庭師のジュゼッペです。
ワシとラファエロの旦那は、ルクレティアお嬢さまの手助けでヴァルグ城から抜け出したあと、何日も小舟をこぎ続けてようやく王都に戻ることができたのであります。
しかし、王都に戻る途中で見てしまったのです。
二足歩行の水蜥蜴どもの群れが武装して街道に向かっていたり、ホブゴブリンどもが農村を略奪していたのを。
ワシらが捕らわれていたヴァルグ城には二千匹をゆうに超える数の魔物どもが集結していましたから、
ワシもラファエロの旦那も思いました。
あと数日もすれば、ヤツらは王都まで攻めてくる、と。
ところが、国王陛下に報告しようにも、会議中でお目通りもできず、
仕舞いには総務課主任のレティシアお嬢様に「謹慎破りは更なる処分を招きますよ」と脅されてしまう始末です。
ところが、そこに現れたのが、ルクレティアお嬢さまのお父上であるディアナ伯爵でした。
城の前庭で伯爵のお話を聞くと、なんと彼はワシらがヴァルグ城から脱出したころと同時刻に城の前に来ていて、
ルクレティアお嬢さまを手ずから処刑するよう魔物どもに迫られていた、とのこと。
そこにディオと名乗る不思議な青年が突然現れて窮地を救ってくれた、と伯爵は仰っていました。それでお嬢さまを無事に連れ帰ることができた、というわけです。
「だが....この国は内側にも大きな問題を抱えている」
伯爵は首を振りましたです。
「貴族会議の多数派がヴァルグと和解しようとしているんだ」
「和解....といいますと?」
戸惑ったラファエロの旦那が尋ねましたです。
「順を追って話そう。私は国王陛下の命を受け、君たち庶務騎士団メンバーの身柄奪還のための使者としてヴァルグの城に赴いた。いっぽうその時点で既に、ルクレティアがリークした情報により貴族会議メンバーの間でのヴァルグ伯爵への支持は無に等しいものになったのだ」
伯爵は言いましたです。
「彼を貴族の一員とみなす者はもはや一人もいなくなった。だから、私と国王陛下の考えでは、君たちの身柄を取り戻し次第ヴァルグを貴族会議から除名し講和条約を破棄する計画だった。ところがそこへきて、貴族会議の多数派が講和条約の支持に転じたのだ」
「そ....それはどうしてなのでしょう?」
ラファエロの旦那が聞くと、伯爵は溜め息をついたです。
「私は、王都に戻ってすぐにヴァルグ城の前で見聞きした様子を余さず報告した。すなわち、彼の城の前には大勢のゴブリンやオークどもがたむろしていて、さしずめ魔物の巣窟だった。なんのことはない、ヴァルグは自分が人間の側に立っているという偽装さえするつもりがなくなったというわけだ。だから、私は彼をこれ以上のさばらせるわけにはいかないと貴族会議に進言した。すると驚いたことに、ヴァルグが魔物であるからこそ彼と和解すれば争いを避けられると主張する者が出てきたのだ」
「ま...魔物であるからこそ?すみません、伯爵。私にはよく意味が....」
ラファエロの旦那は口ごもりながらもこう言ったです。
「つまりこういうことだ。彼はもはや人間と魔物の仲介者ではなく、魔物の側の代表者だと思われている」
伯爵は説明されたです。
「そして実際にそうだからな。その彼と交渉して和解できれば、魔物と人間との間の争いは止まる。つまり、頭を大人しくさせれば全体が大人しくなる。それが彼らの考え方なのだ」
「そんな馬鹿馬鹿しいことが....」
ラファエロの旦那はそう言うと、あわてて言い直したです。
「過ぎた口をききました。申し訳ございません、伯爵」
「いや、君の言う通りだ。私も彼らの思考回路には呆れるばかりだ。貴族たちの中には平和に慣れ過ぎていて、どんな相手でも交渉すれば何とかなると信じて疑わない者がいるのだ」
伯爵は旦那とワシの肩に手をかけてこう持ち掛けられたです。
