「ふうむ....困ったことになったのう。儂の案じた通りじゃわい」
俺、ラファエロと三人の仲間たちがようやく落ち着きを取り戻し、事の次第を魔術師メルリヌスの骸骨に説明すると、彼は腕を組んでこう呟いた。
ルクレティア嬢は俺たちの中で一番落ち着いていたので、彼女がここまでの経緯を説明してくれた。
すなわち、田舎村にオークどもが出現するようになったので我々が王城から派遣されて捜査したところ、ヴァルグ伯爵が裏で糸を引いていることが判明したこと。
そして次に、捨てられた砦の地下にゴブリンの巣が形成されており、人間を罠にかけて誘拐していたこと。
さらに、この王墓で起きた幽霊騒ぎを調査していたらヴァルグの副官ディオの罠に嵌められたこと。
...っていうか骸骨がどうして普通に人と会話できているのか、俺は未だに理解できていなかったのだが......
「骸骨殿...いや、メルリヌス殿。一つお尋ねしたいことが」
「なんじゃな、剣士?」
俺が骸骨に聞くと彼は顔を上げた。
「メルリヌス殿は.....その......骸骨になっても生きておられるのですか?」
「いや、厳密に言うと違う。儂が動いているのは魔法による仕掛けでの」
彼は答えた。
「儂の生前の性格や記憶、知識など全てをこの宝玉に記録して、それに基づいて同じように振舞うよう仕組んだのじゃよ。まあ一種の『人工知能』じゃな」
骸骨は首からかかった宝石を示してそう言った。
俺はその答えを聞いて分かったような分からなかったような気がしたが、とりあえず曖昧に頷いておいた。
「それより、ジョバンニとやら。お前の双子の弟は今、ヴァルグの子孫の手にあるのじゃな?」
骸骨は尋ねた。
「...そ...そうね。あいつ自身は『伯爵家の跡取りになれる』って喜んでたけど」
ジョバンニが答えた。
「ふむ....儂が生きていた頃から嫌な予感がしたのじゃ。ヴァルグの家の嫁、ベネディッタは何かと癖の強い女での。元々あの女にも魔力体質があったのじゃが、その末娘というのがまた問題じゃったと聞く」
「エリザベッタ...ですわね?」
ルクレティア嬢が言った。
「そうじゃ。儂は会ったことはないし、儂の生前はそもそも赤ん坊に過ぎなかったから詳しくは知らん。だが相当な魔力持ちであったという話じゃ」
「ちょっと、でもあたし聞きたいんだけどおじいちゃん.....いや、ひいおじいちゃん?...あらやだ、待って。ひいひいおじいちゃんかしら...?」
ジョバンニは骸骨に何か尋ねようとした後、指を折って数え始めた。
「どうでもいいわい。それより何を聞きたいんじゃ?」
「そうそう、あのさ、あたしの弟がその家の養子になったってこと、全体の話しにどう関わってくるわけ?」
「ふむ、お前はまだ知らんのじゃな」
骸骨は居住まいを正すと話し出した。
「良いか、ジョバンニとやら。魔法界では双子の魔力持ちというのは大災害の徴しなのじゃ。その魔力が合わさり、完全に共鳴したとき発揮される力というのは計り知れぬ。逆を言えば、その力を利用すればとんでもない兵器にもなりうるということじゃ」
「...つまり、メルリヌス殿。ヴァルグは本来ならジョバンニとディオの両方を手に入れたかった、ということでしょうか?」
俺は聞いてみた。
「その通りじゃ。じゃがもちろん、もともと稀な生まれつきの魔力持ちということで、ジョバンニ、お主の弟一人でもヴァルグの子孫にとっては大いに利用価値はあるじゃろうがな」
「メルリヌスさま。あの、わたくしも伺いたいことがございますわ」
ルクレティア嬢が手を上げた。
「なんじゃな、娘さん?」
「わたくしの知る限りではヴァルグ伯爵家はアドリアーナの一件で王妃の不興を買って左遷されたことを恨んでいたということでしたわ。この点間違いはないということでよろしくて?」
「....やはりそういうことになっておったのじゃな」
骸骨は溜め息をついた。
「それは表向きに過ぎんのじゃ。アドリアーナがヴィットリーオ陛下と恋仲になったのは間違いなく魔力によるものなのじゃ。儂はそれを見破り陛下にその旨を何度も諫言申し上げたのじゃ。じゃが、陛下は最後までそれを真実の愛と信じておられたようじゃ」
