てなわけで、俺、ラファエロは、
ジュゼッペの助けを受けてオークの先遣隊を退けたあと、
洗脳されたジョバンニの雷に打たれて戦闘不能になってしまった。
ところが、その後ジョバンニの双子の弟、ディオがどこからともなく現れたのだ。
そして完全にヴァルグの配下となってしまったジョバンニと、
どうしたわけかヴァルグのもとから出奔したというディオとの一騎打ちが始まった。
そして激闘の末、ディオが取り落とした自分の杖を遠隔操作してジョバンニを雷で撃ち、勝利したのだった。
「ディオ!...ま...まさか...殺したりはしてないよ...ね?」
俺たちに食事を届けにきて戦いを見届けたフレデリコが不安そうにそう言った。
「ったく素人はこれだからイラつくんだよなァ。坊や、このボォクが手加減しなかったと思うかい?」
彼はそう答えてジョバンニの傍らに膝をつくと、身体の下に手を入れて助け起こした。
「さあ、兄さん。もう終わりだ。起きろよ」
だが、その途端にディオは何かに気づいたかのように顔をこわばらせた。
「ジョバンニさん!ジョバンニさん!」
フレデリコも二人に駆け寄った。だがフレデリコはジョバンニの顔を覗き込むと息を呑んだ。
「い.....息をしてない....」
「おい!兄さん!起きろ!起きろよ!」
ディオがジョバンニの頬を平手で叩きながら呼びかけた。
「ディオ...!さっき手加減したって...!」
フレデリコがディオの顔を見る。
「ああ、したさ。フルパワーだったら黒焦げになってる」
口調は冷静だったが、ディオも次第に焦り始めたのか、額に汗を浮かべ始めた。
「兄さん!兄さん!」
彼は繰り返し呼びかけたがジョバンニはピクリとも動かない。ディオはジョバンニの首筋にしばらく手を触れていたが、何かに弾かれたような様子で兄の顔を見た。その目には隠しようのない憔悴が浮かんでいる。
「ど...どうするんだよ?....ジョバンニさんがもし....」
フレデリコにそう言われ、ディオは上着を脱いで腕をまくった。
「感電に弱い体質だったのかも知れない。おい坊や、兄さんを横たえるんだ」
ディオはそう指示すると、自分の上着を丸めて枕にし、ジョバンニの頭の下に置いた。
「ボォクが合図したら、両手をまっすぐ突っ張って、体重を乗せながら兄さんの胸を思い切り押せ。合図する度にだ。わかったな?」
「わ....わかった」
指示を受けたフレデリコはジョバンニの横に膝立ちになった。
「押せ!」
ディオが合図する。フレデリコはジョバンニの胸を思い切り押した。ディオは矢継ぎ早に合図を出し、そのたびにフレデリコはジョバンニの胸を押す。
ひとしきりそれが続くと、今度はディオが思い切り息を吸い込み、次いでジョバンニの鼻をつまみながらその口に自分の口をつけ空気を吹き込んだ。
ディオはもう一度息を吹き込んだ。そしてまたフレデリコに合図し、胸を押させながら声を張り上げた。
「兄さん!戻ってこい!」
だが、一通りの手順が終わってもジョバンニは微動だにしない。
「兄さん!頼むから目を覚ましてくれ!」
「ジョバンニさん!」
ディオとフレデリコの悲痛な声が響いた。
「ディオ!お前ジョバンニさんを...」
フレデリコは悲しみに歪んだ顔でディオを見た。
「クソッ.......!こうなるなんて思ってなかったんだよ!」
ディオは地面を拳で叩いた。フレデリコはまたジョバンニの横に跪いてその胸を圧迫し、ディオが息を吹き込んだ。だがそれでもジョバンニは動かない。
「兄さん!お願いだ!目を覚ませ!兄さん!」
もはやディオはいつもの冷静ぶった取り繕いを捨て去っていた。
「頼むよ!兄さん!.....兄さん!兄さん!頼むから目を開けてくれ!」
ディオはジョバンニの上半身を抱え、声を枯らさんばかりに叫んだ。だが、兄が動かないと知ると、彼はがっくりと項垂れた。
やがてディオは押し殺した声で嗚咽し始めた。
「兄さん....兄さん....」
フレデリコもまた涙を流している。
だが、その時坂の上に馬車が止まる音が聞こえた。
俺が痛みに呻きながらも音が聞こえた方を見上げると、馬車から女性が一人降りてくるのが見えた。
「皆さまご機嫌いかが?これで庶務騎士団再集合ですわね」
