儂の名はグロブリン卿である。
儂はゴブリンの大王であり、数多いゴブリンたちの中で最も強く、最も長寿で、最も賢い者なのである。
(ちなみに、卿と名乗っているのはなんとなく偉そうだからそう名乗ることに自分で決めたのである。)
儂は、手下どもを率いて、人間たちがかつて建てた砦の下に掘られていた脱出用トンネルを占拠し、これを拡張し、我らゴブリンの住処としたのである。
これぞゴブリン地下帝国!
ゴブリンは略奪と盗みを常とするが、この儂はさらに賢い方法を考えた。
この砦の建つ山の登山道の途中に罠を仕掛けておいたのだ。
そうすると愚かな人間どもが引っ掛かること、引っ掛かること。
すなわち、儂らが仕立て上げた偽の観光名所の洞窟に人間どもが入ってくるたびごとに、床を開いて転落させては捕まえていたのだ。
引っ掛かった人間どもは腹を空かせた部下たちの恰好の餌となった。
どうだ、賢いだろう、儂。
ちなみに、儂はグルメなので調理する寸前まで人間を痛めつけたり殺すことはしない。また、肉づきの乏しい年寄りには手を出さなかった。
そんなある日のこと、儂の前に四人の人間どもが引っ立てられてきおった。
縄でぐるぐる巻きに縛られた人間どもを見ると、若い剣士が一人、同じくらいの齢の魔法使いが一人、また黒い地味な装束を着た若い女が一人。
この女は儂の専用ディナーにすることに決めたので、弄ってはならないと部下たちに厳命しておいた。
また、大型のドワーフのようなムックリとした体格の中年男も部下たちに担がれて運ばれてきた。この髭もじゃの男は罠にかかったときに頭を打ったらしく気絶していた。鮮度が落ちるといけないので手下どもに何度も確認させたが、まだ死んではいないということだ。
まだ年寄りという年齢でもないし、肉も沢山ついているから、部下たちの食事としては上々だろう。
この四人の人間どもが儂の玉座の前に引っ立てられてくると、剣士の奴が無礼にも口を開きおった。
「くそッ....貴様らがあの罠で人を攫っていたんだな。行方不明になった人たちをどこへやったんだ?」
儂は鷹揚に答えてやった。
「この儂の賢さを思い知ったか?儂の罠に引っ掛かった人間どもはどこを探しても見当たらんだろう。なぜなら儂の考えによって残りカスさえ消し去る完璧なエコシステムを構築したのだからな。きょうび、ゴブリンも地球に優しくなくてはならん」
儂がそう言うと、剣士の奴はやや驚いたらしい。
「貴様人語を解するのか。ヴァルグに教わったのか?」
今度は儂のほうが驚く番だった。ヴァルグさまの名前を人間から聞くとは意外だ。
「ほう...ヴァルグさまの名を知っているとは少しは勉強しているらしいな」
儂は王笏を手に持つと、奴らの前に立ち上がって見下ろしてやった。儂の身長は二メートル、体重は三百キロもあるのだ。
「ヴァルグさまは我ら魔族を理解して下さる唯一のお方。あの方の援助と庇護のおかげで儂らは今の繁栄を取り戻すことができたのだ」
「ということはオークの族長グルマフとも仲間なんだな?」
剣士が尋ねてきた。
「ふむ、随分詳しいな‥‥そういえば噂ではあやつは人間の剣士に殺されたと聞いたが、ひょっとして貴様がやったのか?」
儂はそう返したが、剣士は黙っていた。
「まあよい。儂はオークの一人や二人が死のうがどうでも良い。来るべき魔族の国で儂らゴブリンの領地が広くなるだけだからな」
儂はそう言うと、部下たちのうちの通訳係を傍らに呼び寄せた。
「儂らゴブリンは人目を忍んでコソコソと盗みを働き、隠れて暮らしている。だがその時代ももうすぐ終わるのだ!我らはかつてのように、広い地上に出て縦横無尽に活動し、人間から奪い、恐怖を与えるのだ」
儂の演説を通訳係が逐一翻訳する。それを聞くと手下どもは大いに拍手し歓声を上げた。
なぜわざわざ人間語で話してゴブリン語に通訳させるのかって?
