無茶だってことはわかってたけど黙ってられなくってさ
やあ、ボクだよ。フレデリコだよ。
そんなわけで、ボクは貴族会議の開かれていた大広間で貴族の皆さんに紅茶とケーキを運んでいたんだ。
そして、ラファエロさんとジュゼッペさんがそこで証言していたところに、
顔中鱗だらけの背の高い魔物がやってきて、
国王陛下と貴族会議にとんでもない条件を突き付けてきた。
庶務騎士団全員の引き渡し、莫大な額の賠償金、
さらには国全体を武装解除しろっていうんだ。
そして、言うことを聞かなければ戦争をしかける、って言ってきた。
議場はしばらくの間シーンとしていた。
「これはただの脅しではない。貴殿らにおいてはよく考えたうえで返答を用意されよ」
鱗男はそう告げると、出て行ったんだ。
「な....なんたることだ」
「武装解除しなければ戦争を仕掛けるだと?」
「無茶だ。こんなことは王国史でも聞いたことがないぞ」
議場内にしばらくざわめきが続いたあと、マウリツィオ伯が口を開いたんだ。
「各々がた。残念だが今の我が国に戦争をする力はない。和平に向けた交渉に全力を尽くすべきだ」
「しかし....あんな無茶苦茶な条件は到底飲めるものではありませんぞ」
コレッルリ伯爵が言う。マウリツィオ伯は続けた。
「もちろんすべての条件を受け入れることはできん。だからこそ交渉するのだ。たとえば賠償金の増額に代えて武装解除を免除させる....そうだ。あるいは」
そこで思いついたようにマウリツィオ伯が手を打ったんだ。
「人間と魔物とが共同で治安部隊を設立し、双方の被害を防ぐといった提案も考えられる。どうだろう?」
「バカバカしい。この期に及んでまだわからないのか?魔物の目的は我々を屈服させ、支配し、恐怖に陥れることだ。そんな提案で彼らを止められるはずがない」
ディアナ卿が反論した。
「ディアナ伯、ならば貴殿が一人で戦うというのか?」
マウリツィオ伯は鼻を鳴らして言った。
「勇ましく討ち死にして名を残したいのならそれもよかろう。だが残された領民は救われぬぞ。文字通り無駄死になりかねん」
「無駄死にとは思わぬ」
そこでディアナ卿は静かに言ったんだ。
「領主の務めは模範を示すこと。もし私が倒れても誰かが続けばよい」
「続く?領民たちが貴殿のために殉死するとでも仰るのか?」
マウリツィオ伯はそう嘲笑ったんだ。
「私には理想主義者の戯言にしか聞こえぬ。貴殿のほうでは領主と領民との美しい主従関係を夢見ているのかも知れぬが、庶民の心というものはそんなに甘くはないものですぞ。彼らには彼らなりの計算がある。何より、魔物たちが我らより強いと見れば、彼らのほうが真っ先に寝返るかも知れぬのだから」
「...た...確かに。そうなれば我ら貴族は失脚ですぞ。それだけは避けねば....」
コレッルリ伯爵が額に汗を浮かべながら同調したんだ。するとマウリツィオ伯は得意そうにディアナ卿を見やったんだ。
「ディアナ伯。いかがかな?どうやら勇ましいことを唱えているのは貴殿おひとりと見えるが」
ディアナ卿は腕組みをして黙り込んでしまった。
その時、紅茶とケーキを配膳し終わって議場の隅に立っていたボクは思わず口を開いた。
本当に、今思い出しても恥ずかしいったらありゃしない。
だけど、どうにも我慢できなかったんだ。
「ボクも戦います!」
その瞬間議場が静まり返り、その場にいた全員が一斉にボクに視線を注いだ。
ボクはちょっと臆してしまったけど、もう一度口を開いた。
「ボクも戦います。だって.....だって.....」
この時ほどボクは自分の言ってることがその場にそぐわないと思ったことはなかった。でも、言わずにはいられなかった。
「だって....ボクの愛する人が魔物に虐げられるのを黙って見てることなんてできません。皆さんにはいないんですか?」
