出撃!庶務騎士団   作:nocomimi

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ただの調理アシスタントであるボクが経験したとんでもない冒険はこういういきさつでさ

やあ、また会ったね。

 

ボクだよ、フレデリコだよ。

 

ホントに、あとにも先にもあんな経験はしたことがなかったよ。

 

ボクは、王様の応接室の前で王様とディアナ伯爵の会話を立ち聞きしてしまって以来、

 

ディアナ伯爵の特別従者に任命されてしまったんだ。

 

厨房は一時的に閉鎖。

 

ボクは驚くほど上等な服を着せられ、

 

言葉遣いと振る舞いに関する簡単なレッスンを受けたあと、

 

伯爵の馬車に乗せられて出発したんだ。

 

その馬車は四頭立てでありながら、客室は細く流線形で、極限までスピードに特化している型だった。

 

御者のアントニーオさんはベテランで、口数は少なかったが腕は確かだった。

 

馬車は凄まじい勢いで街道を進んでいく。

 

それでいて、馬車の客室は騒音防止機能がついているらしく、ボクは伯爵とゆっくりお話しをすることができた。

 

「娘は死を覚悟していたんだ」

 

ボクの隣に腰かけた伯爵は前を見たまま言った。

 

「あれは残していった手紙にこう書いていた。今回の任務で生還できる自信はあまりない。だが成功すればしばらくの間は王国の危機を避けられる、と。そのためこの命を捨てることになったなら、先立つ不孝を許してほしい、とな」

 

それを聞いたボクはひどく驚いた。

 

ルクレティアちゃんの騎士団での仕事は単なる魔物退治やダンジョン探索ではなかったのか?

 

それが、王国の滅亡と生存がその成否にかかっているというほどの重要なミッションをいつの間にか任されていたなんて。

 

ボクは改めて自分の不甲斐なさを思い知った。

 

キラキラとした目で偉大な理想を語ってくれたルクレティアちゃん。

 

その彼女の眩しさに憧れたボクは、せめて料理の世界で一人前になれば、少しは振り向いてくれるかな、というささやかな夢を抱いていた。

 

だけどその彼女は、王国を危機から救うために命さえ投げ出そうとしている。

 

ボクは一体何をやっていたんだろう?

 

ボクは両膝の上で拳を握り締めた。

 

「フレデリコや。前も言ったとおり、お前には感謝しているんだ」

 

ディアナ伯は優しい目でボクを見つめると、ボクの肩に手を置いてくれた。

 

「ルクレティアはいつも平気な顔を装っていたが、ダンジョン探索によって受ける精神的ダメージは決して小さくはなかったらしい。特に人の命を救えなかったときの失意には眠れぬ夜もあったと聞く。だがそのような時に、フレデリコよ、お前と会話すると心が癒された、と娘は申しておったのだ」

 

ボクはそれを聞いた瞬間たまらず泣き出してしまった。

 

「泣くでない、フレデリコよ」

 

伯爵は父親のような声で苦笑いすると、ボクにハンカチをくれた。

 

「さあ、お前も知ってのとおり、王陛下は私にルクレティアと庶務騎士団員救出のための全権を授けてくださっている。お前は彼らの身の回りの世話をしてやれ。特に、しばらく牢に閉じ込められていたら栄養も不足しているだろう。お前の料理の腕を振るってやるのだ。よいな?」

 

ボクは涙を拭きながら何度も頷いた。

 

トランクルームには野外用ストーブと食材と調理器具が山と積んである。

 

ルクレティアちゃんと騎士団のみんなに再会できたら、まずはとびきりのスープを振る舞うんだ。

 

それから前菜は、メインは...ボクはそんなことを忙しく考えることで、心を紛らわした。

 

本当は、ルクレティアちゃんが魔物どもに捕らわれていると考えるだけでも心配で気が狂いそうになるからだ。

 

馬車は日中は殆ど停車しなかった。夕暮れどきに街道沿いの宿屋に入り、夜明けとともに出発する。

 

