申請とは神聖なるものであるからして
やあ、ボクだよ、フレデリコだよ。
覚えててくれた?
ジョバンニさんがラファエロさんたちと一緒にダンジョン探索に出かけてから、ボクは三日間も王様の食事を作らなきゃならないんだと思ってとっても緊張したよ。
あの時は「ボクがやりますから大丈夫です」なんて言ったけたけど、ボクっていっつもそうなんだ。
何も考えずに大きなミッションに手を上げて、後で「しまった」って思っちゃうんだよね(汗)。
でも、やらずに後悔するならやって後悔したほうがいいっていう言葉もあるし、
毎日同じことの繰り返しよりもやっぱり成長していきたいからさ。
そして、初日と二日目の昼まではなんとか無事に過ごすことができた。
王様、ボクに気を遣ってくれてかわからないけど「ン。うまいのう」って言ってくれたんだ。
もちろん、ジョバンニさんの料理を食べたあとのあの恍惚とした表情とは比べ物にならない。
たぶん、ボクの料理なんて中のちょっと上くらいなんだろうな。
でもボクは気を落とさないことにした。
ジョバンニさんが戻ってきたら早く色々なテクニックを教えてもらおう。
そう思ってたら、なんと予定より一日早くジョバンニさんたちが戻ってきたんだ。
夕食にはちょっと早い時間帯に、ジョバンニさん、ラファエロさん、ジュゼッペさんと....そしてあの子が食堂に入ってきたんだ。
そう、ルクレティアちゃんだ。
ボクはあの子が視界に入ってきた瞬間、時が止まったかと思った。
そして、次の瞬間心臓が二倍くらいの速さで脈打ち始めたんだ。
でも、ボクは努めて平然と振舞うようにした。
だって、厨房のスタッフから毎日色目を使われるなんて、されるほうからしたら鬱陶しくてしょうがないだろうからさ。
何にせよ、ボクは彼女が無事に戻ってきたことに安堵したんだ。というのも、ちょっとだけ心配だったから。
ボクは、彼女が聖女資格を持っているってことが強烈に印象に残ったからあの時ジョバンニさんにそう教えたんだけど、
よく考えたら剣士や魔法使いと一緒とはいえダンジョンに入っていくのはとても危険なことだ。
ボクの余計な一言のせいでルクレティアちゃんが危険な目に遭ってしまったかも知れない。そういう心配がずっと頭から離れなかったんだ。
とはいえ、人事のファイルを見れば持っている資格は全部書いてあるから、ボクが言わなくても結果は同じだったかも知れないけど。
ともかくボクは帰ってきたみんなに夕食を出したんだ。
ルクレティアちゃんはとても美味しそうに食べてくれた。ボクはそれがうれしかった。
ジョバンニさんは「ちょとぉ、あんたさぁこのダサい盛り付けどうにかなんないの?」って文句言いながらだったけど、それでも完食してくれたし。少なくとも味は及第点なのかなって。
手が空くと、ボクはさりげなくルクレティアちゃんの隣に座って話しかけたんだ。
「お疲れさま。ダンジョン大変だったでしょ?」
「そうでもありませんでしたわ。わたくしたち、いくつか危ない場面もありましたけど、神のご加護を受けていたと感じましたわ」
「聖女の仕事もできるなんて凄いよね。法務とどっちが難しい?」
「わたくしにとって聖女は仕事ではありませんわ。傷ついた人を癒すのはわたくしの生涯変わらぬ神へのご奉仕ですもの」
ルクレティアちゃんは食後のフルーツを手にとりながらそう微笑んだ。ああ、天使そのものだ。
「ねえ、きみこの間法務官の仕事をするのが不本意だって言ってたけど、本当はどんな仕事がしたい?」
ボクは思い切って聞いてみた。
「わたくし、貧しい方々のための無料法律相談、貧困撲滅運動および孤児院の設立が夢ですわ」
彼女は真っすぐな目でボクを見ながら即答した。
「...す..すごい夢だね..」
ボクは思わず圧倒された。
「フレデリコさん、あなたの夢は何?お聞かせくださるとうれしいのですわ」
彼女は聞いてきた。
「え....ボクの夢...」
ボクは言葉に詰まった。
ボクの夢は、可愛い女の子と結婚し3LDKに住むこと。それ以上の夢は抱いたことがない。
でも、ルクレティアちゃんの偉大な夢に比べたら、まるで一流画家の壁画と学生のノートの落書きを比べるようなものだ。
ボクが言葉を探していると、ふと向かいに座っているジョバンニさんと目が合った。
ジョバンニさんは、人差し指を立てながら首を軽く左右に振っていた。
ボクは彼の言わんとすることがすぐにわかった。
「あ....ごめん。オーブンの様子を見にいかないと」
ボクはそう微笑むと立ち上がって厨房に戻った。
カウンターの中でボクは溜め息をつきながら王様用の食事の仕込みを始めた。
すると、ラファエロさんが話している声が聞こえてきた。
「え~...今回の冒険で生じた消耗品については、様式17号に日付・項目・金額を記入して申請してくれ」
「旦那。ワシの斧は刃がボロボロになってしまったです。買い替えのお金は城から出るでしょうか?」
ラファエロさんがギョッとしたのが分かった。
「....買い替えっ...て...そんなにひどいのか?いくらするんだ?」
