こんにちは、ご機嫌いかが?
ルクレティア・ヴァン・ディアナですわ。
わたくし、旧ヴァルグ家邸宅の物置部屋で騎士団の男性陣が二階に登っているのを待っている間に、
背後に人の気配を感じて振り返り、
襤褸を着た背の高い男性が立っているのを見ましたの。
その瞬間にその男性は素早く近づいてきて、わたくしを抱きすくめながら口を押さえたのですわ。
わたくし、息が出来なくなって気を失いましたわ。
そして、気が付いたときにはラファエロ主任とジョバンニさんがわたくしの名を呼び掛けていましたの。
目を開けると、わたくし、礼拝堂のような場所で横たわっていましたわ。
左右に視線を泳がせると、ステンドグラスの外はすっかり暗くなっていましたから、相当時間が経っていたのですわね。
「ルクレティアちゃん、大丈夫?」
わたくしの傍らにジョバンニさんがかがみこんで心配そうな顔で言いましたわ。
「....わたくし...気を失っていましたのね?」
「ああよかった。心配したわよ本当に。やっぱりあの男が誘拐犯だったのね」
ジョバンニさんはわたくしの頭を撫でて髪の毛を整えてくださいましたわ。
「大丈夫?あいつに変なことされなかった?」
ジョバンニさんがまた心配そうに尋ねてくださいましたわ。
わたくしは視線を下ろして自分の服装を調べましたけど、何も変わったところは見当たりませんでしたわ。
「大丈夫のようですわ、ジョバンニさん」
わたくしは上体を起こすと微笑みましたわ。
「ああよかった。女子を誘拐するなんて本当に不届きな奴ね。許せないわ」
そうジョバンニさんが呟いた途端、遠くから獣の遠吠えのような声が聞こえましたわ。
それは狼の遠吠えのようでしたけど、ただの狼の声というよりもっと大柄な獣の咆哮のようにも聞こえましたわ。
「まただな」
ラファエロ主任が言いましたわ。
「ほんと。薄気味悪いわね」
ジョバンニさんがわたくしを助け起こしながら答えましたわ。
「ルクレティアちゃん、歩ける?」
「大丈夫ですわ」
わたくしは答えながらも気づきましたの。
「ジュゼッペさんはどこにいらして?それにラファエロ主任、お見受けしたところお怪我をされてるみたいですわね」
「ジュゼッペは麻酔薬を打たれて動けないんだ。後で治療してやってくれ」
ラファエロ主任はそう言われましたわ。わたくし、よく事情が呑み込めませんでしたけどとりあえず主任のお怪我に手を当てて治療して差し上げましたわ。
ところがその時でしたの。
何か大柄な動物がのしのし歩く音が戸外から近づいてくるのが聞こえましたの。
ラファエロ主任とジョバンニさんが顔を見合わせましたわ。
「狼だろうか?」
「わかんないわ。でも変だわね。さっき屋敷中を探したときには狼なんて...」
お二人がそう言い合っていると、
その瞬間に礼拝堂の扉が内側に吹き飛びましたの。
戸口には、襤褸を着た人影が立っていましたわ。
ところが、その襤褸そのものはわたくしを攫ったあの男性の着ていたものに相違なかったのですけれど、
その男性自身は明らかに以前と異なった様子でしたわ。
両腕と両脚に長い剛毛が生えて、顔もまた剛毛に覆われていましたわ。
その両目はギラギラと光っていて、口からは長い牙が覗いていましたの。
「.....これ.....
