魔王は《勇者》を手に入れた   作:なのさま

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6. 母さん

 深夜の森には、月明かりでは頼りない闇が広がっている。

 落葉が靴底でわずかに鳴り、梢の隙間から白い息が立った。

 

「《静寂柔光》」

 

 囁くと、掌から零れた光が豆灯のように宙に浮かび、足元を柔らかく照らす。

 

(……《静寂柔光》は使えた)

 

「《清浄の輝き》」

 

 手がほの白く脈打ち、森の湿り気すら清めるように空気が澄む。

 

(──”勇者”が使っていた魔法は、我も使える。

 他はどうだ?)

 

 記憶の底に沈む“勇者の術”を手繰り、構えを整える。

 

「《聖剣よ来たれ》」

 

 空気が震え、光が線を結ぶ。

 光輝なる刃が、無から現れた。

 

 かつて自分(アトラ)を貫いた、忌まわしくも美しい線。

 思わず、唇に笑みが浮かぶ。

 

(──勇者の強大な力は、この身体に残っている。

 是が非でも、完全に支配してやる)

 

 “勇者状態”でなくとも剣が顕現することを確かめ、アトラは肉体の主導権を奪い切る決意を固めた。

 

 ◆

 

 どれほど歩いただろう。

 東の梢がうっすら白む。

 道らしい道はなく、苔むした根が方角を狂わせる。

(遭難──)の二文字が脳裏をよぎる。

 

(飛べれば早いが……勇者は“跳ぶ”術を使っていた。

 《空翔跳躍》ではない、別の術式だ)

 

 それでも足は止めない。

 やがて霧が深くなり、露の香りに微かな魔力が混じる。

 皮膚の上で結界の薄膜が擦れた。

 

「止まれ、人間。

 ここから先はエルフの領域。

 何用でここまで来た?」

 

 姿は見えないが、枝上と霧の奥に複数の気配が立つ。

 魔力の質──細く、張り詰め、森の織物に馴染む感触。

 エルフで間違いない。

 

(よし、接触は成功だ。

 問題は、どうやって”過去の話”を聞き出すか……)

 

 かつてのアトラであれば、暴力で口を割らせただろう。

 しかし今の身体では、その方法は使えない。

 現に今も肉体の制御は奪われている。

 

(目的について嘘を付く必要はない)

 

「500年前に”門”を壊した勇者と魔王の話、その詳細を知るために来ました。

 エルフなら、当時を御存じでしょう?」

 

 霧の向こうでひそひそと囁きが交わされ、質問が返る。

 

「それを知って、どうする?」

 

(「我が死んでからのことを詳細に知るため」では狂人扱いだ。

 ここは”学者”で──)

 

「俺が死んでからのことを、知るためです」

 

(──な、何を馬鹿正直に言っている!!)

 

「は? 貴様、何を────」

 

 そこへ、別の靴音。

 軽い笑い声を含んだ男の声が霧を切った。

 

「人間が来てるって?」

 

「は、はい。

 500年前のことを知りたいと。

 自分が死んでからのことを知るため、とか……」

 

「……狂ってんじゃねえの、そいつ?

 どんな面か、拝んでやろうぜ」

 

 霧が薄れ、互いの顔が認められる距離になる。

 笑い声が、驚愕に変わる。

 

「──”アル”?

 そんな……馬鹿な。

 お前は確かに、あの時……!」

 

「隊長?」

 

(こいつ、勇者の知り合いか?)

 

「俺のことを知っているんですか?」

 

 アルケイドの声に、男の意識がこちらに焦点を合わせる。

 

「その声……どうなってる。

 ……本当に、本当にアルなのか?

 だったら、俺のこと覚えてるだろ!?」

 

 肩を掴む手に熱がこもる。

 

(知るわけないだろうが)

 

「……すみません。

 分からないんです。

 俺、記憶喪失みたいで」

 

「記憶、喪失……。

 だったら、母さんは?

 母さんのことは覚えてないのか!?」

 

(だから我は知ら────)

 

 その瞬間、視界が切り替わった。

 

 森の中、ぽつりと佇む家。

 戸口に立つ、美しいエルフの女。

 彼女を見上げ、「母さん」と呼ぶ“自分”。

 

(──何だ、これは)

 

 場面が緩やかに移ろう。

 

 目線が少し高くなり、また「母さん」。

 呼ばれた女は嬉しそうに頭を撫でる。

 頬に触れる指のぬくもり、髪に落ちる指先の軽さ。

 

(──これは、勇者の記憶か?)

 

 ぱらぱらと捲られる頁のように、いくつもの断片。

 いつも微笑む“母さん”。

 胸奥に、知らぬ熱が満ちる。

 

(……なんだ、この感情は。

 これが”愛”──か?

