ハアイ、あたしあたし。
ジョバンニよ。
そんなわけでさぁ、あたしさぁ、
弟のディオと一緒に
ヘナヘナと地面に崩れ落ちちゃったわけよ。
あの巨大ゴーレムも地響き立てながらブッ倒れて、
魔物たちは急に慌てて退却し始めたわ。
「追撃せよ!」
「一匹も逃すな!」
王国軍兵士たちは叫びながら追いかけていったわ。
でも、あたしはもうじゅうぶん。
もう全力、持てる魔力の最後の一滴まで使い果たしたって感じだったわね。
ところがその時、坂道の上で声がしたの。
「ラファエロ主任が危ないですわ!」
見ると、ルクレティアちゃんが馬車から飛び出して駆け出してったわけよ。
すると坂の下にいたディアナ伯爵が馬から降りながら彼女に言ったの。
「待て!まだ戦いは終わってないぞ。せめて護衛を付け....」
でもルクレティアちゃんったら、無視してその横をすり抜けて、
ゴーレムの手元あたりに駆け寄っていったわ。
あたしも気になってきちゃったから、慌てて崖から降りて近寄っていったの。
ラファエロの顔はもう土気色になってたわ。あたし思わず悲鳴を上げて口を押さえちゃった。
「必ず...必ず治療してみせますわ!」
ルクレティアちゃんの横顔は鬼気迫る表情だった。彼女がラファエロの胸に手を置き、目を閉じて祈祷を始めると、その手から発した光が少しづつあいつの胸の中に吸い込まれていったの。
追い付いてきたディアナ伯爵が、何かルクレティアちゃんに向かって言いかけたんだけど、あたし彼の袖を引いて睨みながら首を振ったの。すると伯爵さまったら、分かった、といった表情でシュンと下を向いたわ。
あたし、三人をその場に置いて、今度はジュゼッペの様子を見に行ったの。
こっちも酷かったわ。鼻と言わず耳と言わず、顔じゅうの穴という穴から血がダラダラ流れてた。でも、ジュゼッペったら、あたしと目が合うと倒れたままで微笑んだの。
「痛いでしょ?今ルクレティアちゃんがラファエロの奴を治療してるから...」
「ワシは大丈夫です。大丈夫ったら大丈夫です」
「おい..ええと..ジュゼッペ!..ボォクの無痛化麻痺魔法をかけてやろうか?」
ディオが降りてきて声をかけてきたけど、ジュゼッペはこう答えたわ。
「ディオの旦那。お気持ちは有難いが、ワシはルクレティアお嬢さまのを受けるまで他のことはしたくないのです」
「分かったよ。本当に彼女は人気者だなぁ。さすがはボォクが惚れた女性だよ」
ディオはそう言うと両手を後ろに組んでブラブラと歩き始めたわ。
しばらくすると、やっとルクレティアちゃんが立ち上がったわ。その額には汗が浮かんでたけど、彼女はこっちを向くと微笑んだの。
「回復に成功しましたわ。次はジュゼッペさんですわね」
彼女がこっちに歩いてくると、後ろからディアナ伯爵も付き従ってきたの。まるで従者みたいに。腰の剣に手を当てて神経質そうに周囲を見回してたわ。もう魔物たちはあらかた逃げちゃってたのにね。
ルクレティアちゃんがジュゼッペの傍らに跪いて治療を始めると、あたしはゴーレムの手の辺りに座ってるラファエロに声をかけたわ。
「よっ、ミスター社畜!気分はどう?」
彼ったら苦笑いしながら立ち上がって、あたしの肩を小突いてきたわ。
「社畜社畜呼ぶな、ジョバンニ。俺にだって仕事以外の人生があるんだぜ」
でも、そう言ったあと思い直したようにこう続けたの。
「まあ、しかし.....プロジェクトの成功を絶対に諦めない俺の性格はもう変えられないな。親父譲りなのかも知れん」
「あんたらしいじゃない。それで皆も助かったんだしさ。でも....」
あたし、ちょっと躊躇ったけどこう続けたわ。
「でも、たまには有休も取りなさいな。あんたみたいな男が早死にする世界なんて、あたしは見たくないわ」
