法定外休日と法定休日の出勤に深夜勤務でその割増倍率は?
てなわけで、レティシア嬢経由で国王陛下の出撃命令を受けた翌日のこと。
俺、ラファエロは仲間三人を連れて王家の墓所を見渡せる場所にある宿屋に部屋を取った。
墓所は王都にあるとはいえ城からは遠いし、継続的な監視を行うには近くに貼りついている必要がある。
だが幸いなことに、墓所には王家の墓だけではなく王家に近い貴族たちの墓も併設されているので、遠方からの墓参り客が時々やってくる。
そのため、近くに宿屋が整備されていたのは我々にとって僥倖だった。
で、俺たち四人は輪番を組んで墓所の監視にあたることになった。
とはいえ王家の墓所は数ヘクタールもある広大なものだ。
だから、監視は宿屋の中からではなく屋上に立って行う必要があった。
そこで俺たちは話し合いを持って当番を決めようとしたが、そこでひと悶着があったのである。
「あ....あたし夜中はお断りだからね!」
最初にジョバンニが言い出した。
「...それ、つまり怖いからってことか?」
俺は単刀直入に尋ねた。
「もう臆病者とでも何とでも言って頂戴!あたしは絶対嫌だから!誰がなんと言おうとダメなの、そういうの!」
俺は溜め息をついた。
なら、初日の夜中は俺が担当するということでいいだろう。残り三人を朝から夕方までにうまく割り当てて、俺たちはその次の日の輪番を決める作業に取り掛かった。
ところがジュゼッペが次に口を開いた。
「旦那....申し訳ねえですが...ワシは夜9時より遅くに寝たためしがねえのです...」
ジュゼッペの口は穏やかなものだったが、同時に有無を言わさない断定的なものでもあった。
俺は一瞬固まってしまったが、すぐに諦めて溜め息をついた。
なら、二日目の夜中も俺が担当するということでいいだろう。俺たちは三日目の輪番に取り掛かった。
すると次にルクレティア嬢が口を開いた。
「申し訳ありませんわ、ラファエロさん。わたくし、その日の夜は徹夜祈祷の当番ですの」
「て...徹夜祈祷?」
俺はよく理解できず尋ねた。
「修道女会では当番制で祈る者を決め、二十四時間体制で王国の安寧のために祈っておりますわ。丁度折あしくその日のその時間帯がわたくしの番ですので、残念ながらこちらの仕事はできませんわ」
それを聞いてしばらく俺は固まっていたが、どうやら絶対に動かせない事情であるということはなんとなく理解できた。
結局、三日目の夜中も俺の当番となったわけだ。
俺はふと考えた。
これらの監視が休日に差し掛かったとき、俺は休日勤務の深夜労働を行うことになる。
そうすると賃金の割増率はどうなるのだろう。
俺は、割増賃金で自分の懐が暖かくなることを楽しみにしてそう思ったのではない。
そうではなく、これらも当然王城の出費であるから遅かれ早かれ全体の財務諸表に響いてくる。
もし騎士団の活動が今後も続くのであるなら、なんやかんやでこんなふうに支出の部が膨れ上がっていくことは避けられないだろう。
今回の件についても、国王陛下は予算を心づもりしておられるとレティシア嬢は請け合っていた。
...だが、俺は知っていた。陛下が「ま...なんとかなるじゃろう」と仰せられたことを、レティシア嬢は言葉を変えてそう表現しているに過ぎないことを...
