ハアイ、久しぶりね。
あたし、ジョバンニよ。
あたし、長い間気絶してたんだけど、目覚めて最初に目に入ったのが馬車の客室の天井だったのよね。
次にルクレティアちゃんがあたしの顔を覗き込んできたの。
「気が付かれたみたいですわね。ご気分はいかが、ジョバンニさん?」
あたし、ちょっと微笑んだんだけど、その途端、記憶が全部蘇ってきちゃったのよ。
ヴァルグに洗脳された後、あたしが何をして誰に何を言ったかの記憶が。
最悪の気分だったわ。
普段だったら人に言わないようなこととか平気で言っちゃってたし、
ディオはまだ兄弟だからいいとして、
フレデリコにも酷い言葉かけてたのを思い出しちゃったのよ。
あたし、顔を手で覆っちゃったわよ。
「あら。ジョバンニさん、どこか痛いところがおあり?」
慌ててルクレティアちゃんが聞いてきたから、あたし呟いたわ。
「違うのよ.....。あたしってば最低の野郎だったわね。洗脳されてたとはいえ、穴があったら入りたいわ」
するとルクレティアちゃんはあたしの手をそっと取って微笑んだの。
「そんなこと、気にする人がいるとお思いでして?戻ってきてくださっただけで十分ですわ」
その時馬車の外から声が聞こえたわ。
「ジョバンニさん!」
身体を起こすと、フレデリコの顔が窓越しに見えたわ。涙でぐしゃぐしゃだった。背景からすると、あたしたちは城の前庭にいたってことがわかったわ。
ルクレティアちゃんが扉を開けると、フレデリコが泣きながらあたしの手を握ってきた。
「ジョバンニさん...やっと...やっと...」
ルクレティアちゃんってば、「言った通りでしょ?」と言わんばかりの顔であたしを見てたわよ。
フレデリコが落ち着くと、あたしは二人からあたしが気絶してた間の出来事を聞いたわ。
「ジョバンニさんが倒れてから、ディオが味方してくれることになったんです。でも、そしたらトロルどもがわんさかやってきて、ラファエロさんたち苦戦してたんです」
フレデリコが涙を拭きながらそう言ったの。
「でも、もう安心ですわ。陛下が千人の義勇軍を連れて出撃されましたから。今頃敵を押し返しているころですわ」
ルクレティアちゃんがそう補足したわ。でもあたしは言ったわ。
「でもここでゆっくりしてるわけにはいかないわ。だって魔物軍はその十倍くらいいるのよ?」
「ジョバンニさん、戦場に行くんだったら、ちょっと待っててもらえませんか?ボク、サンドイッチ作ってきます」
フレデリコがそう言って城の厨房に走っていったわ。
そうしてしばらくすると、籠を抱えて戻ってきたの。
「ちょいとあんた、具材雑に切ってないでしょうね。ちょっと見せてみなさいよ」
御者のオジさまが馬車を発車させると、あたしは上司としてサンドイッチの出来を確認したわ。
そしたら見事にキレイに切れてるのよ。あたしちょっと驚いてフレデリコの顔見ちゃったわよ。
「ジョバンニさんがいない間、物凄く仕事が忙しくって....それで手際が良くなったんです」
彼ったら照れた顔で俯いてたわ。ドヤ顔するのかと思ったら、まだまだ純情なのね。
あたしはひとつ手に取ってかじったわ。
「……うん、悪くないわね」
褒め過ぎると調子に乗るからそれ以上言わなかったけど、ルクレティアちゃんがそんなあたしたち二人を見ながらニッコニコだったわ。
馬車はほどなくアッピア街道入り口の坂上に着いたわ。
あたしたちが馬車を降りると、崩れかけた左の崖の上にディオが座り込んでたの。
尾羽打ち枯らしたって感じだったわ。
あたし、近づいて背中をポンって叩いてやったわ。