そしたらさ、ラファエロってば大袈裟に驚いた顔しやがったわけよ。
「随分な褒めようだな。最初の頃とは大違いだ」
「ちょっとぉ、それは言いっこなしよ。あんただって初対面のときあたしのことメッチャ胡散臭そうな目で見てたじゃないの?忘れてないわよ!」
その時、誰かが声をかけてきたわ。
「倅よ...陛下から聞いたぞ。父親から手柄を横取りするとは成長したものだな」
気が付くと、ラファエロのお父さま、ドナテロおじさまが背後に立ってらしたわ。
「親父....」
ラファエロのやつ、ちょっと気まずい顔になって俯いたわ。
「親父、すまない。あのときはああするしかなかったんだ。許せ」
ドナテロおじさまはそれを聞いてしばらく黙ってらしたけど、やがて微笑んで口を開いたわ。
「皮肉ではない。本心で言っておるのだ。手柄は立てた者勝ちじゃ。お前はもはや王国随一の剣士だ」
「よせよ。たまたま運が良かっただけさ」
「いや、運も実力のうちだ。それでだ...お前、よもや剣士を辞めるなどとは申すまいな?」
「え?...いや...言っただろ?俺は経理屋に戻るって」
ラファエロってば、望まない方向に話しが流れてってるのに気づいて焦り始めたわ。
「考えてもみろ、倅。このような巨人を倒したことのある剣士はお前以外にはいない。従って、お前はその技術と知識を後進に伝える責任というものがある。王国が再び同様の危機に見舞われたときのためにな」
「いや...だから俺は経理屋に戻るって....」
お父さまの勢いに押され気味のラファエロをその場に置くと、あたしはディオに追いついたわ。
「ねえ、あんたさ。ルクレティアちゃんに本気でプロポーズする気なの?」
「ええ?唐突に何を言い出すのさ、兄さん」
「別に興味本位なわけじゃないわ。あんたは兄弟だし彼女はチームメイトだもの、知っておきたいわよ」
ディオは面倒くさそうな顔で溜め息をつくと、前を向いて呟いたの。
「ボォクには分かってるよ。彼女の自由な生き方は彼女の人格の一部なんだ。ボォクの恋心がボォクの人格の一部なのと同じようにね」
ディオは続けたわ。
「ボォクと一緒になるには修道女をやめてもらわないとならない。それは彼女がその心の大事な一部分を捨て去るってことを意味する。そうしてもらえたらどんなにか嬉しいか....だけど、そうさせてしまったとしたらボォクはその心の痛みを一生忘れられないと思う」
「あんた、大人になったじゃない」
あたしは感心して呟いたわ。
「よし、あたしは応援もしないし反対もしないわ。ただ見守るだけにしとくわ」
「兄さん、ぼくら双子だぜ?まるで親みたいな言い方するのはやめてくれよ」
ディオは不服そうに言ったわ。
「あら、あたしそんなに兄さんぶってたかしら?」
「そうさ。生まれてきた時間は数時間も違わないのに、兄さんは昔っからそうだったよ。何かというとボォクを年下扱いしてさ....」
あたしとディオが言い合っていると、高い音の角笛が聞こえてきたわ。
あたしたち最初は顔を上げたけど、戦闘の時の断続的な吹き方じゃあなくって、ゆっくりと長く吹き鳴らす音だったから、すぐに安心したわ。
見ると、王国軍の兵士たちがゴーレムの頭の辺りに集まってきてたの。
旗印も立っていて、深紅の鎧を着た国王陛下もいらしてたわ。
「呪ってやる!呪ってやる!」
喚き声が聞こえてきたわ。あたしとディオは顔を見合わせると、皆が集まっているほうに歩いていったわ。
兵士たちの間から覗き込むと、ヴァルグの炭化した上半身がゴーレムの頭から突き出してたわ。
「言い残すことがあれば聞こう」
国王陛下は静かな口調で仰ったわ。それなのに、ヴァルグは唾を吐き散らしながら甲高い声で叫んだの。