そうして二泊三日ほどでボクたちはアブレンツィオ地方に入った。

 

まずは、仲介を頼むためヴァルグ伯爵を訪問するのだ。

 

ディアナ伯爵の話では、ヴァルグ伯爵そのものが魔物たちの仲間だというのはもう皆にバレているとのことだったが、相手を油断させるためまだ気づいていないように振舞うのだ。

 

やがてボクたちはヴァルグ伯爵の城の前に到着した。

 

それは途方もない大きさの城だった。

 

敷地面積も建物の大きさも王城の数倍はある。

 

高い城壁の向こうには雲を突くような背の高い天守閣。

 

城壁の門は分厚い鋼鉄製で、一度締められたらどんな大軍が攻め寄せても破れなさそうだ。

 

そして、今はわずかに開けられていたその門を見ていてボクは仰天してしまった。

 

オークやゴブリンたちが堂々とそこを出入りしているのだ。

 

魔物たちの実物を見たことのなかったボクは一気に緊張し、口を真一文字に結んだ。

 

ディアナ伯は溜め息をついた。

 

「やはり思った通りだな。ヴァルグ伯はご自分の素性を隠す気を失ってしまわれたらしい」

 

「伯爵、どうなされるんですか?」

 

ボクは心配になった。

 

こんな場所で馬車を降りたら、いつ魔物たちに襲われるかわかったものではない。

 

いや、もちろん建前上では条約があるから向こうもこちらに手は出せないことになっている。

 

でも相手は魔物なのだ。

 

紙っぺら一枚の条約ですぐ友達になれるような連中だとは思えなかった。

 

「.....ここで私が退くわけがなかろう」

 

伯爵は腰に提げた細身の剣を抜き放ってその刃を点検すると、また鞘に納めた。

 

「行って話をつけてくる。フレデリコ、お前は車の中で待っておれ」

 

「でも....」

 

「心配するな。これでも剣術の鍛錬は欠かさずやってきた。自分の身くらい自分でも守れるわい」

 

そう言うと、伯爵は扉を開けて外に出て行った。

 

ボクは窓ガラス越しに伯爵の後ろ姿を目で追った。

 

周囲ではゴブリンやオークたちが、ボクには聞き取れない言葉で何事かを喋りながら行き来しており、彼らの武具がガチャガチャ音を立てている。

 

やがて伯爵は戻ってくると、一旦後部トランクに回って何かを取り出し、それからドアを開けて客室に乗り込んできた。

 

「どうでした?」

 

「奴らの伝令らしき者に用向きを伝えた」

 

伯爵は厳しい目つきをしながら答えた。

 

「魔物だらけですね。人間は一人もいないみたいだ」

 

ボクはまた窓の外を眺めた。

 

「フレデリコ、これをもて」

 

伯爵は鞘に入った小刀をボクに差し出した。

 

「え..ええっ...?伯爵、これって...」

 

「いいか、万一のときは敵の胴を狙って思い切り突くんだ。わかったな?」

 

ボクは小刀を手のひらに乗せたまま言葉を失った。

 

それは思っていたよりずっと重かった。

 

ボクは料理人だから刃物で肉を切るのは慣れている。でも、戦いとなったそれは全く別だ。

 

両手がたちまち冷たくなり、手のひらに汗がにじんできた。緊張で頭が痛くなりそうだ。

 

さっきから伯爵は一言も喋らない。

 

ボクは窓に顔を向けてまた外を見た。

 

その時だった。

 

ディアナ伯爵の座っているボクと反対側の客席の窓を誰かが叩いた。

 

思わずビクッとなってそちらを見ると、顔が鱗だらけの背の高い男が降りるよう伯爵に手招きしている。

 

ディアナ伯爵は頷くと、ドアを開けて出ていき、その男の後ろをついていった。

 

ボクは怖かったけど、音が聞こえるようにドアを軽く開けたままにしておいて伯爵の動きを見つめていた。

 