「ちょいと、あんた何疲れた顔してんのよッ」
ディオの奴、振り向いて目を真ん丸に開けたわ。
「に...兄さん!元に戻ったのかい?」
「当たりまえよ。ルクレティアちゃんの仕事よ?ハズレなし、保証つきよ」
「ディオさん、ここを守ってくださったんですね」
ルクレティアちゃんも追いついてきて、ディオに近づくと膝を曲げて礼をしたわ。
「陛下の軍勢が間に合ったのもあなたのお陰ですわね。感謝してもし切れませんわ」
「見たところ、だいぶ押し返したみたいね」
あたしは崖の上から平原を見渡したわ。
真っ黒い魔物軍は数キロ先まで押し返されてたわ。その手前には赤い旗を掲げた国王軍がひしめいてたの。
「あら、でも膠着状態みたいね。戦うのやめて休戦の話し合いでも始めたのかしら?」
「そうなんだ。ついさっきまで戦ってたんだけどね」
そう言ったあと、ディオの奴ちょっと俯いたの。
「どうしたのよ、ディオ?」
「ルクレティアちゃん....済まない。ボォクがついていながら...」
そう言いながらディオの奴、また座り込んじゃったの。
「キミのお父さん、ディアナ伯爵がゴブリンたちに捕まっちゃったんだ。ボォクが近くの敵と戦うのに夢中になってて、ちょっと目を離した隙に....」
ルクレティアちゃんの顔からサッと血の気が引いていくのが分かったわ。
ディオは拳を握りしめて、悔しそうに唇を噛んでた。
「ボォクのせいだ。ほんの一瞬、目を離しただけなのに……」
その時、崖の下から声が聞こえたわ。
「おおい、ジョバンニか?元に戻ったんだな?」
覗き込むと、ラファエロとジュゼッペが二人で地面に座り込んでたわ。
「さあ、どっちでしょうね?....って冗談だけど。あんたたち、無事でよかったわ」
あたしは悪いジョークを言いかけたけど、すぐ取り消して坂の下に向かったわ。
よく見るとラファエロもジュゼッペも泥だらけだったの。
「あらまあ、ずいぶんな有様ね。まるで一昼夜ずっと戦ってたみたい」
「ジョバンニ。有休とりたいって言ってたお前の気持ち、やっとわかったぞ」
ラファエロが言うもんだからあたし呆れ顔で返したわ。
「今更すぎるわよ。あんた社畜もほどほどにしないと早死にするわよ」
ところが、少し遅れて降りてきたディオがそれを聞いて首をかしげたの。
「おい、剣士。有休って何だ?」
ラファエロは肩をすくめたわ。
「有給休暇のことさ。休みを取っている間も給料が出るんだ」
「意味が分からないよ。仕事しようがしまいが小作人から小作料が入ってくるもんだろ?違うのか?」
ディオが真顔で尋ねるもんだから、あたしは額に手を当ててため息をつくしかなかったわ。
「あんたは庶民の暮らしを勉強しなさい、ディオ」
「ジュゼッペさん、足をお怪我なさってますわね?」
その時、ルクレティアちゃんが駆け寄ってきたわ。
「足以外は元気なのです。が....」
泥だらけの顔のジュゼッペが面目なさそうに言ったわ。
「彼は大活躍だったぞ。軍勢を丸ごと止めたんだ。しかもトロルを一撃で倒したしな」
ラファエロが言ったもんだからあたしは突っ込んだわ。
「ラファエロ、盛りすぎ。三撃くらいは入れてたでしょ」
「いや、文字通り一撃だ。この目で見たんだ」
すると、ジュゼッペがルクレティアちゃんの治療を受けながら言ったわ。
「ラファエロの旦那。どちらでもいいことです」
「ラファエロさん、ジュゼッペさん!無事だったんですね!」
フレデリコも籠を抱えて坂を降りてきたわ。
それであたしたち七人で布を敷いてお昼ご飯にしたってわけ。それが終わるとルクレティアちゃんが御者に指示して馬車を坂の下に乗り入れさせたの。
