出撃!庶務騎士団   作:nocomimi

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結局俺は究極の社畜として身を捧げることにしたわけで

てなわけで、俺、ラファエロは、

 

もうもうと煙の立ち込める草原で身を起こすと、

 

信じがたい思いで周囲を見回した。

 

太陽はすっかり光を取り戻し、午後の陽光が辺りを照らす。

 

国王軍兵士たちが勝利の鬨の声を上げるのが聞こえてくる。

 

「ヴァルグが倒れたぞ!」

 

「わが軍の勝利だ!」

 

目の前には、全身の焼け爛れたヴァルグがうつ伏せに倒れている。

 

まだ指がピクピクと震えていたから、死んではいなかったのだろう。

 

だが、俺は昔親父から教わったことがあった。全身の三割を超える大火傷を負うと死に至る確率が高くなる、と。

 

目を上げると、ついさっきまで気勢を上げていた魔物たちが背を向けて逃げ去っていくのが見えた。

 

だが、ジョバンニとディオはしゃがみ込んだまましばらく沈黙していた。

 

ジョバンニの手には砕け散った宝玉が乗っている。二人とも、誰か偉人の葬送に参列しているかのように厳粛な表情をしていた。

 

しかし、しばらくするとディオが立ち上がった。

 

「パパに最後のお別れを言ってくるよ」

 

彼はそう言うと、倒れたままのヴァルグに近づいていき、横に跪いた。

 

ところが、しばらくすると魔物陣営のほうからゴブリンどもが隊列を成して進んでくるのが見えた。

 

俺は剣を抜くと構えた。ジュゼッペも厳しい表情で斧を持ち直す。

 

だが、ゴブリンどもは俺たちが向き直ると、慌てた様子で両手を前に出して何事かを喚いた。その片手には白い布切れを持っている。白旗のつもりなのだろうか。

 

俺が警戒を解かず様子をうかがっていると、ヴァルグの横にいたディオがこう言った。

 

「大丈夫だよ。戦う気はない。パパを埋葬したいってさ」

 

俺はまだ疑いを捨てず剣を構えていた。だが、ディオがゴブリンどもに何かを言うと、彼らは布を広げ始めた。そうしてもはや動かないヴァルグの身体を包むと、魔物どもは向こうに運んでいった。

 

「終わったか...たった一日だが長い戦いだったな」

 

俺はジュゼッペに言った。

 

「ワシには三日くらい続いたように思えるです」

 

庭師はそう答えると思い出したように言った。

 

「ラファエロの旦那、城に住み込んでいるワシも『ユーキューキューカ』を取ることができるんでしょうか?」

 

「もちろんさ。職員規程は全員に適用されるからな」

 

「なら、ワシは今度その『キューカ』を取って息子を訪ねていこうと思うです。もう五年も会ってないです」

 

俺は微笑むと彼の肩を叩いた。

 

「皆さま、お怪我はなくって?」

 

ルクレティア嬢が声をかけてきた。

 

「ああ、俺は大丈夫だ。おい、ジョバンニ。さっき足を挫いてたろう?」

 

俺が声をかけるとジョバンニは立ち上がりながら涙を拭いた。

 

「これくらい大丈夫よ。それより怪我人が山ほどいるんだからルクレティアちゃん、早く治してあげて?」

 

「ジョバンニさん、まずは近くの怪我人からですわ」

 

ルクレティア嬢は微笑むとジョバンニに近寄り、その身体に手を当てた。

 

ジョバンニの怪我が治ると、彼女はそこらじゅうに倒れている王国軍兵士たちを治療し始めた。その間、ヴァルグの攻撃で横倒しになっていた馬車をジュゼッペが持ち上げて立て直した。

 

「んんん?ジュゼッペ、お前ぇさん随分力があるんだなぁ。まるであれだ、伝説のヘラクレスみてぇじゃねえか?」

 

御者のアントニーオが言う。ジュゼッペは戸惑った。

 

「伝説の...何です?ワシは聞いたことがないです」

 

「だからよぉ、ヘラクレスよ。何でぇ、褒めてやってんのに張り合いのねぇ奴だなぁ」

 

「怪力で山を真っ二つにしたという神話の英雄さ」

 

