オレたちにEARTHは無い   作:ホネホネ

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本編とは関係ないような続きのようなそうでも無いようなifの詰め合わせのようななにか。

「フロムロストベルト」とサリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」を読んでないとピンと来ないシーンがあります。前者はともかく、後者はすまん。

バカみてえに長いので、好きなようにチェリーピックして楽しんでください。





【番外編】チェリーピックにうってつけの日々

「ええ、私、Alother(ほとうと)がいるの」

「……お、おらざぁ……。えーっと、すみません、俺まだ英語がそんな得意じゃなくて」

 

その言葉に彼女は普段みたいな真顔を崩して、少しだけ笑った。そのことをよく覚えている。

 

「気にしないで、あなたの英語は問題ないわ。今の私の造語。Almost brother(ほとんど弟)だから略してAlother(ほとうと)

「……ほとんど弟?」

「ええ、99.9999999%は弟」

「残りの0.0000……1%は弟さんじゃないってこと?」

「多分ね。でもまあ四捨五入したら弟だから、私の弟よ」

 

不思議な物言いをする、と藤丸は思った。

どうしたらそのように思うのだろう、とも。

 

「藤丸は虫って苦手?」

「そこまででは。野宿も増えたので慣れたというか、元々そこまで苦手もないですし。子供の頃はカブトムシとか育ててましたよ」

「ならよかった。多分あなたって私の弟と仲良くなれると思うわ」

「弟さん、虫が好きなんですか?」

「いえ、虫に似てるから」

「……悪口?」

 

そう呟くと彼女は、シビルは声を上げて笑った。

彼女がそんなふうに笑うのを藤丸は初めて見た。

 

 

シビルはカルデアの技術職員だった。

レフ・ライノールによる爆破事件によって人員が減ったためレイシフト時の観測スタッフとしても活動しているが、元々は礼装関係の技術員だったらしい。それもあって藤丸は比較的彼女と話す機会があった。

 

西洋人らしい彫りの深い顔立ち、肩甲骨が隠れるくらいのブロンズの髪をひとつに纏めている綺麗な人。

元々の性格なのか、落ち着きがあって少し素っ気ないように感じるほど表情の変わらない彼女だったが、その実、交流を深めてみれば酷く世話焼きで気遣いのできる人だった。

そんな彼女につい「シビルさんはお姉さんみたい」と零したところ、冒頭の話に続いたのだ。

 

「弟さんとは仲がいいんですか」

「普通じゃない?時計塔にいた時は一緒に暮らしてたけどね、学科も違ったから毎日顔合わせる訳でもなかったし」

「喧嘩とかは?」

「したことないわね。する意味も無いし」

「する意味も無い、って?」

「喧嘩するような性質じゃなかったし、双子だからかしらね、なんとなく考えてることもわかってたから」

 

穏やかな表情で彼女はそう語ってくれた。その顔を見ただけで、なんとなく、いやきっと彼女と弟は仲が良かったのだろうなと藤丸は思う。口にしたらきっと否定されるのだろうけど。

 

その時、呼び出しの通信が入って藤丸は立ち上がる。彼女は軽く手を振って、それを見送った。

 

「何かあったら今日みたいに連絡すること。礼装はあなたの身体の一部みたいなものだからね」

「はい、いつもありがとうございます」

 

部屋を出て、真っ白な廊下に立つ。

扉が閉じた途端に、部屋の中で彼女が流しっぱなしにしていたカートゥーンの音が聞こえなくなる。

無音。それからふと長い廊下の向こう側へ意識を向ける。

 

立ち入り禁止区域。厳重に丁重に冷凍保管されたコフィンのある場所。

 

顔も知らない、会ったこともない、けれど自分の先輩であり、彼女の弟であるという彼に思いを馳せる。

 

内心に生まれる、一瞬の沈黙。

それから藤丸は無音の廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拗らせた風邪は治りかけだった。

でも「大事をとってシビルはまた今度にしよう」と父さんは言った。

 

別に文句は無かった。頭はぼんやりしていたし、体は熱っぽいし、実を言うとベッドから起き上がるのも億劫だったから。

 

弟は「帰ったら何を見たか姉さんにたくさん話してあげるね」と楽しそうだった。楽しそうだったからよかった。私は弟ほど父さんの仕事先に関心はなかったから。だって好きなのは父さんであって、父さんの仕事じゃない。

 

無理しなくていいという声を振り切って、玄関まで見送った。父さんは私にぎゅっとハグをして、弟は私とハイタッチをした。

 

それが最後。

 

ふたりが出かけたあと、倒れ込むようにベッドに潜り込んで、深く深く眠った。

 

そして次に起きた時、私は自分のファミリーネームを失くしていた。

 

どうやっても思い出せない自分のファミリーネーム。風邪で自分の頭がおかしくなったんじゃないかって怖くなって父さんに電話したけど繋がらなかった。

それどころかふたりは二度と帰って来なかった。

 

その日の夜、知らない人達がやって来て私を時計塔に連れていった。

知らない場所で知らない人達に囲まれて、頭が痛くて、いろんなものが流れ込んできて、それから知らない人達に連れられて弟が私の目の前にやってきた。

 

弟は約束通り、時計塔で見たものをたくさん私に話してくれた。

けど、私が聞きたかったのはそんなことじゃない。

あの時、私が弟に本当に聞きたかったのは2つだけ。

 

父さんはどこに行ったの?

それに、お前は誰?

 

でも結局聞かなかった。

開いた扉が私に全てを教えてくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食事をしなさい」

「している」

「は?なに?私に口答えする気?」

「……している」

 

目を離すとレーションだの栄養バーなどで栄養補給を済ませているという弟を捕まえたのは、とある朝のことだった。

お前のそれは栄養補給であって食事ではない。

 

成長期が終わる頃にはすっかり私より背の高くなっていた弟を見上げながら、顎で「早く来い」と示してやれば、カルデアの白い制服を身に纏った弟は無言で着いてきた。

 

カルデアに来てそれなりの日数が経ったはずなのに、弟の制服姿には何故か慣れない。他にもっと見慣れている姿があるみたいだ。

そう思った途端、何故か密林の中に立つ革のロングコートを着た弟の姿が浮かんだ。ロンドンでも着ていた革のコートはともかく、密林はなんでなのか。なんで南米風なのか。

今でも制御できない扉が脳の奥で勝手に開くが、流れ込んでくる知識は断片的で答え合わせに気がつくのは大概その渦中に巻き込まれてからだ。なんて役に立たない未来視だろう。

 

微かに痛む頭を抑えながら食堂へ向かう。左隣を歩く弟からの視線を感じながらなんでもないように振る舞う。実際いつものことだから、大したことでは無い。

 

食堂に辿り着き、厨房で注文をすれば見慣れた顔が対応してくれる。

 

「おはよ〜、シビル、デイビット。姉弟で朝ごはん?今日も仲良いね〜」

「おはよう、そして黙りなさい、節穴。その空いた穴で食事に髪の毛でも入れてみなさい、所長にお前のあること全部言うわよ」

「こわ〜」

「モーニングを2人分。弟のは大盛りで」

「おはよう、アシュラム。どちらも通常量でいい」

「お前も黙りなさい。口答えをするなと言ったのが聞こえなかったの」

「……するなとは言われていない」

「は?なに?文句?私に?」

「…………」

「仲良し〜」

 

へらへらと笑いながら用意された朝食は私の注文通りで、こんもりと盛られたプレートを見て弟は何か言いたげな顔をしたが結局何も言わなかった。

 

向かい合う形で席に座り、互いに食事を始める。

会話は無い。さして話すことは無い。必要であれば話すし、必要でなければ話さない。それは普段と変わらない、日常のあり方だ。

 

「デイビットが食堂で朝食を食べている……」

 

ふとそんな日常に第三者の声が届く。視線を向けた先には輝くような金の長髪。この男も大概制服が似合わないと感じてしまう。白は似合うはずなのに。

 

「おはよう、ヴォーダイム。ええ、弟はこう見えてオイルじゃなくてタンパク質やビタミン等の栄養で稼働するの。私も今朝思い出したのだけれど」

「ふふ、おはよう、シビル。デイビットも」

「ああ、おはよう」

「君たち姉弟は相変わらず仲がいいね」

「……節穴が多いわね」

 

ヴォーダイムは断りを入れることもなく当然のようにデイビットの隣の席に座った。格式高い血筋や家柄に反して、案外人懐っこい男だ。そしてそこに不思議と不快感は無い。

 

「珍しいね、デイビット」

「姉さんに連れてこられたんだ」

「普段から碌なもの食べてないからよ」

「食堂で見かけることが少ないから驚いたけれど、デイビットは必要な時にきちんと食事を取れる人だろう」

「……過保護で悪かったわね」

「はは、そうは言っていないよ、シビル。前のシミュレータでもピンチでみんなが頭を抱えていた時にデイビットがレーションを食べ出したときはみんな呆気にとられていた。あの時のみんなの顔を君にも見せたかったな」

「食べられる時に食べておいたほうがいいと判断しただけだ」

「ああ、君の判断は正しいよ。……シビル、君の弟はかなり天然だ」

 

微笑むヴォーダイムと、変わらない無表情の弟を眺める。少しだけ珍しい、けれど当たり前の日常。

 

──不意にどうしてか、これが酷くか細い奇跡の糸の上に成り立っている景色だと思ってしまった。

 

……どうして?

あの天使の光がなければ弟はここにいなかったから?やがて何もかもが■■で■■■■■■になるから?ふたりとも■■■■■になってしまうから?