「ちょいとあんたどうすんのよ。馬車なんか草原に連れてきて」
「わたくし、父の解放を魔王軍に願い出てみますわ」
ルクレティアちゃんが遠くの敵陣のほうを見つめながらそう言ったの。
「解放...って...。でもどうやってあいつらに言う事聞かせようっていうのよ」
「わたくしが代りに人質になりますわ」
彼女がそう言うのを聞いた瞬間、
その場にいた全員がしばらく言葉を失っちゃったわ。
あたしは我に返ると、思わず声を荒げたわ。
「ちょっと待ちなさいよ!いくらなんでも無茶が過ぎるわよ」
ラファエロも言ったわ。
「そうだ。あいつらが婦女子を紳士的に扱うわけがない。どんな危険な目に遭わされるかわからないぞ」
「知っていますわ。でも、父とその部下の皆さんを救うには他の手段が思いつかないんですもの」
ルクレティアちゃんの目から一筋の涙が流れるのが見えたわ。
「わたくし...父を見殺しにすることだけはできませんわ。だって...父は...」
多分、お父さまとの思い出とかが蘇ってきて胸が一杯になっちゃったのね。流石のあたしもどう言葉をかけていいかわかんなくなっちゃったわ。
「わたくし、行きますわ。皆さま、今まで一緒にお仕事できて、楽しかったですわ」
そう言って皆の顔を見まわすと、ルクレティアちゃんは不器用に微笑んだの。
でもそれを見たあたし、たまらなくなって声を上げたわ。
「ちょいと待って。ちょいと待って。ちょいと待って。落ち着いて考えましょ?ね?ね?」
あたし、まず彼女を制止するとこう続けたわ。
「あたしたち、何しろ『庶務騎士団』なのよ?何か手が絶対あるはずだわ」
あたしたち、そうして話し合って作戦を練ったわ。
それから全員馬車に乗り込んで前線に向かっていったの。
* * * * * * * * * * * * *
あたしたちの馬車は国王軍の兵士たちを掻き分け掻き分けしながら前進したわ。
そしてとうとう膠着状態で睨み合っている場所の一番前に辿り着いたわけよ。
そこでは、国王陛下がヴァルグの子飼いの竜人の一人、ゼラフィスとかいう奴と向き合ってるのが見えたわ。それぞれの部下も周りに群がってたわ。
で、打合せどおり、まずあたしがラファエロの鎖帷子を着て普通の兵士の振りをして馬車から出たの。
ラファエロとジュゼッペには、オークの死骸から剥ぎ取った鎧を着せて、ディオが変身魔法をかけてオークそっくりの顔にしてやったわ。
そうして、あたしが二人を後ろ手に縛って引っ立ててるような体裁を装ったわけ。
ルクレティアちゃんはあたしに続いて出てきたわ。
ディオとフレデリコは馬車の中に置いてきたけど、ディオにはいつでも戦えるよう待機してろって言っておいたの。
「休戦の申し出、確かに承った。わが方は剣を納めよう。ただしこちらの陣はまさしくこの地点から一歩も下がらぬ」
あたしたちが近づくと、国王陛下の声が聞こえてきたわ。
「それから、貴殿らからの攻撃があり次第休戦は終了となる。よろしいな?」
すると、ゼラフィスがこう答えたわ。
「よろしい。その条件を飲もう。では次に....」
ゼラフィスは咳払いすると続けたわ。
「休戦から恒久的停戦、および和睦に移行するための条件を議題にしたい」
陛下はちょっと不服そうな顔をしたけど、黙って頷かれたわ。
「以前お伝えしたように、我が方は無意味な殺戮を求めているわけではない。ただ、魔族が安心して暮らせる場所を求めているに過ぎぬ。従って、我ら魔族の自治区として領土を割譲頂きたい。それはアブレンツィオ地方全土とする。それがわが軍撤退の...」
