葛葉の里を出て十年。
葛葉を名乗るだけのエージェントに過ぎなかった男に、襲名の機がようやく訪れる。
圧倒的な実力で名跡襲名を認めさせる葛葉だったが、襲名したのは不本意な事に、一族のバトルジャンキー「キョウジ」の名前であった…。

真・女神転生デビルサマナーに至る迄のお話。
デビルサマナー・ソウルハッカーズ・葛葉ライドウ・ソウルハッカーズ2より各設定を借り、整合性をつけてみました。

1 / 1
デビルサマナー前日譚

 

 最終試験場の大広間へ踏み込むと、懐かしい匂いが鼻をついた。

 死の匂いだ。ここで初めて実力を試され里を離れてより、現場で幾度も嗅いだ匂いだ。

 あれから十年にもなろうか。葛葉の名乗りを許されるだけのエージェントから脱却する機を得て、ようやく俺はここに戻ってきた。

 そしてもうひとつ。絶望の匂いだ。

 周囲の暗がりには無数の赤く光る眼。低い唸り声。

 悪魔だ。数は数えきれない。

 訓練生の頃は悪魔に囲まれただけで絶望して、そうして大勢の仲間達が説教部屋送りになった。俺は闇の奥、今も存在するだろう罵倒部屋をちらりと見やる。

 余裕の色に苛立ったか。悪魔達が咆哮を上げ襲いかかってくる。

 俺は握る七星剣を振り上げ攻撃を防ぐ。プレッシャーから分かってはいたが、実際に姿を現した悪魔は数こそ多いが全て格下だ。いちいち切り捨てるまでもない。

 

「SHUFFLER……MAHA-LAGION」

 

 俺の眼前、札に封じられた悪魔の情けない表情がーー炎に覆われ、灰となって散る。

 

「そこまで。……十分な実力があると認める。

 今日からお前…いや。貴殿こそが、十三代目葛葉狂死だ」

 

 声が響く薄暗い間は、葛葉の里の修練場である。

 襲名おめでとう、と拍手の音が修練場に響き渡る。

 

「葛葉…キョウジ…」

 

 葛葉一族が下の名を名乗るには、誰かの名跡を継承しなければならない。

 しかしよりにもよってキョウジか。俺は密かに落胆した。

 キョウジは100年ほど前の、一族の持て余し者の名である。

 実力者ではあったらしいが、名前通りのバトルジャンキーだったらしい。

 正直クールな俺には似合わない。

 

「…。もっと他に襲名候補はなかったのか?」

 

 本家のセイメイは別格としても。ライドウとか、マンゲツとか、似合いそうなのがたくさんあるだろう?

 もっとも。そもそも俺は本家筋ではないし、雷堂系とも別家系だから、継承する名前は限られているんだろうが。

 

「……。世迷言は、自分の周囲をよく見てから言え」

 

 呆れたような声に修練場を見回せば、体の周囲にはいくつもの灰の山が築かれていた。

 すべて俺がひとりで符に閉じ込め、そして焼き払った悪魔の成れの果てである。

 

「これほどキョウジの名が相応しい葛葉もおるまい」

「失敬な。襲われたから倒しただけだ」

「全て倒さずとも良かったのだが。血筋だな?」

 

 嫌味に渋面を向けると、声は含み笑いに変わった。

 

「さて。キョウジの襲名ともなれば当然、与えられる任も一際段違いのものとなろう。覚悟はできていような?」

「キョウジは実力者という扱いなのか…」

「なんだ、付けられる目付役が誰かさえ知らぬのか? 名を聞けば納得するはずだぞ?」

「お目付役?」

 

 葛葉の名跡を継ぐ者は、魔の暗躍から世を護るためと各地に派遣されるが、大いなる力を振るうその活動には必ずお目付役がつけられる。

 たいていは一族の引退者とか、罪人が果たす役目だが…。

 

「葛葉キョウジのお目付役はーーギンコだ」

「……。」

 

  よりによってあの銀狐に見張られるなんて…。

 歴代のキョウジ。一体、何をやらかしてきたんだ…。

 

* * *

 

「赴いて欲しいのはーー平崎市、という地方都市よ」

 

 里の奥。普段誰も立ち入らないような一画で、俺は自身のお目付役を務める女と顔合わせを済ませた。

 与えられる任の説明もするというので、俺は黙って彼女の背を追う。

 目の前を歩く女は一見妙齢の人間女性だが、その正体は人間ではない。

 葛葉一族の祖は阿部晴明だが晴明の母の名は不詳である。一説には身分の低い河原者ともされ、通称が葛の葉とも伝わるが故に一族の名と冠しているがーー葛の葉の正体は狐、との異説がある。

 その異説が真実であることはーーつい先刻、修練場での最終試験にて存分に証明したばかりである。

 悪魔を紙に封ずる符術。それを焼き払う炎術。

 すべてーーこの身にも流れる、人ならぬ血ーー魔の血が、術の発現をなさしめているのである。

 もっとも。人と魔が交わった時代はとうの昔、血は薄れ、加えて分家筋の俺に至っては、もはや独力で悪魔を召喚する力さえない。

 人の考えでも読んだのか、銀狐の背がくすりと笑う。

 

「さっきの試験は見ておりました。

 符に封じて焼き払うーーふふ。

 まるで、かの晴明のようなーー」

 

 俺はそっぽを向いた。霊力に劣る俺が、せめて扱える術において、かつての大陰陽師みたいなバトルスタイルを構築しているのだ。そこに、祖先の威名を背負いきれない血の薄さへのせめてもの抵抗、みたいな健気さでも感じたのだろう。

 

「お目付け役のお眼鏡には叶いませんでしたか」

「まさか。その逆よ。どうやら今度のキョウジは、長生きしてくれそうだな、って」

 

  歴代のキョウジ…。どんな闘い方をしてきたんだ…。

 振り返った銀狐は、笑みを浮かべている。

 この瞳は、昔から大勢のキョウジを看取ってきたのだろうか。

 あるいはーー葛葉一族そのものを、大昔から見届けてきたのか。

 

「平崎には。太古の昔に封ぜられたーーなにかがある」

「なにか、とは? 銀狐でもわからないのですか?」

「葛葉一族の歴史よりも。ずっと古いものよ」

 

 平安時代よりも先史。俺は平崎周辺の土地を思い浮かべた。

 海沿いの港町だから昔から人は住んでいただろうが、歴史の中心になったこともないような辺境だ。

 葛葉を派遣する必要がある土地とも思えない。

 

「その調査もーー貴方の任務、というわけね」

「なぜ平崎に封があると気づいたんです?」

「卜部広一朗。ファントムのサマナーの出入りが、飛び抜けて多い土地で…」

 

ファントムソサエティ。悪魔召喚の一派だ。

 大いなる存在に人々の魂を捧げんとして、しばしば大量殺戮をその手段に選ぶ危険な組織だ。

 葛葉一族も所属している超国家機関ヤタガラスの、監視対象でもある。

 卜部は葛葉と同じく古い家系で、かつては朝廷で卜占を行っていた。その高い霊力を生かし、末裔は悪魔召喚士としてファントムに所属している。実力的にも目立つ卜部広一朗は、常時監視対象としてその動向を見張られていた。

 

「ヤタガラスのエージェントが潜入し、偵察報告をあげてきたわ。不自然な地上げ、買い占めが進められているみたい」

「レイブンか。腕利きの報告なら、信頼できますね」

 

 事前調査を行ったヤタガラスのサマナーは、若いが俺も知る名前だった。調査結果に間違いはないだろう。

 ただ、ヤタガラスがそこまで突き止めておきながら、事前調査のみで済ませているのは不自然だった。あれはそんなにぬるい組織ではない。

 

「待ってください。封の所在まで突き止めておきながら、ヤタガラスは手を引かせたんですか? あのレイブンに?

