「では、本日の訓示は以上である。各自、宿営に戻れ」
私はそう締めくくると、広大なヴァルグ城の前庭に設えられた講壇を降りた。
目の前には、夥しい数のオークどもとゴブリンども、さらには数匹のトロルどもさえも並んでいる。
だが、彼らはただの魔物ではない。
ルーラル王国攻略のため、ヴァルグ様が手づから集められ、私にその管理を任された精鋭部隊だ。
屈強なオーク突撃部隊。ゴブリンの弓兵、歩兵、さらには破城槌・攻城櫓となるトロルを操る工兵部隊。
私は両手を後ろに組んでゆっくりと歩きながら部隊の様子を観察した。
私の名?
私の名はセレク=ヴァル=ノクスだ。
魔族の中の希少種であり貴族ともいえる「竜人」。
その比類なき知能と飛行能力ゆえ、他の魔族たちからは畏怖と尊敬の目で見られている。
私の後ろから付き従う同じく竜人の部下、ヴァルキスによれば本日の私の訓示の長さは四十五分間だったという。
だが訓練を重ねた部隊であっても、たったそれだけの時間直立不動を保つことができない連中もいる。
今日などはあからさまに後ろをチラチラと見ていた奴らさえいたのだ。
私は講壇の上から見えていたそんな連中の位置をヴァルキスに指示した。懲罰を与えるためだ。
「ノクス様、今回はいかがいたしましょうか」
私の意図を察したヴァルキスが尋ねてくる。
「適当に打ち据えておけ。殺さない程度にな」
ヴァルキスは頷くと、剣を抜き、背中の翼を広げて当該の部隊のほうまで飛んで行った。
彼はほんの数秒で目標とする部隊の中に降り立つと、手当たり次第に剣の平で兵士たちを打ち叩き始めた。
「だ...旦那!嘘じゃねえです!本当に怪しい奴らがいたんです!」
「言い訳は無用だ。根性を叩き直してやる」
兵士たちの悲鳴とヴァルキスの声が聞こえる。私は満足した。
私は一通り視察を終えると、城の建物の足元まで来た。
ヴァルグ様の居城は十四階建て、難攻不落の巨大建築だ。
それゆえ最上階におられるヴァルグ様に何かを伝達するには兵士どもを使っていては時間がかかる。
そして、ここにこそ我ら竜人が重用される理由がある。
私は背中の翼を広げると、それを羽ばたかせて一気に上昇した。
螺旋を描くように城の周囲を飛行しながら高度を上げ、最上階のバルコニーに降り立つと、開いていた扉から室内に入り、跪いて礼をした。
「ノクスか?」
ヴァルグ様は大きな樫のデスクの後ろに座り、手に持った書状のようなものを読んでおられた。
「はっ。ノクスにございます」
私は頭を下げると報告した。
「主力軍の練度は上々です。いつでも出撃できる状態にあります」
「そうか」
ヴァルグ様は手に持った書状から目を離さないままお答えになられた。
私は顔を上げた。そして私の鋭敏な視力は、その書状の便箋の裏から透けて見える文字を一瞬にして読み取った。
そこにはこうあった。
「親愛なるパパ......ボォクは一人前の男になりたいと思います。パパには感謝しています。ここを出て行きますが、探さないでください。ディオより」
私は一瞬だがうろたえた。
見てはいけないものを見てしまった気がしたからだ。
ディオ様は、ヴァルグ様の養子であり、歳こそ若いがその魔力は折り紙つき。わが軍の実質ナンバーツーである。
「下らん。女などに入れあげおって」
ヴァルグ様は小さく呟くと、手紙をグシャっと握りつぶしごみ箱に放り捨てられた。
「ノクス、軍の総数はどれくらいだ」
「はっ。現在集結しているのはオーク突撃部隊が千二百。ゴブリン弓兵部隊が千。ゴブリン歩兵が千。トロル八匹を連れたゴブリン工兵部隊が四百....しかし侵攻開始時には各地に送られた伝令の指示に従ってグール(屍鬼)から人狼まで地元の魔族たちが合流することになっております。結果、わが軍の総数は一万を超えるかと」
「ふむ...」
ヴァルグ様は椅子の背もたれにもたれ掛かりながら顎に手を当てて考えておられた。
「陛下、ご安心を。このノクス、地上のどの国にもわが軍に対抗できる勢力は存在しないものと...」
「いや、軍事力の心配はしておらぬ。所詮ルーラル王や貴族どもなど腑抜けの集まり。だがそれより心配なのは戦争により奴ら人間の間に同胞愛や愛国心を目覚めさせてしまうことだ。平和は人間の心を軟弱にする。平和を表面上だけでも保ちつつ人間界と魔物界を融合させるのが最善の策だったのだが....やつらが邪魔しおったのだ」
「あの小娘と...『庶務騎士団』..ですか?」