 我ら魔族が持たぬ、これが──)

 

 次の刹那、世界が反転した。

 

 燃える家。

 腕の中で冷えゆく“母さん”。

 鼓膜を裂く自分の絶叫。

 悲嘆、喪失、そして黒々とした復讐心が、頭の内を塗り潰す。

 

 許さない──許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない──。

 ■は────。

 

 ◆

 

 気づけば、木の天井板が目に映った。

 

「……ここは」

 

「目が覚めたか。

 急に倒れるから、びっくりしたぞ」

 

 傍らには、”隊長”と呼ばれていた男がいた。

 

「ここは詰所だ。

 喉、乾いてるだろ。

 水でも飲んで落ち着け」

 

 外は夕暮れ。

 どうやら長く眠っていたらしい。

 差し出された皮袋の水を一息に流し込む。

 

「それで、何か思い出せたか?」

 

 魂の奥底から、黒い何かが溢れ出そうになる。

 

「母は──”母さん”は、僕が14のときに死んだ。

 人間に殺された──ですよね?」

 

「ああ……母さんの名前、覚えてるか?」

 

(我は当然知らない。

 あの光景にも、母の名前は出てこなかった。

 なのに……答えを持っている)

 

「──メルア。

 母さんの名前は、メルア──ですよね?」

 

「……覚えてるんだな。

 顔も声も同じ、母さんのことも覚えてる──でも、お前が生きてるはずがない。

 本当は嬉しいはずなのに、素直に受け入れられねえ……」

 

 男は頭を抱える。

 

(結局、お前は誰なんだ?)

 

「俺のことをご存知のようですが、あなたは?」

 

「……俺はクレス。

 アルケイドの、父親違いの兄貴だ」

 

(エルフが兄?

 だが勇者はどう見ても人間──父方が人間ということか?)

 

「俺の父は人間ですか?」

 

「……お前が俺の知ってるアルなら、イエスだ。

 ハーフだと長くて200年も生きられない。

 あの時、死んでなくても、今生きてるわけがない。

 それに──」

 

 キオから聞いた伝承が脳裏に灯る。

 

「勇者は、門を閉じて死んだ」

 

「そうだ……俺もアルの”遺体”を見た。

 まだガキだったのに、冷たくなって……」

 

 クレスの顔に、当時の影が差す。

 

 ──コン、コン。

 扉が叩かれた。

 

「失礼します。

 団長をお連れしました」

 

「おお、サンキュー。

 お前は下がっていいぞ」

 

 入ってきたのは、背の高いエルフの女。

 身のこなしと装備だけで、歴戦と知れる。

 

「──本当に”見た目”は瓜二つだな。

 それで、何か分かったか?」

 

「母さんのことを覚えてた。

 事件のことも、何歳だったかも。

 ……まあ、俺のことは覚えてなかったけど」

 

 クレスが肩を落とす。

 

(こいつも勇者の知り合いか?)

 

「あなたも俺のこと、ご存知なんですか?」

 

「私のことも覚えていないか……

 私はお前の母、メルアの姉──ネクアだ。

 お前の伯母に当たる」

 

「伯母さんから見て、こいつは本当にアルだと思うか?」

 

「魔力はアルケイドのものだ。

 メルアのことを知る者は一握り。

 勇者の母がエルフであることも。

 総じて、アルケイドと見ていい。

 ……それと職務中は”団長”と呼べ」

 

「へへ、すんません、団長」

 

 軽い応酬ののち、ネクアは視線を戻す。

 

「だが分からん。

 本物だとして、なぜ生きている?」

 

「頑張ったアルを女神が復活させた、とか?」

 

「今になってか?

 500年前でも良かろう」

 

 二人の眉間に皺が寄る。

 アトラにとっても、解けぬ謎だ。

 

(なぜ500年を跨いだ。

 女神のみぞ知る、か──女神すら知らぬやもしれん)

 

「俺にも分からないんです……」

 

 皆、押し黙ってしまう。

 静寂を打ち破ったのはクレスだった。

 

「なあ、もういいじゃねえか。

 アルで確定なんだ。

 なら、記憶が無かろうが、家族として迎えてやろうぜ」

 

 悩むことをやめ、答えを出す。

 ネクアは少しだけ考え、頷いた。

 

「分かった。

 『もう一度やり直せるなら』と、何度思ったことか。

 その機会が来たのなら、願ってもない」

 

「アル、俺たちとこの里に住もうぜ?」

 

(勝手に決めおる……が、情報を集めるまでは”家族ごっこ”に付き合ってやる)

 

「よろしくお願いします」

 

 クレスはニカッと笑った。

 

「よっしゃ、決まりだな!

 じゃあ俺、準備してくる!」

 

 勢いよく駆け出していく。

 

「それはそれとして──少し、魔力が捻じれているな。

 どれ、調整してやる」

 

 ネクアが勇者の手を握ると、魔力の流れが変わる。

 歪んでいた流れがほどけ、脊髄の奥で何かが“かちり”と嚙み合う感覚。

 

(ずれていたピースが、はまったようだ)

 

「ありがとうございます。

 調子が、良くなった気がします」

 

「うむ……まあ、何だ。

 メルアの代わりにはなれんが、私のことは”第二の母”とでも思え」

 

(……我にとって”家族”など、どうでもいいものだったはず。

 なのに、こいつらに受け入れられて……)

 

「嬉しいです」

 

(我は一体、どうしてしまったのだ)

 




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