 一体、何があったんです?」

「卜部広一朗と交戦した、と報告にはあったわ」

「……。」

 

 卜部本人が妨害に出てきたならファントムの計画の可能性が高い。

 そして、仕留めず逃したということは別の意味がある。

 これはメッセージだ。

 「葛葉を連れて来い」との。

 

「なるほど。しかし誰も手すきがいない。

 それで俺に突然、襲名の機会が与えられたというわけですか」

「いいえ。貴方ほどの実力者を、仮名乗りのまま十年も放置はしておけない。本家もずっと、襲名の機は伺っていたのだけれど」

 

 困ったように笑うギンコ。まあ俺が任務を口実に、本家からの再三の出頭要請をずっと無視してきたからだろうな。

 どうせ襲名の話だろうとわかっていたから、自分で満足の行くレベルまで力をつけておきたかっただけだ。

 

「わかりました。

 ーーすぐに平崎に飛びます」

「ああ。ちょっと待って。これからは目付け役だけでなく、助手もつくの。ーーレイ。ご挨拶なさい」

 

 近くに控えていたのか、呼ばれて出てきたのは旧知の女、麗鈴舫だった。たしか俺より4歳ほど下の、一族の女だったはずだ。神降ろしを行う巫女で、それゆえ様々な任務への適応性を持つが…いかんせん、実力が低過ぎる。

 

「ーー必要ありません」

「なっ」

「あら、どうして?」

「弱過ぎる。実戦に耐えません」

「なら、貴方が守ってあげてね?」

「……。」

 

 助手を連れていく事は、どうやら規定事項らしい。

 俺は大きな溜息をついた。

 そのまま、里の出口に向かって歩き出す。

 

「あっ! ちょっと、待ちなさいよ! えっと、キョウジ!」

 

 足手纏いにならなければいいんだが。

 

* * *

 

 はじめて訪れる平崎は、都市化こそしているが確かに一級の霊地だった。よくこんな地が歴史に埋もれていたものだ。

 上質な霊地には神霊や悪魔が集う。それを追って召喚士も集まる。いきおい、召喚士相手の商売人がさまざまな軒を連ね、それらは一般人の出入りできぬ「レルム」としてひっそり存在しているはずだったがーー

 

「…さながら。銀座レルム、ってところね」

 

 レイの感想がすべてだった。俺は再びため息をつく。

 矢来区、矢来銀座アーケード街。目の前には買い物客らしき家族連れが群をなしている。空き店舗の目立つシャッター商店街に見えたがなかなか盛況らしい。

 俺は契約した空き店舗のシャッターを上げ、ほどよく古びた看板を掲げる。

「くずのは探偵事務所」。

 

「…堂々としたものね」

 

 呆れ顔でレイが呟く。いわば、サマナー達が交差するレルムのど真ん中で、葛葉の表札を掲げるようなものだ。

 普通に考えたら命がいくつあっても足りない所業だ。

 看板をかけ終え、俺は頭を振った。

 

「すでに宣戦布告を受けている。俺がここにいる、と示さないとな」

「自信家ねえ…。さすがにキョウジの襲名を許されるだけのことはあるわ」

 

 早死にするわよ、とレイはぼやいた。

 ところでお目付役のはずのギンコだが、同行はしないらしい。いつも目の届くところからあなたを見ている、と言って彼女は消えた。案外近くに拠を構えているのかもしれない。

 

「…で? これからどうするの?

 次はーー引っ越しの挨拶に、ご近所でもまわる?」

「そうだな。いい案だ」

「ちょっと、本気!?」

 

 顔色を変えるレイ。今の提案は冗談だったのか。

 ここがレルムなら確かに、近所の怪しい店を回ればファントムサマナーにも出くわすだろう。

 

「ケリをつけるなら早い方がいい」

「ケリって。どうする気?」

「ウラベを捕まえてあらいざらい吐かせる」

「いくらなんでも自信あり過ぎ、変わりすぎでしょ!? あんた、そんな子だったっけ?」

「ガキの頃の話はするな」

 

  あの葛葉の里の奥深くで、俺とレイは育った。もっとも一族としての修行に明け暮れるばかりで、大した思い出もない。

 レイにとってはそうでもないのだろうか。

 

「戦いを経て人は変わる。ーーレイ」

「何よ?」

「お前も変わるべき頃合いだな」

「ちょっと待って! せめて神降ろしくらいさせて!」

「すぐ済むのか」

「まずは儀式の場を選定しないと…」

「待てんな。そら、行くぞ」

「あーもう!ろくな準備もなしに!死ぬわよ!?」

 

 ぼやきながらもついてくるレイに、俺は肩越しの笑みを送った。

 

「失敬な。ちゃんと勝算はあるぞ?」

「勝算て。一応聞くけど…どんな?」

「まずーーこの矢来銀座には、レルムのような商売人が集まっている」

「そこをうろうろしてたらファントムサマナーに出くわすって話だったわよね?」

「つまりーー敵に遭遇する前に。挨拶がてら、店を回って戦闘準備が整うかもしれない、ということだ」

「結局出たとこ勝負じゃない!」

 

 レイはわめくが、そもそも戦闘とはいつも準備万端な状態で始められるものではない。

 常在戦場の心得が足りていない。

 俺は不敵にほくそ笑みーー手始めに、事務所向かいの「占いの館」の扉を押し開けた。

 

「いらっしゃい。あなたの未来が、後ろにーーって、お客さんじゃないのか。

 ? ああ。あんたらさては、向かいに開業するって探偵事務所の人? 引っ越しの挨拶かい?」

 

 いかにも占い師らしい怪しい風体の女は水晶玉から顔をあげると、存外フランクな口調で喋り出した。

 ちなみに俺もレイも私立探偵めいたファッションに身を包んでいる。お互いあまりカタギには見えない。

 

「話が早いな。葛葉キョウジだ。ーー挨拶も用件の一つだが。あんたには、仕事の仲介を頼みたい」

「ちょっとキョウジ!?」

「うーん。探偵さんに頼むような仕事は、ウチには来ないねえ」

「…わからないのか?」

 

 そう言って、俺は占い師の女を見つめた。卓上の名札には「如月マリー」とある。

 この女が多少の霊感を持つことは、店に入った瞬間から分かっていた。

 店を構えている場所といい…ほぼ確実に、こいつの副業はデビルバスターの仲介だろう。

 レイも感づいた様子で、魔除けの配された室内を見回している。

 

「OK。……理解したよ。アッチの仕事を受けてくれるんだね。それが本業かい? おっと。野暮なことは聞かないでおくよ。でもねえ、えへへ…言い出しづらいんだけどねえ」

「なんだ」

「今までの外注先、というものがあってねえ。これまではそっちに依頼してきたんだよねえ…。うーん、これまで頼んできた義理、というものもあるしねぇ…。えへへ、どうしようかねえ…」

 

 迂遠な物言いは取り分の交渉だろう。後ろでレイは顔をしかめている。

 なんだ、そんなことか。俺は平然と口を開いた。

 

「取り分はあんたが好きに決めていい」

「ちょっと、キョウジ!?」

「ーーホントかい!? じゃあ喜んで、あんたにお仕事紹介させてもらうよ!!」

 

 これまでの義理はどこへやら。マリーは満面の笑みで俺との専属契約を承諾した。

 当分はこの仕事で食いつなげるだろう。俺が片手を上げ去ろうとすると、不意にマリーが呼び止める。

 

「ああ、ちょっと待ちな。気になる『明日』が診えたんでね。手付け金代わりにーーちょっと聞いていきなよ」

「占いなら間に合っている」

「まあ聞きなってーーあんたの『未来』をさ」

 

 そのままマリーは水晶に手をかざした。目が焦点を失うと、煙水晶と同じもやがマリーの瞳にかかる。

 

「不思議な運命だね。……よくお聞き。

 これからあんたは、大きな、とても大きな試練に立ち向かうことになる。

 でもね。その試練に立ち向かうあんたは……どういうわけか。二人、いるんだ」

 

 俺とレイは顔を見合わせた。この占い師は何を言っているのだろう。

 

「あんたは……あんた達は、二人できっと、その試練を乗り越えるんだろう。

 でもその先。道はーー分かたれたままだ。

 ……二度とひとつになることはない」

 

* * *

 

 店を出てから、レイが話しかけてきた。

 

「ねえ。さっきのどういう意味だと思う?」

「さあな。きっとーー俺が二人分活躍する、という意味だろう」

「ホント、自信家ね……」

 

 そのまま商店街の店を回る。

 事務所と大通りを挟んで向かいにある「セルフ・ディフェンス」は防犯ショップを名乗っていたが、品揃えが明らかに対悪魔防具のそれである。耐刃ベストなど、良質な防具が揃えられた。

 その向かいの店には、「丸瀬不動産」の看板が掲げられている。

 俺はレイに顎をしゃくった。

 

「ーーおい。新しいファッションに浮かれるな。気をひきしめろ」

「このかさばる耐防弾ベストのどこにファッション性があんのよ……」

「この店は調査対象のひとつだ」

 

