てなわけで、俺、ラファエロは、ジョバンニとルクレティア嬢とともに、ヴァルグ伯爵家の元使用人であったルドヴィーコという男と話したのだった。
このルドヴィーコは人狼化していたのだが、俺とジョヴァンニが力を合わせ無力化したあと、ルクレティア嬢が祈祷により元の人間に戻したのだ。
そして彼の言うには、我々の探している出生碑には呪いがかかっており、誰でもそれを見たら死ぬのだとう。
いわく、ルドヴィーコには一人娘がいたのだが、まさにその出生碑を見てしまったがゆえに夭折してしまったというのだ。
俺たち三人はしばらく口をつぐんでいたが、やがてジョバンニが言った。
「ねえ、ルドヴィーコ。教えてくんない?あんたベネディッタの使用人だったら、知ってるでしょ?ヴァルグ・エンリーコ・デメトーリオ2世の父親‥‥つまり、ベネディッタの次女エリザベッタの夫って誰だったの?」
それを聞くと、ルドヴィーコは目を丸くしていたが、やがて激しく震え始めた。
「ちょ..ちょっとあんた大丈夫?答えたくなかったら答えなくても...」
慌ててジョバンニが言う。だがルドヴィーコは震え声で呟いた。
「儂は...儂は....見てしまったのです...」
ジョバンニはルドヴィーコの傍らに座ってその背中をさすった。
「見た...って...何を?...話せる範囲で構わないけど...話してくんない?」
ルドヴィーコはしばらく黙った後、口を開いた。
「.....儂は....ベネディッタ奥様の下男としてこの屋敷に来たのです。そして長女のアドリアーナお嬢様がお亡くなりになったあと、次女のエリザベッタお嬢様が突然身籠られたのです」
俺たちが一心に耳を傾ける中、ルドヴィーコはポツポツと語った。
「ご存じのように儂のような使用人は、高貴な方々の間で何があったのか詮索できる立場ではありませんです。でも、儂には大体見当がつきました。お嬢様は道ならぬ恋に身を焦がして身籠られたと。それで、儂ら使用人や下女たちは粛々と出産の準備を進めましたです」
「じゃあ、あんたはエリザベッタの夫の顔を見たことはないのね?」
ルドヴィーコは頷いた。
「儂らには暗黙の了解がありましたから、エリザベッタお嬢様のお相手については噂話もほとんどしませんでした。儂はおそらくどこかの貴族のご子息だと思っておりましたけども..」
ルドヴィーコは息を継いで続けた。
「そして出産の日がやってきました。産婆と下女が一人づつ、ベネディッタ奥様とともにエリザベッタお嬢様の寝床に付き添い、儂ら他の使用人は部屋の外で待機していました」
彼はそこでごくりと唾を飲み込んだ。
「でも、お嬢様は産気づくと、酷く苦しげな声を上げられたのです。儂は自分の妻が娘を産むときも近くにいましたが、あんな恐ろしい声は出さなかったです。エリザベッタお嬢様はまるで拷問を受けているかのような恐ろしい声を上げておられました」
ここでルドヴィーコは溜め息をつき、少し間を置いてからまた口を開いた。
「儂ら使用人は顔を見合わせましたです。もしかすると医者を呼ぶ必要があるかも知れない。そう思った儂は奥様の判断を仰ごうとして寝室の扉を開けて中に入ったのです。そうすると.....」
ルドヴィーコはまた震え始めた。その目は大きく見開かれていた。
「儂は...儂は見たのです.....産婆の手に抱かれているそれを.....」
俺とジョバンニは顔を見合わせた。
「『それ』とは、つまり赤子時代のヴァルグ・エンリーコ・デメトーリオ2世だな。そうだろう?」
ルドヴィーコは軽く頷くと、呟いた。
「それは...それは.....ただの赤子ではありませんでしたです...」
俺とジョバンニは再び顔を見合わせた。ルクレティア嬢がルドヴィーコの傍らに座ると、ジョバンニとともにその背中をさすった。
「それは...頭に小さな角が二つ生えていて...その顔は完全に大人の顔だったです.....」
