わしの名はドナテロ。
かつての国王陛下の剣術指南役であり、「リベリ流」の宗家として100名近い門下生を指導している。
わしが、逮捕・勾留された息子の陳情のため王城を訪れて国王陛下から思わぬ拝謁を賜った日から数日後のことであった。
国王陛下は使いを寄越され、わしを再び王城に呼び出した。
そしてわしにこう打診されたのだ。
「門下生を通じて秘密裡に義勇兵を集められないか」と。
やはり『動』の時代が来ている。わしは自分の見立てが正しかったことを確信するとともに、
陛下とともにこの難事業のために知恵を絞り始めた。
まず陛下はわしに勅書を賜った。
そして、わしはそれを門下生たちの間で回覧させ、
それから写しを取らせた。
門下生たちは思った以上の働きをしてくれた。
彼らは王国の危機にこそ立ち上がるのが剣士という我が道場の教えを完全に理解していたのである。
やがて名簿に登録された者の数は増え、千人近くなったのだ。
次に我々は義勇兵を早朝城の前庭に集め訓練を始めた。
初心者も多く含まれていたが、士気は高かった。
なんとなれば彼らはどこに行くにも魔物に怯えなければならない生活に憤りを抱いていたのである。
そして一週間目の訓練が終了した日の朝のことであった。
おりしも、その前日には魔物側からの大使が来て王国に最後通牒を突き付けてきたのであった。もはや誰もが出撃は近いと確信し武者震いをしていた。
国王陛下のもとにディアナ卿が来て、先兵としての出撃を願い出られたのである。
「蛮勇は許さぬ。深入りせずにすぐ戻って参れ」
陛下はそう条件をつけて、卿の出撃を許可されたのである。
騎兵の隊列が城門を出ていくと、入れ替わるように馬車が入ってきた。
停車した馬車から降りてきたのは、ディアナ伯爵のご令嬢、ルクレティア様だった。
ルクレティア嬢は急いで国王陛下のもとに歩み寄ってこられた。
「陛下...お話がございます」
「どうした、ルクレティア。お前は自宅蟄居中ではなかったのか?」
陛下は笑顔を浮かべ彼女を迎えられた。
「はては窓から抜け出したのだな。父親が心配するゆえほどほどにするのじゃ」
しかし、彼女は真顔のまま陛下の前まで来ると、跪かれた。
「陛下。庶務騎士団の守りは突破されつつあります。どうぞご助力をくださいませ」
陛下もわしも息を呑んで彼女を見つめた。
「わたくし、ご賢察の通り家から抜け出して前線に赴きましたの。そこでは洗脳され敵の走狗とされたジョバンニさんがディオさんと戦われていました。そしてジョバンニさんは瀕死の重傷を負われましたの。でもディオさんが騎士団のお二人とそこを守って下さることになり、わたくしは坂の上でジョバンニさんの治療を行っておりましたわ。そしたら....」
ルクレティア嬢は顔を上げた。
「凄まじい地響きがしたので、馬車から出てみると、トロルたちが三本松の崖を崩していましたの。防衛の地の利が失われたら突破されるのは時間の問題ですわ。わたくし急いでそれをお伝えしようと...」
「...ううむ」
陛下は腕を組んで唸られたが、次にわしの顔を見られた。
わしには陛下のお気持ちがわかった。
兵を挙げる時期を誤れば戦はしばしば大敗北に追いやられる。
昼に到着するという援軍はまだ来ていないのだ。
「陛下....」
しばしの沈黙の後私は深く頭を垂れて申し出た。
「義勇兵はすでに千人。士気は高く、剣を取る覚悟はできております。今動けば、敵は三本松の要所にとどめられましょう」
「うむ」
陛下は頷かれた。ご決断まではほんの数秒であった。陛下は声を上げられた。