伯爵はやがて立ち止まった。

 

少し離れたところには、鱗だらけの男がもう一人いる。

 

その傍らにはゴブリンが数匹いて、小柄な女性を引き据えていた。

 

ボクは殆ど心臓が止まりそうになった。

 

ルクレティアちゃんだ。

 

髪は乱れ、上半身は縄で縛られていて、

 

片方の頬には痛々しい青あざがくっきりとついていた。

 

ボクはもう少しで馬車から飛び出しそうになった。

 

でもボクは必死で思いとどまった。

 

相手を警戒させちゃだめだ。

 

ディアナ卿はルクレティアちゃんの父親なんだ。

 

取り戻したい気持ちはボクと同じ、いやボク以上かもしれない。

 

ディアナ伯爵は、新しく来た鱗男としばらく会話していた。

 

ボクは聞き耳を立てながら一心にルクレティアちゃんの様子を見つめていた。

 

きっと彼女は解放されるんだ。

 

だってディアナ伯爵は貴族会議の代表者で、しかも王様の全権大使なんだから。

 

だが次の瞬間ボクの耳に飛び込んできたのは予想もしなかったような言葉だった。

 

「.....さあ、ディアナ伯爵。何を躊躇っておられる?貴殿は今さっき『容疑者を厳しく指弾し、法に基づいて処刑する』と仰ったばかりではないか。まさかそのお言葉に、嘘はございますまい?」

 

喋っているのは、ルクレティアちゃんの隣に立っている鱗だらけの男だった。

 

彼は両腕を組むと、薄く微笑さえ浮かべながら言葉を継いだ。

 

「貴殿が言葉通り容疑者を自らの手で処刑されるなら、我々も貴殿の側の誠意を信じよう。しかし、その前言を翻されるならば、我々にも考えがある」

 

「し...しかし、このような場所での処刑など...王国の法ではまず裁判所における審理が....」

 

伯爵が辛うじて抗弁すると、鱗男は声を荒げた。

 

「手ぬるい!」

 

鱗男はルクレティアちゃんを指さすと言った。

 

「今しがたもこの女は二人のゴブリンを殺害したと自ら自白したのだ。私はそれを自分の耳で聞き、被害者の死体も見た。これ以上どのような審理が必要と申される?」

 

......処刑?

 

......この場で?

 

聞いたことを頭で整理できていなかったボクは、ようやく事態に気づいた。

 

「やめろ!」

 

馬車から飛び出したボクは、転がるように走っていくと、鱗男とディアナ伯爵の間に立った。

 

「ディアナ伯爵!やめてください!」

 

伯爵の顔を見るとそれは青白く、額には汗が浮いていた。

 

「こんなの...こんなの間違ってる!間違ってるよ!」

 

ボクは叫んだ。

 

「伯爵、従者の教育を怠っておられるようですな。貴族のあなたらしくもない。私であればこんな無礼者は立ちどころに打ち首にいたしますぞ」

 

鱗男は冷笑した。

 

ボクはルクレティアちゃんの顔を見た。

 

頬は無残に腫れあがっているけど、その透き通った瞳は元のままだ。

 

「どけ...どくのだ」

 

ディアナ伯爵はそうボクに声を掛けた。

 

ボクは信じがたい思いで伯爵を見つめた。

 

ディアナ伯爵の手はよく見ると細かく震えている。

 

彼は前に進み出ると、ゆっくりと剣を抜き放った。

 

「そ....そんな....」

 

呻きがボクの口から勝手に漏れ出てきた。

 

「お見事。やはりご決断なされましたな」

 

鱗男は満足そうにそう言うと、ゴブリンたちに合図した。

 

ゴブリンどもはニタニタ笑いながらルクレティアちゃんの身体から手を離した。

 

「そう、それでいい。それこそが正しい判断というもの」

 

「やめてください!やめてください!」

 

ボクは伯爵の腰にすがりついた。

 

「彼女は……ルクレティアちゃんは、あなたの娘なんですよ!どうしてこんなことを!」

 

