てなわけで、俺、ラファエロと三人の仲間たちは、『庶務騎士団』というプロジェクトチーム名を国王陛下から賜ったのである。
まったく....本当にテキトーな......いや..そうではない......「名は体を表す」といった適切な?名称だ。そうだ。そうなのだ。
.......まあいい。
で、俺たちは翌日、セバスチャンの御する馬車に乗って当該の場所に向かった。
『天空の砦』は、何も空に浮いているわけではない。
王都から数時間の場所にある小高い山の上にかつて建てられた砦が、長い平和の時代を経て不要となり打ち捨てられたものなのだ。
俺たちは山の麓で馬車を降りた。今回は近くに宿屋などはないので、馬車で現場近くに移動し、セバスチャンを待たせた状態で調査することにした。
「旦那がたぁ初めてなのかい?あっしぁ女房と一緒に何回も来てますぜぃ」
馬車を止めるとセバスチャンは言った。
「眺めは最高、空気はうまい、言うことなしの名所でさぁ!ま、楽しんで行ってきなせぇ!」
セバスチャンの声を背中に受けながら、俺たちは山道を登り始めた。
平日とはいえ、ちらほらと同じ道を行く者たちがいる。引退した老夫婦や、まだ仕事についていないであろう学生たちのカップルが多い。
ジョヴァンニは最初から機嫌が悪かったが、登攀し始めて五分もしないうちに悪態をつき始めた。
「どうして好き好んで山なんか登るわけ?馬鹿と煙は高いところに登りたがるってそのまんまじゃないの。ッたく」
ブツブツと言うジョヴァンニの横で、俺とジュゼッペは歩きながら斧の新調について相談をしていた。
「旦那....やっぱりこの斧だと、魔物と戦うときは力づくで行けばいいとしても、木を斬るのには難儀しそうです。それに木の断面が汚いと後で加工するとき手間がかかるです」
「うむ...やむを得んな。稟議規程では10万ルピーを超える出費はアカウンタス伯爵の印鑑が必要なんだが、今度伯爵が出勤されたとき俺から頼んでおくことにする」
「済まねえです、旦那」
天気は良く、頭上からの日差しが心地よい。昼食は既に途中で済ませてあったが、頂上に登るまでの道のりはちょっとしたハイキングだから後で小腹が減りそうだ。
「皆さま、ご覧になって。少しづつ見えて参りましたわ」
ルクレティア嬢が坂道の上を指さした。ルクレティア嬢は俺やジュゼッペと全く同じペースで歩いているのに平気な顔をしているのが相変わらず驚きだった。
彼女が指差す方角を見ると、つづら折りの坂道の上方に重厚な石造りの砦が姿を表していた。
そそり立つその壁は年月の経過により黒っぽく変色している。窓や屋根はとうに崩れ落ちていて、言ってみれば建物の骸骨のような様相になっている。もし夜間に訪問したらさぞかしスリル満点の肝試しになるだろう。
ジョヴァンニは興味を持たず、相変わらず愚痴をこぼしている。魔法使いの杖で体を支えながら足を引きずるようにして俺たちの後ろから辛うじてついてきていた。
「ッたく.........ハァ...誰が..ハァ..好き好んで...ハァ..こんなカップルだらけの...場所に....ハァ....」
「ジョヴァンニ。もうすぐ着くぞ。そしたら小休止だ」
俺はそう励ましたが返事はなかった。
俺はフレデリコから聞いて知っていた。ジョヴァンニは転職と同時にパートナー(彼女だったか?彼氏だったか?)と別れたらしい。
彼はそのような人生の決断を伴って王城の厨房へ転職してきた。なのに、陛下からあんなぞんざいな言い方で.....いや...違った....陛下のやんごとなき政治的決断により.....料理人としての自分の任務を格下げされてしまったのだ。
その心中の無念さは、この俺にもある程度推し量ることはできる。
俺にとっては、経理の仕事に就いたことは、実のところ親父の意向に従ってプロの剣士にならずに済ませるための方便という側面もあった。だから経理の仕事への愛着はさほど強くはない。
だがジョヴァンニは常々自らを料理の芸術家と自認していたのだ。
俺は彼に慰めの言葉の一つでもかけてやりたかったが、思い浮かばなかった。
一時間ほどもかけてようやく頂上に到着すると、俺は小休止を告げた。
ついで、出勤途中に買っておいた菓子パンと筒に入った茶を全員に配った。
「まあ、感謝しますわ。こんな眺めのいい場所で甘い物がいただけるなんて!」
ルクレティア嬢が声を上げた。彼女が喜んでくれたのは嬉しかったが、俺は彼女がいつものように祈りを捧げ始める前に全速力で自分の菓子パンの包みを破り、食らいついた。
「おいジョヴァンニ、口に合うかはわからんが栄養補給しておけ」
俺は石に腰掛けて肩で息をしているジョヴァンニに声をかけた。
「...こんな駅前の便利屋商店の安物のパン、あたしが喜ぶとでも思う?」
ジョヴァンニはそう悪態をついたが、結局すぐに食べ始めた。
「ワシは難しいことはわかりませんが、セバスチャンが言った通りだったのです」
ジュゼッペがそう言いながら山頂から見える風景を指し示した。眼下には川の流れがきらめく平原が広がり、遠くには王都までが見渡せる。絶景スポットとしては噂に違わない。
他の登山客たちも、携帯式魔法電動画像転写装置をかざして自分たちの姿をフレームに収めている。
「スイマセン....一枚撮ってもらえますか?」
