....ええと、どこまで話したっけな。
そうそう、洞窟の入り口に着いたところまでだったな。
こうして、俺、ラファエロは同僚三人を休憩させながら、そこで改めてプロジェクトの概要を説明したんだ。
「ええ...エヘン。皆んな、そのままでいいから聞いてくれ」
庭師のジュゼッペと法務課のルクレティア嬢が俺を見た。料理人のジョヴァンニは肩で息をしながら木の幹にもたれかかっている。
「村民の陳情によると半年ほど前から村内に魔物が出没するようになった。農作物や家畜を盗まれたり強奪される事例が相次いだそうだ。それで村長が調査したところ、この洞窟が魔物共の住処であることは間違いないとのことだ」
俺は続けた。
「おそらく魔物は人型。数は複数。場合によっては群れを形成しているかも知れん。その可能性を鑑みて本日はまず予備的な探索を行ったあと一旦帰村。明日の朝一番から本格的な探索を行う」
「ちょっとラファエロ、お待ちなさいよ。じゃあ何?この後また歩いて村に帰って、それから朝もう一度歩いてここに来るってこと?冗談じゃないわよ」
ジョバンニはそう言いながら立ち上がった。
「まったく野暮ったいったらありゃしないわ。さっさと突入してさっさと終わらせましょうよ。あたしは明日ゆっくり村で食材探ししたいもの」
「待て、だが洞窟内の危険度がまだ未知数なんだ。知っての通り冒険者が五名ほど懸賞金目当てで洞窟に入ったが全員行方不明。魔物にやられたかトラップに引っかかったかはわからんがな。慎重に動くに越したことはない」
俺が反論するとジョヴァンニはうんざりした顔で手を振った。
「こんだけ人数揃えておいて、『予備的な探索』ですって?お役所仕事もいい加減になさいよ。あたしはお断りよ。さっさとやるならさっさとやる。もうここまで来たんならハラを決めて頂戴。あんた男でしょ?」
俺が重ねて反論しようとすると、ルクレティア嬢が口を開いた。
「ラファエロさん、ひとつよろしいでしょうか」
「何だね、ルクレティア嬢?」
「わたくし、昨日から考えておりましたのですが、行方不明者の捜索もわたくしたちの目的に加えたほうがよろしいと思いますわ」
「君はいい点を突いてくるなあ」
俺は感心した。
「確かにそうだな。もしかすると魔物どもに囚われた生存者がいるかも知れん。彼らの生死の確認も可能な限り我々の手で行うことにしよう」
「んもう、この子ったらどうしていちいちあたしたちの仕事を増やすようなことを思いつくわけ?」
ジョヴァンニが忌々しげに呟く。
「ラファエロさん、それにジョヴァンニさん、わたくしもう一つ確認したい点がございますわ」
ルクレティア嬢が言う。
「言い給え、ルクレティア嬢」
俺は促した。
「ジョヴァンニさんの作戦案に沿って本日中にダンジョンを踏破する場合、任務の完了時間は確実に17時を過ぎることが予想されますわ」
「確かにそうだ。だが....それでなにか...問題が?」
俺は戸惑って尋ね返した。
「王国労働法36条によれば、労働者を時間外労働させる場合には労働者代表との間で協定を結ぶ必要がございますわ。その協定はきちんと整備されておりまして?」
「それは問題ない。協定はきちんと結ばれている」
俺は答えた。
「というのも、俺自身が労働者代表としてハンコを押したからな。安心したまえ、ルクレティア嬢」
「ラファエロさんが労働者代表でいらしたのですね。でも労働者代表の選出の手続きの正当性は担保されておりまして?使用者側による恣意的な選出といった方法では無効になりますわ」
「手続き....?」
俺は言葉に詰まった。労働者代表になったのは就職してすぐのことだからもう七年ほどが経過している。そんなことはもう記憶に残っていない。総務課のレティシア嬢が差し出す協定書に毎年自動的にサインしてきただけだ。
