ワシは庭師のジュゼッペですです。
ワシは、今まで自分はどちらかといえば貧しい生まれ育ちで、どちらかといえば他人よりも苦労をしてきた人生だったと思っておりましたです。
でもジョバンニの旦那の身の上を聞いてからは、その考えがすっかり変わってしまったです。
ワシは、人の身の上話で貰い泣きをしたのはこれが初めてです。
あのダンジョンでの冒険を終えて村から戻ってきた日の夕方、ジョバンニの旦那は話してくれたです。
旦那は、メルリーノという高名な魔法使いの子として生まれたらしいです。
そして旦那には双子の弟がいました。
ディオという名で、当たり前ですが、旦那に見た目も性質もそっくりだったのだそうです。
ところが、旦那のお父上は旦那が五歳くらいの時に亡くなってしまったのだそうです。
魔法実験の失敗が原因というお話でしたです。
それでお父上のお弟子たちは、旦那と弟さまが幼くして異常に強い魔力体質であられたのを見て恐れを抱き、別々のご家庭に養子にやったそうなのです。
それでジョバンニの旦那は、料理人の養子となったという話でした。
ところが、弟のディオさまは養子先に預けられた家庭の環境が悪く、だんだんと悪い事に手を出すようになってしまったのだとか。
旦那が弟のディオさまと最後に会ったのは、九歳の頃のことだったということです。
その頃には、ディオ様はもうすっかり悪に染まってしまっており、
魔法を使って物を盗むわ、動物は殺すわ、カンニングはするわでやりたい放題だったとか。
ジョバンニの旦那は呆れ果て、もう二度と会わないと心に誓ったものの、弟のことをずっと気にかけておられたようです。
ところがその後、旦那は風の噂でそのディオ様がとある大金持ちのご家庭に引き取られたとお聞きになったのだそうです。
それで旦那は一安心し、弟も金持ちの家で教育を受ければきっと更生して社会に適合できるようになるだろう、と考えておられたそうです。
.......ところがですです。
その、弟様を引き取った大金持ちというのが、アブレンツィオ地方に所領を持つヴァルグ伯爵だというのです。
この伯爵は、大金持ちでありながらあまり社交をお好みにならない変わった方だというもっぱらの噂だったのだそうです。
また、年齢もだいぶご高齢で、当時のディオ様のような幼い子を養子にするというのも不自然な気がした、ということでした。
ジョバンニの旦那は、ラファエロの旦那が書いた二つの名前を見ているうちにそれらのことを全て思い出し、思わず泣いてしまったとおっしゃいましたです。
そして弟ディオ様の養父が魔王、ご本人はその副官というまさかの事実に取り乱してしまったと。
ルクレティアお嬢様はお立ちになるとジョバンニの旦那に手を置いてこう慰められましたのです。
「ジョバンニさん、あなたの心の痛み、いかばかりでしょう。わたくしの治癒術で直してあげられないのが心苦しいですわ」
「いいのよルクレティアちゃん。これはあたしの勝手な個人的事情だから。あんたの気持ちだけで十分だわ」
するとラファエロの旦那がこう言ったのです。
「ジョバンニ、よく話してくれた。それを手がかりに明日図書館で調査しよう。詳細が分かればこれからの対策も立てやすくなる」
ラファエロの旦那はこう続けましたです。
「今日のところはこれで解散しよう。明日、経費申請の様式を忘れず提出してくれ」
「それからジュゼッペさんの労災届もですわ」
ルクレティアお嬢様が付け加えたです。
「ろ....労災?」
「そうですわ。労災届は遅滞なく提出が必要ですから」
「だ..だが休業の必要のない事案については確か届け出は不要だと...」
「それは単にわたくしの治療の結果によるものですわ。事故そのものは本質的に休業案件でしたわ。そうですわね、ジュゼッペさん?」
そう聞かれたワシはやや言葉に困りましたが、こう答えたです。
「ワシは難しいことはよく分かりませんが、あのときお嬢様が治療してくださらなかったら確実にワシは死んでいたです」
お嬢様はワシの答えを聞くとラファエロの旦那に向き直りましたです。
「ということは事故そのものは重大案件ですわ。今後の記録として労働安全衛生体制の改善のためにも書類を作成しておくべきですわ」
ラファエロの旦那は困った顔をしたですがやがて納得してこう言われたです。
「...確かに君の言う通りだな、ルクレティア嬢」
そして旦那はワシに向かってこう言われたです。
「ジュゼッペ。君は経費申請書に加えて斧の新調代の見積もりを出入り業者から取得してきて添えてくれ。それから労災届の様式はレティシア嬢が持っているからそれに記入してくれ。できるな?」
「旦那、ワシは...その...」
「どうした、ジュゼッペ?」
ワシは言いづらかったのですが、思い切って言ったのです。
「旦那。ワシは文字の読み書きができんのです」
* * * * * * * * * * *