俺はジュゼッペに教えてやった。すると庭師は答えた。

 

「山を割ったことはさすがにないですが....そもそもワシは山が好きですから、できれば割りたくはないです」

 

「だがその気になれば割れそうじゃないか?君の力なら」

 

俺たちが話しをしていると、馬に乗った剣士が一人近づいてくる。よく見ると親父だ。

 

「ラファエロ、無事か?」

 

「ああ。大丈夫だ。そっちは?」

 

「陛下もわしも無事だ。ラファエロ、軍を再編成する。お前たちも編入するから来い」

 

「再編成?」

 

俺は戸惑って声を上げた。

 

「おい、もうヴァルグは倒れたんだ。戦さは終わった。俺たちの勝ちじゃあないのか?」

 

すると親父は用心深げな表情で答えた。

 

「通常はな。だが奇妙なことに、魔物軍は後退した上で陣を張っておる。まるで次の攻撃を準備しているかのようにな...その上...」

 

「その上...なんだよ」

 

嫌な予感がして俺が尋ねると親父は答えた。

 

「その上、偵察隊の報告によれば魔物軍の後方に布をかけられた巨大な荷物が置いてあるというのだ。もしかすると秘密兵器か何かかも知れぬ」

 

「....ッったく勘弁してくれってんだ」

 

俺は溜め息をつくと首を振った。剣を納めると、仲間たちに声をかけた。

 

「おい、軍の再編成だ。一旦合流しよう。それからルクレティア嬢....」

 

怪我人の横に跪いて治療しているルクレティア嬢に呼びかけた。

 

「君は後方に戻れ。命令違反が陛下にバレたら厄介だろ?」

 

「わたくしは構いませんわ。もう隠してもしょうがありませんもの」

 

治療した兵士を立たせると彼女は悪戯っぽい顔で答えた。

 

「全く....彼女の頑固なのは俺以上だな。そうだろ、親父?」

 

俺が呆れて肩をすくめると親父が微笑んで言った。

 

「ディアナ家に代々流れるは誇り高き騎士の血と伺っておる。ならばそのご令嬢が勇ましき魂をお持ちなのも当然のこと」

 

「あら、わたくしはただ皆さまから仲間外れにされるのが嫌なだけですわ。だって後ろにいて知らせが来るのを待つだけなんていかにも詰まらないじゃありませんこと?」

 

「ルクレティアちゃん、どっちにしてももう終わったんだ。さあ、ボォクと一緒に王都に戻ろう」

 

ディオがさり気ない風を装ってルクレティア嬢の肩に手をかけ(いざな)った。

 

「おいディオ。本当に魔物軍が再起する可能性はないのか?」

 

俺が聞くと彼は答えた。

 

「さあね。でもパパがいない魔物軍なんてどっちにしても長くは持たないよ。おおかたヴァルキスかゼラフィスが無理やり脅して従わせてるんだろ。あいつら出世欲の塊だからね」

 

「そんなのんびりしていていいのか?奴ら数が減ったとはいえまだ数千匹は....」

 

その時だった。魔物軍の方角で地響きが聞こえた。

 

その場にいた全員が振り返り、口を噤んだ。

 

「ディオ、今の音はなんだ?」

 

俺が聞くとディオは煩そうに首を振った。

 

「おい剣士、何でもかんでもボォクに聞かれたって困るよ。たぶんトロルがまだ二・三匹残って.....」

 

再び地響きがする。まるで大きさ五十メートルの巨岩が転がっているかのような、低く大きな地響きだ。

 

それと同時に、低い角笛の音と、轟音のような鬨の声が魔物陣営から上がるのが聞こえた。

 

「嘘....だろ....」

 

俺は心底うんざりして呟いた。親父は俺に言った。

 

「やはりな。ラファエロ、わしらは一キロ後方で騎兵隊を編成しなおす。お前たちも下がって歩兵隊に加われ。騎兵の第一撃で敵の前面を削ったら歩兵を突撃させる」

 

「了解だ!」

 

親父が馬に乗って走り去ると、俺は御者に向き直った。

 

「よし、アントニーオ。ルクレティア嬢を後方に移送するついでに馬車で俺たちを運んでくれないか?」

 

