俺の名はラファエロ。
ルーラル王国王城で経理課主任を務めている。
俺の実家は「リベリ流」という流派の剣術道場だ。
なので、俺は幼い頃から親父に剣術の稽古をさせられてきた。十代になってからはダンジョンに連れて行かれ魔物相手の実戦をさせられることもよくあった。
親父は俺をプロの剣士にするというより、流派の技術が途絶えてしまわないようにとの考えでそうしてきたのだろう。
だが、俺自身はそれによって剣士という仕事の因業の深さを垣間見てしまったところがある。
身の危険に比べ報酬は決して高くはない。
魔物と戦った末に年若くして死んだり、一生消えない障害が残る者もいる。
そしてそれがゆえに、剣士の中には不正な方法で稼ぐ者が後を絶たない。
外面だけ剣士を装い、報酬を前もって受け取っておきながらいざ魔物が出現すると逃走する「コスプレ剣士」。
もっと悪質なのは、仲間と示し合わせて魔物の出現を偽装し、それを倒した振りをして報酬をせしめる「マッチポンプ剣士」。
さらに悪質な連中もいる。剣士としての警護業務をしてやると村人に対して押し売りしつつ、報酬として金銭のみならず酒、馳走、さらには女まで要求する「押し売り剣士」。こういった手合いの中には、商店から勝手に品物を奪い取り、咎められると「俺は命をかけてるんだ」と開き直る者もいる始末だ。
俺はこういった連中のせいで剣士という職業が汚されている現状にほとほと嫌気が差し、自分は公務員になると固く心に誓ったものだ。
そうして俺は剣の修行の傍ら簿記学校に通い、経理職として王城に雇い入れられることに成功した。
だが、就職してから数年が経つと、この王城での仕事も決して一筋縄ではいかないということに気づいた。
王城の予算についての全ての権威は国王であるルーラル陛下が持っておられる。
これは疑問のないところだ。
だが、王陛下は細かな点には口出しなさらず、現場に丸投げ....いや....何というか....現場を信頼して....一任しておられる。
そして財務経理の責任者は俺の上司、ファイナンタス・アカウンタス伯爵だ。
だが伯爵は御年のこともあり、もはや細かいチェックはなさらない。
結局のところ、財務諸表は名目だけ伯爵の確認を経たあとそのまま国王陛下のところに行き、承認される。
いや、承認されているはずだ。多分されているのだろう。
噂によると陛下による承認に先だって総務課主任のレティシア嬢(43歳・独身・美人)がその適否をチェックしているとも言われているが、真偽は定かではない。
いずれにせよ、この現状に俺は憂慮の念を抱いた。
こんな状況では、不適切な支出があった場合にいったい誰が責任を取るのか。
それとも、予算申請の一次的な受け口である俺が責任を取らされるのだろうか。
この懸念がゆえに、ある時点から俺は自分自身にある一つのルールを課すようになった。
バランスを欠いた申請をする者に対しては必ず声を掛け、その内容を把握し、自分で記録を取り、時には交渉して申請を修正させることにしているのだ。
実際問題としてはこれは主任の職務を遥かに超えるものだ。
だが、俺は性格上、歪んだ財務諸表を放置しておくことに耐えられなかった。
また、このような現状を是正するよう、上司であるアカウンタス伯爵に何度申し入れたことだろう。
だが伯爵は決まって「んん....まあ...考えておくことにするのう」と答えてから居眠りに戻るばかりで、国王陛下に上奏している様子もなかった。
そんなこんなで、本来なら17時きっかりに終わるはずの俺の仕事も時期によっては大幅に時間外が出ることがあった。
そのような時、俺は遅くまで執務室に残って仕事をするのではなく早朝に出勤することを好んだ。
数字の仕事をするのにはやはり明るい時間帯でなければならないという信念からだ。
その日、早朝出勤した俺は帳簿を読みながら朝五時ごろ王城の前庭を歩いていた。
夜明けの光に照らされる中、誰かの鼻歌が聞こえてくる。
目を上げると、前庭の隅に積まれた丸太の前で何者かが作業している。
庭師のジュゼッペだ。
ジュゼッペは50代も半ばを過ぎた男やもめで、田舎出身の温厚な男だ。
丸っこい鼻と丸っこい体格と豊かな口髭のせいで、「若い頃のサンタクロース」とあだ名されている。
ジュゼッペは、積んであった丸太に両手をかけると、それを持ち上げて目の前の地面に降ろした。
俺はそれを見ると一瞬立ち止まってしまった。
丸太は太さ一メートルほどもある極太のものだ。
それを素手で軽々と持ち上げているのである。
次にジュゼッペは歌いながら大きな斧を持ち上げ、まるで柔らかいバターの塊を切るように丸太を切り始めた。
「ワシ~の故郷~は良い~と~こ~ろ~...水~の~綺麗な~田~舎~村~....鱒~は旨い~よ~バター~焼き.....」
俺は立ち尽くしたままジュゼッペの姿を凝視していた。
明らかに異常な力だ。
ジュゼッペの身長は俺より少し低いくらいだ。体重は俺より重いのだろうが、それにしてもあの力は常人を遥かに超える。