若い男が俺のところにやってきて声を掛けてきた。
見ると、同じくらいの歳の若い女と二人連れで来ているらしい。
「ああ。構わんよ」
俺はそう言うと彼から装置を受け取り、二人のカップルが並んだところをフレームにおさめて何度かボタンを押した。
「仲良きことをは美しきかな、ですわね」
俺に礼を言って立ち去るカップルを見送りながらルクレティア嬢が呟く。
「フン...どうせすぐ別れるわよ、あんなの」
ジョヴァンニがまた悪態をついた。
「付き合ってるときは相手のいいトコしか見えないけど、人生の転機に差し掛かったときってね、相手の本当の姿が見えるのよ」
彼は誰にともなく続けた。
「きっとそうなのでしょうね。わたくし、男性とお付き合いした経験はございませんけど、なんとなくわかりますわ」
ルクレティア嬢が言う。
「神とともに歩む人生も同じですわ。物事がうまく行っているときは感謝と賛美を捧げるのは簡単ですわ。でも、試練が訪れたときにこそわたくしたちの本当の姿が明るみに出ますの。その時に神への操の誓いを守れるかどうかが.....」
「ちょっとぉ。あたしそういう話してるんじゃないんだけど」
噛み合わない会話にジョヴァンニが苦笑いしながら言った。だが彼はルクレティア嬢のトンチンカンな受け答えのおかげで、かえって心が
「ねえ、ルクレティアちゃん。立ち入ったこと聞いていい?」
「もちろんですわ、ジョヴァンニさん。お聞きになって?」
「あんた修道女でしょ?男禁止なのって、辛くないの?不自由だって感じない?」
ジョヴァンニに尋ねられてルクレティア嬢は微笑んだ。
「いいえ。修道女はまさに神と婚姻したも同然の身ですもの。それに......」
彼女は遠くの風景に目をやりながら呟くように言った。
「神への奉仕に専心すること、それこそがわたくしにとっての『自由』ですわ」
「.....はぁ.......そ.....そうなのね」
ジョヴァンニは顔を固まらせながらそう相槌を打った。
俺もルクレティア嬢の言っていることは全く意味がわからなかった。
.....だが、ずっと後になってその意味を知ることになったのだが。
ともあれ、俺たちは他の登山客と同じように景色を堪能した後、やっとのことでジョヴァンニに重い腰を上げさせ、周囲の調査に入った。
行方不明事案発生の詳しい状況を調べなければならない。
砦は差し渡し百メートル四方ほどの大きさだ。あちこちが崩落しているので、その内部にわざわざ入っていくDQNはそれほど多くはないと聞いていた。
行方不明者が出る原因として俺は砦よりも周囲の山道を疑った。最近では稀になったとはいえ、この王国にもかつては山賊といった連中が存在していたからだ。
だとすれば、そのような連中が身を隠せる場所があるかもしれない。
俺は仲間たちとともに、周囲の登山客に対して聞き込みを開始した。
「人が隠れられそうな怪しい場所?さあなあ.....ワシらはもう何度も来ているがそんな場所は....」
俺が声をかけた初老の紳士が答えた。
「ねえ、あなた。そういえば最近、『願いの洞窟』っていう新しいスポットができたって話よ?」
その紳士のご夫人が言った。
「それはどこにあるのですか?」
俺は尋ねた。
「さあ、わたしたちもよく知らないんだけど、反対側の登山道を少し降ったところにあるって話だわよ。なんでも縁結びのご利益があるからカップルに人気なんですって」
俺は二人に礼を言うと仲間たちに向き直った。
「よし、調べに行こう」
「カップル、カップルってもううんざりだわ」
ジョヴァンニはまた機嫌が悪くなったらしい。
俺たちは教わった登山道に入り、山を下っていった。
五分ほども下ると、確かに立て札があり『願いの洞窟』と下手くそな字で書かれている。矢印に従って分岐を進んでいくと、ほどなく岩壁に掘られた洞窟に行き当たった。
「なんだ、人手で掘られたものじゃないか」
俺は見上げると呟いた。
視線を下ろすと、先ほどのとは別の老夫婦が出てくる。俺と目が合うと微笑みながら会釈して登山道を降りていった。
「ともかく調べよう」
俺がそう言って先に立って中に入るとジュゼッペとルクレティア嬢が続いた。ジョヴァンニも溜め息をつきながらついてきた。
洞窟は奥行き十メートルもない。突き当りには願いをかけるための井戸が掘ってあった。だがそれも雑な作りで、しかも最近掘られたのがわかるほどに岩盤にノミを当てた跡が生々しい。
試しに俺はジョヴァンニに尋ねてみた。
「おい、魔力を感じるか?」
「感じるわけないでしょ。バカみたい。こんなの観光客向けの子供だましじゃないの」
するとルクレティア嬢が顔を上げた。
「奇妙ですわね」
「何がだね、ルクレティア嬢?」
俺が尋ねると彼女は顎に片手を当てて続けた。
「この辺りに観光客を誘引したところで利益を得る者はいませんわ。砦はただの廃墟だし、山の麓にも商店や茶屋はありませんでしたもの」
「確かにそうだな....」
俺も腕を組んで呟いた。
「.....では一体誰が...」
その瞬間ルクレティア嬢が叫んだ。
「罠ですわ!」
途端に洞窟の床が2つに分かれた。床の砂や土がたちまち吸い込まれていく。
そして俺たちも、抵抗する暇もなく同じように床の割れ目に吸い込まれていった。