「合点承知の助でさぁ」

 

彼は親指を突き出して答えると、馬車に繋がれた馬の状態を確かめ始めた。

 

「馬に怪我はないですです?」

 

ジュゼッペが覗き込むと、アントニーオが答えた。

 

「ちいっと足を傷めたみてぇだ。お嬢さま、お嬢さま!申し訳ねぇがちょっと馬たちを...」

 

呼びかける声にルクレティア嬢が駆け寄ってきた。だが、より一層重い地響きの音が聞こえてきて、俺たちは思わず振り返った。

 

そして、全員が口をあんぐり開けてしまった。

 

敵陣の中で、今しも巨大な何かの影が立ち上がろうとしているところだった。

 

それは、人間の形に似ていたが、上半身が異様に逞しく脚が短い。どことなくトロルにも似ている。太い棍棒を持っているところも同じだ。

 

しかし、その大きさが異常だ。背の高さが五十メートルはありそうだった。

 

「お....お...おいおいおいおい。あれは一体何なんだ?」

 

俺はまたディオに尋ねた。

 

「まさか、ありえない...ありえないよ...」

 

ディオも目を見開いて震えながら答える。

 

「ゴーレム18号....パパの玩具だった奴だ....だけど...だけど....」

 

「ゴーレム?何者なんだ?」

 

「パパの趣味さ。パパは巨大ロボット製作に目がなかったんだ。それに嵌った挙句最終的にはトロルを遺伝子改造して巨大化させるのに行きついたんだ」

 

俺が尋ねるとディオはやっとのことで答えた。

 

「でも頭も悪いし言うことも聞かないから冬眠させてたはずなのに...あいつを連れてくるなんて!」

 

魔物陣営から鬨の声が上がる。低い角笛の音が響き、敵軍が進軍し始めた。

 

喧噪の中、ルクレティア嬢は馬に手をあてて集中し始めた。

 

「おい、ルクレティア嬢、早く出発しよう」

 

「怪我をしている馬に鞭をあてるなんてディアナ家のやり方ではありませんわ」

 

彼女は急かす俺にそう言った。ルクレティア嬢の掌から淡い光が広がり、馬の足を包む。

 

だが、矢が散発的に飛んでくる。ディオとジョバンニが杖を掲げて防壁を張る。飛んできた矢が硬い物に当たったような音を立てて弾かれた。

 

しばらくすると、痛みに嘶いていた馬が落ち着きを取り戻した。だが敵軍はもうはっきり見える距離まで近づいている。

 

「行くぞ!」

 

俺たちが全員馬車に乗り込むと、アントニーオが発車させた。

 

だが次々と矢が飛んでくる。客車の屋根に刺さる音が聞こえた。

 

大きな地響きも近づいてくる。振り返ると、あの巨大な生き物が五百メートルほどの距離に近づいてきていた。

 

「飛ばしますぜぃ!捕まりなすってくれ!」

 

アントニーオが馬に鞭をあてる。馬車は加速し野原を全力疾走した。周囲に残っていた兵士たちも必死で走っている。

 

「だがあんな奴に騎兵なんか通用しないぞ。策を考えないとな」

 

俺は傍らのジョバンニに声を掛けた。

 

「まああたしたちに任せて。双子魔法の最大出力で炎か雷ブチかませば、さすがに怯むはずよ」

 

ジョバンニはニヤリと笑った。だがディオは呟いた。

 

「そう上手くいくかなぁ。パパの仕事を甘く見ないほうがいいぜ?」

 

馬車はすぐに一キロ地点を通過した。だがそこにいるはずの味方の姿が見えない。

 

「誰もいないぞ。まさか撤退したんじゃないだろうな?」

 

だが窓の外をよく見ると、国王軍の兵士たちは全員が王都方面に向かって引き潮のように移動している。

 

その中で流れに逆らうように、馬に乗った老剣士がその場にとどまり剣を抜いて叫んでいるのが見えた。

 

「引くな!引くな!王国の荒廃はこの一戦にあり!」

 

俺は頭を掻きむしると言った。

 

「バカ親父!....剣術で勝てると思ってんのか!」

 

俺は御者に声を掛けた。

 

「おい!俺を下してくれ。先に行くんだ!」

 