「これより出撃する。義勇兵、整列!」
「出撃じゃ!整列せよ!みな整列せよ!」
わしは呼応するように声を張り上げた。
「オオオオオ!」
前庭に集まっていた兵たちは一斉に拳や武器を突き上げて応えた。地面が震えるほどの声が響き渡る。
義勇兵たちは列を整えた。国王陛下に続く騎兵たちが中心となり、王国の赤い旗印が風に翻る。さらに、城の中からは実戦用の武装に着替えた儀仗兵が次々と出てきて隊列に加わっていく。
陛下は真紅のマントを揺らしながら隊列の前に出られた。わしもまた軍馬に跨り陛下の真横についた。
陛下が剣を抜かれた。それに応じて、千本の剣が一斉に掲げられ、陽光を反射して眩く輝いた。
陛下が前進の合図を出されると、やがて大集団が前進を始め、城門を抜けて大通りに出た。
騎兵の隊列と左右に付き従う徒歩の剣士たちは通りの中央を進んでいった。
通りの両脇に立った通行人たちは驚きの眼でそれを見守る。
だがやがて、彼らの間から誰が始めるともなく声が聞こえてきた。
「王国万歳!」
「王国万歳!」
花束を投げてくる者もいた。ふと横を見ると、少女が剣士の一人に対して一輪の花を差し出している。彼はそれを受け取ると胸元につけた。
馬は並足で、剣士は小走りで行軍していく。やがて隊列は中央広場を通り過ぎ、三本松に向かう街道に入っていった。
街道の両脇には噂を聞き付けたのか農夫たちが集まり、兵士たちに水や食糧を差し出してきた。
受け取った者たちは、歩調を落としてそれを仲間たちに分け合っている。
陛下は馬上から彼らに軽く頷いて応えられた。
「頑張れよ!」
「頼りにしてるぜ!」
農夫たちから声がかかる。すると、剣士たちも答えた。
「王国のために!」
声が街道に響き渡る。
やがて街道の両脇から歌声が湧き上がった。
---闇を裂きし光よ 我が剣となせ
暗闇に座る者を 救い枷を断つ
地の実りは自由の民へ 民は王を仰ぐ
勇を絞り勝ち得る 我が嗣業 ルーラル---
古くから伝わる王国の戦歌を、農夫も商人も子供も口ずさみ始めたのだ。
兵士たちは歩調を合わせ、その歌に応じて剣を掲げた。陛下は馬上から振り返り、声を張り上げられた。
「王国は一つ!進め!」
軍勢は鬨の声で呼応し、さらに前進していった。
だが、私は前方に視線を移した瞬間異変に気付いた。
三本松の方角から、人の悲鳴が聞こえる。それも一人や二人ではない。
眼を凝らすと、街道を逃げまどう人々の姿が見える。
その向こうからは、黒い鎧をまとった者たちの集団がこちらに向かってきていた。
オークどもだ。
ある者は舌なめずりし、ある者は嗜虐の喜びに唇を歪めている。
「陛下!」
わしは陛下を顧みた。
「うむ」
陛下は頷くと、剣を高々と上げた。
「討ち取れ!一匹も逃すな!」
すると、徒歩の剣士たちが早くも反応した。叫び声を上げながら剣を掲げ突進していく。
オークどもは顔を上げ、大軍勢が向かってきていることに気付くと狼狽の表情を浮かべた。
浮足立った魔物どもに前衛の剣士たちが斬りつける。
魔物どもはたちまち負傷し、あるいは倒れ、その他の者は色を失って後退し始めた。
「進め!」
陛下がまた声を張り上げられる。
やがて逃げ遅れたオークどもが洪水に呑まれるようにしてわが軍勢に巻き込まれ、踏みつけられていった。
その場の空気が一変した。
逃げまどっていた農民たちは状況に気づくと、顔を喜びに輝やかせ、次いで拳を突き上げながら、ルーラル万歳、と叫んだ。
軍勢は、退いていくオークどもを追い立てるように前進すると、やがて三本松の坂上に近づいていった。