それは人間どもに恐れと絶望を与えるという儂の賢い戦略ゆえなのだ。
剣士の奴、ギリギリと歯ぎしりしながら儂を睨みよる。だが奴らは縄で縛られているうえ、奴らの武器は全て部下に取り上げさせ、儂の足元に置かれていた。ワハハ。
「俺たちをどうする気だ?」
また無礼にも剣士が口を開きおった。
鷹揚で寛大な儂も、ここは少し教育が必要と思ったので部下に目配せした。部下が棍棒で剣士の頭をポカリと殴ると、奴は「イテッ」と叫んだ。
「このグロブリン卿に物を申すときは礼儀をわきまえよ。儂は大王なるぞ」
そう言うと儂は儂の玉座の横に設えられた儂のキッチンを王笏で指し示した。
「お前たち人間どもは儂らの食料となる。ここが儂の調理場だ。儂は料理が趣味での。せいぜい豪華な料理にしてやるから安心せい」
「ちょっと、あんた料理って言ったわね?」
今まで黙っていた魔法使いが突然口を開いた。
「....って大王様、かしら?。今料理ってお言い?だったらあたし本職だけど。あたしにやらせて頂戴よ」
魔法使いが言い直した。
「本職だと?偽りを申したら承知せぬぞ」
儂が言うと若い魔法使いが答えた。
「あたしこう見えても三ツ星ホテルの元シェフよ、今は王様お抱えの宮廷料理人だけど」
「何?...宮廷料理人だと?」
儂は驚いた。
「なぜ宮廷料理人がこんなところにいる?」
「そりゃあ...」
魔法使いは口ごもったが、すぐ答えた。
「どうも王様にはあたしの高尚な料理が理解できないみたいなのよね。舌オンチなのよ。だから魔法使いと兼業させられているわけ。でも正直辞めようと思ってたのよね。あんたが雇ってくれるなら転職するわよ」
「ジョバンニ!裏切るのか?」
剣士が血相を変えて叫んだ。
「あんたは黙ってて。どうせ社畜のあんたにあたしの気持ちなんかわかるわけないでしょ」
魔法使いは冷たく剣士をあしらうと続けた。
「あたしだったら古今東西の調理法なんでもござれよ。大王様だってたまにはいつもと違う味を楽しみたいんじゃないの?」
「ふうむ...そこまで申すならば腕を見せてもらおうか」
儂は部下に命じて魔法使いの縄を解かせた。部下は心配そうな顔をしたが、魔法使いの杖は取り上げて部下たちが見張っているし、ヒョロヒョロのこの男が万が一暴れたところで儂の体格ならば簡単に取り押さえられるだろう。
「よし、では入社テストだ。こいつを調理してみろ」
儂は部下に命じ、気絶したままの髭もじゃ男を調理台の上に運び上げさせた。
「じゃ、まず包丁を貸して?」
魔法使いがローブを脱ぎながら言う。
「包丁じゃと?武器を与えた途端暴れるつもりではないだろうな」
「素手じゃ流石のあたしも料理なんかできないわよ。あんたが不安ならペティナイフでもなんでもいいから貸して頂戴よ」
「ううむ、ならよいだろうう」
儂は部下に命じて小刀を一本渡させた。
「ヘタな真似をしたら承知せんからな。で、どうするのじゃ?」
「まず血抜きしなきゃならないわ」
魔法使いが言った。
「血抜きだと?貴様やはり料理は素人だろう。儂らゴブリンは人の血が好物なんじゃぞ」
すると魔法使いは人差し指を立てるとチッチッと舌を鳴らした。
「あたしが食材を無駄にすると思う?血は集めておいて後で腸に詰めるのよ。それで茹でるわけ」
それを聞いた儂は自分の顔が輝いていくのを感じた。