「君たちに頼みたいことがある。貴族会議で証言してほしい。恥ずかしながら私は以前は貴族会議においてヴァルグの側近として動いていた。その私がいくら言っても限界がある。だから私以外の誰かが証言することが必要なんだ」
「分かりました。我々にできることがあれば何でもお手伝いしましょう」
ラファエロの旦那は即答され、ワシの顔を見られましたです。ワシも頷きましたです。
* * * * * * * * * *
ワシとラファエロの旦那は、会議の開かれる大広間に通されたです。
ワシらにとって初めての経験でしたですが、
想像もつかないくらい巨大なテーブルの周りに、
とびきりの仕立ての良い服装をした紳士たちが腰かけていたです。
そして、フレデリコの坊やはその紳士たち一人ひとりの前に紅茶とケーキを配膳していたです。
また、誕生席には国王陛下も腰かけておられたです。陛下はワシらのほうを見るとわずかに微笑んで頷かれたです。
「貴族会議メンバーの皆さんにご紹介する。これまで魔物たちとの闘いの第一線に立ってくれていた、ラファエロ氏とジュゼッペ氏だ。彼らに証言してもらうことをお許し願いたい」
ディアナ伯爵が口を開いてワシらを紹介されたです。
ところが、貴族の皆さまのワシらを見る視線はあまり暖かいものではありませんでしたです。
ある人は胡散臭い物でも見るような目で、また別の人は好奇心の目でワシらを見ていたです。
「ご紹介にあずかりましたラファエロです」
ラファエロの旦那が仰いましたです。
「私たちは国王陛下特命プロジェクトチームとして、魔物の出現や怪奇現象への対応にあたって参りました」
さすが教養のある旦那、堂々と話し始められたです。
「そしてその過程で、ヴァルグ伯爵が魔物たちの裏で糸を引いていること、そして彼らが王国を侵略するための大規模な計画を企てていることを突き止めた次第です。貴族諸侯の皆さん、ヴァルグの出生の秘密については既にお聞き及びでしょう。彼の本質を見誤ってはなりません。彼は既に兵力を整えてこの王都を....」
その時、貴族のうちの一人が手を挙げたです。
「待ってくれ。まず大前提として、君たちは講和条約に違反して魔物を殺したのではないか?だとすればヴァルグが我々を攻撃しようとしているのはまさに君たち庶務騎士団が原因ということになりはしないかね?」
ラファエロの旦那は一瞬言葉に詰まりましたですが、すぐに反論しましたです。
「我々が講和条約の発効中に魔物を殺したのは確かに事実です。しかしそれは我々が敵に包囲され攻撃を受けた際のこと。反撃しなければ敵に圧倒され我々は今頃死んでいたでしょう」
「マウリツィオ伯爵、補足しておくと彼ら庶務騎士団は国王陛下の命により任務にあたっていた。その任務は本来魔物を狩るものではなかった。そうだな、ラファエロ君?」
ディアナ伯爵が確認すると、ラファエロの旦那は答えられたです。
「そうです。それは古代神殿にある『ハデスの門』を閉鎖するという任務でした。しかし神殿に足を踏み入れた途端我々はグール(屍鬼)の群れに包囲されました。脱出口も塞がれており、逃げることもできませんでした。それで相手方の襲撃に対しやむを得ず戦ったのです」
「本当に殺す必要があったのかね?話し合いの余地はなかったのか?」
マウリツィオ伯爵と呼ばれた紳士が再度手を挙げたです。
「残念ながら、閣下....屍鬼どもというのは会話が通じる相手ではありません」
「マウリツィオ伯爵、私の思うに、魔物との講和条約そのものに無理がある点はここだと考える」
ラファエロの旦那が答えると、ディアナ伯爵が引き取りましたです。
「魔物の知能というのは千差万別だ。人間のように全員が言葉を話すことができるわけではない。講和条約を結んだとしても、そもそもそれを全ての魔物が理解できるかは疑問だ」
「随分な転向ぶりだな、ディアナ殿」
マウリツィオ伯爵は皮肉っぽく口を歪めると続けたです。