要衝の地形が目に入ってくる。だがルクレティア嬢の報告通り、崖は左右とも大きく崩されていた。
崩れた崖を魔物たちが下からよじ登っている。だが彼らは、仲間たちが坂道を転げ落ちるようにして後退しているのを見ると不思議そうな表情をして顔を上げた。そしてこちらに気づくと驚きに顔を強張らせた。
「角笛を鳴らせ!」
陛下が指示を飛ばされた。吹き手が角笛を吹き鳴らし、高い音が空に響く。
「一掃しろ!」
わしは崩れた崖に陣取ったオークどもを剣で示すと、徒歩の剣士たちに叫んだ。
剣士たちは鬨の声を上げながら走り出した。オークどもの群れに馳せかかるように殺到する。不意をつかれた魔物どもは斬りつけられて倒れ、逃げようとして足を滑らせた。
隊列は坂に差し掛かった。坂を下った先にある平原一面に魔物どもが散開しているのが見える。
「鳴らせ!鳴らせ!」
陛下が再び叫ばれた。角笛の音が響き、高揚した兵士たちが鬨の声を上げた。
右側の崖を一掃した剣士たちがその下にトロルがいるのを見つけた。だが、誰一人として臆することなく、次々と化け物に飛び付いていく。
「槍を貸せ!槍を貸せ!」
誰かが叫ぶのが聞こえた。一人の剣士が騎兵から槍を借り受けると、まっしぐらにトロルに向かって駆け寄っていく。
全身を剣で刺されたトロルは出鱈目に手を振って追撃から逃れようとしていたが、やがて倒れた。その後ろ首に槍が深く突き立てられる。
やがて、隊列があらかた坂を下りると陛下は手を上げられ停止を指示された。
後続の者たちも次々と坂を下り、左右に散開していった。それにつられるように魔物たちは退いていく。
だが、顔を上げ前方を見渡すと、魔物たちの群れは夥しい数で、ほとんど地平線に届くかと思われるほど広がっていた。
周囲の騎兵や剣士たちが驚きに息を呑むのが聞こえた。だが、吹き手は顔を真っ赤にしながら角笛を吹いている。
「皆の者。今日はよく従ってきてくれた」
吹き手に合図して角笛の音を止めると、陛下は後ろを振り返って仰せられた。
「ルーラルは自由の民の国。我らは暗闇より光を、混沌より秩序を愛する民。この儂は、その民を見守りその声に耳を傾け善き
陛下は声を張り上げられた。
「だが、もしもこの国の自由を脅かす者あらば、儂はこの身命を賭してそれと戦う。儂は守護者としてこの国と命運を共にする。国が亡ぶときは儂も滅びよう。だが、この血の最後の一滴が流され切るまで、儂はこの務めを手離すつもりはない」
軍勢は皆それを聞き入っていた。魔物軍の夥しさに息を呑み、怯んだ顔をしていた者たちも、陛下の言葉を聞いているうち表情が変わってきた。
陛下は剣を掲げると叫んだ。
「ルーラルの男たちよ!今日を解放の日とせよ!今日を贖いの日とせよ!」
次いで陛下は一人ひとりの顔を見まわした。
「諸君一人ひとりが解放者となれ!その剣もて、恐怖の日々からの解放、怯えの日々からの贖いをなせ!」
兵どもの目が輝く。陛下はいっそう声を張り上げられた。
「立ち上がれ!ルーラルの民よ!立て!立て!戦え!」
「ウオオオオオオオオオオ!」
軍勢が一斉に叫んだ。耳を聾するほどの叫び声だった。
その叫びがこだまし、崩れた崖を越えて平原に響き渡る。
敵陣を見渡すと、オークもゴブリンも顔を見合わせ、ざわめき始めていた。
陛下は剣を振り下ろし、軍馬を進められた。
「進撃せよ!」
千の剣が一斉に振り上げ下られ、軍勢は地鳴りのような足音を響かせながら前進を開始した。
同時に、低く不吉な音色の角笛が敵陣のほうから響いてきた。
