庭師のジュゼッペです。
ワシらは元ヴァルグ家邸宅で不思議な自動人形を見つけたのです。
その自動人形は執事のヴァルドールと名乗りましたです。
そして、ラファエロの旦那が「王城職員の保養所の候補地を探している」と上手く言いくるめてくれたので、
その執事人形がワシらを案内してくれることになりました。
ところが、長方形の台がいくつも置いてある広い部屋に来たところで、
その自動人形がワシらに今すぐに帰れと言い出したです。
おそらく、ラファエロの旦那がヴァルグ伯の祖父の出生碑を見せて欲しいと頼んだので、怪しまれたのでしょう。
旦那が慌ててその要請を撤回しても、自動人形の態度は変わりませんでしたです。
「モウ一度申シ上ゲマス。スグニオ引キ取リ下サイ。モシモオ引キ取リ頂ケナイナラバ警告シマス。コノヴァルドール、実力行使サセテ頂キマス」
ラファエロの旦那とジョヴァンニの旦那は顔を見合わせていましたです。
その時、ワシの腹の底に激しい怒りが湧いてきて、ワシはこう叫んだです。
「断るです!ルクレティアお嬢様を見つけるまではワシらは出ていかんのです!」
「オ客様ノ迷子ハ当方ニオイテハ関係ナキコト。今スグオ引取リヲ」
自動人形はそう答えると、片手で扉のほうを示したです。
「断ると言ったら断るです!」
ワシはそう言い返しました。
すると、自動人形が言ったです。
「警告終了。コレヨリ実力行使ニ入リマス」
人形はこちらを指差すように腕を上げたです。
その途端、その執事服の袖口から何かが飛び出してきたです。
そしてその何かはワシの胸元に突き刺さったです。
それは小さなダーツのようなもので、その針先がワシの服を突き破って肉に刺さっていたです。ですが、ただちょっとチクリとするだけでした。
ワシは片手でそのダーツを引き抜いて床に捨てると、斧を構えたです。
「あんたに恨みはないですが、これでお別れです!」
ワシは斧を振り上げて思い切り叩きつけようとしたです。
ところが、その途端ワシは全身の力が抜けたようになってしまいましたのです。
ワシは斧を取り落とし、ガックリと床に膝を突いたです。
「ジュゼッペ....!」
ラファエロの旦那が叫んだです。
「旦那.....これは....毒です」
動けなくなったワシは床に座り込みながら呟いたです。
「ラファエロ!あたしの後ろに!」
そう叫ぶとジョヴァンニの旦那が前に出たです。
自動人形が両腕を前に向けるとそれぞれの袖口から再びダーツが飛び出してきたです。
しかし、ジョヴァンニの旦那がかざした杖を中心として結界が生じたのか、
硬い物に当たる音を立ててダーツが弾き返されたです。
「これで終わりよ!」
ジョヴァンニの旦那が叫ぶと、今度はその杖の先端から雷が飛び出して自動人形に向かっていったです。
ところが、その瞬間自動人形が小脇に抱えていた銀のお盆を前にかざしたです。
そしてジョヴァンニの旦那の雷撃がそのお盆に当たって弾き返されてしまったです。
ジョヴァンニの旦那、目を丸くして呟いたです。
「う....嘘でしょ?魔法防御付きってこと?」
「引キ続キ実力行使ヲ行イマス。痛イ目ヲ見タクナケレバ今スグオ引取リヲ」
人形は両腕を旦那がたに向けたままにじり寄ってきたです。
すると、ラファエロの旦那が咄嗟に手近の台にかかっていたリネンの布を掴むと、それを人形に向けて放り投げたです。
人形の袖口からダーツが発射されたのはそれとほぼ同時だったです。
そのダーツが布に当たって阻まれるとともに、ジョヴァンニの旦那が杖をかざしたです。
旦那の杖の先端から炎が一筋迸り出て、人形の上に被さった布に引火したです。
たちまち火が燃え上がり人形が炎に包まれたです。
