出撃!庶務騎士団   作:nocomimi

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判例は労働者の味方とは限りませんのですわ

またお会いいたしましたわね、

 

わたくしですわ。ルクレティア・ヴァン・ディアナですわ。

 

わたくし、国王陛下が会議にご出席なさった翌日、改めてラファエロ主任のところに参りましたの。

 

というのも、アルト村の洞窟で主任が破壊してしまった石像について、持ち主から訴えられる法的リスクがどうしても気になりましたのですわ。

 

わたくしが提案書を持ってラファエロ主任の席まで参りますと、彼は頭を掻きむしりながら呟いておられましたわ。

 

「昼食代2,500ルピー×4で10,000ルピー.....それに斧の新調で50,000ルピー....計60,000ルピー.....」

 

「あの....ラファエロさん?ちょっとよろしいかしら?」

 

わたくしがおずおずと声をおかけしましたら、主任は顔を上げられましたわ。

 

「ああ、ルクレティア嬢か。どうした?」

 

わたくし、咳払いしてから改めて説明いたしましたわ。

 

「ラファエロさん、わたくし以前申し上げました石像破壊による法的リスクへの対処について提案書をまとめましたの」

 

「て...提案書?」

 

「王国裁判所判例第450283号によりますと、たとえ他人の所有する施設に無断で侵入した場合であっても、施設において甚大な危険が放置されていた場合には施設所有者の責が認められる事例がありますの。ですから、あの石像が甚大な危険をもたらすものであったことが立証できれば訴訟された場合でも和解に持ち込むことが可能と思量いたしますわ」

 

ラファエロ主任はポカンと口を開けておられましたけど、わたくしは続けましたわ。

 

「ですから、ダンジョン探索から長期間が経過しないうちに当該石像の危険性について専門家の力を借りて鑑定書を作成しておくことをお勧めいたしますわ」

 

主任は目をぱちくりさせていましたけど、やがて口を開きましたわ。

 

「わ....わかった。提案書を置いておいてくれ。後で目を通すから」

 

その時でしたわ。庭師のジュゼッペさんが部屋の扉を開いて入ってこられましたわ。

 

「ジュゼッペか。見積書は入手できたか?」

 

主任が声をおかけになりましたわ。

 

「旦那......その.....」

 

ジュゼッペさんは少しモジモジしながら手に持った紙を主任にお渡しになりましたわ。

 

その紙に目を走らせた瞬間、主任の身体が凍り付いたようになりましたわ。

 

「じゅ....十万ルピー......?言ってた値段の二倍じゃないか......」

 

主任がそう呟かれましたわ。

 

「申し訳ねえです旦那。なんでも鉄が値上がりしたとかで...」

 

ジュゼッペさんは小さくなりながらそう仰いましたわ。

 

その時、ジョバンニさんが扉を開いて部屋に入ってこられましたわ。

 

ジョバンニさんはラファエロ主任に近づいてこう仰いましたわ。

 

「あら、レティシア姐さんはどこ行ったの?」

 

「あ...ああ。彼女は離席中だ。何か伝言があるなら伝えておくぞ」

 

我に返った主任がこう答えられましたわ。するとジョバンニさんが紙を主任にお渡しになりましたの。

 

「はい退職届。レティシア姐さんが戻ったら渡しといて」

 

「はぐぅはぁッ?」

 

その瞬間、ラファエロ主任は試合中の拳闘士が相手の拳を鳩尾に喰らったときのような呻き声を上げられましたわ。

 

「あとこれ休暇願。あたし明日から有給消化に入るから」

 

ラファエロ主任はジョバンニさんが押し付けてきた紙を両手に持ったまましばらく手を震わせておられましたが、やがて仰いましたわ。

 

「ま..待てジョバンニ。お前確か着任して半年経ってなかっただろ?有給休暇は半年以上勤務しなければ付与されない決まり...」

 

「あら、あたし十日くらい休日出勤してるもの。代休溜まってるはずでしょ?」

 

ジョバンニさんは腰に手を当ててこう仰いましたわ。

 

ちょうどその時、レティシアさんが扉を開いて入ってこられましたわ。

 

「レティシア嬢......ジョバンニがこれを....」

 

ラファエロ主任はおずおずと退職届と休暇願をレティシアさんにお渡しになりましたわ。

 

それを一瞥したレティシアさん、表情を変えずにこう言い放ちましたの。

 

「ジョバンニさん、残念ながらこの退職届は認められません。休暇願もです」

 

それを聞いたジョバンニさん、しばらく呆気に取られていましたけど、慌ててこう尋ねられましたわ。

 

「ちょ....ちょいと姐さん、どういうこと?認められないって。説明して頂戴よ!」

 

「王城職員規程第36条第2項を読んでみて。退職は希望日より一か月前の届け出が必要。それからもう知ってるだろうけど休暇願は希望日の一週間前までにね」

 

レティシアさんは冷徹な調子でこう続けられましたわ。

 

「規程の同条第3項には『退職者は十分な引継ぎを行い、その他王城の指示する業務を完了しなければならない』とあるわ。従って明日から有給消化に入ることは認められないわ」

 

それを聞いたジョバンニさん、顔を真っ赤にしておられましたけど、とうとうこう叫ばれましたの。

 

「なんなのよそれ!仕事を辞めることも認められないってどういうこと?こんなの王国労働法違反だわ!」

 