魔物どもは我に返ったようにこちらを向くと、武器を振り上げて喚き始めた。
わが軍の吹き手も全力で角笛を吹き鳴らしている。
双方の鬨の声と角笛の音が混沌として混じり合い、空を震わせんばかりだった。
「進め!進め!」
わしもまた声を張り上げた。わしは剣を納めると、側面に付き従っていた弟子から槍を受け取って構えた。
馬に拍車をかけて加速する。わしは陛下をお守りするようにやや斜め前に出ると、他の騎兵たちと足並みを揃え、槍を握り締め、身を低くした。
彼我の距離が縮む。
五十メートル。三十メートル。十メートル。
騎兵の先頭が魔物の群れに突っ込んでいく。
槍に貫かれたオークが馬に踏み付けられて敷物のように軍勢の下敷きになる。
わしもまた目の前の魔物に槍を突き出した。オークの胸を穂先が貫く。
すかさず槍を引き、すれ違いざまふらついたオークの側頭部を石突きで殴る。
後続の者が剣を抜きその首を刎ねるのが視界の隅に入った。
次の敵に突進し槍で突きを喰らわせた。
槍を振って敵の身体から抜いた勢いで馬を旋回させる。
別のオークが斧を振りかざして迫ってきた。わしは槍を横に払ってその側頭部に叩きつけた。追いついてきた後続の騎兵が背後から剣を突き立てる。
「進め!進め!」
陛下が号令をかける。進軍の勢いを止めぬようわしは再び馬に拍車をかけた。
陛下の横に追いつく。目を上げると、魔物軍は騎兵の突進に対処しきれていないことがわかった。目の前の敵は次第にこちらに背を向け始めている。
鎖を握った数匹のゴブリンが途方に暮れた顔をして立っていたが、すぐに踵を返して一目散に逃げ始めた。散発的に矢を射ていた敵の弓兵たちも軍勢に飲み込まれていく。
わしは三匹目のオークに槍を突き立て、追いつきながら足蹴にして穂先を引き抜いた。止めは後続に任せることして前進した。
だがその時、異変を感じた。第六感がわしに知らせたのだ。
眼を上げると、蝙蝠のような羽を大きく広げた人型の魔物が剣を振りかざして迫ってきていた。
陛下が狙われている。
直観したわしは、咄嗟に陛下の前に出ると槍をかざした。
柄に直撃を受け槍が真っ二つに折れた。空を飛ぶ魔物は罵声を上げながら飛び去っていく。
周囲を見ると、同じ形をした魔物が二匹、次々と空から急降下し、わが軍の隊列に突っ込んでは飛び去っていった。その度に騎兵が一名落馬し、あるいは徒歩の剣士が一名深手を負って倒れた。
「空だ!空を警戒せよ!」
わしは声を張り上げた。周囲の兵が即座に反応し、盾を持っている者は盾を掲げて空を見上げた。
陛下は馬上から声を張り上げられた。
「弓兵を前へ!射よ!」
弓を持つ者たちが構える。矢が次々と空へと放たれた。だが、魔物たちは蝙蝠さながらのように素早く左右に飛び回る。弓兵が罵声を上げるのが聞こえた。
矢が止むと、魔物の一匹が急降下した。弓兵が突きで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「魔物の将軍ノクスとその手の者たちだ。厄介だな」
陛下は隊列を止めるとそう仰った。
「空を飛ぶ竜人ですな。策がございます。わしにお任せを」
そう申し上げると、わしは馬上から声を張り上げた。
「ノクス殿!わしは剣術指南役のドナテロと申す!貴殿に手合わせを申し込みたい」
すると、竜人たちの一匹が上空に留まり、嘲笑を浴びせてきた。
「寝ぼけたことを申すな。ここは戦場だぞ。貴様らの王の首を持って帰るまではそんな遊びに付き合う暇はない」