あの時、ラファエロの旦那が骸骨みたいな虚ろな目になったのを見て、ワシは本当に申し訳なく思ったでです。
しかし、ワシは大人になるまでは木こり以外何もやった試しがなく、大人になってからも学校どころか本を読むことさえしてこなかったです。ですから仕方がないことなのです。
そうしてワシが申し訳なさそうにしていると、ルクレティアお嬢様が「代筆であっても文書は有効ですわ」とおっしゃってくださったです。
それで、ワシの書類は全てラファエロの旦那が代筆してくださることになって、ワシは一安心したですです。
その次の日のことでした。
ラファエロの旦那はワシを食堂に呼び出したですです。
そこには本をたくさん抱えたルクレティアお嬢様もいらしたです。
旦那は、厨房の中にいたジョバンニの旦那にも声をおかけになったです。
「なによぉもぉラファエロ...今忙しいんだから後にしてくんない?」
ジョバンニの旦那、そう言いながらもシェフ帽を脱いでワシらのテーブルに来てくださったです。
「皆んな、聞いてくれ」
ラファエロの旦那が切り出したです。
「ヴァルグ伯爵について詳細が判明した。彼は地方領主の中でもとりわけ勢力の強いいわゆる『国主』だ」
旦那はA4一枚にまとめた紙を皆んなに配りながら続けたです。その間ルクレティアお嬢様がこう補足されたです。
「もともとヴァルグ家は国境地帯を警護する騎士団を率いており、その功績を認められて領主よりも強い権力を持つ『国主』となったということですわ」
「この似顔絵って本当に実物見て描いたのかしら?なんか嘘くさいわ」
紙を一瞥したジョバンニの旦那がそう漏らしました。
「なぜだ?新聞記事からの機械転写だぞ。それなりの信頼性はあると思うが」
「ちょっとラファエロ、あたしが昨日言ったの忘れたの?こいつあたしの弟を養子にした時点で90歳だったのよ。こんな元気そうな顔してるわけないじゃない」
「ジョバンニさん、普通に考えればそうですけど、もう一つの可能性がありますわ?」
ルクレティアお嬢様がそう仰いましたです。
「もう一つの可能性?....」
ジョバンニの旦那はそう聞き返してから、何かに気づいたように息を呑まれましたです。
「..なるほど....そういうわけね...ならわかるわ...」
「どういうわけだ?ジョバンニ、ルクレティア嬢?」
ラファエロの旦那が怪訝な顔をなされたです。
「魔力の影響でずっと若いまま.....ってことよ」
「あるいは魔物そのものという可能性もありますわ」
ジョバンニの旦那とルクレティアお嬢様が続けてそう仰ったです。
しばらく一同が沈黙した後、ラファエロの旦那はこう仰いましたです。
「伯爵については他にもこんな情報がある。人と会うのを好まず、社交パーティにも出席しない。領民の扱いは悪くはなく、税金の取り立ても厳しくはないそうだがな」
「まあ当たりまえよね。老化の速度が普通の人間と違うんだったらそりゃパーティなんか出たくはないわよ。怪しまれるもの」
そこまで言ってからジョバンニの旦那は付け加えました。
「ま、あたしだったらパーティ出まくっちゃいそうだけどね。いつまでも二十代のままだったらもうモテまくり、より取り見取りだもん」
ワシには、昨日からちょっと落ち込みぎみだったジョバンニの旦那がカラ元気でそう仰っているように感じられて気の毒になりましたです。そこをラファエロの旦那が遮ったです。
「その話はいい。それより伯爵のもう一つの特徴は、新しい物好きでほうぼうからからくり仕掛けの時計や人形やらを買い集めているのだそうだ」
「あ、ボクそれ知ってます。ヴァルグ伯のからくり博物館って噂されるくらい一杯持ってるって」
フレデリコの坊やが厨房の奥からそう言ったです。
「フレデリコ、あんたはそうやって手を休めるんじゃないの。集中力無さすぎなのよあんたは」
そう叱られたフレデリコの坊やは舌を出して作業に戻りましたです。
「.....そっか....そういうことね。わかったわ」
ジョバンニの旦那はフレデリコ坊やを叱りつけたあと腕を組んで、何かに納得した様子でこう仰いましたです。
「どうしたジョバンニ?」
「あの石像よ。高度なからくりってわけ。今思えばあいつの身体の関節部分とか目のあたりとか、妙に真新しかったわ。少なくとも造られてから何年も経ったようなものじゃあなかった。そうすると.......」
「元々あった石像を誰かが改造したということですわね」
ルクレティアお嬢様があとを引き取られたです。するとこうラファエロの旦那が呟かれましたのです。
「あのダンジョンの件に伯爵が直接関わっているのはほぼ疑いない...ということだな」
旦那は顔を上げるとこうまとめられましたです。
「よし、ここまでの結論は俺が報告書にまとめて総務課のレティシア嬢に国王陛下宛で提出する」
「ふむ‥‥その必要はないのう」
声がしたほうを向いた途端、ワシらは全員目の玉が飛び出るほど驚いたです。
なぜって、食堂の入り口に国王陛下が立っておられたからです。