■これまでのあらすじ:
変容まで:
UC105の秋、サイド1・ロンデニオン。
マフティー動乱後、地球連邦軍退官に至るまで「息子殺し」「テロリストの父親」「地球連邦の横暴を体現した残忍な処断者」と世間に目され多大な社会的・精神的ダメージを抱え、再起不能になっていたブライト・ノア(45)は、旧友のカイ・シデンに自殺を危惧されるほど心を閉ざしていた。
抱える鬱屈に耐えかねて自宅近くの人工湖に足を向けたブライトの目の前に、かつて彼が慣れ親しんだそれらによく似た白い機体——仮称《ガンダム》が墜落する。パイロットの救助を試みたブライトは、異常なサイコマシンから迸る光に呑まれ、意識を失った。
「ロンデニオン実験部隊」が有する謎めいた医療施設で目覚めたブライトは、自分の肉体が非力な少女に変わっていることを突きつけられる。
それは研究者たちの興味を強烈に引き、彼の監禁生活を非常に厳重で先のないものにした。
搾取と再生:
療養という名の、解放の目途もない監禁が始まる。
ブライトを完全に儚い美少女と誤解している仮称《ガンダム》のテストパイロットの少年、ニチテ・サウザンに向けられる異常な傾倒に困惑しつつも、その純粋な信頼に心を動かされるブライト。
更に実験部隊のパイロットの少年、キンジィ・マォンとの接触が、現状の解決への意思に火を点け、無気力状態を少しずつ脱していく。
ついには連邦の女エージェント、メイ・ウチフヅがブライトに示す偏執と狂信、そして「生き方を用意する」という提案に際して、ブライトはその狂信の先にある破滅を退け、己の信念に生きることを思い出すようになる。
ロンデニオン実験部隊へ:
ある日突然、ブライトがいる医療施設を襲撃した所属不明の《メッサー》。
その襲撃の目的がブライト・ノアその人だと看破したのは、「ロンデニオン実験部隊」の隊長、ナイジェル・ギャレットだった。
ニチテはナイジェルの指示に従い、仲間であるキンジィを振り切って医療施設に急行し、《メッサー》を撃退。《メッサー》はロンデニオンを離脱し、行方不明になる。
ニチテは狙われていることを知らず避難誘導に勤しんでいたブライトを連れて医療施設を離脱し、ナイジェルのもとへ向かった。
ナイジェルとブライトの再会は、ブライトの奥底で眠っていた自尊心を目覚めさせた。
ブライトは、少女の姿の自分に恋心を向けつつもまっとうな対話から逃げ続け、庇護すべき対象としての役割を押し付け続ける少年の傲慢を「修正」するべく、ニチテと対峙する。
その一言は、ニチテが頑なに囚われ続ける恋の幻影を木っ端微塵に打ち砕いた。
「マフティー」の主力機であった《メッサー》だが、この襲撃の影に「マフティー」が存在する可能性は低いとブライトは判断する。
「マフティー」に《メッサー》を供給していたアナハイムが取引している別の団体が事件の影にいることまで推測を進めたブライトに、ナイジェルはアナハイムの内部派閥「文化セクト」の存在を示唆した。
「文化セクト」は実態を掴ませない強大な存在であり、その暗躍をナイジェルは以前から危惧していた。
ブライトは「ロンデニオン実験部隊」内部の施設でありながら連邦政府とアナハイムの縄張り化して外部から手を出せない状態だった医療施設から完全に身柄を移され、実験部隊の少年たちが暮らす隊舎での生活を始める。
傷心のニチテと向き合って対話したブライトは、ニチテがその類稀なる感受性による感応でブライトの苦悩と絶望、それでも無条件に人を助けようとした気高さを見出し、その魂こそを信頼していたことを知る。
ニチテが非力な少女の姿のブライトを見くびっていたように、自身もまた愚かしい恋心に暴走している少年を侮っていたことに気づいたブライトは、互いの信頼をそこから築いていこうと語り掛け、ニチテを受け入れる。
アナハイムの社内閥である「文化セクト」がブライトを狙ったことから、アナハイムから「ロンデニオン実験部隊」に出向しているキンジィをもまた警戒しているナイジェル。
