皆様、ご機嫌いかが?
わたくし、ルクレティア・ヴァン・ディアナですわ。
わたくしたち、本来なら自宅謹慎中の身なのですけど、四人勢ぞろいして王都の高級住宅地にある旧ヴァルグ家邸宅にお邪魔することにいたしましたの。
とは言っても、その大きさは邸宅というよりほとんどお城ですわね。
今では手入れされていない鬱蒼とした木立に囲まれた巨大な石造りの建物は遠目から見ても威圧感がありましたわ。
わたくし、重々しい両開きの鉄の門を苦労して開けてくれた不動産会社の担当者によくよくお礼を申し上げましたわ。
「いえいえ、ルクレティアお嬢様。お安い御用でございますよ。何しろお父様はわが社の大株主ですから.....どうかよろしくお伝えくださいませ」
すると担当者は揉み手しながらわたくしに向かって頭をお下げになりましたから、かえってこちらのほうが恐縮してしまいましたわ。
大きく開いた門をわたくしが通り抜けると、後ろからラファエロ主任とジョバンニさんとジュゼッペさんが続きましたわ。
でも、ラファエロ主任は鎖帷子姿で腰に長剣を下げてらっしゃるし、ジョバンニさんは魔法使いの杖をお持ちですし、ジュゼッペさんに至っては大斧を肩に担いでらっしゃったから、それを見た担当者は目を白黒させていましたわ。
「あ......あのぉ.....つかぬことをお伺いいたしますが」
担当者はラファエロ主任に声をおかけになりましたわ。
「なんでしょう?」
「内見されるのはディアナ家の方々ということで.........?」
「ああ、申し遅れました。私は王城総務部経理課のラファエロと申します」
立ち止まったラファエロ主任が名乗られましたわ。
「今般、王城では職員のための保養所を作る計画がありまして、その候補地を探しているのです」
「は.....はあ。そうですか......」
担当者は訝し気な顔で主任の腰の長剣やら何やらを眺めまわしておられましたわ。
「この武装は万が一のためです。長年放置されていた屋敷には大鼠といった害獣がつきものですから。職員が負傷すると労災の手続きが面倒なのでね。もし遭遇したら予防的に駆除してしまおうというわけです。問題はないでしょう?」
主任が立て板に水の調子でそう言われると、担当者は半分ほど納得した顔をしておられましたけど、それでもジョバンニさんとジュゼッペさんを見ながら首を傾げてましたわ。
わたくしたち、これ以上引き止められる前に急ごうと足を速めましたわ。
すると担当者が呼び止めてきましたの。
「済みません、旦那方...」
「なんでしょう?」
ラファエロ主任が振り返りましたわ。
「その....隠すつもりはなかったのですが....この屋敷にはちょっとした噂がありまして.......」
わたくし、たちまち好奇心をそそられましたわ。
「それは興味深いですわ。どんな小さなことでも教えていただけるとうれしいですわ」
「その....時々狼の遠吠えが聞こえるというのですよ。とは言ってもこの辺りに狼なんて住んでいないので、ただの噂に過ぎないんですが。しかし、その噂が原因でいつまでも買い手がつかないというのも事実なんですよ。それで旦那方にお願いなのですが........」
「もし本当に狼がいたら駆除して欲しい、ということですな?」
ラファエロ主任が答えましたわ。すると担当者は何度も頷きましたわ。
「もちろん構いませんよ。我々は魔物や害獣の駆除にも経験があるチームですから」
「面目もございません.....本当なら管理会社である私どもの仕事なのですが」
「いえいえ、もとより王城職員としては市民の安全な暮らしを守るのは当然の務めですから。では、失礼します」
主任がそうおっしゃって、わたくしたちは再び歩き始めましたわ。
わたくしたちはところどころ雑草の生えたアプローチを歩いていきましたわ。
道の左右は草が生え放題で、夜になったら確かに狼が潜んでいてもおかしくはないというほどの荒れ果てた様子でしたわ。
屋敷の前に着くと、先ほどの担当者からお借りした鍵を使ってわたくしが正面扉の錠を開けましたわ。
軋む扉を開いて玄関口を覗き込むと、まだ時刻は昼過ぎだというのに内部は薄暗くって、いかにも歓迎されていない雰囲気がしましたわ。
わたくしたちが内部に滑り込むと、ラファエロ主任がカンテラに火をつけましたわ。
「出生碑というのは通常どこに建てるものなのだろう、ルクレティア嬢?」
主任が尋ねられたのでわたくし答えましたわ。
「文字通り産まれた場所ですわ。通常の場合、当主の妻の寝室ということになりますわね」
そう言ったあとわたくしは付け加えましたわ。
「とは言っても秘密のある出産ではその限りではありませんけど」
「秘密のある出産...とはどういうことだね?」
「貴族の生活というのはプライバシーがないものですわ。だから寝室の中の出来事であっても使用人たちには筒抜けなのですわ。ただ、裏を返せばどうしても使用人に知られたくない事柄がある場合に、専用の部屋を用意するのですわ」
「専用の部屋、か..。なるほどな」
ラファエロ主任が呟くと、ジョバンニさんが横から仰りましたわ。
「どうやらその部屋がカギって気がするじゃない。早いとこ見つけましょ?」
「今回は元気が良いんだな、ジョバンニ?」
「今までの冒険に比べたら今回はよっぽどマシだもの。灯りを消したら真っ暗闇の洞窟とか墓穴とは大違いよ。たとえ廃墟でもね」