「ワシは五・六年前の値段しか知りませんが、五万ルピーぐらいしますです」
「あ、そうそうラファエロ?あたしの魔力の消耗はちゃんと補填してもらえるんでしょうね?」
ジョバンニさんの声も聞こえた。
「魔力の消耗って....おい、それは個人の肉体疲労とかと一緒だろう」
「バカ。あんたなんにもわかってないのね。消耗した魔力ってほっとけば一晩で回復するってもんじゃないのよ」
ジョバンニさんはそう言ってから言葉を足した。
「で、ね。良くお聞きなさい。もしもよ。もしもあたしたちがこんな仕事を度々抱え込むようになったら魔力補填も予算に組み込んでもらわないと困るわけよ。自然回復じゃ間に合わないから。言ってる意味わかるわよね?」
「そ....そうか...なるほど」
相槌を打ちながらもラファエロさんはちょっと狼狽しているようだったよ。
「だがジョバンニ、俺は魔力には詳しくない。まずは至急消耗した魔力を数値化した上で、補填するのに必要な物品とその値段を書面にして提出してくれ。その上で持ち帰って検討を....」
「ラファエロさん、ひとつよろしいかしら?」
「な....なんだ、ルクレティア嬢?」
「わたくし、今回のミッションについての法的リスクを全てリストアップいたしましたの」
ラファエロさんはとても驚いているようだった。
「リストアップ?いつのまにそんなものを?」
「皆さんが道の駅で休憩している間にですわ。今後の改善点の参考としてお目通ししていただけると嬉しいのですわ」
「ちょ...ちょっと待ってくれ」
ラファエロさんは両手を広げていた。
「わかった。まずは経費精算だ。それからジョバンニ、君の魔力補填の話だが...」
そこで彼は咳払いしたんだ。
「君の言うことにも確かに一理ある。だが現時点でそれはあくまでも可能性に過ぎないだろう?だから君の申請はあくまでも検討事項とさせてもらいたい。あるかないかわからない将来のミッションに備えて予算を出費するのは...」
「あら、あるわよ。確実にね」
ジョバンニさんが答えるのが聞こえた。
「なぜわかる?」
ラファエロさんが尋ねる。
「ったくあんたって肝心のところが抜けてるのね」
ジョバンニさんが溜め息をつく。
「あいつが言ってたじゃない。覚えてない?あの矢鱈でかいオークよ。なんじゃら言う魔王とその副官の下で働いているって」
「わたくしも聞きましたわ。魔王ヴァルグと副官のディオに人間の言葉を教わったって言ってましたわ」
ルクレティアちゃんの声も聞こえた。
「つまり.....あのオークどもは氷山の一角に過ぎないっ...てことか?」
ラファエロさんが言った。
「そう。残念ながらね。魔王、なんて随分久しぶりに聞く単語じゃない?あたし絵本の中でしか見たことないわよ。でもそんな奴らが出てきたってことは.....」
ジョバンニさんはこう続けた。
「......そのうち国のそこらじゅうで魔物が発生し始めるわよ」
見ると、ラファエロさんは両腕を組んで難しい顔をしていたがやがてこう言ったんだ。
「よし。国王陛下に報告しよう。軍に引き継いで特別部隊を編成してもらう必要がある」
「ちょいとラファエロ。あんた今、軍って言ったわよね?」
「ああ。それがどうした、ジョバンニ?」
ジョバンニさんがまた溜め息をついた。
「あんたも知っての通りこの国は百年以上他国と戦争してないのよ?城付きの兵隊たちなんてもう長いこと毎日の靴磨きとアイロンがけと休日のパレードくらいしかやってないのに、魔物相手に戦えると思う?」
「む....確かにそうだが....」
「あの、ラファエロさん、ジョバンニさん。ひとつよろしくて?」
ルクレティアちゃんが手を上げているのが見えた。
「まずは敵のことを調べるのはいかがですか?わたくし、図書館に知り合いがいますの。頼めば助けになってくれると思いますわ」
「調べる‥‥か。だがたった二つの名前だけで正体が掴めるものだろうか?」
ラファエロさんが呟く。
「その方がもし貴族なら貴族名鑑に載っておりますから調べていけば該当する家系はすぐ絞れますわ。貴族以外で苗字を持つ人はこの国には多くはありませんもの」
「なるほど、君は本当に頭がいいなあ」
ラファエロさんが感心して言った。彼はさっそく紙を取り出してその上にペンを走らせているようだった。
「魔王ヴァルグ...そして副官ディオ...と」
すると、しばらくの間一同の中に沈黙が走ったみたいだった。
「どうした、ジョバンニ?」
ラファエロさんが戸惑った様子で口を開く。
「おい、ジョバンニ、どうしたんだ?何があった?」
ラファエロさんがもう一度言った。
「う....嘘...よね?嘘......嘘だって言って?」
途端にジョバンニさんの悲痛な声が聞こえた。
そしてなんと、驚いたことにジョバンニさんが大声を上げて泣き出したんだ。
ボクはびっくりして厨房から飛び出し、ジョバンニさんの隣に座った。
そして彼にハンカチを差し出し、背中をさすった。
しばらく泣いてから、ジョバン二さんはようやく落ち着いた。
そしてこんなことをボクらに話しはじめたんだ。