 丸瀬不動産。不自然な土地取引にも関与している、地元の不動産屋である。

 噂では、かつて雲雀ヶ丘という高級住宅街の開発に携わり巨万の富を得たらしい。

 その雲雀ヶ丘には、反社会団体天堂組の本家屋敷があるという。

 不自然な地上げや土地取引には、地回りのヤクザーー天堂組が直接関わる事が多いらしい。

 

「えっ。反社と結びついた不動産屋、てこと?」

「ここに店を構えるからにはーーそれだけではなさそうだがな」

「というと?」

「今時分。別の商売もないと食っていくのは難しい、て事さ。

 安心しろ。ーーすでに弱点は調べてある」

「弱点?」

 

 俺が扉を開け開口一番、「米軍からの武器横流しは知っているぞ」と告げると、額に絆創膏をつけた親父がわぁわぁ言いながら走ってきて扉を閉めた。

 

「外に聞こえるだろうが!」

「既に噂になっているし、別に聞こえてもーー問題ないだろう?」

「普通の客も大勢いるんだよ!」

 

 なるほど。辺りに関係者しかいないレルムとは勝手が違うらしい。

 ひとつ勉強になった。

 

「というわけでーーこのたび近くに越してきた、葛葉キョウジだ。武器を売ってくれ」

「なんだあんた藪から棒に。葛葉? まて、葛葉って言ったか今?」

「売ってくれなければ武器横流しの件をバラす」

「あーもう!わかったよ!売るよ売る!強引だなあんた!」

 

 親父がデスクに隠したボタンを押すと、店中のパネルがひっくり返って銃器の陳列棚に変わった。

 おお。

 おおお。

 

「何だ、食い入るように見て。あんたひょっとしてーー銃が好きなのか?」

「自分でもコレクションしているがな。この店ごと買いたいくらいだ」

「そんな金があるのか?」

「ない」

 

 笑う親父に現金を叩きつけ、手頃な拳銃を二丁用立てる。レディスミスを押し付けられたレイはまごついている。

 

「こんな物騒なもの扱ったことないわよ……」

「しばらく海外に修行に行ってたんじゃなかったか?」

 

 レイいわく、海外でやっていたのは武術の修行らしい。その割に弱いままだが……。

 おっと。親父にはまだ訊く事があった。

 デスクに腰を預け、覆い被さるように親父を見下ろす。

 

「このところの天堂組絡みの土地売買。地上げ。お前、関わっているな?」

「なんでそんなに詳しいんだあんた…いや、葛葉か…」

「はっきり訊くが。目的は何だ?」

「? さあ、知らんよ。客が欲しい土地を用立てるのが不動産屋だからな。

 でも、大規模開発とも思えないし、欲しがってるのが金になる土地でもない。

 ただの老人の、金持ちの道楽じゃないか?

 いや待て。こうして葛葉が動いているって事はーーこの案件、ヤバいのか?」

 

 今頃気づいたように親父は焦り出す。

 俺はデスクから立ち上がり、髪をいじった。

 

「ーーまだわからん。それを調べに来た。

 あとで連中が欲しがってる土地の資料をよこせ」

「オイオイ! この町で揉め事は勘弁してくれよ!

 ついこの間だって。この店の目と鼻の先で、ファントムとヤタガラスが揉めてーー」

 

 報告にあったという、卜部とレイブンの交戦のことだろう。

 

「レルムの中では私闘厳禁ではなかったか?」

「だからここはレルムじゃないんだよ!矢来銀座商店街!

 あんたもそんなところでいきなりドンパチ始めないでくれよ、葛葉!」

 

 買ったばかりの銃の扱いをさんざん注意され、店から追い出される。

 その裏側に建つ店の看板は「生体エナジー協会」。

 一般人に隠す気本当にあるのか、と言わんばかりの怪しい店構えである。

 さっそく入店。俺はもともと会員登録済みなので、預けておいたマグネタイトを引き出す。

 

「とりあえず。これで悪魔を喚ぶ準備はできたな?」

「……喚ばないで済む事を願っているわ」

 

 俺は腰の後ろからくすんだGUMPを取り出した。引き金を引き、ダブルウィンドウを開く。

 と、一軒の店より視線を感じた。

 看板には「ホテル業魔殿」とある。

 

「悪魔合体は……あそこか。GUMPの調子も見てもらうとしよう」

「商店街の中にホテル……?」

 

 重い両開きの扉を押し開くと、もっと重い声に出迎えられた。

 

「ホテル業魔殿へようこそ。……当代の葛葉キョウジよ」

 

 顔色の悪い主人は真紅のマントに身を包み、さながら吸血鬼のようだ。

 名前を見抜かれたこともそうだが、先代とも知り合いらしい。こちら側の人間だ。

 俺はそのままGUMPのチェックと、スペアの預託を頼む。

 特に問題のなかったGUMPはすぐに返却されたため、そのまま悪魔合体を依頼する。

 ホテルの中央階段が百八十度向きを変え床へ沈み、地下への階段が現れる。

 

「どの悪魔にするのだ?」

 

 主人ーーヴィクトルに尋ねられ、俺はやや思案した。

 卜部の居場所なら大体あたりはつけてある。このまま突っ込んでいってもいいのだが。

 

 俺のバトルスタイルはシャッフラーからのマハラギオンが主体だ。符封じや炎が効かない相手だとしても、弱点属性はすべて突けるようあらゆる属性の術は修めているし、物理攻撃となれば七星剣や拳銃も使える。

 また回復術も使えるため、長期戦も想定の範囲内となっている。 

 これまでの任務、とりあえずオールマイティに、どんな悪魔にも対応できるよう戦い続けてきた。悪魔が喚べない場で戦いを強いられる事も多く、それゆえ悪魔頼みの戦法は選べなかった。

 だから悪魔を召喚するにしても、逆に迷うところがあるのだ。

 補強する弱点もない。悪魔の力を当てにするにも、俺自身の戦力が主体になり過ぎている。

 

「迷った時はいつも通りーーか」

 

 結局俺はいつものメンツ、馴染みの悪魔を召喚する事に決め、業魔殿を後にした。

 待たされたレイがくたびれている。

 

「で。結局ーー目当てのウラベはどこに居るわけ?」

「……バー、クレティシャスだ」

 

 俺は奥通りへと掲げられた案内看板を指さした。

 高級そうな会員制バー。マリーが以前に悪魔退治を頼んでいたのが、どうもそこらしい。

 レイは表通りに残る二つの店舗、歯車堂、金王屋を見やる。

 

「あとの店はーー薬屋と道具屋、ってところ?」

「ああ。ウラベ相手に、悠長にそんなものを使ってる暇はなさそうだ」

 

 迫り来る戦いを前に。レイはふと、うーんと伸びをしてみせた。

 

「ウラべと戦いになるならさーー軽く体を動かしてからにしない?」

「ここで準備体操でもはじめる気か」

「違うよ。クラブ」

 

 レイの指さした先には、クラブ・エゼキエルの看板があった。

 

* * *

 

 数十分後。

 奥通りの静かなバー・イノセンスで、グラスを片手にくつろぐ俺たちがいた。

 クラブの狂熱の中にいっとき体を浸し。流した汗が引くのを待っているところだ。

 

「結構踊れるんだね。意外」

「馬鹿にするな。黒服の仕事もした事がある」

「え!? バイト!?」

「そんなわけないだろう。任務でだ」

 

 あの任務の時は龍脈上に建つクラブに悪魔が集まってしまって……退治するのが大変だった。

 

「あの時は大変だったーー踊りながら退治したんだ」

「ホントに!?」

「ウソだ」

「あんたの嘘わかりにくいのよ!」

 

 レイのむくれ顔を肴にカクテルを傾ける。酒精が強いが、とても美味い。

 俺はある事に気づいた。

 

「おいレイ。この酒……」

「ーーそうね。『悪魔向け』ね」

 

 酒が強いのか、レイはそっぽを向いたまま答えた。

 俺たちが飲んでいるのはどうやら、ただの酒ではない。全身に力がみなぎる。

 悪魔が好む酒なのか、悪魔召喚士の力をブーストする為のものなのか、それはわからない。

 だがこのバーもまた、レルムに集う店の一軒であったようだ。

 

 バーを出てそのまま南へ。ほろ酔い気分で奥通りを下れば、会員制バー・クレティシャスの瀟洒な扉が見える。

 俺はレイと顔を見合わせる。

 

「行くぞーー準備はいいか」

「ええ」

 