「断る」
ゼラフィスが話し始めると陛下は遮ったわ。
「そんな条件は呑めぬ。当方の条件は、貴殿らが全員この国から出ていくか。さもなくばここで雌雄が決するまで戦うか。どちらかしかない」
それを聞くとゼラフィスはちょっと色を失ったみたいだったわ。
「...し...しかし戦いを続ければ双方に大きな犠牲が出よう。貴殿ら人間は死を恐れるのではなかったのか?」
「笑止。わが軍の損害は微々たるものだが、貴軍はゆうに千名は失っておるではないか。そしてご覧のとおり、わが軍の援軍も到着しつつある」
陛下が手を上げて指を差したわ。平原の向こう側、北と西の方角から、赤い旗を掲げた隊列が近づいてきているのが見えたわ。
「いま、ルーラルの民は戦う決意を固めておる。もはや貴殿らに一寸も譲る領土などない。速やかに出ていって頂こう。さもなければ戦うまでだ」
「ううむ...」
ゼラフィスの奴、腕を組んで唸っちゃってたわ。
「解せぬ。なぜ.....なぜ我ら魔族をそう憎むのだ?」
「その質問はそっくりそのまま貴殿らに返そう」
陛下は静かな口調でそう答えられたわ。
「魔物は古来から人を襲い、傷つけ、奪い、恐怖を与えるをこととしてきた。もしも貴殿らが我ら人間とともに畑を耕し、牛を飼い、麦を打って暮らすならば、喜んでともに暮らそう。だが貴殿らがそれを選んだことは一度もなかった。この王国の歴史上、ただの一度もな」
ゼラフィスはしばらく黙り込んでたけど、やがて竜の瞳をギラって光らせながら口を開いたわ。
「貴殿らに平和への意志がないことはよくわかった。だがこれならばどうだ?」
竜人が右手を上げると、魔物陣営の後ろのほうで、長い槍の柄が何本も一斉に掲げられるのが見えたわ。
なんと、その柄には裸で縛られた人間がひとりづつ、括り付けられてたの。
「なっ...」
陛下も驚いて目を見張ってらしたわ。
「貴軍の騎兵の先兵たちだ。全員殺さずに生かしてある。わが軍の慈悲を示すためにな。だが、貴殿らがあくまでも退かぬというならば、彼らの命はどうなるか....」
ゼラフィスが言い終わる前に、ゴブリンたちが器用にその柄をよじ登っていって、縛り付けられた人間の喉元に小刀をつきつけたわ。
「何とも卑怯なり。捕虜の命を脅かすことでわが軍を退かせようというのか?」
陛下ってば、額に青筋が立ってたわ。あたし初めて見たわよ。だけど、必死で怒りを堪えたあと陛下は言葉を継いだわ。
「だがこちらにも捕虜はいる。貴殿の同胞であるノクス殿だ。我らは彼を解放しよう」
陛下は一呼吸して落ち着くと、こう続けたの。
「彼は貴軍のいわば将軍だ。一人につき騎兵二十人以上の価値はあろう。交換ということでどうだ?」
「フン。雑兵の挑発に乗せられて一騎打ちに負けるような奴を我が軍の将軍とはもはや呼べぬ。奴の命は貴殿らの好きにされよ」
ゼラフィスの奴、陛下の提案を歯牙にも掛けないわけよ。その言葉を聞いた瞬間、兵士たちの間にざわめきが走ったわ。
「……好きにされよ、だと?」
「仲間の命もなんとも思わないのか?」
あたし、その瞬間に、以心伝心魔法で陛下に話しかけ始めたわ。
---陛下...あたし。ジョバンニよ。お陰様で無事に戻ってきたわよ---
陛下、ちょっと驚いた表情をしたけど、すぐに何事もなかったような顔をして前を向かれたわ。
---庶務騎士団も勢ぞろいだし、ディオも味方してるわ。だから、あたしたちに任せて?必ず全員助けるから。ね?お願い----
「貴殿らが味方を粗末に扱われるならそれはそれだ。だが、我が方も捕虜に食べさせるほど糧食に富んでいるわけではない。ノクス殿はお返しする」
