儂の名はオークの族長グルマフ。
人間どもが攻めてきたと部下たちから聞き、儂は洞窟の奥から重々しく足音を響かせながら登場してやった。
軽い地響きとともに洞窟の広場に姿を現してやったのだ。
そこには、四人の人間どもがいた。
先頭に鎖帷子を着た若い剣士。傍らには、ちょい大き目のドワーフみたいな体格の男が斧を持って立っている。
その後ろには気取った装束の魔法使いと修道女姿の小柄な女だ。
儂は奴らに言ってやった。
「よくも我が眷属を刃にかけてくれおったな。この復讐は必ずその身に降りかかろうぞ」
先頭にいた剣士は一瞬怯んだのか身構えながらも後じさった。
それは当然だ。
儂の身長は二メートル強。
全身これ筋肉。
そして、手には荒々しい造りの太い剣を持っている。
「貴様、人語を解するのか」
剣士が油断なく構えながら儂に問いかけた。
「いかにも。儂はオークの族長グルマフ。オークだからといって略奪ばかりしているわけではないぞ。儂は長年生きるうちいつしかオーク語と人間語のバイリンガルとなったのだ」
儂は答えた。
「ジュゼッペ、こいつは厄介だ。俺が相手をする」
剣士はそう言って他の者たちを下がらせた。
「小賢しい人間め。儂の力を侮ると地獄を見ることになるぞ」
「旦那、こんな奴はワシの斧で叩き潰してやるです」
儂が剣を構えると斧を持った男が言った。だが、人間の剣士はこう答えた。
「いや、人語を解するということは知能も高い。剣の扱いもザコどもよりレベルが高い可能性が大だ」
「お待ちになって」
一番後ろに控えていた小柄な女がそう言って進み出た。
「人語を解する知能があるということはそのオークさんにも人格権が存在する可能性がございますわ。王国刑法第88条の解釈では知能を有する者を裁く場合その者が責任能力を有する精神状態であったかどうかを確定する必要がありますわ」
儂は困惑してその女を見た。
これからこの小賢しい剣士と対決しようというのにこの女は一体何を言っているのか。
「ルクレティア、今はそれどころじゃない。危ないから下がっていろ」
剣士は長剣を構え直すと摺り足で儂のほうにジリジリと迫ってきた。
「いいえ、ラファエロさん。わたくし、法が犯される可能性があるのに沈黙していることはできませんわ」
小柄な女は剣士の近くに歩み寄ってきた。
剣士は困惑しながらも片手で女を押しとどめようとしている。
「グルマフさんとおっしゃいましたわね。あなたの責任能力を鑑定するには専門家の力を借りる必要がありますわ。もしよろしければ王都までいらして精神鑑定をお受けになってはいかが?あなたが犯行当時心神喪失又は心神耗弱の状態であったことが証明されれば無罪となる可能性もございますわ」
儂はどう答えればよいのか分からず戸惑った。
女の言っていることは半分も分からない。第一、こんな展開、今まで儂の脳裏に浮かんだことすらない。
儂の今までの経験では、人間の女は誰でも儂の姿を一目見た途端金を裂くような鋭い悲鳴を上げて座り込み、恐怖のあまり動けなくなってしまうのだ。
それなのに、この女は剣士の制止を振り切らんばかりの勢いで儂に近づこうとしている。
「ルクレティア、下がるんだ。きみに万一のことがあったらパーティ全体の危機になりかねん」
剣士はそう言うとやや強引に女の腕を掴んで後ろに引いていった。
「お離しになって、ラファエロさん!王国弁護士法のもとで誓いを立てた以上、わたくしは『基本的人権を擁護し社会正義を実現すること』という任務を放棄するわけには....」
女がそう言って抗う。
「わははは。人間同士で仲間割れか。全くみっともないことよのう」
儂は剣先を地面に突き立てると余裕で両腕を組んでみせた。
「さあ、一番先に死にたい奴から前に出い。このグルマフの手になるオドロ山の火で鍛えた名刀オドロオドロ丸で挽肉にしてやるわい」
すると、気取った雰囲気の魔法使いが一歩前に出た。
「ねえ、あんたって誰から人間の言葉教わったわけ?」
儂はそやつの気軽なおネエ口調に面食らい、毒気を抜かれた形で思わず答えてしまった。
「誰って....儂のあるじであらせられる魔王ヴァルグさまとその副官、ディオどのからだ」
儂はそう言ってから、何か絶対に絶対に言ってはいけないことを言ってしまったあとのような、薄ら寒い空気が腰の下あたりを吹き抜けていく感触を感じた。