 うなずき、俺たちは扉を押し開けた。

 店内は深海の底を思わせる佇まいで、落ち着いた音楽だけが流れている。

 会員制のバーなら、すぐさま黒服が駆け寄ってくるかと思いきやーーバーカウンターの奥のマスターは俺たちの姿を認めると、笑顔で一諾を与えた。

 

「ああーー葛葉キョウジさんに、麗鈴舫さんですね。

 マダムから伺っております」

「マダム……?」

「マダムが奥の部屋でお待ちです」

 

 首を傾げる間に、奥の部屋へと通される。

 そこは水族館そのままのような部屋で、壁代わりの水槽の中には色鮮やかな魚が泳いでいた。

 中央のソファーに腰掛け客を待ち受けていたのは……銀狐だった。

 

「いらっしゃい。私の店へようこそ、キョウジ。レイ」

「マダムってギンコさんの事だったんだ……」

「どうやってこの店を手に入れた?」

 

 俺の質問に、銀狐は笑顔を向ける。

 

「それがね。話せば長くなるんだけどーー」

「いやそんな事よりギンコさん。この店はファントムサマナーの根城って聞いて来たんですけど? 何もされてません? 大丈夫です?」

 

 心配するレイに、銀狐は困ったように眉を寄せた。

 

「……まあ。直接話してもらった方が、いいでしょうね……」

「おいギンコ。俺たちはウラベを探しに来たんだ。どこにいる?」

 

 その俺の性急な問いには、衝撃的な答えが返ってきた。

 

「彼ならーー『開店祝いだ』と言って。

 先刻、あなた方の事務所へ向かったところよ?」

 

* * *

 

 レイの首にかけた鈴が鳴った。これは事務所入り口の扉と連動している。

 

「事務所に侵入者……!」

「このタイミング。間違いなくウラべだろう」

 

 俺たちは奥通りから表通りへ続く細い路地を走り抜ける。

 表通りに飛び出し、開けた視界の先……見えた。事務所の正面扉が開け放たれている。

 

「中に誰かいる……!」

「戦闘だ。準備はいいか?」

 

 立ち止まり息を整える。顔を見合わせ、一気に事務所内になだれこむ。

 しかしそこは無人だった。

 構えるGUMPの先に……敵影はない。

 

「……キョウジ。奥」

「ああ。ーー気づいている」

 

 黒革張りの応接セットと老樫の所長机。背にした本棚の奥から……わずかに物音が響いている。

 表向きの探偵事務所たるこの部屋。その裏に密かに存在する、葛葉の召喚師としての隠し部屋。そこには様々な装備をはじめ、術書や秘奥の類が置かれている。

 音がするのは隠し部屋の方からだった。

 侵入者はあっさり、この隠し部屋を見つけてしまったらしい。

 俺はGUMPを構えると、レイに目で合図し、本棚の隠し扉を押しあけた。

 

「ほお……。」

 

 そこで待っていたのはーー壁一面にかけられた武具・銃器を見上げる、黒背広の男だった。

 黒帽子にサングラス、全身黒づくめだ。ファントムサマナーの印象から外れない。

 おそらくこの人物がーー卜部広一朗、なのだろう。どうして武器を眺めているのかは知らないが。

 しかし、この反応は……。

 俺はGUMPを下ろすと、卜部らしき男の横に並んだ。一緒に壁を見上げる。

 

「ーー見事なコレクションだ……」

「わかるのか。集めるのには苦労した」

「だが惜しいな。殆どレプリカか」

「ああ。流石に実物をここまで揃えられはせん」

「あそこのドラグノフ。丸瀬の親父が以前、入荷予定と言っていたぞ?」

「本当か!?」

「……ちょっとキョウジ! 何、侵入者と打ち解けてんのよ!?」

 

 レイの叫びにふと我に帰り、男と顔を見合わせる。

 

「ーーそうだった。あの若造、レイブンとか言ったか。ちゃんとメッセージは届けたか?」

「ああーー『葛葉を連れて来い』だろう? だから俺が来た」

「そうか。襲名の話はこちらも聞いている。早々に、よく来てくれた」

 

 今や紛れもない卜部広一朗は、帽子を胸に軽く会釈する。

 

「とはいえ。レルムの真横で探偵事務所を開くとは豪気だと思ってな。開所祝いを持ってきたんだ」

「ああ。これは済まないな」

 

 差し出された菓子を受け取る。銘菓矢来まんじゅう、か。さっそく開けて一つ頬張る。美味い。

 

「癖になりそうな美味さだ。レイ。お客さんと俺にお茶入れてくれ」

「そんな事してる場合じゃないでしょう!?」

 

 レイの叫びにまた我に帰る。どうもこの男を相手にすると気が抜けていけない。

 

「そうだった。ウラべ。俺はお前にあらいざらい吐かせるつもりで探していたんだ」

「吐かせるも何も。現にマダムには、既に接触して話を通してある。

 葛葉の協力を得るため、こちらははじめからすべて話すつもりだが?」

 

 ギンコの困ったような態度の理由がこれで知れた。既にウラベと接触済みだったとは。

 レイブンを襲ったり、事務所に侵入したりと怪しい行動が目立ちはしたが。

 どうやらこの男は、事のはじめから敵対するつもりなどなかったらしい。

 ーーだが。

 

「ウラべ。ーーかつて調査に来たレイブンを追い返したな。それと同じだ」

「何? 同じ?」

「そうだ。どのみち。相手の実力がわからなければ、協力を持ちかけるのは危険だろう?」

 

 俺が握ったままのGUMPを持ち上げると、卜部は黒帽子を被り直した。

 

「つまり。ーーどうあっても。ここで戦る、というのか」

「そうだ。俺はずっと、そのつもりで来ている」

 

 卜部は呆れたように天井照明を見上げ、笑った。

 

「なるほど。天性のバトルジャンキー。まさに葛葉キョウジの名を継ぐに相応しい」

 

 それは訂正しろ、と言う代わりに、俺はGUMPを起動させた。

 二つのモニターに魔法陣が輝く。

 

「まて。表へ出ろ。俺が異界化させる」

 

 臨戦体制の俺を押し留め、卜部は事務所から外に出た。

 俺と同型のGUMPを操作すると、瘴気のようなものが吹き出し、辺り一帯を覆ってゆく。

 腕利きの召喚士が用いる簡易結界「異界化」だ。

 異界化を施された周囲は異様な外見の迷宮と化し、脱出が不可能になる。

 代わりに結構なマグネタイトを消費するらしい。

 異様な彩色の施された商店街で、卜部は口元を歪め、両腕を広げた。

 

「さあ。これでもう何も気にする必要はなくなったぞ。

 お前を縛る枷を外せ。存分に狂え。

 お前の狂気を見せてみろ、葛葉キョウジ!」

 

 ひりついた空気が二人の間を流れてゆく。

 

「「ーーSUMMON」」

 

 召喚の実行は同時だった。

 

「SUMMON:SALAMANDER JACKRANTERN ENCK」

「SUMMON:BETH PUTS RYANANCY」

 

 俺の召喚した悪魔はサラマンダー、ジャックランタン、エンク。

 いずれも火炎範囲攻撃を得意とする悪魔で、加えて俺より素早さが低い。俺の「キョウジ・スペシャル」ことシャッフラー+マハラギオンをより短縮し、1ターンキルを狙うのが主軸の超攻撃編成だ。

 奴の召喚した悪魔はベス、プッツ、リャナンシー。前衛後衛と揃って攻守のバランスの取れた布陣だが、狙う手があるようには見えない。もっとも忠実な悪魔を出してきたか。

 この編成ならばーー勝ちは見えた。

 互いに三体ずつの召喚を終え。

 俺は誰よりも早く術を完成させる。

 

「SHUFFLER」

 

 敵前衛のベスとプッツが符に閉じ込められ、卜部の表情が驚愕に染まる。

 これで敵二体の行動はキャンセル、あとは味方悪魔の火炎範囲攻撃連発でカタがつく。

 もらったーーほくそ笑んで印を解いた瞬間。

 仲魔の行動より速く、卜部が術を放ってきた。

 

「SI-KYOU」

 

 やはり古い家系、奴も術が使えたか。

 だが今の術。まさか…。

 考えを巡らせるより速くーー俺の左右、サラマンダーとジャックランタンが、古い銅鏡のようなものに閉じ込められた。

 やられた…!