陛下はあたしの言葉を聞いたのか、ほんの少し頷いたあと、右手を上げたわ。
すると、あの竜人のリーダー、ノクスが手を縛られた状態で引かれてきたわ。
羽も裂けてるし、顔面がボッコボコだったから、そうとう酷くやられたのね。
---陛下、今あたしが引いてるオーク二匹も返すって言って?ラファエロとジュゼッペが変装してるのよ---
「そうだ、兵たちがオークを二匹生け捕りにしたらしいが、これもやはり貴殿らに返すこととしよう。異存はないな?」
あたしがラファエロとジュゼッペを乱暴に押しやって敵陣に向かわせると、ゼラフィスはせせら笑ったわ。
「ほう、それは寛大なご処置だ。だが...我らが貴殿らの騎兵二十名をお預かりしていることには変わりはないぞ」
ゼラフィスは不敬にもひと差し指を陛下に突き付けてこう迫ったわ。
「貴軍を退かせるか、それとも人質の命を見捨てて戦うか。今すぐご返答願おう。今すぐだ!」
「わたくしが代りに人質になりますわ!」
その時、ルクレティアちゃんが叫んだわ。
周囲にいた兵士たちも、魔物たちも驚いた様子で一斉に彼女に注目したわ。
「わたくしが代りに人質になりますわ。ですから、騎兵二十名を解放してくださいませ」
ゼラフィスは予想外のことに目を丸くしてたけど、やがて首を振ったわ。
「ふざけないでもらいたい。たかだか女ひとりと、捕虜二十名を交換など聞いたこともないわい」
---ラファエロ、ジュゼッペ。作戦のフェーズ2に入ったわよ。急いで---
---陛下...今ラファエロとジュゼッペが人質の方に向かってるわ。話を長引かせてくれるかしら?---
あたしは忙しくそれぞれに話しかけながら、ラファエロとジュゼッペの位置を確認したわ。
二人の位置から人質のいる場所まではまだ遠くって、百メートル以上はありそうだったわ。
そのときディオの声が聞こえてきたわ。
---兄さん、攻撃の合図は早めに出してくれよ。ルクレティアちゃんを危ない目に遭わせるなんてボォクが許さないからな!---
---あんたに言われなくたってわかってるわよ!あの子はあたしのチームメイトなのよ?---
その時だったわ。話の流れに気づいた最前列のゴブリンどもが一斉に歓声を上げ始めたの。
それで、ゼラフィスに向かって、「そうしろ、そうしろ」といった様子でしきりに身振り手振りをしてたわ。
あたし、物凄ぉく嫌な予感がしたわ。だってゴブリンに捕まった人間の女がどんな仕打ちをされるかっていう話は嫌というほど聞いたことがあるもの。
ゴブリンたちの歓声は次第に大きくなり、前列の者たちがゼラフィスに詰め寄り始めたわ。
「ア・ニワァヤカソ!」「カウキ・スラ!」
ゼラフィスも流石にその勢いに圧倒されたみたいだったわ。それで、やっとのことでゴブリンを鎮めると、こう陛下に言ったの。
「こんな話は前例がない。だが...そうだな...騎兵五名と交換ということでどうだ?」
「五名とは中途半端ではないか。なぜ二十名ではないのだ?」
陛下が反論したわ。するとゼラフィスが言葉に詰まりながら言ったわ。
「女には軍事的に価値がない。だが...その...天晴な自己犠牲の精神にかんがみて譲歩しているに過ぎぬ。それをお忘れなきよう」
「十名だ。五名では少なすぎる。これ以上は譲れん。そして十名にはディアナ伯爵を含めるのだ」
陛下が頑として言い張ったわ。
---ラファエロ、ジュゼッペ。もっと急いで---
---陛下、ラファエロとジュゼッペが人質のところに着いたら合図するわね?---