「わたくし、もちろんこの四人の誰かが王国労働法違反のかどで王城に対し訴訟を起こすといった可能性があると申し上げているのではございませんわ。ただ、時間外労働を行うなら法的に適切な手順を踏んでから.....」
「ああ〜、わかったわ。わかったわ。もうわかったわルクレティアちゃん。もう出発しましょ。日が暮れちゃう前に。ね?ね?ね?ね?」
ジョヴァンニが矢も盾もたまらなくなった様子で割って入った。
俺たちはいよいよ洞窟の入り口から内部に進入していった。天井の高さは三メートルほどあるから、それほど閉塞感はない。だが丘の中腹にぽっかり口を開けたその様相はいかにも禍々しい。
俺が剣を抜いて先頭に立つ。次に斧を持ったジュゼッペ。三番手がジョヴァンニで、最後がルクレティア嬢だ。
俺は右手に剣を持ちながら左手にカンテラをかざした。カンテラの薄明かりで照らされる範囲は周囲十メートルもない。
洞窟の内部は殺風景で何もない。通路はうねうねと続いていた。だがある程度進むと、天井が高く開けた場所に到着した。俺はカンテラを高くかざしてみたが、カンテラの灯火の届かない天井や壁面の様子は詳しくはわからない。
「ジョヴァンニ、光系の魔法で照らせるか?」
俺が頼むとジョヴァンニは溜め息をついて杖をかざした。
「まったく突入して五分もしないうちにあたしを働かせるわけ?カンテラくらいもっと大きなやつ持ってきなさいよね」
ジョヴァンニの杖の先端から強い光が放出される。
洞窟の全容が分かった。天井の高さは十メートルほど。フロアの広さは差し渡し五十メートルほどもある。
床をよく見ると、食い散らかしたカボチャの皮や家畜の骨などが散らばっている。
俺は警戒心を強めた。魔物どもの活動の痕跡だ。
「皆んな、気をつけてくれ。これは人型魔物...ゴブリンかオークどもだな」
俺は念のため、近くに散らばっていた家畜の骨に近づくと身をかがめた。臭いをかぐと、酷い悪臭がする。奴らだ。間違いない。
その途端、洞窟の奥のほうからドヤドヤと足音が聞こえてきた。魔物どもの汚らしい喚き声もだ。
ジョヴァンニの杖の光も届かない洞窟の奥から人影の群れが姿を表した。シルエットからすると、まさに噂していた連中だ。
そいつらはたちまち数を増すと、俺たちのほうに押し寄せてきた。奴らが近づいてくるとその顔が判別できた。オークどもだ。
「早速お出ましか....ジュゼッペ。援護を頼む!」
俺はカンテラを置くと剣を構えた。背後でジュゼッペが斧を持ち上げ、頷く。
魔物どもは俺たちを半円形に取り囲むと、粗い作りの鉈のような武器を手に手に構えて気勢を上げ始めた。
「薄汚い魔物どもめ。村人たちの財物を掠め奪った悪行の報いを貴様らは今日受けることになるぞ!」
俺は口上を述べながら目を走らせた。数は全部で三十匹ほどだ。仲間全員の力を合わせれば倒せない数ではないが、油断は禁物だ。
ジュゼッペが俺の横で呟いた。
「ワシは今までワシの力を人前で見せたことはなかったのです。しかし....村人たちの平和な暮らしを邪魔するヤツらがいるのなら.....」
ジュゼッペの声が次第に太く、凄みのあるものに変わっていった。
「ワシはこの力を使うのをためらいはせんのです!」
肩越しに見ると、ジュゼッペの丸っこい体格から筋肉がみるみる盛り上がり、チュニックとベストがほとんどはち切れそうになっていた。
それを見た魔物どもが一瞬怯んだ様子を見せた。
俺はこの機を逃さなかった。近くにいたオークを袈裟斬りに切り倒すと、隣にいた個体の鉈を剣で撥ね上げ、胴を払って首筋を断ち切った。さらにもう一匹の武器を剣で逸らし突きを食らわす。