俺は息を呑んだ。
ルクレティア嬢だ。
彼女は坂を下りて俺たちに近づくと、素早く状況を見回してからまた口を開いた。
「ショックによる心肺停止が一人。感電による体内及び体外の熱傷が二人。わたくしの出番のようですわね」
「ルクレティアちゃん....頼む!兄さんを....兄さんを.....」
ジョバンニを抱えるディオが涙を流しながら訴えた。ルクレティア嬢は傍らに跪くとジョバンニの胸に手を置いた。
「まだ魂の火は消えていませんわ」
彼女は低い声で祈祷を始めた。手が薄っすらとした光を発し、光の粒がジョバンニの胸の中に吸収されていっているように見えた。
やがてジョバンニの顔に赤みが差し、彼は引き攣ったような呼吸を始めた。だが目には全く生気がないままだ。
「話が読めましたわ。どうやら悪質な呪いをかけられていますわね」
ルクレティア嬢は呟くと、坂の上を見上げて叫んだ。
「アントニーオさん、来て下さる?」
馬車から御者が慌てて降りてきた。彼女は御者にジョバンニを抱えて馬車に乗せるよう素早く指示すると、今度は俺とジュゼッペの上に手を置いた。彼女が祈祷を始めると、体中の痛みと痺れがたちまち引いていった。
「ありがとう、ルクレティア嬢。君にまた会えて嬉しい。無事で何よりだ」
俺が言うと、彼女は悪戯っぽい顔をした。
「実はまた窓から抜け出したんですの。わたくしがここに来たことは父には言わないでくださる?」
「わ...わかった」
俺がそう返事すると彼女はディオに向き直った。
「ディオさん、ジョバンニさんをお預かりしていいかしら?呪いを解くのには時間がかかりそうですわ」
「頼むよルクレティアちゃん。お礼はいくらでもするから」
ディオが縋るように言うと、ルクレティア嬢は微笑んだ。
「それには及びませんわ。ジョバンニさんはわたくしのチームメイトでもありますのよ?それに聖女の働きは報酬を得るための仕事ではなくわたくしのライフワークですわ...それより」
ルクレティア嬢は顔を上げると、百メートルほど離れたところにたむろしている魔物たちのほうを見やった。魔物どもの群れはざわついている。ジョバン二とディオのどちらが勝ったのか見分けがつかず混乱しているようだ。
「ディオさん、ジョバンニさんを連れ戻すまでの間、代りにここを守っていてくださるかしら?」
「え?ボォクが?」
ディオはきょとんとした顔をした。
「で...でもボォク...別にルーラル国王軍に入ったわけじゃあないし...」
戸惑うディオに対し、ルクレティア嬢は祈るように手を組んで小首を傾げた。
「ね?お願いしますわ♡」
その瞬間、ディオの顔がまるでとろけたようになったのを俺は見逃さなかった。
「し....しょうがないなぁ。キィミがそう言うなら....まぁ...わかったよ」
それを聞いたルクレティア嬢はニコッと笑うと、ジョバンニを抱えて坂を登る御者に続いて馬車のほうに向かっていった。
俺とジュゼッペは立ち上がると、肩を回したり腰を捻ったりしてみた。身体は完全に回復したようだ。
「旦那....ディオの奴、さっき『お前たちの味方になったわけじゃあない』って言ってたのに、変わり身が早いですな」
ジュゼッペが俺に耳打ちする。俺は苦笑しながら答えた。
「まあ...愛の力....ってやつだな」
魔物どもの群れがますますざわついてきた。ジョバンニとディオの見分けはつかないにせよ、俺たちが無事なのを見て、目論見通りに行かなかったことを悟ったようだ。
「おい剣士!それに...ええと...ひげもじゃ男!」
唐突にディオが俺たちに向き直って声を上げた。
「このボォクが戦ってやるんだから、まあ勝利は間違いない。だが、せいぜい足を引っ張らないようにしろよ」
俺は溜め息をついた。
「おい、俺は剣士で構わんが、彼にはちゃんとジュゼッペという名前が...」
俺が庭師を指さすと、ディオは面倒くさそうに手を振った。
「知らん知らん。ボォクはいちいち使用人の名前とかを覚えられるタイプじゃあないんでね。とにかくヘマするなよ。ボォクは、できる部下には報いるが仕事には厳しいタイプだ。覚悟しろよ」
「おい、いつからお前が俺たちの上司になったんだ?」