ボクは議場を見回しながら続けた。
「奥さんは?子供さんたちは?あるいは恋人はいないんですか?その人たちが魔物に何をされるかと毎日怯えながら暮らすのを想像して、平気でいられますか?」
そこまで言ってからボクは羞恥心で顔が真っ赤になってきたのが自分でもわかった。ボクは声を落とすと、こう言ったんだ。
「ボクには...ボクは平気ではいられません。愛する人に幸せになってほしいから。そりゃあ、死ぬのは怖いけど、その人のためだったらボクは....」
「まったく無茶もいいところだ。たかが給仕の少年に何ができるというのだ?」
マウリツィオ伯が呆れた様子でボクを遮った。
「そもそも身分をわきまえ給え。平民であるきみが貴族である我々に説教をするなど不条理極まりない」
「マウリツィオ伯。発言してよろしいでしょうか」
その時ラファエロさんが手を挙げたんだ。
「なんだね?君も平民の分際で我々に説教しようというのか?」
マウリツィオ伯は不機嫌そうな顔で応じた。
「いいえ。ただ...ええ...その.....現役の....剣士としての所見を少し。ご参考になればと思いまして」
ラファエロさんが言うと、マウリツィオ伯はしぶしぶながら頷いた。
「...私は魔物たちと戦ってきて気づいたことがあります。それは、彼らには同胞愛や団結心や自己犠牲といった概念が存在しない、ということです。彼らは自分たちの頭領が死ぬと戦意を失います。仲間の多数が倒れて形勢が不利になった場合も同様です。また、彼らは人間側が臆しているとみれば勢いづきますが、こちらが頑強に抵抗すると意外にもあっさりと引き下がることが多いです。知能が高い魔物であればあるほどそうなのです」
「つまり....何が言いたいのかね?」
マウリツィオ伯に問われてラファエロさんはこう続けた。
「魔物との闘いで一番大事なのは抵抗する意思です。仮に市民の中で武器を扱える者全員が勇気をもって立ち上がり戦えば、勝機はあるかと」
「ふん、何を言い出すかと思えば、捕らぬ狸の皮算用ではないか」
そこまで聞くとマウリツィオ伯は吐き捨てるように決めつけた。
「市民の全員?いったい誰がそれを動員するのだ?どうやって彼らを鼓舞し、従えるのだ?」
「その通りですじゃ。そもそもこの貴族会議ですら意見が割れているのに、市民のすべてをまとめるなど....」
コレッルリ伯爵も相槌を打つ。議場が再びざわめいた。
「まったく話にならない。政治について平民に口を出させるのは混乱のもとにしかならん」
「ですが...この者は剣士と申しましたぞ。実際に魔物と戦って生きて還ってきたのではないですか」
「諦める前に、まずはわが方の兵力を正確に見積もるべきではないか?」
それぞれの出席者が口々に自分の意見を言っている間、ラファエロさんとジュゼッペさんがボクに近寄ってきた。
「フレデリコ、我々はそろそろ行かねばならない。君の勇気は有難いが、君は城にいてくれ」
「行くって....どこに行くんですか?」
ボクは戸惑って尋ねた。
「ワシらは奴らを食い止めに行くです」
ジュゼッペさんが答えた。ボクは驚いた。
「食い止めるって...たった二人で.....ですか?」
「ワシは庭師です。この国の庭をちょっと造り変えてくるです」
ジュゼッペさんはそう言うと器用にウィンクして微笑んだんだ。
「ま.....待ってください。じゃあボクも行きます」
ボクは慌てて言った。
「その....食事を届けに」
すると、二人は顔を見合わせて笑ったんだ。
「それはありがたい。ちょうど腹ペコだったんだ。では、王都の入り口のアッピア街道の起点にある三本松のところまで届けてくれ。我々はそこにいる」
ラファエロさんは言った。ボクは頷くと、すぐに大広間を出て厨房に向かったんだ。
* * * * * * * * * * *