馬車がドリフトして停車すると俺は扉を開けて転がるように降車した。馬車はすぐに加速していった。

 

「親父!親父!退避しろ!」

 

俺は駆け寄って叫んだが、親父は振り向いて言った。

 

「倅よ。止めるな。これぞ一世一代の勝負。剣士冥利に尽きるというものよ」

 

「無駄死にする気か!母さんのことを考えろ!」

 

「母さんは剣士の道を極めんとするわしに惚れたのだ。悲しみはするだろうが、決して悔いはせんはずだ」

 

「馬鹿野郎!」

 

俺たちが言い合っている間も、巨大な影は刻一刻と接近してきている。魔物たちの喚き声と低い角笛の音もだ。

 

「おい、どうしても戦うっていうんなら俺も馬に乗せろ。二人で奴の脚の間を通って、同時に足首に斬りつけるんだ」

 

俺は荒い息をようやく整えると、親父に言った。

 

「悪くないな。よし」

 

親父はそう言うと俺に手を差し伸べた。俺はその手をつかんで馬の鞍の後部座席に乗ると、素早く腕を伸ばして親父の首に回した。

 

渾身の力でチョークホールドを掛ける。親父は驚きに目を見開き、うめき声を上げながら身じろぎして抵抗したが、やがて大人しくなった。

 

俺は親父の身体を前に抱えながら馬の手綱を取り、方向を変えさせた。

 

敵軍はすぐ後ろに迫っている。踵を馬の脇腹に打ち付けると、馬は王都方面に向けて走り始めた。

 

振り返ると、巨大ゴーレムは軍勢を従え地響きを立てながらまっすぐこちらに向かっている。

 

俺は何度も何度も馬の脇腹に踵をあてて加速させた。街道の起点である崩れかけた崖が次第に近づいてくる。そこにはまだ逃げていない王国軍の兵士たちが横に散開していた。

 

「ラファエロ!」

 

崩れ残った崖の上からジョバンニが叫んだ。ディオも傍らにいる。

 

「二人とも無事だ!奴を止めてくれ!」

 

俺は馬を駆ると王国軍の陣営の中に走り込んだ。周囲の兵士たちは恐怖に顔をゆがめている。

 

「...も...もうお仕舞いだ」

 

「あ...あんな奴に敵うわけがねえ」

 

俺は兵士たちに声をかけて親父を馬から下ろさせると、自分も下馬して剣を抜いた。坂を駆け上ってディオとジョバンニの傍らに立つ。近くにはジュゼッペもいた。

 

ひときわ大きな地響きがする。目を上げると、巨大ゴーレムが崖から百メートルほどの地点で立ち止まったのがわかった。

 

「グワハハハッハハハハ!愚かな虫ケラどもめ!儂を倒したと思ったら大間違いだぞ!」

 

叫び声が聞こえた。俺も、ディオも、ジョバンニも、ジュゼッペも驚愕の思いで目を丸くした。

 

ヴァルグの声だった。

 

「パ....パパ....!なんてことを!」

 

ディオが震え声で叫んだ。彼はひと差し指を上げると、ゴーレムの頭部のあたりを指さした。

 

目を凝らすと、その頭頂部にヴァルグの上半身が埋まっているのが見えた。ヴァルグの周囲には細い管が何本も張り巡らされている。

 

「パパはもう人間の身体に戻らないつもりだ!」

 

「さあ恐怖に震えるがいい!貴様らを皆殺しにした後は、王都を恐怖に陥れようぞ。どこから破壊してやるか、楽しみで仕方がないわい」

 

再びヴァルグの声が聞こえる。ディオは悲嘆に暮れた様子で俯いた。

 

「に....人間をやめてまで....支配と破壊がしたいのかい?...パパ...そんな...そんな人だったなんて....」

 

「ディオ、やるわよ」

 

ジョバンニが手を伸ばして弟の手を握った。ディオは頷くと涙を拭いて杖を握りなおした。

 

「そんなデカブツになったところで変わらないわよ。あたしたちの力を思い知ることね!」

 

二人は杖を掲げると呪文を詠唱し始めた。たちまち杖の先端に白い雷が溜まり始める。

 