あたしは心臓がドキドキしてきたけど、我慢して通信を続けたわ。でも、何しろ魔物軍の陣営が密集してて、ラファエロとジュゼッペが進む速度は遅々たるものだったわけよ。
「わかった。十名を解放しよう。だが下手なことはしないよう警告しておく。まずはそちらからの交換要員を引き渡してもらいたい」
「まずはそちらから十名の綱を解くのが先ではないか?」
ゼラフィスと陛下が言い合っていたわ。あたしが目を上げると、ラファエロとジュゼッペはやっと半分ほどの距離を行ったところだったわ。
「ええい、つべこべと煩いことを言うならば、この交渉は最初からなかったことにしてよいのだぞ。もとより、女一人を我が方の人質に取っても何の利益もないのだからな」
最後にゼラフィスが叩きつけるように言うと、陛下は顎を引いて黙り込んじゃったわ。
「陛下、ご心配無用ですわ。わたくし、父の代わりに行って参ります。父は戦争の後の国造りに必要な人材ですもの。違いまして?」
ルクレティアちゃん、気丈に微笑むと陛下にそう言ったわ。
---兄さん、攻撃開始はまだなのか?---
---だから待ちなさいって言ったでしょ。まだ二人とも目標地点に着いてないわよ!---
あたしとディオが以心伝心魔法で言い合ってると、ルクレティアちゃんは意を決したように足を踏み出したわ。
そうしてルクレティアちゃんが国王軍の陣営を出て魔物どもの中に入ると、ゴブリンどもが一斉に歓声を上げたわ。
一匹が彼女にむしゃぶりつくと、あの子ってば気丈に相手を睨み付け平手打ちを喰らわせたの。
ところが、十匹ぐらいが一斉に襲い掛かって彼女を地面に引き倒したわけよ。
---兄さん!兄さん!攻撃開始の合図をくれ!---
---待ちなさいってば!----
あたし、ディオが耳の中で叫んでくるのを必死で制止したわ。
見ると、ラファエロとジュゼッペは四分の三くらいまで来てたの。
でも、ゴブリンたちは寄ってたかってルクレティアちゃんの修道女服を引き剥がし始めたわ。
それを見た周囲のオークどもも、口笛を吹きながら囃し立ててたの。
国王軍の兵士たちが一斉に怒りの声を上げたわ。
「おい、捕虜にそんな扱いをするのか!」
「相手は女性だぞ!恥ずかしくないのか!」
怒声が上がるなか、あたし、ラファエロとジュゼッペに言ったわ。
---ラファエロ!ジュゼッペ!走って!今なら注目が逸れてるわ!---
それを聞いた二人は一斉にダッシュし始めたわ。でも、ルクレティアちゃんが必死で抵抗してるのを、ゴブリンどもはとうとう彼女の下着にも手を掛けたわ。
---兄さん!もう待てない!待てないよ!---
ディオがあたしの耳の中でそう絶叫したわ。
その時、ラファエロとジュゼッペがとうとう吊るされた騎兵たちのところに辿り着いたの。
---攻撃開始よ!ディオ!陛下!----
あたし、心の中で叫んだわ。あらんかぎりの力で。
ディオが転がり出るようにして馬車から出てくる音が背後で聞こえたわ。
あたしも、背中側に隠してた杖を手に持って高く掲げたの。
あたしの杖と、ディオの杖から一斉に雷が連射されたわ。
ディオの杖から出た稲妻が、ルクレティアちゃんの周囲にたかっていたゴブリンどもを次々直撃したわ。
あたしは、吊るされた騎兵たちの横にいて刃物をつきつけていたゴブリンどもを撃ち落としていったわ。
幸い、そいつらもルクレティアちゃんが襲われている様子に気を取られて夢中になっていたから、手元がお留守になってたの。雷に打たれて次々落下してったわ。
ラファエロとジュゼッペは驚いている敵から武器を奪い取ると、次々と周囲の魔物を倒し始めたわ。