「ラファエロの旦那、離れていてくださいのです!」
ジュゼッペが叫んだ。彼は斧を後ろに引くと叫び声を上げながら振り回し始めた。俺は慌てて飛び下がった。
「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!」
ジュゼッペの斧が魔物どもの群れにぶち当たる。
五匹ほどのオークたちが崩れ落ちた。その胴体がほとんど真ん中で切断されそうになっていた。
ジュゼッペの身体が勢いでもう一回転する。斧が再び魔物どもに当たり、さらに数匹の連中が吹き飛んだ。
魔物どもは恐れをなしたのか、その前線が大きく後ろに下がった。
「ジョヴァンニ、光を頼む!」
俺は、攻撃を終えたジュゼッペが呼吸を整えている間、魔物の群れに突っ込んでいった。
先頭にいた奴を二度の袈裟斬りで始末すると、左右にいた個体に逆袈裟斬りと回転斬りで深手を負わせる。
ようやく魔物どもが体勢を立て直す。俺は深入りし過ぎないよう気をつけながら剣を構え敵を牽制した。左右に油断なく目線を配ると、予想したとおり残党が俺を包囲しようとしてくる。
俺は身を翻すと敵の戦列の右端にいたやつに打ちかかった。相手が慌てて鉈をかざしたところを前蹴りで怯ませ、頭から縦斬りを浴びせる。
その時だった。洞窟の奥からまたドヤドヤと足音がした。同時に、俺たちを囲もうとしていた連中が潮が引くように退却していく。
次の瞬間、飛翔物が風を切る音がした。
矢だ。
俺は咄嗟に身を低く伏せると手甲で頭部を保護した。矢が数本頭をかすめる。俺の背後でジュゼッペが矢を喰らったのか、うめき声を上げた。
まずい。
「ッつたくしょうがないわね。もうあたしの火炎魔法の出番?」
ジョバンニの声が聞こえる。
再び飛翔物が風を切る音がした。だがそれと同時に洞窟の空中に次々と炎の塊が浮かんでは消えた。火がついて燃え尽きかかった矢がパラパラと洞窟の床に落ちていく。
俺は振り返ってジュゼッペを見た。肩と胸に矢を喰らっているが、分厚い筋肉のおかげで致命傷ではないようだ。
俺は洞窟の奥に向き直り、身を低くすると敵の群れに突っ込んでいった。
ようやく目が慣れ、弓兵どもが五匹ほど並んでいるのが見える。
俺が突進してきているのを見て慌てた様子で弓矢を構えている。
先頭の一匹が矢を放つ。その瞬間に飛び込み前転して矢を回避すると、立ち上がってそいつに袈裟斬りを浴びせた。
もはや弓矢の間合いではない。俺は混乱に陥った弓兵どもを次々と切り捨てていった。
敵の群れが喚き声を上げながら撤退していく。
俺は弓兵がいないことを確認するとジュゼッペのところに戻った。
「済まない。俺のミスだ。飛び道具を持っている連中がいたとはな」
「なんの、旦那。ワシはこれくらいの怪我は庭仕事でしょっちゅうやっておるのです」
ジュゼッペが少し顔をしかめて矢を引き抜きながら言う。するとルクレティア嬢が駆け寄ってきた。
「ジュゼッペさん!今治療いたしますわ」
彼女は庭師の身体に手をかけるとその顔を見上げた。
祈祷が始まると彼女の手から淡い光が生じ、たちまち傷口の出血が止まった。
俺は安堵の溜め息をついた。どうやら今回の攻撃は凌げたようだ。
「これは労働災害になりますから届け出が必要ですわね....」
治療を終えたルクレティアが呟く。
だが俺は聞こえないふりをしていた。これ以上面倒な会話を引き起こすのは避けたかったからだ。
しかし、その時だった。
洞窟の奥から足音が聞こえる。群れではなく一体だけだ。だがその足音は重々しく、普通のオークやゴブリンどもとは違い、より大柄な魔物のものだった。
やっぱ4,000文字超えてしまったぁ~~~~!!