「そうだ。奴らのせいでプランAは無くなった。儂にしてみれば軍事的勝利など砂を食べるほどに味気ないものだ。実に詰まらん」
ヴァルグ様は鼻を鳴らした。私はここで、恐る恐る気になっていたことを切り出した。
「陛下。ところで此度の戦さにおけるディオ様の役割は....」
「きゃつの名はもう口にするな、ノクスよ」
ヴァルグ様がさも忌々しそうに私を遮られたので私は慌てて首をすくめた。
「きゃつはやはりただの人間であった。女など欲望のはけ口程度に扱っておればよいものを、自分が逆にほだされおって。まあ、きゃつがおらずとも大勢に影響はない。そうであろう、ノクス?」
尋ねられた私は畏まって答えた。
「それはもう....通常兵力だけで敵を圧倒できることは確実ですゆえ」
私は脳裏にある考えが浮かんでくるのを抑えられなかった。
ナンバーツーのディオ様が離脱されれば、当然わが軍の序列は変わる。
だが私は野心を悟られないよう、さりげない口調でヴァルグ様に尋ねた。
「しかし....賢い若様のことです。外の生活の厳しさを学ばれたら戻って来られるのではないでしょうか?」
「仮にそうなったとしても元の地位には戻さぬ。示しがつかぬからな」
ヴァルグ様がそう断定されたのを聞いて、私は心の中に喜びが湧き上がった。
つまり、私がナンバーツーに昇格するということだ。
私は顔がニヤつかないよう細心の注意を払いながら報告を終えて立ち上がろうとした。
その時であった。バルコニーに誰かが降り立つ音がした。
目をやると、私のもう一人の部下、ゼラフィスが戸口から入ってきて跪いた。
「ヴァルグ様、ルーラル王国からの使者が門前に到着してございます」
「使者とな。名は?」
「貴族会議の代表ディアナ伯爵と申す者です。講和条約違反への王国側の対応について伝達したいと」
私がヴァルグ様の顔を見上げると、ヴァルグ様は軽く顎をしゃくって仰った。
「ノクス、お前が適当に処理しろ。だが今の時点ではできるだけ流血は避けるのだ」
「ヴァルグ様、例の『庶務騎士団』については...?」
「ああ、あの連中は殺して構わん。だが魔法使いだけはあのままにしておけ。利用価値がある」
「かしこまりました」
私はゼラフィスに向き直った。
「私は捕虜を連れて後から行く。使者は門前で待たせろ」
私とゼラフィスはバルコニーから飛び立った。彼は高い城壁の先にある門前に向かい、私は城の一階まで降り立つと、手近のゴブリンどもを連れて扉から中に入り、そこから階段を降りて地下牢に向かった。(昇降機はヴァルグ様とディオ様専用だからだ。)
だが、地下牢に着き、そこにあったものを見たとき私は一瞬呆然となった。
そこには二匹のゴブリン番兵の死体が転がっていた。鎧が剥ぎ取られている。
そして、庶務騎士団のメンバー三人を閉じ込めておいた三つの房の扉のうち二つが開いていた。
私が立ち尽くしていると、扉の開いた房から小柄な人影が出てきた。
ルクレティアとかいう小娘だ。
私は驚きのあまり言葉も出なかった。小娘はディオ様の居室にいたはず。また、牢の扉は象でも破れない特別製の上、錠はダイヤル式だから鍵を奪われ開けられることもない。
部下のゴブリンどもは我に返ると、小娘に襲い掛かって地面に押さえつけ縄で縛った。
「ちょいとあんたたち何すんのよ!レディーの扱いがなってないじゃない!」
開けられていない房の中から声が聞こえてきた。あの魔法使いだ。
「わたくしなら大丈夫ですわ、ジョバンニさん」
小娘はゴブリンどもに跪かせられながら答えた。
私は怒りに我を忘れそうになるのを堪えながら、剣を抜き放って小娘の首筋につきつけた。
「答えよ。ここで何があった?」
「やめなさいよケダモノ!女の子に刃物突き付けるなんて最低よ!」
また房の中で魔法使いが騒ぐ。ゴブリンたちの一匹が剣を振り上げ威嚇し、黙らせようとした。
「確か、ノクス様と仰いましたわね?」
小娘は顔を上げた。
「まず最初にお詫びいたしますわ。ゴブリンの番兵さんたちを殺したのはわたくしです。お二人とも立派に戦われましたから、名誉ある死と考えていただきたいですわ」
私は小娘の丁寧な物言いにますます腹が立ち、もう少しで剣を引いて刃で喉を掻き切ってしまうところであった。
「で、貴様の二人の仲間は?」
「ここにはおられませんわ。あなたが訓示をなさっている間に脱出しましたの」
私の脳裏に、後ろをチラチラと振り返っていた注意散漫な兵士たちの姿が思い浮かんだ。
「怪しい奴らがいた」という彼らの発言も。