ボクは厨房に入ると、急いでサンドイッチをたくさん拵えた。そしてそれをバスケットに入れ、ワインや果物を一緒に持って庭に飛び出した。
ところが、そこへ来てボクはハタと気づいた。ボクは馬車を持っていないから、指定された場所までは歩いていかないとならない。これでは何時間もかかってしまう。辻馬車を使うのもお金がかかる。
どうしようかと思案していると、ディアナ卿が建物から出てきてボクに声をかけてくれた。
「フレデリコ、フレデリコ、待ってくれ」
「あ....ディアナ卿」
ボクはバツが悪くなって思わず俯いた。ボクが議場で話した「愛する人」が誰かってことは、もうとっくにディアナ卿にはバレてるって思ったからさ。
「フレデリコ、君は大切なことを私に教えてくれた。改めて礼を言いたい」
卿はボクの肩に手を置いてそう言った。
「い...いいえ。なんか、平民の分際で大それたことを言ってしまってすみませんでした」
「愛する人のために戦うのに身分は関係ない。むしろ、高い地位にいるがゆえに目が曇ってしまうこともある」
そう言うと卿は微笑んだんだ。
「君のような若者がこの国にいることが私にとっては救いだ」
ディアナ卿はそう言うと、前庭に停まっていた高速馬車のほうに手を上げて合図をしたんだ。
すると、お抱え御者のアントニーオさんが手綱を鳴らし、ボクらのいるところまで馬車を回してくれた。
「私の馬車を使え。三本松までなら半時もかからん」
ボクはびっくりしてしまった。
「え....でもこんな立派な馬車をボクのために?」
「構わん。君のサンドイッチが今はこの国にとっての大切な武器だ。彼らに届けてやってくれ」
「あ....ありがとうございます!」
ボクは胸が熱くなった。
ディアナ卿は馬車のドアを開けてくれた。ボクは乗り込むと、行き先をアントニーオさんに告げた。
馬車はすぐに発車した。城門を出るとみるみるうちに加速していく。
伯爵の言ったとおり、三本松まではあっという間だった。
王都の入り口にあるアッピア街道の起点は、左右を崖に挟まれた坂道になっている。
その坂道の頂上に三本の松が植わっているから、通称「三本松」と呼ばれているんだ。
ボクは御者のアントニーオさんに礼を言うと急いで馬車を降りた。
すると、三本松の根本あたりにラファエロさんとジュゼッペさんが立っていた。
足元には、スコップとか、手押し車とか、つるはしとかがたくさん並べられている。
「おお、フレデリコ。ずいぶん早いな」
ラファエロさんが振り向くと言った。
ボクらは地面に布を敷くと、そこで食事をとった。
食事をしながら、ラファエロさんとジュゼッペさんは作戦会議をしていた。
「やはりこの場所が防御に一番適しているな」
「ワシがちょっとばかり道を狭めてやりますです。半日もあれば工事は終わるです」
「トラップみたいなものは仕掛けられるか?」
「やってみますです」
二人はもぐもぐとサンドイッチを食べながら言った。そうとうお腹が空いていたのか、たくさん作ったサンドイッチはすぐに無くなった。
ボクは二人が満足してくれたのでホッとして、立ち上がって伸びをした。
だけど、目の前に続く街道のずうっと向こうのほうに、奇妙なものが見えたので思わず動きを止めてしまったんだ。
数十キロは先だから、はっきりとは見えなかった。
だけど、ともかく街道が真っ黒い何かで埋め尽くされていたんだ。
ラファエロさんも気づいて立ち上がるとボクの横に並んだ。
「もうあんなところまできてやがる」
彼は最後のサンドイッチを噛んで飲み下すと、忌々しそうな声でつぶやいたんだ。
「随分な数です。ワシらの見積もってたよりはるかに多いですな」
ジュゼッペさんも立ち上がると、手のひらを横にして目の上にかざしながらそう言った。
「五千....六千....いや」
ラファエロさんは首を振った。
「総勢、一万............だな」