「この蛆虫め!寄生虫め!思い知らせてやる!」
「貴様、国王陛下に不敬だぞ!」
兵士の一人がヴァルグの頭を軽く小突くと、奴は喚いたわ。
「痛い!痛い!痛い!捕虜虐待だ!」
ディオは悲しそうな目をして、顔を背けたわ。ヴァルグは荒い息をつきながらまた叫んだの。
「わが呪いは千代、いや万代まで続く。必ず貴様の家を滅亡させてやる。必ずな!覚えておけ!」
「言いたいことはそれだけか」
陛下が呟くような声で尋ねられたわ。
「弱い虫ケラの分際で儂を殺すつもりか?お笑いぐさだ!儂は死なぬ!貴様らの断末魔と哀願の声を聞くまではな!」
ヴァルグの罵声はそれからしばらく続いたけど、それがいきなり止まったの。
あたしが目を上げると、陛下がいつの間にか剣を抜かれてたのよ。そしてその足元にはヴァルグの首が転がってたわ。
いったいいつの間に斬りつけたんだろうって、あたし不思議に思っちゃったわよ。
でも、耳を澄ますとまだ聞こえてきたの。囁くような声がヴァルグの口から。
「呪ってやる...恨んでやる...この復讐は必ず...いつかまた転生し....」
でも、しばらくするとそれも聞こえなくなったわ。
すると、ディオは首を振りながら踵を返したわ。
「パパは寂しい人だったんだ。誰も愛さず...誰にも愛されず.........」
弟の両目からは一筋の涙が流れてた。あたし、黙ってディオの頭を抱き寄せて、自分の肩に押し付けたわ。
すると、ディオの奴、押し殺したように嗚咽し始めたの。やがてその鳴き声がだんだん大きくなり、最後には赤ん坊みたいな大きな泣き声になったわ。
あたし、ディオの背中をさすりながら言ってやったの。
「あんたは違う生き方ができるわよ。きっとできる。なんてったって、あたしの弟だもの」
* * * * * * * * * * * * * * * *
戦争の後始末ってホンットに大変なのね。
結局、国王軍の損害は戦いの激しさに比較して少なかったとはいっても、
戦死者は実に百人を超えてたって話よ。
それに、負傷者を治療するためにルクレティアちゃんってば翌日まで徹夜したらしいわよ。あの子も大した社畜ね。
その後、ガッタガタになった街道を修復するために人夫が大量に駆り出されてたわ。
それでも、ジュゼッペが国王陛下から許可を得て王城の庭そっちのけで修復工事に加勢したおかげで、ずいぶん早く終わったらしいけどね。
ディオの奴は、戦争における手柄は認められたけど、その一方で魔物陣営で活動してたのは事実だったから、
結局裁判にかけられて実刑判決受けちゃったわけよ。
殺人とか盗みこそしてなかったけど、王墓を汚したのは言い逃れできない罪だったしね。
でも、そこは寛大な国王陛下がすぐに勅令を出して恩赦させたわ。
それであいつ、あたしのアパートに居候し始めたの。
最初は狭いだの寒いだの文句ばっかだったけど、だんだん大人しくなったわよ。
今回のことで色々学習したのね。
そうそう、でね、聞いてよ。
ラファエロの奴ってばね、課長に昇進しやがったのよ!
貴族でもないのに役職付くなんて王城じゃあ異例のことらしいわよ。
...とは言っても、役職なんて形ばかり、実際には実務が増えただけだ、
なんてあいつ愚痴ってたけどね。あたしに向かって。
なんせ上司が三人いるらしいのよ。
人事のレオンカヴァッロ男爵、会計のファイナンタス・アカウンタス伯爵、それに法務のジェラート伯爵。
それぞれの分野に絡んだ案件はそれぞれの上司に確認する。
しかも、上司どうしの意見がバッティングしたら、それを調整するのもラファエロの役割。
いったい何のための役職なんだか、わかんなくなっちゃうわよね。そう思わない?