ブライトもその判断の正しさを認めつつ、ただ馴れ馴れしい態度に肯定への渇望を隠し、青臭い自負に生きている少年のように見えるキンジィを、完全に敵とは目せずにいた。
室長との面談:
「ロンデニオン実験部隊」の所属部署である「人事局登用推進室」の室長が、ブライトとの接触の手はずを整えるようにナイジェルに命じる。
ロンデニオン市街での面会が整えられ、護衛としてキンジィとニチテが選ばれる。
市街地での行動のために年頃の少女のような服装をせざるを得ないブライトはその違和感に耐えつつ、この危険なランデブーにおいて自分たちの『毒』となりえるキンジィへ監視の目を光らせる。
ロンデニオン市街での行動は、意外な再会を齎した。
ジャーナリストとしての取材業務を続けていた旧友、カイ・シデン。偶然の出会いから少女の姿のブライトに興味を持ったカイに、ブライトはただ「ブライト・ノアは、おれの名前だ」と伝える。ただの同姓同名か、子供の戯言にしか聞こえないはずの言葉に、しかしカイは何かを感じ取ったようだった。
ロンデニオン市街の古書店で、ブライトはついに実験部隊の上司『室長』と対面する。その正体は、連邦軍を退役し政治家となったリディ・マーセナスだった。リディは、ブライトの身に起きた「奇跡」を「祝福」と呼び悪用しようとする勢力の存在を語り、秩序のためにブライトを抹殺するという選択肢を提示する。しかしそれは、ブライトを守るという彼の覚悟と、彼を庇うニチテとキンジィの忠誠心を確かめるためのものだった。リディの行動原理に確かにかつての戦いが残した光を見たブライトは、彼らと共に戦うことを決意するのだった。
更に敵についての話を続けようとしたブライトとリディは、ガソリン車による強襲を受ける。キンジィの実力とニチテの直感的な行動によって襲撃をなんとか切り抜けるが、ブライトの脆弱な肉体は深い傷を負った。
■登場人物紹介
原作・公式作品とどうやって接続しているかについてや、作中で触れる必要もなさそうな設定について主に書いています。
ブライト・ノア
45歳、ロンデニオン在住。妻ミライはロンデニオンに同居、息子ハサウェイは5月に南オーストラリアで銃殺刑によって死去、娘チェーミンはコロニーで民間企業に勤務。失踪の事情について説明するためにミライに出した手紙は連邦政府側に執拗に検閲・指導された結果、最終的に「出先の病院で療養中」という形にされています。
ロンデニオンにいる時期もそこそこ長くなっているので当然ながらブライトさんには全く土地勘がないというわけではないはずなんですが、いつの間にかミライさんのほうがはるかに事情通になっています。
ブライト・ノア(少女)
肉体の年齢は13、14歳程度です。同身長の少女と比較しても明確な低体重で、非常に虚弱です。努力して栄養を摂って少しでも体が動くように涙ぐましい努力を続けています。
カイ・シデン
43歳、ロンデニオンに滞在中。独身。
「カイ・シデンのメモリー」要素がやや強めです(UC105年を描いている数少ない作品なのもあり…)
木星船団の随行取材を終え、サイド3の記念式典にブライトの代わりに出て、その足でロンデニオンへ来ています。
再起不能状態だったブライトが突然いなくなったことに、状況の不穏さを察してロンデニオンを離れられずにいます。ロンデニオンにいるのにマフティー動乱についてネタ集めをしているのは、それがブライトの失踪に関係しているのではないかと思ったからでもあります。
ナイジェル・ギャレット
36歳、ロンデニオンで勤務中。階級は少佐。「ロンデニオン実験部隊」の隊長。
腕利きで頭も切れる人物であり、《ジェスタ》を駆ってフル・フロンタルとアンジェロ相手にトライスターを率いて持ちこたえたこともあるのは「ガンダムUC」小説版準拠です。でもワッツはアニメ版準拠で生存しています。まあいいじゃないですか、そこは。
「ロンデニオン実験部隊」の隊長としてあちこちから押し付けられる都合をやりくりしつつ子供たちの手綱を握る、心労の多い日々を送っています。その苦労を他人に悟らせないのは彼の人徳のようです。
リディ・マーセナス