 

脳味噌の奥で扉が開きそうになる。きっと開いた方がいい、私は知っておくべきだという確信がありながら、それを拒絶する自分がいる。知ってしまったら最後、だって、きっともう戻れない。

 

(「父さんがいない間、   のことを頼んだよ」)

 

けれど、あの時知っていたのなら、助けられたのではないか。

背伸びをせずに「行かないで」「ひとりにしないで」と我儘を言って引き止めていたのなら、ふたりはまだこの世界にいられたのではないか。あんな染み付いた床の影に、父の面影を追わなくてよかったのではないか。

 

ああ、そうだ。

ならば、開け。

開け。開け。開け。開け。

全部、全部、全部、見せろ。

でも、痛い、痛い、痛い。

怖い、怖いよ、助けて、父さん。

流れ込む景色。この手を離さないで。

遠い宇宙の果ての果て。

赤い赤い炎の先。

黒い黒い煙の向こう側。

暗い暗い穴の奥底。

手を伸ばしてももう届かない。

やめろ、これ以上奪うな、全部返せ。

あんたたちがふれていいものじゃない。

あんたたちが好きにしていいものじゃない。

ああ、私は守らなくては。だって、私は──

 

「姉さん、それ以上は開かないほうがいい」

 

その言葉に身体からすっと熱が消えていく。

内側から刺すような痛みに頭の中が真っ白になる。

視界が暗い。目を開いているのか閉じているのかさえ分からなくなる。

耐えるために持っていたフォークを強く握った。

 

「デイビット、ドクターを呼ぼう」

「待て、ヴォーダイム」

「……っ、大丈夫、悪いわね、いつもの……生まれつきの持病なの、頭痛……長くても数分で収まる……ドクターにも説明してあるから……」

 

グッと堪えるように瞑っていた瞼を開く。滲む視界の中で立ち上がりかけたヴォーダイムが、こちらを見ながらゆっくりと腰を下ろすのが見えた。

 

「……君たちがそう判断するのなら」

 

そう彼は言ったが、実際のところ私たちではなく、弟の判断を最善としたのだろう。それは、きっと正しい。

 

その時、唐突に目の前に端末が現れる。私の視界を埋めるように近い距離まで弟が押し付けてきたそれ。

無音の画面の中でカートゥーンが流れていた。

 

「音声も必要か」

 

彼はちらりと視線を別のテーブルへ向けた。視線の先にはひとりで食事を摂っているカドックの姿がある。必要ならばイヤホンは彼が持っているだろう。

 

「……いえ、映像だけで充分……」

 

端末を受け取って、流れる画面に目を落とす。カラフルな色彩の中でカートゥーンたちが跳ね回っている。それを見ると不思議と落ち着く。それを見ている時だけはどうしてか、扉は開くこともなく頭痛が起こることもないのだ。

 

「……それは?」

「姉さんにとって薬みたいなものだ」

 

治療薬というより予防薬のようなものだったが、どうであれ今の私には有難いものだ。

段々と治まっていく頭痛。閉じていく扉。

 

それから、微かに残る悔恨。

開かなかった自分の選択は正しかったのか、と。

そう思っているうちに、自分の手では開けない扉が手に届かないところで閉じていく。

生理的な涙が一粒、零れて頬を伝った。

それを手の甲で拭って、素の自分に戻る。痛みはとっくに消えていた。肺の中に溜まっていた重い息を吐き出す。

 

「……もう大丈夫よ、朝から変なものを見せて悪かったわね」

「いや、君が問題ないのならよかった」

「お前も、ありがとう。助かったわ」

「ああ」

 

残滓として残り続ける疲労感を振り払って、弟へ端末を返す。強く握りしめていたフォークからゆっくりと力を抜く。なんでもないと見せるようにサラダにフォークを突き刺した。

その強がりに似た振る舞いを察してか、話を変えるようにヴォーダイムが口を開く。

 

「ところで、デイビット、さっき君がシビルに見せていたものだが」

「? カートゥーンがどうかしたか」

「へえ、それがカートゥーンなんだね」

「……まって、ヴォーダイム、あなた、見たことないの?」

 

興味深そうに弟の手の中の端末を見つめるヴォーダイムに問いかければ、それはいい笑顔で頷かれた。思わず呆気にとられる。

 

「……信じられない。魔術師の家って情操教育とかどうしてるの」

「信じられないかもしれないが、魔術師の家では情操教育が行われないんだ」

「……エルモは知ってるわよね?パワーパフガールズは興味なかったかもしれないけど、トムとジェリーとかルーニー・テューンズくらいは……」

 

ヴォーダイムはいい笑顔のまま、こてんと小首を傾げた。

再び呆気にとられる。

 

「……驚いた。なに、今度上映会でもする?」

「ぜひ」

「冗談のつもりだったんだけど……ほんとに来るわけ?」

「もちろん」

「あなた、その調子じゃチェーンのハンバーガーも食べたことが無さそうね」

「流石にハンバーガーくらいはあるよ」

「姉さんが言っているのは、ヴォーダイムが思ってるよりチープなものだ」

「チープ?」

「流石にカルデアでもあのジャンキーさは出せないでしょうね……」

 

気安さに忘れかけていたが、名門魔術師の家系の男だった。日本のアニメのお嬢様みたいな男に思わず肩が落ちる。

 

「……次にロンドンへ帰ったらまずはマクドナルドね。そのお綺麗な胃を安い油でギタギタにしてやるわ」

「それは楽しみだな。ふたりにエスコートを任せるよ」

「……オレもか」

「当然」

「当たり前だろう?」

 

そう言って目の前の男は嬉しそうに笑った。

くだらない会話で精神が回復するのを感じる。フォークの先でオムレツを切り分けながら、私は思わず笑う。本当は心のどこかで無意味だとわかっていた。虚無に身を投げようとする心を踏みとどまらせて目の前の現実に、幸福に焦点を合わせてみせる。

 

「お前たち、言っておくけど神様なんて碌なものじゃないんだからね」

 

弟がいて、共に働く同僚たちがいて、やりがいのある仕事がある。幸福なことだ。嘆く必要などない。ない、のだ。

舌の上に感じる味覚に意識を向けて心を緩ませる。カルデアの食事は美味しい。決して好き嫌いがある方では無いが、何を食べても美味しいというのは有難い。南極は娯楽が少ないから毎日の食事が何よりの娯楽になる。そんなことを考えつつオムレツを咀嚼していれば、ふと視線に気がついて顔を上げる。

 

弟とヴォーダイムがどこかキョトンとした顔でこちらを見ていた。

口の中の卵を嚥下してから、ふたりを見つめ返す。

 

「なに、そんな顔してこっち見て」

「…………いや、なんでも」

「気にしなくていい」

「ああ、そう」

 

弟に気にしなくていいと言われたから、気にしないことにする。ヴォーダイムは何とも言えない顔で弟の顔を見つめていたけれど。

 

「それよりお前、ちゃんとサラダも食べなさい」

「……食べてる。量が多いだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

「あれは予測とも測定とも違うものだ。オレはあの現象を何度も記憶しているが、もっと突発的な……接続……いや、想起が近しいと思っている」

「未来を思い出している、と?」

「その未来というものがどこまで正確なものなのかはわからないが、少なくとも姉さんが求める未来を望むままに得られるほど有用な力ではない」

「……というと?」

「もしも本当に未来が想起出来ていたのなら、そしてその未来を改変できるのならば、オレは今ここにいなかっただろう。少なくとも姉さんならば回避しようとするはずの事象は既に起き切っている」

「なるほど」

「どうあれ、掛かる負荷に釣り合うほどのものではないことは確かだ」

「それは同意するよ。それにあれはあまり良いものではなさそうだ。脳への負荷があまりにも大きい。場合によっては人格が塗り潰されかねない」

「性能としても能動的なものは望まない方がいい。経験則だが、むしろ今朝のような無意識に出力されたものの方が客観性が強く信憑性が高い」

「つまり、我々は将来碌でもない神様に出会う可能性があるということかな」

「……あるいは……」

「あるいは?」

「……思考を纏め切れていない。忘れてくれ」

「いや、覚えておくよ。君のその感覚も信頼に値するものだからね」

「そうか、お前の判断に任せる」

「ところで、珍しい顔をしていたね」

「……姉さんがか」

「君がだよ、デイビット。彼女の発言の後、少しだけ不機嫌そうだった。自覚はあるんじゃないかな」

「…………大したことでは無い」

「うん」

「……ただ、姉さんは他人を「お前」とは呼ばない。そう呼ぶのはオレに対してだけだ」

「彼女が「お前たち」と呼んだ時、主軸にあったのは私ではなく君だと思うけどね」

「…………」

「ふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体内に回った酒は思考を鈍らせた。体の奥から熱が湧き上がって、自分の血液が茹だっているようにさえ感じられる。

 

「熱い」

 

その熱さが煩わしく感じられて、デイビットが着ていた上着を脱いでシャツ一枚になれば、それを見ていた彼の姉はアルコールによって真っ赤になった顔のまま呟いた。

 

「……お前って本当に天才ね」

 

そう言って彼女はデイビットよりもよっぽど煩わしそうに着ていたシャツを脱いだ。上着ではなく、シャツを。

ソファへ向かって乱暴にシャツを放り投げた後の姉さんは当たり前のように下着姿だった。

父親譲りの少し地黒の肌が鮮明に際立つような黒いブラジャー。

洗濯担当の時に手に取る時はただの厚手の布程度にしか思っていなかったそれがようやく本来の仕事をしている様を見た。

 