「だがヴァルグがもしも魔物たちの王ならば、彼が力をもって魔物たちを統制するのは可能なのではないか?魔物たちだって動物なみの知能は持ち合わせているはずだ。群れのボスが睨みを利かせれば、末端の者も従わざるを得ないだろう」
マウリツィオ伯爵はそう言いましたです。
「閣下、お言葉ながら....そのヴァルグが人間の利益のため魔物たちを抑えてくれるということはあり得ません。彼は魔物である以上、そんなことをする動機がありません」
ラファエロの旦那がそう言うと、マウリツィオ伯爵は首を振ったです。
「なぜそう決めつける?ラファエロ君、きみはそもそも平民だ。なぜそんなふうにヴァルグの心情を代弁することができると考えるのだ?」
その時ワシは、何かに突き動かされるように手を挙げてしまったです。
本来、ワシのような者はこんな高貴な人たちの集まりで口をきけるような大胆さは持ち合わせていないのです。それなのに、手が勝手に動いてしまったです。
一瞬、議場が静まり返ってしまい、居合わせた全員の視線がワシに注がれたです。それでかえってワシのほうが驚いてしまったほどでしたです。
「ジュゼッペ君、発言してくれたまえ」
ディアナ伯爵がそう促したです。ワシは少し躊躇しましたが、口を開いたです。
「皆さん、ワシは何の教養もないただの庭師です。高貴な皆さんの前でワシのような者が口を開くのはお耳汚しかとは思います。ですが、聞いて頂きたいことがありますです」
ワシはそう言うと、一呼吸してから続けたです。
「ワシとラファエロの旦那はヴァルグの城から逃げ出した後、王都に戻るために小舟に乗って川を下っていったです。その途中でワシは見たです。ホブゴブリンの群れが、農村を襲って略奪していたです。村人たちの姿はありませんでした。あるいはもう逃げ出したのかも知れません。そう願いたいです」
ワシは皆の顔を見回しながら言葉を継いだです。
「ですが、魔物たちは歓声を上げ心から略奪を楽しんでいる様子でした。それだけではありません。舟に乗ったワシらに気づくと、何匹かが矢を射かけてきたです。幸い下手くそだったので当たりませんでしたが」
ここでワシが言葉を切ると、テーブルを囲んだ貴族の皆さんが驚いた顔をして互いに囁き交わし始めたです。
「略奪だと?」
「いきなり矢を射かけて来たというのか?」
「....では条約は魔物の側でも周知されていなかったのか?」
ワシはそこで大きく息を吸うと、こう言ったです。
「先ほど申し上げた通り、ワシは何の教育も受けておりませんし、難しいことは何もわかりません。しかし、村が襲われたのはこの目で見ましたです。だとしたら、人間の側と魔物の側の偉い人たちの間で何かの取り決めをしたとしても、それが守られるまでの間、いくつの村が焼かれなければならないんでしょうか。何人の人が魔物に襲われなければならないのでしょうか。いくつの家が、財物を奪われなければならないのでしょうか。その痛みや苦しみは誰が償ってくれるのでしょうか?」
議場はシンと静まり返り、しばらくの間誰も口をきかなかったです。
すると、一人のお年を召した貴族が顔を上げてこう仰ったです。
「....確かに平和が訪れるまではある程度の犠牲は出るかも知れん。だが将来の平和のためならば致し方ないと考えるしかない、と私は思う」
「コレッルリ伯爵、しかしその犠牲があなたの領地の中で出たとしたらあなたは領民に対しどう申し開きをされるのです?」
ディアナ伯爵が問いかけたです。
「し........しかしディアナ卿。だからといって戦えば争いはエスカレートしてしまいますじゃ。そうなればもっと多くの犠牲者が出るかも知れないではないですか」
「ディアナ伯、そもそも戦うことそのものが大きな賭けでありリスクだ。貴殿はそれを覚悟の上で発言しておられるのか?」
コレッルリ伯爵と呼ばれた貴族の後を引き取るようにマウリツィオ伯爵が言われたです。
