

いびきは、しばらく続くと、わずかに小さくなり、時には「スピッ...」という音とともに消えたりする。

 

だが消えるといっても一時的にだけだ。

 

俺が眠気を催す前に、それはすぐに再開した。

 

そうしてどれくらいの時間が経っただろう。

 

ダンジョンから戻ったのはだいぶ夜更けだったから、数時間もすると朝の早い鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 

あの時の絶望感といったらない。

 

だがそれでも、たった少しの睡眠でも寝ないよりはマシだと思い俺は目を閉じて横になり続けていた。

 

閉じられたカーテンの向こうには夜明けの光が見える。

 

しかしそうしていると、やがてほんの少しだけだが俺は眠気を催し、意識が少しづつ薄れてきた。

 

だがその時だった。

 

隣の部屋から、ルクレティア嬢の声が聞こえてきたのだ。

 

「........この朝を与えてくださったことを感謝します。そして今日もわたくしにあなたのために働く機会を与えてくださることを感謝します」

 

俺は愕然とした。

 

修道女の朝は早いと聞いたことはあったが、これほどとは。

 

いや、ダンジョンを探索した翌日くらい寝坊したりするだろ普通?

 

ルクレティア嬢の祈りは続いた。

 

「どうか私たち四人が無事に帰ることができるようお守りください。そしてラファエロさんの健康をお守りください。彼は昨日、私たちを守るため奮闘されました。どうか彼を.....」

 

ルクレティア嬢の声は、珠を転がすような、といった形容が相応しい美しいものだった。だが俺は思った。

 

........俺の健康を願うなら、ルクレティア嬢よ、もう少し寝かせてくれ...........

 

俺は結局一睡もしないまま朝食の時間を迎えた。

 

俺たち四人は村長が用意してくれた食卓に着いた。

 

ルクレティア嬢がおなじみの長い長い祈りを捧げる。それが終わると俺たちは朝食を食べ始めた。

 

「ああ、よく寝られたわ」

 

ジョバンニがのびをしながら言う。

 

「今日のオフ、楽しみだわ。どこ行こうかしら。ねえラファエロ知ってる?アルト村ってカボチャだけじゃないのよ。川魚料理でも有名なんですって!」

 

俺は黙ったままパンを齧った。

 

「あら、あんた目の下にクマできてるじゃない。眠れなかったの?」

 

ジョバンニが言う。

 

「......あ、わかった!あんたもしかして自分の枕じゃないと寝られないタイプ?だめねえ、ラファエロ。あんたそんなんじゃあ冒険者なんてなれないわよ?」

 

彼は笑い始めた。

 

「ワシは難しいことはわかりませんが、川魚はバターで焼くとうまいのです」

 

ジュゼッペが応じる。

 

「もちろんそうよ。でもそれは初歩の初歩。あたしだったらね......」

 

二人が楽し気に会話に花を咲かせているのをルクレティア嬢は笑顔で見ている。

 

俺はそっと溜め息をついた。

 

昨夜は一睡もできなかったが、オークの親玉を倒し、危険な石像を破壊し、行方不明者の遺品を持ち帰ったのだ。

 

そしてなによりも、全員が生還できた。

 

それで十分ではないか。

 

「皆さま、朝食はお済みですかな?」

 

やがて食事が終わるころ食堂に村長がやってきた。

 

「ありがとうございます村長様。とっても美味しゅうございましたわ」

 

ルクレティア嬢が答えた。

 

「皆さま、こちらは些少ですが、ほんの気持ちです。お受け取りくだされ」

 

村長がずっしりと重そうな袋を差し出す。

 

「村長...これは?」

 

俺は尋ねた。

 

「懸賞として村人から集めたルピーでございます。皆さまのご苦労に比べたらほんの少しですが、我々としては誰であってもあの洞窟の魔物を倒して下さった方にはお渡ししようと心づもりしておりましたゆえ...」

 

だが俺は即座に答えた。

 