彼がムービー以外で女性の下着姿を見るのはそれが初めてだった。酒に茹だった頭のまま、青年は姉の下着姿を見つめていた。

 

ロンドンで18歳を迎えた夜、二人で暮らすアパートでのことだった。

 

 

 

 

パブ文化があるからか、イギリスにおける飲酒可能年齢は低い。親の同意があって家庭内であれば5歳から、外でも保護者がいるのなら16歳でも飲める。

 

親の同意というものを得ることが出来ない彼らが飲酒をしたのは個人の意思で自由に飲めるようになる18歳になってからだった。

 

「それを全部飲む気か?」

「シンクに捨てるために買ってきたと思ってるの?まあ、もしかしたら胃液と一緒にトイレには流すかもしれないけどね」

 

デイビットよりやや遅れてアパートに帰宅した彼女は大量の酒を買い込んでいた。ビールにシードル、ワイン、ウイスキー、果ては日本酒まで。

テーブルにどんどんと並べながら「酒屋で身分証を出したら誕生日を祝われたわ。アルコールは良い友人にも、悪い恋人にもなる、ってね」と言うシビルに、デイビットは内心で多分皮肉だろうと思った。恐らく、誕生日を迎えたその日に大量の酒を買い込む愛らしさに対するものだろうが。

 

酒と共に置かれたフィッシュアンドチップスやフライドポテト、ポーク・スクラッチングを眺めて彼女は満足気に頷いた。それからデイビットへ向かって口を開く。

 

「飲むわよ」

「姉さん、先にケーキだ」

 

冷蔵庫から取り出してきたホールケーキをテーブルの中心に置けば、彼女は「確かにそっちが先ね」と納得して椅子に腰かけた。

 

Happy birthdayのチョコレートも置かれていないシンプルなショートケーキへ切り分けもせずにフォークを入れていく。綺麗に丁寧に置かれていたイチゴやクリームを乱雑に崩しながら食べるのが毎年の恒例だった。

 

我慢できなかったシビルはケーキを食べながら早々にワインを開けた。グラスなんて上等なものはこの家には無いから毎朝コーヒーを飲むマグカップに注いで煽る。

 

「……こんなもんなのね」

 

想像通りだったのか、そうでもなかったのか、そう呟いて彼女はもう一度ワインを煽る。デイビットも近くに置かれたビールのプルタブを開けて姉を真似するように煽った。途端に口の中にやってくるこれまでの人生で得たことのない苦味に顔を顰める。コークの方が旨いと素直に思った。

 

それでもケーキは半分も食べないうちに放られて、酒の封は次々に開けられていく。生クリームのついたフォークでフィッシュフライを突き刺した。ケーキよりは酒に合う。

そうやってふたり黙々と酒を飲み、やがて熱さにやられて服を脱いだ。

 

テーブルを挟んだ向こう側に座る姉は目の前に弟がいることも気にせずに素肌を晒している。

デイビットはアルコールでグラつく頭のまま、彼女だけにそんな格好をさせるのはどうなのだろうかと思って、彼も着ていたシャツを脱いだ。フィールドワークで培われた実用的な胸筋と腹筋、姉と同じ色の肌を晒して、ようやく少し涼しくなったとデイビットは思う。

 

上半身を晒し合いながら酒を飲むふたりはどこからどう見ても酔っ払いの姿だった。

 

「ああ、そうだ、誕生日おめでとう、23歳になったんだっけ?」

「21だ。今オレが酒を飲んでいるということはアメリカの飲酒可能年齢に達しているということだからな」

「そう、お前がそうなら私もそうなのね」

 

18歳の誕生日である。

アメリカに住んでいたのは幼少期の話であり、今は住所を完全にロンドンに移している。

自らの言動のおかしさに気がつくこともなく、ふたりは普段通りの表情で会話を続けていた。ただし双方、顔は既に真っ赤だ。

 

とはいえ、シビルは普段よりもわかりやすく上機嫌だった。

 

「ふふ、飲みなさい」

「飲んでる」

「もっと」

 

強請られてデイビットはシードルに手を伸ばす。苦味が少なくて比較的好きな味だった。素直に言われた通りにすれば、彼女は機嫌よく笑う。楽しそうでなにより。

 

シビルは両肘をテーブルに置くと軽く組んだ指の上に顎を置いた。両腕が体の中心に寄せられるのに連動して、彼女の胸の谷間もまた強調される。

 

「……大きくなったわね、お前」

「姉さんもだろう」

「その姿の方が私は見慣れてる」

「この姿?」

 

要領を得ない言葉に首を傾げるが、彼女は気にすることもなく好き勝手に言葉を続ける。

 

「あなたって本当に『デイビット・ゼム・ヴォイド』なのね」

「…………」

 

求められる答えがわからずにデイビットは黙り込む。戸惑いは微かに、握ったシードルの瓶を指の腹で撫でる。どう答えるべきかと思案しているうちに言葉は次々紡がれていく。

 

「好きだったわ、デイビットのこと。視点が違っていたから。私は外側で、安全圏からだったからかもしれないけど、頑張ってたでしょ、内側からはどう見えていたのか知らないけど。うん、そういうちょっと寂しそうなところが好きだった」

「……好き」

「たくさんあるうちのひとつだよ。心を寄せたいくつかのうちのひとつでしかなかったけど。注ぎ込めるリソースがあるわけでもないし。でもまあ感情の後押しにはなっていたって自覚はしてるわ」

 

何の話なのか。そもそも誰の話なのか。

少なくとも自分の話ではないとデイビットは早々に察している。

そんな彼の内心さえ無関心に、シビルはフォークでケーキの上のイチゴを刺しながら笑う。今の彼女は酔っていて、自他の境界さえ曖昧だった。

 

「だからあの子に対しての愛着はあっても愛情は……あったのかな。今となってはもうなんとも。大体愛を証明するなんて無理な話よね。胸を張って言うにはデイビットほどの情報は無かった。終わったあとにあったのは哀れみと、自己嫌悪。昔は頭痛が少なかったの、今ならわかるわ。取り戻すほどの記録がなかった。10年っていっても10年丸ごとの記憶があるわけじゃないし。大事な家族で特別な存在だったけど、それだけだった。そう思ってしまう自分のことはちゃんと嫌いよ、安心してね」

 

彼女は躊躇いなくアルコールを体内に入れた。ヤケになっているようには見えなかったが、正常な判断をしているとも思えなかった。

 

「あのね、昔読んだ本にあったの。殺されかけている義理の息子を庇って代わりに殺された母親が、死にかけながら息子にどうして助けたのって聞かれてこう答えたの」

「……」

「「母親だから」って。「愛とかじゃなくてごめんね」って。昔は全然わからなかった。命をかけて誰かを助けられるのならそれはもう愛なんじゃないかって思ってたから。でもね、今ならわかるの」

 

へらりと彼女は笑った。

 

「愛とかじゃなかった。愛とかじゃなかったんだよ」

 

デイビットはそこまで聞いて、今度こそ自分の話なのかもしれないと思った。

姉という役割が彼女を彼女たらしめていたとして、弟であるオレやあの子は、そしてあるいは彼女の語る『デイビット』はどのように彼女の中で解釈され、咀嚼され、受容されたのだろうか。

 

「……姉さんはもしもあの時に戻れたら、あの子と父さんを助ける?」

「うん、助けるよ。がんばって今度こそ助けに行くよ」

「……そうだろうな、姉さんはそういう人だから」

「うん……うん、でもね」

 

彼女はフォークの先で何度もイチゴを刺し潰しながら、大したことでもないようにこう言った。

 

「でも、そうしたらお前に会えなくなっちゃうね」

「────」

 

デイビット・ゼム・ヴォイドに微かに残る人間性がその言葉に痛みを訴えた。いつだって世界の外側にいる感覚で、何一つ現実感が無くて、どこにも居場所が無いような気がしていた。

 

姉のことだって、同じ。この人が何よりも大切だということを頭も心も知っている。でも実感はいつだって薄くて、大切だと思う心は口ばかり。世界と接合するための小さな手掛かり。お気に入りの毛布みたいなもので、無くしたら無くしたなりに生きていける。生きていくんだろう。だから結局赤の他人と同じ。

 

だって、本当は偽物なんだ。

オレはこの人の弟じゃない。

そうあることを許されているだけで、本当はそれを名乗ることもそばに立つことも許されない。ここにいるべきはオレではなく、オレの元になった(かれ)であるはずだったのだから。

 

もう繋がっていない魂。

幼少の頃、彼が脚に怪我をした時、何一つ傷ついていないはずの彼女も同じ箇所に痛みを感じていた。

もしも今彼が腕に怪我をしたのなら、彼女も傷のない腕の痛みを感じるだろう。

でもオレが傷ついても、彼女には何の同期も発生しない。それは世界がもうオレたちは全く別のナニカだと認めているということだ。

 

弟という枠組みに入れて、許容されているだけの紛い物。

 

生まれた時点で罪だった。

発生した時点で罪だった。

構築した時点で罪だった。

 

つまるところオレさえ生まれなければ、世界(かのじょ)はどこまでも平和だった。

 

そうあるべきだ。そうでなくてはならない。

それなのに、どうしてだろう。

どうして彼女はこんなモノに心を寄せてしまうのだろう。

奪われた人が奪った者をそんな瞳で見つめていい道理が無い、のに。

 

「愛していたよ、たくさん。だって家族だったから。愛していた」

「…………」

「でも、あの子とデイビットとお前は違う。観測する私が異なるんだから、当然よね」

「姉さんはあの子のことを愛していた?」

「弟だからね」

「『デイビット』を愛していた?」

「頷いたら嘘になるわ」

「……オレのことを愛している?」

 