「戦うとなれば兵士や衛士を動員することになる。彼らもまた我々の領民だ。その彼らに犠牲を払えと命ずる貴殿には同じ覚悟があるのか?」
マウリツィオ伯のこの問いかけに、ディアナ伯爵は勢いを削がれた様子で口を閉ざしておられました。ですが、やがて伯爵は重々しく答えられたです。
「覚悟はある。必要があらば私は領民のため自ら戦う」
ここで再び議場にざわめきが走ったです。
「自ら戦う?」
「お気は確かか、ディアナ殿?」
「バカな。貴族でありながら領民と同じことをするだと?」
しかしディアナ伯はもう一度力強く言い切ったです。
「私は戦う。貴族は本来領民たちにとっての守護者であったはずだ。それが出来ないのなら彼らの上に立って尊敬を受ける資格はない。私はそう考える」
「ふん。騎士物語の読みすぎではないのか、ディアナ殿」
マウリツィオ伯が冷笑されたです。
「第一、ディアナ殿。貴殿は多くの領地と企業を所有しておられるが、配下の兵力はどれくらいあるのだ?日頃から武器の訓練をしている部下はどれくらいいるのだ?貴殿一人がどれほど意気を上げたところで何になるのだ?」
それに対しディアナ伯が反論しようと口を開いた瞬間、出入り口の扉が大きく開かれたです。
そこに立っていたのは、全身が鱗だらけの背の高い男でしたです。その背中には翼が生えていて、ワシらがヴァルグの城でゴブリンに紛れていたとき飛んできた指揮官によく似ていたです。
「.....魔族代表、ノクス閣下。ただいまお着きです」
出入口を警護していた衛士がおずおずとそう告げたです。
議場の目が一斉に注がれる中、その男は進み出るとこう言ったです。
「ルーラル王国国王、ルーラル・ヴィットリーオ6世陛下、および貴族諸侯に告げる」
彼は堂々とした様子で切り出したです。
「われら魔族は、貴殿らの度重なる条約違反を忍耐して参った。そして条約に違反しわれらの同胞を殺した張本人に対し厳正な処罰を行うよう要求した。だが貴殿らは誠意を欠いた対応に終始し、彼ら重罪人の処刑を拒否するだけでなく、その一人を連れ帰る始末である。よってわれら魔族は、貴殿らには自ら条約を順守する意思がないと判断した」
「待て!条約を守る意思がないのはそっちだろう。俺たちがヒエラポリスに入ったとき、グールどもは問答無用で襲ってきたのだ。それに王都に戻る途中村がホブゴブリンどもに襲撃されたのもこの目で見たんだぞ」
ラファエロの旦那が声を上げたです。
「今度は外交手順をも無視しようというのか。貴族諸侯、この無礼者をしばらく黙らせてはくださらぬのか。われらは今正式な外交意思を貴殿らに伝えているのだぞ」
ノクスと名乗った鱗だらけの男が語気鋭く言ったです。そこでディアナ伯が手を上げてラファエロの旦那を制止したです。
「ノクス閣下。では最後までお話しください。我々は聞こう」
「よろしい」
鱗男は息を吸うと、言葉を継いだです。
「よってわれら魔族は三つの要求をする。一つ.....」
彼の声は冷たく、なおかつよく響いたです。
「庶務騎士団の残り三人全員を引き渡すこと。二つ、殺された魔物一人につき賠償金一億ルピーを支払うこと。そして...」
議場の全員が見つめる中、鱗男はこう続けたです。
「三つ、王国は完全に武装解除し、今後二度と魔物を殺せぬようにすること」
「なっ....」
これには貴族たちも驚きうろたえ、議場に騒ぎが広がったです。
「ぶ.....武装解除だと?」
「ふざけるな。国を明け渡すも同然ではないか」
しかし、鱗男は落ち着き払った様子でこう言ったです。
「もし聞き入れられないなら、われら魔族は武力行使する用意がある」
彼はその場を見渡すと、冷厳な声で締めくくったです。
「われらは既に軍勢を整え王都を攻撃する準備ができている。これはただの脅しではない。貴殿らにおいてはこれをよく考えたうえで返答を用意されよ」