「お仕置きよ!」

 

ジョバンニが叫ぶ。二人が杖を振り下ろすと、極太の雷が迸りゴーレムに向かっていく。

 

だがゴーレムは両腕を顔の前に交差させるようにして防御した。凄まじい雷がその腕にぶち当たり、あたり一面に眩い光が飛び散る。

 

数秒後、俺は背けていた顔を上げた。そして呆然とした。

 

ゴーレムは何事もなかったように立っている。ディオが額に汗を浮かべながら呟いた。

 

「ぜ...絶縁体?いや...対魔法素材か?」

 

ゴーレムが前腕に装着した手甲から煙がもうもうと上がっている。ヴァルグが再び叫んだ。

 

「ほれ見たことか。貴様らの猿知恵などこの程度だ!」

 

「と...突撃!突撃せよ!」

 

その時、坂の上から声が聞こえた。ディアナ伯爵の声だ。馬の嘶き声が響き、騎兵たちが次々と飛び出すようにして坂を下り始めた。

 

だがゴーレムは、手にした棍棒を振り上げると、空気が唸る音を響かせながら地面に叩きつけた。

 

その瞬間、大地震が発生したかと思われるような振動が襲った。

 

崖が再び崩れ始め、残っていた木が大きく揺れる。俺たちは全員立っていられなくなり、その場に倒れ伏した。

 

馬たちの悲鳴のような嘶きが聞こえる。崖の下を覗き込むと、騎兵たちはみな落馬し地面に倒れていた。その横で馬たちが横倒しになっている。

 

ゴーレムに付き従っていた魔物たちの群れから、歓声と嘲笑の声が湧きおこり、やがてそれが鬨の声となった。

 

「ば...万事...休す...か...」

 

俺は顔を上げると呟いた。

 

その時だった。

 

「ジョバンニの旦那。ワシが行くです。ワシを身体強化してくださいです!」

 

立ち上がったのはジュゼッペだった。だがジョバンニは慌てて言った。

 

「で...でもあれって一分ちょっとしか続かないし、その後は筋断裂で死ぬほど痛いし...」

 

「構いません!やってくださいです!」

 

ジュゼッペは力強く叫んだ。

 

「ワシは普通の人間の数十倍の筋力があるです!それが十倍になれば数百倍です。それくらいの算数はワシにもできるです!」

 

「ちょとちょっと!そんな単純な話じゃあないのよ!」

 

「グハハハハハハ!では最初に貴様らの数を間引きしてやるかのう」

 

ヴァルグの声が聞こえた。するとゴーレムが再び棍棒を振り上げた。崖の下にいた国王軍の兵士たちが逃げ散っていく。巨大な棍棒が、そのただ中に振り下ろされた。

 

再び凄まじい振動が襲ってくる。立っていた足場が崩れ始め、俺たちは後ろにさがった。

 

「やってくださいです!」

 

ジュゼッペは再び叫ぶ。たまらずにジョバンニが言った。

 

「わ...わかったわよ!わかったわよ!もう!」

 

ジョバンニは庭師に杖をあてて呪文を詠唱した。数秒すると、庭師の筋肉が盛り上がり始め、ほとんど服が破れそうなほどに肥大した。

 

ジュゼッペは斧を掴むと、走って坂を下っていった。ゴーレムが再び棍棒を振り下ろす。激しい地響きとともに兵士たちの悲鳴が上がり、崖の周辺に留まっていた者たちも次々と踵を返して逃げ始めた。

 

魔物たちの陣営からは馬鹿笑いの声が聞こえる。中には、気が早くも車座になり酒瓶を取り出して回し飲みしている連中さえいた。

 

だが、庭師はゴーレムの足元に駆け寄っていくと顔を上げて叫んだ。

 

「おい!このデカブツの木偶の棒!貴様なんぞ真っ二つに割って王様の庭の置き物にしてやるわい!」

 

「ううん?」

 

ヴァルグが呟き、ゴーレムがゆっくりと首を曲げて地面を見た。ゴーレムとジュゼッペの大きさを比べると、ほとんど象と鼠くらいの違いがあった。

 

ジュゼッペはおもむろに斧を振り上げた。雄たけびを上げながらゴーレムの足に斬りつける。

 