「なるほど、そんな喰い方があったのか。ならやってみろ」
儂は久しぶりにいつもと一味違うディナーになることを期待して胸が躍った。
ところがその瞬間、魔法使いの人差し指の先端に光の塊のようなものが宿ったかと思うと、小さな雷が飛び出してきた。
儂は雷に鼻面を直撃され、思わず顔を手で覆って後ろに下がった。
儂の耳に雷が続けて発射される鋭い音が聞こえた。部下たちがバタバタと倒れる音が響く。
目を上げると、魔法使いの男が剣士と若い女の縄をナイフで切っているところだった。
「貴様ぁぁぁぁぁッ....!」
儂は怒り心頭に発して怒鳴った。だがそれと同時に冷静な計算をも忘れなった。
儂は、調理台の上に乗っている髭もじゃの男を片手でむんずと掴むと自分の顔の前にかざした。
「この男の命が惜しければ降伏せい。もしこれ以上暴れるなら儂がこいつを喰らってやるぞ」
儂がそう告げると、魔法使いはこちらを見て動きを止めた。丁度剣士の縄の結び目を切ったところだった。剣士は縄を自分の身体から取り去りながら悔しそうな顔でを儂を睨んだ。
「どうじゃ?仲間の命が惜しければ動けまい。お前らが言うことを聞くまで、この男の鼻や耳を少しづつ齧り取ってやってもよいのじゃぞ」
賢い儂はそう脅してやった。人間どもは、なぜだか知らんが仲間の死を極端に嫌う性質があるから、こうやって脅すとすぐ言うことを聞くのだ。しかも、髭男の身体は儂の顔の前にあるから、魔法使いが雷を発射したら仲間に当たってしまう。完璧だ。
魔法使いは観念してナイフを落とした。
儂は勝利を確信した。だがその途端、魔法使いは人差し指をこちらに向けて叫んだ。
「ジュゼッペ....許して!」
雷がそやつの指から発射され、髭もじゃ男の後頭部に当たった。
その途端、その男の髪と髭が一気に逆立ち、男は身体を震わせながら両目をクワっと見開いた。
儂はその男と目と目を合わせることになった。
次の瞬間その男は叫んだ。
「あんたの口!酷いニオイなのです!なぜ歯を磨かんのです!」
なんと無礼な奴。儂は思わずカッとなって、その男を頭から喰おうと口を開けた。
ところが、男が身じろぎすると、その身体を縛っていた縄が糸のようにプッツリと切れたのである。
そして、男は儂の上顎と下顎に手をかけて必死で抵抗した。
無駄なことだと儂は内心せせら笑い、一気に顎に力を入れた。
だが、驚いたことに、奴の力は思いのほか強く、儂が顎を閉じようとしてもできない。
儂は苛立って奴を放り出すと、王笏を両手に持って奴の頭上から振り下ろした。
ところが男はそれを両手で受け止めると、唸り声を上げながら王笏を押し上げてくる。
信じがたいことだった。儂は体格では遥かに優っているのに、このドワーフをちょっと大型にしたような男が少しづつ押し返してきたからだ。
儂がその男と競り合っていると、部下たちが儂に声援を送ってきた。だが人間どもも男に声援を送る。
「頑張れ!ジュゼッペ!」
屈辱的なことに、儂はとうとう背後の壁際まで追い詰められた。
「ぬおおおおおおおお!」
男は唸り声を上げると、一気に儂を押してきた。儂は後頭部を壁にぶつけ、思わず王笏から手を離して座り込んでしまった。
すると男は奪った王笏を振り上げ、それで思い切り儂の頭を殴った。
「ボグッ」というイイ音がした。
そうして儂の意識は暗闇の中に沈んでいったのである。