「魔力による...するとメルリヌスさま、その恋は仕組まれたものということかしら?」
「そうじゃ。全てはその母、ベネディッタの差し金によるものなのじゃよ。儂の睨んだところベネディッタは娘を王妃に仕立て上げ裏から王家に君臨する野望を持っておった。じゃから、儂は陛下の死後、どんな手段を使ってでもあの女を王家から遠ざけるべしと王妃陛下にご進言申し上げたのじゃ」
俺たちはその話を聞いてしばらく黙り込んでしまった。ことの発端は想像していたよりもっと根深いところにあったのだ。
「その甲斐あってか、王妃陛下は王陛下の後を継がれた王子殿下にその旨をしっかりと教育召されたようじゃ。だが儂が見届けられたのはここまでじゃった......」
骸骨は残念そうにまた腕を組んだ。
「メルリヌスさま、もう一つ伺いたいですわ。現当主のヴァルグ伯爵は異常なほど長命なのですが、その原因について何か心当たりはお持ちでして?」
「それだけの情報では儂にはよくわからん。どれくらいの長命なのじゃ?」
「現当主は110歳ですが壮年期とほぼ変わらない外見と言われていますわ。不審な点はそれに留まりませんの。その先代も、先々代も、現当主と寸分違わぬ外見ですのよ?」
「何ッ」
骸骨はそれを聞くと顔を上げた。
「ベネディッタめ...何かロクでもないことをしよったな」
少し間を空けると骸骨は深刻な様子で話し始めた。
「良いかお主ら。これだけの情報ではまだ確定的な事は言えぬ。じゃが、本来どれほどの魔力持ちと言えども、老化を止めることはできんのじゃ。どんな魔法を持ってしてもな。じゃが、一つだけ方法がある」
俺たちが見つめる中、メルリヌスの骸骨は重々しく言った。
「おそらく.........魔物と契約を結んだんじゃろう」
俺たちは全員息を呑んだ。
「魔物...と..契約?」
俺は思わず尋ねた。
「そうじゃ。何らかの方法で魔物の力を借りたのじゃ」
俺たちは顔を見合わせた。
「くれぐれも気を付けるがよい。ヴァルグ家は人智を超えるような力を得たのじゃ。慎重に戦うのじゃ。奴らに気取られぬよう動け。弱点を掴むまで迂闊に攻めぬがよいぞ」
俺は骸骨に礼を述べると、次に気になっていたことを尋ねた。
「メルリヌス殿、ところで我々はこの墓所に閉じ込められてしまったのですが、出る方法はあるのでしょうか?」
「それは簡単じゃ。墳墓には通気口がある。建設中に作業員が窒息したら叶わんからな。その後埋め戻すのが通例じゃが大体は軽く土砂をかけるだけなんじゃ」
そう言うと骸骨は親切に通気口の位置を教えてくれた。それはその横穴の近くの壁際の天井にあるとのことだった。
俺たちは骸骨に礼を言ってその場を離れようとした。だが骸骨は手を上げた。
「待て」
骸骨はそう言うと、宝石の首飾りを外して差し出した。
「お主ら、この宝石を持っていけ。役に立つかもしれん」
彼はジョバンニに手招きすると続けた。
「ジョバンニ、お主が持っておれ。お主なら使いこなせるじゃろう」
ジョバンニは戸惑った様子で手を出した。
「おじいちゃん...」
「お前が呼べば何時でも儂はこの中から出てくるでの。お主の助けになるやも知れぬ」
骸骨が言った。
「ただし、太陽や月の光の届く場所ではこの術は効かぬ。よく覚えておけ」
「わかったわ。おじいちゃん」
ジョバンニが受け取った宝石が手を離れると、骸骨は途端に床に崩れ落ちた。
ジョバンニは思わず悲鳴を上げたが、やがて宝石を自分の胸に押し当てて呟いた。
「ありがと...おじいちゃん」
* * * * * * *
俺たちは、まず通気口の下に石を積み上げ足場を作ると、ジュゼッペの肩車で俺がどうにかその中に入った。
内部は土でできていたうえ、垂直ではなく斜めに走っていたのでそれほど苦労することなく進むことができた。
俺は通気口内部を上まで登り地面の近くまで来ると、埋め戻されていた土砂をどうにか取り除けて外部に出た。
そうして今度は墓守りの小屋まで行くと、墓守りに手伝わせて残りの三人を玄室から救出した。