 

「シキョウ。そうか、卜部の家伝には鏡占いもあったな…!」

「さすがによく知っているな」

 

 互いの前衛が符と鏡に変じたところで。

 術にかろうじて抵抗したエンクがファイアブレスを放ち、ベスとプッツを封じた符は燃え尽きる。

 そして前衛に出てきたリャナンシーが長い髪を振るい、サラマンダーとジャックランタンを封じた鏡を叩き割った。

 こいつ…。俺は卜部に笑みを浮かべた。

 俺とほぼ同じ戦法を使ってくるじゃないか。

 

「SUMMON:KNOCKER IPPONDATARA」

 

 奴はさらなる悪魔を後列に召喚した。ノッカーにイッポンダタラ。どちらもハンマーを持っている。鏡を割るためだろう。実にわかりやすい。

 俺のシャッフラーは一列範囲。奴のシキョウは全体範囲。前列に移動したリャナンシーを捨て駒に、時間を稼ぎ。こちらの取り巻きを根こそぎ剥がして、俺を丸裸にする作戦か。

 ならば…。俺は詠唱中のシャッフラーの標的を、敵後列へと変える。

 

 そこからはもう滅茶苦茶の乱戦だった。

 お互い最後に残った手持ちの悪魔、ピクシーとリャナンシーが取っ組み合いを始めたところで双方ともに鏡と符に変じ、そして一瞬で破壊される。

 仲魔をすべて失った俺らは同時に銃を抜き、相手に向け全弾撃ちつくしながら突撃、空になった銃を投げつけあった後、抜刀して切り結んだ。

 長い長い斬り合いの果て。俺が転倒し、それを見下ろす卜部が剣先をつきつけ、勝ち名乗りを上げようとしたところでーーレイに背中から撃たれて倒れた。

 どうやらとどめを刺そうとしていると思われたらしい。

 揃って大地に沈みながら。血だらけ傷だらけの俺たちは、ふとお互いを真顔で見つめ、そしてーー弾けるように笑い出した。

 

「……ねえ。男って全員、バカなの?」

 

 硝煙たなびくレディスミスを仕舞って、呆れ顔のレイは腕を組む。

 

「だから、近くでドンパチ始めるなっつったろうが!!」

 

 少し離れた場所、異界化した丸瀬不動産から扉をちょっとだけ開け、親父が怒鳴った。

 

「とっとと元に戻せ!」

「へいへい、っと」

 

 しかしこのまま異界化を解いたら瀕死の男二人が商店街に出現してしまう。

 俺は回復術も使えるが、今の楽しい楽しい戦いで魔力を使いすぎた。二人とも回復するのなら、どうにか歩けるくらいまでしか傷を治せない。

 

「傷の治療なら…アテがある。二人とも、肩を貸せ」

「うん? どこ行くんだ?」

 

* * *

 

「ん? 辺りがおかしな事になっている、こんな時に練習生か? …うわっ!まさかお前ーーウラベか!?一体どうしたんだそんな傷だらけで! それにその連れの男は誰だ!?」

「いつもの、稼業さ…。また治療頼むよ。チャンプ」

「その呼び方はやめろといつも言っているだろう」

 

 俺たちが転がり込んだのは、商店街の一角、「クローバージム」の看板を掲げたボクシングジムだった。

 眼帯禿頭のジム主らしき男が、奥の控え室へと俺たちを引きずってゆく。さっきチャンプと呼ばれていた男は、その呼び名通りの筋肉の持ち主だった。

 

「さあ、診せてみろ。おっと、仲魔も全員だぞ」

 

* * *

 

「なんだ。ーーそういう事情だったのか」

 

 異界化の解けたバー・イノセンス。再びグラスを傾ける俺らの姿があった。

 ただし今度は四人連れだ。卜部と、それに三葉ーークローバージムの主も一緒である。

 

「ああ。手を煩わせてすまない」

「なに。新しいご近所さんの為なら、この程度。お安い御用だ」

 

 三葉はそういうと、グラスの残りの酒を煽った。

 驚くべきことに。俺たちが負ったあれだけの重傷は綺麗に完治している。

 戦闘不能となった仲魔も含め全員だ。ものすごい治療技術である。

 ファントムサマナーの卜部が懇意にしていたのもうなずける。

 

「改めて。近所でクローバージムをやってる三葉三平だ。

 ヤバい仕事には『憑き物』の、傷の治療なら任せてくれ。

 これからよろしくな。友よ」

 

 さしだされた手を握ると、拳ダコでごつごつしている。

 一緒に酒を酌み交わしたらもう友人か。実にさっぱりとした奴である。

 

「さてーー察するに、仕事の話があるんだろう?」

「……。なんで、殺し合った連中がそのあとで仕事の話を始める、なんてわかるの?」

「単に実力を確かめただけなんだろ? 男ならみんなそうだ」

「男ってみんなバカなの?」

 

 ぼやくレイに、ハハハ、と快活な笑い声を残して、三葉は席を立った。

 

「部外者は失礼するよ、それじゃな」

「また飲もう。今回の埋め合わせに、奢るぜ?」

「たった今奢ってもらったばかりだろ。次の飲み代は俺に払わせてくれ」

 

 そう言い残し、片手を上げる三葉はドアベルを鳴らし、去っていった。

 

「さて……」

 

 卜部がグラスに両手を預ける。何か言いかけるのを制して、俺はグラスを煽った。

 

「まて。依頼ならばーー聞くべき場所がある」

 

 

* * *

 

 くずのは探偵事務所。

 

「さてーー依頼主さん。本日は当事務所へ、どういったご依頼でしょう」

 

 黒革張りの応接セットに対座し。俺は膝の上に両手を組んだ。

 

「けっこう形から入るタイプなんだな、葛葉……」

 

 三人がけのソファの中央に座る卜部は、軽く身を引いていた。

 

「なんであたしがここに立たされるのよ……」

「探偵助手はそこが定位置だろう。常識だ」

 

 俺の傍らに立つレイがぼやく。探偵の助手といったらそこに立ってるもんだろう。

 

「ーーあれだけ激しい闘いをした後だというのに。楽しそうね?」

 

 正面扉を開けて銀狐が入ってきた。笑顔である。

 

「ーー男の子ね」

「そんなまとめ方でいいんですかギンコさん……」

 

 銀狐とレイが俺の両脇に佇む。

 

「ウラべさん。前にあなたから事情は一通り伺ったけれど。

 もう一度ーー聞かせてもらえる?」

 

 銀狐に促され、卜部はその巌のような口元を動かした。

 背広の内側を探り、煙草を取り出す。

 

「ーー吸っても?」

「もちろん」

 

 重い話を唇へ滑らせるには、紫煙こそ最良の潤滑油である。

 俺は火をつけてやり、灰皿を目の前へと押しやる。

 俺も胸ポケットより煙草を取り出し、ともに一服する。

 

「ーー……。」

 

 ふう、と吐き出された紫煙は対の孤を描く。

 積み重なる疲労を含んで、ぼんやりと澱んだ。

 

「……きっかけはーー『黄金像』だった」

 

 うつむき語り始めた卜部の目は、サングラス越しでも追憶の影に揺れていた。

 

「『黄金像』?」

「ああ。ファントム本部へ秘蔵されていた宝物のひとつだ。

 なんでもーー大昔の吸血公が大事にしていた品だとか。

 吸血鬼が吸った血を、力として貯めておく事が出来るものらしい。

 それが本部から持ち出されるのを……偶然知った」

 

 吸血公。話は吸血鬼がらみか。俺は話の続きを促す。

 ふと卜部はーー唇を自虐の形に歪め、煙草を咥え直す。

 

「ときに。俺がファントムに所属している理由はーー知っているだろう?