その途端、玄関の奥から小動物の鳴き声が聞こえてきたと思うと、羽ばたきの音がしましたわ。
わたくしたちが思わず顔を上げると、頭上を蝙蝠が飛んでいくのが目に入りましたわ。
ジョバンニさんはそれを見ると悲鳴を上げてラファエロ主任の肩にしがみつきましたわ。
「どうした、ジョバンニ?」
「どうしたもこうしたもないわよぉ!あたし蝙蝠嫌いなのよ!」
「怖がるほどのこともないだろう。君の雷撃でイチコロじゃあないか」
「そういう問題じゃないのよ!天井にあんなのが群がってる光景を想像してみなさいよ!集合体恐怖症になるわよ!」
お二人の言い合いが続いたまま、わたくしたちは玄関口から中に入って辺りを探索しましたわ。
玄関口は、かつては豪奢であっただろう大理石造りの階段に繋がっておりましたわ。
わたくしたち、まずは階上を探すことにいたしましたわ。
ラファエロ主任を先頭に用心深く階段を登って行きますと、壁際の踊り場に突き当たって、左右に分かれて反対側に伸びる階段が続いていましたわ。
ところがわたくしたちがそこから見上げますと、階段の石材がボロボロで崩壊しかかっているのが見えましたわ。
「これは酷いな....危ないところだった。薄暗いから下からは見えなかったんだな」
ラファエロ主任がそう言うと、わたくしたちは引き返して階段を降りましたわ。
「皆さま、ご心配は無用でしてよ。貴族の邸宅には複数個所に避難用の階段が設置されているものですわ」
わたくしは教えて差し上げましたわ。
そしてわたくしたちは玄関から手近の扉を開けて大広間に入りましたわ。
家具が撤去され寒々とした部屋の突き当りに放置された暖炉があり、あちこちでガサゴゾという音が聞こえてきましたわ。
「こ......今度は何なの?」
ジョバンニさんがまた怯えた声を出しましたわ。
「大鼠だな、おそらく」
ラファエロ主任が剣を抜きましたわ。
「ルクレティア嬢。ヴァルグ家が転封されて以来この家は誰の手にも渡らなかったんだな?」
主任に尋ねられてわたくし答えましたわ。
「そのようですわね」
わたくし、周辺を見回しながら続けましたわ。
「こんな巨大な屋敷ですから維持費がかかるとはいえ、優良物件なのに買い手がつかなかったのは奇妙なことですわ。だからわたくしもきっと何かあると思っておりましたわ」
その瞬間、階上から足音が聞こえてきて、わたくしたちは一瞬凍り付きましたわ。
それも、人間の足音というより、動物の足音のように聞こえましたわ。
わたくしたち、お互い顔を見合わせてしばらく黙っていましたが、
ジョバンニさんが口を開きましたわ。
「....それこそ..狼....かしらね?」
「わからん。だが鼠どもより大きめの動物であることは確かだろうな」
ラファエロ主任が応じると、ジュゼッペさんが言いましたわ。
「ワシは難しいことはよくわかりませんが、狸が空き家に住み着くことはよくあるです。確かめてみないとわからんと思いますです」
それを聞いたジョバンニさん、やや安堵した表情になりましたわ。
ところがまた同じ足音が階上から響いてきましたわ。
今度はもっと大きくて、体重も明らかに狸よりは重いように感じられましたわ。
「....やっぱ.....狼...じゃない?」
ジョバンニさんが呟きましたわ。
「陣形を決めよう。ルクレティア嬢、君が中心だ。俺が先頭、ジョバンニとジュゼッペは左右の後方を固めてくれ」
ラファエロ主任が指示されましたわ。
わたくしたち、その隊形で前進して大広間を突っ切ると、端にあった扉を開けましたわ。
向こう側は大きな厨房でしたわ。中心に竈がポツンと設置されており、棚には鍋やフライパンに加えて壺や箱が乱雑に置いてありましたわ。
「ここは明らかに違うな。先に進もう」
ラファエロ主任が言うと、わたくしたちはそこを横切って突き当りの扉を開きましたわ。
するとそこは広々とした物置部屋で、各所に大量の木箱が積まれていましたわ。
「見て。こっから二階に行けるんじゃない?」
ジョバンニさんが天井を指さすと、二階の天井が吹き抜けになっていましたわ。
「よし。ジュゼッペ、手伝ってくれ」
ラファエロ主任とジュゼッペさんは木箱を階段状に積み上げて二階の踊り場の縁に届くようにしましたわ。
そして主任が先頭に立って登り、二階の踊り場の柵を乗り越えていかれましたわ。そして次にジョバンニさんが続きましたの。
そしてわたくしが続いて登ろうとすると、ジュゼッペさんがモジモジしながら仰いましたわ。
「お嬢様、ワシが先に行かせていただいてよろしいでしょうか...その...スカートを履いた女性がこんな場所を登っているときにワシが下で待っているというのも...」
わたしは一瞬きょとんとしましたけど、すぐに理解しましたわ。
「これはお気遣いさせてしまって失礼いたしましたわ。殿方にバツの悪い思いをさせてしまうところでしたわ」
わたくしがそう言うとジュゼッペさんは安心した顔をされましたわ。そして斧の柄を腰のベルトに挟み、両手を使って箱の山を登っていかれましたの。
それを見ていたわたくし、ふと背後に気配を感じて振り向きましたの。
そこには、人影がありましたわ。
その人影は驚くほど背が高く、襤褸を纏っておりましたわ。
その顔は薄暗くてよく見えませんでしたけど、両目はギラギラと光っておりましたの。
わたくし、皆さまに知らせようとして声を上げようとしましたけど、
その瞬間に......