斧が僅かに喰い込んだ。ジュゼッペは再び斧を振り上げては振り下ろす。少しづつ刃が喰い込んでいった。魔物たちはそれを面白そうに眺めている。

 

だが、それを三度繰り返したときだった。

 

ジュゼッペの斧の柄が唐突にポッキリと折れた。斧頭が回転しながら宙を飛んでいき、地面に落ちる。庭師は、呆然とした顔でその手に残された柄を見つめていた。

 

「グワハハハッハハハハ、残念だったな!」

 

ヴァルグの哄笑が響く。魔物たちも、まるで宴会の余興を見るかのような調子で口笛を吹き歓声を上げた。

 

「死ね、虫ケラめ!」

 

ゴーレムが片足を上げると、無造作にジュゼッペを踏みつけた。残っていた国王軍の兵士たちからは悲鳴が上がった。ジョバンニも叫び声を上げ顔を手で覆った。俺とディオも思わず顔を背けた。

 

だが、次の瞬間戦場を静寂が覆った。

 

ゴーレムも、まるで機能を停止したかのように止まっている。

 

その足の下には、ジュゼッペが両腕を上げて立っていた。

 

魔物たちは笑うのをやめ、目を丸くして見つめている。ゴーレムの足は、庭師の両腕に支えられたまま動かない。

 

「なっ...このっ...生意気な虫ケラめ!」

 

ようやく我に返ったヴァルグの声が響き、ゴーレムはジュゼッペに体重をかけていった。

 

支えていた庭師の腕が震え、徐々に曲げられていく。だが彼は全力で重さを支えながらも静かに深呼吸し、次いで唸り声を上げながら腕に力を込めた。少しづつゴーレムの足が押し返されていく。

 

魔物たちの間にざわめきが広がる。同時に、国王軍の兵士たちが応援の声を上げ始めた。

 

「がんばれジュゼッペ!」

 

「負けるな!」

 

「いける!いけるぞ!」

 

ジュゼッペは腹の底からの唸り声を上げた。背中、胸、肩の筋肉が盛り上がり、シャツを突き破った。庭師の顔は真っ赤になり、その鼻から一筋の血が垂れてきている。その一方でゴーレムの足が一段と押し返されていった。

 

俺はその瞬間、弾かれたように崖を降りて坂を駆け下り、庭師のもとに向かった。

 

思った通りだった。事態を重く見た魔物たちが、手に手に武器を取ってジュゼッペに殺到し始めたのだ。

 

俺は庭師の前に立ちはだかった。向かってくる魔物を一匹、また一匹と斬り倒していく。だが距離を置いて弓を構えジュゼッペを狙っているゴブリンが視界に入った。

 

「ジュゼッペ!」

 

俺は叫ぶと、矢の射線の前に身を晒した。だが崖のほうから雷が飛んできて矢を弾き飛ばし、二発目の雷がゴブリンを直撃した。

 

「助かったぞ...どっちかわからんが!」

 

俺は双子に向かって肩越しに叫ぶと、突進してくるホブゴブリンの槍を両断し、首を刎ねた。背後ではジュゼッペがひと際大きな唸り声を上げ、やがてそれが叫び声になった。

 

振り返ると、ジュゼッペの鼻と耳からは滝のように血が噴き出している。異様に盛り上がった筋肉には全面に血管が膨れ上がっていた。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

ジュゼッペは両腕で思い切りゴーレムの足を持ち上げた。

 

いや、まるで投げたように見えた。それほどの勢いだったのだ。

 

巨人がバランスを崩した。ゆっくりと後ろに傾き、倒れていく。こちらに攻めてきていた魔物たちが立ち止まり、ポカンとした顔でそれを見つめていた。

 

まるで一瞬が数秒のように思えた。その中で、俺の脳裏には確信が浮かんだ。

 

チャンスは一度しかない。奴に一撃を加えるんだ。

 

俺は身体を前に傾けると思い切りダッシュした。ゴーレムが倒れたときに、頭があるであろう、その地点を目指してだ。

 