躊躇いなく答えていた彼女の言葉が止まる。

それは躊躇いのためでは無かった。散々潰したイチゴを口の中に放り込んで静かに嚥下する。それから溜息混じりに言った。

 

「言わせんなバカ」

 

テーブルに転がっていた紙ナプキンをクシャクシャにして彼女はこちらに投げつけてきた。酔ってるわりになかなかのエイムで、それはデイビットの頬に当たった。ちっとも痛くは無い。

 

「記録の私と、10歳までの私と、今の私はまったく違う生き物。でもそれって普通のことでしょ。生まれた時と同じ細胞を保持したまま成人を迎える人間がどこにいるのかって話。何もおかしくない。私たちは何もおかしくないし、どこも狂ってない」

「そうだな」

「うるさい、黙れ、なにもわかってないくせに」

「……ああ、オレには何もわからない。姉さんが怒ってる理由も、その意味も、価値も」

 

きっとオレのために怒ってくれているのだろうけれど。

いつのまにか彼女はぼろぼろと泣いていた。零れる涙を拭うわけでも隠すわけでもなくただこちらを見つめたまま泣いている。

それから机に突っ伏した。子供のような泣き声が押し付けられた腕にくぐもりながら静かな部屋に響く。

 

「これはオレの所感なんだが」

 

デイビットはそう前置きをして立ち上がる。ソファからブランケットを一枚手に取って、肩を震わせて泣きじゃくる彼女のそばに立った。

 

「姉さんはあの子のことを愛していたと思う。なにかを肯定するためになにかを貶める必要なんてない。全部、肯定していい」

 

きっとあの時、あの場にいたのなら、そしてそれを想起したのなら、彼女はきっと考えるより先にあの子と父親を助けようとその時にできる精一杯をしようとしただろう。

 

例えそれが実を結ばなくとも、その結果ここに自分がいなくなるとしても、それは間違いじゃない。

 

デイビットは彼女の肩にブランケットを掛けた。

酒による熱は一過性のもので、すぐに冷えてしまうだろう。そう思ったからそうした。これは愛から来る行動だろうか?わからないけれど。

 

デイビットは彼女の向かいに座り直して、ぐちゃぐちゃになったケーキにフォークを刺した。

 

「姉さん、誕生日おめでとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シビルさんについて、聞きたい」

 

チチェン・イツァーで冥界行に必要な物資を渡した後、立ち去ろうとするデイビットとの会話を藤丸立香は継続しようとした。

 

話すことは無い、殺し合う理由は無い、そして時間も無い。

そう告げて背を向けて歩き出すデイビットに藤丸は一つだけ言った。彼の口から出た姉の名前に彼は殆ど反射的に立ち止まる。それからゆっくりと振り返った。

 

「……その名前を出されては、答えざるを得ないな」

 

デイビットは真正面から人類最後のマスターを見つめた。何が聞きたいのかを問い返せば、どこか顔を強ばらせた彼は唇を開く。

 

「……彼女が今どうしているかとか、聞かないのか」

「聞く必要が無い。死者の安否を尋ねるほど時間の猶予はないからな」

 

そう答えれば今度こそ彼は泣き出しそうに顔を歪めた。知っていたのか、と呟く声に肯定の意を持って頷く。

 

「彼女はシャドウボーダーに乗れなかった。襲撃の最中、生存者を救出するために戦って死んだ。それくらい君に聞かずともわかる」

「……家族なんじゃないのか」

「彼女はそう定義していただろう。オレを信じていたし、愛していた。疑いようもない。そして恐らくだが、彼女はオレが人類の敵に回ったことを理解しながら、命を落とす最後の瞬間までオレが助けに来ることを心のどこかで信じていただろう」

 

──哀れな夢想(ユメ)だ。

 

活気ある街の音さえ今の二人には届かなかった。一対一で向かい合いながら、交わす言葉はどこまでも冷たく現実的。

デイビットは彼がこちらに何を問いかけたいのかわかっている。

 

悲しくはないのか?

何も思わないのか?

彼女を愛していなかったのか?

 

問われたのなら答えられる。その全ての問いかけにデイビットは躊躇いなくNOを答えるだろう。

けれど藤丸は悲しみと怒りを表情に滲ませたまま、もう何もデイビットへ問わなかった。無言に付き合えるほどの時間は無い。

 

「……もういいか?次に会うことがあれば、その時は違う質問をしてくれ」

 

それだけを言って、デイビットは藤丸に背を向けて歩き出した。

 

元より、デイビットには姉の命を救えるという可能性はひと握りもなかった。そんなもしもは有り得ない。

クリプターになった時点で、レフ・ライノールによる破壊工作が行われた時点で、或いはそもそもカルデアに来た時点で、アムニスフィアに声をかけられた時点で、姉弟ふたりがかつてのように並んで生きていく未来は失われていた。

 

デイビットがそれに気がついたのは何もかもが終わり果ててからだったけれど、もしかしたら姉はとっくにそんな未来を想起していたのかもしれない。そうでなくとも、カルデアによる人理修復の最中にはもう察していただろう。知った上で、彼女は自棄になることを選ばず、世界を救うために走り続けた。そういう人だと知っていた。

 

自分に出来る精一杯のことをしようする人。

揺らぎながらも間違えながらも、善いことをしようと頑張る人。

デイビットに微かに残る人間性は、父親の言葉を核に彼女を模して作られていた。最も身近にいる人間らしい人が彼女だったから。

 

もしも彼女が今も生きてここにいたのなら、デイビットの姿を見てこれから先の未来を想起するに違いない。

そしてデイビットが何をしようとしているのか、その全てを理解した彼女はきっと──渾身の力で弟の頬を殴ったことだろう。

 

全力でデイビットを殴って、その行いを止めようとして、それが出来ないとわかって……どうするだろうか。デイビットは考える。

自分と敵対するか、或いは味方になってくれるのか。

どちらも想像できるけれど、想像するその姿はデイビットにとって都合のいい仮定でしかないということもわかっていた。

 

だって彼女はもういない。

魂も命も失われて、今は身体だけが南極の冷えきったカルデアの中に転がっている。

どれだけ想像してもそれは想像でしかなく、姉に非常に良く似た偶像でしかない。

それでも、今という未来に辿り着くことのなかった彼女のことを思う。思うだけ。何も求めない。想像の中の彼女はデイビットに笑いかけないし、泣いたり怒ったりもしないし、名前を呼んだりなんかもしない。

 

デイビットは姉が死んでも何も変わらなかったし、なにも痛くなかった。

デイビットは姉を愛していたけれど、それは頭の中でそう思っていただけで現実感には程遠い。テレビや本の向こう側にいる登場人物を愛おしく思うような、虫が繁殖のために交尾をするような、そんな程度のものでしかなかった。口先だけの虚言と嘲笑われても仕方ない。

だから仮に彼女が生きていても、変わらずこの星を砕くだろう。彼女の命ごと、この星を滅ぼすだろう。

 

デイビットがシビルという人に向けていた言葉も行動も心もそれは彼女が姉だからであって、愛とかじゃなかった。

精一杯人間みたいに彼女を愛していたつもりだったけれど、それは愛なんて言葉に相応しいものじゃない。きっと彼女もわかっていた。わかっていてこんな紛い物を弟として愛してくれていた。

 

きっと死んでも同じところには行けないね。

 

初めからデイビットは弟じゃなかったし、デイビットが弟ではないということはシビルは姉ではなかったということだ。

 

こんな簡単なことに辿り着くまでの間に、たくさんのものを奪ってしまった。彼女の大切な本当の弟も、穏やかな生活も、幸福な未来も、命さえも。

 

姉弟という繋がりがなければ、デイビットはどこまでも孤独で、遠い星の上に独りで立っているだけ。宇宙の外側には容易く繋がれるのに、そばにいる人には少しも繋がれなかった。手を伸ばすことさえ出来なかった。それを嘆く心さえどこにもない。

 

もしも誰かが人類ならば当たり前に辿り着く最果てに至って姉さんに出会ったのなら、オレの代わりに聞いておいて欲しい。

 

なあ、姉さん。天国はどれくらい、ひどい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明るい長調の音楽が聞こえてくる。

ぼおっと立ち尽くすデイビットの傍を、見慣れない服装のエーテル体が通り過ぎていく。たくさんの死者の影と、カルデアの職員制服を纏った生者がグラスを片手にパーティを楽しんでいる。

 

着慣れないパーティ用の服装に身を包んでいる自分を自覚してから周囲を見渡す。誰もが楽しそうで、幸せそうで、美しい景色があった。それを俯瞰して眺めている自分を、自覚する。

 

──これは夢だ。

 

そして自分の夢ではない。

デイビットは夢を見ない。見ることができない。

きっとなんらかの偶然で誰かの夢の中に迷い込んだのだろう。

 

オフェリアが酒を勧められている。

芥がつまらなそうにテーブルを囲っている。

ベリルがさりげなく会場から抜け出している。

ぺぺロンチーノが給仕に声をかけられている。

カドックが緊張した面持ちでステージに上がろうとしている。

 

誰かが見た泡沫の夢。

息のできない水の中でだけ見える微かな泡。

天へ向かって登っていくのに辿り着いた先には何も残らない。

 

ああ、夢を見ている。幸福な、夢を。

 

「なにつまらなそうな顔してるのよ」

 

背後から掛けられた声に振り返る。

その声の主はバーカウンターの高い椅子に腰かけて、届かない爪先をふらふらと揺らしていた。仕事の時は一つにまとめている肩甲骨まで伸びた髪を、丁寧に編み込んで肩を出したドレスを纏いながらグラスを煽る。