わしは折れた槍を捨てると剣を引き抜いて続けた。
「もし貴殿が勝てば、わが門下生100名には退くよう命じよう。貴殿は一人を倒すことで100人を倒すことになる。ただし貴殿が負けたら貴殿の部下2名には退いてもらおう。悪い取引ではあるまい」
竜人は傲然と顎を上げてこちらを見下ろしてきたが、やがて頷いた。
「よかろう。ただし下手な真似をしたら次は容赦せん。本気で王の首を狙いに行くぞ」
「陛下...ご心配無用。必ず討ち取ってご覧に入れますゆえ」
わしは陛下に申し上げると、馬から降りた。
ノクスが舞い降りてくると、隊列はわしと彼を囲むように円形になった。
「ルールは無用。一対一の戦いである限りあらゆる手が許される。良いな、ノクス殿?」
「望むところだ。せいぜいあがくがいい」
竜人は余裕の表情で答えた。
* * * * * * * * * * * * *
即席の決闘場となった地面には、オークやゴブリンの死骸がそこらじゅうに転がっている。槍、刀、棍棒といった武器も散らばっていて、兵士たちがそれを片付けようとした。
だがわしはそれを手で制した。
「問題なかろう。死体に足を取られて戦えぬようでは剣士とは言えぬ」
「地に縛られた人間にしては良い覚悟だな。楽しませてくれそうだ」
ノクスは翼を大きく広げ、砂塵を巻き上げながら剣を構えた。
私は剣を正眼に構え、深く息を吸った。
周囲の兵士たちは息を呑み、円陣の外から見守っている。
「始めよ!」
陛下の声が響いた。
わしは摺り足で距離を詰めていった。対して竜人は悠然とした様子で剣を片手持ちで下段に構え、微動だにしない。
普通の相手ではない。絶対の優位性に裏付けされた自信を持つ者だ。わしは確信した。
距離が間合いに近づいても相手は動かなかった。
こやつに様子見は通じない。
わしは一歩踏み出すと横斬りを放った。竜人は優雅な動作で剣を掲げてこちらの斬撃を逸らすと、慣れた手つきで刃を返し首筋を狙ってきた。
上体を反らして躱す。さらに飛んできた第二撃を身を沈めて回避すると、足元に向け払うように斬撃を放った。
だがその瞬間、竜人はふわりと宙に浮いた。こちらの剣を難なく避けながら、普通ならあり得ない前傾姿勢で縦斬りを放ってきた。
反射的に身体を捻って躱した。だが刃が兜をかすめ、肩当てを割った。
わしが素早く身を引いて体勢を立て直している間、竜人は背中から生えた羽を羽ばたかせながら静かに着地した。
「どうした?剣術指南役がその程度ならここにいる剣士どもは皆張り子の虎だな。貴殿と取引などせずとも私と部下たちだけで一掃できるのではないか?」
ノクスは冷笑した。
わしは二つに割れた肩当てを剥ぎ取った。傷を手で探る。深手ではない。
「空飛ぶ剣士とは傑作だ。執筆中のわしの本に書き加えよう...どうやって倒したのかもな」
「やせ我慢は身体に毒だぞ。今降参するなら命だけは見逃さぬこともない」
わしが減らず口を叩くと竜人は唇を歪めながら言い返してきた。
再び構え、摺り足で相手の周囲を回るように距離を詰める。
ノクスは直立の構えを取ったまま、感情のない目でこちらを見据え続ける。
やはり敵の優位性の源は翼にあるのだ。それを封じられれば。
私は剣を握り直し、低く構えた。
間合いが交錯した瞬間踏み込む。気合の声を発しながら逆袈裟斬りを放つ。
しかし、竜人は飛び上がると後方に着地した。わしはさらに踏み込んで袈裟斬りで追撃した。
両者の剣がぶつかって火花が散る。竜人は剣を剣で受けると両腕で持ったそれを回転させた。