ワシは視界がぼんやりしてきましたが、何とか立ち上がろうとしたです。
でも、やっぱり足元がふらついて今度は仰向けに倒れてしまいましたです。
「ジュゼッペ、大丈夫?」
ジョヴァンニの旦那が走り寄ってきたです。
「ワシは大丈夫です。ワシは酒にも酔わない体質ですからこれしきの毒くらい...」
ワシがそう言った瞬間、
「まだ生きてるぞ!」
ラファエロの旦那が叫びましたです。
人形は燃え尽きかけた布をかなぐり捨てると、自分の背中に手を回したです。
見ると、細長い剣のようなものを引き抜いてラファエロの旦那に向かっていったです。
ラファエロの旦那も長剣を構えたです。
すると人形は素早く突進しながら何度も剣を突き出したです。
旦那は左右に剣を払い、あるいは身をかわしたりして避けていましたが、
相手の素早い動きに戸惑っている様子でしたです。
旦那が距離を置いて用心深く構え直すと、自動人形は左手に盆、右手に剣を中段に据えながら上半身だけ半身になって静止したです。
ラファエロの旦那は摺り足でジリジリと距離を詰めると、気合いとともに斬りかかったです。
ところが人形は優雅な動きで自分の剣を使ってその斬撃を逸らし、すかさず突きで反撃したです。
その瞬間ラファエロの旦那は半身になって回避しました。しかし旦那はややよろけると、右手で剣を突き出して牽制しながら後退りして、左手で胸の辺りを押さえたです。
「ラファエロ!」
見ていたジョバンニの旦那は叫んだです。
「大丈夫だ。傷は浅い!」
ラファエロの旦那は答えると、剣を構え摺り足で間合いを測りながら再び人形と対峙したです。
「気を付けて!レイピアよ!」
ジョバンニの旦那はワシを台の一つに寄りかからせて座らせながら言ったです。
人形の剣は軽い造りで、突き専門の細い形をしていたです。対する旦那の剣はやや重い長剣でした。
ラファエロの旦那が斬りかかろうとするたびに、相手はその剣を撓らせながら受け流し、カウンターの突きを放ってくるので、旦那はうかつに踏み込めずやりづらそうでしたです。
しかし、ラファエロの旦那は一計を案じたのか、無防備を装って大きく剣を振り被りながら進み出たです。
それに対して人形が再び突きを出したその刹那、旦那は深く身を沈めてそれを躱し、床すれすれの高さで剣を払ったです。
すると剣先が人形の四本の脚の一つにぶち当たり、車輪が外れたです。
ラファエロの旦那は跳ね起きると、ここを先途とばかりに渾身の横斬りを放ったです。
人形はそれを自分の剣で受けましたが、衝撃でポッキリ折れたです。
「やったわ!」
ジョバンニの旦那がガッツポーズをしたです。
ところが、人形は残り三つの車輪をけたたましく軋ませながら台の間をすり抜けて壁際に向かっていったです。
ラファエロの旦那が追撃しようとすると、人形が壁際の棚に手をかざしましたです。
その途端、棚の戸が勝手に開いて、遊戯用の球が大量に転がり出てきたです。
足元を埋め尽くさんばかりの数の球に足を取られ、ラファエロの旦那は転倒してしまったです。
その隙に人形は台の中から長い棒を取り出し、それを構えて旦那に向き直ったです。
旦那もようやく起き上がり構えると、人形は棒を勢いよく振り上げながら向かっていったです。
旦那が身を沈めて最初の一撃を躱し、カウンターの突きを繰り出すと、人形は銀のお盆でそれを受け流し、今度は手首を中心に棒をブン回し始めましたです。
棒の先端が旦那の頭に当たり、鈍い音がしたです。
人形は棒を振り回しながら、衝撃でよろめく旦那に迫っていったです。
しかし旦那が剣を切り上げ、棒が真っ二つになったです。
すると人形は左手に持った盆を旦那のこめかみに叩きつけたです。