32歳、地球在住。連邦議会の議員であり、兼任している多くのポストの中の一つとして「人事局登用推進室室長」の肩書がある。
かつてカイ・シデンがもたらした情報のまま《メガラニカ》へ突進し、バナージとミネバとの一瞬の再会を経験しています。その後中尉に昇進するもすぐに地球連邦軍を退役し、父ローナンの秘書として経験を積んだ後に政界入りします。UC105年時点では、ローナンはすでに死去しています(96年時点で余命三年を宣告されていましたが、「ラプラス事変」がもたらした混乱とバッシングがより寿命を縮めたでしょう)。
ジオン共和国の自治権放棄を経てなお、バナージたちとの再会はかなっていません。しかし、それでいいとどこかで思っているようです。
このSSでは既婚者ですが、特に家族が出てくる予定はありません。
レーン・エイム
22歳、ロンデニオンに駐留。階級は大尉。
本人が地球での勤務を拒否しコロニーへの配属を強く志願した結果、アイコニックな指揮官であったブライト・ノア大佐の失脚によって動揺と弱体化が危惧される「ロンド・ベル」のお膝元であるロンデニオンの駐留部隊へ配属されています。マフティーを討った彼の存在感が身内の思想汚染を食い止めるのを期待したという一面は否めません。
ケネスからのああいう扱いがあった上で、ケネスのことは敬愛しています。地球での勤務を拒んだのも、根底には地球連邦の一部有力者に睨まれ、排除されようとしているケネスへの複雑な感情があります。
「ハサウェイを虚偽の証言でただの矮小な青年に貶め、ケネスのように命を脅かされることもなくのうのうと生きている、保身にかまけて生き延びた旧世代の老人」としてブライトへの軽蔑と憎悪を抱いています。
アンジェロ・ザウバー
28歳、ロンデニオンに潜伏。
ラプラス事変後にコックピットが完全に破断した状態で破壊された《ローゼン・ズール》の一部が発見されたことで死亡扱いとなり指名手配を免れましたが、小隕石の影を漂っていたところを民間の回収業者に拾われて生還しています。
現在はフリーランスの傭兵としてコロニーを渡り歩いています。
救出当初に地球連邦の捜査網を警戒してクレジットが使用できなかったため、宇宙線後遺症の治療費を払えず治療が打ち切られた結果、右目を失明しています。
ニチテ・サウザン
16歳。「実験部隊」のMSパイロット。直情的で率直な少年。
22章で乗ってたホバー・バイクは、実は民間人からの徴発じゃなくて購入しています。時間に追われる中直感に駆り立てられるままヴィークルショップに飛び込み、ありったけのクレジットを即入金して購入しました。せっかく買ったので、襲撃者を轢いた時の外郭カウルの凹みを直したらこれに乗ってあっちこっち行きたいなと思っています。その時は後ろにブライトを乗せて……とも。
ブライトの現状を受け入れてからは、敬愛するブライトのために自分の力を役立てたいという気持ちが強いようですが、それはそれとして「可愛い女の子」という認識の罠からは全く抜け出せていません。
キンジィ・マォン
17歳。「実験部隊」のMSパイロット。うぬぼれの強い自信家の少年。
両親が月のフォン・ブラウン市在住のアナハイム社員であり、実験部隊への出向も両親の意向です。一般的にコロニーでは「フォン・ブラウン生まれ」というのは都会的でオシャレな印象を与えることが多く、フォン・ブラウン最新のファッションや文化を総称する「ムーン・チャイルド」という言葉もあります。キンジィ本人も「モテるから」とそれをよく売りにしています。
メイ・ウチフヅ
19歳。連邦政府側のエージェント。ニュータイプ登用側の派閥に属する官僚であり、「実験部隊」の顧問的な立ち位置に付けられています。飛び級に飛び級を重ねたエリートです。
ブライトに接触するどころか実験部隊の隊舎に近づくことすらできず、苛立ちを募らせています。
■設定の補足
ニュータイプ登用の努力義務:
ラプラス事変によって周知された宇宙世紀憲章の最後の条文……で世界は特に変わらなかったというのが公式設定ですが、このSSではラプラス事変をきっかけにニュータイプに限らずスペースノイド側の不満から成る圧力が高まりかけ、それを懐柔する形で地球連邦側が「ニュータイプ登用の努力義務を自ら課す」ことを宣言しています。