 その理想に共鳴するというよりは……抑止力としてのバーター。

 ファントムがこの国に根付くにあたって掛けられた、まあ首輪のようなものだ」

 

 卜部の一族はもともと朝臣ということもあり、本来ヤタガラス寄りの立ち位置だ。

 近年その魔手を伸ばして来たファントムの活動を警戒、牽制するため、ファントムに所属しているに過ぎない。

 それはファントムも承知したうえで、黙って卜部の加入を認めている。

 

「そうした経緯に加え、俺はファントム所属のサマナーとしても名が通り過ぎていてな。

 ファントムの主要な計画からは外される事が多い。

 むしろその陽動として、違う土地で目立つ役割をよく求められていた」

 

 目立つ卜部を違う場所において注意をそらし、その隙に計画を進めるのがファントムのやり方か。

 

「しかし……たまたま知った、その宝物。世に出るにはあまりにも危険な代物だ。

 行き先はこの国となっていたため、俺はずっと網を張っていた。

 するとーー」

「ーーこの平崎に?」

 

 俺の言葉に、卜部は頷いた。煙草を灰皿へとねじ込む。

 

「黄金像の行き先はわかった。けれど俺はいつもの陽動として、別の土地に留まっていた。

 だがあんなもの。この現代で、まさかーー吸血鬼の爆発的増加でも発生しない限り、お呼びでない代物のはずだった。

 しかしもしこれが組織の計画だというなら、表立って反抗はできない。

 けれど放っておけばおそらく、大勢の人が死ぬ。

 この一大事に、俺が出来ることは何か。ーーよく考えてみたさ」

「……なるほどな」

 

 煙草を指で挟みニヤリと笑う俺に、卜部は口元を歪めてみせた。

 

「そうだ。俺が平崎に入ることで、ヤタガラスの監視の目を惹いた。

 そして調べにやってきたヤタガラスの若造に一戦ふっかけ、追い返した。

 『葛葉を連れて来い』とのメッセージになるようにーーな」

 

 引いた絵図の通り。そうして俺が今、ここに居るわけだ。卜部はうなずく。

 

「お前と直接に刃を交わすことで。やってきた葛葉に実力がある事も、確認できた」

「そんな目的もあったのか?」

「いや『実力を確かめなければ話もできないだろう』ってお前から言い出したんだろうが」

 

 そうだったか。自分とバトルスタイルの似た相手との戦いが楽しすぎ、すっかり忘れていた。

 

「ーーウラべさんは先に、お目付役の私に接触して事情を説明し、セーフハウスも用意してくれていたのよ」

 

 銀狐が補足する。それがクレティシャスの奥の間か。

 なるほど流石はベテラン、依頼の仕方もスマートだ。実に如才ない。

 俺は卜部に向かって深く頷いてみせた。

 

「話はわかった。表立っては動けない、卜部広一朗の代わりに。

 依頼は、黄金像の確保。大量殺戮の阻止。そしてーーファントム・ソサエティの壊滅だな?」

「……最後のに関しては俺が依頼するわけにはいかないだろうが」

 

 苦笑し、卜部は帽子を胸に抱いた。頭を下げる。

 

「どうか頼む。平崎の人々を守ってくれ。ーー十三代目、葛葉キョウジ」

「ああ。任せな」

 

* * *

 

 時はしばらく移り。ここからはシティ・アドベンチャーのターンだ。

 老樫机で、俺はレイの運んでくる書類の山に埋もれていた。

 

「はい。丸瀬不動産から預かった土地取引の写しは、これで全部よ」

「多すぎるだろうが……!」

「ほとんどがダミーの取引じゃない?」

「この中からどうやって探せって言うんだ…! もういい。レイ、航空写真をよこせ」

「え? 平崎市全景の? ちょっと待って、はい」

「こうだ!」

 

 平崎市を上空から撮影したプリントアウトに、マジックで大きく星を書く。

 

「ちょっーー何してんの?」

 

 俺は星の各頂点を指さす。五芒星の封印は、西洋で用いられるほか、葛葉とも縁が深い。

 

「この土地に何かを封ずるのなら。おおよそこの五箇所が起点となるだろう」

「雑ねえ……」

「さあ、調べに行くぞ」

「えっ。待ってよ」

 

* * *

 

 封印の起点となるだろう場所の捜索や、大地の龍脈を辿っての調査よりも。

 強引な土地開発の噂をたどる方がずっと楽だった。

 

「笠城山の祠を強制執行、取り壊し。競売にかけられた土地はーー未だ、更地のままか」

「朝日区、素戔嗚神社の鎮座地移転。公共工事の為の用地収容だそうだけど、未だ着工していない……」

 

 俺たちは地道なフィールドワークの結果を、事務所で話し合っていた。

 

「臨海博物館に展示されていた祠はーーあれって意図的なものかしら?」

「他の絡みがなければ、ただの無学な素人の扱いとも取れるんだが……。

 一連の動きを見るに、まあ作為の結果だろう。

 祠の位置を動かした上に、大勢の人目に触れる場所に置くーー」

「ーー目的は封の弱体化、ってところね」

 

 平崎市の中央区を除く周辺五地区には、それぞれ結界の起点となり得る場が存在していた。

 ただそれらには、調査不能な私有地も含まれていた。

 

「雲雀ケ丘の天堂組本家屋敷……風水や龍脈から見るに。明らかにあの敷地内ではあるが」

「とても調べさせてもらえそうにないわね……」

「そもそも、一連の地上げや土地買い占めの黒幕が天堂組だからな」

 

 土地に古くから根を張る勢力は、要地に拠を構えている事が多い。

 しかし。卜部の依頼には、この地に張られた古い封印の話など出てこなかった。

 平崎に持ち込まれたという、ファントムの黄金像。吸血鬼の集めた血の器。

 ーーこの一件に、どう関わってくるのだろう?

 そこでふと、レイが首をかしげた。

 

「あれ? この矢来区の起点候補って、調べたっけ? 結局どこだった?」

「図書館で手がかりを得ただけだ。『祠は矢来市場を見守る高台にあった』とだけ」

「わからないままね。市場っていうのは昔の、この矢来銀座の呼び名なんでしょう?」

「今は商業施設にでも変わっているかもしれないな」

 

 俺たちが今、調べられるのは恐らくここまでだ。レイは机に置かれた平崎市全景図の、その中央を見つめた。

 

「起点がこの五地区にあるとして……じゃあ封印そのものは、この中央区にあるのかしら」

「十中八九そうだろう。俺の経験上、ここもまた市街地化して久しい土地のようだから、封印の対象は地下に眠っている、なんて線も有りはするだろうが……」

「ーーどう見ても。この形」

「ああ。円墳だな」

 

 レイが指さしたのは中央区に鎮座する、大きな池とその中央の島であった。

 地名表示には「平崎市民公園」とあるが。

 ……空から見ると、どう見ても古代の円墳である。

 都市整備にあたり、古墳を公園に再利用したのだろう。珍しい話ではない。

 ーーそこに何も封じられていなければ。

 

「封の対象はなんだと思う……?」

「さあな。古墳といえば普通は、古代の墓だろうが」

「じゃあーー大昔の貴人……?」

 

 この地の古史に詳しくない俺たちには、これ以上の事はわからない。

 正直手詰まりだ。

 それに卜部の依頼である、物騒な黄金像の行方も気になる。

 

「……。」

 

 兵は不祥の器、なんて言葉もある。悪いものには悪いものが引き寄せられるというのは、確かにこれまでの任務で何度も見てきた現実ではある。

 そもそもーー俺たち悪魔召喚師の在り方こそが。

 悪いものを使って悪いものを呼び寄せ、悪いものにぶつける。

 まさに不祥の器そのものだ。

 

「どうしたの、キョウジ?」

「ああ、いやーーひとつ思いついた事がある」

 

 地上げにも関与している天堂組を探ればーー新たな手がかりが見つかるかも知れない。

 

「天堂組をーー」

 

 そこまで話したところで、けたたましい電話のベルが鳴り響く。

 俺たちの視線の先には、老樫机の上、古い黒電話とーーその下に置かれた、これまた年代物の留守録レコーダーがあった。どちらも、俺のこだわりで用意した逸品だ。

 受話器に歩み寄る前に、呼び出しが留守録に切り替わる。そう言えば先刻事務所を出る際、留守電に設定したまま、元に戻すのを忘れていた。

 

『くずのは探偵事務所です。メッセージをどうぞーー』

 

 簡素な応答メッセージに続いて聞こえてきたのは……どこか切迫した男の声だった。

 

『私は。北山大学で教えている、吾妻という者だ。

 葛葉キョウジさん。どうか、貴方に、身辺警護を頼みたいーー』

 

 俺はレイと顔を見合わせた。

 

* * *

 

 待ち合わせ場所に指定された北山大学は、笠置山裾に広大なキャンパスを構えていた。

 普通に正門から歩いて入る。警備員がじろじろと見る。行き交う学生がじろじろと見る。

 注目を集める理由は俺の探偵ファッションと、それに学生には見えない年格好だからだろう。

 俺は肩をすくめ、校舎棟へと歩き出す。

 探偵業では皆無だったが、「本業」の方で身辺警護を頼まれたことはいくらでもある。

 襲撃者の目とはどこにあるかわからないものだ。

 目立つように堂々と依頼相手へ接触することで、未然に避けられる危険も多かったりする。

 ーーここか。

 大学本棟2階の奥に、目指す研究室はあった。

 扉には「古代史ゼミ 担当教授:吾妻」とネームプレートがかけられている。

 