しかも、今現在は二千を超える兵を城に集結させている。さらに、宿営が城外にも設けられており、出入りを可能とするため城門は完全には閉鎖しないこととしている。
奴らがゴブリンに変装していたのなら脱出はさほど困難ではない。
「だが牢には鍵がかかっていた。どうやって開けた?」
「もちろん魔法でですわ」
小娘はそう言うと微笑んだ。
私は猛烈な怒りに耐えられず、平手で娘の顔を思い切り叩いた。
娘はたまらず吹きとび床に倒れ伏した。
「なにすんのよトカゲ野郎!今度やったらあたしがこっから雷で打ってやるわよ!」
房の中から魔法使いが叫ぶのが聞こえた。
私は頭を振って冷静さを取り戻そうとした。
死体の具合から見ると、殺されてから一時間以上は経過している。
二名の捕虜は今頃、城門から出て最寄りの里目掛けひた走っているだろう。
人里で変装を解かれたらもはや見つけ出すのは不可能に近い。
........だが私は深呼吸して徐々に心を落ち着けた。
捕虜に逃げられたのは失態だ。だが幸いなことに逃げたのはヴァルグ様が確保を厳命された魔法使いではない。それに魔法使い以外にももう一人がここにいる。
私は剣を納めると、ゴブリンどもに娘を立たせるよう指示した。
娘を連れて階段を登り、地上階に出ると、前庭を横切って城門から外に出る。
やがて、少し離れたところに四頭立ての高速馬車が停車しているのが見えた。
その周囲にはゴブリンやオークの兵士たちが行き来しており物珍しそうな視線を馬車に投げかけている。
馬車の隣に立っていた部下のゼラフィスは、私に気づくと馬車の扉をノックした。
扉が開くと男が一人降車してきた。ルーラル王城で会ったディアナ伯とかいう者だ。
ディアナ伯は我々のほうを見るなり、目を見開いて叫んだ。
「ルクレティア!」
「お父さま!」
娘もまた声を上げた。娘を連れていたゴブリンが手に力を入れ、身じろぎしないよう押さえつける。
だが私はその二人のやり取りを聞き逃さなかった。
父娘だと?
偶然とは恐ろしいもの。
ルーラル王国貴族会議の代表者が、この腹立たしい小娘の父親だというのだ。
私は気づかれぬよう、ニヤリと笑った。ならば、やるべきことはただ一つ。
私は馬車から少しの距離を置いて立ち止まると、ディアナ伯に呼びかけた。
「遠路はるばるご苦労であった。ご用向きを承ろう」
ディアナ伯は我に返ると私に向き直った。
「これはノクス閣下。お出迎えいただき光栄にござる。このディアナ、王国貴族会議の代表者として此度の事件に対する我々の返答を携えて参上した。ヴァルグ伯に仲介を依頼しようとここに立ち寄ったのですが、閣下にすぐお目通りできるとはありがたく存じる」
「我々のほうでも貴下からの知らせをお待ちしておりましたゆえ。ではお聞かせいただこう」
私が答えると、ディアナ伯は巻物状の書状を取り出し、読み上げ始めた。
「ルーラル王国貴族会議はここに決議す。剣士ラファエロ、魔術師ジョバンニ・メルリーノ、斧使いジュゼッペ、および...聖女ルクレティア・ヴァン・ディアナによる休戦講和条約の違反事由につき、これを事実と確認した。ゆえに、貴族会議は容疑者を厳しく糾弾するとともに、彼らをルーラル王国の法に則った厳正な裁判を通じて処罰する。また、賠償金として総額5億ルピーを支払う。なお、賠償金支払いは五度に分割され第一回を一週間以内に支払う」
ディアナ伯は巻物を仕舞うと、一歩進み出た。
「以上が王国側の返答となります。ノクス閣下におかれましてはこれをわが方の誠意と認めていただき、容疑者をこちらに引き渡していただきたい」
「それはできかねる」
私が即答すると、ディアナ伯は驚愕の表情となった。
「で....できぬ...と。一体なぜです!?」
「状況が変わりましてな」
私は平静な声で説明した。
「容疑者四名のうち二名が先ほど脱獄した。そしてこの娘は.....」
私はゴブリンどもが押さえつけている娘を指さした。
「その脱獄劇に際してゴブリンを二名殺害した。罪の上に罪を重ねたのだ」
「なっ........」
ディアナ伯は絶句した。
「わが方は、条約の精神に則り極力平和的な解決を志してきた。だがここまでそれを踏みにじられると我々も立つ瀬がないというもの。従って、貴殿らの誠意は言葉でなく、行動で示していただきたい。すなわち.......」
私はゴブリンどもに合図すると、小娘を手離させた。
「まず、この娘を今すぐ処刑して頂きたい。それも貴殿ご自身の手で」