「攻撃!人質を奪還しろ!」
陛下が剣を抜いて叫ぶと、兵士たちが一斉に突進し始めたわ。
あたしも慌ててラファエロとジュゼッペのほうに向かって走ったわ。
だって、あの二人が魔物と間違われて殺されたら目も当てられないもの。
生涯であんなにダッシュしたのは後にも先にもあれきりよ。
周囲ではゴブリンやオークが次々と斬られて倒れていったわ。
あたしが二人のいるところに着いたころには、もう人質の周囲の魔物はあらかたいなくなってて、
ラファエロとジュゼッペが国王軍に包囲されてたの。
「ちょっと待って!ちょっと待って!ちょっと待って!ちょっと待って!ちょっと待って!」
あたしは絶叫しながら割って入ると、ラファエロとジュゼッペに杖を当てて変身魔法を解いたわ。
兵士たちは二人の正体に気づくと、最初目を丸くして、それから大声で笑い始めたわ。
そして、救出された騎兵たちを担架に乗せて運び始めたの。
「おい、ジョバンニ。ルクレティア嬢は無事なのか?」
ラファエロが開口一番言ったわ。
「危ないとこだったわ。....でも、きっとトラウマものでしょうね....」
あたしは溜め息をついたわ。作戦が成功したとはいえ、彼女をあんな目に遭わせちゃったのが悔やまれたわ。
「愚か者どもめ!貴様らに呪いあれ!必ず後悔することになるぞ!」
上空から声が聞こえてきたから見上げると、ゼラフィスがこっちに向かって叫んでたわ。
「愚か者はどっちだ!もう貴様らには手がないじゃないか。後でまとめて斬り落としてやるから首を洗ってろってんだ!」
ラファエロが叫び返したわ。
でも、あたしその時ちょっと嫌な予感がしたのよね。
だって、あのヴァルグがどこにも見当たらなかったわけよ。絶対おかしいって思ったわ。何かあるって。
案の定、ゼラフィスが敵陣に飛び去ると、あたしそっちの方角から妙な魔力源を感じ始めたのよね。
馬車の方に戻ると、ディオが上着を脱いでルクレティアちゃんに着せかけてたわ。
あいつがコミュ障で暴れん坊の不良だった時代を知ってるあたしからすると、考えられないほど紳士的なしぐさだったわね。それで、フレデリコに命じて飲み物やらを持ってこさせてたわ。
「ディオさん、再びあなたに命を助けられましたわね。何てお礼を申し上げていいか...」
ルクレティアちゃんってば、可哀そうにまだ震えてたわ。
「いいんだ。ボォクは何度だってキミを救う。それがボォクの使命なのさ」
ワインを持ってきたフレデリコ、ちょっと悔しそうだったけど、何も言わなかったわ。
「ちょいと、あんたたちさあ。良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど...いいかしら?」
あたし、割って入ったわ。フレデリコが可哀そうだって気持ちもあったしね。
「なんだよ兄さん。無粋だなあ」
「ディオ、いいからちょっと」
あたしディオの手を引いて敵陣のほうを指さしたの。魔物軍はさっきにくらべるとさらに一キロ以上は後退してたわ。
「ねえ、あんた変な魔力源、感じない?」
「魔力源?....ああ、パパだよ。いつもあんなもんさ」
ディオは何てことないような調子で答えたわ。
「あたし引っ掛かるのよね。なんであいつが前線に姿を見せないわけ?」
「そりゃあだって...貴族だし総大将だもの。そんな庶民みたいにしょっちゅうは...」
その瞬間、あたしもディオも凍り付いたように口をつぐんだわ。
敵陣のほうから感じる魔力の強さが、突然段違いに強くなったんだもの。
それは普通の魔法使いの十倍....ううん、百倍くらいの強さだったわ。