それを聞いたジョバンニは手を口に当てて怖気を振るった顔をした。俺はルドヴィーコに尋ねた。
「外見が普通ではなかったということか。他には変わった点はなかったか?」
問われたルドヴィーコはブルブルと首を振った。
「他は普通の赤子だったんだな?」
俺が確認すると、ルドヴィーコは叫んだ。
「喋ったんでさあ!あいつは...あいつは大人の声でしゃべったんでさあ」
「喋った...」
俺は驚いて繰り返した。
「喋ったって...何を喋ったのか、覚えてる?」
ジョバンニがルドヴィーコを気遣いながらもそう聞いた。
「....覚えていますとも。忘れやしません。あいつは...あいつは...こう言ったのです」
ルドヴィーコは何度も生唾を呑み込むと、続けた。
「『そのほうら、ご苦労だった。余はとうとうこの世に生まれてくることができた』...と。それに...それに...」
俺たちが息を潜めて耳を傾けているとルドヴィーコは続けた。
「『時が満つればハデスの門を開き、2億の朋友を率いてわが王権を打ち立てん』....と言っていましたです」
それを聞いた瞬間、ルクレティア嬢が顔を上げた。
「預言ですわ」
「預言?」
俺は怪訝に思って尋ねた。
「後でお話しますわ」
ルクレティア嬢はそう答えると、震えているルドヴィーコの肩に手を置いて慰めた。
「さぞお辛いでしょうね。その上お嬢様を亡くされて....」
「ちょっとぉルクレティアちゃんも寛大過ぎない?こいつあんたを誘拐した張本人じゃない」
ジョバンニが突っ込むと、ルドヴィーコは顔を上げた。
「わ...儂がこのお嬢様を?」
「そうよ。あんた、呪いをかけられていた状態だったとはいえ、女子に手をかけるなんて不届きもいいところよ」
ルドヴィーコは驚きに声も出ないような様子だったが、やがて言った。
「わ...儂は全く覚えておりませんでした....とんだ失礼を....」
「呪いがかかっている間は記憶がないのですわ。仕方ありませんわ」
ルクレティア嬢はそう言ってルドヴィーコに微笑みかけた。
「ルドヴィーコ、じゃあ君はいつから記憶がないんだ?」
俺は聞いてみた。ルドヴィーコは少し考えると答えた。
「エリザベッタお嬢様が出産されてしばらくしてから、儂らは引っ越すことになり、荷物を纏めていたのです。そのときベネディッタ奥様に呼び出されたのです。そして、奥様は儂の今までの労を労って懇ろな言葉をかけて下さいました。でもそこから先を覚えていないのです」
「その時だったのね、人狼化の呪いを受けたのは」
ジョバンニは言った。
「旦那方...儂も一つお尋ねしたいんですが」
ルドヴィーコは顔を上げて俺たちを見た。
「今は一体王国歴何年なのでしょう?見たところこの屋敷も打ち捨てられて久しいように見えますが」
「今は王国歴1767年。ルーラル・ヴィットリーオ6世の治世だ」
俺が何気なく答えると、ルドヴィーコは魂消た顔で口を大きく開けた。
「じゃ...じゃあ...旦那方....もう200年近く.....」
「気の毒だが....そういうことだ」
俺は言った。
すると、驚いたことに、ルドヴィーコの風貌がみるみるうちに変化し始めた。頭髪は抜け落ち、歯は欠け、皮膚が皺だらけになった。
その体躯は急速に痩せさらばえ、座っていられなくなったのをジョバン二とルクレティア嬢が慌てて横たわらせた。
ルドヴィーコは喘ぎながら呟いていた。
「儂は...儂は...今まで一体何を.....」
俺は床に身を屈めると尋ねた。
「最後に教えてくれ。エリザベッタの寝室はどこにある?」
ルドヴィーコは首を振った。
「旦那...いけません...あれを見たら死んでしまいます」
「我々はその呪いを解いてみせる。そのほうが君の娘も浮かばれるはずだ。そうだろう?」
俺が言うと、ルドヴィーコは弱弱しく呟いた。