呆れて俺が言うと、ディオは驚いた顔で俺を見た。
「違うのか?ボォクは伯爵の令息だぞ?どうして平民のお前たちと対等にならないといけないんだ?」
彼は当然のようにそう言うと腕を組んだ。
「第一、お前たちは魔法も飛び道具も何も持っていないじゃないか。肉弾戦専門だろ?だとしたらボォクは指揮官、お前たちは兵卒。この役割分担が最適じゃないか。違うか?」
「...わかったよ」
俺は諦めた。
話が決まるとスッキリしたのか、ディオは顔を真っすぐ上げて魔物どもの群れを見渡した。そして臆する様子もなく相手の陣営に向かって歩いていくと大声で叫んだ。
「おぉいお前たち!ボォクの実力は知ってるだろ?死なないうちに早く家に帰るんだな!」
すると、前衛にいたオークどもやゴブリンどもは困惑した表情で互いの顔を見合わせ始めた。
「どうした?丸焼きにされたくはないだろ!」
ディオが追い打ちをかける。すると、しばらくして魔物どもの何匹かがディオを指さして喚き始めた。
「エリグルマナ!エリグルマナ!」
するとディオは叫び返した。
「エリグルマナ?アミオチツカサニゾズヨエヌウクニウ・ヂ?ピピナモウロウヌスチギエダロウズユニウキ?」
だが魔物どもは一斉に叫んだ。
「エリグルマナ!エリグルマナ!」
魔物どもは状況を把握したようだ。ブーイングの声とともに、彼らは足元の土くれや石を掴むとディオに向かって投げつけ始めた。
ディオは杖を掲げた。飛んできた石が杖の周囲まで来ると弾き返される。
だがディオはやや意気を落とした様子で首を振りながら戻ってきて呟いた。
「やれやれ...裏切者...か。愛を全うする道は厳しいもんだな」
「ディオ、君の決断は正しい。君は人間なんだ。魔物に味方したところで何になる?」
俺は彼に近づくと言った。だが彼は俺を睨んだ。
「おい剣士、お前の意見なんか聞いてない。それにボォクは自分の悩みを平民に理解して欲しいなんて思ってはいない」
ディオはそう言い捨てると、敵陣のほうを向いて杖を高く掲げた。彼が低い声で呪文を詠唱すると、杖の先端に球形の炎が現れた。
みるみるうちに炎が大きくなり、やがて十メートルほどの直径になった。
驚いた俺とジュゼッペはただただ茫然としながらそれを見上げていた。
「ほら、受け取れよ!」
ディオは叫びながら杖を振り下ろした。
巨大な火球が前方に飛んでいき、地面でバウンドしながら魔物どもの群れに突っ込んでいく。魔物どもは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げまどった。数匹が巻き込まれて炎上するのが見えた。
「よし、これで当面は大丈夫だな」
ディオはそう言うと、地面に落ちていた自分の上着を拾い上げて土埃を払った。
「あの....皆さんよかったら食事でも....」
フレデリコが持参した籠を持ち上げて言った。
「助かるぞ。丁度腹が減ってきたところなんだ」
俺とジュゼッペは顔を見合わせて笑った。
* * * * * * * * *
「おい、どうしてキャビアを挟まないんだ?ハムとチーズと野菜だけじゃあないか」
ディオがサンドイッチを一口齧るなり文句を言った。
「キャビア?そんなもの王城にあるわけないじゃないか。国王陛下の食事にだって入ってないよ」
困惑したフレデリコが言う。俺たちは地面に布を敷き車座になって食事をしていた。
「ならせめてフォアグラのペーストを塗るとか、工夫しないもんかなぁ。同じ味ばっかりでまるで芸がない。坊や、キミ本当に兄さんの弟子なのか?」
ディオが延々と文句を言う。俺はジュゼッペの方を向くと、首を振りながら白目を剥く表情をした。庭師は笑った。
「やれやれ、ルーラル王が父王の浪費が原因で極端な財政引き締めに走ってるって話は本当だったんだな」
ディオはそう言うと気の進まなそうな様子でサンドイッチをもう一口齧った。
「ワシは難しいことはわかりませんが、慎ましい暮らしをされている陛下は庶民から愛されているのです」
ジュゼッペが言う。
「そんなチンケなやり方で人気を得て何になるんだい?支配者ならもっとパアッと景気よく....」