俺はふと、傍らに座ったルクレティア嬢に声をかけてみた。
「ルクレティア嬢、もし知っていたら教えて欲しいのだが」
「何なりと、ラファエロさん。わたくしにわかることでしたら」
「もしも休日に深夜労働を行った場合にはその賃金の割増率はいくらになるのだろうか?」
「それはその休日が法定休日か法定外休日かによって違いが出て参りますわ」
「ほ....法定休日と法定外休日...?」
俺はそれを聞いた瞬間に頭がくらくらした。
俺は今まで、経理担当だけあってもちろん数字には強いつもりだった。だが、そこに面倒な法律の話が加わってくると途端にややこしさが倍増する。
「あ....でもお待ちになってラファエロさん。そもそも王城との間で締結された協定に法定休日における労働を命ずることができる旨は記載されているのかしら?まずはそこからですわ」
ルクレティア嬢がまた協定の話を蒸し返し始めたので、俺はそこで了解したふりをして会話を打ち切ることにした。恐ろしく面倒な話になるとわかっていたからだ。
俺は墓守りとの打合せに行くと称してその場を脱出した。
部屋の前で一息つくと、俺は宿屋から出て目の前にある王墓の敷地に入っていった。
時刻はまだ昼過ぎだから幽霊が出るような雰囲気ではもちろんない。
立派な柵に設えられた扉をくぐり、石畳の道を進んでいくと、やがて木組みの小屋が前方に見えてきた。墓守り小屋だ。
俺が小屋の扉を叩いてしばらくすると、誰かが室内を歩いてくる音がして、やがてドアが開いた。
だが、姿を見せた中年の墓守りは俺を見たとたん悲鳴を上げた。
「おい、しっかりしろ。俺は苦情対応のため王城から派遣された者だ」
俺は改めて所属課と肩書とともに自分の名を名乗った。
「へ...へえ。旦那、それはご苦労様です....申し訳ありません、取り乱しちまって」
「一体どうした?聞いた話だと幽霊が出るのは夜中が多いということだったが」
「へ...へい。仰る通りです。だけど、その幽霊ってのが、その、旦那みたいな恰好したのばっかりなんでして、それでつい....」
墓守りがそう言うので俺は視線を下ろして自分の恰好を眺めてみた。
俺は万一魔物が出現した場合に備えて頭から鎖帷子を着て、腰には長剣を提げていた。
「つまり、剣士の服装をした幽霊が多く出る、ということだな?」
「さようです、旦那」
墓守りは何度も頷いた。
「出現の時間帯は厳密に決まってはいないということだな?」
俺は確認した。
「へい。夜中が多いのは確かですが、日暮れ時や夜明け前に出たこともありやすから、その辺はなんとも......」
俺は腕組みして考えた。やはり最初予想したとおり継続監視が必要だ。
「だが、真っ昼間に出るということはないんだな?」
「へ...へい。ですが....」
墓守りが言葉を濁す。
「ですが....なんだ?」
「じ....実は、真っ昼間でも不思議な声が聞こえることはあるんでさあ....」
「声..だと?」
「さようでごぜえます。人が誰もいないのに話をする声が聞こえるんでごぜえます」
「それはどんな声だ?」
俺は尋ねた。
「若い男の声でごぜえます。ぶつぶつ独り言を言ったりとか、時々高笑いしたりとかでございます」
ますます不可思議な話だ。
「場所はどこだ?」
「へえ、現王陛下の三代前の王陛下の墓所でございます」
俺はそれらを心に留めておくと、墓守りに礼を言ってその小屋を出た。
だが、幽霊が出なくとも声が聞こえるというのは、考えようによっては手がかりが得られる機会と言えなくもない。
その声の主が突き止められれば、現象の原因に辿り着けるかも知れないからだ。
俺は決意した。スタンドプレーにはなるが、一人で墓所を見張ってその不思議な声の真相を突き止めてみよう。
墓守りの小屋の前にある案内図を見ると、歴代王家の墓地が中央の区画に密集して配置されており、その外周はすべて貴族たちの墓だ。