ジョバンニさんが驚いた顔で呟くと、ラファエロ主任が剣を抜き放ちましたわ。
「おかしいと思ってたんだ。ただの人間にしては身体能力が高すぎるってな」
そこでラファエロ主任が剣を構えて進み出ましたの。
するとジョバンニさんが魔法使いの杖を掲げてわたくしを庇うように立ちましたわ。
「ラファエロ!ちょっと脇にどいて!」
ジョバンニさんが杖を差し上げると叫びましたわ。
ラファエロ主任が慌てて飛び退くと、ジョバンニさんの杖の先端から炎が迸り出て
「ジョバンニさん!殺してしまってはいけませんわ!」
わたくし、思わず叫んでしまいましたわ。
「そんなこと言ったって今はしょうがないでしょ!」
ジョバンニさんは横目でわたくしを見ながら杖を掲げ続けていましたわ。
杖の先端からの炎に全身を包まれて
ラファエロ主任は油断せず剣を構え続けていましたわ。
ところが、
炎がやがて鎮まると、
「う...嘘でしょ?」
ジョバンニさんが呟きましたわ。
その刹那、
彼はラファエロ主任を軽々と飛び越えてわたくしたちの前に降り立ちましたの。
ジョバンニさんは慌てて杖を掲げて雷撃を放ちましたわ。
ところが、雷が顔を直撃したにもかかわらず、
ジョバンニさん、後ろの長椅子に叩きつけられてしまいましたわ。
その勢いは長椅子がひっくり返ってしまうほどで、ジョバンニさんは呻き声を上げながら気絶してしまわれましたわ。
そして
彼がわたくしを見据えるその両目は赤くらんらんと光っていましたわ。
でも、わたくしには聞こえましたの。
「....クラリッサ....クラリッサ...」
その時、ラファエロ主任が雄たけびを上げながら剣を構え走り寄ってきましたの。
主任が斬りかかると、
でも、主任は身を沈めてそれを躱すと、剣で
ところがその一撃も殆ど効果なしだったのか、
ラファエロ主任はジョバンニさんと同じように吹き飛ばされて、背後の長椅子に激突しましたわ。
しかも今度は長椅子がバラバラに壊れるほどの衝撃でしたわ。
でも、主任は呻き声を上げながらも立ち上がりましたの。
その胸の辺りは野獣の鉤爪による深い切り傷が走っていましたわ。鎖帷子を着ていなかったら致命傷になっていたところですわ。
「ラファエロさん!この方は元人間ですわ!殺してしまわないようにお願いしますわ!」
わたくしはまた叫びましたわ。
「ルクレティア嬢、世の中にはできることとできないことがある」
ラファエロ主任は頭からも出血しているようで、顔が真っ赤に染まっていましたわ。それでも主任は剣を構え直して
「お前に恨みはない。だがこうなった以上仕方がない」
ラファエロ主任は剣を下段に構えましたわ。
主任は上体を反らせてそれを回避すると、内小手の要領で
すると先ほどの一撃が効いたのか、
「次で止めだ。覚悟しろ」
ラファエロ主任はそう言いましたわ。
「ダメですわラファエロさん!」
わたくしはそう叫びましたけど、主任は答えずに剣を中段に構えられましたの。
ラファエロ主任は中段のまま摺り足で距離を詰めると、
そして
しかも主任は立ち上がると、右手で長剣の柄、左手でその鍔をつかみ、そのまま鉄棒でもするかのように身体を前に一回転させましたわ。
わたくし、剣術にあんなエグい技があるなんて想像したこともありませんでしたわ。
さすがの
着地したラファエロ主任、疲労困憊した様子で剣から手を離すと、フラフラと後じさりされましたわ。
わたくし、思わず
「ルクレティア嬢、離れていろ!まだ生きてるぞ!」
ラファエロ主任はわたくしの背後から手をかけて引き戻しながら言いましたわ。
すると、
彼は歯を剥き出しにして唸るとラファエロ主任を睨み付けましたわ。
「くそっ...とんでもなくタフな野郎だ。まずいぞ」
ラファエロ主任は呟きましたわ。
その刹那、祭壇の脇から声がしましたわ。
「二人とも伏せて!」
見ると、ジョバンニさんが立ち上がって杖を構えていましたわ。
ラファエロ主任はわたくしを抱き寄せると、身を低くさせましたの。
わたくしたちの頭上を雷撃が通り過ぎ、ラファエロ主任が
その途端、雷が
ラファエロ主任がわたくしに覆いかぶさっている間、ジョバンニさんはずっと雷撃を流しておられましたわ。
焚火の枝が弾けるような音がして、毛皮と肉が焦げる嫌な臭いが立ち上りましたわ。
雷撃が止んで目を上げると、
やがて人狼は大きな音を立てて仰向けに倒れましたわ。