全員が墓所から出た頃には既に日が傾き始めていた。
疲労困憊していた我々だったが、もはや長居は無用と判断して宿屋を引き払い、辻馬車を捕まえて王城に向けて走らせた。
「やればやるほど厄介な案件だわね。あたしやっぱ退職しようかしら」
向かい合わせに座りながら馬車に揺られていると、ふとジョバンニが呟いた。
「止めはしない。だが俺は続ける」
俺はそう応じた。
「それはあんたが社畜だから?それとも国を憂いてるの?」
ジョバンニが笑いながら聞いてきた。
「どっちも同じじゃないか。例え俺が王城の職員を辞めたとしてもヴァルグの脅威は消え去りはしないぞ」
そう答えるとジョバンニが俺の肩に手を置いた。
「あんたったらまたマジレスしちゃって......冗談よ。あたしも辞めないわ。おじいちゃんに申し訳ないもの」
「皆さま、墓参者名簿の問題の部分、手に入れて参りましたわ」
するとルクレティア嬢がそう言って手に持った紙片を掲げた。
「やはり奴らが?」
「日付は丁度五日前。幽霊騒動が起きる一日前ですわ。ヴァルグ伯爵とディオさんが記名してらっしゃいますわね」
俺が尋ねるとルクレティア嬢は答えた。
「堂々と王都に出入りしてやがったのか....」
「困った事態ですわね。でもわたくしたちに有利な点もありますわ」
「どういうことだね、ルクレティア嬢?」
「わたくしたちはヴァルグ伯の関与を確信するに足る証言を聞いていますわ。でもそれは魔物からの証言であり再現不可能。だからこれをもってヴァルグ伯を追い詰めることはできませんわね」
そう言ったあとルクレティア嬢は続けた。
「しかしながらわたくしたちはこれまで多くの情報を手に入れていますわ。それを元に隠密裏に事を運べば、相手に警戒される前に証拠を押さえ反逆罪に問うことができますわ」
彼女は人差し指を立てると自分の喉を左から右に切る仕草をした。
「うまく行けばそれでチェックメイト、ですわね」
「あんた、見かけによらずコワイ子なのね。意外だわ」
ジョバンニが笑いながら漏らすとルクレティア嬢が慌てたように弁解した。
「あら、やですわ。わたくしチェスが趣味なものだからお友達と勝負してるときふざけてこんな仕草をしてしまうんですけど、はしたなかったかしら?」
そうして俺たちが談笑しているとやがて馬車が王城に着いた。もう日が暮れている。
俺は素早く料金を精算し外に出た。
ところが、王城の前庭には馬車が多数停車している。
一体何事だろうと俺は訝しく思った。
そうすると、建物の扉が開き、内部から人がぞろぞろ出てきた。
見ると、極めて仕立ての良い身なりをした紳士たちだ。
「あれ、貴族たちだわね。何か集まりがあったのかしら」
ジョバンニが呟いた。
「フレデリコったらツイてないわね。あの子一人でうまく接待できたかしら?」
彼が独り言のように続けた。
「お父さま!」
すると突然ルクレティア嬢が走り出した。
「おお、ルクレティアじゃないか。執務室にもいないからどこに行ったかと思ったよ」
燕尾服を着た壮年の上品な男性が進み出てきた。
「出張しておりましたの。お父さまもお仕事でいらして?」
「まあそうだ。御前会議があってね」
「紹介いたしますわ。わたくしのチームメイトですの。ラファエロ主任、ジョバンニさんにジュゼッペさんですわ」
俺たちは慌てて膝を曲げて一礼した。ディアナ卿は鷹揚に手を上げて挨拶を返すと娘に向き直って続けた。
「社会人も板についてきたな。でも修道院の寮から通勤してるんだろ?仕送りも断って切り詰めた暮らしで大丈夫かって母さんが心配してたぞ?」
「いいえ、質素な暮らしには慣れてますもの。かえって修道院のほうが居心地良いですわ」
そう言うと彼女は舌を出した。
「お母さまには内緒ですけど」
その時、貴族たちの中からがっしりした体格の老人が一人進み出てきた。
「やあディアナ卿。こちらがご自慢のお嬢様ですな」
「いやいやヴァルグ伯。お恥ずかしいことですがとんだお転婆娘でしてね」
俺は耳を疑った。だが確かにディアナ卿は言ったのだ。
ヴァルグ伯....と。