「吾妻先生。ーー居られますか」

 

 ノックをして扉を開けると、書籍の山のあちこちから人の顔が覗いた。

 集中する視線の殆どは学生だろう。若者たちは見慣れぬ俺に奇異の目を向けている。

 部屋の一番奥、窓を背負う机から年嵩の男が立ち上がった。吾妻教授だろう。

 

「葛葉です」

 

 周囲に配慮して名前だけ名乗ると、その男ーー吾妻教授はほっとした表情を浮かべた。

 続いて周囲の学生らに目をやり、申し訳なさそうに退室を告げる。

 

「すまんがーー皆。二人きりにしてくれ」

 

 訝しげな顔をしながらぞろぞろと退室してゆく学生たち。

 目の前が見えないくらい、大量の本を抱えて出ていく男子学生もいる。会話から察するに、どうやら連れの女子学生の荷物のようだ。

 その学生ーー上品そうな服装の小綺麗な女が、ふと足を停めた。俺の顔をしげしげと眺める。

 

「……」

「? どうしたの。久美子」

「いえーーなんでもないわ」

 

 視線が交差したのは一瞬。山のように本を抱えた男に促され、その久美子と呼ばれた女は部屋を出て行った。

 学生が全員出ていくと、教授は厳重にドアを閉めた。

 ひとつ、大きなため息をつく。

 

「わざわざ大学まで呼び出してすまない。どうも近頃、ずっと監視されているようでーー」

「吾妻さん。わざわざ俺のような探偵へ、身辺警護を頼むだけの複雑な事情がお有りで?」

「ああーー君の『本業』なら訊いている。私はクレティシャスの会員でね……」

 

 銀狐か、卜部あたりの紹介ってところか。

 普通は一般人に俺の本業なんて教えはしない。

 それを敢えて教え、連絡先を紹介したのはーーこの男が本当に困っていて、事態が悪魔絡みだからだろう。

 だがそこで卜部を紹介しなかったのは少し気になる。ファントム絡みの案件なのか。

 

「私は古代史が専門でね。おもにこの平崎の地の古代史について、研究しているんだがーー

 一週間ほど前。知らない男たちから、変な事を訊かれたんだよ」

「知らない男たち。どんな連中です?」

「なんだかヤクザ者のような……。ああ。天堂組の代紋を付けていた気がするよ」

「天堂組の構成員ですか。わかりました。それで、何を尋ねられました?」

「それが。『墓所の鍵はどこにある』ーーっていうんだ」

「墓所……?」

 

 首を傾げる俺同様に、教授も心当たりがないらしい。

 

「わざわざ私に訊くんだから。古代関連のことなんだろうとは思ったが、心当たりがない。

 うーん。……ひょっとしたらーーいや」

「何ですか?」

 

 教授は考えを打ち消すように首を振った。

 

「いやーーまだ憶測の域を出ない。軽々しく思いつきを話すべきではないだろう。

 とにかく。その男たちに四六時中、つきまとわれていてね。

 この大学構内ですら監視されているようなんだよ。

 それで困って。部外者の入って来れないクレティシャスで呑んだ時に、つい愚痴をこぼしてしまってねーー」

「それで俺を紹介されたというわけですか」

 

 教授は頷いた。

 ことは一見単純な、暴力団員との示談交渉のようにも聞こえるが。

 俺の「本業」を教えられている以上、そんな小さな話ではないんだろう。

 

「それで。やくざ者との交渉ではなく、俺に身辺警護を頼みたいというのはーー」

「ーーああ。それが……

 その天堂組のヤクザみたいな男たちなんだが……全員、やけに犬歯が長かったんだよ。

 あれはまるで牙のようなーー

 さながら物語に出てくる、吸血鬼……みたいな」

 

 繋がった。

 俺の脳裏に、すべての事態が一本の線で結ばれる。

 

* * *

 

「ちょっとーー殴り込みとか、正気なの……?」

「ああ……もちろんだ。これですべてカタがつく」

「ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」

 

 新月の夜半。月のない夜空に、俺とレイは夜景を見下ろしていた。

 耳元を風切り音が過ぎてゆく。

 巨大な蝙蝠のような影が二つ、悠々と闇を翔ける。

 俺たちはーー有翼の悪魔をそれぞれ背負い、夜空を飛んでいた。

 うっかり手を離したら落下死確実な高さだ。横を飛ぶレイの顔は引き攣っている。

 緊張を解くために。俺は答え合わせがてら、話をしてやることにした。

 

「ああ。説明してやろう。

 ファントムは、平崎にある封印を解こうとしているのだろう。

 そのためにまずーー封印の要地のいくつかを押さえる、天堂組に目をつけた」

 

 答え合わせが始まったというのに、レイの顔色は変わらない。興味を引く内容だろうに。

 

「吸血鬼の組織構成はマスターとスレイブ……さながら樹形図のようなものだ。

 上は少数で下は多数。下は上に決して逆らえず、吸った血さえも上納される。

 ヤクザの組織構成図と似たようなものだ。

 おそらくーー天堂組を『汚染』したのだろう」

 

 吸血鬼は一体現れると、周囲の人間の血を吸って吸血化させ、どんどんその数を増やしてゆく。

 業界では、これを吸血鬼汚染という。

 

「そして、血が集まるのは吸血鬼の頂点ーー黄金像の在処も、おそらくそこだろう。

 広域指定暴力団天堂組組長、天堂天山。

 ファントムにけしかけられ、平崎の封印を解こうとしているのはーーこいつだ」

 

 調べたところによると、天堂組は地廻りの任侠で、縄張りである矢来市場の発展とともに大きくなった組織であるらしい。その元締めの天山は、もはや老境著しいと聞くのだが……。

 

「ともあれ。敵の兵隊が詰まっている拠点がすぐそこにあるのなら。

 徹底的に叩いておけば、吾妻教授の身辺警護の必要もなくなる。

 黄金像を取り上げれば、卜部の依頼も完遂できる。

 ーーすべて依頼達成、というわけだ」

「それでこうして夜空を飛んで、屋敷に侵入するわけね……。」

 

 背の悪魔が一際強く、翼を羽ばたかせた。眼下に大きな和式邸宅が迫ってくる。

 

「空から侵入する理由はもうひとつある。

 それはーー」

 

 答える前に。俺たちは、天堂邸の広大な中庭へと降り立った。

 誰何の声ひとつかからない。

 悪魔を帰還させる俺の横で、警備は何をしているのか、とレイは首を傾げている。

 

「……これが理由だ。

 すでに、有翼の吸血鬼に変じた組員が、あまりにも多いんだろう。

 羽の生えた奴が一匹二匹、夜の屋敷に飛び込んだところでーー誰も騒がない」

 

 玉砂利の敷き詰められた正門奥、屋敷の正面扉前。

 俺は敢えて歩みをすすめーー交差するサーチライトの下に、その姿を晒してやる。

 

「ーー誰じゃあ!!」

「てめえ、何処のモンじゃあ!!」

 

 途端にあちこちの扉が開き、ばらばらとヤクザ者が駆け寄って、あっという間に囲まれる。

 

「喧しい。こんな夜中に、何の騒ぎじゃあ……」

 

 聳える大屋敷の最上階テラスに、ガウン姿の老人が現れた。

 俺は標的の姿を見上げ、宣告する。

 

「天堂天山だな。ーーお前の命、貰い受けに来た」

「ほう……」

 

 死刑宣告をしてみせた俺を、老人は憤るでもなく興味深げに観察している。

 俺の一言に沸騰したのは周囲のヤクザどもの方だった。

 

「ふざけた事抜かすなワレぇ!」

「この天堂組本家にたった二人でカチコミたぁいい度胸じゃのうワレぇ!」

「生きて帰れると思うなよワレぇ!」

「名乗らんかい、ワレぇ!」

 

 やれやれ。ワレワレうるさい連中だ。

 俺は肩をすくめて両手を上げ、自己紹介した。

 

「通りすがりのーーヴァンパイア・ハンターさ」

「なっ……」

 

 返答にたじろぐ男達の一瞬の隙をつき。

 俺はそのまま拳銃を引き抜き、正面のヤクザ者に発砲した。

 胸の中心を撃ち抜かれた男は、その衝撃に身を震わせるがーー

 ーー倒れる事はなく。

 口端から血をこぼしつつ、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべる。

 

「……吸血鬼相手に。こないなモンが、通るかい? ええ?」

 

 どうやらこの男もすでに吸血鬼化しているらしい。

 