デイビットと同じ髪の色、同じ肌の色、良く似た顔つきの、その人。

 

「──姉さん」

「はー、勿体ない。お前は私に似て綺麗な顔をしてるのに仏頂面ばっかりなんだから」

 

シビルが、デイビットの姉がそこにいた。

思わず目を大きく開く。もう二度と会えるはずのないその人が当たり前のように傷一つなく目の前にいた。

 

「……姉さん」

「そんなに呼ばなくったって聞こえてるわ。お前も飲む?」

 

手に持っていたグラスを軽く上げて、彼女は微笑む。

その声に呼ばれて、ぐらぐらと覚束無い足取りで彼女の元に近づく。そんなデイビットを見て彼女は少しだけ笑って手を伸ばした。

 

「もう酔ってるの?ほら、しゃんとして。ここ座りなさい」

「……姉さんは何をしてるんだ」

「さっきまでお前のバーサーカーに付き合わされて飲んでたのよ。もうどっか行っちゃったけどね」

「バーサーカー……」

 

誰のことだろう。右手の甲へ目を落とす。見慣れた翼の形を模したような深紅の令呪。ここにいる誰かに繋がっているはずなのに、辿ろうとするとその先はどうしてか煙の中みたいに曖昧だった。

 

彼女に言われるがまま隣の椅子に腰かける。そうすれば酔いが回っているのか、やけに上機嫌に笑って彼女はデイビットの髪に触れた。

 

「せっかくのパーティなのにいつものボサボサ頭で来るなんて。だから言ったでしょ。もっと鏡見て(シー・モア・グラース)

 

楽しげな彼女の冗談に、微かに口角が緩む。彼女はサリンジャーが嫌いじゃなかった。子供の頃にはわからなかった彼の気持ちが今は少しだけわかる。

 

「パーティを楽しまないの?モット・カガミ・ミテちゃん?」

「いいドレスだな。きれいなブルーだよ、カーペンターのお嬢さん」

「これは黄色よ、キイロ」

 

冗談に付き合えば彼女は嬉しそうに笑った。こんなに楽しそうに笑う姿を見たのは久しぶりのような気がした。いや、実際久しぶりだ。何年前か、何時間前か。

 

「バナナフィッシュでも探しに行くのか」

「そうね、今なら見つかるかも」

「姉さん」

「うん、なに?」

 

明るい音楽、楽しげな笑い声、微かに香る酒の香り。夢だとわかっていた。瞼を開けば途絶える夢想。

目が覚めた後に得るものが心を引き裂くような痛みでしかないとしても。

 

「……刺青があるんだ。胸に、大きく。驚かせてしまうかもしれない。海水浴に行ってもローブが脱げないだろう」

「そう、別にいいわよ。何があろうがなかろうが」

「それに、バナナ熱にかかってしまった。七十八本どころじゃなくて、もっとたくさん食べてしまって、穴の中に入って、もう二度と出られない」

「……お前、酔うとそんなになるのねえ」

 

シビルは笑うように息を吐くと両腕を広げてデイビットの身体を引き寄せた。そうして当たり前のように大きな弟の身体を抱き締める。

 

「大丈夫よ、穴に入る前と後でお前はなんにも変わってない。海なんて行かなくていいし、バナナフィッシュも探さなくていい。脚も見ないし、エレベーターだって一緒に乗ってあげる」

 

宥めるようにとんとんと叩かれる背中が心地よかった。

許して欲しいと思ってしまった。

なにを?救えなかったこと?生まれてきてしまったこと?奪ってしまったこと?そのすべてを。

 

「……オレはあなたの弟じゃないんだ」

「ばか、次そんなこと言ったらぶつわよ」

「あなたの本当の弟はあの日にもういなくなって、ここにいるオレはその紛い物でしかない」

「知ったことかっての。なにがあったってお前は私の弟よ」

 

ステージから音楽が鳴り響く。もうすぐ時間だ。

楽しいパーティはおしまい。みんなおわかれ。さようなら。さようなら、もう二度と会えない人たち。さようなら、もうどこにもいない人たち。

ライトに照らされて伸びる影はもうあの子の形をしていない。

 

「姉さん、愛とかじゃなくてごめん」

 

身体を離して、顔を上げる。温もりは遠ざかって、それでも撫でられていた背中の感触だけは残り続けていた。

彼女はデイビットの顔を見て、一瞬呆けてからまた笑う。その頬を指で摘んでグリグリと引っ張り回す。

 

「愛なんて小難しいこと考えるようになっちゃって」

「…………」

「私はお前を弟って呼んだし、お前は私を姉さんって呼んだ。私はそれが欲しかったし、お前はそれをくれた。それでいいの。それで十分なの」

 

指を離して彼女はデイビットを見つめる。

微かに赤らんだ頬、微笑んだ口元、こちらを見つめる眼差しと、声、言葉。震えるようなこの胸の痛み。

瞬きの間に消え失せる泡沫の夢だとしても、この記憶だけは離さないようにと強く強く握り締める。

 

「ありがとう、大好きよ、私の弟」

 

愛と違って「好き」にはどんな誓いの言葉もいらないと、どこかの詩人が謳っていた。不意にそのことを思い出す。ああ、そんなことでよかったのか。

 

「……ありがとう、オレも大好きだ、姉さん」

 

そう口にすれば彼女は柔らかく微笑んだ。始めから全部知っていたみたいな顔だった。

 

「……もう、行かないと」

「うん、いってらっしゃい」

 

いつだってデイビットには時間が足りない。あと少し、もう少しを望みながら、手に届くものを守り続けてきた。

取りこぼして来た全てが彼を苛むけれど、嘆きはしない。

 

立ち上がり、微かな名残惜しさを慈しみながら歩き出す。会いに行こう、この寂しくて温かい夢の主の元へ。

きっと終わりを告げるのが自分の役目。

それから、彼に感謝を。

 

姉さんに会わせてくれてありがとう。

そう伝えに行くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きなさーい!」

 

大声に驚いて目を覚ます。

びくりと震える身体。反射的に身体を起き上がらせれば、慣れつつある熱帯の空気がデイビットの身体を包み込む。ガラスのない窓の外には広い街の景色。

ここは南米、黄金樹海、地底世界ミクトラン。デイビットの異聞帯。

 

硬いベッドの上、半身を起き上がらせたまま、声の主へ視線を向ける。

 

「こんな日に寝坊?やる気ってものが感じられないわね」

「…………ねえ、さん?」

「ええ、他に何に見えるの?答えによっては手ェ出るけど」

 

姉がいた。デイビットと揃いのブロンズの髪をひとつに纏め上げ、黒い革のジャケットを着た、すっかり仕事モードの彼女が目の前に立っていた。

弟が起床したことを確認すると、彼女は満足気に頷いてから彼に背を向けて歩いていき、部屋の扉を開く。

 

「トラロック。来てくれたのね」

「ええ、こちらの準備は完了しました、よ」

「流石ね、頼りになるわ、ありがとう」

 

部屋の外にいるトラロックと友好的に話す彼女の後ろ姿を見つめて、不意に気がつく。

 

彼女の右手の甲。

そこに刻まれた深紅の令呪。

 

「……は?」

 

思わず呆けた声が漏れる。

 

「ちょっとイスカリ!そっちの準備はできてるの!報連相が足りてないわよ!」

「黙れ!人間風情が僕に指図するな!」

「……あなたねえ、いつまでその反抗期続けるつもり?大体私の指図じゃなくて今回はテスカトリポカの案よ」

「神に対して呼び捨てをやめろ!不敬だぞ!」

 

慣れたようにイスカリと言い争う姿に思考が固まる。テスカトリポカ……。その名を聞いて咄嗟に自分の右手の甲へ視線を向ける。

 

何も無い、まっさらな手の甲。

気が付いた瞬間、ゾッとした。

 

「っていうか、当のテスカトリポカはどこに行ったのよ。ド派手にカルデアを出迎えるなんて言ったのは彼でしょ」

 

そう言って部屋の外へ出ていく姉の背中を何も言えないまま見送る。

何が起こっている?どうして姉さんが異聞帯に?マスターになったのか?まさかクリプターに?こんなこと有り得ない。……あってはならない。身体中の体温が引き下がっていく感覚だった。

 

「まったく、朝っぱらから騒がしいことこの上ないな」

 

燻る煙草の香り、人の肉体を持ちながらも隠しきれない神性。低く愉しげな笑い声が困惑するデイビットの鼓膜を揺らした。

ベッドのそばに立つ長身の男。見上げれば容易く視線が合った。

 

「なあ、デイビット?」

 

流れる長い金の髪、細身でありながら鍛え抜かれた身体を現代服で隠しながらアステカの最高神が笑う。

 

「本当、お前の姉貴は信じられないほど気が強くて──」

 

テスカトリポカはベッドの縁に腰掛けると紫煙を口の端から零した。

 

「イイ女だよ」

 

そう軽口を叩くテスカトリポカの腕を、デイビットは令呪の無い右手で強く掴んだ。

 

「おっと、何だ急に」

「テスカトリポカ」

「あん?」

これはいやだ(・・・・・・)

 

鬼気迫るようなデイビットの表情に、テスカトリポカは一瞬その顔をじっと見つめるとすぐに口元を歪めて笑った。

 

「なんだ、気に入らなかったか?」

 

神様はどこか芝居がかった素振りで手を上げると、パチンと指を鳴らした。

 

「では、次の世界へ行こう」

 

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

 