目の前に立っていたホブゴブリンが急速に近づいてくる。俺に気づいたのか慌てた顔で武器を持ち上げる。だが俺は斬り倒す手間もとらず、肩でタックルをぶちかまし、そいつを乗り越えて走り続けた。その向こうにはリザードマンがいる。俺に向かって鉈を振り上げる。剣を払いその前腕を切り落とすと、俺はその横を駆け抜けた。

 

傾いて倒れたゴーレムの背中が地面に接地する。

 

...一瞬遅れて凄まじい地響きがした。

 

魔物たちはようやく事態に気づいて左右を見回し始めた。

 

「突撃!突撃だ!」

 

ディアナ伯爵の声が響く。国王軍の兵士たちが剣を振り上げて走り始めた。

 

俺は息を切らせながら巨人の肩を回り込み、その頭部に向かってまっしぐらに走った。

 

仕留める。必ず。

 

だがその瞬間だった。

 

ゴーレムは思いもよらないような素早い動作で両腕を後ろにつくと、上半身を起こし始めたのだ。

 

だが俺は思った。

 

ここで諦めてなるものか。地面に目を落とすと、朝からの戦いでゴブリンたちが落としていった鉤つきの鎖が大量に落ちている。

 

俺はその一本を拾い上げると、鉤を先端にして頭上で振り回し、ゴーレムの頭部に向けて投げた。

 

鉤が引っ掛かった感触がした。それと同時に、俺は凄まじい力で引っ張られて空中に持ち上げられた。

 

次の瞬間、俺は巨人の背中に激しく叩きつけられた。胸の中の空気全てを吐き出すような呻き声が口から漏れた。

 

だが、俺は鎖を絶対に離すまいと心に決めていた。片手で剣を鞘に納めると、両手で固く鎖を握りしめる。毎日十キロはあろうかという木刀を振り続けた自分の握力を信じ。

 

周囲を見回すと、俺は化け物の腰のあたりにいることがわかった。足元では王国軍の兵士たちが魔物たちと戦っている。

 

ヴァルグはまだ俺に気づいていない。

 

俺は鎖を手繰り寄せながら、少しずつ上に登っていった。

 

* * * * * * * * * * * * * * 

 

「フン、往生際の悪い虫ケラどもだ。だがまあ、部下どもに少しは見せ場を作ってやってもよいな」

 

ヴァルグは余裕の声でそう呟いていた。眼下からは叫び声と戦闘音が絶え間なく響いてくる。

 

俺は鎖の先端まで上り詰め、とうとう化け物の後頭部にたどり着いた。机ほどもある広さの頭頂部に立つと、目の前に開けられた穴にヴァルグの上半身が埋め込まれている。ヴァルグの皮膚は焼けただれ見る影もなかった。その身体の中に、ゴーレム側から伸びた管がいくつも差し込まれていた。

 

「ヴァルグ....貴様はもう終わりだ!」

 

俺は剣を抜くと逆手に持って振り上げた。

 

その瞬間、ヴァルグが目を見開いて振り向いた。

 

それと同時に、ゴーレムの頭部がガクンと後ろに傾いた。剣先が逸れ、ヴァルグの数センチ後ろに突き刺さる。繋がっていた管が何本も切断され、毒々しい色の液体が噴き出してきた。

 

「まだいよったのか!しつこい害虫め!」

 

ヴァルグが喚く。俺は剣の柄を必死で握りしめた。ゴーレムは頭を前後に左右に振り回す。

 

渾身の力で剣にしがみついていた俺だったが、やがて巨人が上半身そのものを激しく振り始めると、俺はたまらず後ろに吹き飛ばされた。

 

落下していく。足元にゴーレムの背中が通り過ぎていく。

 

これで終わりなのか。

 

俺は手を伸ばした。横から何かが流れてくる。さっきゴーレムの後頭部に引っかけた鎖の先端だ。

 

俺はそれを握った。

 

ガクンと衝撃がした。だが俺は鎖を必死で握りしめた。両手でそれを掴むとしがみついた。

 

終わらない。まだ終われない。

 

「しつこいぞ!いい加減に離れろ!」

 

ヴァルグの声が響く。ゴーレムは再び上半身を振り回し始めた。

 

俺は鎖の先端にぶら下がりながら振り回された。

 