教わった場所を目指して石畳の上を歩いていく。通路の左右に植えられた高木の葉の間を昼過ぎの明るい陽射しが通り抜けてくる。たとえ墓場であったとしても、この時間帯なら静かで気持ちの良い散歩と言えなくもない。
少し歩くと俺は目的地についた。墓はこんもりと盛り上がった丘の形に形成されており、その中腹に開けられた穴から墓前に参ることができるようになっている。
その穴は高さ二メートルほどで、ちょっとしたダンジョンの入り口のようにも見える。俺は一瞬躊躇ったが結局足を踏み出し、中に入っていった。
内部は幅五メートル、奥行き十メートルほどの広さがある。入り口から差し込む光を頼りに目を凝らすと、壁一面に王の生涯を描いた絵が描かれていることがわかる。
俺はやや不敬かとは思ったが、手近の床に座り込んでしばらく待つことにした。
念のため剣を抜いて足元に置き、墓内部の壁にもたれ掛かる。
だが、極めて静かなうえ昼食をとったばかりの時間帯だったから、たちまち眠気が俺を襲ってきた。
俺は眠るまい眠るまいと努めていたが、やがて寝入ってしまった。
* * * * *
「ちょっと、ラファエロ起きなさい!何やってんのよあんたはぁ」
ジョバンニの声が聞こえて、俺は目を覚ました。
どれくらい時間が経過したのかはわからないが、墓の入り口からはまだ明るい光が差している。目の前には三人の仲間が立っていた。
「ワシは難しいことはわかりませんが、旦那が戻らないので心配になったです」
ジュゼッペがぽつりと呟いた。
「す...すまん。不思議な声の正体を確かめるつもりだったが寝てしまったようだ」
俺はバツの悪い顔をして立ち上がった。
「あんたみたいな堅物が王様の墓の中で堂々と居眠りしてるから驚いちゃったわよ」
ジョバンニが苦笑いして言った。
「ん...でもなんか変ね」
「どうしたジョバン二?」
ジョバンニが何かに気づいたかのように怪訝な顔をしたので、俺は尋ねた。
「感じるのよ。ほんの少しだけど。魔法の痕跡」
ジョバンニがやや真顔になって言う。
「痕跡?」
「そうよ」
彼はそう答えたあと周囲を見回した。
「魔法使いってそこに居るだけで魔力発散してるから大抵わかるもんなのよ、同業者にはね。でも、あたしはここにいると同じような魔力を感じるんだけど、それがほんの少しだけなの。なんていうか....」
言葉を探したジョバンニが口を開こうとした途端、入り口のほうで岩同士が
見ると、ぽっかりと開いた墓の入り口に蓋をするように岩の板が降りてきている。
「まずいぞ!」
俺は慌てて走り寄ったが間に合わなかった。岩の板がっちりと入り口を塞いでしまった。
「クソッ」
俺は岩を手のひらでバンバンと叩いたがもちろんビクともしない。
ジョバンニが杖をかざしてその先端から光を放出させた。
「まだ昼なのに怪奇現象か......」
「だからあたしは嫌だって言ったのよッ。ロクなことにならないってわかり切ってたわ」
俺が呟くと、忌々しそうにジョバンニが返す。
するとその時、入り口と反対側の正面の壁面の石の一部がみるみるうちに横にスライドしたかと思うと、縦横二メートルほどの通路がぽっかりと口を開けた。
「一体どうなってやがる?」
俺が呟くとルクレティア嬢が言った。
「玄室への通路ですわ。墓荒しを防ぐため普通は王が埋葬された玄室へは入れないものですわ。ですが何者かがそれを....」
俺はルクレティア嬢が全く動転していないのに感心した。だが彼女が話している間に、その場にいないはずの人間の声が聞こえてきた。
若い男の声だ。
それは哄笑だった。
ヒステリックなほどの笑い声がしばらく続くと、やがてその声は言った。
「失礼....キィミたちの慌てぶりがあまり面白かったものでねぇ。気を悪くしないでくれ給え」
先ほど突如としてぽっかりと開いた通路の奥からだ。声の主は続けた。
「中に入ってきたまえ。偉大なる国王の棺に近づく貴重な機会なんだから。さぁ、遠慮することはないよ」