「....それは奥様の部屋の隣です。出産後しばらくして、奥様はお嬢様と赤子が人目に触れぬよう、その寝室を隠し部屋に作り替えられたです。でも秘密の扉があって、そこからお嬢様の部屋に..」
「ありがとう、ルドヴィーコ」
俺は礼を言った。ルクレティア嬢はルドヴィーコの頭を自分の膝に乗せた。
「ルドヴィーコさん。最後の告解、わたくしがお聞きいたしますわ」
「ああ....クラリッサ...可哀そうなクラリッサ.....」
ルドヴィーコは呟いた。落ちくぼんだ目からは涙が流れていた。
「あの子が朝夕祈る声を今でも思い出しますです....儂の身に祝福があるようにといつも祈ってくれていたです....」
「ルドヴィーコさん、お嬢様が信心をお持ちでしたら、きっと天国で再びお会いできますわ。さあ、これまでの罪を告白して悔い改めをなさってくださいな」
ルクレティア嬢が促すと、ルドヴィーコは蚊の鳴くような声で告解を始めた。全ての文言を言い終えると、彼は静かに息を引き取った。
「少なくともこの方の魂はきっと救われたはずですわ」
ルドヴィーコの頭をゆっくりと床に横たえると、ルクレティア嬢は手で涙を拭いながら立ち上がった。
「ジョバンニ、君はやはり同情を感じないのか?」
俺はそう言った。ジョバンニは怪訝な顔で聞いてきた。
「なによいきなり。どういう意味よ?」
「社畜になるのにも本人に選択の余地がない場合もあるということだ。そうだろう?」
「選択の余地がないってのは語弊があると思うわ」
彼は言葉を探していたがやがて続けた。
「教育の問題もあるのかも知れないわ。つまり、そもそも他の可能性に気づいていないってこと。それは本人の責任じゃない?」
「誰もが高い教育を受けられるわけじゃあないぞ」
「本人の心がけ次第って面もあるじゃない。学びたいって思い続ける人間にはチャンスか巡ってくるものよ」
ジョバンニは食い下がった。するとルクレティア嬢が言った。
「あの、ラファエロさん、ジョバンニさん?わたくし、修道院の寮の門限がありますの。そろそろ....」
「そうよ、のんびりしてる場合じゃあないわよ」
二人に言われて俺は我に返った。
「そうだったな‥‥よし、まずはジュゼッペを回復させよう。それから出生碑の捜索だ」
我々はジュゼッペのもとに向かうと、ルクレティア嬢に彼を治療してもらった。
そして今度は二階に登り、建物を横に走る廊下の左右にあった寝室を片端から調べていった。
ベネディッタ夫人のものと見られる寝室はすぐに見つかった。最も豪奢な寝台がある部屋をそれと見当をつけたのだ。
我々はその部屋の内部をしばらく探し回っていたが、やがて壁の板に不自然な境目があるのを見つけた。ジョヴァンニが解錠魔法を唱えると、その板が静かに音を立てて開き始めた。
板が完全に開くと、そこには扉があった。
我々は顔を見合わせたが、俺は心に思っていた計画を皆に話した。
「ルクレティア嬢、死んだ者を蘇生させた経験はあるか?」
ジョヴァンニがぎょっとした顔で俺を見た。
「ちょっとラファエロ...あんたまさか...」
「そのまさかだ。俺が行く」
ルクレティア嬢は真剣な顔で考えていたが、やがて口を開いた。
「わたくし自身は経験はありませんわ。ただ、記録では聖女が死者を蘇らせた事例は確かにございますけども....」
「こうしよう。俺の足首に布で作ったロープを結びつけてくれ。そして俺が中に入り、出生碑を携帯式魔法電動画像転写装置で撮影する。それから拓本も取ろう」
俺は二人を交互に見ながら続けた。
「もし俺が呪いで死んだら、ロープを引っ張るんだ。そしてその時は、ルクレティア嬢、君に頼みたい」
「あんたもつくづくムチャなこと考えるわね」
「だがこれ以外に方法はない」
ジョヴァンニが首を振りながら呟いたが、俺は答えた。
「もしも蘇生しなかったらどうするのよ?」
「その時は、俺が確保した証拠を持って三人で王城に戻れ。ヴァルグを失脚させるにはそれで十分だろう」