わたくし、すぐにラファエロ主任の怪我をお調べしましたわ。
頭に酷い打撲と擦過傷、それに胸の傷が筋肉に達する程の重傷でしたけど、なんとか祈祷で治癒して差し上げることができましたわ。
でもジョバンニさんは頭部に打撲だけで済みましたわ。雷撃を喰らわせたことで
「こいつから話を聞くことはもうできそうにもないな」
ラファエロ主任は剣を
「もう十分よ。あたしたちだけで出生碑探しましょ?」
ジョバンニさんがそう答えましたわ。
お二人がそう言い合っている間に、わたくしは
するとお二人ともギョッとした顔をされましたの。
「ル.....ルクレティア嬢?一体何をしている?」
ラファエロ主任が尋ねられましたわ。
「御覧の通りですわ。この方は元人間ですから、裁判を受ける権利を有していますわ」
「ちょっとちょっとちょっとちょっと待ちなさいよルクレティアちゃん!あんた何考えて...」
わたくしがお答えするとジョバンニさんが気色ばんで仰いましたの。そこで、わたくしちょっと不躾だったけど手を上げて遮り、こう申し上げましたわ。
「この方が元人間、と申し上げた意味、お分かりになって?」
「お分かりになって...ってどういう意味よ?」
「わたくしの治癒祈祷は負傷だけではなくその方にかけられた呪いも解除しますわ」
「そりゃそうでしょうけども、それが一体何だっていう...」
ジョバンニさんはそこまで言うと、何かに気づいた様子で息を呑みましたわ。
「そういうことですわ。この方の人狼化が誰かのかけた呪いによるものだとすれば、治癒が完了した時点でこの方は元の人間に戻りますわ」
わたくしはそう言うと、また祈祷に戻りましたわ。
治癒にはしばらく時間がかかりましたけど、やがてその方の腹の傷が徐々に塞がるとともに、全身の毛が次第に薄くなってきましたわ。
ラファエロ主任とジョバンニさんは不安そうなお顔でしたけど、わたくしは一心不乱で祈祷を続けましたわ。
すると、とうとうそのお方が変身する前の姿に戻られましたの。
そのお方は横になって目を閉じておられたのが、徐々に目をお開けになりましたわ。
ラファエロ主任は用心深い様子で剣の柄に手をかけたまま仰いましたわ。
「ええ...その...なんだ...あ~....先ほどは手荒な真似をして済まなかった」
ラファエロ主任が言うと、その方は不思議そうな顔をして主任の顔を見上げられました。その目は、わたくしを連れ去ったときのギラギラと光る目ではなく、穏やかな目に戻っていましたわ。
「教えてくれ。君は一体誰なのだ?この屋敷の人間なのか?」
するとその方はお答えになったのです。
「へえ。いかにもそうでごぜえます。儂は使用人のルドヴィーコと申します」
「ルドヴィーコ、君はヴァルグ・エンリーコ・デメトーリオ伯に仕えていたのか?」
ラファエロ主任が尋ねましたわ。
「いいえ、儂は元々デメトーリオ様の使用人ではございませんです」
ジョバンニにさんに助け起こされると、ルドヴィーコさんは答えられましたわ。
「儂は、元々ベネディッタの奥様に仕えておりましたです。それでこの屋敷に来ることになったんでごぜえやす」
「ではルドヴィーコ...君に尋ねたい。ヴァルグ・エンリーコ・デメトーリオ2世の出生碑のありかを知っているか?」
それを聞くと、ルドヴィーコさんは下を向いてしばらく黙っておられましたわ。
「答えたくないなら構わん。君も仕えていた家への忠義があるだろうからな」
ラファエロ主任が言うと、ルドヴィーコさんは顔を上げて答えましたわ。
「旦那がた...実は、儂には一人娘がいたです。その一人娘が死んだのは、まさにその出生碑が原因なのです」
「出生碑が原因?」
「儂は...儂は..」
ルドヴィーコさんは呟くと震えながら俯かれましたわ。その両目には涙が溢れていましたわ。
「儂は.....クラリッサにもっと強く言って聞かせるべきだったのでさあ」
「どういうことだ?教えてくれ」
ラファエロ主任が尋ねましたわ。それでルドヴィーコさんも答えられましたの。
「誰でも...誰でもあれを見た者は死ぬように呪いがかけられているのでさあ。ですから旦那方も、ご事情は知りませんが、絶対にあれを見てはいけませんです」
わたくしたち三人は思わず顔を見合わせましたわ。ルドヴィーコさんは重ねて言いましたの。
「絶対におやめになって下さい。でないと命にかかわりますです」