「遠慮はいらねえみてえだなぁ!お前らぁ、殺ったれや!」

「おお!!」

 

 人の皮を被った悪魔たちが、サーチライトに照らされる中、真の姿へと変じてゆく。

 

「そうか」

 

 俺は次弾を放った。有翼の吸血鬼ーークドラクへと変じていた正面の男が、ふたたび被弾する。

 

「だから!こんなモンは効かねぇと、ついさっき言ったばかりーーうぅっ!?」

 

 ふたたび被弾した胸を中心に。悪魔となった男の身体が、灰となって消えてゆく。

 

「ーーどうだ。銀の弾丸の味は?」

 

 初弾こそ通常弾だったが、二弾目以降は銀の弾丸を装填してきている。

 悪魔召喚師たるもの。銀の弾丸くらい、コレクションにあるのが当たり前である。

 そのまま、油断して歩み寄っていた吸血鬼を片端から撃ち抜いてゆく。

 

「こっ、こいつっ!」

「足でかきまわせ! 飛び回って躱せ! 全弾撃ち尽くさせりゃこっちの勝ちだ!」

 

 弾丸を再装填する俺の周囲をぐるぐると回り、弾切れを狙う悪魔達。

 その素早い動きは、弾丸でも捉えるのは難しいだろう。

 しかしーー逆に。格好の標的である。

 

「SHUFFLER」

「「なぁっ……!」」

 

 俺の周りを飛び回っていた悪魔たちが全員、符に変わった。

 

「MAHA-LAGION」

「「グワアアアアッッ!!」」

 

 そして全ての符が燃え尽きた。

 後に飛び散る灰の中を。ポケットに手を突っ込み、悠々と俺は歩き出す。

 

「そこでおとなしく待ってろ、天堂天山。

 ーーすぐに引導を渡してやる」

「チィッ……!!」

 

 天堂の姿がテラスから消えた。

 その奥から、荒々しい指示が聞こえてくる。

 

「おい!すぐに先生を呼べ!……お前は時間を稼げ!タカシ!」

「へい!ーーSUMMON:GLEMRIN」

 

 最上階から感じた魔力の脈動に、おや、と眉を上げる。

 どうやら悪魔召喚の能力を持つ手下もいるらしい。

 しかし召喚するのがグレムリンではーー正直、相手にもならない。

 肩をすくめ、正面扉を蹴り開ける。

 同時に襲いかかってきた悪魔たちを符に変え、そして焼き払う。

 屋敷の中に踏み込もうとした瞬間ーーそれは聞こえた。

 

「キャアアアッ!?」

 

 レイの悲鳴だ。俺は振り向く。

 すると玄関前では、レイが後ろから吸血鬼に首筋を噛まれているところだった。

 俺は即座に銃弾を放つ。撃ち抜かれた脳天から、その吸血鬼は灰と化して消えてゆく。

 ーーどさり、と音を立てレイが倒れた。

 

「レイ……!!」

 

 駆け寄り、助け起こしたレイの首筋を改める。出血はーーさほどでもない。

 

「……キョウジ……」

 

 しかしーーレイの唇からは既に。長い長い二本の牙が、その白い先端を覗かせていた。

 ーー吸血鬼に、感染させられた。

 吸血鬼感染から回復させる術はーー俺は使えない。

 

「……。」

 

 思わず、握る拳銃に目をやる。

 レイはその視線を追ってーーそして、拒むように首を振った。

 だがこのままではーー吸血鬼がまた一匹。増えてしまう。

 脳裏に。幼き日のレイの、あどけない笑みがよぎった。

 葛葉としての。悪魔召喚師としての、俺の責務はーー

 

「警察だ!平崎署、捜査課の百道だ!全員、動くなっ!」

 

 ーー俺が覚悟を決める前に。

 けたたましいサイレンと共に、屋敷正門から警察車両が突っ込んできた。

 赤色回転灯を瞬かせ荒々しく停車したパトカーから、二人の警官が降りてくる。

 

「この夜中に!住宅街で!これは一体何の騒ぎだ!説明しろ、天堂組ぃ!」

 

 即座に人間の皮を被り直したヤクザ達へ、喚き立てているのは、さっき百道と名乗った刑事だ。身につけているのはハイブランドだが、実に下品に着こなしている。センスがない。

 

「銃声が聞こえた、と近隣から通報がありました。事情の説明をお願いします」

 

 一方、その部下らしい男はTシャツ一枚のいでたちである。ファッション的にバランスの悪い二人組だ。

 と……二人は、この場にそぐわない人間ーーすなわち俺とレイに目を止めた。

 まずい。

 

「うん?何だお前ら?見たところ部外者だが、ここで一体何をしていた?」

 

 俺は黙って名刺を一枚弾く。受け取ったそれを、百道はじろじろと眺め回した。

 

「くずのは探偵事務所、葛葉キョウジ。探偵がここで何をしていた?

 後ろの女はお前の連れか? 怪我をしているのか?

 ひょっとしてーーこの騒ぎはお前達が原因か!?」

 

 面倒な相手だ。刑事の勘という奴だろうか。

 

「とにかく。組の代表者だけでなく、お前達も署へ同行してもらうぞーーん?

 ちょっと待て、無線が……はい。百道です。

 え!? 誤通報により出動撤回!? 撤収!?

 そんなわけないでしょう! 現に大勢の市民から銃声の通報が……

 はぁ!? 署長命令!?ーーちょっと待って下さい!」

 

 雲行きを見るに、どうやら有耶無耶になりそうだ。

 俺はこれ幸いと、レイを抱えて逃げ出すことにした。 

 

「あ、こら!待て!逃げるな!

 名前は覚えたからな、葛葉キョウジ!」

 

 厄介な奴に目をつけられた。

 

* * *

 

 その後。ーークローバージムへ運ぶのがどうにか間に合って。

 レイは吸血鬼化から元に戻る事ができた。三葉の治療技術はひどく高いが、召喚師相手に身につけたものなのだろうか。

 

「……あんたに殺されなくてよかったわ」

 

 命を助けてもらっておきながら。レイは冷たい目で、そんな憎まれ口を叩く。

 こんな目に遭うのはこりごりだ。俺は決めた。

 

「自分の身も守れないーーお前は鉄火場へは連れてゆけんな」

 

 決定事項を告げると、レイはわかりやすく凹んでいる。

 足手纏いになったという自覚はあるらしい。

 その反省を、ぜひ成長に生かしてもらいたいものだが……。

 

* * *

 

 それからしばらく、天堂組の動きは無かった。

 吾妻教授の身辺からも、つきまといや監視の目は消えたらしい。

 相当数の悪魔化した組員を俺が灰にしたから、天堂組は手駒が足りないはずだ。

 俺の存在もあるから、しばらくは大人しくしているはずだ。

 吸血の犠牲者も、新たな吸血鬼も、そうそう増えはしないだろう。

 

 そう思っていたある日ーー異変は突然に起きた。

 デスクに足を乗せ寛いでいた俺は、ごく至近からの、魔力の拍動に跳ね起きた。

 

「! 何よこれ……」

 

 胸を押さえるレイを放置して、俺は戦いの道具を揃える。

 おそらくーー矢来区内。ごく近距離にて、異界化が起きた。

 俺は窓際のブラインドを押し開ける。

 事務所のすぐそば。矢来銀座、西出口の外にはーー矢来ビルの姿が見えた。

 その最上階からはーーすでにおぞましい気配が立ち上っている。

 レイが口に手を当て、不安な予感を打ち消すように、呟く。

 

「ーーそういえば、今思い出したんだけど。

 矢来区の祠の場所なんだけど……矢来市場を縄張りとしてきた天堂組の本部事務所って。

 もともとあの、矢来ビルの建つ場所にあったらしいのよ。

 本部は雲雀ヶ丘の屋敷に移ったらしいけど。あのビルの最上階に、今も事務所を構えているらしいのよね。

 ひょっとして。矢来区の封印の祠、って……」

 

 ビンゴだ。

 矢来区の祠ははじめから、天堂組の手中にあり。

 そしてそれが今ーー破壊されたのだろう。

 なぜこのタイミングなのかはわからない。

 あるいはーー何かの準備が整った、ということなのかも知れない。

 

 それが。

 この俺を倒す準備が整った、という事であるのならーー

 

 ーー望むところだ。

 

「ちょっと、キョウジ! 何処行くの!?」

 

 十三代目葛葉キョウジはGUMPを腰の後ろへ突っ込み、事務所を飛び出した。

 

<完>

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。