三人は押し黙ってしまったが、俺はカーテンを引きちぎってロープを作り始めた。
ロープができると、ジョヴァンニは跪いてそれを俺の足首に結びつけた。ジュゼッペはその先端を持つと言った。
「ラファエロの旦那、何があってもワシが必ず引っ張り出すです」
俺は微笑んで頷いた。ルクレティア嬢も俺の肩に手をおいて短く無事を祈った。
俺は現れた扉を開けると中に足を踏み入れた。
部屋の中は真っ暗だった。俺は腰につけたポーチから蝋燭を取り出して火をつけた。
ガランとした部屋の隅に寝台が置かれている。壁際には本棚や化粧台も配置されているが、どれも空になっているようだった。
出生碑を探して俺は目を左右に走らせた。だがそれらしきものは見当たらない。
だが俺は思った。ルドヴィーコの娘はそれを偶然見てしまったのだ。ならば、見つけ出すのはそれほど困難ではないはずだ。
俺はふと思い立って、化粧台に近づきその三面鏡を開いてみた。
やはりだ。
三面鏡のうちの一枚、左の鏡の中央に金属のプレークが嵌められている。その表面には三行ほどの文章が刻まれていた。
俺は蝋燭を化粧台に立ててそれを照らすと、携帯式魔法電動画像転写装置で何度も撮影した。
だが、その瞬間、俺は異変を感じた。
心臓が狂ったように早鐘を打ち始め、呼吸が苦しくなってきた。
ふと三面鏡を見ると、鏡に写った自分の顔が異様に青白く、目の下に深い隈ができている。
眼の前が暗くなってきた。激しい頭痛がして、俺は思わず自分の頭を押さえて呻き声を上げた。
「ラファエロの旦那!」
外で聞きつけたのか、ジュゼッペが叫んだ。
「まだだ!作業が終わっていない!」
俺は叫び返した。画像転写装置をポーチに仕舞うと紙と鉛筆を取り出し、出生碑に押し当てて拓本を取り始めた。
目眩がし、足元がふらつく。ようやく拓本を取り終えると、俺は紙を握りしめたまま床に倒れ込んだ。
足首に結び付けられたロープが引っ張られ、俺は引き摺られるようにして部屋の外に出た。
「旦那!旦那!」
ジュゼッペとジョヴァンニが俺を助け起こす。俺は目を開けるのもやっとだった。ルクレティア嬢が俺の傍らに駆け寄り、祈祷を始めた。
俺はほとんど気を失いかけていた。耳にはルクレティア嬢の祈祷の声が響く。
どれくらい時間が経過しただろう。いつしか俺はうとうとし始めていた。あるいは本当に眠ってしまったのかも知れない。いや、もしかすると一度死んだのかも知れなかった。
だが、突然ジョヴァンニが歓声を上げる声が聞こえた。目を開けると、彼は涙を流しながらジュゼッペと抱き合っていた。ルクレティア嬢はやや疲れた顔で額の汗を拭いている。
俺は上体を起こすと皆の顔を見た。するとルクレティア嬢はいたずらっぽく笑いながら俺に言った。
「もう修道院の寮の門限はとっくに過ぎてしまいましたわ。わたくし生涯初めての不始末ですのよ」
「済まない、ルクレティア嬢」
「ラファエロの旦那...ワシは難しいことはわかりませんが...旦那は世界一の勇者です」
ジュゼッペが言う。俺は照れ笑いすると黙って庭師の肩を叩いた。
ジョヴァンニは涙を拭いていたが、俺と目が合うと不貞腐れた表情で目を逸らした。俺は肩をすくめると、手に握っていた拓本をルクレティア嬢に渡した。
「これが動かぬ証拠だ。反撃開始できるぞ」
ルクレティア嬢も微笑みながらそれを手に取って開いた。だがその瞬間彼女の顔が凍りついた。
「どうした、ルクレティア嬢?」
ルクレティア嬢は見たこともないほどの真剣な顔をしていたが、やがて呟いた。
「.....わたくしたち、事態を甘く見ておりましたわね」
「どういうことよ、ルクレティアちゃん?」
ジョヴァンニが尋ねた。ルクレティア嬢が顔を上げた。
「敵の正体はわたくしたちが思っていたよりはるかに強力ですわ」
我々が見つめていると、彼女は続けた。
「光輝ける暁の子、ツロの君主、訴える者。それが彼の名ですわ」