「はい、復唱」

「うん、ダブルクォーターパウンダーのチーズ入りとチリダブルバーガーとベーコンマヨチキン、全てポテトのセットで飲み物はコークが2つとコーヒーが1つだね」

「よし、完璧よ。いってらっしゃい」

 

そう言ってヴォーダイムの背中をバシンと強く叩いて、シビルは送り出した。

注文カウンターへ向かうどこからどう見てもいい所のお坊ちゃんという様相のヴォーダイムに周囲の女性客の目が奪われているのが見える。

 

「いつもの服装禁止。シャツとジーンズで来なさい。それがマクドナルドの正装よ」などと適当なことを言い放った姉の言葉に素直に従ったヴォーダイムだったが、気品ある振る舞いと美しい顔立ちは隠せなかったらしい。

 

「まずは少しずつ慣れさせるのよ。次はKFC、それからサブウェイ、最終的にはスターバックス。自力でカスタム出来るまでに育て上げるわ」

「姉さんはヴォーダイムをどうしたいんだ……」

 

注文カウンターが見える席を陣取って、大人しく列に並んでいるヴォーダイムを見つめる。こちらの視線に気が付いた彼が振り返って小さく手を振ってくるから、姉弟は同時に彼へ手を振り返した。

 

揚げた油の香りが充満するハンバーガーチェーンの中でのことだった。

 

「しかし、大学であなたにちゃんとした友達ができるとはね。姉としては安心したわ」

「……大学?」

「あ、私明日の夕食いらないから。いつもの面子で食べてくる」

「……いつもの面子?」

「オフェリアと芥とペペロンチーノ。芥って面白いのよ、ベロンベロンに酔わせるとすんごい惚気マシーンになるの」

 

ケラケラと笑う姉の横顔を眺めながら、ふと思う。

 

……なんでオレはここにいるんだ?

 

当たり前の日常。

デイビットもシビルもロンドンの大学に通っていて、最近できた友人がチェーンのハンバーガーショップに行ったことがないなどと言うから、連れてきてやっていたのだ。

 

当たり前の日常。

デイビットとシビルは同い年の双子でロンドンのアパートで二人暮らしをしている。家事は分担、姉弟仲も良好。多少の小競り合いはあれど、この年齢の姉弟にしては仲が良すぎるほどだ。

 

当たり前の日常。

アパートの家賃は考古学者の父が出してくれている。愛する双子が実家を出たことでひどく寂しがっていて、最低でも週に一回は電話をかけてくる。

 

当たり前の日常。

デイビットもシビルも心身ともに健康。

五体満足で、大きな怪我をしたこともないし、頭痛持ちでもなければ、記憶障害なんてものも抱えていない。

 

当たり前の日常。

2017年。ノストラダムスの大予言も外れて随分経った。世界は滅ぶことなく、焼却されることなく、白紙化することなく、穏やかに続いている。

 

当たり前の日常……?

…………本当に?

 

「どうしたの?デイビット」

「……何かを忘れている気がする」

「珍しい。記憶力が良いあなたが?家の鍵でも掛け忘れた?」

 

深く目を瞑る。家族も友人もいて、世界は平和で、幸福なはずだ。なのに違和感がずっとあって、それがデイビットを苛み続ける。

 

そしてその理由に気がついた時に、深い溜息が出た。

 

自分は強欲なのかもしれない。けれど、こんなもので妥協してはいけないと知っている。

こんな紛い物を大切にしてくれた彼女を、自分の都合で紛い物にするなんて間違っているから。

 

「……デイビット?ねえ、あなた本当に大丈夫?」

「姉さん」

 

瞼を開く。心配そうにこちらを覗き込んでくる彼女に微笑みかけてみせる。

 

「オレの姉さんは、オレのことをデイビットなんて呼ばないし、あなたなんて呼ばないんだ」

「……え?」

「すまない、それでもオレは姉さんを紛い物にはできないから」

 

デイビットは椅子から立ち上がる。

そして注文カウンターの向こう側を見た。

 

目が合った瞬間に、ニヤッと笑う意地の悪い神様。

バーガーショップの店員が長髪を纏めもしないなんて、どうかと思うぞ。

 

 

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

 

 

「デイビット!」

 

真正面にいる男性はそうこちらの名前を呼んで両腕を広げる。次の瞬間、彼に強く抱擁されていた。

 

何が起こっているのかわからないまま、強く優しく抱き締めてくるその人にされるがまま、立ち尽くす。

 

ああ、けれど、どうしてかこちらを呼ぶその声が懐かしい。訳も分からないまま、それでもデイビットは思わずその言葉を口にした。

 

「……父さん」

「……そう呼んでくれるかい、デイビット」

 

彼は感極まった声音でそう言った。呼んでくれるもなにも、オレがこの世界でそう呼ぶ人がいるとしたらあなたしかいないというのに。

 

彼は少しだけ体を離すと真っ直ぐに視線を合わせて微笑んだ。その顔を見つめ返してああと嘆息する。

 

懐かしい、あまりにも懐かしいその顔。

遥か昔に失くしてしまったオレ()の父親が目の前にいた。

見慣れたジャンパー姿ではなく、フォーマルなスーツに身を包んだ彼はこれ以上の幸福はないという顔で笑顔を浮かべる。それから堪らないといった様子で唇を開いた。

 

「シビルと結婚するのが君で本当に良かったと思うよ」

「…………え?」

「驚かないでくれ。男手ひとつであの子を育てて来たからね、確かに父親としては寂しく思う気持ちはあるが、君になら任せられる」

 

そう言って彼はもう一度こちらを強く抱き締めてきた。

 

……シビルと、姉さんと結婚?……オレが?

 

彼の肩越しに周囲を見れば、まるで結婚式場の控え室のような場所だと気がつく。それから自分が纏っている衣装。白いタキシード姿に気がついて血の気が引く。

顔を真っ白にして困惑するオレを見て何を思ったのか、父さんは「こんな日には君も緊張するんだなあ」と嬉しそうに笑った。

 

「さあ、時間だ!先にチャペルへ向かっていてくれ。シビルは必ず君のもとへ連れていくよ」

「あ、いや、父さん」

「はっはっは、シビルのドレス姿に卒倒しないでくれよ。私はしかけたけどね!」

 

あれよあれよという間に気がつけば、チャペルの奥に自分は立っていた。招待客を見渡せば見知った顔が並んでいる。

 

藤丸はこちらを見て口パクで「がんばれ!」と手を振り、その隣でマシュがきらびやかな空間に目を輝かせながら顔を染めている。

ヴォーダイムはこちらを見つめて嬉しそうに微笑み、その隣でオフェリアが自分事のように緊張した顔をしている。カドックと芥に挟まれたペペロンチーノは何故か既に泣いているし、ベリルは後ろの席にいるマシュに声をかけようとして藤丸に殴られていた。

 

なんだ、これは。

 

混乱が収まらない内に、チャペルの中に音楽が鳴り響く。

 

開いた扉の向こうからやってくるふたり分の人影。

父さんの腕に手を置いて歩いてくる、ウェディングドレス姿の姉さんの姿。

 

唖然としたままそれを見つめるオレのそばにふたりはゆっくりと歩いてやってくる。そうして姉さんは父さんの手から離れてオレの前までやってきた。薄いヴェールの向こうには穏やかに微笑んだ姉さんの顔。

 

「こんな日にはお前もそんな顔をするのね」

 

音楽に掻き消されそうになりながらも届いた言葉。楽しそうに嬉しそうに、彼女は微笑む。

そうして向かい合った彼女の姿は、確かに美しかった。真っ白なドレスと、幸せそうな表情。

オレたちの傍に立つ神父が誓いの言葉を促す。

 

病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も喜びの時も悲しみの時もこれを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合いその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?

 

その言葉についてだけは頷いても良かった。

どんな時だって彼女には誠実でありたかった。例えこの命が紛い物で偽物で、彼女に相応しいものでなかったとしても。

 

けれどこれは夫婦のための言葉だ。

オレたちは違う。だって、オレたちは姉弟だ。

姉弟で結婚なんて、おかしい。

 

固まったまま、神父の問いかけに答えられないオレに、目の前の姉さんはどうしたのかと小首を傾げる。それを見つめながら震える唇で呟いた。

 

「……ねえ、さん……」

「……お前──」

 

その時だった。

 

「その結婚、ちょっと待った──!」

 

ドカンとド派手な爆発音と共に式場の扉が吹っ飛んだ。

火薬と硝煙の匂い。銃火器の爆発音。咄嗟に姉さんを守ろうと彼女の前に立つ。

もくもくと立つ煙がゆっくりと掻き消えて、その向こうに一人の男が銃を片手に立っていた。

 

「いやあ、なんだ、オレが用意しといてなんだが……これは無しだ。あれか?これが解釈違いってやつか?そこはデイビットじゃなくオレであるべきだろう」

 

美しい金の長髪が爆炎と共に靡く。

式をめちゃくちゃにした男は白々しく笑うと俺に向かって銃口を向けてきた。

 

「この世界は気に入ったか?デイビット。もちろん頷いたら撃つが」

「こうも距離があるとなるとお前の腕で当たるとは思えないが……安心しろ、今のところ一番気に食わない」

「そりゃあよかった!お前とは今後とも仲良くやれそうだな!」

 

テスカトリポカが笑顔で発砲した弾は予想通り大幅に外れ、式場のシャンデリアの支えに当たった。

大きなガラスの塊が落下する轟音と来客たちの悲鳴を聞きながら、オレは姉さんを守るように抱き寄せて言った。

 

「姉さんにはテスカトリポカやオレなどよりもっとふさわしい相手がいると思う。……まあ、オレより強い奴でないと認めないが」

 