こちらの剣を逸らすと喉に突きを放ってくる。身体を横に倒し回避すると、こちらは下から逆小手を狙った。
その瞬間、相手の身体が丹田の辺りを中心に横回転した。動きに惑わされ、わしは一瞬だが止まった。
その刹那竜人が右から斬り下ろしてきた。咄嗟に剣で受ける。目の前に、鉤爪の生えた竜人の足が見えた。
鉤爪が顔に迫る。紙一重で避けたが、兜の庇に爪がかかった。身を低くして後ろに下がる。わしの兜は脱げて地面に転がった。
ノクスは冷笑を浮かべ、翼を広げて砂塵を巻き上げた。
「顔を晒したな。次はその首を頂こうか」
私は剣を正眼に構え直した。
「首を狙うなら、まずこの剣を越えてみせよ」
「いや、剣を握ったままの貴殿の首だけを頂くのだ。さぞ見ものに違いない。その救いがたき愚かさも弟子たちに十分理解できるだろうからな」
竜人は含み笑いを漏らした。だがわしは言った。
「剣を握って死ぬなら剣士としては本望。だが剣士の命は安売りはせぬもの。わしが去るときは貴殿には刃と血を味わって頂こう」
「ほざけ。口では何とでも言えよう」
両者は向き合った。身を低くし、距離を詰める。
相手の手口を二つ知った。それ以上の技があるか。それともないのか。
そして、こちらの奥の手をいつ出すのか。
わしは突進すると、突きを出した。竜人が半身になって躱す。逆小手が来た。
身を回転させて回避し、上段を狙った横斬りを出す。
相手は後ろに倒れるようにしてそれを避けると、身体を後ろ宙返りさせ体勢を立て直した。
さらに踏み込む。だが鉤爪のついた足が下から蹴り上げられた。
すんでのところで首を反らせ、顔を狙った攻撃を避ける。一瞬の後に、踏み込んで右袈裟斬りを放った。
着地した竜人はそれを剣で受け流した。受けた瞬間力を抜くようにして、こちらの力を誘導した。手練れにしかできぬ技だ。
わしはつんのめった。身体を回転させた竜人が横斬りで首を狙ってくる。
わしは飛び込み前転して起き上がった。
その時には空中に跳躍したノクスが剣を引いて突きの構えを取っていた。
剣先が迫る。
受ければ勢いで負ける。わしは横に飛び込んで転がった。
「どうしたどうした!逃げてばかりでは勝負にならぬぞ!」
わしが片手を突いて身を起こすと、低空飛行を終えたノクスが着地してこちらに向き直った。
「貴殿の技はとくと味わわせていただいた。楽しませていただき感謝申し上げる」
わしは不敵に微笑むとそう言った。ノクスは笑った。
「ほう、首を差し出す気になったか?」
「いや、もはやこの勝負終わりは近い。貴殿の負けだ」
「何を言うかと思えば。気でも狂ったか?」
「貴殿は剣士にあらず。空飛ぶ魔物に過ぎぬ。仮にわしが飛んでいる貴殿を捕えたらどうなるかな?」
わしの言葉に竜人は目を細めながら首を傾げた。
「やはり気が触れたか。地に縛られた者が竜人を捕えるなど不可能だ」
わしは終わりまで聞かず剣を構えた。次、遅くともその次で決める。
しばし向き合った後、踏み込んで袈裟斬りをかけた。
竜人は下から斬り上げる。剣と剣が打ち合わされ鋭い音を立てた。
今度はわしが剣を回転させた。だが竜人は乗らず身を引く。
その防御が下がったところに踏み込んで横斬りを打ち込む。
敵は剣を上向きに払った。こちらの剣が逸れたところで胴払いをかけてくる。
わしは迷わず踏み込んだ。相手の剣の根元あたりがこちらの胴巻きに喰い込んだが不発だ。
剣を引き寄せる。相手も同じ動作をして鍔迫り合いとなった。
相手を押すとあっさりと退く。翼を広げ、ふわりと飛び上がり数メートル後退していった。突進して縦斬りをつっかける。相手は剣を横にして受け、足を蹴り上げた。