そう言いかけると、ディオは何かに気づいたかのように街道のはるか向こうを見やった。
「何か来るな」
彼はそう言うと食べかけのサンドイッチを地面に投げ捨てた。
俺も立ち上がって敵陣のほうを見た。百匹単位の集団がこちらに向かって動き始めている。皆、大きな盾で武装している。俺とジュゼッペは慌ててサンドイッチを口に押し込むとワインで流し込んだ。
「テスドウトか...」
ディオは呟いた。
行進する魔物たちの隊列は、長方形の大きな盾を前方、側方そして上方に掲げて針を通す隙間もないほどに防備を固めている。まるで鉄の要塞だ。そして盾の隙間からは槍の穂先が突き出されていた。
背の高さから推測するとオークどもだ。足並みを揃えて前進して来る。そしてその後ろには例のごとくゴブリンの弓兵どもが付き従っていた。
距離が五十メートルほどに近づくと、ゴブリンどもが立ち止まり一斉に弓を構えた。
「おい、退避だ!」
俺は反射的に叫んだ。
「バカだな。ボォクの後ろにいたほうが安全だぜ」
ディオは事も無げに言う。次の瞬間ゴブリンたちが弓を発射した。
百本はあろうかという矢の群れが空中に打ち上げられた。俺とジュゼッペは、フレデリコを抱き寄せるとディオの背後に飛び込むように隠れた。
ディオが杖を掲げる。雨のように降り注ぐ矢が、ディオの目の前に来たぶんだけ硬い壁に当たったように弾き返される。
左右の道路に無数の矢が突き刺さる。だが俺たちは皆無傷だった。
「おい、お前たち!どうやらボォクが言ったことをわかってなかったみたいだな!」
ディオは叫ぶと、もう一度杖を掲げた。杖の先端に小さな雷が集まり球形を形成していく。彼は盾を構えて前進してくるオークの隊列に向け杖を振り下ろした。
太い槍のような雷が一直線に敵の隊列に向かい、ぶち当たった。
だが、オークどもは僅かに足並みが乱れただけで、そのまま前進してくる。
「絶縁体か!さすがパパだなぁ」
ディオは感心したように言った。
「おい、接近してくるぞ!どうするんだ指揮官!」
俺は剣を抜くとディオに叫んだ。オークどもはもはや二十メートルほどに近づいていた。
「そうだな...おい、ひげもじゃ男。丸太を一本投げてやれ」
ディオがジュゼッペに言う。庭師は溜め息をついた。
「あんたに指図される筋合いはないですが、ワシもそれが一番いい考えだと思うです」
ジュゼッペは急いで坂を登った。俺はフレデリコを後方に逃がすと、剣を構え、敵の前進に合わせるようにじりじりと後退した。
「おい剣士、丸太が飛んだらボォクが雷で片端から奴らを撃つ。残りを片付けろ」
ディオも俺の傍らで杖を構えながら言った。
「了解した」
「旦那がた!行くです!」
「やれ!」
ジュゼッペの合図にディオが答えた。庭師が坂の上から槍でも投げるように丸太を投げた。飛んでいった丸太がオークの隊列のど真ん中に落ちる。たちまち十人以上が潰されて盾を放り出した。
「いくぞ!」
ディオが杖を振り下ろした。雷が目にもとまらぬ速さで連射される。盾の隙間に飛び込んだ雷が火花を散らし、オークどもが次々倒れていった。敵の隊列が大きく崩れた。
俺は昨日ジュゼッペが拵えた土の壁に素早くよじ登ると、高所から敵の群れのただ中に飛び込んだ。
思った通りだった。列の乱れた敵は困惑し、長い槍を持て余していた。俺は手当たり次第に剣を振り回し、近くにいる敵を斬り倒していった。
だが五人ほど倒したところでようやく敵が我に返った。槍が使えないと見るや、オークどもは次々とそれを投げ捨てて刀を抜いた。
目の前の一匹が刀を振り上げる。だが俺は暇を与えず喉に突きを入れ、刀身をこじってから引き抜いた。背後に動きがあった。肩越しに見ると、俺に突きかかろうとしていたオークが後頭部を雷で撃たれ失神したところだった。
一人が右から斬りかかってくる。上半身を反らして躱し、袈裟斬りをかける。肘打ちを顎に叩きつけ、左から首を叩き切った。
だが左からも来る。俺はすんでのところで身を沈めて敵の刀を回避した。突きを放って胸を刺し貫く。前蹴りで敵を突き放して剣を引き抜くと、後ろから影が迫るのがわかった。