旦那が再びよろめいた隙に人形は素早く台を回り込んで壁際の棚に向かい、もう一本の棒を取って構えながら旦那の前に進み出たです。
ようよう体勢を立て直したラファエロの旦那は頭を振って剣を握り直したです。
その瞬間、ジョバンニの旦那が叫んだです。
「いい加減になさい!」
ジョバンニの旦那は、転がってきた遊戯用の球を拾い上げて片手に持っていたです。
旦那が呪文を唱えるとその球が不思議な淡い光を発し始めたです。
旦那はその球を下手投げで人形のほうに放り投げたです。
球が転がっていき、人形の真下に来た途端に物凄い爆発音がしたです。
煙が収まると、人形は脚が全てもげていて横倒しになっていましたです。
「ったく人間をナメるんじゃないわよ。ちょっとはいいクスリに‥‥」
ジョバンニの旦那が腰に手を当ててそう言った瞬間、
人形は盆を投げ捨て、脚のなくなった身体を横倒しにしたまま左手で身体を支えて立ち上がったです。
そして右手の棒をブンブン回しながらラファエロの旦那に迫って来たです。
しかし、ラファエロの旦那は落ち着いて棒を躱すと、袈裟斬りで人形の腕を切断し、止めに逆袈裟斬りでその首を刎ねたです。
人形は頭を失うと力が抜けたように崩れ落ち、
その頭部が床に転がって暫く目玉の奥の赤い光を点滅させていました。
しかしその赤い光もやがて弱くなり消えていきました。
「ラファエロ、大丈夫?」
ジョバンニの旦那がラファエロの旦那に駆け寄ったです。
「ああ、どれも軽傷だ」
ラファエロの旦那は答えたです。ジョバンニの旦那が念のため傷を調べて、布を当てて血を止めたあと呟いたです。
「結構派手にやっちゃったわね。管理人さんに怒られないといいけど」
さっき爆発が起こった場所は、床に穴が空いていたからです。
「爆発系って制御が難しいからあんまり使いたくなかったのよね....」
「いや、ナイスアシストだったぞ、ジョヴァンニ。それに自動人形のほうから襲ってきたんだ。我々に落ち度はないはずだ」
ラファエロの旦那が剣を納めながら言ったです。
「......だが、こいつもある意味自分の任務に忠実であろうとしていただけだったんだろうな。そう思うと気の毒な気もする」
「ちょっとぉ冗談やめてよ。あたしは社畜に同情心なんて感じないわよ。自分自身の希望も夢もなくってただ命令されたことだけやってる人生なんてゾッとするわ」
ジョバンニの旦那はそう言うと、身をかがめて落ちていたダーツを拾い上げたです。
「見て。このダーツ。匂いからして多分麻酔薬ね。ジュゼッペもよく起きてられるわよ」
「ワシは薬の効かない体質なのです、旦那」
ワシは微笑むと答えたです。しかし、まだ立ち上がることはできなかったです。
「そうだ、こうしちゃいられん。ルクレティア嬢が心配だ。捜索を続けよう」
「そうね.....ジュゼッペ、悪いけどあんた一人で待ってられる?」
ラファエロの旦那が言うと、ジョバンニの旦那が心配そうにワシを見たです。
「ワシなら大丈夫です。早くお嬢さまを見つけて下さいです」
ワシは答えたです。
「でもこの屋敷、大鼠が出るっていうから心配なのよねぇ。寝てて鼻を齧られたなんて話も聞いたことあるし」
「ジョバンニの旦那、もしそんなことになったらワシは思い切りクシャミしてやるです。ワシのクシャミは王城のどこにいても聞こえると評判なのはご存じでしょう?きっと鼠どもは二度と近づいてこないです」
ワシがそう言うとジョバンニの旦那も安心した顔になったです。
そうして旦那がたはワシの前を離れ、次の部屋に向かっていったです。
でも、後で旦那がたが戻ってきたとき、ワシは実に驚くべき話を聞かされることになったのです。