でね、しかもジュゼッペのおじさんも昇格して主任になったんだけど、
彼ったら文字の読み書きできないじゃない。だからその代筆も全ぇーん部ラファエロの仕事。
信じられる?てなわけで、あいつ戦争も起こってないのにグロッキーな顔してたわよ。
そんな折のことだったわ。
あたしがラファエロと総務部で立ち話してると、ルクレティアちゃんがやってきたのよ。
彼女ったら、何も言わずにしばらくもじもじしてたわ。
気づいたラファエロが声をかけたの。
「ああ、ルクレティア嬢か。どうした?」
「あのっ...ラファエロ主任...いいえ.....課長.....わたくし...実は............」
あの子、遠慮がちに封筒を差し出してきたわ。
その表面には「退職願」って書かれてた。
それを見たラファエロの奴、ショックで目が点になってたけど、次の瞬間に精いっぱいの作り笑いを浮かべてルクレティアちゃんに向き直ったわ。
「そ...そ...そうか。決断したんだな。フレデリコから聞いてたよ。君の本当の情熱は社会奉仕にあるって」
「申し訳ありませんわ、ラファエロ課長....それにジョバンニさん」
「何言っちゃってんのよルクレティアちゃん、職場変えるくらいで大袈裟よ!」
あたしは笑って彼女に言ったけど、ラファエロは額に汗を浮かべてたわ。きっと、頭の中ではいろんなことが渦巻いてたんだと思う。
後任を募集してから決まるまでの間の穴をどうしようとか、
応募してきた候補者に人事課長のレオンちゃんが「好きにやっちゃっていいよ」とか約束しちゃって後でトラブったらどうしよう、とか。
いろんなことがね。
でも、ラファエロってば思い直したように手を叩くと、こう叫んだの。
「よぉし、いっちょパアッとやるか!」
「パアッ..って..何をよ?」
あたしが聞くとあいつ、自分を鼓舞するようにこう言ったの。
「送別会さ。ルクレティア嬢の新しい門出を皆で盛大に祝おうじゃないか」
「それこそ大袈裟ですわ。わたくし、そんなことをして頂くほどの貢献はしてませんもの」
「いやいや。君こそ庶務騎士団のキーパーソンなんだ。遠慮はいらないさ。予算も確保する。ジョバンニ、料理のほうは頼んだぞ?」
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
てなわけで、あたしたちは王城の食堂で送別会を開くことになったわ。
実はね、あたし、ある考えがあったの。
これはフレデリコにとっていい機会だって。
自分の好きな女性のために、知恵を絞ってメニューを考えてごらんってあたし、彼に言って全てを任せたわ。
普段とは逆に、あたしがアシスタントになってね。
そしたらあの子ってば、物凄ぉく真剣な顔でメニュー考えて、レシピ本ひっくり返して、
見違えるくらいのいい仕事してたわよ。
いつもいつもこれくらいの気合いで仕事してくれたら助かるんだけどね。
そうしてできた料理を並べて、あたしたちは乾杯したわ。
「いやあめでたいめでたい...!実にめでたい!」
早くもラファエロが顔を赤くしてたわ。どうしたわけかあいつ、妙に早いペースで次々とグラスを空けるわけよ。
「めでたいめでたいって、鯛の目が出たみたいに繰り返して言うんじゃないわよ。人生の門出は不安とか期待とか複雑な思いが渦巻くものよ。もっと気の利いた言葉言ってごらんなさいよ。あんたもう課長なんでしょ?」
あたしが水を向けると、ラファエロはこう言ったわ。
「いや...その...あれだな。聖女の働きは神への奉仕。それに専念することになったわけだから...大願成就。一切菩薩。他力本願...」
「バカ!もう酔っぱらってんの?アホねえ」
あたし、呆れて言ったわ。するとジュゼッペがあたしに耳打ちしてきたの。
「ラファエロの旦那、普段は真面目なのにこんなに酒癖が悪いとは知らなかったです」
「普段謹厳にしてる奴に限って、酒が入るとタガが外れるのはよくあることよ。こいつも歳とったら気づくでしょ。真面目ぶってばかりじゃ疲れるってね」
そう言うとあたしはグラスを傾けてワインをひと口飲んだわ。横を見ると、フレデリコが押し黙っていて、ちょうどやってきた国王陛下に挨拶してるルクレティアちゃんを見つめてたわ。
あたし、さりげなくフレデリコに近寄って囁いたわ。
「いい?絶対泣いちゃだめよ。泣いたらあたしが許さないから」
「わかってます。大丈夫ですよ、ジョバンニさん」
あの子ったら気丈な様子で頷いたわ。あたしは少し安心したわね。
「しかし、ルクレティアよ。お主学生ローンがまだ残っていたのではないか?もう返済は済んだのか?」
国王陛下がそう尋ねてたわ。
「あ...はい....そ...その件なんですけども....」
「なんじゃ、畏まって」
ルクレティアちゃんが急に改まった様子になったので陛下も戸惑ってらしたわ。