 

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

 

「やめなよ、お姉さん」

「なによ、あなたに姉と呼ばれる筋合いは無いわ」

 

カルデアはデイビットのマイルーム、そのベッドの上で寝転がりながら姉は苦言を呈してきた藤丸へそう返した。

 

それをデイビットはサンドウィッチの包みを持ったまま眺めている。……なんだろう、これは。

状況がわからず困惑するデイビットに、説明するように藤丸は言った。

 

「デイビットを顎で使って食堂にパシらせておいて自分はベッドで寝転がってカートゥーン見てるなんて良くないよ。それじゃパイセンだよ。なんかちょっとキャラも被ってるし」

「キャラが被ってるってなによ!誰よそのパイセン!そいつも姉属性だって言うわけ!?」

「姉属性は無いけど……」

 

そう言えば姉は勝ち誇ったように鼻で笑った。

 

「ふっ、じゃあ私の勝ちよ。妹萌えなど00年代で滅んだわ。時代は姉。そしてカルデアに足りないのは姉要素。そう、私の時代が来たということね。さあ、私の圧倒的なお姉ちゃんぷりに恐れ戦き、跪くといいわ、まあ私は私の弟の姉でしかないけれど」

「もうそんなこと言って……。じゃあ俺のお姉ちゃん呼ぶよ!いいの!」

「あら、あなた姉がいたの?知らなかったわ」

「いいの!本当に呼ぶよ!後悔するよ!俺が!!」

「なに、どういうこと……?」

 

カルデアにはいるのである。『姉』が。

本当ならば『姉』というワードさえ使いたくないくらいなのだが、そのくらい藤丸はぷんぷんしていた。それから振り返ってデイビットに視線を向けた。

 

「デイビットもダメだよ、お姉さんが大事なのはわかるけどあんまり甘やかしたら」

「……甘やかしているつもりはないが」

「パシリ禁止!」

「お使いだ」

「お使い禁止!」

「…………」

 

その場の勢いなのだろうが、はっきりと強めに禁止と言われてデイビットの肩が落ちる。手に持った出来たてのサンドウィッチだけが温かい。

 

どうやらここはカルデアらしい。

藤丸とこんなにも気安く話をした経験は無いが、どうにもここではそういうものらしい。状況を理解しようと周囲を観察する。

 

ここはカルデアのマイルームで、恐らくデイビット自身に用意された部屋。デイビットが着ているのはカルデアの制服で、右手には見慣れた令呪がある。左手には出来たてのサンドウィッチ。

 

「あ、弟、それ食べていいわよ。っていうか食べなさい。私には要らないし」

 

姉はタブレットを見つめたまま、当然のようにそう言った。すんとした声音に、藤丸が再び説教モードに入る。

 

「え!自分が食べる訳でもないのにデイビットをパシったの!?余計酷いよ!」

「あーもーやかましいったらありゃしないわね、お前の後輩は……」

 

その時、突然マイルームの扉が開いた。

開いた扉から入ってきたのは現代服を身に纏ったテスカトリポカだった。彼は部屋にいる三人を眺めてから「なんだなんだ」と言いつつ、当然のようにベッドに腰かけた。

 

「珍しいな。お前さんまで来てどうした。ここはオレのマイルームだぞ」

「ちょっと、私のマイルームなんだけど?」

「オレのマイルームなんだが……」

 

当たり前のようにデイビットの部屋に居座って寛ぐふたりに溜息が出る。デイビットからしてみれば厄介が増えただけなのだが、藤丸は援助が来たと思ったのだろう。腰に手を当てたまま、唇を開いた。

 

「テスカトリポカ!ねえ、あなたからもお姉さんに言ってよ」

「落ち着け、そうお前さんが焦らなくてもプロポーズの言葉なら考えてある」

「断るわ」

「まだ言ってないが?」

「断るわ」

「ねえ、ラブコメらないでくれる?」

「出ちまうんだなこれが」

「ラブコメってないわよ!ないわよね、弟!」

「ああ、ラブコメってない。もしもそうなったら即座にオレが交信する」

「……カルデアを壊さないでね」

「善処する」

 

デイビットは姉に言われた通り、サンドウィッチの包みを開いた。中にはBLLLLTTTTサンド。ベーコンに対してレタスとトマトの比率が高過ぎる。あまり嬉しくはない。嬉しくはないが、仕方なく齧り付いた。パンとレタスとトマトの味がした。

 

「もー、お姉さんったら」

「別にいいでしょ。そもそも肉体のない私には食欲も睡眠欲も関係ないのよ」

「なるほどな。OK、デイビット、今夜部屋をあけておけ。オレがコイツに三大欲求の最後の一つを教え込んでやる」

「もしもし、外宇宙(ポリスメン)?」

「デイビットが110番感覚で接続してる……」

 

……というか、待ってくれ。

デイビットはサンドウィッチを飲み込んで、姉の発言を思い返す。

 

「肉体がない」?姉さんに?何故?

いや当然だ。姉さんはあの時に死んでいるから。オレにしか観測できない人だから。俺が許可した人にしか見えないから。

……?何の話だ?姉さんはあの日は風邪を引いて時計塔にはいなくて、オレと一緒に成長していて……違う。いや、何も違くはない。……何の事だ?

 

ベッドに寝転がる姉に焦点を合わせようとするのに、その姿は大人のようにも子供のようにも見える。上手く見えない。上手く認識できない。それが恐ろしい。

 

「おっと、辻褄を合わせるならこっちだな」

 

テスカトリポカがそう言った途端、姉の姿が小さな子供の姿で固定化される。

 

「お姉さんが弟を顎で使うなんて良くないよ。ねえ、テスカトリポカ」

「いや、上の兄姉ってのはな、定期的に下に対して立場と威厳を見せつける必要がある。上下関係は絶対。額に弾ぶち込むくらいが丁度いいってもんだ」

「……テノチティトランに優しくしてあげてよ」

「そりゃあハチドリの態度次第だな」

 

テスカトリポカは当たり前のような顔でふんぞり返ってそう言った。彼は一応兄という立場なので、同時に姉が何故そんなことをしたのかもわかる。

 

デイビットは案外子供舌で進んで野菜を食べるような質じゃない。それと同時に姉に対しては絶対服従の態度だ。姉から言われたのなら野菜マシマシのサンドウィッチだって渋々口にするだろう。兄姉というものは下の面倒を見てやるのも仕事なのだ。

 

まあ、わざわざ言ってやることでもないが。

 

「……まあ、ちょっとばかし解釈違いなのはオレもだよ。オマエがオレ以外にオマエの姉貴を許可するとは思わない」

「……藤丸なら、少しは検討するかもしれない」

「はっ、そうかもな」

 

何の話かとキョトンとする藤丸を他所に、デイビットはサンドウィッチを食べ進める。姉に言われたのだから、食べきらなくてはならない。

 

テスカトリポカは笑いながら、彼が食べ切るのを待ってやった。

 

 

 

 

 

 

暗転

 

 

 

 

 

 

「……何がしたいんだお前は」

「リゾートでバカンスってのも悪くないだろう?」

 

潮騒が鼓膜を揺らす。暖かな太陽の光に照らされて水平線はキラキラと輝いていた。

 

自分ともう一人しかいない、静かな浜辺。

砂浜に体育座りになりながら、デイビットはビーチに寝そべる隣の男──テスカトリポカへ呆れた声で言った。

 

「控えめに言っても名誉毀損だ。姉さんを玩具にしてオレで遊ぶのはやめてくれ」

「玩具にしているつもりも、オマエで遊んでいるつもりもないがね。まあ、楽しんでいることは否定しない。最初の世界なんか気に入りだぜ?お前の姉貴がオレのマスター。ツーカーの仲ってやつだ。最高だね」

「最低最悪だ。碌な結果にならないだろう」

「そんなことは無い。いくらか分岐はあれど大成功する可能性もあった」

 

テスカトリポカはサングラスを掛けたまま、敷いたタオルの上に寝転がって笑う。彼は水着を着ている……それって水着か?その格好で水に入る気か?とデイビットは思ったが、深堀りするほどの関心は無いためスルーした。

 

「成功?カルデアスを破壊できると?」

「ああ、イスカリが素直に棺に落ちてオレとオマエでカルデアを挟撃できる時もありゃ、姉貴とオレでカルデアと戦う時もあったな。まあ後者の時は結局お前がORTを起動したが」

「……姉さんは」

「死んださ。当たり前だろう?毎回お前より先に退場してお前にオレのマスター権を託していった」

「…………」

「安心しろ、死に目には会えてる」

 

だからなんだ、とは言えなかった。

生きていようが死んでいようが、大成功するのなら全員死ぬのだから。

 

「取り急ぎあと三つくらいは世界の案があったんだが、見ていくか?」

「不要だ」

「そうかい」

 

デイビットの回答も想定済みだったのだろう、文句は出てこなかった。タオル地のローブに身を包むデイビットは軽く周囲を見渡す。静かな砂浜。ふたり以外の人影は無い。

 

「姉さんは?」

「女ってのは時間がかかる生き物なんだよ、童貞」

「居場所を聞いているだけなんだが」

 

デイビットは微かに不満を顔に出しながらそう口にした。なんとなく、テスカトリポカにだけは姉についてわかったようなことを言われたくなかった。

 

「水に入らないの、モット・カガミ・ミテちゃん?」

 

不意にやってきた第三者の声に、デイビットは首だけで振り返る。そうすればそこにはカナリア色のセパレートの水着を着た姉がいた。

……10歳くらいの姿だが。

 

「姉さん……」

「またボサボサ頭。もっと鏡見て(シー・モア・グラース)

「……これはこういう髪型なんだ」

「ふーん、ボサボサスタイル」

 

そう言いながら幼げな彼女はちらりと隣に寝転がるテスカトリポカを見て、それから足元の砂を蹴った。

 

「おい、顔はやめろ」

 

彼の整った顔面に砂浜の白い砂が飛び散る。

テスカトリポカは姉の細い足首を掴んで止めさせた。その反応に彼女は高い声を上げて楽しそうに笑う。そのやり取りを見てデイビットはテスカトリポカに問いかけるように呟いた。

 

「……サリンジャーか?」

「あ?なんだそれ」

 

では、偶然らしい。

テスカトリポカに足を掴まれてバランスを崩した姉がデイビットの身体に寄り掛かった。その軽い体重を危なげなく支えてやる。

弟の手も借りて無事に逃げおおせた姉はデイビットを盾にしてテスカトリポカに向かって舌を出す。

 

その振る舞いはやはりいつもと違ってどこか幼い。……いつもと違う?そもそも外見からして違う……はずだ。姉さんは自分と同い年の女性で、10歳の時から変わらない姿でずっとそばに居てくれて……?