「よせ...よせフレデリコ」

 

ディアナ伯爵はボクの腕に手を掛けるとそれを振りほどいた。

 

だけどボクにはわかった。

 

伯爵の手も氷のように冷たくなっていたし、その声はまるで魂が抜けてしまったように力がなかった。

 

「ダメです!.....伯爵...目を覚まして!」

 

ボクは目から涙が溢れてきた。視線は自然にルクレティアちゃんに向いた。

 

ルクレティアちゃん...逃げて。

 

せめてボクがこいつらの目を引いている間に。

 

だけど、なんと、彼女は薄く微笑んでいたんだ。

 

彼女は座り直すと、父であるディアナ伯爵の顔を見上げながら静かにこう言った。

 

「お父様、ご心配は無用でしてよ?修道女というものはいつでも天に召される覚悟ができているものですわ」

 

彼女はそう言った。だけど、その片方の目から涙が一筋流れ落ちたのをボクは見逃さなかった。

 

ボクはもう決心した。

 

やるしかない。

 

やるしか。

 

ボクは腰の帯に差していた小刀を抜き放つと、前に立ってそれを目の前の魔物たちに向けた。

 

「その子から離れろ!今度その子に触ったらボクが許さない」

 

ルクレティアちゃんは驚いてボクを見た。

 

「さあ、ルクレティアちゃん、早く車の中へ」

 

ボクは彼女にそう言った。

 

鱗男は腕組みしたまま退屈そうに溜め息をつき首を振った。

 

「話しにならん。統制さえ取れんのか人間というものは」

 

ボクはルクレティアちゃんに走り寄ると、彼女を助け起こして車に連れていこうとした。

 

だが周囲を見たボクは唖然とした。

 

ゴブリンやオークどもがいつの間にか集まっていて、隙間もないくらいの円陣配置でボクらを取り囲んでいる。

 

「伯爵、貴殿のお答えはこれか?」

 

鱗男は腕組みを解くと、ディアナ伯爵に問いかけた。

 

「ディアナ殿。これが最後の通告だ。貴殿がこの無礼な小僧と容疑者の小娘をもろともに今処刑されるならば、ここまでの全ての違反行為は見逃そう。だが、もしそうしないならば....」

 

「もう十分だ、ノクス閣下」

 

ディアナ伯爵はやおら口を開いた。

 

「十分だ。私もまたこれ以上の茶番は打つまい」

 

見ると、伯爵は剣先を下げていた。

 

「少女を人身御供にして人間社会の安寧を保つなどという恥ずべき行いに私は加担すまい」

 

ディアナ伯爵の声はまるでつかえがとれたように落ち着いていた。

 

「どのような命運を辿ろうと、政治的圧力に負け娘を手に掛けた愚かな父親と後世の者に呼ばれたくはない。さあ、ノクス閣下。貴殿の気の済むようにされよ」

 

「失望しましたぞ、ディアナ伯」

 

鱗男は冷たい声でそう言うと、片手を上げた。

 

周囲を取り囲んでいたオークやゴブリンどもが一斉に下卑た笑い声を上げると、ゆっくりと包囲網を縮めてきた。

 

どう見ても数百匹はいる。到底抜け出せるものではない。

 

「フレデリコ。人生の最後に正しい道に戻ることができたのはお前のお陰だ」

 

ボクがルクレティアちゃんを庇うように立つと、ディアナ伯爵がボクの顔を見ないまま静かにそう言った。

 

ボクは辛うじて頷いた。だけど、小刀を構える手が震えている。手だけじゃない。膝が、両膝がガクガクと震えている。

 

怖い。怖くて仕方がない。

 

でも......。ボクは逃げない。

 

ラファエロさんみたいな剣の技もない。ジョバンニさんみたいな魔法もない。ジュゼッペさんみたいな力もない。

 

それでもルクレティアちゃんの盾になるんだ。

 

そしてその時、空が――割れた。

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