当初は具体的な政策を伴わない曖昧な内容に批判が集まりましたが、これをきっかけに少なくとも「ニュータイプ」という概念自体に対する社会的な受容と理解がいくらかは進んでいます。また、ニュータイプ登用に関する具体的な行政・制度の改革も少数ではありますが特定の政治家主導で行われています。
しかし、それは連邦政府や連邦軍内に新たな派閥間の争いを発生させることにもなったようです。
良かれ悪かれ「ラプラス事変」が大きく影響を残している宇宙世紀の話として読んでください。明確に旧来の秩序とニュータイプに関する権利の闘争として位置付けられつつあるそれを一部では「ラプラス戦争」と呼ぶ動きも出てきています。
「閃光のハサウェイ」作中のニュータイプ否定の方針はこの設定で上書きされてるイメージです。
ホバー・バイクについて:
デザインは都市生活に適応し、ジオン公国の「ワッパ」とは似ても似つかない。
リフトファンで揚力を得てスラストノズルからの噴出で走行する、ホバークラフトで走行する一人~二人乗りのヴィークルです。ほぼすべてがモーター駆動です。
ホバー・バイクはこの手のヴィークルを指す一般名詞ではありますが、こういったホバークラフトのバイクは「ワッパ」と呼ぶほうが一般的です。UC105年時点では特に軍用のものという意識もなく、バイク会社・ホバークラフト会社が製作・販売しているイメージです。
この手のヴィークルを「ワッパ」ではなくわざわざ「ワッパタイプ」「ワッパ型」と呼ぶのは、一年戦争時にジオン公国のワッパ部隊を見ている人に限られます。民生品は機能やデザインが大きく変わって洗練され、本来のジオン公国が運用していた無骨な「ワッパ」とは似ても似つかないため、「ワッパみたいなもの」と無意識に呼んでしまう心理があるようです。要は一部の世代しか言わなくてうっすら歳がバレる呼び方です。ニチテは「おれのワッパ」って言うしブライトさんは「あのワッパタイプのバイク」って言います。
作中では文章での直感性を優先して「ホバー・バイク」の表記をメインにします。
UC70年代の歌謡曲:
(18章の後書きに書いたのと同じ内容です)
作中で「UC70年代の歌謡曲の歌詞」として引用されているのは、Sarah Williamsの「The Old Astronomer to His Pupil/Twilight Hours (1868)」(パブリックドメイン)です。
この詩が使われているキンジィが聞いていた曲(曲名はこの詩のタイトルではなくもっとも有名な一節を取って「I have loved the stars」となっています)はUC70年代にヒットした歌です。もちろん、UC88年生まれのキンジィから見ると完全にレトロ曲です。
UC70年代のスペースパブ全盛期、音楽シーンの一部にはのちのジオニズム美術に繋がるような芸術表現への傾倒・伝統の模索がありました。その流れを汲んで、西暦時代の古典詩やラウンジ・ミュージック等の、レトロというよりはヒストリカル・アカデミックな作風を取り入れた歌謡曲が流行したという(このSSの勝手な)設定です。これらは夜の営業が主であるスペース・パブに馴染むのもあって多く流され、多くの人の耳に触れています。この傾向の音楽について特に正式な呼び名が決まっているわけではないですが、スペースノイドの耳に馴染んでいる「なんとなくあの頃のそういう音楽」を指して「スペースパブ音楽」「スペース・トラッド」と呼ばれることがあります。
スペース・パブは月のフォン・ブラウン市を起点にスペースノイドに普及した文化であり、これらの音楽も地球にはあまり入っていません。そのため地球育ちのブライトさんはあまり知りません。「コロニーのバーってこの手の曲たまに流れてるよな」くらいの認識です。UC60年生まれの人から見ても曲調がレトロな感じになるのもあり、多分もっと古い曲だと思ってます。