 

「やはりオレとしちゃあこっちの姉貴の方が見慣れてるな。内面はどうにも幼いが」

「……どういう意味だ?」

「どうもこうも、そのままの意味だが?」

 

詳しいことは言わずにテスカトリポカははぐらかした。デイビットがそれを考察しようとした時、紅葉のような小さな手がデイビットの頬に張り付いた。高い体温の感触。ぺちぺちと気を引くように叩かれて目を瞑る。

 

「ねえ、父さん明日来るって、ヒコーキで」

「……父さん?」

「そりゃあよかったな。丁度オレも挨拶したいと思っていたところだ」

「わかった、明日までにテスカトリポカを始末しておけばいいんだな」

「ほう、できるのか?」

「できないと思っているのか?」

 

ちり、と視線だけで火花を散らしていれば、わかりやすく飽きた声音がふたりの間に入ってくる。

 

「ねー、海に入らないの?」

「オレは大いに大歓迎。この通りバッチリ決まった水着も着てる。問題はオマエの弟だよ」

「お前は入らないの?遊ぼうよ」

 

姉がデイビットの顔を覗き込んで問いかける。押し付けられたままの掌で頬を潰すように押されてもされるがままだった。

 

「……姉さん」

「なに?」

「……刺青があるんだ。胸に、大きく。驚かせてしまうかもしれない」

 

この言葉を以前にも彼女に言ったような気がする。……いやそんなことはありえない。デイビットがそうなったことを知らないまま彼女は死んだはずだし、知っていたとしたらその瞬間を見ている。

……複数の記憶が混じりあっていて、デイビットはどれが本当の記憶なのか、生まれて初めて自分の記憶を疑った。

 

そんなデイビットの内心の困惑を他所に、彼女はなんでもない声音で「ふーん」と言った。

 

「別にいいよ、驚かないし。……ううん、ちょっとは驚くかもだけど、それはお前が頑張った証拠でしょ」

「……そう、思うか」

「うん、私はお前のお姉ちゃんだもん。怖くなんかないよ」

 

ね、行こう。

姉はデイビットの手を取ってぐいぐいと引っ張る。

抵抗しようと思えば容易いその掌に、デイビットは素直に従って立ち上がる。そうしてずっと隠すように着ていたローブを脱ぎ捨てた。

 

ロイヤル・ブルーの水泳水着を履いた彼の胸には、大きな傷跡。

異星の神の心臓を移植した時に付いた傷跡は彼が改めて人類からかけ離れた証拠だったけれど、姉はそれを見てなんでもないみたいに微笑んだ。

 

ふたりはもう一度手を繋いで海に向かって歩いていく。柔らかな砂に足を取られる彼女に歩調を合わせながら、波打ち際まで辿り着く。

 

「テスカトリポカ!」

 

水に入る直前で、彼女は振り返って砂浜に向かって大きな声を出した。砂浜に座り込んでこちらを見ていた神様に向かって大きく手を振る。

 

「ひとりぼっちじゃ可哀想だから、あなたも仲間に入れてあげる!」

 

そう言った途端、テスカトリポカは遠目から見てもわかりやすく笑って立ち上がった。

 

「言っておくが、オレは遊びでも本気の男だぞ!」

「姉さん、ああいうのを大人げがないと言うんだ」

「聞こえてるからな!デイビット!」

「結婚するなら父さんみたいな男にしておけ。テスカトリポカやオレみたいなのはダメだ」

「甲斐性の話で言えばオレほどの男もそういないだろう!」

「成功した事業より倒産させた会社の方が多い奴が何を言っているんだ。大体その射撃の腕で姉さんを守れるとは思えない」

「おま……ッ!……ッ!〜〜ッ!」

 

周囲に人がいないのをいいことに大声で喚き合うふたりに、姉は呆れた顔をして先に海へ足を浸す。

冷たい感触。足で蹴って水飛沫を飛ばす。

 

テスカトリポカが海に辿り着くまでの僅かな間。

デイビットは水を蹴る姉に向かって言った。だって随分長い間、こちらの事情にばかり付き合わせてしまったのだから。

 

「……姉さん、オレの(じんせい)に付き合ってくれてありがとう」

「ばか、私の(じんせい)でもあったのよ」

 

そう言って綻ぶように笑った姉の表情が、不意にぽかんとしたものに変わる。

それに気がついたのと、デイビットの腰にテスカトリポカの腕が回ったのは同時だった。

 

次の瞬間、デイビットはテスカトリポカによって勢いよく、そして高く海に投げ飛ばされた。

 

高度、速度、重量。静かな浜辺にバッシャーンと大きな音を立てて水柱が立つ。一拍の後に数多の水飛沫が雨のように降り注ぐ。きらきらと太陽の光を反射させながら。

 

口で言い負かされた悔しさも込めてデイビットを思いっきりぶん投げたテスカトリポカは満足気に腰に手を当てる。

 

姉はそんなテスカトリポカの脛を笑顔で蹴った。

 

 

 

 

 

──瞼を開く。

 

 

 

 

 

「おかえり、弟」

 

ふと気がつくとデイビットはソファに寝転がっていた。

柔らかいソファの感触、暖かな部屋の空気、エンドロールを迎えているテレビ画面、後頭部に感じる姉の柔らかい腿。

 

──なんというか、長い夢を見ていたようだ。

 

膝枕されたまま見上げた彼女は10歳ほどの少女の姿をしている。

よく見慣れた、というより、デイビットが唯一知っているデイビットの姉の姿だ。寝起きのためか、夢による混乱のためか、ぼおっとする頭のまま、息を吐く。

 

「姉さん」

「なに」

「ここは?」

「私の家よ」

「オレの家か……」

 

ミクトランパにあるデイビットの休息のための家。

そこにいるのだと気がついて、深く深く息を吐いた。安堵の溜息だった。

 

「テスカトリポカは?」

「それは世界一私が把握しておく必要が無い情報ね」

 

どうやらここにはいないらしい。

まあ、別にいいか。散々引っ掻き回された記憶が鮮明に残っているが、怒ってはいない。あれがテスカトリポカが見せた作り物の夢なのか、あるいはそういう可能性もあった平行世界のようなものなのかはわからないが、悪いものではなかった。

 

それと同時に今ここにいるデイビットには必要のないものでもあった。

 

「楽しかった?」

 

姉はエンドロールを眺めながらそう問いかけた。

楽しかったかどうかで言えば、NOではある。散々めちゃくちゃにされて、眠っていたはずなのにドッと疲れている。

デイビットは寝返りを打つと首を横に振った。

 

「……テスカトリポカにいじめられていた」

「そう、後で私が棒か何かで殴っておくわ」

「うん、脛がいいと思う」

 

そう口にすれば頭の上から小さな笑い声が届く。それからぐしゃぐしゃと乱すように髪を撫でられた。

 

「ボサボサ頭」

「……こういうヘアスタイルなんだ」

「ただの寝癖でしょ」

「…………」

 

 

 

 

 

 






〇オマージュ&リスペクト元
サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』
・「もっと鏡見て」

円城塔『バナナ剥きには最適の日々』
・「天国はどのくらい、ひどい?」

入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』
・「愛とかじゃなくてごめんね」

谷川俊太郎『あなた』
・「愛とちがって好きということにはどんな誓いの言葉も要らないから」

特に『バナナフィッシュにうってつけの日』に関しては下記のサイトの解釈を参考にしています(先頭h抜きにしています)
ttps://note.com/onoken_nobelles/n/n6f595de710b1?sub_rt=share_pw


〇姉について
小ネタというか、ささいな設定なのですが、5分事件を回避して大人になった姉は父親の運命力を引き継いでいてなんとなく人たらしの側面があるという設定。
ミクトランでマスターになった彼女はイスカリにも等身大でぶつかりにいって対話を続けた結果、イスカリが彼自身の意思でORTの棺に落ちることを良しとした世界線もある、みたいなイメージです。
ただし父親自身、運命力があっても事件を回避できなかったのでその娘の運命力もそれくらいです。どうあっても死にます。

10歳までを共に過ごした魂の半身である本当の弟と、それ以降を共に過ごしたデイビットとの関係についてはそこそこ苦悩することになります。
デイビットの誕生を肯定するということは弟が事件によって失われるという悲劇を肯定するこということであり、弟を救う選択をするということは今目の前にいるデイビットの誕生を否定することと同義だから。Happy Birthday。


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