斜め前に飛び込む。背中を刀がかすめた。前転し、立ち上がりざま前方にいた敵の腹に突きを喰らわせた。相手はそれでも刀を振り上げてくる。右拳で鼻面を打ち、相手の腹から抜いた剣を片手持ちで斬りつけて首筋に深手を負わせる。
振り返り背後から迫ってきた敵と刀を打ち合わせた。咄嗟に腕を伸ばし首投げをかける。倒れた敵に止めを刺すまでもなく、刀を振り上げたオークが左右から迫ってくる。俺は後ろに転がった。新手が振り下ろした刀が倒れたオークにぶち当たるのが見えた。
立ち上がると、味方を誤爆した二匹が我に返ってこちらに向き直った。だが立ち直る暇を与えず右手の一匹の首筋を斬り下げ、そこから身を回転させ、左側の一匹の胴を深く払った。
だが周囲はまだ敵だらけだ。荒い息を整えようにも時間がない。しかも、生き残った敵が盾を拾い上げ、隊列を整え始めている。
その時ジュゼッペの声が聞こえた。
「旦那!」
振り返ると、ジュゼッペが太い丸太を抱えながら坂を駆け降りてくるところだった。
俺は反射的に横に転がって退避した。ジュゼッペの丸太が作り直された敵の隊列の真ん中に突っ込む。たちまち列が崩れ始めた。
「伏せててくださいです!」
ジュゼッペは叫ぶと、身体を回転させて丸太を回し始めた。ギリギリで身を伏せた俺の頭上を唸りを上げて丸太が通り過ぎる。それをモロに喰らった敵が盾を放り出した。
オークたちが次々と吹き飛んでいく。背後から雷が飛んできて、盾を失ったオークに命中した。彼らは膝から崩れ落ちていった。
二十人ほどのオークを吹き飛ばすと、ジュゼッペは丸太を構えてさらに奥の敵集団に投げつけた。さらに十人ほどが重さに耐えかねて潰れた。
「おい、ひげもじゃ男!」
ディオの声が聞こえてきた。彼が左手を掲げると、ジュゼッペが道に放り出しておいた斧がひとりでに立ち上がる。次いでディオが手を横に払った。斧が投げられたように飛んでいき、その柄がジュゼッペの手の中にすっぽりと納まった。
「ディオの旦那、さすがよくわかってるです」
ジュゼッペはニヤリと笑った。俺も呼吸を整えるとジュゼッペの傍らに立った。
「行くぞ!」
ジュゼッペが敵の群れに突進すると、雄たけびを上げながら斧を横に払った。前列の盾がスッパリと上下に断ち切られ、それを持っていたオークたちが驚愕の表情を浮かべた。
背後から次々と雷が飛び、オークたちに直撃する。ひとしきりの連射が止むと、俺は素早く前進し生き残った敵を一匹づつ斬り捨てていった。ジュゼッペも斧を振り下ろしてオークどもを片端から真っ二つにしていった。
ふと頭上を見ると、また巨大な火の玉が飛んでいった。俺たちの前方でバウンドし、後方に控えていたゴブリンどもの群れに突っ込んでいく。弓兵たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。
もはや形勢は決したようだ。敵は引き潮のように退却し始めた。
坂道に陣取ったディオが手の平を目の上にかざして眺めながら言った。
「おいお前たち、よく働いたな。後で小遣いをやろう」
「要らん。俺は王城公務員だからそういった贈与は法に抵触する」
俺が答えるとディオが不思議そうな口調で尋ねた。
「ルーラル王城付きの剣士なんて薄給だろ?生活していけるのか?」
俺は澄まして答えた。
「ご心配なく。俺には贅沢癖はない。それにこの戦いが終わったら剣士ではなくただの経理主任に戻るつもりだからな」
ディオは目を丸くした。
「経理主任?なんだそれ?」
ジュゼッペが笑いながら斧を肩に担いだ。
「旦那はそういう人です。戦場でも帳簿でもきっちり片を付けるのが流儀なんです」
ディオは呆れたように肩をすくめた。
「ボォクなら退屈で死んじまうよ。数字なんて召使いにやらせればいいじゃないか」
彼はそう言い放ったあと、気づいたかのように付け加えた。
「...あ、そうか。お前自身ルーラル王の召し使いみたいなものなのか。哀れなもんだなぁ」
俺は剣を拭いながら言った。
「何とでも言え。俺は経理の仕事が気に入っている」
だがそう言った瞬間、俺は異変に気付いて顔を上げた。退却した敵群を縫うようにして、巨大な影が接近してくる。
一つ...二つ...三つ...四つ....。
それは大木のような棍棒を抱えたトロルたちだった。