「村長、気持ちは有難い。ですが受け取るわけにはいきませぬ」

 

「なぜです、ラファエロさん?」

 

「こういった贈与は王国公務員法第13条に抵触する恐れがあります。そもそも我々王城の職員は公僕でありまして、国民の皆様の血税で養われている身。今回のことも、公務員としての当然の務めを果たしたまでですから。そのルピーはどうか村民の皆さまの福利のために役立ててください」

 

俺はそう言った。すると、納得した村長は頭を下げながら退出していった。

 

「バカねぇ、あんた。貰っちゃったって誰も見てないのに」

 

ジョバンニが小声で咎めてくる。

 

「いや、そうはいかん。それにどんなルピーであろうと帳簿の外に存在してはいけないのだ」

 

俺は答えた。横からルクレティア嬢が目を輝かせながら言った。

 

「ラファエロさん、素晴らしいコンプライアンス感覚ですわ。わたくし感服いたしました」

 

「いや、まあ‥‥」

 

俺は少し照れて頭を掻いた。

 

すると彼女は続けた。

 

「あの...差し出がましいこととは存じますが...」

 

「何だね、ルクレティア嬢」

 

俺はそう尋ねた後すぐに後悔した。

 

ここはスルーすべきだったのだ。

 

「ラファエロさん、司法試験を目指されてはいかがですか?元々几帳面なご性格ですし、記憶力もとっても良いとお見受けしますから。なんでしたらわたくしが少しご指導差し上げても....」

 

俺は貝になったつもりで自動的な相槌だけを打ち続けた。

 

.........早く城に帰りたい。

 

* * * * * * * * * * * 

 

ところがである。案に相違して、予定より一日早く王城からの馬車がやってきたのだ。

 

「旦那方!その顔だとダンジョンはクリアできたみてえだな。よかったじゃねえか!」

 

村長の家を出ると、御者のセバスチャンがそう言いながら馬車を停めて降りてきた。

 

食材探しのツアーに行くと意気込みながら俺の手を引いていたジョバンニはしばらく固まっていたが、やがて言った。

 

「....ちょっとこれどういうこと?今回の出張は三日間じゃなかったの?」

 

「うん?ジョバンニの旦那。あっしはねえ、確か明日迎えに来いってラファエロの旦那から聞きましたぜい」

 

「いや、俺が言ったのは明後日だ」

 

俺は答えた。

 

「へえ......明後日....みょうごにち....みょう....」

 

それを聞いたセバスチャンは指を折りながら数えている。

 

「何にしても素晴らしい天の配剤ですわ!わたくしたち丁度昨日の夜ダンジョンをクリアーしたのですもの!」

 

ルクレティア嬢が明るい声を上げる。

 

「それもそうだな。よし、帰還しよう」

 

俺は言った。それを聞いたジョバンニは口を開けたまま絶句していたが、やがてこう言った。

 

「ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとそりゃあないわよ。あんだけ苦労させといてオフなしってこと?冗談じゃないわよ!」

 

「オフなんてもともと無かっただろうが。オフを取りたいなら城に戻って総務課のレティシア嬢に申請書を提出しろ」

 

「じゃあ今日あたし有給にするわ。これですぐ城に取って返して仕事なんてやってられないわよ!」

 

「有給の申請は一週間前までに行うと王城職員規則第26条第2項で決まっているぞ」

 

俺はそうジョバンニに言った。するとルクレティア嬢が輝く瞳で俺を見つめているのに気づいた。

 

俺はそこで会話を打ち切り、嫌がって暴れるジョバンニを馬車に押し込むと、セバスチャンに言って発車させたのだった。

 

馬車が出ると、幌の小窓から外を眺めながらジュゼッペがボソっと呟いた。

 

「.........ワシは難しいことはわかりませんが、今日もいい天気なのですな」




やはり4,000文字を超えてしまったのですな。もはやこの目標値は無意味となってしまったのですな。
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