「陛下...申し訳ございませんわ。わたくし、とっても陛下に失礼なことを....」
ルクレティアちゃんが両手を揃えてそう頭を下げたから、その場の全員がびっくりして彼女を見つめたわよ。
「なんじゃなんじゃ。説明されんとわからんぞ。怒りやせんから正直に申せ」
「はい....実は...こういうことでしたの」
陛下が鷹揚に仰るので、ルクレティアちゃんは口を開いたわ。
なんと、ルクレティアちゃんってば、
魔物大戦争の功労者のひとりとして陛下から賜った最高勲章を質屋に持っていって売り払ったっていうのよ。
「思いがけず良い値がついたので...つい誘惑に負けてしまって....ローンも返済できると思って....手放してしまったのですわ」
ルクレティアちゃんが泣きそうな顔をして消え入らんばかりの声で言ったの。
しばらく沈黙が続いたけど、最初に陛下が口を大きく開けて大笑いされたの。
「そんなことじゃったか。よいよい。儂があげたものはお主のもの。お主の好きなように処分してよいのは当然ではないか」
「ほ...本当でございますか?」
「本当じゃ。それにほれ、そもそも儂とお主の仲、親戚同士ではないか。そんなことで悩んでおったとは、水臭いのう」
「いよッ....!大統領...じゃなかった国王陛下!太っ腹!」
真っ赤な顔したラファエロが扇子を掲げて叫んだわ。あたしは大きな溜め息をついてあいつに言ったわ。
「ちょっと。もういい加減になさい。不敬罪やらかす前に水でも飲んで酔い覚ましなさいよ!」
「いや...ヒック....いいですかジョバンニさん。ヒック....そもそもですよ。ルーラル戦歌の歌詞の意味。あなたは..ヒック....ご存じですか?」
ラファエロは座った目であたしを見ながら話し始めたわ。
「知らないわよそんなの。あんたは知ってるの?」
「ヒック....そもそもですねぇ...我が剣術流派『リベリ流』の開祖は...あの歌の元になった....『光の剣士』本人からぁ....ヒック....教えを受けて流派を起こしたとぉ....ヒック....言われてですねぇ」
「どうでもいいわよ。ねえフレデリコ、ちょっと水持ってきてやって!思いっきり冷たいやつ。頭からぶっ掛けてやるから」
あたしがそうフレデリコに指示すると、国王陛下がやおら口を開かれたわ。
「儂...その『光の剣士』の直系の子孫なんじゃが....」
またまたその場が固まっちゃったわ。あたし、叫んじゃったわよ。
「えええええ?嘘でしょおおおおおおお!」
「ま...とはいえ1700年も経っておるからな。書類上だけのことじゃわい。剣のほうも、もしドナテロに習わなかったら平凡な腕前に留まっておったじゃろうな」
でもね。そこでふと見ると、ラファエロの奴の顔がだんだん青くなってきてたの。
あたしの脳裏に危険信号が鳴ったわ。あたし、厨房に駆け込んでナプキンとボウルを取ってくると、急いでラファエロに駆け寄った。でも一瞬遅かったわ。
ラファエロの奴、俯くとテーブルの下に派手に吐き始めたわ。
国王陛下の席が離れてて本当に良かったわよ。
あたし、あいつの背中をさすって残りをボウルの中に吐かせると、フレデリコに持ってこさせた水で口をゆすがせて最後に顔を拭いてやったわ。
全くあたしも世話好きね。
そんなこんなで送別会はドタバタで終わったんだけど、
腹の立つことにラファエロの奴、何があったか覚えていないっていうのよ。
「いや、記憶がない。始まってから十分以降、何一つ覚えてないんだ。まるで頭部に棍棒の打撃を喰らったときみたいにな」
「ちょいと、ふざけないでよね!あたし散々あんたのゲロの始末したんだから!」
* * * * * * * * * * * * *
それから数日後。ルクレティアちゃんの最終出勤日がやってきたわ。
あたしたち、彼女に記念の品をプレゼントすると、最後にフレデリコから花束を渡させたわ。
「ありがとうフレデリコさん。あなたの作ってくださるランチ、いつもわたくしにとっては癒しでしたわ」
フレデリコは不器用に微笑むとこう答えたの。
「ルクレティアちゃん、君の理想が叶うよう陰ながら応援してるよ。ボクも頑張って一人前の料理人になるから」
ルクレティアちゃんはフレデリコに、そしてあたしたち全員に頷きかけると、王城の扉を出て去っていったわ。
フレデリコはじっとその後ろ姿を見つめてた。見えなくなるまで。
「さ、行きましょ」
あたしが彼の背中に手をかけると、それは細かく震えてたわ。
フレデリコってば、ずっと我慢してたのね。
その横顔を見ると、涙が次から次へと流れ落ちてた。
あたしは微笑むと、フレデリコを横から抱きしめてやったわ。
すると、彼ってば堰を切ったように泣き出したのよね。
「泣きなさい。今は泣きなさい。そうやってあんたはいい男になってくんだから」
あたし、ずっと抱きしめながらフレデリコにそう声をかけてたわ。