「あらまぁ...ねえラファエロ、これってだぁいぶこんがらがった案件よ。あたしたち四人だけで解決ってちょっと無理筋じゃない?」
魔法使いがまた緊張感のない口調で剣士にそう言った。
「詳細は後で調査する。まずはこいつをどうにかしないとな」
女を後ろに下がらせると、剣士は再び剣を構えてにじり寄ってきた。
儂も、地面に突き立てた剣を引き抜くと構えた。
相手は儂よりはるかに小柄。上背はせいぜい六尺くらいしかない。
儂の一撃で木の葉のように吹き飛ばしてやる。
大剣を振りかぶると、儂は思い切り相手目掛けて振り下ろした。
ところがそやつはすばしっこい動きでそれを躱しおった。
そしてそやつの剣が儂の右手首を直撃した。
儂は痛みに剣を取り落としそうになったが、これを堪え、今度は剣を大きく振りかぶって横に払った。
剣士は地面に伏せんばかりに身を低くしてこれを回避した。
跳ね起きると、体勢の崩れた儂目掛けて突進し、脇腹に突きをくれおった。
儂は激しい痛みを感じた。
小癪な奴め。
儂は少しよろめいて後ろに下がった。だが、オークの生命力を舐められては困る。
吠え声を上げると、剣を振り上げて袈裟斬りに相手に斬りつける。
その瞬間だった。
儂は自分の剣の軌道が勝手に変更されたような気がした。
実際にはその小癪な剣士が儂の剣の刃に自分の剣を添えて回転させただけに見えたが。
だが、儂は自分自身の力に流される形で大きく空を切り、たたらを踏んだ。
「死ねい!」
人間の剣士はそう叫ぶと、儂の胴を払い、首筋を斬り下げ、次いで柄まで埋まらんばかりに腹に剣を突き立ててきよった。
さらに、そやつは儂の腹に突き立てた剣を無理やりこじりながら抜きよったのだ。
儂は一挙に血を失ったのが自分でもわかった。
それに腹を大きく斬り裂かれたから身体がうまく動かない。
儂はゆっくりと剣を取り落とすと地面に倒れ込んだ。
「中々の腕だったな。だがこれまでだ」
小賢しい剣士はそう言うと、剣を逆手に持って儂に近づいてきた。
「いけませんわ、お待ちになって!」
先ほどの女が声を上げるのが聞こえた。
女は駆け寄ってくると剣士を押しのけるようにして儂に近づいてきた。
「ルクレティア、下がってろと言ったはずだ。オークの生命力は凄まじいんだ。死んだと見せかけて逆襲され命を落とす例だって...」
「グルマフさん、わたくしの声が聞こえますね?」
女は剣士を無視すると儂に話しかけてきた。
「グルマフさん、あなたが息を引き取られる前に、どうしても申し上げたいことがありますわ。もしあなたが、手遅れになる前に、自らの邪悪な生き方を悔い改めて、洗礼を受けられるなら..........」
「どけ、ルクレティア!俺は君の安全を思って言ってるんだぞ」
剣士は女を引き戻そうとする。
「いいえ、わたくしはどきませんわ。人語を解するということは人の心を持っている可能性があるということですわ。そして人の心を持っているのならその人の魂の救いは....」
「いい加減にしろルクレティア!ここは教会じゃないんだ。ダンジョンだ。戦場なんだぞ!一歩間違えれば魔物に殺される危険性があるんだ!」
「この世は霊的な戦場ですわ。人は常に邪悪な衝動と戦い、善なる行いを.......」
「話を逸らすな!」
人間どもは激しい言い争いを続けている。
儂は小さく笑った。まったく間抜けな連中だ。
オークの生命力は、あの小賢しい剣士が言ったとおり、凄まじいものだ。
儂は血を大量に失い腹を斬り裂かれ臓物が一部飛び出していたが、それでも生きていた。
儂はゆっくりと身を起こすと、洞窟の深部に向かってヨタヨタと歩き始めた。
「ちょっとちょっと、ラファエロ!あいつ逃げちゃったわよ!」
魔法使いの声がした。
だが儂は構わず歩き続けた。
あの場所に戻るのだ。
儂らの代々崇拝するダゴン様のところへ。
そこにさえ行けば。
儂の........儂の.........
ああ。もうすぐだ。
見えてきたぞ。
ダゴン様。
儂らの頼みの綱。
ああ、目の前が暗い。
夜目の効く儂らオークの視力でも、もはや何も見えん。
だが構うものか。
あのダゴン様に願えば........
あんな小賢しい剣士など...........
グフッ....グオッ.....ゲホッ.......... . . . . . .