俺がじっと見ていると、視線に気づいたジュゼッペが作業の手を止めて振り向いた。
俺と目が合うと、ジュゼッペは慌てた声で言った。
「ラ......ラファエロの旦那。ず...随分お早いご出勤で....」
「おはよう、ジュゼッペ。朝から精が出るね」
そう言葉を返した俺だったが、この事態をどう解釈したものか混乱したままだった。
「だ...旦那。今ご覧になったことは...どうかご内密にしていただけるとありがたいのです....」
やがてジュゼッペは俺に近づいてくると神妙な顔をしてそう言った。
「わ...わかった。もちろん誰にも言わん」
俺はそれだけ答えると、その場を去って執務室に向かった。
だが、ジュゼッペのこの異常な力のことはそれ以降ずっと俺の頭の片隅から離れることはなかった。
* * * * * * * *
その日の夕方、俺は早朝出勤で雑務を早めに片付けた甲斐があって定時きっかりに上がることができた。
ところが、城から出ると前庭には人だかりができている。
遠方の村からやってきたと思しき農民たちだ。
その真ん中には、国王ルーラル陛下が椅子に座っており、傍らには総務課主任のレティシア嬢(43歳・独身・美人)が立ってメモを取っている。
中背でがっしりした体格であられる国王陛下は御年58歳。手に持った甘物を口に入れながら話を聞いていた陛下は、やがて手を上げると村人たちに対してこう仰せられた。
「ん~、まあ話はわかった。よしなに計らうからキミたちは安心して帰りなさい」
それを聞いた村人たちは安堵した顔で頭を下げ、三々五々解散し始めた。
「陛下、お先に失礼いたします」
俺は、頭を下げ身を低くすると国王陛下の横を通り過ぎていった。
すると陛下は俺に声をおかけになった。
「あ~、そこのキミ。確か...ええっと....」
「ラファエロでございます。陛下」
俺は立ち止まって言った。
「ラファエロくんか。今住民から陳情があっての。アルト村の洞窟から魔物が出たらしいのじゃ。ちょっと、ほれ、庶務課で見に行ってくれんかの?」
俺は一瞬固まったが、すぐ答えた。
「陛下、私は経理課でございます」
だが陛下はすでに立ち上がり城の方へ歩き始めておられた。その後ろには陛下の椅子を持ったレティシア嬢が付き従う。
俺は嫌な予感がした。
物凄ぉく嫌な予感だ。
俺は、居合わせてはいけない場所に居合わせてしまったのだ。
だが、国王から直接指示を受けてしまった以上、従わないわけにはいかない。
俺は溜め息をついた。今日は帰ったら軽く剣の素振りでもして汗を流そうと思っていたのたが、致し方ない。
俺は執務室に取って返した。
* * * * * * * * * * * * * *
俺はまずレティシア嬢の姿を探した。
幸運なことに彼女はデスクにいた。書類を整理し終わったばかりのようで、上着を着て帰ろうとするところだった。
「レティシア嬢。帰り際のところ申し訳ない。先ほどの住民の陳情の報告書を見せていただけぬか?」
「その日のうちに動き出すなんて流石ラファエロくんね」
レティシア嬢は笑うと、ファイルを開いて報告書を見せてくれた。
それを受け取って目を走らせると俺の頭の中ですぐ危険信号が鳴った。
.......洞窟の所有者、内部構造ともに不明。魔物頻出により村長が懸賞金をかけ、これまで賞金稼ぎ五人が挑戦するも全員帰還せず。
既に死人が出ている案件だ。「ちょっと見に行く」だけでは済まないのは火を見るより明らかだった。
俺はファイルをレティシア嬢に返すと、退勤する彼女を見送りながら腕組みをして考えた。
単独で行くのは危険だ。チームを組まなければ。
そこで俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはあの男だった。
俺は足早に執務室を出ると、前庭を通ってジュゼッペの小屋に向かった。
小屋の扉を叩いてしばらくすると、ドアが開いてジュゼッペが顔を出した。
「ラファエロの旦那。これはお珍しいことですのです。むさくるしい小屋ですがどうか入ってくだされです」
ジュゼッペは俺を小屋に迎え入れた。
男やもめのジュゼッペは、子供も独立したということなので、奥さんと死別して以降住み込みの仕事を探していたらしい。それで王城の施設管理全般を住み込みで任されているのだ。
壁には、亡き奥さんの肖像画がかけてあった。柔和で優しそうな顔立ちの女性だ。
俺はジュゼッペに事の次第を話した。
アルト村に魔物が出たこと。魔物の発生源と思しき洞窟の探索を国王陛下から直々に命じられたこと。
ジュゼッペは俺の話が終わると静かに口を開いた。
「旦那。ワシには難しいことは何も分からんですが、斧だけはいつも磨いておるのです」
これで決まった。俺はジュゼッペに礼を言うと立ち上がり、小屋を出て今度は厨房に向かった。
あの男---あの気難しく厄介な男---も是非必要だと思ったからだ。