驚くべき柔軟性だ。顔を逸らしたが鉤爪が頬を引き裂くのを感じた。
次の瞬間相手が身体を横回転させた。視界の隅に、翼の先端についた鉤爪が目に入る。
身を伏せる。頭の上を鉤爪がかすめる。だが低い姿勢で立ち上がりざま斬り上げた。
剣先がわずかに蝙蝠状の翼を引き裂いた。
「貴様...よくも私の翼を...」
向き直って呼吸を整えながら、ノクスが血相を変えた。飛べぬほどの手傷ではない。だがそれでも相当の衝撃のようだ。
「おやおや、それほど大事な翼ならば毛布にでも包んでしまっておけばよいではないか」
わしは答えた。ダラダラと血が頬を流れ首まで濡らしている。だがまだだ。
ノクスの瞳が怒りに燃え、翼を大きく広げた。
「貴様…まずはその舌から切り落としてやる」
空中に跳躍し馳せかかってくると、竜人が左右袈裟斬りを矢継ぎ早にかけてきた。剣で弾き返すと、横斬り、さらに縦斬りと攻め立ててきた。
剣を縦横にかざし防御する。空いた中段に突きが飛んでくる。
半身で躱すと、相手が再び回転し蹴りを放ってきた。
後ろに倒れるようにして躱す。顔面を鉤爪がかすめる。だが体勢が崩れた。
「死ねい!」
竜人は跳躍すると、突きの構えをとった。刺突だ。
だがわしは踏みとどまった。剣を振りかぶると、相手に投げつける。咄嗟に竜人が剣を払う。こちらの剣先は逸れたが、それが翼に直撃し片方の羽が大きく裂けた。
空中でノクスが狼狽の表情を浮かべる。わしは身を起こすと徒手のまま突進した。
走りながら身を低くすると地面に落ちていた棍棒を拾い上げる。
着地したノクスに向け、わしは裂帛の気合とともに棍棒を振り下ろした。
相手が剣で受けると同時にわしは前蹴りを繰り出した。胴に直撃した蹴りで竜人が後じさりした。さらに棍棒で右左から撃ちかかる。
剣で辛うじて防御したノクスの額に焦りの汗が浮かぶのが見えた。
「どうした竜人!誇りを見せてみよ!」
わしは息もつかせぬ勢いで棍棒を繰り出した。踏み込んで距離を詰める。
やがて両者は鍔迫り合いとなった。粗い造りの棍棒にノクスの剣の刀身ががっちりと食い込む。互いに息を詰め力の限り押し合う。
竜人の顔が近い。その目には初めて恐れが浮かんでいた。
わしは一瞬の隙をついて足払いをかけた。両者もつれ込むようにして地面に倒れる。
もはや剣の間合いではない。わしは相手を掴んだ。両手に渾身の力を込め雄たけびを上げながら頭突きを放つ。
額に竜人の歯が食い込むのを感じた。だが構わず頭突きを続ける。黒い血が飛び散り、顔にかかる。
さらに拳を固めると、馬乗りになって相手の顔を殴りつけた。全体重をかけて拳を叩きつけた。
相手の動きが鈍ったのを感じ、わしは攻撃を止めて身を起こした。
周囲を見回すと、兵士たちは目を剥きながらこちらを見つめていた。
やがて一人、また一人と拍手し始めた。
「地...地に縛られし者...の誇り...か」
仰向けに倒れたノクスが息も絶え絶えに言った。
やがて拍手に歓声が混じり、そこに鬨の声が加わり轟音のようになった。
「ではノクス殿。約束を果たして頂こう」
わしが言うと、竜人は弱々しく頷き、空中で見守っていた二匹の部下たちに合図した。竜人たちは敵陣のほうに飛び去っていった。
わしは陛下に歩み寄ると申し上げた。
「陛下、進軍を続けましょう」
「わかった...だがドナテロよ。まず顔を拭け」
陛下は苦笑いされた。
実際、あとで弟子から聞いたところによると、わしの顔はふた目と見られないほど酷いものだったらしい。