ジョバンニさん、わたくしの方を向いてこう尋ねられましたわ。

 

「そうよね、ルクレティアちゃん!労働者には退職の自由があるはずよね?」

 

わたくし、過去の判例を全て思い返しながら慎重に言葉を探し、一呼吸してこう答えましたわ。

 

「ジョバンニさん、労働者に退職の自由があるのは原則的にはそうですわ。ですが、レティシアさんが仰った職員規程の内容も公序良俗に照らして逸脱しているとまでは認められないものですわ。また王国裁判所判例第5324509号等によると、退職者が引継ぎをしなかったことによる使用者側の損害が一部認められた例もあるのですわ」

 

それを聞いたジョバンニさん、絶望した顔でわたくしを見つめられましたわ。

 

正直なところ、わたくし、とても胸が痛みましたわ。でも、わたくし法科大学院卒業後に王国裁判所で受けた研修の内容を忘れてはいませんでしたわ。わたくしの教官は聖典の一節を引用して「あなたたちは不正なさばきをしてはならない。あなたは弱い者を偏ってかばったり、力ある者におもねってはならない」とわたくしに言いましたわ。ですから、わたくし、いくら労働者のためとはいえ法を曲げることはできない、と心を鬼にしたのですわ。

 

すると、レティシアさんが何事もなかった顔でこう仰いましたわ。

 

「ところでプロジェクトチームに国王陛下から新たな指示があります。これから説明しますからその場で聞いてください」

 

ラファエロ主任はすぐに居住まいを正しておられました。でも、ジョバンニさんは拳を握り締めながら身体を震わせたまま。

 

ジュゼッペさんはこう呟かれましたわ。

 

「ワシには難しいことは分かりませんが、斧が間に合うかどうかが心配なのです」

 

* * * * * * * * * 

 

「人気廃墟スポット『天空の砦』で行方不明者続出....ですか?」

 

ラファエロ主任はこう尋ねられましたわ。

 

「そう。報告が出始めたのが一週間前。観光客が山を登り降りしているうち忽然と姿を消すっていう訴えが出ているのよ」

 

「そ....それをあたしたちにどうしろってわけ?」

 

やっと平静さを取り戻したジョバンニさんがそう聞かれましたわ。

 

「プロジェクトチームは状況を確認しその原因を追究、可能なら除去し原状を取り戻す事。これが国王陛下からの指示内容です」

 

レティシアさんは淀みなく答えられましたわ。

 

しばらくの間私たちのうちに沈黙が走りましたわ。

 

でもジョバンニさんがこう仰いましたの。

 

「.....それってまた長距離歩き回るってことよね?っていうか廃墟でしょ?そんなの札立てて立入禁止にしちゃえば済む話じゃなくって?」

 

「方法は任せます。ただ、国王陛下は行方不明の原因について懸念しておられますのでそれがチームのミッションの要点になります」

 

レティシアさんはジョヴァンニさんの言葉にはほとんど耳を傾けずにそう言われましたわ。するとラファエロ主任が呟かれましたの。

 

「当該の砦とその周辺の山道を含めるとかなりの広さです。そうすると一日や二日の出張では済まない可能性がある。その点は如何でしょう、レティシア嬢?」

 

「その通りね。状況確認にはある程度の期間が必要と考えられるわ。ですから本件による出張にかかる費用も陛下は既に心づもりしておられるからその点は安心して頂戴」

 

レティシアさんはそう請け合いましたわ。

 

「あ...あたしは料理人よ?どうしてわざわざ山に登って廃墟めぐりとかしなきゃならないわけ....?冗談じゃないわ」

 

ジョバンニさんはいまだに納得していない様子でしたわ。

 

「業務命令です。王城職員規程第8条には『王城は、業務上必要がある場合に、職員に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある』とあるわ」

 

レティシアさんが眉ひとつ動かさずに言うと、ジョバンニさんはとうとう諦めたように項垂れましたわ。

 

するとその瞬間、驚いたことに国王陛下が扉を開けて部屋に入ってこられましたわ。

 

わたくしたちは反射的に直立不動になりましたわ。

 

すると陛下は鷹揚に手を上げてこう仰いましたわ。

 

「くるしゅうない。そのままでよいから、聞いてほしいのう」

 

陛下はこう続けられましたわ。

 

「詳細はレティシアの話した通り。庶務課、ちょっと見てきてくれんかのう?」

 

「恐れながら陛下...私は庶務課ではなく経理課です」

 

ラファエロ主任は小声で恐る恐る陛下にそう申し上げておられましたわ。

 

「ん?..........もしかして庶務課って王城には無かったんかいのう?」

 

陛下はレティシアさんのほうを顧みてこう仰いましたわ。

 

「庶務課ではなくここは総務部ですわね、陛下」

 

レティシアさんはそうお答えになりましたわ。

 

「じゃあ、今日からこの四人を庶務課にするってことでいいんではないかのう?」

 

陛下が仰ると、レティシアさんがこう上奏されましたわ。

 

「この四人はもともと所属課が決まっておりますから、特別プロジェクトチームという位置づけです。新たにプロジェクトチームの名前を命名なさってはいかがですか、陛下?」

 

すると陛下はしばらく腕組みして思案した後こう仰せられましたわ。

 

「じゃ、君らは『庶務騎士団』って名前にしようか。それでいいのう?」

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