ゴーレムの身体の後ろから前へ、そして前側を横切って反対側から後ろへ。そうして俺が怪物の身体の周りを何周かしたところで、とうとうゴーレムが手を伸ばして俺を捕まえた。

 

「やっと捕まえたぞ。虫ケラ剣士め」

 

ヴァルグが嗜虐的な声で笑った。ゴーレムが手放した棍棒が地面に落ち、地響きが聞こえてきた。

 

「貴様は楽には死なせん。苦しみを最大限長引かせてやる」

 

「貴様のその腐った性根が敗北を招くんだ。さっき教わったのを忘れたのか?」

 

ゴーレムの両手にがっちりと掴まれながらも、俺は唇の端をゆがめてそう嘯いた。

 

「何ぃッ?....フン。儂を怒らせようとしてもそうはいかん」

 

ヴァルグはそう言うと、含み笑いした。

 

「さあ、後悔するがいい。儂の敵の中で一番残酷な死を迎えさせてやるぞ」

 

その途端だった。ゴーレムの両手の締め付ける力が強くなった。まるで四方から迫る岩に潰されているようだ。

 

「グ....ウグググ...」

 

うめき声が漏れた。凄まじい圧力だ。骨が重さに耐えきれない。

 

「グアアアアッ!」

 

堪えきれず悲鳴が口から洩れた。肋骨が折れたのが分かった。肺が潰れ、口から血が噴き出した。

 

「フハハハハハ!どうだ。苦しいか。ええ?」

 

ヴァルグが叫んだ。俺の表情をよく見たいのか、手を持ち上げてゴーレムの頭頂部あたりに近づけている。

 

「ヴァルグ....貴様...の...負け...だ...」

 

俺は息も絶え絶えに呟いた。肺の中に溜まった水で、もはや呼吸もままならなかった。

 

「下らん負け惜しみを。それとも苦痛のあまりせん妄状態になったか?つまらんやつだ。もうちょっと位楽しませてくれればよいのに」

 

「違う......鎖....が....」

 

「ん?なんだ?鎖がどうした?」

 

ヴァルグが尋ねた。

 

「鎖....が....剣の....」

 

目の前が暗くなってくるのがわかった。だが俺は仲間を信頼することにした。さっきのゴーレムの動作で、奴の後頭部に突き立てられた剣の周りには鎖がしっかりと巻きついたはずだ。

 

ちょうど真横に崖の崩れ残りがあった。その上にはディオとジョバンニが立っている。

 

二人は杖を高く掲げていた。やはり思った通りだ。それぞれの杖の先端には白い雷が集まり球状になっている。

 

「また同じことを繰り返すのか。芸のない奴らよのう」

 

ヴァルグが冷笑しながら言うと、ゴーレムが片手を俺から離し、手甲を頭の前に掲げた。

 

雷槍(サンダージャベリン)最大出力(マキシマム)!」

 

双子が唱える声が聞こえた。杖から発した雷が眩く周囲を照らす。目を開けていられないほど凄まじい光だった。

 

雷の槍が、ゴーレムの背中に向かって飛んでいく。

 

予想しない方向への攻撃に、ヴァルグが目を剝いて叫んだ。

 

「ま........まさか.........!貴様ら!」

 

雷が怪物の後頭部からぶら下がった鎖の先端に当たる。そこから超高圧電流が奔流のように遡っていき、化け物の頭部に達し、さらに剣の柄を通って、

 

最後にはヴァルグが収まった穴の中に満ちた。

 

「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

ヴァルグの甲高い悲鳴が響き渡った。だが電流は責め苦のように続く。双子は歯を食いしばって杖を掲げ続けていた。

 

「ぶがdさggfはdfはdふぉkhまdfhpdごjk!」

 

魔王はやがて操り人形のように口を大きく開けて首を左右に振り始めた。その身体を雷が包む。時折、骨の形が透けて見えた。

 

数秒ほど経っただろうか。俺は肩で息をしながら目を上げた。電流は止まっている。ヴァルグの身体は黒焦げになっていて、その周囲から煙がもうもうと立ち昇っていた。

 

終わった。終わったのだ。

 

ゴーレムがゆっくりと倒れるのが感覚でわかった。

 

それと同時に、俺も急速に意識を失っていった。

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